リリカル・デビル・サーガ   作:ロウルス

34 / 51
――――――――――――

「課外授業に?」

「はい。先生に言われて、これから一ヶ月」

 私はまどかさんのお店でほむらさんと会っていた。塾の無い日はいつもアリスちゃんと卯月くんと一緒だけど、今日はいつもより早い時間だから、2人は来てない。なんだかアリスちゃんを避けてるみたいで、ちょっとだけ胸がチクってなった。

「そっか、じゃあ、しばらく会えなくなるわね。アリスちゃんも気がつけば小学生だし、何て言うか、時の流れは残酷ね」

 すごく残念そうにするほむらさん。でも、私は行かないといけない。

 みんなを守るって、決めたから。

――――――――――――なのは/まどかの花屋



第15話a 地下2500mの記憶《壱》

 温泉旅行の翌日。孔は修、リスティとともにシェルターの一般公開されたエントランスへ来ていた。エントランス、といっても地下街とつながっており、工事中のシェルター内とは開閉式の隔壁で区切られているに過ぎない。ちなみにその隔壁の前はちょっとした休憩スペースの様になっており、シェルターの簡単な説明を載せた掲示板や模型のほか、自販機や椅子が用意され、ちょうど地下街に設置された公園の様に機能していた。

 

「はあ? アンタ刑事だろ? 何で無理なんだ?」

 

「警察手帳も万能のパスポートじゃないんだ。っていっても、シェルターに入るのに何故警視庁長官レベルの許可がいるのか疑問だけどね」

 

 が、そんな癒しスペースに修とリスティの苛立たしげな声が響く。竜也が日時を指定していなかった事に淡い期待を込め、社会見学前に片づけようとシェルターに足を運んだのだが、一般公開されている以上の部分はリスティの権限では入る事は出来なかった。

 

(……確かに異常だな)

 

 孔も重厚な隔壁をにらみつける。入る手続きだけでなく、警備も異常だ。監視カメラが至る所に設置され、二十四時間体制で複数人の警備員が駐留。その警備員も対テロ用の特殊装備に身を固め、銃まで携行していた。それだけでも厳重を通り越した態勢だが、孔がもっとも驚いたのはそこではない。

 

「なあ、卯月。移転で何とかなんねぇのか?」

 

「いや。さっきからやっているが無理だな。ここの隔壁には魔法結界が埋め込まれているみたいだ」

 

「はあ? どういうことだよ?」

 

「前にプレシアさんから聞いたことがある。魔法世界には特殊な資材に結界魔法で使うようなプログラムを組み込み、強度を強めるついでに魔法効果を付与している素材があると」

 

 以前、テスタロッサ邸の地下にある訓練室を使わせてもらっているときに、壁に魔力を感じてプレシアに聞いた話を思い出しながら説明する孔。訓練室の防壁には単純な強度向上程度しか使われていなかったが、次元航行船の装甲材や機密保持のための特殊なサーバールーム等には外部からの移転による侵入を防いだりする高度なものが使われている、と。

 

「そんな技術が? このシェルターに?」

 

「はい。何故かは不明ですし、何処から手に入れたのかも疑問ではありますが」

 

 疑問の声をあげたリスティに、孔が正直に分からないと答える。修はそんなリスティに問い返した。

 

「アンタはこのシェルターについてなんか知らないのか?」

 

「いや。ここの市長肝いりという事くらいしか……」

 

「じゃあ、打つ手なし、なのかよ?」

 

「いや。須藤もあの警備をすり抜けられるとは思えない。ヤツが襲ってくるポイントはこのエントランスか、反対側にある地下鉄の駅に抜ける裏口のどちらかだろう。それがわかっただけでも収穫とみるべきだろうな」

 

 溜め息交じりに言う修にリスティが前向きな回答をする。孔は考えながら言った。

 

「これだけ人が多いんだ。この場で襲ってくるのは考えにくい。やはり、社会見学の時を狙っているとみるべきでしょう。学校行事のスケジュールもネットで過去のものなら調べられるから、あたりがつけやすい筈だ」

 

「何とかならねぇのか? 工事中なんだろ? 建材を運び込むときに紛れ込むとか?」

 

「無理だな。そこの看板に書かれた建設計画に、ここ数日は休工期間とある。ゴールデンウィーク明けまで工事の再開は無いよ」

 

 別の提案をする修にその可能性をつぶすリスティ。結局、うまい手も見つからないまま、孔は社会見学当日の行動を打ち合わせただけで修達と別れた。

 

 

 † † † †

 

 

「えー、なのはお姉ちゃん、先に帰っちゃったの?」

 

「そう。課外授業の前に外に泊まる準備しときたいからって」

 

 翌日の放課後、まどかの花屋。孔はいつも通り出されたコーヒーを片手に、アリスの不満そうな声を聞いていた。

 

「むー、つまんないっ!」

 

「まあ、ゴールデンウィークも近いし、仕方ないだろう?」

 

 わめくアリスを窘めながらも、孔はこのタイミングでなのはが課外授業を受けた事に思考を回していた。学校で募集している課外授業は長期休暇を利用して合宿を行うものだ。いわゆる林間学校のようなもので、親元を離れて他の生徒と過ごすことになる。

 

(そういえば、確かに高等部の先生がゴールデンウィークを使って課外授業をすると言っていたが……リスティさんの話じゃ、高町さんは結界内部で夏織という人物と接触している。何か指図なり脅しなりを受けて家族と分断されたか? いや、護衛依頼はあの温泉の日から3日後だったな。今日で2日経つから依頼が実行に移されるのは明日、つまり社会見学と同じ日だ。ゴールデンウィークは社会見学の後だから、その日に切り離しても依頼の人質としては遅すぎる……偶然の可能性もあるが、その夏織さんが結界の中で平然と活動していたのなら魔法の事も知っているはず。高町さんの魔法の素養に気付いて、ジュエルシードの探索なりに利用しようとしている可能性も捨てきれないな……)

 

 苛立ちを表に出さないようにしながら、手段を選ばない相手を考える孔。依頼の内容はトールマンと面会する氷川の護衛と聞いている。氷川の事は大企業の重役としか知らないが、相手のトールマンはメシア教会でかなりの地位にあり、かつ管理局にも顔が効く。果たしてメシア教会のトップとして面談に臨むのか、管理局の橋渡しとして面会するのかは非常に気になるところだ。

 

(……できればクルスさんにも話を聞きたいところだが、同じメシア教徒ということを考えると難しい、か)

 

 疑うわけではないが、同じ組織に所属している以上、下手な情報提供はできない。向こうからの接触を待つべきだろう。

 

(いずれにせよ、会談には参加できないから、俺は須藤の相手に専念するしかないか。援護をつけているとはいえ大物同士の交渉、しかも町の中心地だから、そう大きな騒ぎは起こさない、と思いたいが……)

 

「ねー、孔お兄ちゃん、どっか行っちゃうの?」

 

 だが、沈んでいた思考の端に、アリスの声が引っ掛かる。気が付けばつい先ほどまで周囲を飾っていた会話が途切れ、アリスが不安そうにこちらを見上げていた。

 

「どうしたんだ、急に?」

 

「だって、孔お兄ちゃん、変な顔してるときはいっつもどっか行っちゃうし」

 

 顔には出さないようにしていたつもりが、アリスには読まれてしまったらしい。孔は苦笑しながらもそれに答えた。

 

「別に、どこかへ行くわけじゃない。ただ、この後大瀬さんの通夜があるだろう?」

 

「あ……そっか」

 

「大瀬さんって……ああ、孔はクラスメートだったわね」

 

 2人の会話に悲痛な顔をするほむら。あの事件は都心部分で起こった大事故として大きく報道されている。警察関係者のほむらもある程度は知っているのだろう。

 

「ここ数日は大瀬さんのお母さんもマスコミの相手とかで大変だったみたいで。葬儀は学校のクラス全員で出るんですけど、通夜には俺と、あと友達が何人か呼ばれてるんですよ」

 

「そう……孔はその子と仲が良かったのね」

 

 目を伏せるほむら。いつも凛としている彼女がこうした表情をするのは珍しい。

 

(さやかさんと重ねているのかもしれないな……)

 

 以前遠まわしに聞いた話だと、あの時悪魔に殺されたさやかは行方不明として処理され、公的には死亡とされていない。気丈に振る舞っているように見えるが、同僚が死亡ともつかない状況に置かれているほむらの心中は察するにあまりある。重い空気に俯く孔。そこへ、まどかが口を開いた。

 

「その子のお通夜だったら、うちにも供花の話が来てるの。孔くんとアリスちゃんの分も用意できるよ?」

 

「そうですか……じゃあ、お願いします」

 

 立ち上がる孔。それからはアリスと花を選んですごした。短いとはいえ時間を共有したアリスも園子には思うところがあったらしく、なかなか決まらないようだ。

 

(俺は……これにしておくか)

 

 選んだのはシオンの花。供花についての礼儀はそれほど詳しくはなかったが、プラカードに載っている花言葉「君を忘れず」が気になったためだ。孔はアリスとともにまどかから花を受け取ると、店を出て孤児院へと歩き始めた。

 

 

 † † † †

 

 

 その日の夜、孔はアリス、先生と園子の通夜へ来ていた。

 

「伊沙子さん、園子ちゃんの事は……」「いえ。あの子も……」

 

 出迎えてくれた園子の母親である伊沙子が先生と挨拶を交わしている。それほど面識があるわけではないが、孔は伊沙子が何処かやつれている様に思えた。力のない声に耐えきれず、目を背ける孔。しかし、伊沙子から声がかかる。

 

「貴方が孔くんね?」

 

「はい。その、大瀬さんには仲良くして貰って……」

 

 覚悟はしていたものの、やはり言葉が出てこなかった。一瞬ではあるが長い沈黙。孔はそれに耐えきれず、まどかの店で買ってきた花を差し出した。

 

「あの、供花、いいですか?」

 

「ええ。会場に行ってあげて」

 

 思い付かない言葉に歯がゆさを感じながら、一礼して立ち去ろうとする孔。そこへ、伊沙子から声がかかった。

 

「孔くん、園子が貴方を好きだったの、伝わってたかしら?」

 

「……はい。直接言われた訳じゃありませんが」

 

「そう。じゃあ、花と一緒に貴方がどう想ってたか伝えてあげて。まだ、返事を聞いてないみたいだったから」

 

 最後に震えた声が心に響く。孔は伊沙子に静かに頷くと会場へと向かった。小さな市民会館はまだ早い時間のせいか閑散としている。一人祭壇へと向かい、花を捧げる孔。棺はない。あの後、家族に届けられたのはおびただしい血とともに見つかった、千切れた片腕と足だけだったという。

 

(……くっ!)

 

 歯を食い縛る孔。だが、何時までも後悔に沈んではいられない。孔はもう伝わらない園子への返事を祭壇の前へ向ける。

 

(俺は……もっと、園子と過ごしたかったな)

 

 感情は複雑であったが、今の正直な想いはこれだろうか。もし呪いなどかけていなければ、自分も相手に消極的にならずに、ちゃんと見ることが出来たかもしれない。少なくとも、嫌われない限りは同じ時間を過ごそうとしただろう。あるいは、園子の性格ならば異能も受け入れてくれたかもしれない。

 

(もし、かもしれない、ばかりだな)

 

 自嘲する孔。なくしてからようやく気付いた可能性に心が締め付けられるのを感じながら、孔は祭壇を後にした。

 

 

 

 通夜自体はすぐに終わった。気がつけば終わっていたと言う方が正しいかもしれない。修や萌生、アリシア達も来ていたが、結局言葉を交わすことは無かった。孔は会場の廊下で泣きながら帰る萌生とそれを慰める修を見送りながら、先生が伊沙子と話し終わるのを待っていた。2人の会話に入り込めるだけの権利と言葉を見いだせない自分を苦々しく思いながら帰路に就く人々を眺めていると、

 

「ここにいたの。随分暗い顔ね。先生とアリスちゃんが心配してたわよ?」

 

「……通夜で明るい顔は出来ませんよ」

 

 いつの間にか横に立っていたプレシアが声をかけてくれた。努めて何でもない様に答える孔。プレシアは大きく溜め息をついた。

 

「さっき、伊沙子さんと話をしてきたわ。貴方が変に思い詰めていないか気にしていた……あの人は強いわね」

 

 呟く様に語るプレシア。それはまるで自分自身に言い聞かせている様でもあった。しかし、急に孔を見つめると、

 

「コウくん、貴方は先生を置いていっちゃダメよ?」

 

 震えた声で言った。孔はプレシアの視線を外せないまま頷く。

 

「ええ。そのつもりです。でも、どうしてそんな事を?」

 

「そうね……帰るところを覚えておいて欲しかったから、かしら。リニスから聞いたわ。記憶の手がかりを見つけたんでしょう?」

 

「ええ。でも、記憶が戻っても、俺は……」

 

「それは記憶を取り戻してから聞くわ」

 

 孔の言葉の途中で遮り、背を向けるプレシア。しかし、去り際に付け加えた。

 

「……私も記憶の研究をやっていたことがあるの。専門外だったけどね。実験もやったわ。ただ、分かったことは一つ。同じ記憶を持っていても、同じ人間にはなれない、よ。覚えておいてね?」

 

 孔は何も言えずにプレシアの背中を見ていた。複雑な感情が絡み過ぎて、プレシアに何があって、何を忠告しようとしたのか読み取る事は出来ない。しかし、自分が家族から離れるのが望まれていない事だけは理解できた。

 

(確かに、重いな)

 

 I4Uに仕舞いこんだ園子のジュエルシード。それを渡された時、修が言った言葉を思い出す。だが、放り出したくはなかった。

 

(プレシアさんの言ってた「帰る場所」だからな……)

 

 園子が眠る会館の方へと戻ろうとする孔。しかし、視線を感じて立ち止まる。目を向けると、厳しい目で此方を見つめる士郎がいた。

 

(あの人も……そうか、同じサッカーチームだったから)

 

 園子の悲しみに浸る間もなく襲ってくる驚異に痛みを感じながら、孔は士郎に黙礼で返すと、再びの先生が待つ会館の中へと戻り始めた。

 

 

 † † † †

 

 

「ジュエルシード、シリアルⅧ、封印っ!」

 

《Sealing》

 

 その頃、夜の山中にてなのははジュエルシードの封印に成功していた。足元には先程までジュエルシードに取りつかれ暴れまわっていた鳥がうずくまっている。

 

「だ、大丈夫、かな?」

 

「ええ、問題ないわ。ほら」

 

 意識を失い落下した鳥を心配そうに覗き込むなのはに声をかける夏織。その言葉どおり、しばらくすると鳥は体を起こし、空へと飛び立っていった。

 

「ふう。よかった」

 

「これで6個目ね。この調子で進めましょう」

 

 誉めてくれる夏織に顔をほころばせるなのは。夏織とは温泉で会って以来毎日助けて貰っているが、ジュエルシード回収は順調に進んでいる。ほんの2、3日とはいえ、それは確実に魔法と自分のやっている事への自信へと繋がっていた。

 

「ところでなのはちゃん、ゴールデンウィーク前に社会見学があるんでしょう?」

 

「あ、はい。防災シェルターに行くことになっています」

 

 唐突に言う夏織に首をかしげながらも、担任の先生が言っていた行き先を思い出し頷くなのは。夏織はそれに笑みを深くすると、軽い口調で言った。

 

「じゃあ、次のジュエルシード探索はそこにしましょう」

 

「えっ?」

 

「その社会見学、友達もたくさん参加するんでしょう?」

 

 なのはは目を見開いた。このところ回収がうまく進んでいたので気が付かなかったが、クラスメートが大勢参加する社会見学でジュエルシードが発動したら危険だ。

 

「あ、じゃあ、これからすぐにっ!」

 

「なのはちゃん、それは無理よ。建造中とはいえ、あのシェルターは厳重に管理されてるの。一般公開されている部分以外は社会見学でもないと入れないわ」

 

「そんなっ! それじゃあ……」

 

「そう、社会見学中にジュエルシードを探して回収する事になるわね」

 

 淡々と続ける夏織に絶句するなのは。夏織はしゃがんでなのはと同じ目線になると、目の奥を覗き込むようにして問いかけた。

 

「なのはちゃん、怖いかしら?」

 

「い、いえっ! そ、そんなことない、そんなことないですっ!」

 

 慌てて否定するなのは。怖くないはずがない。だが、あのお茶会の時すずかやアリサを護りきれなかったのを思いだすと逃げるわけにもいかなかった。しかし、夏織はそんななのはの心中を見透かした様に語りかける。

 

「大丈夫よ。今度はうまくいくわ。そのために練習をしてきたんだし、次は私も一緒よ。あなたは独りじゃないの」

 

「あ、そ、そうか……そうですよね」

 

 言い聞かせる様に言われ、なのはは頷いた。同時に夏織と一緒という部分に強い安心感を覚えた自分に気づく。こどもの頃からついて離れない孤独に、もはや思い悩む必要はないのだ。

 

「そうよ。私だけじゃない、ユーノくんもいるわ。それに、祐子も社会見学に引率で参加するはずよ?」

 

「祐子って、高尾先生ですよね?」

 

「ええ。ついでにゴールデンウィークの課外授業についていろいろ教えてもらうといいわ」

 

 そう言って立ち上がると歩き始める夏織。なのははその背中に自分を見守ってくれる大人達を感じていた。自分が護らなければならない家族とは違う、自分を護ってくれる「保護者」としての大人だ。

 

(私も、あんなふうに……)

 

 なのはは少しだけその背中に憧れを向けていたが、すぐに後を追って走り始めた。

 

 

 † † † †

 

 

 翌朝。孔は保護施設の自室で須藤から投げ渡された銃を眺めていた。

 

(まさか社会見学に銃を持っていく事になるとはな……)

 

 本来ならばゴールデンウィークを前にしたイベントなのだが、内心の憂鬱は消えない。止まらない嫌な予感を煽るように輝く銃を見つめる孔。しばらくそうしていたが、階段を駆け上がる音に我に返った。慌てて銃をI4Uにかざす。本来ならゲートオブバビロンにでも放り込んでおくところだが、I4Uから

 

《My Dear. それは私が預かっておくことが出来るわよ?》

 

 と言われたため、任せることにしている。I4Uがコアを明滅させ、銃を収納するとほぼ同時、ノックもなしに扉が開け放たれアリスが入ってきた。

 

「孔お兄ちゃん、先生が用意で来たら早く降りてきなさいって!」

 

「ああ、今行く」

 

 孔は返事をすると社会見学のためにと先生が用意してくれたリュックを持って立ち上がり、アリスと一緒に一階へと向かう。いつも通りリビングへ向かうと、先生が弁当を渡してくれた。

 

「はい。今日は社会見学でしょう? あんまりゆっくりしてちゃダメよ?」

 

「分かってますよ」

 

 まるで本当の母親の様に注意をしてくれる先生から弁当を受け取り、リュックへ仕舞う。それを見たアリスが服を引っ張ってきた。

 

「ねー、孔お兄ちゃんは遠足に行くんでしょ? 私も一緒が良かったなぁ」

 

「遠足じゃないんだが……学年が違うからしょうがないだろう?」

 

 孔の言葉にむーっと膨れるアリス。孔はしゃがんでアリスに視線を合わせると、言い聞かせるように話し始めた。

 

「ゴールデンウィークはいくらでも一緒に遊べるだろう?」

 

「うん……じゃあ、アリス、我慢するね? だから、孔お兄ちゃんも早く帰ってきてね?」

 

「ああ。そうだな」

 

 それに答えるアリス。機嫌が直ったのを見て孔は立ち上がる。

 

「じゃあ、行ってきます」

 

「ええ。行ってらっしゃい。アリスとの約束、忘れちゃダメよ?」

 

 アリスとのやり取りに暖かい笑みをこぼす先生に見送られ、孔はいつもとは行先が違うスクールバスへと向かっていった。

 

 

 † † † †

 

 

 バスで数十分。表向きは防災用シェルターとして発表されているそこは、ちょうど海鳴市街地の地下に建設されていた。付近にはオフィスビルや大型の商業施設の他に市庁もあり、市の中心部と言って差し支えない発展を見せている。もっとも、訪れたのは平日の昼間。人はそう多くない。

 

(周りに飛び火する可能性が低くて一安心、だな)

 

 バスを降りた先の広場から周りを観察する孔。何度か先生に連れられて市街地に来たことはあるが、車の中から眺めただけで直接歩くのは始めてだ。軽く地形を確認していると、頭に声が響いた。

 

(コウ、聞こえる?)

 

(念話……クルスさんか?)

 

 列を作る生徒に混じりながら、念話の元へと目を向ける孔。すると、近くのオープン・カフェから此方に小さく手を振るクルスが見えた。

 

(やっぱり、コウだったんだね。シュウも一緒かな?)

 

(ああ、学校の社会見学でな。この地下のシェルターに)

 

(そっか……この世界の学校はそういうカリキュラムが充実してていいね。ミッドじゃ義務教育って短いから)

 

(そうなのか?)

 

(そうだよ。私が行ってたところは神学もやってから、余計時間もなくて)

 

 そういえば、前にプレシアが魔法世界の学校との違いに驚いていた記憶がある。向こうでは就業年齢が低い事も相まって、義務教育は比較的短く権利教育が中心になっているという。文明が違えばこどもの頃に吸収させられる知識の量や質も違うのか、同じ集団で同じ質の教育を受ける期間は短いようだ。

 

(それより、クルスさんはどうしてここに? メシア教会はこの辺には無いだろう?)

 

(ああ、ちょっとね……)

 

 なにも知らないかのように問いかけてみたら、案の定言葉を濁された。やはり立場的なものがあるのだろうか。

 

(そうか。言いにくいなら別に……)

 

(……いや、話すよ。もしかしたら力を借りるかもしれないし)

 

 が、意外にもクルスは話を持ち出してきた。そして、念話のまま告げる。

 

(実はこの後、シティホテルでトールマンさんが氷川っていう人と一緒に会食することになってるんだけど、その氷川、ガイア教徒みたいなんだ……)

 

(……ガイア教徒、か?)

 

 孔は意外な単語に聞き返す。氷川という名前が出てくるのは想定済みだが、クルスが言った情報はそれにまた別の意味を与える。なにせガイア教徒といえば、悪魔を使役していると見られる五島とつながりがあるのだから。

 

(まあ、メシア教会じゃ支援を表明した大企業の重役って事になってるけどね。かなり前から接触をはかってきていたみたいなんだ。で、私は管理局に勤めてもいるから、護衛につくんだけど……)

 

(肝心の内容は分からないのか?)

 

(うん。トールマンさんを疑ってる訳じゃないけど、悪魔使いのガイア教徒と話をするなんて異常だよ)

 

 問いかける孔に肯定の意思を伝えるクルス。そこにはガイア教徒への強い憎しみが感じられた。普段のクルスとはかけ離れた感情に孔は眉をひそめながらも、今度はこちらから知っている情報を伝える。

 

(……そうか。実はシェルターにも悪魔を使う人物が来ると予告があったんだ)

 

(なんだって?)

 

 今度はクルスの方が聞き返してきた。孔は先生が社会見学の注意事項を読み上げているのを聞き流しながら、念話で簡単に温泉での一件を説明する。高町士郎が夏織という女性からその会食の護衛を引き受けた事、その最中、何者かが結界を展開し、なのはと接触した事。同時に悪魔が現れた事。それを呼び出したのは須藤という放火魔らしい事――。

 

(そいつが俺に向かって、去り際にシェルターに来い、と……目的は分からないが、な)

 

(温泉旅館の事件なら私もニュースで見たよ。客に暴力団がいて騒ぎを起こしたって事になってたけど、裏に悪魔がいたなんて……)

 

(悪いな。本当ならすぐ伝えるべきだったんだが)

 

 素直に謝る孔。実際のところはメシア教会の動きが気になって意図的に伝えなかったのだが、クルスは感情を害した様子もなく続ける。

 

(いいよ気にしなくて。それより、そっちは社会見学でしょ? 大丈夫なの?)

 

(ああ。リニスにも着いてきて貰ってる。ある程度対応はできるはずだ)

 

 正直不安が全くない訳ではなかったが、クルスには安心させる要素を伝える孔。クルスも得体の知れない人物を相手にする以上、此方に注意を割けさせるわけにはいかない。

 

(そっか……気をつけてね、コウ)

 

(ああ。クルスさんも注意してくれ)

 

 お互いに念を押して立ち上がる。孔は周囲のクラスメートに流されるようにして公園の階段から地下数キロのシェルターへ、クルスは少し先のシティホテル正面エントランスから地上数百メートルの高級レストランへ。二人は生反対の方向へ、しかし同じ不安を抱きながら歩き始めた。

 

 

 † † † †

 

 

「なのは、一緒に回りましょう?」

 

「あ、ごめん、私、高尾先生に呼ばれてるから……」

 

 社会見学が始まって、一時の自由時間。声をかけてれるアリサとすずかを断って、なのはは高尾祐子との待ち合わせ場所へと歩いていた。

 

(ゴメンね、アリサちゃん……)

 

 少し怒ったような顔を向ける親友に心の中で謝りながら、なのははシェルターのやや奥にある自販機が設置されたスペースへと向かう。人気のないそこに、授業で遠目に見た事がある、しかし決して慣れてはいないショートカットの女性がいた。

 

「あなたが高町さんね?」

 

「あ、はい。あの、夏織さんから特別授業の事、詳しく教えて貰いなさいって……」

 

 今までほとんど接点のなかった祐子に気後れしつつも、要件を伝えるなのは。祐子は少し影のある表情で頷くと、なのはをじっと見つめてきた。なのはは一瞬襲ってきた固い沈黙に思わず戸惑った声を出す。

 

「あ、あの……?」

 

「ああ、ごめんなさい。」

 

 が、祐子はすぐにいつも生徒に向ける優しい声に戻ると、説明を始めた。

 

「難しい事はしないわ。昼は普通に林間学校をやって、夜はあの青い宝石を探す……ただ、普段は行けないような所――このシェルターみたいに入りにくいところまで探す事ができる。その時、なのはちゃんの力が必要になるの」

 

 いつもの授業で見せる包容力のある表情と声。それは夏織やほむらとはまた違ったタイプをなのはに思わせた。桃子やまどかに似ているだろうか。だが、ショートカットの黒髪からのぞく目には、何処か冷たい雰囲気がある。なのはは無意識のうちに他の大人と比べながら、じっとこれから保護者となりうる人物に見入っていた。

 

「じゃあ、行きましょうか」

 

「へ?」

 

 そのせいか、急に話題を本題に移されても反応できなかった。聞き返すなのはに、祐子は背を向けたまま付け加える。

 

「ジュエルシード、探すんでしょう?」

 

 慌ててその背中を追いかけるなのは。並んで顔を見上げると、やはりいつもの授業で見せるような暖かみのある笑顔で応えてくれた。が、なのははそこに違和感のようなものを感じ取る。自分の母親が向けてくれる無条件の愛情や信頼とは別の何か。しかし、それを読み取るには幼すぎたなのはは、ただ曖昧な笑みを返すだけにとどまり、導かれるまま普段は立入禁止となっている区画へと入っていった。

 

 

 † † † †

 

 

 一方、孔はシェルターの人気のない所へと向かっていた。ターゲットが自分である以上、万一竜也がシェルターに入ってきた場合にできるだけ警備員や学校関係者とは離れている必要がある。ちなみに、地下街側の入り口にはリスティが、地下鉄側の入り口には寺沢警部が張り込んでおり、修は生徒や先生とともに行動することになっている。出来る限り早く離れようと、一人歩みを早める孔。いや、「一人」というのは正確ではない。

 

(リニス、平気か?)

 

(ええ。快適……とはいいませんが、想像よりずっと楽です)

 

 リュックの中に猫の姿でうずくまるリニスに時おり気遣うように念話を送る孔。リニスからは問題ないと返事をされたものの、孔は尚も問いかける。

 

(……苦しくなったら言ってくれ。すぐ外に出す)

 

(でも、まだ警備員がいる区間でしょう?)

 

 が、サーチャーで外のようすを把握しているのだろう、状況をしっかりと告げられた。変に遠慮するよりはと思い直し、孔は歩みを速めて地下一階の奥へと向かう。

 

(シェルター内でも魔法が使えるのは不味かったな……)

 

 どうやらこのシェルターの隔壁は外部からの魔法を遮断するのみで、内部からは普通に使えてしまうようだ。証拠にこうしてリニスと念話のやり取りはできるし、サーチャーを使って寺沢警部やリスティの様子を見ることもできる。外部への移転も可能だろう。それはつまり、竜也も悪魔を呼びだせるし、その悪魔も魔法を行使できることを示している。歩きながら周囲に気を配り、I4Uを確かめる孔。そんな孔の気を紛らわせようとしたのか、リニスが話しかけてきた。

 

(それにしても、このシェルター、かなりの設備ですね)

 

(ああ、少し過剰なくらいだな)

 

 心の中でそれに感謝しながら同意する孔。大規模な発電設備に自給自足ができるような人工農園の他、住居スペースは他のシェルターとも通信が可能なネットワークが完備され、高級マンションにもひけをとらない。

 

(長期間の生活を前提に設計されているな……)

 

 そうした目を引く施設へと走るこども達とすれ違いながら、孔は自分の記憶と関連しているというこのシェルターについて考えていた。明らかに一時しのぎの防災用ではなく、数十年、あるいは数百年の生活を念頭に置かれている。

 

――方舟

 

 そんな例えが孔の頭に浮かぶ。世界が壊れる程の災厄を生き延び、生命の種を運ぶゆりかご。冷静に考えればそのような代物が税金を使って作られている筈がないのだが、頭のどこかではその呼称と役割がやけにしっくりきた。それは失った記憶に基づくものに違いないのだが、この場所で何があったかはまるですりガラスに隔てられたかのように、思い出すことが出来ない。竜也は過去にこの場所で起こった事を再現する気なのかもしれないのに。そんな不安を誤魔化すように、孔は進み続ける。監視の目が薄く、生徒もあまり興味を持たなかった所――周囲を見回しながら探すうちに、孔は倉庫と書かれたプレートがある部屋の前へと差し掛かった。

 

「ここなら、誰もいないな……」

 

 警備員や監視カメラがない事を確認し、孔はリュックを下ろす。同時に、リニスが顔を出した。そのまま外へ出ると、猫が体にかかった水を弾く時のように軽く体を振るわせる。

 

「窮屈な思いをさせてしまったな」

 

「いえ。無理矢理ついてきたのは私の方ですし」

 

 そう言って孔の下へと身を寄せる。艶やかな毛に乱れた様子はなかった。

 

「これから、どうします?」

 

「取り敢えず、ここで待つつもりだ」

 

 孔は自分に言い聞かせるように答える。来やがれとしか言われていない以上、いつどこに行けばいいか分からない。自由時間が終わるまで残り数十分。孔としては一人でいることが出来るこの時間に狙って欲しかったが、果たしてあの狂人はどうでるだろうか。まるで暗闇に吸い込まれるように続くシェルターの廊下に注意を向けたその時、

 

「Warning!... Warning!...第七区画より出火! 第七区画より出火! 警備員の指示に従い非難してください。繰り返します。第七区画より出火! 第七区画より出火!……」

 

 爆音と共に警報が鳴り響いた。

 




→To Be Continued!

――悪魔全書――――――

厄災 ジュエルシード暴走体Ⅷ
※本作独自設定
 願望を実現するロストロギア、ジュエルシードの暴走体。元は逃げ出した小鳥であり、光物であるジュエルシードに興味を示してくちばしでつついていた際に発動、巨大化したもの。体内に注ぎ込まれた荒れ狂う膨大な魔力が生み出す衝動のまま暴れまわっていたところをなのはに封印された。ジュエルシードはシリアルナンバーが振られており、この暴走体の元になったジュエルシードはⅧ。

――元ネタ全書―――――
花言葉
 ペルソナ2罪。ジョーカーが残すメッセージから。イベントで出てくるだけでなく、キーアイテムとしても登録されます。

――――――――――――
※リリカルなのは原作では温泉旅行はゴールデンウィークのイベントでしたが、いろいろの都合により今回の事件を含め連休前となっております。
※隔壁の設定とか魔法世界の教育制度とかは例によって独自設定ということでご了承ください。
――――――――――――

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。