リリカル・デビル・サーガ   作:ロウルス

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 部屋で本のページをめくる。こどもの頃から何度も読み返してボロボロになってしまったけど、大切にしている本だ。

 Zowy the kitty 賢い子猫。
 小さな体で飼い主守る。
 Zowy the kitty 可愛い子猫。
 愛くるしい姿で飼い主癒す。
 Zowy the kitty, Zowy the kitty...

 そこには、童謡が書かれていた。嫌なことがあった時は、よくこの本とゾウイに慰めて貰ってたっけ。

 ……最後のページは、結末が気に入らなくて、こどもの頃に破いてしまったけど。

――――――――――――すずか/自室



第13話b 子猫のゾウイ《弐》

「あ、なのはちゃん、おはよう」

「おはよう、なのは。風邪はもういいの?」

「うん。もう大丈夫だよ?」

 

 翌日。なのはは学校へと登校していた。アリサとすずかに挨拶を交わしながら席に着く。

 

(……いつも通り、か?)

(……いつも通りだな)

 

 そんななのはに視線を送るのが2人。孔と修だ。一夜明けて遠目には何の問題もないように見える3人を前に、2人は念話を交わしていた。

 

(バニングスとか昨日は取り乱してたんだけどな。やっぱ、パッと見じゃ分からねえな)

 

(……折井、念話には反応があったのか?)

 

(いや。ダメだ。さっきから送ってるんだが、全く反応しねぇ)

 

 修はなのはが入ってきた瞬間から、念話を送り続けていた。もし魔導師として力を持っているのなら、何かしら反応を示すはずだが、

 

「それで、今日の放課後なんだけど……」

「私は平気よ? なのはも行くんでしょ?」

「うん。お父さんとお母さん達も一緒だって」

 

 全く無視するように、なのははすずかとアリサとの会話に終始している。聞こえない振りをしているという様子はなく、本当に聞こえていない様だった。

 

(高町だったら、すぐに反応すると思ったんだがな)

 

(念話による判別も万能じゃない。魔力があるのに聞こえてないとなると、悪魔に遮断されてる可能性もある)

 

(……ちっ! 面倒だな。いっそのこと、月村とバニングスにもバラしちまうか?)

 

(よせ。2人まで巻き込むことはないだろう)

 

 極端な方向へ走り始める修を止める孔。あのゲームから抜け出たときに見たさやかの死と恐怖に染まった2人の顔を思い出し、これ以上関わらせるには強い抵抗があった。

 

(冗談だ。けど、何とかして情報を掴まないとな……)

 

 言いながらも、なのはの背中を睨みつける修。おそらく、必死に自分を抑えているのだろう。孔はそんな修に自身を重ねながら、なのはへの対応を考えていた。

 

 

 

《Mister, I shouted out his voice.》

 

(そうか、ついに気付かれたか。しかし、まさか管理局員がこの世界の小学校に平然と通っているとはな)

 

 一方、ユーノはレイジングハートからの交信を受けていた。レイジングハートは果たして孔の言う通り、ユーノによって外部からの念話を遮断する様に設定されていた。ユーノ(に憑りついた悪魔)にとってなのはは便利な尖兵に過ぎない。精神的に極端な方向に傾倒する性質にあり、多少無理難題を突き付けても高いモチベーションを維持したまま取り組んでくれる。しかも、膨大な魔力を持ち、使い潰した後は喰らって糧にできる。変に管理局員から情報を得て正気を取り戻したり、自分以外も魔法を使えると知ってやる気を無くされたりしてはたまらない。

 

(しかし、その内接触されることを考えると早めに揺さぶりをかけた方がいいな……そういえば、今日はあのバンピールへ一家が集まるのだったか? ちょうどいい。利用してやるか……あの女にも協力を仰がねばな……)

 

 高町家、なのはの部屋のケージの中で、ユーノは悪魔的な笑みを浮かべる。この後に起こる惨劇を、それで出来る悲しみに満ちた魂を。悪魔は契約者の指示の下、欲望を満たすべく舞台を飾りはじめた。

 

 

 † † † †

 

 

 放課後。孔とリニスは警部に連れられて繁華街に来ていた。昨日話に聞かされた「悪魔に詳しい人物」に会いに行こうと待ち合わせていたのだが、気がつけば両手は食材やら酒やらでいっぱいになっている。リニスは不安になって尋ねる。

 

「あの、警部? これから偉いお坊さんに会いに行くと聞いていましたが……?」

 

「いや、それがひどく変わり者のじじいでね。坊主の癖に酒は飲むは、生臭は好きだはで」

 

 どうやらこれは手土産らしい。大量の荷物を車に積み込みながら説明する。

 

「金は取らないんだが、旨いものには目が無いときてる。まあ、法力は日本でも随一って話だ。裏の事件があったときなんかにはよく相談に乗ってもらっているな」

 

「はあ、そういう人ですか」

 

「ああ。リスティの奴は前に来たときに嫌われちまって、連れて行き難くてな。変なところで真面目なところがあるからな、アイツ。迷惑をかけて済まんな」

 

「いえ。お願いしたいのはこちらですし」

 

 車を走らせる警部。車内の話題は、自然に裏の事件が中心になった。

 

「裏の事件って、具体的にはどういうのがあるんですか?」

 

「どういうのと聞かれると一言では言い難いな。なにせ特殊なケースでめったに起こるもんでもないからなぁ。ここ最近で一番大きいのだと、この間焼けた神社があっただろう。実は過去にも一度火災を起こしていてな。原因は落雷って事だが、それは三百年来に渡る妖孤の祟りで、巫女さんが払ったって話があったな」

 

「妖孤って……創作じゃないんですか?」

 

「はっはっは、魔法を使うリニスさんからそんなことを言われるとは思わなかったよ。実はその巫女さんってのがリスティの知り合いの霊能力者でね。アイツも現場にいたんだ。他に怪我人が何人も出てるが、みんな同じ証言をしていたよ。流石に一般には公表されていないが、署の中では結構有名な事件でな。しばらく夏の夜勤で怪談のネタとして使われたくらいだ」

 

 リニスは魔法を引き合いに出されると苦笑しか出来なかった。確かに管理外世界では魔法も妖怪も悪魔も同じ怪奇現象だろう。しかし、魔法文明に慣れ親しんだ身としては、理論的に説明可能なプログラムの結晶である魔法はあくまで高度な科学であり、説明不能な怪奇現象とはまったく違っていた。妖孤などといわれても、魔法世界ではこの世界の住人と同じく漫画かゲームにでも出てきそうな話だと一蹴されるだろう。もっとも、

 

「その妖孤は、悪魔とは違うんですか?」

 

「さあ。俺はその悪魔ってのには詳しくないが、少なくとも東洋系だろうから、妖怪に近いものだと思うが?」

 

 リニスは悪魔の存在を知っている。そしてもし、その妖孤が霊的磁場の根源・マグネタイトを糧としているなら、西洋・東洋の違いなく定義上は悪魔だ。つまり、その神社の巫女は悪魔を封じることが出来る力を持っていたことになる。

 

(もしかしたら、この世界の人々は古くから悪魔と付き合いがあったのかもしれませんね)

 

 スティーブンが科学として体系づける以前から同等の技術が存在していても決して不思議ではない。それが脈々と受け継がれ、警察の捜査にもある程度受け入れられている可能性もある。リニスがそんなことを考えていると、

 

「さあ、着いたぞ。ここだ」

 

 吉祥寺とある寺院の前で車が止まった。孔たちが車を降りると同時に門が開き、

 

「おお、来おったか。そっちが噂のくされガキか」

 

 法衣を着た和尚が姿を現す。驚く3人を横に、

 

「待っておったぞい、孔とやら。儂がこの吉祥寺を預かる和尚、樹海じゃ」

 

 その老齢の人物は、そう言って孔たちを出迎えた。

 

 

 † † † †

 

 

 その頃、なのはは家族と連れ立って月村邸へと歩いていた。ただ、恭也だけはまだ入院中なのでここにはいない。

 

「それで、すずかちゃんがね、翠屋のシュークリームは好きだから、嬉しいって」

 

「そう。それは楽しみね」

 

 なのはは久しぶりに家族と過ごせる時間が嬉しいらしく、お茶会のお菓子にと持ってきたシュークリームを手に母親と他愛ない話を続けていた。普段なら放課後には売り切れている翠屋の名物が今日はかなりの量が残ったため、なのはがねだってすずか達への手土産としたのだった。久しぶりに言った我が儘とそれを快く受けて入れてくれた母に、なのはは上機嫌だった。あるいはそれは小学生としては我が儘に入るものではないのかもしれない。第一、我が儘を言ったといっても、シュークリームを前に、

 

「……お茶会に持って行きたいなぁ」

 

 と呟いただけだ。が、それを聞いた桃子はなのはに軽く微笑むと、箱を用意して包んでくれた。母親としての自然な行為。なのははそれに家族への飢えが満たされるのを感じた。まだお茶会は始まっていないというのに、なのははの周囲には楽しい時間が広がっている。

 

「さあ、着いたよ」

 

 だからだろうか。月村邸までの道のりはやけに短く感じられた。士郎のそんな言葉とともに、インターホンの音が電子回線の奥でこだまする。

 

「はい。高町様でございますね。少々お待ちください」

 

 備え付けのカメラがこちらを見下ろす中、落ち着いた声が響いた。さして待つこともなく、奥の扉が開く。

 

「ようこそ。お待ちしておりました」

 

「ノエルさん、お邪魔します」

 

「ええ、すずかお嬢様がお待ちかねです」

 

 なのはに優しく微笑みかけながら、高町一家を屋敷へ通すノエル。しかし、玄関口で立ち止まり、

 

「すずかお嬢様はテラスでお待ちです。アリサ様もいらっしゃいます。ファリンがご案内いたしますので、そちらへ。士郎様と桃子様、美由希様はこちらへお願いします」

 

 なのはと大人組みを別々のところへと誘導した。なのはは名残惜しそうに桃子たちを見つつも、

 

「あ、なのはちゃん。いらっしゃい。こっちですよ?」

 

 廊下の奥からファリンに呼ばれ、そちらへ歩いて行った。

 

 

 † † † †

 

 

「すみません。わざわざ時間を作ってもらって」

 

「いえ。こちらとしてももう身内の話でもありますし」

 

 ノエルに案内された先で、士郎たちは綺堂さくらと向かい合って座っていた。忍も一緒だ。夜の一族でも名家である月村家と、高い発言力をもつさくら。裏の世界にも精通した面々が揃った事になる。

 

「依頼されていた卯月孔くんの調査ですが……」

 

 ちらりとノエルを見るさくら。それに頷いて、ノエルは説明を始めた。

 

「卯月孔。海鳴市の聖祥大学付属小学校に通う小学3年生。推定10歳。推定、というのは、数年前に児童保護施設に引き取られているため正確な情報がないためです。生活態度は良好、学校でも成績が非常に優秀。しかし……」

 

「どうしたの、ノエル? そこからが大事なところでしょう?」

 

 そこで言葉をきるノエル。少し言いにくそうにしていたが、忍に即されて先を続ける。

 

「申し訳ありません。施設に引き取られた経緯ですが、書面上は公園で行き倒れていたところを保護されたという以上は不明となっております。当時、警察も動いて大規模な捜査もされたようですが、結局両親を名乗る人物も現れず、未解決に終わったようで……」

 

「つまり、出自は不明というわけか」

 

「ええ。ただ、数年前に起こったカルト教団の集団自殺事件や、ここ最近の槙原動物病院の火災事件では現場に居合わせ、警察の事情聴取を受けています。しかし、いずれも事件と直接の関係は見られず、裏の世界と関わりがあるかどうかまでは……調べきれず、申し訳ありません」

 

 頭を下げるノエル。士郎はそれを止めた。

 

「いや。短い間でよく調べてくれた」

 

「しかし、我々でもその、卯月くん、でしたか。その子については把握していないんです。西洋剣術を使った、ということでその筋にも問い合わせたんですけど。疑うわけではありませんが、御神流を下すほどの力を持っているというのは、本当なのですか?」

 

 さくらは純粋に疑問だった。御神流は夜の一族が生み出した兵器とも言うべき自動人形、オートマタを打ち破る力を持っている。銃器さえ通用しないその機械を、刀一本で破壊できるその技術は、宗家を失った今もなお裏の世界で恐れられていた。恭也は中でも数少ない免許皆伝の実力者だ。それが、未熟であってしかるべきの小学生に敗れたという。

 

「ああ。俺も立ち会ったからな。間違いない。それに、見た目は小学生だが、纏う雰囲気は人外のそれだった。アレは――」

 

「士郎さん」

 

 人外と言う言葉に眉をひそめたさくらを見て、桃子は士郎を止める。さくらは夜の一族でも人狼と吸血鬼のハーフに当たり、種族の壁をいろいろと経験してきた。同時に、それを乗り越えた忍と恭也に少なからず希望を見出している。そこへ、今回の事件である。

 

「士郎さん、私も人外と呼ばれる種族です。危険だと言って否定するのは、まだ早かったのでは?」

 

 おそらく、その卯月孔という少年は人外の存在なのだろう。あるいは敵対する存在なのかもしれない。しかし、積極的に危害を加えてこないところを見ると、共存の可能性も大いにあった筈だ。その力が原因で幼くして捨てられたのかもしれない。その可能性を考えずして忌み嫌う士郎を見て、さくらはせっかくの希望が否定されたように感じていた。

 

「それは……でも、綺堂さん。あの不気味な雰囲気は貴方たちと違う。アレはもっと危険なものだ」

 

 が、士郎にも確信があった。己の勘で生き延びてきた剣士の性だろうか。同じ人外でも、士郎の中では孔と夜の一族は決定的に違った。例えは悪くなるが、カブトムシと毒虫の違いといったところだろうか。前者は人によっては気味悪く感じるぐらいだが、後者は明らかに排除すべき対象であり、とても共存の対象として見ることなどできない。

 

「その不気味な雰囲気を、貴方たち以外の人は私に抱いてるんですよ?」

 

 そしてそれはさくらに通じない。異常な雰囲気や力で蔑視されるのは、夜の一族が受けてきた迫害の歴史と何ら変わりがないからだ。こんな人じゃなかったのに。さくらの目に力がこもる。

 

「もう、その辺にしときましょう?」

 

 次第に険悪な雰囲気を漂わせ始めたさくらに、忍が割って入った。

 

「どっちにしても、その孔君が裏の世界で通用するような力を持っている以上、夜の一族としても当たってみる必要はあるでしょう? どういう存在なのかもうちょっと調査してから判断しても遅くないんじゃない?」

 

「……そうね。相手を理解しようとしないのは不味かったわね」

 

 そんな忍に、どこか力なく続ける桃子。普段から明るく振る舞う彼女にしては、珍しく影があった。美由希は心配そうに問いかける。

 

「母さん?」

 

「精神科医の先生――卯月くんを引き取った先生だけど、その人は受け入れていたのよ。でも、私達には出来なかった」

 

――孔を、私の息子を、異常な存在として見ないで欲しいと

 

 その声が響く。恭也だって、他の人間からすれば異常なところがあるだろう。それでも、受け入れてくれる人は確かにいた。それを差し置いて孔を否定するのは、裏切りに近い罪悪感がある。士郎もそれを感じたのか、頷いて続けた。

 

「そうだな。綺堂さん、もし調査に力が必要なら言ってくれ。俺も協力する」

 

「大丈夫なんですか? 剣は引退したって聞いてますけど?」

 

「ああ、この一件が収まるまでは、俺ももう一度前の仕事に戻ろうと思っている。勘を取り戻すのには丁度いいだろう?」

 

 わざと明るく言って見せる士郎に、忍とさくらは目を伏せる。理由は明白だった。翠屋に客が入らなくなっているのだ。今日も月村家で話を聞くため営業自体は昼までで切り上げたのだが、このまま営業を続けても誰も来ないんじゃないかと思えるほど客足は無かった。言うまでもなく、恭也の起こした事件が原因だろう。

 

「……いいんですか?」

 

「大丈夫だ。それに、翠屋も別に潰れる訳じゃない。怪我した人には悪いけど、例の倒壊事故の方が注目されているからな」

 

 重ねて問いかける忍に、やはり軽い調子で言う士郎。事実、世間やマスコミの関心は絵的にも衝撃的なビルの倒壊事件に向いているためそう騒がれてはいなかった。それでも、ニュースで数秒でも紹介された傷害事件の影響は大きい筈だ。忍は桃子に視線を送る。無言で頷く桃子。さくらはそれを見て、

 

「分かりました。ただ、依頼である以上報酬はお支払いします」

 

 短くそう言った。ともすれば仕事を頼んでいる様にも見える願いを、士郎の人格からのみ込んだのだった。それを悟ったのか、士郎は否定しようとする。

 

「いや、綺堂さん。この事件は俺の責任でもあるんだ。報酬は受け取るつもりはないよ。それに、この件ではその方面から仕事が来ていてね。実はここに来たのはその相談に……」

 

 が、響いた電子音に言葉を止めた。以前、裏の仕事をやっているときに使っていた携帯のメモリーをそのまま移し替えたものだ。失礼と断ってから、廊下に出て通話を始める。

 

「久しぶりね、士郎。会いたかったわよ?」

 

「夏織か。こっちはもう2度と会いたくはなかったよ」

 

 普段は出さない険悪な声と女性の名前に、後ろからの目線が集まるのを意識する。

 

「でも、会わざるを得ない状況になってしまった……パパは大変ね? でも、若い娘とも知り合えたんだし、役得かしらねぇ? ああ、人外じゃ意味なかったかしら?」

 

「依頼は見つかったのか?」

 

 露骨に挑発してくる声を無視し、先を急かす。クスクスという笑い声とともに、返事が返ってきた。

 

「ええ。見つかったわよ? 今度の週末、温泉街で落ち合いましょう。家族同伴でも歓迎よ? 貴方の大事な化け物同伴でもいいわ」

 

「分かった。切るぞ」

 

 耐え切れなくなったのか、士郎は電話を切る。電話の相手は不破夏織。かつての内縁の妻であり、恭也の実母でもある女。恭也を置いて金品とともに姿を消してから会っていなかったが、図ったようなタイミングで連絡を受けた。テレビを見た。恭也の起こした傷害事件でカネがいるだろう。裏の仕事が欲しいなら斡旋する、と。

 

(何を企んでいるんだ、夏織……)

 

 明らかに裏のある話。しかし、士郎は敢えてそれに乗った。もし恭也が起こした事件で家族に苦難が降りかかるなら、それは自分の責任だ。なんとしてでも阻む必要がある。

 

「士郎さん……」

 

 そこへ、桃子が声をかけた。散々説得したつもりだが、まだ納得していないのだろう。お金なら、何も裏の仕事じゃなくてもいいんじゃないか。普通のボディガードだって働き口はある。もう危険な世界とは関わって欲しくない。そんなことを言われたが、裏の世界、それも相当深いところにいるであろう夏織がわざわざコンタクトをとってきたということは、御神流の力がどうしても必要になったか、敵対する側に利用される前に手を打とうとしているかのどちらかだ。断ればそれなりの報復を覚悟しなければならない。かつて皆殺しにされた御神宗家のように。

 

「士郎さん。さっきも言いましたが、もう身内の話なんです。遠慮なく頼ってくださいね」

 

「ああ。すまないな、綺堂さん」

 

 裏の世界に精通するさくらはそれを知っているのだろう。桃子の後ろから出てきて、厳しい表情で協力を申し出る。想像以上に根が深い。こちらも裏と関わる準備はしなくてはならないだろう。そう覚悟を決めたとたん、

 

「きゃあぁぁぁああああ!」

 

 悲鳴が響いた。

 

 

 † † † †

 

 

「それで、新しい子ってどれなのよ?」

 

「あ、この子だよ?」

 

 こちらはテラス。すずかとアリサ、なのはがテーブルについてお茶会を始めていた。すずかがお茶会の原因となった子猫を抱え上げと、その子猫はにゃあと鳴きながらアリサの方へ手招きするように前足を動かした。

 

「……可愛いじゃない」

 

「あれ? アリサちゃんって、犬派じゃなかったっけ?」

 

「五月蠅いわね。別に犬派だからって猫が嫌いなわけじゃないわよ」

 

 なのはの疑問に軽く反論しながらすずかから猫を受け取り、膝の上に置いて撫ではじめる。猫はゴロゴロと喉を鳴らして甘え始めた。

 

「すごい懐いてるね」

 

「う~ん、私にはあんまり懐いてくれなかったんだけどなぁ。ゾウイがいると、この子寄って来ないし……」

 

 どこか複雑そうなすずか。アリサは苦笑しながら話し始めた。

 

「ゾウイって、すずかのお気に入りでしょう? 妬いたんじゃないの?」

 

「う~ん、そうなのかなぁ」

 

「大体、ここの猫は警戒しすぎなのよ。ほら、なのはのフェレットにだって寄り付こうとしないじゃない」

 

 アリサは床の上にお行儀よくちょこんと座るユーノを指さした。確かに、なのはがケージから出したにも関わらず、猫は寄り付かない。それどころか、まるで避ける様に距離を取っている。

 

「フェレットって、イタチの仲間でしょ? なんか猫に追い回されてそうなイメージがあるんだけど?」

 

「……にゃ、にゃははは。ま、まあ。フェレットと猫を一緒に飼ってる人もいるし」

 

 笑って誤魔化すなのは。普段から冷静な声を浴びせかけられているなのはとしては、ユーノが猫に避けられるのは妙に納得してしまう光景だった。

 

「すずかちゃん、クッキー持ってきましたよ? お茶も」

 

 やがて、お茶会のメインともいえる品をファリンが持ってくる。

 

「ファリンさん、ありがとうございます」

 

「いいんですよ。うふふ」

 

 こどもらしくお礼を言うなのはに本当に楽しそうに微笑むファリン。すずかが友達を連れてきたのがよほど嬉しいようだ。それと同時だっただろうか。

 

「っ!?」

 

 なのはは強い魔力を感じた。ジュエルシードが発動したらしい。しかもかなり近い。

 

「可愛いフェレットですね? なのはちゃんが連れてきたんですか?」

 

 そんななのはには気付かない様子で、ファリンはユーノを抱き上げようとする。しかし、ユーノはファリンの腕を尻尾で振り払って走り出した。

 

「きゃっ! あ、ちょっと、フェレットちゃん?!」

 

(なのは、僕は魔力を感じた方に走るから、逃げたフェレットを追いかけるって言って、後から来るんだ)

 

 ファリンの焦った様な声にユーノの冷静な念話が重なる。なのはは、

 

「あ、えっと……私、逃げたフェレット追いかけるね!」

 

 ユーノの言葉をそのまま反復し、戸惑う3人を置いて走り出した。

 

 巨大な魔力に誘われるまま月村邸の裏へ。

 

 しばらく走るとユーノに追いついた。同時、ユーノが結界を発動させる。周囲の色が変わり、魔力のないものははじき出され、

 

 巨大な猫が残った。

 

 凶悪な牙を持った巨大な犬やグロテスクな紅い巨木といった、今までに遭遇した暴走体(となのはは思っている)怪物とはかけ離れた愛くるしい姿に動揺するなのは。

 

「ふぇ! す、すずかちゃんの猫が大きくなっちゃった?」

 

「多分、大きくなりたいっていう願いが正しくかなえられたんじゃないかな?」

 

 さあ、早く。ユーノに急かされて、なのははレイジングハートを構えた。特に暴れるでもなく平和に顔を洗っている猫に微妙な抵抗を感じつつ、砲撃魔法を撃とうとする。いつものように術式を展開しようとして、

 

「あれ……?」

 

 自分の手が震えているのが分かった。なぜだろう? そう考えると同時に、視界が一瞬ブラックアウトする。視界の裏に映し出されたのは、空からまっさかさまに堕ちるクラスメート。その顔は血で真っ赤に染まり――

 

「なのは。早く撃たないと、前の二の舞になってしまうよ?」

 

 しかし、その凄惨な光景はユーノの声で遮られる。否。遮ったのは声だけではなかった。心まで抉るように覗き込む目が、なのはの意識を侵食していく。その眼はどこか品定めするように冷たい。

 

「テラスではまだ友達がお茶会をしてるんだろう? 家族だっている。守らなくていいのかい?」

 

 それに操られるように、レイジングハートを握りしめるなのは。

 

《My Master. Don't worry. Safety mode, stand by leady.》

 

 逃げ場をなくすように、レイジングハートの声が重なる。

 

 そう、自分は撃たないといけない。

 

「ほら、早く。結界も無限に維持できるわけじゃないんだ」

 

 撃たないと、今度はすずかとアリサが「あの子」のように死んでしまう。

 

――「あの子」ッテダレ?

 

 心のどこかで誰かが問いかける。

 

「いいのかい? みんな、死んでしまうよ?」

 

 再び、ユーノの声が遮る。

 

「大切な家族も、まだあの屋敷にいるんだろう?」

 

 そうだ、撃たないと、撃たないと、撃たないと、撃タナイト、ウタナイト……!

 

「う、うわあぁぁぁあ!」

 

 絶叫を上げて魔力を解放する。それを受けて術式を組み上げるレイジングハート。空中にミッドチルダ式特有の魔法陣が浮かび、砲撃を――

 

「……えっ?」

 

 打ち出すその前に、全く別の方向から飛んできた魔力の光が巨大な猫を貫いた。電撃にも似た閃光が飛んできた先に目を向けるなのは。そこには、

 

「……テスタロッサ……さん?」

 

 見知った黒衣の少女がいた。

 

 

 † † † †

 

 

 時はわずかに遡る。まっすぐ学校から帰ってきたフェイトは、部屋で愛機・バルディッシュのメンテナンスをしていた。昨日、園子の死因に心当たりを見つけてから、フェイトはどうすれば孔を止める事が出来るか考え続けていた。相手を倒せればそれでいいが、アレは化け物だ。恐らくアルフと2人がかりでも難しいだろう。それなら、

 

(相手にしないで、追い詰めればいいんだ)

 

 手早く現場を押さえて、証拠だけ手に入れて逃げればいい。映像をプレシアやリニス、管理局に持っていけば、次元犯罪者としてそれなりの措置を取ってくれるだろう。そうなれば、母親とその使い魔との絆も取り戻すことができるかもしれない。

 

「……」

 

 無言のまま愛機のメンテナンスを続けるフェイト。劣化したパーツを取り換え、高速移動と魔力探索の術式を効率的に処理できるプログラムに切り替える。ついでに記録処理関連も強化した。管理局が次元犯罪者を捕まえる時に証拠品収集に使うような、偽造防止と時刻、世界の座標まで記録可能なものだ。ちょっと前までこういう術式から逃れる訓練もしていただけに、その仕組みはよく知っている。組み込むのは簡単だった。

 

(これで、アイツの正体を暴いてやれば……)

 

 母さんはきっと私を見てくれる、と思いかけて、手を止めた。果たして本当にそうだろうか? プレシアからは孔とは仲良くしなさいと「命令」されている。今自分が取ろうとしている行動は、それに反するのではないか? それに、仮に証拠を押さえて孔を排除できたとしても、今はアリシアもいる。今度は母の眼がアリシアだけに注がれるようになるのではないだろうか?

 

(……アリシア……姉さん……)

 

 詳しくは聞かされていないが、かつて自分が魔導師の訓練をやっていたのはその姉を救うためだったらしい。しかし、横から出てきた変なヤツにその役割を奪われてしまった。本当なら、自分が母親の期待に応えて姉を救いだし、大団円を迎えるはずだった。期待に通りの活躍をした自分に家族としての愛情が注がれるはずだった。姉に尊敬の目で見られるはずだった。今のアイツのように。

 

(私だって……)

 

 そう考えかけて、ブンブンと首を振るフェイト。決して自分はあんなヤツみたいになりたい訳ではない。

 

(……あんなヤツに……あんな、あんな……なんだっけ?)

 

 しかし、悪いところを並べようとしたがうまく思い浮かばなかった。それどころか、あの翼のヒーホー(グレムリンの事をフェイトは心の中でそう呼んでいる)の雷撃から守ってもらったこともある。

 

(それでも、アイツは私の役目を盗るし……)

 

 しかし、それはただの嫉妬ではないだろうか。「友達を妬んではいけません」フェイトが読んでいた道徳を扱う本にはそう書かれていた。まるでそれは自分の憎しみを責めるように心に響き、

 

(……! フェイトッ! 来たよ、魔力反応だ!)

 

 アルフの念話にかき消された。いずれにせよ、孔が園子を殺したのなら、それは止めなければならない。止めないと、騙され続けている家族に災難が及ぶのだから。

 

「バルディッシュ!」

 

《Yes, Sir!》

 

 声援に似た声で応える愛機を手に、窓を開けて飛び立つ。

 

 速く。速く。疾く。

 

 フェイトは自分の持てる最大のスピードで魔力の根源に向かった。アイツが事を終えて現場から消える前に。ほんの数秒でたどり着いた現場には、

 

「……えっ? ね、猫?!」

 

 予想外の光景が広がっていた。そこには、

 

《Sir, I found the data. Lost Logia, Jewel Seed》

 

(ど、どうしよう……! ア、アルフッ! わ、私、ロストロギア見つけちゃったよ!)

 

(は? フェ、フェイト、な、何言ってんだい? ロストロギアって……アイツじゃなかったのかい!?)

 

 ロストロギア――バルディッシュの分析結果ではジュエルシード――に取りつかれた巨大な猫がいたからだ。感じたロストロギア級の魔力が本当にロストロギアだとは思っていなかった。こちらに向かっているアルフに念話を飛ばしながら、慌てて状況を確認する。

 

(そ、そうみたい。いま、白い魔導師とイタチの使い間が結界を張って封印しようとしてるみたいだけど……)

 

 が、対処にあたる白い魔導師は何かをぶつぶつと呟いているだけで、なかなか封印処理を始めようとしなかった。そういえば、この結界もどこかミッドチルダ系の魔導師が展開するのとは少し違う気がする。強度はそれなりに高いし、結界の役目もきっちり果たしているのだが、なんというか、ベルガ系の魔導師がミッドチルダ系の魔法を使ったような無理矢理感のようなものがあった。恐らく、封印処理に慣れていないのだろう。何せその白い魔導師は、魔法と無縁なはずのクラスメートだったのだから。

 

(あ、あれって、高町さんだよね?)

 

《Yes, Sir. Your Classmete, NANOHA TAKAMATI》

 

 バルディッシュが答える。変身魔法や幻術で誤魔化しているわけではないようだ。

 

(そういえば、たしかに魔力を感じたけど……)

 

 稀だと言いつつも、結構地球出身の魔導師は多い。確か管理局で英雄と言われている提督も地球出身だったはずだ。孔や修のインパクトが大きすぎた事もあり、普段目立たないなのはを見ても、ちょっと珍しいなと思った程度で済ましてしまっていた。

 

(あんなインテリジェントデバイスまで……管理局でもないのに封印処理を?)

 

 だが目の前の現実はどうか。今まさにその地味なクラスメートが恐怖を顔いっぱいにたたえ、必死に魔法を紡いでいる。恐らく実戦経験が少ないのだろう。自分も初めて轟音の飛び交う模擬戦に立たされた時は恐怖に足がすくんだものだ。

 

(……園子……園子もきっと……)

 

 震える手で魔法を紡ぐその少女に、もう会うことも叶わないクラスメートを思い浮かべるフェイト。普段勝気な園子が死を前に感じた恐怖はどのくらいだっただろうか。

 

(バルディッシュ……ッ!)

 

 フェイトは愛機を構える。少なくとも、自分はその恐怖を和らげるだけの力を持っている。守るだけの力を持っている。

 

《Yes, Sir. Get Set!》

 

 あまり話したことは無いけれど、園子と一緒にゲーム大会を過ごしてくれたそのクラスメートが理不尽に奪われる前に、

 

「フォトンランサーッ!」

 

 フェイトは結界ごとロストロギアの暴走体を撃ち抜いた。

 

 

 † † † †

 

 

「なのは、なにやってるんだ! 早く応戦しないと!」

 

 魔法を放った黒衣の少女に動きを止めるなのはを見て、ユーノは声を荒げた。

 

「っ!? ユーノくん、テスタロッサさんは……っ!」

 

「アレはミッドチルダの魔導師だ。ジュエルシードを横取りするのが目的かもしれない!」

 

「でもっ!」

 

 ユーノの声に反論しようとするなのは。なのははフェイトとそれほど話したことはないが、クラスでは双子の姉とは対照的な優等生で通っており、少なくとも悪い人間ではない筈だった。

 

「ふぎゃぁぁあああ!?」

 

 が、そこへ猫の悲鳴が響き渡った。連続で放たれたフェイトの魔法が直撃したのだった。

 

「っ!?」

 

 なのはの脳裏に、魔力を浴びて傷ついていく「誰か」が浮かぶ。あの魔力の光が引いた時の真っ赤な血を流す「誰か」がすずかの猫と重なり、

 

《Wide Area Protection》

 

 なのはは反射的に前に出て魔法の盾を作り出していた。通常よりも広範囲を保護する盾が、稲妻のような砲撃から猫を守る。

 

「っ!? どうして邪魔するのっ!」

 

 声を上げたのはフェイトである。確かに見た目は愛くるしい猫のままだが、アレがロストロギアの暴走体であることに間違いはない。対処法は速やかに意識を刈り取り、封印を施すのが定石だ。文句を言われても仕方がないだろう。

 

「それはっ……」

 

「そっちこそ、なぜジュエルシードを手にしようとするんだい?」

 

 何か言おうとするなのはをユーノの声が遮る。その妙に冷静な声は、まるで挑発するように響いた。

 

「ジュエルシードはロストロギアです! 管理外世界において暴走中のロストロギアを発見した場合、速やかに時空管理局に通報および可能ならば対処が義務付けられています!」

 

 それによほど苛立ったのか、フェイトは自分の正当性と相手の違法性を指摘する。しかし、なのははフェイトの「時空管理局」という単語に反応した。

 

「じ、じくうかんりきょくって……確か、ユーノくんが言ってた……?」

 

「そうだよ? きっとあの子は騙されてるんだ」

 

 なのはの声にその目を覗き込みながら答えるユーノ。ユーノは「予防線」としてなのはに時空管理局の事を「悪役」として吹き込んでいた。曰く、時空管理局はロストロギアを集め、危険な研究をしている。時空を管理するという大義名分を盾に侵略行為をしている。魔力を持つものは連れ帰り戦力として利用する。こいつらが集める前にジュエルシードは我々スクライア一族が保護しなければならない。そうして示された「悪」は見事なのはの敵意を掴むことに成功していた。

 

「管理局にジュエルシードは渡さないよ。この世界まで管理されたらたまらないからね」

 

「テスタロッサさんっ! 話を聞いて!」

 

「は、はぁ!?」

 

 対するフェイトは素っ頓狂な声を上げる。戸惑うようなそぶりに、なのはは少し意外な目を向けた。ユーノの話では、こういう場合は実力を行使してでも止めに入りに来るものだと聞いていたのだ。

 

「なのは、非殺傷設定で攻撃するんだ! 話はそれからだよ!」

 

「っ! ごめんね? テスタロッサさん!」

 

 しかし、なのははユーノの指示でレイジングハートを構える。ユーノからは管理局に与する魔導師を見れば、まず昏倒させるのが正しい対処法だと聞いている。組織に入った人間は基本的に立場を優先して外からの話を聞かなくなる。話を聞いてもらうのなら、力ずくで押さえつけるしかない、と。

 

《Stand by ready》

 

「ディ、ディバインバスター!」

 

 何かに強制されたかのように突然思い出したユーノの話に疑問を抱くことなく、なのはは震える手を抑え砲撃を打ち込んだ。

 

 

 † † † †

 

 

「……なんで、急にこんなっ!」

 

 対するフェイトは次から次へ飛んでくる砲撃を避けまくっていた。なんだかよく分からないが、この次元犯罪者どもは自分を攻撃対象に選んだらしい。助けてやろうと思ったのになんて奴らだ。孔のために用意しておいた術式でしっかりと記録しながら、フェイトは相手の分析を始める。

 

(砲撃は……強力だけど単調。やっぱり実戦経験は少ない。奇襲をかければきっと相手は対応できない筈。気を反らした後に一撃を加えて、最大速度で離脱すれば……!)

 

 後ろのロストロギアの暴走体が気になるが、ここは無視するしかないだろう。本来なら次元犯罪者にロストロギアを盗られるのは問題だが、バルディッシュには記録媒体としての役割を強化するため、防御系の魔法を削ってしまっている。砲撃系の魔導師に加え、イタチ型の使い魔と同時に相手にするのは無理があった。

 

(問題はそのイタチの使い魔だけど……)

 

 今のところこちらに何かしてくる気配はない。普通砲撃系の魔導師と組むのならば、使い魔はバインドで相手を止めるか、強固なバリアで盾の役割を持つことが多い。つまりはサポートタイプだ。

 

(下手に近寄るとトラップ型のバインドが怖い……なら!)

 

《Device form》

 

 愛機を相手と同じ射撃形態に変化させる。

 

「バルディッシュ!」

 

《Photon Lancer Get set!》

 

 槍型の砲撃が一直線に飛んでいく。急に飛んできた反撃になのはは目を見開く。

 

《Protection》

 

 主の危機を感じ取り、レイジングハートがシールドを展開した。しかし、その砲撃は、

 

「えっ?」

 

「みぎゃぁぁぁあああ!」

 

 なのはを通り過ぎ、後ろのロストロギア暴走体に当たった。大音量の悲鳴に思わず目を逸らすなのは。それを待っていたかのようにフェイトは次の砲撃を展開しようとしたが、

 

「甘い」

 

――シバブー

 

「っ! バインド! っ違う!?」

 

 ユーノのバインドのような魔法に捕まった。通常のバインドとは違うのか、可視的な拘束具が出現するわけでもなく、突然魔力の重圧が襲ってきた。虚を突かれ固まるフェイト。

 

「さあ、なのは、早く撃つんだ」

 

「う、うんっ!」

 

 ユーノの声に慌てて振り向き、レイジングハートを構えるなのは。

 

「ディバイィィィイイイン! バスタァァァアアア!」

 

《Divine buster!》

 

 叫び声と一緒に魔力を打ち出す。フェイトは迫りくるそれに、

 

(っ! シールドが展開できない!? このバインドのせいで?)

 

 対抗できなかった。通常、バインドは相手の術式を解析、それを打ち消すプログラムを構築することで破ることが出来る。が、初めて見るこの術式は、解析どころか魔法のコアを成す鎖の部分すら見当たらなかった。しかも、拘束中の相手の魔力を奪うようになっているらしく、一切の行動を許してくれない。

 

「……っ!」

 

 何とか抵抗しようとするが、もがくことさえ叶わない。絶望的な状況の中、フェイトは桃色の魔力光に目をきつく瞑った。

 

 

 † † † †

 

 

 堕ちていく少女。なのはには既視感があった。

 

――ソレハ誰?

 

 何度も心に響いた声は、

 

「よかったね、なのは。非殺傷は効いたみたいだよ」

 

《No problem, my master》

 

 しかし、ユーノとデバイスの賞賛の声、そして、

 

「にゃあ!」

 

 派手な打ち合いをしたせいで興奮した猫のせいで消えて行った。

 

《Protection》

 

「いたっ! ……て、言うほど痛くはないや。ありがとう、レイジングハート!」

 

 自動でシールドを発動させたレイジングハートに礼を言いつつ、もう一度愛機を構える。目の前の暴走体を止めるという意思の前に、もはや何の戸惑いもなかった。

 

「ごめんね?」

 

《Divine buster》

 

 謝っている割に容赦のない砲撃が巨大猫を貫く。桃色の魔力光が周囲を包み込み、

 

《Sealing》

 

 後には倒れた子猫と光を失った青い宝石が残った。

 

「やった!」

 

 嬉しそうに声を上げるなのは。自分に与えられた力で、友達と家族を守ることが出来たのだ。

 

「なのは、早く回収しないと」

 

「あ、うん。そうだね……って、ええ!?」

 

 しかし、ジュエルシードの方へ向き直ったなのはは声をあげる。なんと近くの茂みから別の子猫が出てきて、封印済みのジュエルシードを咥えて行ってしまったのだ。

 

「む!? アイツは!?」

 

「あ、ちょっと、待って! ジュエルシード返して!」

 

 なのははまっすぐ月村邸へと戻っていく猫を追って走り始めた。なのははその猫を知らない。すずかがもっとも信用する子猫型のオートマタであることを。なのはは気付かない。

 

「……ぅうっ」

 

 高度から落下し、地面に叩き付けられてうめき声を上げる金髪の少女がいることを。

 

(……アルフッ! リニスッ! 助けて……)

 

 その少女が信頼する使い魔に念話を送っていることを。

 

 ジュエルシードに夢中ななのはは気付かない。

 




→To Be Continued!

――悪魔全書――――――

夜魔 綺堂さくら
※本作独自設定
 地球に古くから存在する吸血鬼、“夜の一族”の血を引く女性。さくらは中でも人狼の血を色濃く残す種族の末裔にあたる。人狼としての血のせいか、爪を剣のように変化させて戦うこともできる。が、その異常性も早くから意識しており、同時に多くの人間へ警戒心も抱いていた。そのため冷淡にみられることもあるが、一族の中では人間とは共存派であり、その希望となりうる高町家とは親交が深い。また、月村忍とは姪にあたる。ちなみに酒豪であり、そこが共通点でもある士郎とは気が合うようだ。

――元ネタ全書―――――
吉祥寺
 御祗島千明版、真・女神転生コミックより。樹海が和尚を勤める神社。数コマの登場ですが、実在するだけにインパクト抜群。

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※レイジングハートがSafety modeとか言っていますが、これは非殺傷設定の事です。原作での英訳を記憶していなかったため、適当にそれっぽいのを使ってしまいました。正しい英訳を知っている方がいればご指摘願います。
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