リリカル・デビル・サーガ   作:ロウルス

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――――――――――――

「そこはさっきの氷水を使うんだ」

「は、はい」

「いかんな。この魚のさばき方はこう……」

 目の前で、買ってきた食材が手際よく調理されていく。寺沢警部の料理の腕前に感心しながらも、次第に見ているだけになりつつある自分に焦り始めた。なんというか、居づらいですね。

「す、すみません。お手伝いできなくて」

「いや。リニスさん。やはり調理は俺がやろう。卯月君と和尚さんの相手をしていてくれ」

 結局、私は頷いて邪魔にならないようキッチンを出ることになった。お寺のキッチンと言っても一般家庭のものと変わらない。最近は児童保護施設でも先生を助けようと調理師の勉強も始めている。アリシアたちの夕食を作る事だってある。役に立てると思った。だけど……

「……はあ、こっちに来てから、自信喪失気味ですね」

 園子ちゃんのことといい、このままでは本当に使い魔失格ですね。

――――――――――――リニス/吉祥寺キッチン



第13話c 子猫のゾウイ《参》

「出来ましたよー」

 

 なのは達がお茶会に興じている頃。吉祥寺では寺沢警部による豪華な料理が振る舞われていた。

 

「すごいですね。どこでこんな料理を?」

 

「いやー、自炊が高じてね。一人暮らしが長いと身についちまったんだ」

 

 驚く孔になんでもない風に答える警部。リニスが警部の手際が良すぎて途中で追い出されたと苦笑しながら戻ってきたときは耳を疑ったが、人には意外な才があるものだ。

 

「ふむ。では食べながら話すとするかの」

 

 一方、樹海和尚は慣れているのか平然とした様子で箸を取る。

 

「寺沢から話は聞いておる。たしかあの力を持った青い宝石、ジュエルシードじゃったか? それを狙う悪魔についてだったな」

 

「ええ、何か心当たりが?」

 

「うむ。確かガイア教団が悪魔を使役する法を持っておった筈じゃ。この間、西洋魔術に詳しい変人にも会うたが、なんでも、悪魔召喚の儀式を簡略化する技術を盗まれたとか言うておった」

 

「っ! その変人ってスティーブン博士のことでは?」

 

「なんじゃ。知っておるのか?」

 

「え、ええ。悪魔の研究をしていると聞いていましたが……」

 

 思わず聞き返す孔。同時に頭を抱えた。以前アマラ輪転鼓を盗まれたことがあると言っていたが、DDSプログラムが同じ被害に遭っているとは考えていなかった。確かにアレが流通していれば、誰が悪魔を使役していてもおかしくはない。が、寺沢警部は普段から宗教がらみで問題を起こすガイア教団の方が気になったようだ。

 

「ガイア教団って言うと、あのお騒がせの宗教団体ですね。確かに悪魔と言うか、鬼神のようなものを崇めているというイメージがありますが……」

 

「ふむ。あれもきちんとした形で祀れば神になるやも知れぬ。しかしのぉ。歪んだ心の持ち主や、虐げられたという不満を持つ者達が集まって崇めれば、神の神たる性格も歪んでいき、遂には妬みや復讐心、我欲に囚われた哀れな存在と成り果てるであろうよ」

 

「じゃあ、悪魔を崇める信者どもを何とかすれば……?」

 

「現世を侵略する足がかりを失うことにはなろう。しかし、そうした迫害が後世に更なる恨みつらみを遺しておるのじゃよ……」

 

 宗教という難しい問題を前に沈黙が降りる。

 

「喝っ! そこを動くな外道!」

 

 それを、突然遮ったのは樹海和尚。庭を指さし叫んだ先には、

 

「っ! ぎゃっ!」

 

 フェイトの使い魔、アルフがいた。

 

「申せ! 何者の使いじゃっ!」

 

「待ってください、和尚様。その女の人は敵ではありません」

 

 慌てて樹海を止める孔。アルフはよほど怖かったのか、涙目になってリニスの下に走る。

 

「うぅ。リ、リニスゥ~」

 

「アルフ? 一体どうしたんですか?」

 

 突然の訪問に戸惑うリニス。その様子を見て、樹海和尚が声を上げた。

 

「なんと、孔! お主、まだ魔獣の類に知り合いがおったのか?」

 

「ええ、まあ、正確には魔獣の類ではなく、魔法使いが使う使い魔の類ですが……」

 

 簡単に説明しながらも、孔は気配だけでアルフの正体を見抜いた樹海和尚に内心驚いていた。アルフは使い魔らしく素体である狼の耳を持っているのだが、普段外出するときはプレシアやリニスの指示で帽子を被っている。外見では普通の人間だ。つまり、樹海は魔力の流れで判断したことになる。しかも、「まだ」と頭についたところを見ると、どうやらリニスの事も気付かれているらしい。しかし、その驚きもアルフの言葉で止まった。

 

「はっ! そ、そうだ! リ、リニスッ! フェイトがっ! フェイトが変な結界の中に閉じ込められちまったんだよ!」

 

「アルフ、落ち着いてください! 一体何があったんです!?」

 

 焦った様子のままアルフが説明を続ける。魔力反応をフェイトと追っていた。先行したフェイトがロストロギアを見つけた。現場にいた魔導師と交戦してやられたらしい。援護に行ってみるとそこには妙な結界が張ってあって入ることが出来なかった。

 

「なっ! 不用意に魔力反応を追わないで下さいとあれほど言ったでしょう!?」

 

「ごめんよっ! こ、こんなことになるなんて……!」

 

 声を荒げるリニスに謝るアルフ。孔はそんな2人に割って入った。

 

「そのロストロギア、ジュエルシードだろう? 場所は何処なんだ?」

 

「……でっかい豪邸。月村って書いてあったね」

 

 それに嫌そうな顔で返事をするアルフ。だが、今の孔にアルフの感情を慮る余裕はない。「月村」と言えばクラスメートだ。思わず目を見開く。だが、先に反応したのは意外にも寺沢警部だった。

 

「月村っていうと、リスティと仲が良かったな。俺は詳しくは知らないが、裏社会とそれなりに繋がりがあるって言うんで、何回か捜査を手伝って貰ったことがある。取り敢えず向かわせよう」

 

「では、私達も向かいます。アルフ、案内してください」

 

「すみません。和尚様。続きはまた……」

 

 挨拶もそこそこに庭から飛び立つ孔達3人。

 

(間に合うのか……いや、間に合わしてみせる!)

 

 はやる心を必死に抑えながら、孔は空を駆けだした。

 

 

 † † † †

 

 

「なのは、遅いわね」

 

「う、うん。そうだね……」

 

 こちらは月村邸の中庭。なのはが戻って来ればすぐわかるようにと場所を変え、お茶会は続いていた。

 

「大丈夫ですよ。なのはちゃん、しっかりしてますし」

 

 そんな2人にお茶を注ぎながら、ファリンが元気付けるように話しかける。

 

「もし心配なら、私が見に行きましょうか?」

 

「うん、そうだね……あっ!」

 

 すずかはそんなファリンの言葉に頷きかけたが、途中で声をあげる。まるでなのはのいない空白を埋めるように、ゾウイが足元に寄って来たからだ。ゾウイはそのまますずかの膝に飛び乗る。

 

「相変わらずすずかにべったりね」

 

 主を慰めに来たかのように見えるゾウイに頬を緩ませるアリサ。一方、すずかはゾウイがいつもと違ってどこか動作がぎこちないのに気付いた。よく見ると、青い宝石のようなものを咥えている。ゾウイはすずかの膝からテーブルに飛び乗ると、コトリッと音を立てて宝石を置いた。

 

「あら? どっから見つけてきたの? その石」

 

「きれい……」

 

 アリサは紅茶を飲みながらその不思議な輝きを見せる宝石に見入っていた。すずかもその煌めきに魅入られたように手を伸ばす。しかし、

 

「ふぎゃぁぁあああ!」

 

 ゾウイが急に大声を上げた。思わず手を止めるすずか。アリサもビクリと椅子から跳ね上がる。瞬間、強く青い光がすずかを襲った。

 

 

「あ、ぁ……!」

 

 

 視界を覆う青の中、すずかは声にならない声を上げた。突然襲って来た寒気。次いで、光の中へと何かが吸い込まれるような感覚。その吸い出されたナニかは、目の前で黒い影のように広がっていく。蒼い光の中にシミのように広がった影から感じたのは、よく知る嫌悪感。今現状もっともすずかを苦しめる感情であり、常に心から離れないソレは次第に形を成して、

 

「……っ!」

 

 恐怖の塊であるソレが出来た。同時に、まるで毒虫が体中を食い散らかしていくような嫌悪感に襲われる。吐き気がした。めまいがした。アリサの「な、なんでアンタがここにいるのよっ!?」という声が酷く遠くに聞こえる。

 

「きゃあぁぁぁああああ!」

 

 気が付けば叫び声をあげていた。身体にはびこる虫を払うように手を振るい、絶叫とともに手元にあった熱い紅茶入りのカップを投げつける。しかし、それは目の前の化け物には届かなかった。いつの間にか手に握られていたナイフで、投げたカップが真っ二つにされたのだ。紅茶がしぶきとなって飛び散り、まるで血しぶきのように化け物を彩る。それを拭おうともせず化け物は両手に何十本ものナイフを指で挟むように構える。かつてゲームに閉じ込められた時に、画面の先で見せつけられた異能。悪魔が召喚した竜を刺し殺したあの力。その時のイメージそのままの化け物は、

 

「すずかちゃんから離れなさいっ!」

 

 ファリンに突き飛ばされた。すずかとアリサを庇うように前に立つ。

 

「すずかちゃん、怪我はありませんかっ!?」

 

 後ろに居る2人に気を使いながらも、ファリンは吹っ飛ばした相手に向けて構えをとった。そこにはもうドジ機能を搭載したメイドはいない。夜の一族が開発した自動人形――冷酷なオートマタだ。

 

「……っ!」

 

 しかし、それでもすずかの恐怖は止まらない。吹っ飛ばした先の茂みから聞こえた音に思わず後ずさる。ズルズルと這い出すようにして再び姿を現すそれ。その顔に表情はない。見慣れた無表情のまま、感情のこもっていない機械のような目を此方に向ける。

 

「……っひぁ!」

 

 すずかは恐慌状態に陥っていた。クラスメートである卯月孔は優等生だった。友達も多い。すずかはそれをよく出来た擬態だと思っていた。先生を騙し、友達を騙し、しかし平然と人と交わることが出来る孔の神経が、すずかには理解できなかった。

 

「……ぅ、あ……!」

 

 しかし今、孔はその化け物としての本性をむき出しにして、自分の前に立っている。ソレは普段想像していたものと微塵も紛うところがなく、いつも心に抱いていたイメージそのままの不気味な感覚が膨れ上がり、プレッシャーとなって襲い掛かってくる。恐怖と吐き気で倒れそうになり、

 

「っ! すずかっ!」

 

 アリサに手を引かれた。まるで恐怖とは正反対の方向に誘導するような力に、すずかは反射的に従っていた。それと同時、後ろから金属音が聞こえた。ファリンが孔の投げた大量のナイフを、ついさっきまでケーキを食べるのに使っていた銀のフォークで叩き落している。

 

「ファリンさんっ!」

 

「アリサちゃん! すずかちゃんを連れて、早く逃げてください!」

 

 振り返らずに叫ぶファリン。アリサは戸惑ったようにファリンを見ていたが、

 

「忍さんたち、呼んできます! すぐ戻りますからっ!」

 

 そう叫んで走り始めた。

 

「あなたは誰ですかっ!? どうしてすずかちゃんを……っ!?」

 

 後に残ったファリンは相変わらず無表情のままの孔と対峙していた。ファリンの呼びかけに、孔は答えない。ただどこからかナイフを取り出し、両手に構える。こちらに危害を加える意思に間違いはないようだ。

 

「っ! ごめんなさい!」

 

 見た目すずかと同年代の少年に、ファリンは謝りながら自分の中に眠るシステムを起動した。オートマタの戦闘用プログラム――オルギアモードとも言われるそれは、日常生活を送るためにセーブしていた力を開放し、障害をねじ伏せるだけの力を与える。このオートマタ本来のものと言っていい力を、しかしファリンは好きでなかった。自分はすずか付きのメイドだ。決して、いつかすずかや忍を襲った自動人形と同じなどではない。証拠に、自分の主は自分を家族として遇し、笑顔を向けてくれる。

 

――それでも、その笑顔を悲痛に変える存在からすずかを守るためなら

 

「いきますっ!」

 

 ファリンは強い抵抗を感じながらも殺戮兵器としての力を使った。頭に感じた強いストレスを打ち破るように声をあげ、孔に殴りかかる。殺すつもりはない。確かに不気味な雰囲気があったが、それは「すずかと同じくらいの少年を殺害する」という常識を壊すほどのものではなかった。第一、オルギアモードを使ったからといって、ファリンは戦闘技術――例えば、恭也が使うような暗殺剣――が使えるようになるわけではない。そのようなプログラムがインストールされていなかったからだ。始めから作られていなかったのか、それとも途中で消去されたのかは分からない。

 

(……それでもっ!)

 

 ゆえに、放つのは何の技術もないただのパンチ。

 

 だが機械の生み出す人間をはるかに凌駕したスピードと力が乗ったそれは孔に対応する隙も与えず、容赦なくナイフを持つ手を破壊する。掴んでいたナイフが地に落ちるよりも早く、ファリンはそのまま後頭部に手刀を叩き込む。あっけなくその少年は倒れこんだ。

 

「……ふぅ」

 

 大きく息をつくファリン。どうやらうまく行ったようだ。ほぼ見よう見まねの当て身はノエルに戦闘用のプログラムを積まない代わりにと教えられたものだ。ファリンはあの襲撃事件後も、忍やさくらに戦闘用のプログラムを追加しないように頼んでいた。自分は殺戮のための兵器にはなりたくないと。それはすずかの口添えもあって聞き届けられていた。忍やさくらは苦笑を浮かべながらも、どこか嬉しそうにしていたのを覚えている。

 

(このまま……お姉さま達が来まで目を覚まさないで下さいよ……)

 

 未だ不安はあった。どうやら死んではいないようだが、手加減をしすぎたとも限らない。あらかじめインストールされたプログラムではなく、学習して身に着けた当て身をファリンはそこまで信用していなかった。自然と目の前の孔に意識を集中することになる。

 

――ザンマ

 

 だからだろうか、背後から音もなく襲い掛かったソレに気付くことができなかった。

 

「……えっ?」

 

 ファリンは何が起こったのか分からなかった。自分を貫いた衝撃。それが駆け抜けた場所に目が行く。

 

 ナンダコレ?

 

 穴が開いていた。その穴は大量に赤い液体を噴出している。どす黒い赤で染まるメイド服。そのまま視界が反転する。自分が倒れたせいだと認識するのにどのくらいかかっただろうか。

 

――にゃあ

 

 そこへ、聞き慣れた鳴き声が響いた。目を向けると、ゾウイ――いや、アレは本当にゾウイだろうか。不気味に赤い目を光らせ、背には羽のようなものが見える。ソレはゆっくりとファリンに近づき、

 

 容赦なく体に爪を付きたてた。

 

 普通の猫ではありえない力でゾウイはファリンの装甲を剥ぎ取っていく。

 

「がっ! あっ!!」

 

 肉ごと皮を剥ぎ落とすような激痛にファリンは声をあげる。まるで自分の体を生きながら喰われるかのような恐怖に身をよじった。しかし、自分を破壊していく音は止まらない。消えかかる意識の中、すずかの、忍の、ノエルの向けてくれた笑顔が浮かぶ。ファリンはその笑顔が好きだった。人が笑っているのが好きだった。自分が殺戮の道具ではない何よりの証明であり、自分が存在する理由だった。自分がオートマタだろうが何だろうが、家族が笑っていればそんなことは気にならなかった。

 

「い、ヤ……!」

 

 その記憶にノイズが走る。まるで壊れた一世代前のテレビのように、ノイズが大切な人たちを喰い尽していく。

 

「いぃイヤァァァァアアアア!!」

 

 絶叫を上げるファリン。肉体に走る痛みよりも、不快感よりも、消えていくメモリーに叫んだ。もっと一緒にいたかった。すずかの成長を見守り、ノエルと一緒に忍と恭也の幸せを支えたかった。自分の頭に残されたメモリーはその未来を形作る礎となり、幸せな記憶として残るはずだった。

 

 だが、ソレもすぐに止まる。

 

 ぶちぶちと音を立ててコードを引きちぎりながら、オートマタの核となる部分を引きずり出すゾウイ。ファリンのメンテナンスを見ていて覚えた心臓部に当たる部品――メインコアを引き抜いたのだ。未だ人間の心臓のように律動を繰り返すソレを見て顔を歪めると、

 

――トラフーリ

 

 オートマタのはずのゾウイは魔法を使い、赤い液体で濡れたままのソレをどこかへと移転させた。ゾウイはしばらくそのままじっとしていたが、不意に館の方へ目を向けたかと思うと、倒れたままの孔を飛び越え姿を消した。同時にむくりと起き上がる孔。破壊されたままの腕を気にすることなく立ち上がり、

 

「……っ!? お前はっ!」

 

 声が聞こえた方に顔を向けた。

 

 

 † † † †

 

 

「はぁ! はぁ!」

 

 アリサはすずかの手を引いて走っていた。普段ならすずかの方が走るのは速い筈なのだが、未だショックが抜けていない様子のすずかの足は重かった。

 

(さっきのあれって、ホントにアイツ?!)

 

 走りながら、アリサは疑問だった。アリサにとって孔は人外の力を持つ化け物だ。しかし、それと同時にあの人並み外れた力と知能を認めてもいた。何時だったか、テストの点数がどうしても追い付くことが出来ず、はっきりと悔しさと羨ましさを感じた事がある。あれは化け物だから仕方ないと自分を誤魔化そうとしたが、それでもその力への奇妙な憧れのようなものは消し去ることが出来なかった。決してあんな気持ち悪い化け物になりたいわけではないが、その力そのものは人を惹き付けるだけの魅力となっている。園子や萌生があの化け物に近づくのも、優れた能力に引き寄せられた結果だろう。少なくともアリサはそれがあの気持ちの悪いクラスメートに人が集まる理由だと思っていたし、同時に嫌悪感を強めてもいた。自分を人外だと肯定する力を見せびらかして、それで人気を集めて一体何になるのかと。友情とはもっと心で惹きつけ合うものではなかったのかと。

 

(でも、さっきのアレはっ……!)

 

 力ではない。存在そのものから来る嫌悪だった。言うなれば毒虫や毒蛇を恐れるのに似た、生理的に受け付けないグロテスクさがあった。

 

(違うっ! 絶対違うっ!)

 

 アリサは心の中で否定した。鮫島を襲った化け物に匹敵する、いや匹敵しなくてはならないアイツは、もっと暴力的で破壊的な力を持っていなければならなかった。もっと胸糞悪くなる様な蹂躙の力を当たり前に行使しなければならなかった。あの凶悪な炎で悪魔の頭を吹っ飛ばした化け物でなければならなかった。それがあんなちゃちなナイフなど使って理性の無い化け物のようなグロテスクさを演出するなど、アリサには絶対に許せなかった。そうでなければ心から離れない嫌悪感を肯定する事が出来ない。間接的に鮫島の死因となり、園子を惹き付けたアイツが、只の嫌悪感の塊だった等と認めたくなかったのである。

 

――ダッテ、ソレハ嫌悪感ヲ抱ク自分ノ非ヲ認メル様ナモノダカラ

 

「すずかお嬢様! アリサ様!」

 

 だから、少し進んだ所で、すずかの悲鳴を聞きつけてやって来たノエルと忍、士郎にこう叫んだ。

 

「ノエルさんっ! 変な化け物がっ! すずかを襲って……今ファリンさんがっ!」

 

 

 † † † †

 

 

「……っ!? お前はっ!」

 

 アリサとすずかを忍に任せ、中庭に出た士郎は思わず声をあげた。そこには、あの気味の悪い少年の姿をしたナニかがいたからだ。

 

「あれは……調査対象の卯月孔ですね。なぜここに……っ!?」

 

 隣で声をあげるノエル。しかし、士郎はその声を心の中で否定した。違う。確かに見た目はあの時の少年だが、恭也と対峙した時のあの喉元に刃を突きつけられた様な緊張感がまるでない。ただの薄気味悪い雰囲気だけを纏っていた。アリサが言った「変な化け物」という形容がそのまま当てはまる。

 

(両腕を失っているせいか? いや、あれだけの使い手なら例え重症でもあんなにスキをさらす事は……!)

 

 しかし、その思考は悲鳴のような声で中断した。

 

「ファリンッ! 貴方っ! ファリンをっ!」

 

 孔の足元に転がるファリンの残骸を見て、ノエルはしかしすぐに冷静な――否、冷酷な視線で相手を捉える。

 

「……ファリンを傷つけたのは、貴方ですか?」

 

 まるで機械のように頷く孔。それはいつか感情なしに襲ってきたオートマタのようで、

 

「そうですか、では……」

 

 そしてそれは、地面に転がるファリンの存在を否定しているようで、

 

「……排除しますっ!」

 

 ノエルには堪えられなかった。自分に眠る戦闘用のプログラムを起動させる。自分自身を殺戮兵器であると認める様なその行為を、しかしノエルは抵抗なく実行した。長い間メイドとして忍を守ってきたノエルにとって、家人に害を成した者を排斥するため力を振るうのは当然の行為だった。

 

 孔の鳩尾にノエルの手刀が突き刺さる。内臓が破壊されるような音とともに孔は吹っ飛ばされた。受け身をとる暇もなく地面に叩きつけられながらも、ヨロヨロと起き上がろうとする。しかし、それは叶わない。

 

「チェックメイトです」

 

 右肩を足で踏みつけ、地に伏せさせたまま固定するノエル。ノエルの戦闘用プログラムは視覚情報から相手を解析し、絶妙な力で殴り飛ばすと同時に銃を展開、オートマタの驚異的な脚力で距離を詰め、後頭部に銃を突きつけたのだった。初動から制圧までわずか0.6秒。通常の人間ならば知覚すら困難なスピードだ。

 

「貴方には聞きたいことがあります」

 

 常人ならばその強大な反動ゆえに扱いが難しいエレファント・ハント用の銃を、ノエルは片手で軽々と構える。H&Hロイヤル・ダブルライフル。某国王室御用達の銃器メーカーが、さる好事家のオーダーメイドにより開発したそれは、ロイヤルの名にふさわしい銀の繊細な装飾に金のシリアルナンバーが刻印されていた。黒い銃身は夕闇の光を反射し、さながら死神の鎌のように輝いている。一撃で象を葬り去ることも可能なように。威力を追求したその銃は、引き金が引かれれば容赦なく孔の頭を吹き飛ばすだろう。

 

「まずは、なぜすずかお嬢様たちを……っ!」

 

 しかし、冷酷な口調のまま始めようとした尋問は、最初の質問の途中で止まった。銃口の先にあった筈の孔の頭が崩れ始めたのだ。いや、頭だけではない。体全体がヘドロの様に変質し、泥が溶けるように崩れていく。泥は人型のシミを作り、そのシミもすぐに消えた。

 

 

「……やはり偽者か」

 

 半ば確信があった士郎はそう呟く。同時に何処かアレが偽者であった事に安堵していた。自分の戦士としての勘はまだ衰えていない。孔をただの化け物以上のナニカとして警戒したのは間違いではなかったのだと。

 

「士郎様、今のは一体……?」

 

「いや。俺にも分からない。ただ、さっき襲ってきたのは例の卯月君ではないよ。アレよりずっと危険な感じがした」

 

 ノエルの問いかけに首をふる士郎。孔に直接会っていないノエルは納得出来ない様子だったが、すぐに次の行動を促す。

 

「士郎様、一旦屋敷に戻りましょう」

 

 考えることは同じようだ。あの泥となって消えた同じ姿をした怪物が孔でないのなら、2体目、3体目が襲って来る可能性もある。

 

「ああ。しかし、ファリンさんは……」

 

 チラリとファリンを見る士郎。ノエルも無惨な残骸と成り果てた後輩のメイドに視線を送り、一瞬哀しみに顔を歪める。が、すぐに冷徹な表情を取り戻した。

 

「忍お嬢様やさくら様に危険がある以上、あの状態のファリンを連れて行く訳には参りません」

 

「……そうか」

 

 士郎は短い言葉で頷く。裏の稼業に馴染みがある士郎にとって、それは当然の決断だった。むしろ、この状況でファリンはどうするのかと聞いた自分がどうかしている。家族との生活で随分平和ボケしたなと自嘲する士郎。先に立って屋敷へと歩くノエルとの距離が随分空いている様に感じた。慌てて追いかける。そんな士郎にノエルは足を止め、

 

「それと、ファリンは忍お嬢様達が、きっと何とかします。どれだけ壊れていても、例え記憶が失われていたとしても。きっとファリンは戻ってきます」

 

 そう言った。冷徹な判断を下すための希望。士郎はそれを考慮しなかった自分を突きつけられ思わずノエルを見つめる。ガラスのように美しい目にどのくらい見とれていただろうか。

 

「イヤァァぁぁあああっ!」

 

 悲鳴で我に返り、2人は頷きあうと屋敷へと駆け出した。

 

 

 † † † †

 

 

 その少年――アリサの言葉でいう「孔の姿をした薄気味悪い化け物」は、士郎達を待つ5人の前に突然やってきた。

 

 数刻前、忍に連れられ部屋に戻ったアリサは、残っていたさくらと桃子、美由紀に化け物が出たのだと告げていた。恐怖で肩を震わせるすずかに気付かず、アリサはその化け物が如何に気持ち悪いかを説明していた。そこには明らかな悪意があった。アリサからすれば今ままで抱いてきた孔への嫌悪感を否定するような存在を少し過剰に拒絶したに過ぎないのだが、すずかからすればそれがまるで自分に向いているように思えた。

 

「あんな気持ち悪い化け物っ!」

 

 そう叫ぶアリサは、いつか想像した化け物の自分へ嫌悪感を向けるアリサそのままで、

 

(助けて、ゾウイ……っ!)

 

 すずかは心の支えを探していた。そういえばゾウイの姿はあの宝石が光ってから見ていない。嫌な予感がよぎる。思わず中庭へと続く半開きの扉を凝視した。

 

「ゾウイ?」

 

 そして、扉の向こうにゾウイの尻尾を見つけた。反射的に扉へと走るすずか。

 

「あっ! ちょっと、すずかちゃん?!」

 

 声を上げる美由希。止める間もなく扉は開けられ、

 

「……っ!?」

 

 ソレはそこにいた。

 

「……い、いや」

 

 すずかの恐怖を煽るように吐き気がするような気持ちの悪い雰囲気を漂わせ、無表情のままこちらを見下ろしている。

 

 

「貴方は……?」「卯月君っ?」

 

 そこへ、さくらと桃子の疑問が響く。

 

 違う。美由希はやはりそう思った。父ほどの経験はないとはいえ、その直感は兄をして自分よりも素質はあると言わしめる物を持つ彼女は、あの時の狂騎士が目の前の化け物と同一人物とはどうしても思えなかった。しかし、その少年がナイフを構えるのを見て、

 

「すずかちゃんっ!」

 

――御神流『飛針』

 

 美由希は迷わず鉄針を投合していた。それは威嚇するように孔をかすめ、廊下の壁へ突き刺さる。動きを止める孔。

 

「すずかっ!」

 

 そのスキに忍がすずかを引っ張り、さくら達の下へ走った。

 

 

「……卯月くんでいいのかしら?」

 

 さくらは2人を守るように前に立ちながら、微動だにしない少年に問いかける。無言で頷く少年。確かに不気味な雰囲気を持っている。人間が自分たちのような存在を見ればこのように感じるだろうか。さくらは孔に質問を続けようとして、

 

「う、嘘よっ! アイツはもっと、もっと化け物だった!」

 

 アリサの叫びにかき消された。その声にすずかはビクリと肩を震わせ、美由希は驚いた様にアリサを見る。さくらも孔から目こそ離さなかったものの、驚きを隠せず目を見開いていた。それを隙と見なしたのか、孔の姿をしたナニかはナイフを投げつけてきた。

 

「っ!」

 

 爪を剣のように変質させてそれを叩き落とすさくら。遅い。さくらはそう思った。これでは御神流を下すどころか、調整がほとんどされていないオートマタでも十分対抗できるだろう。とはいえ、普通の少年とは一線を画す力を持っているのもまた事実だ。

 

(……襲ってくるなら、手加減はできないわね)

 

 どこから取り出しているのか次々とナイフを飛ばしてくる少年。広い部屋とは言え、そこまで距離は無い。さくらは飛んでくるナイフを弾きながら歩き始めた。人狼の血を引く彼女は、この程度ならば普通の速度で歩くことが出来る。あっという間に距離を詰め、

 

「フッ!」

 

 顔面を殴り付けた。壁際に置いてあった椅子に激突し、派手に音を立てる孔。そのままピクリとも動かなくなった。あっけなさすぎる程の結末にさすがに不安になる。十分に手加減をしたつもりだったが、誤って殺してしまっていては事だ。慌てて駆け寄って首筋に手を添えて脈を診る。脈は止まっていた。それどころか、

 

「っ!? 首の骨が折れている!?」

 

 青くなるさくら。しかし、その表情はさらに驚愕で彩られることになる。なんとその少年は首筋に添えられたさくらの腕を掴んだのだ。

 

(屍鬼!?)

 

 さくらの頭に浮かんだのは話に聞く禁忌の存在。死者を人形に変えて使役する技術。夜の一族の古い伝承に伝え聞くそれは、心臓の脈動なく動くという。僅かな動揺。その死者のように冷たい手をした少年がそれを見逃すはずもなく、そのままさくらを投げ飛ばした。

 

「っ!」

 

 しかし、さくらも魔獣の血を引く夜の一族。空中で体を捻って体勢を整え、大したダメージもなく着地する。しかし、向き直って視界に入ったのは、

 

「……ぁ!」

 

 怯えるすずかの前に佇む少年の姿だった。

 

「……」

 

 振るえが止まらないすずかを、孔は相変わらずの無表情で見つめていた。もっとも、首はあらぬ方向に曲がっており、まるで首のない人形に無理矢理頭を接着したかのようになっている。それでもまるで苦痛を浮かべることがなく、ただ威圧と恐怖を与える様に立っている。決して倒れない化け物。まるでそれは自分の恐怖を象徴しているようで、

 

「イヤァァぁぁあああっ!」

 

 ついに爆発し、絶叫となった。それと同時、ガラスが割れるような音があたりに響き、

 

「よくも孔の顔でっ!」

 

 女性の声とともに見慣れない猫が飛び出し、その化け物を突き飛ばした。

 




→To Be Continued!

――悪魔全書――――――

自動人形 ノエル・綺堂・エーアリヒカイト
※本作独自設定
 月村家に仕えるメイド。見た目は人間の女性だが、実際は夜の一族に伝わる機械人形、オートマタの内の一体である。同じオートマタのファリンと比べるとやや感情が乏しく、冷たい印象を与える。しかし、全くの無感情という訳ではなく、時折人間と同じ様な情動からくるプログラムを超えた行動を見せることがある。現状は忍付きのメイドとして過ごしているが、もとは夜の一族である綺堂さくらの屋敷にて眠っていた(このため、ミドルネームは綺堂となっている)。その技術は未だ解明されておらず、やはり忍には格好の研究対象にもなっている。

――元ネタ全書―――――
出来ましたよー
 やはりコミック版女神転生より。寺沢警部の料理。ちなみに、樹海に留められるのは原作では土蜘蛛でしたが、ここではアルフに変わっています。

オルギアモード
 ペルソナ3、アイギスの特殊能力より。私自身は、ゲームではあまり使いませんでしたが、ロボつながりということで、クロス要素で登場させました。

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