リリカル・デビル・サーガ   作:ロウルス

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――――――――――――

 ジュエルシードを咥えたまま、すずかちゃんの猫が走る。

「ちょ、ちょっと待って、待ってってば!」

 私はその子猫を必死に追いかけていた。

 やっと封印できた。
 やっと守ることができた。

 早く捕まえないと、また大変なことになってしまう。あの時みたいに……

――――――――――――なのは/月村邸



第14話a 胎動の戦線《壱》

「やった! お母さん、一等だよ! 一等!」

 

「あら、よかったわね、アリシア」

 

 商店街。プレシアは福引きで手に入れた賞品『温泉ご招待券』を手に大はしゃぎするアリシアに暖かい笑顔を浮かべていた。鐘を鳴らした商店街のおばちゃんも微笑ましそうにそれを見ている。

 

「よかったね、お嬢ちゃん? 誰と行くんだい?」

 

「うんっ! お母さんと、フェイトちゃんと、コウと~えっと、みんなで!」

 

 無邪気に笑って名前をあげるアリシア。アリシアが引き当てた券はペアチケットであり、そんなにたくさんは行けないのだが、

 

「ええ、そうね。皆で行きましょう」

 

 プレシアは頷いた。

 

(……フェイトも連れてこればよかったかしらね?)

 

 同時にそうも思う。こうした無邪気に喜ぶアリシアを見れば、フェイトも一緒になってこどもらしい一面を見せてくれるかもしれない。

 

(そういえば、今日は留守番したいって言ってたわね……)

 

 買い物についてこないのは珍しい。というか、フェイトは積極的に自分の要望を言う事が少なかった。食べ物の好き嫌いを言うことも、ゲームやおもちゃを欲しがることもない。その聞き分けの良すぎるフェイトが、珍しく「どうしてもやっておきたい訓練がある」と言って部屋に籠ったのだ。

 

(訓練はもういいって言ったのだけど……)

 

 正直なところ、それを聞いて不快だった。元々一緒に買い物へ行っているのは、今まで兵士として育ててきた分しっかりとケアをしてやらなければならないと思っての事だった。少しでも家族の時間を過ごしてあげられるように。しかしそれを拒否されて、せっかく差しのべた手を払いのけられた気がしたのだ。

 

「はぁ、上手く行かないわね」

 

 それも自分の想いの押し売りでしかなかったのか。ならば、どうすればよかったのか。不快感を思い出すとともにそんな問いが頭に浮かび、溜め息がでる。これではフェイトをケアする等ほど遠い。

 

「お母さん? どうしたの?」

 

 憂鬱が表情に出てしまったのか、アリシアが声をかけてきた。手には温泉のチケットを大事そうに握りしめている。プレシアはアリシアの髪を撫でてやると、

 

「何でもないわ。それより、フェイトも待ってるし帰りましょう」

 

 そう言って歩き始めた。アリシアもプレシアの後を追う。楽しそうに小走りで駆けるアリシアは、直ぐにプレシアを追い越してはしゃぎ始める。

 

「早くっ! 早く帰って、フェイトちゃんに教えてあげよっ!」

 

 アリシアのその姿は、かつて想い続けた娘の姿そのままだ。プレシアはそれに幸福を覚えながらも、同時に消えないフェイトの歪みに胸を痛めていた。

 

 

 † † † †

 

 

「……う」

 

 その頃、フェイトも目を覚ましていた。起き上がって辺りを見回す。どのくらい気を失っていただろうか。自分の周囲にはうっすらと魔力の膜が見えた。

 

「これは……リニスの防御結界? そっか……ありがとう、バルディッシュ」

 

《No problem, Sir》

 

 魔力の流れを確認し、それが自己を守るための結界だと気付いたフェイトは、リニスに感謝しつつ愛機に礼を言う。この防御結界はリニスがフェイトに何かあった時のためにと仕組んでおいたもので、シールドのように強固な壁で外部からの干渉を遮断するとともに指定した者の傷を癒す効果がある。数メートルとごく狭い範囲にしか展開されない上に一度展開すると解除するまで動かすことはできないが、その分驚異的な防御力を誇り、Sランクの砲撃魔法でも耐えることが出来る代物だ。先の戦闘では魔力を制御するバインドのせいで展開されなかったようが、今はきっちりとフェイトを守る役目を果たしてくれていた。

 

「……リニス、怒ってるよね……」

 

 同時にリニスの怒った顔が思い浮かぶ。言いつけを破って魔力反応を追いかけたうえ、果てにロストギア級の魔力はあの化け物のものではなかったのだ。リニスやプレシアの孔への想いを知っているフェイトは、それを断ち切れなかった事に落胆した。

 

(母さん……)

 

 今ごろ、母は姉と買い物だろうか。それを考えると心に苦いものが込み上げてくる。フェイトは家族で行く買い物は好きでなかった。より正確には、アリシアと一緒の買い物が好きでなかった。いつもプレシアと楽しそうに話すアリシアを見ていると、強い苛立ちに襲われるからだ。

 

(そこは、私の場所なのにっ!)

 

 自分はあの姉のように、我儘を言ったりしていないし、騒いでもいない。しかし、母親の目はいつもアリシアに向いていた。

 

 

「はあ、嫌なら、留守番したいって言えばいいんじゃないか?」

 

 そんなフェイトにかけられたアルフの言葉。フェイトはほとんど反射的に答えていた。

 

「でも、母さんが買い物に行くって言うし……」

 

「いいじゃないか別に。あのお嬢さまだって遊びに行くときはついてってないし。それでプレシアもなんか嬉しそうにしてたし」

 

 が、すぐに否定される。言われてみれば、アリシアは孔や萌生たちと遊ぶ約束をしているときは、呆気なく母親の誘いを断っていた。普段それを目の前でやられるとただ母親に迷惑をかける行為だと無為な怒りを覚えたものだが、いざ言葉で突きつけられると違った側面が浮かぶ。我儘を言われているにも関わらず、何処か上機嫌なプレシアの顔。そういえば、リニスも孔に頼ってもらえなくて何だか哀しそうだった。

 

「母さん、私が我儘言っても喜ぶと思う?」

 

「ウ~ン、それは……まあ、あのお嬢さまの時も喜んでたし……」

 

 自信がなさそうに頷くアルフ。しかしフェイトはそれを聞いて決心を固めた。

 

「うん、じゃあ、私、やってみるよっ!」

 

「あっ! フェ、フェイト? ちょ、ちょっと!」

 

 目の前に示された可能性。それはフェイトにプレシアが喜んでいる姿を想像させ、行動をとらせた。

 

「留守番?」

 

「は、はい。どうしても、やっておきたい訓練があるんです」

 

「……そう。なら、仕方ないわね」

 

 そして、その幻想はすぐに潰えた。フェイトが言った「我儘」はあっけなく承諾されたものの、フェイトは母の微妙な表情の変化を感じ取り、許可はされたが受容はされなかったのだと悟った。同じ事をしているにも関わらず、アリシアと同じ愛情が向けられない。留守番をしながら、フェイトは悩んだ。そして、行き着く回答はいつも同じで、

 

(アイツじゃなくて、私が姉さんを助けていれば……)

 

 孔の顔が頭に浮かんだ。アイツがいなければ。その思いはあっという間に広がり、フェイトに次の行動をとらせた。諸悪の根源を取り除けば、きっと自分もアリシアのように可愛がってもらえるに違いない。幸か不幸か、まるでその想いに応えるかのように感じた強い魔力反応。どこかで戸惑いの声が聞こえても、留守番という自分から言い出した全うすべき任務があっても、嫌悪感の前にはそれは些細なものでしかなかった。

 

 傷が痛む。憎悪が先行したせいで気がつかなかったが、思い返せば今回は絶対に失敗できないものだっただろう。何せ、留守番という「任務」を放棄してしまったのだ。

 

「……」

 

 無言で虚空を見つめるフェイト。その瞳には何も写されていない。ただ、頬を涙が伝い、

 

「どうしたのかしら?」

 

 かけられた声に顔を上げた。同時、フェイトは驚愕した。

 

「か、母さんっ!」

 

 そこにはプレシアがいたからだ。

 

「……っ! あら、貴方は私がお母さんに見えるの?」

 

 否、プレシアではなかった。長い黒髪の、少しキツめの雰囲気がある女性。その女性は驚いたように目を見開いたが、すぐに微笑をフェイトに向ける。余裕のある微笑みはしかしプレシアに似ていて、

 

「……ぁ」

 

 フェイトは無意識に手を伸ばしていた。無意識に邪魔な防御結界を解除する。女性もそれに応えるように手をとり、

 

(フェイトッ! どこだいっ!?)

 

「っ! アルフ!? あ、ごめんなさっ! い、痛っ!」

 

 アルフの念話が響いた。ようやく我に返るフェイト。同時に慌てて目の前の女性に非礼を詫びながら立ち上がろうとしたが、激痛でうずくまってしまう。心配そうにそれを覗き込む女性。

 

「大丈夫かしら?」

 

「あ、はい。だ、大丈夫です」

 

「あんまり大丈夫に見えないわね。せっかくの可愛い女の子が台無しよ?」

 

 女性は苦笑しながらハンカチを取り出し、傷を縛ってくれた。リニスの防御結界のおかげでかなり浅くなっているとはいえ、血は完全に止まっていない。

 

「す、すみません」

 

「いいのよ。ところで、さっきアルフって言っていたけど……?」

 

「あ、えっと……お、お姉さんです。多分、心配して助けに来てくれたんだと……」

 

 未だ混乱しているのか、誤魔化しながらも半分は正直に答えてしまう。それを聞いた女性は優しく笑うと、

 

「そう、なら、呼んできてあげるわ」

 

 そう言って念話が聞こえた方へと向かっていった。ここでじっとしててね? そんな声と共にあっという間に見えなくなる女性。何故アルフのいる場所が分かるのか、手に持っている布にくるまれた刀は何なのか。本来なら戦士としても確実に気付く疑問も忘れ、フェイトは急に消えたぬくもりに、喪失感をもてあましていた。

 

 

 † † † †

 

 

「この先だよっ!」

「はいっ!」

 

 一方、アルフは那美と屋敷の裏を走りながら、一直線にフェイトの元へと走っていた。

 

「偽者が邪魔すんじゃないよっ!」

 

 途中、孔の偽者が沸いてきたが、アルフは何の遠慮もなくゲーム感覚で殴り飛ばす。出てきた時は驚いたが、リニスからの念話を受けて倒しても問題ないものと分かっていた。

 

「ゴメンね?」「くぅ!」

 

 同じく那美も久遠の電撃でなぎ倒す。なぜついさっき会ったばかりの少年の偽物が大量に出てくるのかは疑問ではあったが、その邪悪な雰囲気を感じ取り、さほど抵抗も感じずに攻撃することが出来た。後ろからアルフを追いかける2人には、まだ余裕が見える。

 

「なんだ。ナミもクオンもなかなかやるじゃないか」

 

「アルフこそ。今度、除霊を手伝ってね?」

 

 冗談を飛ばしながら快調に進む。

 

 が、それは不意に視界に入った女性で止まった。

 

――御神流『撤』

 

 その女性も孔の偽者に剣を振るっている。那美が声をあげた。

 

「今の、恭也先輩の……?」

 

「あら?」

 

 声をあげる那美に気が付いたのか、女性の方も此方を振り向いた。

 

「貴方達は……士郎の知り合いかしら?」

 

「えっ? あ、は、はい」

 

 妖艶な笑みと共に問いかけてくる女性に思わず普通に頷く那美。どうやら付き合いのある人物の知り合いらしい。いつの間にか警戒を解いている。だがアルフはそうもいかない。

 

「誰だい、アンタ?」

 

「夏織。不破夏織よ。よろしくね?」

 

 露骨に警戒した視線を飛ばすアルフを受け流す夏織。アルフが最も苦手とするタイプだ。クスクスと挑発するような笑いを洩らしている。

 

(なんだい、嫌なヤツだね)

 

 心の中でそう思いながらも、アルフは相手を観察する。刀を手にしているものの、魔力は感じない。結界に自力で入った訳では無さそうだ。そうなると、術者に許可されたか、何かの弾みで意図せず迷いこんだかの何れかとなる。実際には那美のように魔力がなくとも特殊な訓練により結界を見破る人間がいるのだが、未だ魔法世界の常識を捨てられないアルフはそこまで気が回らなかった。

 

「で、そのカオリが何でこんなところにいんだい?」

 

「士郎に会いに来たのよ。どうも、変なことに巻き込まれちゃったみたいだけど」

 

 詰め寄るアルフに答える時も挑発的な笑みは消えない。元々気が短いアルフは次第に苛つきを押さえられなくなってきた。しかし、次の一言で顔色が変わる。

 

「ところで、この先で金髪の女の子が倒れてたけど、貴方の連れなら、早く行った方がいいんじゃないかしら?」

 

「っ! それを早く言いなっ!」

 

「あっ! アルフ! 夏織さん、すみませんっ!」

 

 駆け出すアルフ。那美も夏織に一言断ってから走り始める。夏織は2人が走り去った方をじっと見ていたが、やがて踵を返して逆方向へと歩き始めた。

 

 

 † † † †

 

 

 なのははジュエルシードを咥えたゾウイを追いかけていた。屋敷に向かうゾウイを追いかけて必死に走る。運動が苦手な自分をこれほど恨んだことは無かった。

 

「お願い、止まってっ!」

 

 しかし、ゾウイにそんな声が届くわけもなく、ついに屋敷にたどり着く。そのまま壁を曲がると、

 

「っ! あ、あれっ!?」

 

 先を走っているはずのゾウイの姿はなかった。

 

 見失った、見失ってしまった。

 

 そんな声が頭に響く。同時に血を流して堕ちる女の子の映像が頭にフラッシュバックする。急に襲ってきた吐き気と眩暈に思わず膝をつきそうになり、

 

「大丈夫?」

 

 優しく背中に手を添えられた。突然やってきたスキンシップに、なのははビクリと体を震わせる。慌てて後ろを振り向くと、微笑む女性。その女性を見て、なのはは呟いた。

 

「ほむらさん……?」

 

 いや、顔立ちは全く似てはいないし、纏っている雰囲気がまるで違った。ほむらは親しみやすい印象があったが、目の前の女性はどこかキツめの印象がある。強いて言うなら父や兄に似ているだろうか。それでも、こちらを見るどこか強い意志のこもった眼差しは、なのはが心に描き続けた憧れの人と同種のものだ。思わずまじまじと見入ってしまった。が、やがて他人であるという方へ意識が向き、慌てて離れる。

 

「あ、えっと、ご、ごめんなさい」

 

「あら? どうして謝るの?」

 

「あ、えっと……」

 

 微笑を絶やさずに話しかける女性。なのははその問いかけに戸惑った。ほむらと同じ様に甘えてしまったがために反射的に謝ったのだが、まるでそれを許すような問いかけだったからだ。なのははいつの間にか急に現れた人物に警戒を解いていた。

 

「ああ、困らせちゃったかしら、ごめんなさいね?」

 

 そのままなのはの背中をなでる女性。なのはは抵抗もせずにそれを受け入れた。しかし、その次に出た言葉に驚愕することになる。

 

「ジュエルシードなら大丈夫よ? ちゃんとこっちで回収したわ」

 

「っ! ジュ、ジュエルシード、知ってるんですかっ!?」

 

「ええ、よく知っているわ。貴方にそれの捜索を頼んだ、そこのユーノ君のこともね」

 

 肩に乗ったままのユーノを指さしながら頷く女性。ユーノもそれに便乗するように話し始めた。

 

「なのは、この人、夏織さんは味方だ。五島さんの協力者だよ」

 

 

 † † † †

 

 

「どけっ! 邪魔をするな!」

 

 叫びながら、大量に沸いてでた化け物に剣を振るう士郎。その一撃は容赦なく首を撥ね飛ばす。破裂した水道管のように血が柱のように噴き出した。しかし、

 

「……」

 

 首を失ってもなお、その化け物は立っている。手にしたナイフを構え、

 

「士郎様っ!」

 

 轟音と共にノエルの撃ちだした弾丸に吹き飛ばされた。狙ってやっていたのか、弾丸は後ろにいる別の化け物にまで貫通し、動きを止める。士郎の下に駆け寄るノエル。

 

「すまんな。助かったよ」

 

「いえ」

 

 背中合わせになって短く会話を交わしながら、2人は相手を見据える。先程溶けて消えた孔の格好をした化け物が何十体も此方を取り囲んでいた。忍達のもとに戻るべく館の方へと急いでいると、行く手を阻む様にわらわらと出てきたのだ。

 

「……異常なしつこさですね」

 

 そんな中でもノエルは相手を冷静に分析していた。剣で刺しても、何トンもの力殴り付けても、その化け物は起き上がって襲いかかってくる。非力ではあるが、しぶとく動きを止めない上に数で襲ってくるのは驚異だ。

 

「ああ、しかし……」

 

 士郎にとって、もっとも厄介な点はそこではなかった。

 

――御神流『虎切』

 

 近づいてきた一体を斬る。腕を、足を、首を、簡単に切り落とすことができる。容易に無力化することができる。一瞬で振るわれた刀は驚くほど静かにその動作を終え、鞘に戻った。

 

(……違う)

 

 が、士郎はその太刀筋に納得できない。始め、士郎はそれをただ久しぶりに刀を振るったせいだと思っていた。使っていくうちに調子を取り戻すだろうと。しかし、いくら化け物を斬ってもその僅かな違和感は拭えなかった。

 

「……ああ、そうか」

 

 また一つ、化け物の四肢が飛ぶ。達磨になって、血を撒き散らしながらもがくそれを見て、士郎は気付いた。

 

「……足りないんだ」

 

 この目の前の偽者からは、暗殺者にも劣らないあの悪意が、戦士の勘に訴えるような危険性が、そして自分の中の大切なモノを壊されるような絶望感が全く感じられなかった。にもかかわらず、同じあの少年の顔をしている。整った顔立ちに作り物のような黒い瞳、仮面のように張り付いた無表情。そして、人目で人外と分かる人間離れした不気味な雰囲気。普通の人間なら騙されただろうか。

 

「……っく!」

 

 それが、士郎の動きを、技を変えていた。化け物の皮をかぶった偽物。しかし、被っている皮がゆえに無意識に必要以上の反応をしてしまう。無駄な力。無駄な殺傷。普段の自分ならばもっと冷静に相手を分析し、必要最小限の力で無力化していただろう。しかし、あの化け物に化けた相手を見ると、どうしても力を振るう自分を止められなかった。

 

「ちっ!」

 

――御神流『雷徹』

 

 普通に斬るだけで十分な相手に御神流の技を使ってしまう。もはや士郎が戦っているのは正体不明な化け物ではなかった。重なって見える孔の影に剣を振るう。まるで自分の中の悪意でもって斬りつけるように、過剰に。

 

「……」

 

 無言でこちらに意志の無い目を向け、そのまま崩れていく化け物。しかし、振るう刀に望んでいる手応えは感じられない。血がたぎるような抵抗がない。反撃がない。反応がない。そして何より、あの化け物を倒したのだという実感が湧かない。それがどうしようもなく士郎をイラつかせ、更なる獲物を求めさせた。

 

――御神流『徹』

 

「違う」

 

 苛立ちを拭うように斬って、

 

――御神流『虎切』

 

「違うっ!」

 

 斬って、斬って、斬って、

 

――虎切っ!

 

「オマエジャナイッ!」

 

 ようやく、血柱の後ろに扉が見えた。敵陣を突破したというのに、なんという虚しさだろうか。最後に斬った相手の断末魔は聞こえない。それどころか、泥のように崩れていくそれは倒れる音すら立てなかった。ただ、自分の荒い息づかいとノエルの近づいてくる音が響いていた。

 

「……士郎様、大丈夫ですか?」

 

「ああ、何とか、な」

 

「なのは様が心配なのは分かりますが、今はまず屋敷へ戻りましょう。監視カメラに写っているかもしれません」

 

 様子がおかしいのに気付いたのか、ノエルに気を遣わせてしまった。当然と言えば当然の心配の仕方をするノエル。士郎の精神的な乱れは様子を見に行った先になのはが見当たらなかったせいだと。湧いて出た化け物のせいで二手に分かれることも出来ず、屋敷から聞こえてきた悲鳴を優先して行動せざるを得ない現状に焦っているせいだと。実際にそれも小さくない理由だったのだが、士郎にとっては御しやすい理由でもあった。大切な人をおいて戦場に立つなど何回も経験してきた。その度に自分の感情を殺し、同時に生き残る糧としてきた。しかし、あの化け物もどきを相手にしている時、心の底から沸き起こってきた暗い感情は押さえ込むことが出来なかった。

 

「いや、分かってる。俺は大丈夫だ」

 

 それでも、士郎はノエルにそう答える。士郎自身、この感情を上手く説明する自信はなかったし、そもそも相手の雰囲気にあてられて反応がおかしくなるなどと御神の剣士として失格だ。

 

「それより、また化け物が出ないうちに――」

 

 しかし、仕切り直そうとして言いかけた言葉は続かなかった。急に襲って来た違和感。一瞬、周囲の空気が変わったように思えたのだ。見える景色には一見何の変わりもない。しかし、すずかの悲鳴を聞いてからねっとりと纏わりついていた悪意のようなものが途絶えている。そして、何よりあれほど自分の中を満たしていた不快感が消えているのが分かった。周りを見回す士郎。そこには、

 

「お、お父さん?」

 

 戸惑ったように声をかけるなのはがいた。そしてその後ろには、もっとも会いたくなかった人物が。

 

「っ! 夏織っ!」

 

「うふふ。久しぶりね、士郎」

 

 いつもながら人をからかうような目で見つめてくる夏織。士郎の目が自然と鋭くなる。

 

「……どうしてここにいる?」

 

「電話で声を聞くだけじゃ物足りなくなって、貴方に会いに来たのよ? 貴方の愛娘を送ってあげるついでにね」

 

 そう言って軽くなのはの背中を押す夏織。なのはは戸惑うように士郎と夏織を見比べていたが、すぐにこちらへと走って来た。眉をひそめる士郎。

 

「……なのはに何をしたんだ?」

 

「何にも。ただ、裏の林で迷子になってたみたいだったから、連れてきてあげただけよ」

 

 クスクスと士郎の意識を逆なでするように笑う夏織。急に変わった空気に急に現れた夏織。間違いなく何かある。士郎は何か聞こうとしたが、

 

「じゃあね。なのはちゃん。今度温泉ででも会いましょう? きっと頼めばお父さんがすぐ連れてってくれるわよ」

 

 それを無視するようになのはに笑いかけて立ち去ろうとする。慌てて声をかける士郎。

 

「待てっ! 夏織っ! お前、一体何を……」

 

「うふふ。気になるなら、さっさと戻ったら方がいいわよ? まあ、今回もまた貴方は時間切れで終わっちゃったみたいだけど」

 

「なんだとっ!」

 

「ああ、怖い。なのはちゃんはこんな怖い大人になっちゃだめよ?」

 

 妖艶な笑みを浮かべて背を向ける夏織。士郎はなおも食い下がろうとしたが、ノエルに止められた。

 

「士郎様。今は早く忍お嬢様たちの元へ戻りましょう。あの方の追跡はいつでもできます」

 

 冷静な声に士郎は苦い顔で頷く。過去を断ち切れない自分を、感情を処理できない自分を、よりにもよってなのはの前で突き付けられてしまった。

 

「あ、あの、お父さん?」

 

 普段とは違う様子の父に困惑した声をあげるなのは。士郎は努めて平静を装って応える。

 

「なのは、どこに行ってたかは後で聞くよ。桃子さん達のところへ戻るから、離れないようにしてくれ」

 

 どこか不安そうな顔で頷くなのは。そんななのはに自分の未熟さを自覚しながら、士郎は夕暮れに染まる屋敷の扉を開いた。

 

 

 † † † †

 

 

「そう。そんな事が……」

 

「その反応だと、夜の一族でも把握していなかったたいだな。まあ、ボク達も全容はつかめていないんだけどね」

 

 月村邸の応接室。孔はリスティがさくらに今までの出来事とそれに対する自分なりの考察を簡単に説明するのを聞いていた。流石は刑事というべきか、リスティは要点を押さえ今までの事を分かりやすく伝えている。ジュエルシードを狙う悪魔、それを追う孔たち魔法使いの存在。そして、今回すずかがその対象になったらしいこと。

 

「まずはお礼を言うわ。卯月くん。どうやら助けられたみたいね」

 

「いえ。あまり役に立てなかった様ですし……」

 

 経緯を聞いて、こちらを向き直るさくらに孔はちらりとドアの方へ視線を送った。先程、すずかが出ていったドアだ。あのゾウイという猫が余程大切だったのだろう。血まみれになった死骸を抱えたまま、忍とアリサ、そして戻ってきたなのはに付き添われ自室へと戻っている。

 

「でも、あのまま間に合わなかったらすずかは殺されていたかもしれないわ。それだけで十分よ」

 

 さくらはそんな言葉をかけてくれるものの、孔は内心自分に嫌気がさしていた。また助けられなかったという思いに加え、今回はすずかの恐怖を現実に映したその姿が自分だった事も大きい。前々から嫌われているとは思っていたが、現実としてあの人外のイメージを突きつけられると辛いものがある。

 

(なるほど、自分はああいうふうに見られてる訳か……)

 

 そう思いながら先程戻ってきた士郎とノエルに視線を向ける。きっと彼らも自分に同じイメージを抱いているのだろう。視線で殺そうとしているかのごとく睨み付けてくる。

 

「それより、この屋敷にフェイトさん――金髪の俺と同じくらいの女の子ですけど、その子は訪ねて来ませんでしたか?」

 

「いえ? 来ていないわよ? お茶会にアリサちゃんとなのはちゃん以外は呼ばれていない筈だし……」

 

 いい加減居づらくなった孔は話題を変えた。ノエルに視線を送るさくら。ノエルは黙ったまま頷いた。何処か機械的な動作は地なのか、自分という化け物がいるせいかは孔には読み取ることは出来ない。が、その返答は事実なのだろう。顔をあげたときに挑むような目で見られた。

 

(大丈夫ですよ、孔。今アルフから無事に保護したと念話がありました)

 

(そうか、ありがとう)

 

(いえ……)

 

 そんな孔に山猫姿のままのリニスが念話で告げる。どうにも気を遣わせてしまったようだ。孔はこれへの感謝も兼ねて礼を言う。

 

(……リニス、さっきはありがとう)

 

(えっ?)

 

(俺のために、怒ってくれたように見えたから)

 

 あの偽者に殴りかかった時に爆発させた感情。孔は素直にそれを嬉しいと思った。自分のために感情を出してくれる人はそう多くない。しかし、リニスはどこか悲しそうな仕草をする。

 

(コウ、貴方は……)

 

(大丈夫よ)

 

 しかし、リニスの念話は割り込んだI4Uに遮られた。

 

(えっ……?)

 

(心配要らないと言っているの。私の愛しい狩人は過去に負けない強い心を持っているから。そうでしょう?)

 

(あ、ああ……)

 

 何処か威圧感のある口調で語るI4U。その様子は、

 

(まるであの百合子さんみたいだな)

 

 孔に悪魔と思しき人物を連想させた。なぜ自分のデバイスから悪魔を思い描いたのか。わずかに抱いた疑問は、しかしさくらの声で途切れる。

 

「それで、そのフェイトちゃんがどうかしたのかしら?」

 

「いえ。近くで見かけたもので、こちらに来て巻き込まれていてはと思いまして」

 

「そう。それなら大丈夫よ。ところで、卯月君、貴方のこと何だけど……」

 

 孔は意識を切り替えてさくらと話を続ける。さくらは一見フランクに会話しているように見えるが、やはり警戒されているのだろう、出自や保護施設での生活についていろいろと聞かれた。孔は特に不快感を見せるでもなく答える。出自は記憶を失っているから分からないが、施設では家族とも言える存在と暮らしている、と。

 

「それじゃあ、すずかのことは? どのくらい知ってるかしら?」

 

「月村さんですか? 同じクラスメートですが、実はあまり話したことがなくて……申し訳ありません」

 

 そう。短く応えるさくら。孔はその問いかけの意味を顔には出さずに推し量っていた。そういえば、ドウマンが前にすずかをさして「吸血鬼」と言っていた。ゲームに閉じ込められた時もさやかは無残に殺されたにもかかわらず、すずかはアリサとともに現実世界で拘束されるにとどまっている。そこへ、今回の襲撃である。

 

(ジュエルシードはあの悪魔も持っていなかった……確かアルフさんはフェイトさんが見つけたと言っていたが、保護したということはフェイトさんが封印したのか? だが、あの悪魔は明らかに月村さんを狙って魔法を撃っていた。なにか、裏にあると思ったほうがいいな……)

 

 自分の周りで起きる悪魔の事件。孔はその後ろに得体の知れない巨大な意志を感じながら、ただその理不尽に自分の意志が屈しないよう、努めて冷静な思考を続けようとしていた。

 




→To Be Continued!

――悪魔全書――――――

退魔師 神咲那美
※本作独自設定
 私立風芽丘学園に通いながら、八束神社で巫女のアルバイトをやっている少女。鹿児島出身の高校3年生。元々神社の娘だったが、5歳の時に神社を憎む妖狐・久遠に両親を殺されて神咲家に引き取られ、その際に神咲家が封印した久遠を預けられる。始めは久遠を憎んでいたものの、夢移しにより久遠の過去を知るに従い、心を通わせるようになる。退魔師としては悪霊を祓うような強い霊力や剣術の才能は無いものの、高いヒーリング能力を持つ。さざなみ寮に滞在していることもあり、リスティとは仲が良い。

妖獣 久遠
※本作独自設定
 退魔師・那美のパートナーである妖狐。300年前、弥太という少年と恋に落ちるが、当時の流行病に耐性があった弥太が村の神社の神託により人柱にされてしまう。恋人の無残な最期を見せつけられて以降、祟り狐として神社や仏閣を荒らしまわっていたが、多大な犠牲を払って封印されていた。10年ほど前に再度覚醒し、那美の両親を殺害、退魔に当たった神咲家にも甚大な被害を与えつつ封印される。現在は那美の尽力により本来の臆病ながら人懐っこい性格を取り戻し、パートナーとしてともに退魔に当たっている。油揚げに大福、甘酒が好物。

――元ネタ全書―――――
夏織
 とらハ3より。同作では珍しい悪女ポジション。不破姓だったり、御神流を使えたりするのは独自設定ということでご了承ください。メガテンでも悪女の活躍する作品が多いので、本作でも活躍してもらっています。

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