リリカル・デビル・サーガ   作:ロウルス

25 / 51
閑話3 少女の園子

 その男の子――孔くんと出会ったのは、小学校の入学式だった。

 

 といっても、入学式自体はあんまり覚えてない。ただ、大きな講堂で先生に連れられて、いつの間にか椅子に座らされ、いつの間にか終わっていた。

 

 でも、その後の事はよく覚えてる。

 

「あら、先生」

 

 入学式を見に来たお母さんが、私の後ろにいた女の人に声をかける。後で聞いたけど、その人は近くの総合病院の先生で、お母さんが働いている動物病院で一緒に会ったことがあるらしい。でも、そんな事はどうでもよくて、

 

「あの、えっと……」

 

「ああ、キミは隣に座ってた……卯月孔です。よろしく」

 

 始めて名前を聞かされた私はドギマギしてうまく話せなかった。お母さんに

 

「ほら園子もちゃんと自己紹介しなきゃダメでしょう?」

 

 そう言われなかったら、きっと永久に後悔する事になっただろう。それがきっかけで孔くんとは話すことが出来るようになったんだから。

 

 

 

「ゴメンね、萌生。卯月君と……」

 

「あ、ちょっと、園子ちゃん?」

 

 それから、私は何かにつけて孔くんと時間を過ごすようになった。新入生のオリエンテーションで図書室の案内をされた時も、本を持ってきてくれた萌生を差し置いて孔くんのところへ走る。

 

「はあ、また卯月んとこか。マセてんなぁ」

 

 後ろから修の声が聞こえたけど気にしない。萌生はこどもっぽいけど園子はマセガキとか言われるのはいつものことだし。

 

「アゥッ! しっかり足踏んでんじゃねぇ!」

 

 気にしてないったら気にしてない。

 

 

 

 でも、その時はまだこの一緒にいたいっていう気持ちが何なのかよく分からなかった。これが恋愛っていうんだって気付いたのは、もうちょっと後。

 

 確か、体育の授業でサッカーをやったときだ。

 

「もう、修くんもちゃんとやってよぉ」

 

「嫌だよ、めんどくさい」

 

 明かに動きが鈍い修に文句を言う萌生の横で、私は相手チームの孔くんをじっと見ていた。グラウンドをむやみに走りまわるんじゃなく、ちゃんと考えて動いている。ボールの扱い方も上手い。

 

「ゴール!」

 

 先生が笛をふく。

 

「もう、修くんがちゃんとやらないから」「やったっ!」「……えっ?」

 

 気がつけば孔くんを応援していた。相手チームのゴールが決まって歓声をあげる私を萌生が驚いた様に見ている。

 

「あー、園子ってやっぱり……アウッ!」

 

 修の足を踏んづける。でも、きっと修の言おうとしていた事は当たっていて、

 

 私は、孔くんが好きになった。

 

 だから、一緒に授業の後片付けをした時に感じた感情も、すぐに受け入れることができた。自分の身長より大きな用具が落ちてきたとき、孔くんに助けられたんだ。

 

 ホントは自分の想いに気付いたばかりだったから、避けようと思った。

 一緒に片付けに当たって嬉しかったけど、なんだかその時は気恥ずかしかった。

 でも、心配してくれる孔くんを見て、そんなものは吹き飛んだ。

 顔が熱くなったのが分かった。

 胸が高鳴るのが分かった。

 何処か気まずそうに去っていく孔くんが凄く名残惜しく思えた。

 でも、引き止める事は出来なかった。

 自分の感情を抑えるのに精一杯だったから。

 

 

 それから、私は孔くんをもっと積極的に追いかける様になった。昼も一緒に食べる様になったし、恋愛ものの小説や漫画を読むようにもなった。だから、

 

「え~、運動会で二人三脚をやることになった。ペアは、まあ皆まだ仲良くなっていない人も多いから、名前の順に決めます」

 

 運動会で二人三脚のペアがそう発表された時、すごくがっかりした。名前の順だと、欧米読みで1番になるアリサ・バニングスと、普通に2番目の卯月孔。大瀬園子は3番目。折井修は4番目だ。

 

「アウッ! 八つ当たりしてんじゃねぇ!」

 

 ……4番目はどうだっていい。問題はバニングスだ。

 

「ちょっと、それ、私は嫌です!」

 

 孔くんと組むことが決まったバニングスは、ペアが発表された瞬間そう叫んだ。それだけならまだしも、本番で2人3脚の間も孔くんを振りほどいたり、せっかく差し伸べた手をはじいたりしている。

 

「ちょっと、酷いんじゃないの?!」

 

 気が付けば、私はバニングスに詰め寄っていた。バニングスはちょっと驚いたような顔をしていたけど、すぐに怒った様な声を出した。

 

「何よっ! あんなヤツじゃなかったらもっとうまくやってたわよっ!」

 

 許せなかった。私はバニングスが孔くんをあんな風に扱ったから文句を言ったのに、バニングスは二人三脚で負けたことを言ったように思ったみたいだ。なんだか孔くんが嫌われて当たり前と言われているみたいで、思わず私は手を振り上げていた。

 

「大瀬さん。そこまで、だ」

 

 そんな私を止めたのが孔くんだった。振り上げた手を優しく掴み、声をかけてくれる。

 

「卯月くんは平気なのっ!?」

 

「まあ、ほら、俺も合わせられなかったし」

 

 私は、それ以上何も言えなかった。無表情に私を見つめる孔くんが何だか苦しそうに見えたからだ。

 

 

 それから、私は時々孔くんが苦しそうにするのが気になるようになった。萌生や修は気付いてないみたいだし、ただの木のせいかもしれないけど、授業中に先生が面白い話をしても全く表情を変えない孔くんが、私には「苦しそう」に見えた。

 

(卯月くん、前はもっと笑ってくれてたのに)

 

 ……もっと?

 

 嘘だ。私に孔くんが笑ってくれたことは一度しかない。バレンタインのチョコを渡した時だけだ。その時は心臓が爆発するぐらい嬉しかった。でもそれだけ。そう気づいてから、私は急に自分が空しく思えた。何だか自分が好きだと言っているだけで、まるで孔くんの事を考えていないと言われたみたいだったから。

 

(孔くんと一緒にいて、自分だけ楽しいなんて嫌っ!)

 

 それから、私はちょっとだけ孔くんに対する態度を変えた。バニングスにもできるだけ文句を言わないようにしたし、べたべた引っ付くばかりじゃなくてちゃんと孔くんと話すようにした。

 

 

 それでも、孔くんは笑ってくれることはなかった。きっと楽しんでもらえると思ったサッカーが終わってコーチの店へ向かう途中も相変わらず静かなままだ。思わず打ち上げで修達に当たってしまったのは後悔してる。後で謝っとかないと。

 

 でも、その日の私には期待できるものがあった。道端で拾った青い宝石。孔くんが探してるっていうそれを、私はいつ渡そうかずっとタイミングを計っていた。でも、孔くんはいつも誰かに話しかけられていて、なかなか渡せなかった。

 

「なんだ、そんなに卯月が気になるのか?」

 

「ち、違うわよ、バカッ!」

 

 だから、ゲーム大会の時にそわそわし始めた私に修がそう言った時は思わず叫んでしまった。

 

「じゃあ、そろそろ遅いですし、コウを呼んできましょう。園子ちゃん、一緒に来てもらえますか?」

 

 そんな私にリニスさんが声をかけてくれる。孔くんのお姉さんはすごく綺麗な人だった。ううん、綺麗なだけじゃない。

 

「アリスちゃんは私と帰りますから、園子ちゃんはコウをお願いしますね?」

 

 廊下を歩いている途中、そんなことも言われた。修とかなら言い返すところだけど、リニスさんに言われると何故かそんな気が起こらなかった。

 

(羨ましいなぁ……)

 

 きっと、リニスさんには、孔くんも笑っているんだろう。何だか胸の奥がチクッとなって、私はリニスさんが孔くんのいる道場の扉を開くのを黙って見ていた。孔くんは運動を終えた後みたいで、うっすらと汗をかいている。始めはちょっと怖い顔をしていたけど、私達を見て表情が柔らかくなるのが分かった。

 

「いかんっ! 出るなっ! アリス!」

 

「……へ?」

 

 でも、そんな温もりは、すぐに消えてしまった。

 

 救急車で運ばれる孔くんをみる、高町さんのお父さんとお母さん、お姉さんの目。

 その目は、バニングスが孔くんに向けるのと同じで。

 でも、あの人たちはもっと、始めから孔くんを壊そうとしているみたいで。

 そんな眼に、孔くんは表情をなくしていった。

 

 でも、私はなんにも出来なかった。

 

 病院の帰り、渡せなかった葉っぱと宝石を見て、

 伝説なんて信じてなかったけど、せめておまじないくらいやろうと思って、

 別に私は何も出来なくてもいい。孔くんを助けるのは私じゃなくてもいいって、

 ただ、孔くんに笑って欲しかったって、

 

 そう思ったから、私はもう一つの願いを葉っぱの裏に書いた。

 

――こうくんがもうきらわれませんように

 

 その瞬間、目の前が真っ蒼になった。

 

 

 気が付けば、どこを見ても蒼い世界。水族館の水槽を潜るエリアみたい。でも、水槽をくぐって歩いているという感じじゃない。何だか暖かい水の中に浮いてるような……

 

――あなたは……私の愛しい狩人を愛したのね

 

 そこで、声をかけられた。私は、その声を知っている。

 

「リニスさん? どこ?」

 

 でも、見回しても誰もいない。

 

――違うわ。いえ、それはわが半身の現世での名前だから、そうだと答えるべきかしら?

 

 ……よく分からない返事だったけど、きっと別の人なんだろう。

 

「あの、あなたは……」

 

――私はIs……いえ、今はI4Uと呼ばれているわ。

 

「は、はぁ……あの、それで、ここは……?」

 

――そこはあなたの望みがかなう世界。私は、わが半身のサーチャーを通じて、あなたの私の愛しい狩人への想いを見ているのよ?

 

「の、望みがかなうって……」

 

――あなたは望んだでしょう? 私の愛しい狩人を、■■■■■■がもう嫌われませんようにって

 

「願い、叶ったんですか!」

 

 思わず叫ぶ。

 

――そう、あなたは本当に……

 

「あ、あのっ!」

 

 でも、その声は答えてくれない。私はもう一度問いかける。けど、やっぱり答えはない。急に黙った声に何か言おうとしたけれど、

 

 その前に、世界が揺れた。

 

 いや、揺れただけじゃない。青い世界にヒビが入り下から崩れ落ちていく。

 

――時間切れね

 

「え? ええっ?」

 

――私は、私の愛しい狩人に近づく女は許さないけれど……

――あなたは、あの人を愛して、幸せを願ってくれた。

――だから、あなたには少しだけ■■■■■■との時間をあげるわ。

――その時は、あの人を、名前で呼んであげて?

 

 訳の分からないまま、私は急な落下感に襲われた。

 

――ごめんなさい、My Dear. 今の私にはこのくらいしかできそうにないわ。

 

 そんな言葉をはるか彼方に聞きながら、どこまでも落ちていく。

 

 でも、落ちていく感覚は急に止まって、

 

「あぁ、孔くんだぁ。あ、あははは……」

 

 私は孔くんに抱き留められていた。

 

 助かって安心したせいで、笑いがこぼれる。

 

「孔くんね、私、拾ったよ? 探してた宝石、拾ったの。ね? コレ、探してたんでしょ?」

 

 さっき私忘れていた宝石を差し出す。今度こそ、ちゃんと宝石を渡すことが出来た。孔くんはそれを見て、笑いかけてくれる。バレンタインデーの時からずっと見たかった笑顔。ずっと頭の中で描き続けてきた笑顔。それがそのまま目の前にあった。

 

「あ、孔くんが笑った。あのね、わたし、あなたにずっと笑ってほしかったの……」

 

 それが嬉しくて、素直に気持ちを伝える。孔くんは私を抱きしめてくれた。でも、なんだか寒い。もっとあっためて欲しい。私はそんな風に甘えた気がする。孔くんはそれに応えてくれたけど、なかなかあったかくならない。でも、だんだんそんなことはどうでもよくなってきた。孔くんが笑ってくれたんだ。それで十分じゃない。そう思うと、急に眠くなった。好きな人の腕の中で眠る。あの小説の膝枕とは違うのが残念だけど、私はそれがとても素敵なことに思えた。だから、眠る間際に伝える。

 

「私、幸せ。でも、そんなのどうでもいいから、孔くんも幸せになって……ね……」

 




――悪魔全書――――――

愚者 大瀬園子
 聖祥大学附属小学校に通う生徒。折井修や只野萌生とは幼稚園の頃からの友達。いわゆる「普通の一般家庭のこども」。活発な性格で、思った事ははっきりと口にする。そのため、よく修と口喧嘩し、また萌生にはたしなめられている。小学校入学とともに出会った孔に一目ぼれして以来、恋愛を追いかけ続けていた。少年サッカーチームのマネージャーになったのも孔が体育の授業で活躍していたのがきっかけで、「普段会えない日でもあの時の感覚を思い出したいから」。ショートカットが特徴。

――――――――――――

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。