リリカル・デビル・サーガ   作:ロウルス

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――――――――――――

 放課後、俺は学校の体育館に来ていた。

「よう。お前いないから、授業サボっちまったじゃねえか」

 片付け忘れたのか、それとも片付ける気が起きなかったのか、園子の遺影を掲げた簡易の祭壇はそのままだ。

「止めろよ、いつもみたいに」

 返事は、ない。当たり前だ。

「黙ってないで、返事くらいしろよ……いつもそうだ、お前は。いつも小言ばっかいって、ちょっとからかったらどっか行っちまう。こっちの身にもなれってんだ……」

 無駄に広い体育館に自分の声が反響して返ってくる。逆だってか?

「そうだな。逃げ回ってたのは俺の方だ……。卯月や高町がみんな守ってくれるって……俺は何もしなくていいって思ってた」

 跳ね返ってきた言葉を、否定できない。

「だがどうだ、お前、守ってもらえなくて……看取るのも俺なんかで、卯月じゃなくて……! この世界じゃ死ぬかもしれないって、俺は知ってた! なのにっ! 俺は逃げることに必死で、何も見えなかった! カッコつけて、真面目にやってる卯月と違って、普通でいいとか言って、結局、このザマだっ!」

 自分の声が吸い込まれていく。まるで何かが霞んで消えていくみたいに。

「うわあぁぁぁぁあっ!」

 感情に任せて、拳を祭壇に叩きつける。めきって音が聞こえた。俺の力のせいだ。
 止める奴は、もういない。

――ばか、何やってるのよ?

 そう言って止める、止めてくれる奴は、もう……。

「……分かってるよ。泣いたって、壊したって、戻れないってんだろ……?」

 だから、胸の中に残った園子の声に言ってやる。

「……いいぜ、そこから見てろ……俺には、まだやることがある」

――――――――――――修/体育館



第5章 抗争ノ中ノ悪魔~無印②ジュエルシード/裏篇
第13話a 子猫のゾウイ《壱》


「すみません。私がついていながら……」

 

 翌日の病院。先生に連れられて学校へ向かうアリスを見送った孔は、ようやく警察から解放されたリニスとオルトロスから事件の一部始終を聞いていた。

 

「……リニスのせいじゃない」

 

「でも……っ!」

 

「リニスのせいじゃない。責任を感じる必要がないとは言わないけど、ジュエルシードを前にした判断は間違っていなかった」

 

 言いながら、血がにじむほど手を握りしめている自分に気付く。孔は荒れ狂う心を押さえつけるようにしばらく目をつぶっていたが、やがて口を開いた。

 

「……メリー、その砲撃を撃ったのは「なのは」という名前で間違いないのか?」

 

「アア、アノ光ハ我ト契約ヲ破棄シタ時ト同ジ魔力ダ」

 

 園子を撃ち抜いた砲撃。その砲撃を知っているというオルトロス。それを撃ったのは神社でアリスと遊んでいた少女で、悪魔と一緒にいたという。そして、その少女は名前を「なのは」と言った。

 

「何故、今まで黙っていた?」

 

「隠スツモリハナカッタ。ガ、盟約ガマダ残ッテイタカラナ」

 

「盟約?」

 

「ソウダ。五島ハ我ヲ呼ビ出シタ時ニ、ソノ少女ノ秘匿ヲ盟約トシタノダ」

 

 初めて病院で話を聞いた時点で、確かに孔はメリーと契約を結んでいない。悪魔への警戒心から話を聞いてから契約しようとした孔の慎重さが裏目に出たことになる。オルトロスの方も契約後に話そうと考えてはいたのだが、いつもアリスが一緒にいた上、話す暇もないうちに事件が起こったのだという。孔はギリッと歯を食いしばった。

 

「コウ、貴方のせいでは……」

 

「分かってる……オルトロス、その『なのは』について、何か知っている事は?」

 

「イヤ、我モ五島ト話シテイルノヲミタダケデ、詳シクハ知ラヌナ」

 

「……そうか」

 

 それっきり、孔は黙り込んだ。なのはという名前の少女は孔の知る高町なのはの事なのか。だとすると、なぜなのはは悪魔と一緒にいるのか。考えることは山積みだし、それを考えることで自分を鎮めようとしたのだが、

 

(……後手に回ったのは……俺が……俺がオルトロスから聞いておけばっ! あの時リニスについて行っていればっ! 大瀬さんが死ぬことも、なかった!)

 

 思考がまとまらなかった。思えば、家族以外で好意を向けられたのは初めてだっただろう。しかも、その好意のきっかけは孔の歪んだ能力によるものだった。孔は意図せずして植えつけてしまった好意に戸惑うまま、その好意に責任を果たせぬまま、園子を失ってしまった。

 

(俺は本当にあの力を解除しようとしていたのか? あの好意を失うのが怖かったんじゃないか? だから方法が分からないと引き伸ばして、それが最善の方法だと……っ!)

 

「よお、邪魔するぜ」

 

 が、混乱し暴走を始めた思考を止めるように扉が開く。

 

「折井……!」

 

「話、聞きに来てやったぜ? いろいろ知ってんだろ?」

 

 いつものように冗談めかした言葉、だが同時に強い意志を含んだ視線で問いかける。

 

 流れる沈黙。

 

 先に目を逸らしたのは、孔だった。

 

「……分かった。ただ……もう少し待ってくれないか?」

 

「へこんでる時間、やるつもりはないぞ?」

 

「分かってる。待つのはもう少し……プレシアさんとクルスが来るまで、だ」

 

 そう、悲嘆にくれている時間はない。

 

 何人も犠牲を出した自分に、そんなものは許されないのだから。

 

 

 † † † †

 

 

 一方、フェイトは学校でいつもより少ないメンバーに囲まれて昼食をとっていた。

 

「あ、それでね。お母さんが今度は私の家に遊びに来てって……」

 

 園子を補う様に、そして何かから逃げる様に、アリシアがひとり必死に喋る。

 

「そ、そういえばいっつもここだね? た、たまには別の場所でも……屋上とかっ!」

 

「……」

 

「……ぁ……ごめん……」

 

 しかし、結局沈黙に耐えきれず黙りこんでしまった。俯いて泣きそうになるアリシア。

 

「ここで食べ始めたの、園子ちゃんが卯月くんを誘ったからなんだ……」

 

 ぽつりと、萌生の声が響く。

 

「園子ちゃんが、卯月くんと一緒に食べたいって言って……卯月くんはいつもここで食べてるんだって……それで……」

 

 萌生は泣いていた。授業中も時々園子の席を見ては俯いて肩を震わしていたのを、フェイトは目にしている。

 

「あ、ご、ごめん。わ、わたし……」

 

 アリシアは謝りながらも堪えきれなくなったのか、ついに涙を流し始めた。フェイトはそれを見て唇を噛んだ。痛い。でも、そうしないと自分まで泣いてしまいそうだった。

 

(……園子って、やっぱり友達だったんだ)

 

 今更思う。フェイトはあまり喋る方でなかったが、園子はよく話を振ってくれた。昨日の打ち上げの時も萌生と一緒に友達として家に来たいと言っていたし、苦手なゲームを前に尻込みしているのを見て話しかけてくれている。

 

(でも、もういないんだ……)

 

 朝、事件のことをリニスに告げられた時は全く実感がわかなかったが、こうして普段にない沈黙を前にすると、嫌でも現実を直視することになる。

 

――プレシアも喜ぶと思いますよ?

 

 もしリニスに言われた通り、園子や萌生を家に呼ぶことが出来たなら、修に突っ込まれる萌生と、リニスにからかわれて真っ赤になる園子と、また過ごすことが出来ただろう。

 

(……どうして……?)

 

 フェイトは理不尽な現実に疑問を投げかけた。先生はテレビのニュースで報道されていたのと同じ様に、倒壊したビルの下敷きになったとだけ言っていた。だが、いくらなんでも何もないのにビルが倒壊したりするだろうか。

 

(……まさかっ!?)

 

 思い至ったのは、昨夜のロストギアが発動したような魔力反応。見に行こうかとも思ったが、プレシアに危険だからと言われて家でじっとしていたが、魔法文明の無い管理外世界でロストギア級の魔力と言えば、フェイトにはひとりしか思い浮かばなかった。しかし、

 

――園子ちゃんはコウの事が本当に好きなんですね

 

 リニスはそう言っていた。園子もそれを否定したりはしなかった。きっと図星だったのだろう。フェイトにはあんなヤツの何処がいいのか全く理解できなかったが、園子は孔に想いを寄せていた。そんな相手を殺したりするだろうか?

 

(……いや、アイツなら……)

 

 だが、一度否定した疑問はすぐ首をもたげた。そしてまるで思考を侵食するように広がっていく。そういえば、あの武器を召喚するというレアスキルは非殺傷設定が効かなかったはずだ。普段テスタロッサ邸の地下室でもそのレアスキルを使わない。なら、別のどこかで訓練している筈だ。故意か否かは分からないが、訓練で間違ってビルを倒壊させたということもあるかもしれない。事実、以前似たような魔力反応があった時は、動物病院が壊れている。

 

「……」

 

 無言でいつも孔が座っている場所を睨みつけるフェイト。もしそれが事実なら、自分の大切な存在を孔に奪われたことになる。この分では、萌生や修だって危ないかもしれない。

 

(バルディッシュ……)

 

 無言のまま首にぶら下がった愛機を見つめる。アクセサリー型のそれは、一瞬フェイトの決心を後押しするように煌めいた気がした。

 

 

 † † † †

 

 

 一方、屋上ではひとりアリサがフェンスに寄りかかっていた。いつも一緒に昼休みを過ごすなのはは休みだし、すずかは授業の後片付けを先生に頼まれている。だが、今はそれが有り難く感じられた。他人という感情を抑える枷がなくなったアリサは、

 

「……何でっ!」

 

 短く叫び、手をフェンスに叩きつけた。手に鈍い痛みを感じる。以前、動物病院で鮫島を失った時、孔を殴ったのと同じ痛みを。

 

「ぅあ……っ!」

 

 それをはっきりと意識し、嗚咽を漏らすアリサ。アリサにとって、園子の事は苦手なクラスメイトだった。理由もなく嫌悪を孔に向ける自分と違い、平然と好意を向ける園子に何度か文句を言われ、それに言い返すことができない事がままあった。しかし、鮫島を救おうとしたときに手を差しのべてくれた。喪失感を埋めるように言葉をかけてくれた。

 

――あの人と約束したんでしょ! 家族と一緒になるって! だったら、生なさいよぉっ!

 

 あの時の声が響く。それを言った本人が、死んだ。

 

「……意味っ……ないじゃ……ないっ!」

 

 あの動物病院の事故以来、園子とは話していない。本当は言いたいことが山ほどあった。お礼を言おうと思った。家族を教えてくれてありがとう、と。文句も言おうと思った。私の事なんて何も知らないくせに、と。しかし、結局何度か目を合わせることはあったものの、お互いに気まずそうに視線を逸らしただけだ。もはや、自分が言おうとしていたことを伝えることも、相手が言いかけたであろう言葉を聞くことも叶わない。やりきれなさに耐えきれなくなり、もう一度手を振り上げたが、扉が開く音で我に返る。

 

「……アリサちゃん? 大丈夫?」

 

 出てきたのはすずかだった。走ってきたのか息が上がっている。朝、集会で一騒ぎ起こしたせいで心配させてしまったらしい。慌てて涙を拭った。

 

「う、うん。平気よ? それより、先生の用事は終わったの?」

 

「あ、うん。プリント持ってくだけだったから」

 

 努めていつも通り振る舞おうとするアリサに、すずかもそれに合わせる。お互いに痛いものに触れない様な、どこか作ったような雰囲気。2人はそれを崩さないように会話を続けた。

 

「そ、そういえば、お姉ちゃんが新しい子を拾ってくれたんだ」

 

「新しい子って……猫?」

 

「うん、まだ小さい子猫で……。そ、そうだ。今度、うちの家に見に来ない? 昨日はなのはちゃんのところで中途半端になっちゃったから、お茶会でも……」

 

 必死に話題を絞り出すすずかに、

 

「ありがとう、すずか」

 

 アリサは想いを短い言葉に乗せるのがやっとだった。

 

「じゃあ、私、なのはちゃんにメールしとくね?」

 

 そんなアリサの言葉を肯定の返事として携帯を取り出すすずか。

 

 想いに気づいたのかどうなのかは分からない。

 だが、アリサにはそんなすずかがとても有り難く思えた。

 

 

 † † † †

 

 

「……ぁ……」

 

 なのははメールの着信を告げる音で目を覚ました。部屋には昨日のゲーム大会の後と同じく誰もいない。

 

「……ぅぐっ!」

 

 起き上がると同時に吐き気がした。昨日帰ってから散々吐いた筈なのに。

 

(昨日、昨日、は……?)

 

 あのジュエルシードの暴走体を破壊した後、気が付けば強制的に部屋へ戻されていた。その時の事は殆ど覚えていないが、自分は泣き叫んでいた気がする。

 

 

(でも、誰もいなかったな……)

 

 

 昨夜、部屋には幸か不幸か誰もいなかった。部屋だけではなく、家のどこにも。泣き叫んでも誰も来ない。唯一ユーノがじっとこちらを見ていたが、涙が枯れた時にはいなくなっていた。

 

「はぁ……はぁ……ぅぐぇ……」

 

 それから、酷い吐き気が襲ってきて、トイレに走った。逆流する感覚と一緒に、胃の中のモノを吐き出す。打ち上げでアリスと食べたケーキも、ゲーム大会で萌生やアリシアとかじったお菓子も。しかし、どれだけ吐いても、吐き気は治まらなかった。便器にしがみついたまま、顔をあげることも出来ずにいた。

 

 

「……なのは? なのはっ!? どうしたのっ!?」

 

 どのくらいそうしていただろうか。時間も分からなくなった頃に姉が帰ってきた。トイレのドアを閉め忘れたらしく、慌てた様子で駆け寄り、背中を擦ってくれる。なのはにはその手が酷く冷たく感じられた。

 

「お、お姉ちゃん……」

 

「なのは、大丈夫?」

 

 しかし、心配してくれているであろう姉の手を払いのける事は出来なかった。無理矢理言い訳を絞り出す。

 

「だ、大丈夫だよ。ちょっと急に気分が悪くなっちゃって……」

 

「ちょっとって……。無理しないで早く寝てた方がいいよ? 後で薬持っていくから」

 

 取り敢えず会話が出来るのに安心したのか、美由希は風邪をひいた時と同じように接し始めた。なのははそれに頷くと、部屋に戻りベットに沈みこんだ。そして、

 

「……っ……ぃっく……!」

 

 泣き始めた。冷静になれば、自分が園子を殺したという現実が襲ってくる。まるでそれから逃げるように、なのはは混乱と悲しみに身を任せた。

 

 

 昨日はそのまま寝てしまったらしい。机には姉が置いてくれたのだろう、薬と水の入ったコップが置いてあった。なんの皮肉か、コップは昔使っていたアニメの魔法少女がプリントされたものだった。勿論、美由希に他意があった訳ではない。昨日のゲーム大会で使ったコップは部屋に散らばったまま洗っておらず、またなのはの様子から早く薬を持っていった方がいいと判断し、やむなく昔使っていたコップを使っただけだ。だがそれを見たなのはは、感情を爆発させることで目を逸らしていた事実を突きつけられた気がした。

 

(……どうしてっ!)

 

 どうしてこんな事になったのか。思えば魔法に手を出したのはユーノを助けようという軽い気持ちからだった。ジュエルシードという分かりやすい悪を提示され、それから町を護るというヒロインの役目。アニメで出てくる魔法少女が当たり前にこなしている役目。別に魔法少女に憧れていた訳ではなかったが、

 

――困ってるひとを助けるのが仕事だから

 

 そう言って微笑む憧れのあの人のように、自分の役目を見つけてそれを果すのは素晴らしい事の様に思えた。そして、ジュエルシードの脅威から町や友達を守るために自分だけが持つ力を振るうという甘い響きは探し求めていた「役目」にぴったりだと思えた。果たしてそれは本当に自分の求めるものなのか。もし失敗したら。危険性は。そんな疑問は自分の存在意義が与えられるという期待の前に頭を過ぎることすらなく、固い決心をした。それは予想もしていなかった現実を前にひび割れそうになり、

 

「あれは事故だよ」

 

 声が響いた。いつ部屋に戻って来たのか、ユーノが机の上からなのはに話しかける。

 

「なのは、落ち着いたかい?」

 

「う、うん。まだちょっと気持ち悪いけど…… 。ユーノくんはどこ行ってたの?」

 

「ジュエルシードを探しに。なのはは独りの方が泣きやすいだろうと思ってね」

 

 独りで置いていった事を無意識に咎めようとしたが、当たり前のように気を使ったんだと言われ、なのはは何も言えなくなってしまった。そんななのはを無視するように、ユーノは話を続ける。

 

「なのは、昨日の事は気にする必要ないよ。なのはは町を救おうとしたんだ」

 

「っ! でも……っ!」

 

「放って置けば町は壊されていた。なのはのやった事は正しかったよ。それとも、放っておいて破壊に任せた方が良かったと思うかい?」

 

「そんなことないっ! そんなことないけど……っ!」

 

 当たり前の様に言うユーノに、なのはは大声で否定する。なのはの思考を止める様に、言いかけた言葉を遮ってユーノは続けた。

 

「非殺傷設定が効かなかった事は悔やむことはないよ。あの大きな犬と一緒に暴走体を倒すには必要だった。それに、今回は上手くいかなくても次から上手く使えるようにすればいい」

 

「……」

 

 なのはは無言でそれを聞いている。その言葉は正しいような気もするが、何処か間違っている様な気もした。しかし、どこがどう間違っているのか言葉にできないなのはは、言い返すことができないでいた。

 

「なのは、それに、あの犬はまだ生きているんだよ?」

 

「……っ!」

 

 納得いかない様子のなのはに、ユーノは別の事実を突きつける。気が付けばなのはは目を覗き込まれていた。まるで心の中に入り込んでくるような視線を見ていると、次第にユーノの言葉を拒絶しようとする意識が薄れていくのがはっきりと分かる。

 

「前にマヤさんが死んだのも、今回クラスメイトが死んだのも、その犬がいたからだろう? 放っておいていいのかい?」

 

 それは甘美な悪魔の誘惑だった。自分の過ちをあの双頭の巨犬の存在にすり替える事で軽くしようと言うのだ。だが、なのははそれを誘惑とは理解できなかった。否。ユーノの視線と心に響くような声が、それを誘惑だと認識するのを阻んだ。ただ、ユーノの分かりやすい悪を告げるその言葉に、

 

(そうだ……私、護らないと……)

 

 決意を加速させた。その心を読み取ったのか、ユーノはメール着信を告げて光り続ける携帯を指し示す。

 

「護らないといけない友達はいるんだろう? ほら、メールがきてるよ」

 

 携帯を開くなのは。そこにはすずかから今日休んだのを心配する言葉とともに、お茶会の誘いが告げられていた。

 

「……」

 

 それを無言で見つめるなのは。震える手で返信ボタンを押そうとすると、

 

「なのは? なのは、起きてる?」

 

 部屋がノックされた。なのはは慌てて携帯を閉じて答える。

 

「う、うん。起きてるよ?」

 

「なのは、これから病院に……って、ダメだよ寝てなきゃ」

 

 ドアを開けたと同時に視界に入ってきた飲まれていない薬と手にしている携帯を見て、美由希は軽く注意した。

 

「あ、ごめんなさい。急にすずかちゃんからメールが来たから……」

 

「はあ、まあ、大丈夫そうだからいいけど。それより、これから病院に行くけど、平気?」

 

「えっ? お兄ちゃん、まだ病院なの?」

 

 心配そうに言うなのはに、美由希は思わず苦笑する。

 

「恭ちゃんもそうだけど、なのはも診てもらうの。学校も休んだんだし」

 

「……あ、そ、そっか。そうだよね」

 

 そういえば、自分は病人と思われているのだった。誤魔化す様に笑って見せるなのは。

 

 なのはは気付かない。

 自分の中を悪魔の魔力が駆け巡っていることを。

 メールが入ってから、いつの間にか数時間も過ぎて外は夕暮れに染まっていることを。

 ユーノの足元に魔法陣が静かに光っているのを。

 

――マリンカリン

 

 偽りの心の安定を与えられ、それを維持しようとしているなのはは気付かない。

 

 

 † † † †

 

 

 その頃の病院には、孔とリニスに修、クルス、プレシアの5人が集まっていた。

 

「ジュエルシードを集めているのは五島で間違いないでしょう。目的がメシア教会の言う通り高位の悪魔の召喚とすれば、ジュエルシードの魔力は十分利用できるはずよ。ただ、そんな強力な悪魔を呼び出して何をたくらんでいるかは分からないわね。ガイア教徒とつながりがあるっていう話だけど、まさかご神体を求めているわけじゃないでしょうし……」

 

「なら、高町を締め上げりゃいい。撃ったのアイツなんだろ? なんか知ってる筈だ」

 

「シュウ、私たちが相手にしなきゃいけないのはなのはちゃんじゃなくて、憑りついた悪魔でしょう? 第一、憑依された人間は記憶を残してるとは限らないんだよ?」

 

 現状をまとめるプレシアに、修が積極論を唱え、それをクルスが窘める。が、修はなおも食い下がった。

 

「そんなもん、高町を追い詰めたら一緒に出てくるだろうが」

 

「相手は悪魔だよ? 最悪、人質にされるかもしれない」

 

「そん時は高町ごとぶっ殺してやるよ」

 

「シュウッ!」

 

 声を荒げる修とクルス。そんな2人を眺めながら、孔は俯いて何か考えているようだったが、やがて顔を上げる。リニスが問いかけた。

 

「コウ、どうするべきだと思いますか?」

 

「……そうだな。修は俺と高町さんや悪魔を調べる、クルスはプレシアさんとジュエルシードを回収しながら五島を追い詰める、でどうだ?」

 

 2つ手がかりがあるなら、両面から追い詰める。挟み撃ちを提案すると、修とクルスもとりあえず納得したのか睨み合いを止めた。雰囲気が落ち着いたのを見て、再びプレシアが口を開く。

 

「なら、ここの世界の警察とも協力しなさい」

 

「警察と、ですか?」

 

「ええ。リニスから聞いたけど、神社で火災があった時、警察から聞き込みをされて『悪魔に心当たりがある』と言われたんでしょう? 私たちと同じように悪魔を理解しているか分からないけど、この世界の悪魔が過去にどういう干渉をかけてきたのかは重要な手掛かりになるわ。少なくとも、話を聞いておいて損はないはずよ」

 

「しかし、それでは現地の人も巻き込むことに……」

 

「前も言ったけど、その発想はやめなさい。大体、警察も狙われていたんでしょう? 知らない方が危険だわ」

 

 ちょうど来たみたいだし。そう言って扉へ視線を向けるプレシア。入ってきたのは、寺沢警部とリスティの2人だった。

 

 

 † † † †

 

 

「……どう思います?」

 

「事実は小説より奇なり、だな。まあ、言っていることに一応矛盾はなかったが……」

 

 病室から出たリスティと寺沢警部は孔達から聞いた話を整理しながら歩いていた。昨日の事件について聞き込みに来たはいいが、その結果出てきた話が魔法に異世界。いくら裏の世界に耐性があるといっても、簡単に受け入れられるものではない。もっとも、2人の周りも御神流に吸血鬼、霊能力者がいれば魔法があっても何の不思議もないため、完全に否定できないのも事実ではあった。溜め息を吐くリスティ。

 

「矛盾していないだけにタチが悪いですね。……ん? あれは……」

 

「どうした、リスティ?」

 

 急に話を止めるリスティ。見ると、前を2人の少女が歩いていた。

 

「美由希になのはちゃん」

 

「リスティさん? どうしたんですか」

 

「あ、ああ、仕事だ。このところ立て続けに事件が起きていて、ね……」

 

 戸惑いながらも挨拶を交わす2人を、リスティは無意識に観察していた。パッと見た感じ、なのはが何かにとり憑かれている様には見えない。何か質問でもしてみようかと考えたが、クルスに「変に気付かれると人質に取られるかもしれない」とくぎを刺されたことを思い出し、出かかった言葉をひっこめる。待つ事しかできない自分に歯がゆいモノを感じながら、

 

「じゃあ、ボク達は急ぐから、これで」

 

「あ、はい。お仕事、頑張ってください」

 

 リスティは早めに会話を切り上げ、エントランスへと向かった。

 

「まあ、そう焦るな。悪魔が妖怪みたいなもんなら、俺達でもできることがあるだろ? あの巫女さんや、和尚さんにも話を聞きに行かなきゃならん。仕事はこれからだ」

 

「ええ、分かっています」

 

 声をかける寺沢警部に頷くリスティ。今思えば、今回の事件の発端となった恭也も悪魔か何かが憑りついてのことなのかもしれない。

 

(「裏」を相手にする覚悟はしといた方がいいな)

 

 手を握りしめる。

 

 バチバチッと、雷が走るような音がした。

 

 

 † † † †

 

 

「なのは、携帯弄りながら歩くと危ないよ?」

 

「ごめんなさい。すずかちゃんにまだ返事出してなかったから」

 

 病院から出てすぐ、なのはは携帯を開いていた。注意する美由希に謝りって立ち止まり、お茶会への返信を終える。

 

「終わった?」

 

「うん」

 

 ほんの少しの時間とはいえ待ってくれた姉を有り難く思いながら、なのはは次第に自分を取り戻していた。つい先程までメールを打つ余裕もなかったのだが、こうして家族に囲まれると温もりを実感することができた。それは傷口を癒すとともに、

 

(……私、守らないと)

 

 ひび割れかけていた決心を修復し、より強固なものにしていた。未だ忘れる事ができない独りで過ごしたあの時、見向きもしてくれなかった家族。しかし、父が回復してからはそれを補うように家族は時間を過ごしてくれた。休日になればサッカーチームの試合に連れて行ってくれたし、今日も病室へ兄の見舞いに行けば、逆に風邪を心配された。学校の話だってしたし、桃子は、

 

「そう、お茶会……なら、たまには私もいこうかしら?」

 

 すずかの家にお茶会へ呼ばれたと言えば、一緒に来てくれると言ってくれた。

 

(私も、独りじゃないんだ)

 

 だから、周りにいる人は守らないといけない。つい先ほど、お茶会を告げたポケットの中にある携帯。その感触を確かめながら、なのはは思う。大丈夫。今度はうまくいく。この絆を、みんなを守ってみせる。

 

(……? 今度?)

 

 そこまで考えて、なのはは首をかしげた。何か重大な事を忘れている気がする。家族の温もりに舞い上がり、無理やり意識の外に押し出した、否、押し出されてしまった「何か」。つい先ほどまで部屋で怯えていた、その原因は――

 

(なのは、どうしたんだい? お姉さんが待っているよ?)

 

 しかし、その思考は突然入ってきたユーノの念話で遮られた。

 

 ソレヲ思イ出シテハイケナイ

 

――マリンカリン

 

 なのはは念話に頷く。同時に美由希の元へ駆け寄ると、手をいつもより少しだけ強く握りながら、自分の「居場所」へと戻り始めた。

 

 

 † † † †

 

 

 月村邸。すずかは孔と同じ夕日を浴びながら、椅子に座って本を読んでいた。こどもの頃からよく読んでいた童話に分類されるような本だ。しかし、ほとんど内容に目は行っていない。懐かしさに浸るでもなく、すずかは悩んでいた。昼休み、泣いていたアリサ。そして、全校集会で伝えられた園子の死。すずかは園子とはそれほど接点があったわけではないが、よく孔のことでアリサに突っかかっていた。

 

「何よ、なんであんなヤツの為に文句言うワケ!?」

 

 完全に自分のことを棚にあげて文句を言うアリサを、すずかはよくまあまあと言って宥めていた。冷静に見ればおそらく悪いのはアリサだと誰もが言うだろうし、孔と仲がよい園子がアリサに文句を言いにくるのは至極当然のことなのだが、孔にある種同じ感情を抱くすずかにはアリサを批難する事はできなかった。それに、

 

(アリサちゃん、ホントは園子ちゃんと仲良くしたかったのかな……?)

 

 そう思えるほど、アリサが園子に向けた言葉には憎悪や敵意がなかった。それどころか、清々しいものさえ感じられた。あるいは、どこかで自分を咎めてくれるのを有難く思っていたのかもしれない。

 

(……アリサちゃんと園子ちゃんって、似てるな)

 

 無駄に正義感が強いところとか、はきはきと意見を言うところとか。それゆえに衝突したのかもしれない。そして、その園子は異常な力を持つ孔を受け入れていた。孔の異常を恐らくは知らなかったのだろう。もし知っていれば、アリサが孔を嫌うように園子も嫌っていたかもしれない。だが、少なくとも自分が初対面で持った嫌悪感は抱いていないようだった。それならば、

 

(私も、アリサちゃんに受け入れられてたのかな?)

 

 園子はすずかにとって希望でもあった。遠まわしに聞いてみようかとも思ったが、それがきっかけで園子が孔を拒絶してしまったら、自分の希望は絶たれたことになる。そんな勇気があるはずもなく、ぐずぐずしているうちに園子は死んでしまった。もう確かめる術はない。残ったのは、普通の女の子だった園子を痛み、異常な孔に嫌悪を抱くアリサだけだ。

 

(……私じゃ、異常な私じゃ、アリサちゃんに……)

 

 そう考えると、誘ったお茶会で自然に振舞えるか疑問だった。学校では沈黙に耐え切れなかった上に他の話題も思い浮かばず、ほとんど勢いで誘ってしまった。なのはがいれば多少は誤魔化すことが出来るのかもしれないが、なかなか返信が来ない。よく考えれば、あの打ち上げの後、なのはは同年代の園子たちと一緒に過ごしたはずだ。園子の死にショックを受けていても不思議ではない。なのはも抱え込むところがある。

 

(……お茶会に誘ったの、失敗だったのかなあ?)

 

 そんなことを考えながら、暗い顔のまま夕日で赤く染まった本に目を移すすずか。抱え込むのはすずかも同じだった。そこへ、ゾウイがやってきた。鳴き声をあげてすずかの膝の上に飛乗るゾウイ。撫でてやるとゴロゴロと喉を鳴らした。そんなゾウイに思わず頬が緩む。そこへ、ノックの音が聞こえた。

 

「すずかちゃん、ゾウイちゃん来てませんか?」

 

 メイドのファリンだ。どうやらゾウイを探しているらしい。そういえば、今日は姉の忍がゾウイをメンテナンスしていた。もしかしたら途中で逃げ出してきたのかもしれない。なら、早く戻して診て貰わないとまずい。すずかはゾウイを抱き上げてドアを開ける。

 

「来てるよ? ついさっき入ってきたけど……」

 

「あっ、ありがとうございます、すずかちゃん! もう、ゾウイちゃん、だめでしょ!? いくら忍お嬢様のメンテナンスが怖いからって、設計図なんて持っていったら。……って、あれ?」

 

 そこまで言って、ファリンは止まる。ゾウイを抱えあげてあっちこっち見回している。何かを探しているようだ。

 

「ファリン? どうしたの?」

 

「ええ、ゾウイちゃん、メンテナンスが終わった途端、机の上の設計図……ゾウイちゃんのですけど、それを咥えて走っていちゃったんです」

 

「ふ~ん? でも、ゾウイ、入ってきた時には何も咥えてなかったよ?」

 

 と言っても、何時ゾウイが入ってきたかどうかは分からない。なにせドアを開く音を聞いていないのだ。たまにゾウイはいつの間にか音も無く部屋に入ってきていたりする。主人のつらい時を嗅ぎ取ったかのごとく、静かに現れて慰めてくれるのだ。

 

「う~ん、どっかで落としたのかなぁ?」

 

 そんな事を知らないファリンは首をかしげる。相変わらずどこかこどもっぽい仕草に苦笑しながらも、すずかはメンテナンスについて聞いてみた。

 

「ねえ、ファリン。お姉ちゃんのメンテナンスって、怖いの?」

 

「怖いですよ! いつもはやさしいのに、忍お嬢様ったらメンテナンスの時間になると、『今日こそファリンのドジがどこから来るか解明してやるわっ!』とかいって、ファリンを分解しようとするんですよ!? ゾウイちゃんには何にもしないのに! 酷いです!」

 

「あ、あははは……」

 

 まくし立てるファリンを見て笑いつつも、心の底ですずかは安心していた。どうも姉は機械関連の話となると見境がなくなるところがある。ゾウイが分解されるという事態は今のところ心配しなくていいようだ。興味が完全にファリンに行っているらしい。そういえば、ファリンは夜の一族が遺したロストテクノロジーの結晶で、こんな人間っぽいのは初めてだと叫んでいたような気がする。手をワキワキと動かしながらファリンに迫る忍を想像して苦笑するすずか。そんなすずかを見て、ファリンは、

 

「……すずかちゃん、もう元気になりましたか?」

 

「えっ……?」

 

 そう聞いてきた。虚を突かれて思わず声を上げる。ファリンはゾウイを撫でながら、

 

「帰ってから元気がないみたいでしたから。学校で何かあったのかって、お姉さまも心配してましたよ?」

 

 お姉さまとは忍付きのメイド、ノエルの事だ。どうも態度に出てしまっていたらしい。

 

「大丈夫だよ。ゾウイにも慰めてもらったし」

 

 軽く笑ってみせるすずかと自分の腕の中で鳴き声を上げるゾウイに、ファリンはどこか複雑そうな顔をする。ファリンは今の様にゾウイに助けてもらったというと、たまにどこか影のある表情をすることがあった。

 

「そうですか? もし何か私達でできることがあったら、言って下さいね?」

 

 姿勢を低くしてすずかと目線を合わせながら言うファリン。ついでにゾウイも床に下ろす。その途端、ゾウイは机の上に飛びあがった。置かれたままのすずかの携帯を前足で弄び始める。ファリンは慌てて掴み上げた。

 

「あ、もう、ゾウイちゃん、駄目でしょ?」

 

 すずかは急に妙な動きをしたゾウイに驚きながらも、携帯に着信が入っているのに気が付いた。

 

「メール……なのはちゃんからだ」

 

 急いで携帯を開く。きっとお茶会の返信だろう。不参加だったらどうしようとの不安が一瞬脳裏をかすめるが、直ぐに文面を見て、ぱあっと表情を取り戻した。

 

「すずかちゃん、何かいいことでもありましたか?」

 

「なのはちゃん、お茶会に出れるって」

 

「お茶会、ですか?」

 

「うん。アリサちゃんと一緒に、今度家でって誘ったの」

 

「それはよかったです!」

 

 ファリンはすずかに笑いかける。どうやら友達関係のトラブルは無かったか、あるいは収束に向かいつつあるらしい。

 

「じゃあ、早く準備しとかないと。お姉さまにも言って、新しい紅茶を用意して、それから、クッキーも焼いて……」

 

 楽しそうにお茶会の準備を始めようとするファリン。ゾウイが持って行った設計図を探すのも忘れて我が事のように喜ぶメイドに、すずかは少しだけ心が軽くなるのを感じていた。

 




→To Be Continued!

――悪魔全書――――――

自動人形 ファリン・綺堂・エーアリヒカイト
※本作独自設定
 月村家に仕えるメイド。見た目は人間の少女そのままだが、実際は夜の一族に伝わる機械人形、オートマタの内の一体である。同じオートマタのノエルと違い非常に感性豊かであり、仕事をやらせればミスをする。機械にも関わらず人間の「ドジ」を再現したブラックボックスの結晶で、機械工学に強い忍からは日夜危険な視線を送られている。

――元ネタ全書―――――
黙ってないで、返事くらいしろよ……
 P3。真田先輩のシーンより。ストーリー上転換点となるシーンのせいか、他のキャラクターの描写もしっかりなされています。

マリンカリン
 シリーズ恒例、魅了魔法。原作ゲームでは多くの女性型悪魔が得意としますが、本作では使い手がアレなので、悪魔的な誘惑を前面に出した……つもりです。

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