リリカル・デビル・サーガ   作:ロウルス

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――――――――――――

 自由時間。俺は卯月と打ち合わせた通り萌生達についていた。
 あの放火魔がいつ襲ってくるか知れない。

「ねえ、次、上っ! 上いこっ!」

 しかも、上のホテルじゃあなんか悪魔を使うヤバイ宗教団体の奴らが会談をやっている。
 温泉で出てきた悪魔は大したことなかったが、今度も通用するか怪しい。

「おおー、動いたっ! でっかい羽根が動いたっ!」

 とにかく、このシェルターは危ない。
 俺は周囲からの魔力反応と卯月からの念話に神経を尖らせ……

「あ、あっちも見たい。シュウ、下いこっ! 下っ!」

 …………。

「うるせーっ! だいたい、さっき下行ったばっかだろっ!? ちょっとは同じフロア回れよ!」

 好奇心丸出しのアリシアに俺の集中力はついに途切れた。
 温泉の時と同じ騒ぎように頭痛がする。

「えー、だって、ほら。下、穴掘っててるんだよ? ドリルだよ? 壱回転すればちょっと進んで、天も貫くんだよ?」

「いや、しないから。天元突破とかしないから。むしろ地下に潜る方だから」

「おおっ! 五番目の八面体の方だったのね?!」

 こどもの相手は慣れたつもりだったが、全くダメだ。無駄にはしゃぐアリシアに思わず言ってしまった。

「はあ、もう面倒だからお前先生と回れよ」

「ダメだよっ! みんな一緒じゃなきゃっ! だって、園子みたいにいなくなっちゃったら……ぁ……」

 本音を出して固まるアリシア。騒がしかったのが急に静かになる。そういえばバスの中でもはしゃぐのは恐怖の裏返しって卯月が言ってたな。

「はあ、萌生、お前どっか見たいとこないのか?」

「え? 私は別に……ねえ、フェイトちゃん、フェイトちゃんは次どこがいいの?」

 なんとか誤魔化そうと、後ろの萌生に声をかける。が、露骨すぎたせいか、萌生は引き気味の反応と一緒にフェイトへ回してしまった。なんかこの2人は最近やけに仲がいい。

「わ、私!? えっと……」

 決定権を渡されて困るフェイト。それは俺が知っている年相応の反応だったが、

「じゃ、じゃあ、やっぱりドリルで」

 言った場所は、結局姉と同じだった。

――――――――――――修/シェルター



第15話b 地下2500mの記憶《弐》

 サイレンが鳴り響く中、孔はリニスとともに走っていた。

 

《My dear, この炎は魔力によるものね。元凶の悪魔を倒さないと燃え続けるわよ?》

 

「その悪魔はどこにいる?」

 

《反応は2つ……地下9階の管制室と、地下10階の居住エリアね》

 

 I4Uが告げた場所は掘削現場の真上に設けられた、比較的新しい箇所だった。深い階層だと聞いて歩みを早める孔。炎は熱気とともに下から上へと昇ってくるため、このままでは危険だ。

 

(折井、聞こえるか?)

 

(ああ、また面倒な事になってんなっ!)

 

 念話を修へ繋げる孔。修からはすぐに切羽詰まった声が返ってきた。

 

(今、萌生とアリシアと逃げてる所だ。面倒な場所に来ちまってな……)

 

(何処にいる?)

 

 しゃべっているうちに調子を取り戻したのか、次第に落ち着きを取り戻し、状況を伝えてくれる修。しかし、

 

(一番下の掘削現場だ。ドリル見てたんだがな……)

 

 告げられた場所は最悪の場所だった。

 

(待てっ! その上の階層には悪魔がいるんだっ!)

 

(はあ?! この上にかっ!)

 

 念話越しに叫ぶ修。そこへ、I4Uが新たな情報を告げた。

 

《その地下に続く隔壁なら、強力な魔法防御がしてある筈よ。ある程度は持つわ》

 

(折井、取り敢えず待機していてくれ。炎なら下には回りにくい筈だ。俺もすぐ向かう)

 

 叫ぶように伝えると、足を早める孔。I4Uのサーチは流石に正確らしく、確かに掘削現場付近への移転魔法は遮断された。それどころか、火災を探知したことで新たに隔壁が降りたせいか、近くの部屋にすら移転出来ない。

 

「この隔壁、念話だけは通るように術式が組み込まれています。非常用の隔壁としてはミッドチルダでも見られるものですけど、移転魔法まで阻害するタイプは少ないですね」

 

 猫の姿のままのリニスがさらに悪い情報を伝える。魔法世界での防災用の隔壁は物理的な熱や衝撃は遮断するものの、救助活動を考慮し、被災者の位置を知らせることが出来る念話や移転魔法は通るように設定するのが普通だ。が、このシェルターの隔に組み込まれた術式は移転魔法に限り阻害している。

 

「悪魔が侵入した時を考慮したのかもな」

 

 自然とそんな結論に思い至る孔。いったん悪魔が侵入しても、移転を封じておけば一か所に止めることが出来る。自然に導き出したその結論へ疑問を抱く間もなく、孔は地下へ続く階段の手前へたどり着いた。そこには、見知った2人の姿が。

 

「リスティさんっ! 寺沢警部もっ!」

 

「卯月君かっ! 早かったな!」

 

「流石に火災だと普通に入れてな。今避難誘導に行く所だ」

 

 声をあげるリスティに、落ち着いたまま簡単に状況を告げる寺沢警部。そのまま突入しようとする孔に、警部から制止するように声がかかった。

 

「中には生徒が何人か取り残されてるって話だ。俺達も行こう」

 

「しかし、中はっ!」

 

「何、足は引っ張らんよ。それに、これでも警察官だ。目の前の救助要請を放っておくことは出来ん」

 

 戸惑う孔に背を向け、さっさと階段へと向かう寺沢警部とリスティ。孔はそれを複雑な目で見ていたが、やがて後を追って走り始める。階段を駆け下り廊下へ。だがクラスメートが自由見学を始めた階層にたどり着いたとき、

 

「ヒャッハァ! どうだっ! これで天使がいりゃあ向こう側とおんなじだろうがっ!」

 

 館内のスピーカーが狂った男の声を大音量で流した。

 

「っ! 須藤かっ!」

 

「コウ、悪魔の反応を追っていればたどり着けるはずです。だから……!」

 

「ああ、分かってる、分かってるがっ!」

 

 苛立ちを抑えきれず声を上げる孔に、リニスの声が重なる。それに乱暴な言葉で返すのを止められない自分に歯を食い縛りながら、孔はこの感情がただ竜也という存在だけによるものではない事に気づいていた。

 

(ここで、いや、ここと似た場所で何かあった……重大な何かがっ!)

 

 時おり、シェルターの内壁が崩れ、廃墟のビジョンが顔を出す。勿論それは幻覚にすぎないものであったが、鮮明な過去の記憶と確証をもって呼べるものだった。そして同時に、

 

(違うっ!)

 

 そう叫んだ。「あの場所」はこれほど広くなかったし、もっとおぞましいナニカが蠢いていたはずだった。もっと悲惨な光景が広がっている筈だった。しかし、周りを見渡しても目に映るのは炎だけだ。

 

(この炎は……ここじゃないっ!)

 

 混乱した頭がそう告げる。邪魔な熱気を振り払うように走る孔。そこへ、聞き慣れた声が伝わってきた。

 

――みんな落ち着いてっ!

 

「っ! 今の声は……」

 

「高見先生――俺のクラス担任の声ですっ!」

 

 立ち止まって見回す寺沢警部に答える孔。リスティはすぐ近くの食堂とプレートが掲げられた扉に近づくと、僅かに開いた扉を開こうとしながら声を張り上げた。

 

「扉の向こうっ! 誰かいるのかっ!」

 

――いますっ! 扉が閉まって取り残されてっ!

 

 孔はすぐに剣を抜いた。同時に魔法を使う。変身魔法と呼ばれるもので、自分の姿を別人のものに変えるものだ。魔法陣からの光が収まると、20代前後の男性の姿となった。警部は驚いたように声をあげる。

 

「卯月君っ!?」

 

「見た目を誤魔化しておかないと一緒に避難させられそうなんで。リニスも、悪いがリュックに戻ってくれ」

 

「……リニスさんは猫になるし、もう何でもありだな」

 

 呆れたような声を出すリスティに苦笑する孔。救助対象は扉の向こうの先生達だけではないので、さらに奥へと進まなければならない。が、あの責任感の強い先生でなくとも10歳に満たないこどもが他の生徒を助けに地下に潜るなどと言ったら許してくれないだろう。警察と消防に任せてさっさと逃げろと言われるのがオチだ。管理局の法律ではみだりに姿を変えるのは許されていないが、この際やむを得ない。

 

「今救助しますっ! 扉から離れてくださいっ!」

 

 扉の向こうにいる先生と警部達に向かって叫ぶと同時、剣を振り下ろす。孔の力と魔剣の切れ味は、厚さ20cmを超える対爆ドアを容易に切り裂いた。

 

「っ卯月?!」「っ!?」

 

 入った瞬間、冴子の声が響いた。まさか変身を見破られたかと目を見開く孔。しかし、

 

「あ、ああ、すみません。その、生徒によく似ていたものですから……」

 

 すぐに謝られた。どうやらばれてはいないようだ。鏡で自分の姿を確認できるわけでもないので、不安なことこの上ない。

 

「いえ。それより、あなたは先生ですか? 生徒は?」

 

 その不安を悟らせないように短い演技で誤魔化しながら周囲を見渡す孔。冴子はそれに周りの生徒へ視線を向けて答える。

 

「まだ閉じ込められて時間はたっていません。負傷者もいませんから、出口くらいまでなら歩けるでしょう」

 

 それを聞いた寺沢警部は生徒たちの前に出て、落ち着いた、しかしよく通る声で言った。

 

「ハイ、良い子のみんな、注目。お巡りさんが来たから、もう安心だ! ハンカチを口に当てて、姿勢を低くして、煙を吸わないように。 地下街の入り口まで逃げるから、先生と一緒についてくるんだ。いいね?」

 

 頷く生徒。警部はそのまま教師陣に指示を出す。

 

「先生、生徒に列を作らせてください。こちらで先導しますから、後ろについて、はぐれないように」

 

「分かりました」

 

 手際よくまとめていく年配の刑事に生徒達をまとめる先生。リスティはそれを見て、ここを任せて先に進もうとする。

 

「警部、私達は取り残された生徒の救助に向かいます」

 

「ああ。気を付けろよ?」

 

 そのまま反対側の扉へと向かう孔とリスティ。が、そこへ冴子から声がかかった。

 

「待ってください。まだ、取り残された生徒が8人もいるんです。仲のいい5人と3人、固まっている筈です。3人はゲームの置いてあるレクリエーション室に、5人は掘削現場に行くのを見かけましたっ!」

 

「分かりました。必ず助け出します」

 

 それに落ち着いて答える孔。冴子からの強い視線をまっすぐに受け止めると、熱い扉を蹴り破ってさらなる地下へと向かっていった。

 

 

 † † † †

 

 

 食堂を抜け、更に地下へ。走りながら、孔はI4Uに問いかけていた。

 

「……悪魔は管制室にもいるんだったな?」

 

《Yes, My dear. 何か気になることでも?》

 

「ああ、さっきの食堂の扉。悪魔に制御されてたみたいだ」

 

「意図的に閉められたということですか?」

 

 孔のリュックに身を潜めていたリニスが疑問を呈する。孔はそれに頷いた。

 

「ああ。あれは対爆ドアだ。少なくとも、人が活動できる温度で壊れたり、誤作動を起こすことはない」

 

「成る程。扉を制御して、どこかへ誘導しようとしているわけか」

 

 そこへ、リスティも続く。

 

「卯月君、ヤツの目的は君に向こう側とやらを思い出させる事だ。狂人の妄言の可能性も大きいが、何かあったら言ってくれ。勿論、無理せずに戻って貰っても構わない」

 

「ええ。でも、俺は大丈夫ですから……」

 

 それに短く答える孔。事実、目の前の光景は確かに記憶の一部を呼び起こすものだったが、頭の中が告げようとする記憶を、炎によって呼び出される別の記憶が邪魔をして思い出すに至らなかった。

 

(須藤が俺に思い出させようとしているのは、恐らく炎の記憶。でも、俺が施設に拾われてから何度も思い出したのは廃墟の記憶だ。俺にとって大切なのは廃墟の方らしいな……)

 

 冷静になろうと考えをまとめながら、熱を放つ魔力の固まりを睨み付ける。そこへ、I4Uが声をかけてきた。

 

《My Dear, 炎なら、悪魔を倒せば消えるわよ?》

 

「? あ、ああ、そうだな」

 

 突然、当たり前の事を、しかし心を見透かしたようなタイミングで言われ戸惑う孔。I4Uはそんな孔に軽くコアを点滅させた。それは何処か不満そうでもあり、同時に嬉しそうでもあった。複雑な感情を無機質な光で示され、思わず問いかける。

 

「どうした?」

 

《何でもないわ……それより、向こうの瓦礫の奥に生体反応を感知したの。どうする?》

 

 まるで回答を避けるように返事をするI4U。その様子は多少気になったものの、生体反応を告げられると追求は中断せざるを得ない。丁度展示室に差し掛かっていたらしく、割れたショーケースや掲示板が行く手を塞いでいた。その隙間からはレクレーションルームに続く廊下が見える。そして、更にその奥には、以前月村邸で見かけた魔力の壁が見えた。

 

「またあの壁か。ということは、悪魔もあの壁の向こうに?」

 

《いいえ。悪魔の反応は無いわね。誘導が目的なら、向こうには記憶に関わるものが無いんじゃないかしら。無視して先に行くのも手よ》

 

 声をあげるリスティに冷酷に答えるI4U。が、リニスはそれに異を唱える。

 

「待ってください。先生の話だと、レクレーションルームには生徒が3名取り残されている筈です。生体反応もあったでしょう?」

 

《でも、あの壁はシェルターの扉と違い、物理的な力では破壊不能よ? 今回は下の階から炎と一緒に吹き上がった魔力によるものだから、魔力の渦もないわ》

 

「なら、私が助けに向かいますっ!」

 

 淡々と告げるI4Uに、リニスは苛立たしげな声で返す。猫の姿で飛び出すと、そのまま瓦礫と壁の隙間めがけて飛び上がろうとする。

 

「待て、リニス。一人じゃ危険だ」

 

――summon

 

「アオーンッ! ヨイ熱気ダ!」

 

 呼び出したのはオルトロス。軽く咆哮をあげると、周りの温度に体を震わせる。

 

「メリー、リニスの援護を頼む」

 

「マカセロ」

 

 犬の姿となると、そのまま魔力の壁の隙間を潜り抜け、早くこいとばかりにリニスに向かって吠え始めた。

 

「すみません、孔」

 

「いや。折井達が地下なら、この先にいるのは多分さっき見かけなかった月村さん達だろう。高町さんもいるかもしれない。十分気を付けてくれ」

 

 謝るリニスに短く声をかける孔。リニスは何処か複雑な目を見せながらも、急かすオルトロスと共に生体反応の待つ場所へと向かった。

 

 

 † † † †

 

 

 レクレーションルーム。シェルターでの避難生活が長引いた際の退屈と精神の逼迫をまぎらわすべく設計されたそこには、巨大なゲーム機が設置してあった。ゲーム機、といっても家庭用ゲーム機では勿論ない。シミュレーターという看板が掲げられたそれは、脳に直接映像と刺激を送り込み、まるでゲームの世界に入り込んだかのようにプレイすることができるVR装置だ。退屈な説明抜きに主体的感覚で楽しめるこのシミュレータールームはこども達に人気となり、炎が襲ってくるまでは長蛇の列が出来ていた。

 

「うっ……あぁ……」「……あ……」

 

 が、今この部屋にいるのは装置に取り残された少女2人――すずかとアリサを残すだけとなっている。熱さに大粒の汗を浮かべ、呻き声をあげながら、2人は今、ゲームの世界にいた。

 

 

 

「よく出来てるわね。待っただけあるわ」

 

 数分前、すずかはアリサと共にこのシミュレーターを起動させていた。アリサの言葉通り、本当にリアルなダンジョンが広がっている。

 

(なんか、前やったゲームみたい……)

 

 同時にかつて悪魔によって閉じ込められたゲームを思い出し、強い不安を抱くすずか。

 

(あの時、私の幻想は壊されたんだ……もう、壊される幻想なんてないけど)

 

 温泉でアリサの本心を見せつけられてから、すずかは一種の諦めのような感情を持っていた。この感情を持つのは2回目だ。かつてカツミとメイが与えてくれた、人に受け入れられるかもしれないという希望が崩れ去った時と同種のもの。あの時はゾウイもいたし、ファリンという家族も増えた。だが今は、自分を支えてくれる存在はいない。立ちすくむすずか。こちらの気持ちを知ってか知らずか、先にたって歩くアリサは振り向いて疑問の声をあげる。

 

「どうしたの、すずか?」

 

「う、ううん。何でもないよ。早くやろう?」

 

 すずかは誤魔化すように言うと、アリサを追い越して目の前の扉を開く。本来はアリサを立てるところだが、この不気味な空間を一刻も早く抜け出したかった。

 

「あ、ちょっと、待ちなさいよ!」

 

 慌てて追いかけてくるアリサ。そこまで強い非難の口調はない。ゲームを前に、いたっていつも通りの友人だ。それが前の一件から暗くなりがちな自分を慰めようとしているのか、ただ単にゲームを楽しんでいるだけなのか、すずかには判断がつかなかった。

 

「なになに……ここの装備はご自由にお使いください」

 

 アリサは追いついて隣に並ぶと、壁の張り紙を読み上げる。その途端、ひとりでに部屋の奥の蝋燭に火が灯った。部屋の奥が照らし出され、ずらりと並ぶアイテムが浮かび上がる。

 

「ふーん、雰囲気出てるじゃない」

 

「……う、うん。そうだね」

 

 必ずご利用くださいと注意書がある片目だけ覆う眼鏡型のモニターを着け、喋りながら武器と防具を物色するアリサ。すずかもそれに習う。防具は何故か固い生地のブルゾンとズボンしか無かったが、武器の方は銃や剣に加え、振れば炎や氷の弾がでる魔法の杖まで様々だ。

 

「……攻略するならこういうのも方がいいのかな?」

 

「う~ん、アイテムがいっぱいあるからいいんじゃない?」

 

 投げれば氷となる石――ブフーラストーンを一緒に置いてあった道具袋に放り込むアリサ。すずかも手当たり次第に道具を突っ込む。回復用の傷薬に宝玉、聖酒菊娘に蜂蜜ケーキ。効用はよく分からないが、詰め込めるだけ詰め込んだ。

 

「あ、入んなくなった」

 

「なんかメガネに文字が浮かんできたわ……傷薬の所持上限は99? さすがゲームね」

 

 どうやら必着のモニターはプレイヤーへの補助をしてくれるらしい。道具袋への入れすぎを警告された。といっても、所持限界に達していない他の道具は入るのだから、変な所で現実性に欠けている。

 

「ま、まあ、きっとゲームバランスを考えてるんだよ」

 

「こんだけ入ればバランスも何もないと思うけど」

 

 しっかりと突っ込みながら、次の扉を開く。ひんやりとした空気が肌を撫でて、緊張感を与えてくれた。同時にメガネに文字が浮かび上がる。

 

《Caution! Please get set DBW!》

 

「英語? えっと……」

 

「もうすぐ敵が出てくるから、DBW、たぶん武器を用意しろってことね」

 

 先程調達した銃を取り出すアリサ。確かに、そこにはDBWと刻印されている。

 

「DBWって?」

 

「さあ? 最後のWは Weapon だと思うけど?」

 

 雰囲気に乗ってきたのか、話しながら進む2人。コントローラーで操作するのと違い、未知の世界を自分の体で歩くというのは、ゲームというよりもまるで遊園地のアトラクションに近い感覚を与えてくれた。

 

(あの時も、始めはこんな感じだったかな……?)

 

 が、すずかの方は決して純粋に楽しめるという訳ではない。時折、闇へと続くダンジョンが吸血鬼のゲームと重なり、憂鬱な気分になる。しかし、それに浸る間もなく、前方に影が見えた。

 

「あ、なんかいるわ」

 

 アリサがうねうねと動く奇妙なゼリー状の物体に声をあげる。モニターにはモンスターの名前が表示されていた。

 

「えっと……ブロブ? ど、どうしよう……?」

 

「遠慮せずやっつければいいのよ。その為の武器なんだし」

 

 そう言うと、持っていた銃の引き金をひくアリサ。しかし、ブロブは体を変型させて穴を作り、弾丸をかわした。

 

《Miss!》

 

「ウィイ……オ前、バカガギギ……」

 

 モニターに浮かび上がる文字と共に、モンスターが声を出す。歪んだノイズのような意味不明な声だったが、バカという文句だけはやけにはっきりと聞き取れた。

 

「な、なんですってぇ!」

 

 アリサはムキになってトリガーを引きまくる。が、一向に弾丸が出てくる気配がない。よく見るとメガネには新たな文字が表示されている。

 

《Error! Now Enemy Turn.》

 

「ふ、ふ、ふ、ふざけんじゃないわよ!」

 

 叫び声をあげるアリサ。普通のゲームで画面越しなら作り手のお遊びで済まされる言動も、目の前で現実にやられるとストレスが貯まることおびただしい。

 

「て言うか、すずかの番じゃないのっ!?」

 

《Error! Press turn battle.》

 

 アリサの叫びにヘルプが表示される。それによると、このゲームではプレスターンバトルを採用しており、ミスしたりブロックされたりすると行動回数が2回消費されるらしい。

 

「えっと、2人組のパーティーの場合、行動回数は2回なので、全て消費されたことになります……」

 

「聞いてないんだけどっ!」

 

 すずかがヘルプを読み上げるのを聞いて叫ぶアリサ。だが、文句を続ける間もなくブロブが襲いかかってきた。体を上に伸ばしたかと思うと、すずかに向かって倒れ込む。

 

「ウィィイイ……」

 

「すずかっ!」

 

 慌てて回り込もうとするアリサ。が、上半身に比して足は地面に固定されたまま動かない。必然的に前につんのめるようにこけた。同時に浮かび上がる文字。

 

《Error! Need Skill : "かばう"》

 

「ふ、ふざけんなー!」

 

 叫ぶアリサ。これもゲームバランスなのだろうか。普段なら簡単に取れる行動もゲーム内では制限されるようだ。すずかはそれを取り敢えずアリサは安全なようだと半ば安心して見ていた。それだけブロブの動きは緩慢なものだったのだ。

 

(……えっと、避けるときは……)

 

 メガネにあるボタンをいじってヘルプを表示させる。敵の攻撃は後ろに飛べば確率で避けることが出来るとあった。すずかは距離をとるようにバックステップ。が、避けきれず片足の靴が巻き込まれてしまった。

 

「すずか、大丈夫?!」

 

「う、うん。痛くはない。かな?」

 

 駆け寄ってくるアリサに言う。結構な質量が乗ったように感じたが、ゲームだけあって肉体的な痛みは全くない。代わりにメガネの端に表示されている数値が減っている。

 

《残念。避けきれなかった。8のダメージ(笑)》

 

 遅れて告げるメガネの文字。なぜか日本語で表示され、しかも煽り文句付きだ。これを作った人間は人をイラつかせる天才だろう。証拠にアリサは怒りで声を震わせてぶつぶつと呟き始めた。

 

「つ、次はわ、私が撃っていいのよね!? いいのよね!?」

 

《早くしろよ、この バ☆カ♪》

 

「コ、コイツ殺ス!」

 

 赤字ででかでかと表示される文字に向かって物騒な叫び声をあげ、再び拳銃を取り出す。すずかは慌ててそれを止めた。

 

「ま、待ってアリサちゃん。また避けられるよ?」

 

「止めないですずか!」

 

「お、落ち着いてっ!」

 

 が、冷静さを失ったアリサには届かない。そうこうしているうちについに引き金が引かれた。

 

「あれ?」

 

 が、弾丸は出ない。続いてモニターに表示される文字。

 

《時間切れwww 次に回すが選択されましたwww》

 

「きぃぃいいいい!」

 

 持って行きようのない怒りに絶叫をあげるアリサ。すずかはマニュアルを見ながら納得していた。

 

「えっと、手をタッチすると次のプレイヤーに行動を回すことができます。プレイヤーの特性に応じご利用ください。なお、30秒以上経過した場合は自動的に次に回すが選択されたと見なされます……」

 

「Fuuuuuuu×K!」

 

 すずかの解説におよそ乙女とはかけ離れた俗語が響く。もっとも、それに対するフォローは無い。何せすずかも30秒以内に行動を決めなければならないのだ。

 

(銃や剣は効果が薄そうだから、魔法が必要……さっきのアイテムを使えばいいか。使い方は……)

 

 淡々とヘルプを参照しながら道具袋に手を突っ込む。

 

「ブフーラストーン、出して」

 

《ほらよ》

 

 投げやりな声と共に乱暴に魔法石が放り出される。アリサの道具袋に入っている筈の石をすずかも取り出せるのは仕様のようだ。そんな細かいことはどうでもいいとばかりにすずかは石を放り投げた。すぐに氷柱が立ち上がり、モンスターを氷漬けにする。

 

《Weak!! Damage 145》

 

「ウィィァァ……」

 

 モニターの文字とともに悲しげな声を残して消滅するブロブ。どうやら倒すことはできたようだ。

 

「ふん、ざまあ見なさい」

 

《オマエは何もしてないケドナー》

 

「何ですってぇ?」

 

 隣でメガネと格闘するアリサを横目に、すずかは戦闘結果を確認していた。メガネに文字が浮かび上がる。

 

《Result: Exp 10 / マッカ 5 / アイテム get:魔石》

 

 日本語と英語の表記が混じっているのは仕様なのか、それとも開発中のためか。どちらにせよ、アイテムや装備をはじめに詰め込みまくったせいで魔石はもう持てないし、このゲームの通貨であるマッカも使い道がありそうにない。経験値も雀の涙だ。

 

(まあ、アリサちゃんも楽しめたみたいだし、いっか……)

 

 ゲームそっちのけでメガネに食ってかかるアリサを見ながら思う。同時に、まるでどこか遠くの風景を見ているような感覚に襲われた。一緒に遊んでいても距離を感じてしまうのは、自分が人間と違う吸血鬼だと意識しているせいだろうか。それを振り払うように声をかける。

 

「あ、あの、アリサちゃん、その辺で……」

 

「えっ! ああ、そうね、こんなのに構ってる暇なんてないわねっ!」

 

《負け惜しみかこの B☆A♪ K☆A♪》

 

「っ! この××××IN GRASSES!」

 

「ア、アリサちゃぁん……」

 

《怒られたな》

 

「っく……覚えてなさいよっ!」

 

 再び口汚く叫ぶアリサに呆れたような声を出しながら、すずかはいつものやり取りに交ざりはじめる。

 

(大丈夫。なにも変わってない)

 

 目の前の光景も、胸の痛みも、何も変わらない。すずかはそう自分に言い聞かせ、アリサの手を引いて灰色の坑道を模したダンジョンを歩き始めた。

 

 

 † † † †

 

 

「ボスまでもうちょっとだよ?」

 

「ふん。意外に大したこと無かったわね」

 

 仮想的に作り出されたダンジョンに2人の声が響く。コツを掴んだのか、2人は順調に攻略を進めていた。

 

《Caution! エンカウントゲージが red zone!》

 

 たまに英語混じりの警告が流れても、落ち着いて対処する。難易度を低く設定したせいか、現れる敵は必ず一体。すずかがアイテム・万里の望遠鏡を使って敵の弱点を分析し、アリサが魔法石で殲滅する。骸骨を模したモンスター、スケルトンが悲しそうな声と共に、灰となって消えていった。

 

《なんかone pattern だなァ》

 

「うっさいわねっ! RPGなんてこんなもんなのよ!」

 

「あ、あはは……」

 

 眼鏡と戯れるアリサも相変わらずだ。もっとも、すずかとしては横で賑やかにわめいてくれるのは有り難くはあった。同じ作業といっても、普通にコントローラーを操作するより時間がかかるせいで、戦闘が飽きやすいものになっている。他に楽しめる要素が必要だったし、何より時々襲ってくる憂鬱を紛らわすのにちょうどよかった。

 

《そこの扉開けたらボスだ。覚悟しろよドーミネーター》

 

「何よ、ボスくらいで。っていうか、ドーミネーターって何よ?」

 

 文字にいちいち反応しながら扉を開けるアリサ。その途端、高熱の風が襲いかかった。

 

《ボスだ。ボス、ボス黙_ゃボスボボスボスBossssbbbbbbooosssSSSSSSSSS!!!!!!》

 

 同時、まるで一昔前のゲームがバグをおこし、壊れた時のように狂った字が視界を覆いつくす。怖くなってメガネを外すと、巨大な竜が見えた。

 

――ファイアブレス

 

 勢いよく吹き出される炎。慌てて後ろへ飛んで避けようとするが、その火は消えることなく飛んでくる。どうやら回避は失敗と見なされたようだ。痛みはないと分かっていても、その迫力に目を瞑る。

 

 同時に、高温が肌を焼いた。

 

「あぁぁああああっ!?」

 

 感じるはずのない激痛で床を転げ回るすずか。飛んできた炎自体は当たると同時に霧散したものの、皮膚は焼けただれ、血が滲んでいる。生皮を剥がれたような激痛に、起き上がることができない。

 

「すずか……」

 

「ア、アリサちゃん……」

 

 聞こえて来たアリサの声と共に視界に入った足へ反射的に手を伸ばす。が、這いつくばった自分に浴びせられたのは冷たい声だった。

 

「触んないでくれない?」

 

「え?」

 

 彼女は今何と言ったのか。聞きたくない言葉を聞き返すと同時に、鋭い音が響いた。

 

 銃声。

 

 それを銃声と理解するのにどのくらいかかっただろうか。アリサの握る銃からはうっすらと硝煙が、伸ばした自分の手からは赤い血が流れている。

 

 なんで? どうして?

 

 つい先程までのアリサとの変わりように、痛みも忘れて顔をあげる。

 

「アンタ、化け物なんでしょ?」

 

「っ!?」

 

「気付かないと思ったの? さっきから化け物の弱点を教えてくるアンタ、アイツみたいだったわよ?」

 

「……ぁ……」

 

「まあ、いつかこんな風にゲームに閉じ込められた時から、そんな気がしてたのよね」

 

 目を見開くすずか。まるでいたぶるようにアリサは続ける。

 

「ねえ、なんでアンタ、私と友達のふりしてんの? 自分が化け物だって、分かってたんでしょ?」

 

 その問いかけに、すずかは何も言えない。ただ、恐怖だけが膨らんでいく。

 

「なんで騙してたの? ホントに友達なんだったら、言えたはずでしょ? 自分が鮫島を殺したのと同じ化け物だって」

 

 その拒絶は、恐れていたものと何ら変わりなく。ゴミでも見るような目で見下しながら。

 

「やっぱアンタ、アイツと同じで、いない方がいい化け物だわ」

 

 額に突きつけられた銃は、

 

「死ねよ、化け物」

 

 容赦なく火を吹いた。

 




→To Be Continued!

――悪魔全書――――――

外道 ブロブ
 近代SF・ファンタジー作品にみられる不定形の怪物、スライムの一種。真っ赤な液体状の怪物の姿で描かれる。食欲のみを本能として持ち、初めは50cmほどだったが、消化液で何でも捕食・吸収し、次第に巨大化していく。弾丸や剣の効果はうすいものの、冷気により体の流性を失わせれば一時的に生命活動を止めることが出来るという。なお、元ネタは某低予算B級ハリウッド映画である。

擬魔 アンデット
 世界各地の伝説・伝承にみられる、かつて肉体をもっていたものがそれを失ってもいまだ活動するものの総称。一般に知能を持たず、幽霊やゾンビなどの形態をとることが多い。本作ではスケルトンとして骸骨の姿で登場。

擬魔 ファイアドラゴン
 世界各地の伝承にみられる竜の一種。竜は自然現象等の象徴として崇められた蛇が神格化されたものが多いが、このファイアドラゴンは近代ファンタジー作品等に取り込まれた際に火炎にかかわる部分を特に強く描写されたもの。

――元ネタ全書―――――
シミュレーター
 偽典・女神転生より、バーチャルトレーナー。なお、原作では種族が「悪魔」となっていますが、本作の悪魔全書では「擬魔」としています。

ドーミネーター
 真・女神転生2。いわゆるドミ版より。内容の詳細は省きますが、あまりのバグの多さに発売当時「呪われているのでは?」と話題になったのはいい思い出。今作でも呪いのゲームとしてクロス要素に採用しています。

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