《ボスだ。ボス、ボス黙_ゃボスボボスボスBossssbbbbbbooosssSSSSSSSSS!!!!!!》
「ちょ、ちょっと、どうしたのよっ!?」
急にメガネが変になった。さっきからコイツはバカだったけど、本当にバカになられるとこれはこれで不安。でも、すずかの悲鳴ですぐにどうでもよくなった。何かと思って見てみると、ボスのドラゴンがすずかに襲いかかってる。確かにすごい迫力だけど、すずかの反応はちょっと大げさじゃない? そう思って見ていたけど、
ドラゴンの足はすずかを本当に踏みつぶした。
「う、そ……」
信じられなかった。今まで、攻撃を受けても服も破れなかったし、痛くも熱くも冷たくもなかった。なのに、目の前には踏みつぶされたすずかの頭と爪で引きちぎられた腕と脚が転がっていた。
それは、まるであの時の鮫島みたいで、
「うわぁぁぁあああ!」
頭の中が真っ白になった。
――――――――――――アリサ/バーチャルトレーナー
「うぁああああ!」
「すずかっ! すずか、大丈夫っ!?」
アリサに撃たれたと感じると同時に、すずかの景色は切り替わった。じっとりと汗をかいた肌に、異常な高温が振りかかる。息苦しさと肌を焦がす熱が生命の危機を伝えた。だが、周囲の環境よりも、すずかは自分を覗きこむアリサに恐怖を抱く。
「っ!? いやっ!」
「ちょ、ちょっと、どうしたのよ、すずかっ!?」
思わず伸ばされた手を払いのけるすずか。が、目の前のアリサは戸惑ったような声を出す。いつもと変わらない反応に、すずかは混乱した。先程、化け物として自分を拒絶したアリサはもうそこにはいない。しかし、
――死ねよ、化け物
そう告げた声――間違いなくアリサの声は未だ脳裏に響いていた。自分の体が震えているのが分かる。心配そうに近づいてくるアリサに恐怖が膨れ上がり、
「にゃあ」
腹部に乗る重みに気付いた。目を向けると、美しい灰色の毛並みの猫がこちらを見上げている。孔の偽者に教われた時に助けてくれた猫だ。ヤマネコだろうか。普通の猫より少し大型のその猫は、胸元までよじ登ると、いつの間にか流していた涙を舐めとってくれた。
(ゾウイみたい……)
かつて自分を支えてくれた家族を思いだし、思わず抱き締めるようとするすずか。が、その猫は鳴き声をあげると、前足ですずかの頭についているヘッドギアを叩き落とした。
「あ……」
我にかえるすずか。ひび割れた目の前のモニターには、GAME OVERの文字を塗り潰すようにプログラムの一部らしき文字列が並んでいる。
「なんだかよくわからないけど、火事でゲームが壊れちゃったみたいね。すずかがドラゴンに踏み潰された時はどうしようかと思ったわ」
すずかを落ち着かせるように話すアリサ。どうやら先程拒絶されたのは暴走したゲームが見せた悪夢だったようだ。もっとも、その結論にすぐ納得できる訳ではない。アリサを見ると恐怖をはっきりと感じる。立ち上がろうとすると吐き気がした。
「なあ」
それを心配するように鳴く灰色の猫。すずかは今度こそその猫を抱き上げ、シミュレーターから立ち上がり、熱を帯びた床に下りる。
「すずか、平気?」
「う、うん……」
本当は平気では無かった。感じた熱気にここで焼死してもいいとさえ思った。だが、腕の中の猫を見るとそんな気は吹き飛んだ。偶然かもしれないが、2度に渡って救われている。何より、ゾウイと重なった。この子まで一緒に死なせるわけにはいかない。
「にゃあ?」
「うん、大丈夫だよ? 一緒に逃げよう?」
鳴き声をあげる猫にそう返すすずか。それと同時、アリサの横から吠え声が聞こえた。
「あ、ちょっとっ?!」
見ると、小さな犬が部屋の出口へと走っていく所だった。出口の前に立つと、こっちに来いとばかりに吠え始める。
「あの犬……?」
「なんかゲームがおかしくなった時、起こしてくれたのよ。出口も向こうだし、追いかけましょ」
† † † †
時々先を走っては振り返っては吠える犬に導かれるように、見学の時に入ったのとは逆の出口から地下道へ。次第に周囲の温度が落ち着いていくのを感じながら、すずかはアリサと共に走っていた。
「はあ、はあ、あの犬、飼ったら散歩が大変そうね」
横を走るアリサが息を切らしながらそんな事を漏らす。もっとも、不満を言っているわけではなく、声は弾んでいた。アリサのなかではあの犬と遊ぶ光景が広がっているのだろう。それは、少し前を走る猫を見つめるすずかも同じだ。
(名前、何がいいかな?)
この猫と家族のように過ごす事を考えると、燃える地下にいるという危機感も、先程の拒絶された恐怖も少しは軽くなる気がした。
(うん、ゾウイ2世にしよう)
我ながら名案と思える名前を勝手につけるすずか。人間と違って、猫は拒絶されるという心配がない。何かから逃げるように妄想を広げていると、前に人影が見えた。
「すずかお嬢様っ!」
「ノエルっ!? どうしてここに?」
信頼する家族を見つけて駆け寄るすずか。ノエルはしゃがんですずかとアリサに視線を合わせると、普段と変わらない冷静な声で説明を始めた。
「火災が発生したと聞いて、探しに来ました。お怪我はありませんか?」
「うん、大丈夫だよ? この子に助けて貰ったし……」
対するすずかは手を差しのべてくれるノエルに無事をアピールする。が、急に視界が揺れた。
「すずかっ……あれ?」
駆け寄ろうとしたアリサも、力尽きたように膝をつく。ノエルに抱き止められながら、すずかは体が鉛のように重いのに気付いた。
「……大丈夫。過労です。安全な所までお連れしますので、もう少し我慢してください」
ノエルの声が何処か遠くに聞こえる。その声に恐怖と焦燥で忘れていた疲労が襲ってきたのだと理解しながら、すずかは重い瞼を閉じた。視界のすみに、新しく家族となってくれるであろう猫を捉えながら。
† † † †
(うまく脱出できたみたいですね)
(フン。貴重ナまぐねたいとヲ渡シタノダカラ当然ダ)
言うまでもなく、すずかとアリサを助けたのはリニスとオルトロスだ。孔の頼みでレクレーションルームに向かったはいいが、そこにいたのはゲームに繋がれたままの2人。繋がれたと表現した通り、すずかとアリサはシミュレーターへコードが伸びるヘッドギアのようなものを被せられ、何かの術式を脳に直接送り込まれていたのだ。
「ヌゥ。コノ機械、人間ノまぐねたいとヲ吸ッテイルゾッ!」
「マグネタイトを? どうして……」
「ナゼカハ分カラヌ。ガ、コノママデハ魂ハ消エテシマウナ」
咆哮をあげると、メリーの姿のままアリサの頭付近へと飛び上がるオルトロス。そのままヘッドギアを前足で外すと、顔を舐めながら吠え始めた。が、なかなかアリサは目を覚まさない。
「エエイ! 起キロ! まやハモット簡単ニ目ヲ覚マシタゾ!」
短気なオルトロスはそれにイライラしたのか、面倒を見ている少女の名をあげる。どうやら2人を重ねているようだ。
(そういえば、マヤさんもまだ入院中でしたね……)
メリーが時々散歩だと言いながら病院へ会いに行っているのを知っているリニスは、オルトロスにアリサを任せてすずかの方を起こし始めた。が、どれだけ鳴き声を上げても反応してくれない。ふとモニターを見上げると、そこにはプログラムコードのようなものが見えた。
「マグネタイト収集プログラム、試作型ナイトメア・システム……?」
思わず口に出して読み上げる。デバイスに組み込まれているのと同種の術式で書かれているそれは、どうやら一種の幻覚魔法のようだ。この手の夢を見せる魔法は決して珍しいものではなく、精神療法で利用される他、人間に寄生するタイプのロストロギアが所持していることがある。
「強い意思があれば脱出できるはずですが……壊した方が手っ取り早いですねっ!」
首輪に仕込んだデバイスを発動させ、解析を始めるリニス。が、すぐに驚愕の表情を浮かべた。
(該当するデータがある……?!)
その術式は、つい先日月村邸を包み込んだ悪魔の結界に酷似していたのだ。消えかかる結界の断片を解析したに過ぎないので、部分的に偶然一致しているという可能性もなくはなかったが、それにしても似すぎている。
(……いや、考えるのは後ですね。今は魔法を止めないと)
後ろで呻き声をあげるすずかを思い出し、術式を破壊する魔法を構築するリニス。一部とはいえ解析済みの術式だけに、その作業は早かった。浮かんだ魔法陣は光の線を作り出し、
《Imagine Breaker Fake》
悪夢を見せてマグネタイトを奪う恐るべき装置へ突き刺さった。孔のレアスキルをまねて名付けたその魔法は、解析した術式をキャンセルするものだ。一度解析さえしてしまえば、同じ魔法なら効果を止めることが出来る。それは紛うことなく効果を発揮し、人の潜在意識へ入り込むプログラムを停止させた。
「う、ん……」
先に目を覚ましたのはアリサ。オルトロスは咆哮をあげる。どこか嬉しそうなのは、嘗ての飼い主と同じ轍を踏まずに済んだせいだろうか。だが、すぐにまた目を閉じてしまう。
「ヌウ。まぐねたいとヲ吸ワレスギタヨウダナ」
「っ! 仕方ありません。このまま運び出しましょう」
「マア、待テ。まぐねたいとヲ分ケ与エレバヨイ」
「そんなことが可能なんですか?」
「モトモト我ラハ主カラ受ケ取ッテイルノダゾ。流レノムキヲ変エレバ良イダケノ話ダ」
そう言ってオルトロスは魔法陣を展開、アリサとすずかに魔力のパスのようなものをつなげる。
(使い魔が主から魔力の供給を受けるのに似ていますね)
もっとも、使い魔の魔力供給とは違い、オルトロスが展開した術式はマグネタイトを一時的に分け与えるだけで、絶え間なく供給し続けるという訳ではない。例えるなら、電源にケーブルでつなぐのと、バッテリーを対象に組み入れるとの違いだろうか。
「フム。コレデシバラクハ動ケルダロウ」
その言葉通り、目を覚ますアリサ。すずかもほどなくして目を覚ました。
そして今、家族に迎えられた途端マグネタイトが尽きて、疲労で眠り込んでしまったのだろう。
(とりあえず、マグネタイトが持って一安心ですね。メリー、ありがとうございました)
(フン。ハヤク主へ伝エロ)
悪魔でありながら自主的にマグネタイトを分け与えたオルトロスに礼を言うと、照れているのかそっぽを向かれてしまった。それに苦笑しながら、リニスは念話を繋ぐ。
(コウ、聞こえますか?)
(ああ。よく聞こえる)
(良かった。無事だったんですね? 先程、すずかちゃんとアリサちゃんを見送りました。なのはちゃんはいなかったようですが……)
(そうか。こっちもアリシア達と合流して外だ。ただ、途中で悪魔と交戦してな。撃破はしたが、どうにもまだ気配が消えないんだ。すまないが、合流を頼めるか?)
(っ! 分かりました。すぐにそちらに向かいますね?)
手早く方針を固めると、リニスはオルトロスと共に野次馬に紛れ移転すべく外へ向かおうとする。が、後ろを振り返る直前にノエルと目が合った。手招きするノエル。リニスは少し躊躇ったが、
(早ク行クゾ)
オルトロスに急かされ、すずか達には背を向けて立ち去る事にした。少し冷たいようだが、今は孔達の事が気になる。
(孔は須藤とも交戦したはず。それも、失った記憶を抱えた状態で……かなり無理をしていてもおかしくないのに……)
どこか機械的な調子だった孔の念話を思い出す。それに責めるような言葉を口にしてしまった自分を悔やみながら、リニスは合流ポイントへと急ごうとし、
孔からの魔力が急激に失われていくのを感じた。
† † † †
時はさかのぼり、リニスがすずか達を助け出した頃。孔はリスティと共に地下へと走っていた。
「地下9階の管制室、か。そこからシェルターを操作されるとまずいな」
リスティの言葉に頷く孔。今は掘削現場の隔壁が閉じているからいいものの、そこを開けられると修やアリシアまで炎にさらされる事となる。次第に増していく熱に焦れながら、地下9階へ。孔は管制室の前に立つと、剣を構えた。
《My Dear, 壊す必要はないわ。扉は空いてるわよ?》
が、それをI4Uに止められる。冷静に考えれば、誘導されたのなら扉は動いて当然だ。自分の心理状態に苦笑しながら例をいう。
「悪いな、I4U」
《いいえ。それより、小さいけど悪魔の反応は健在よ。気をつけてね?》
I4Uの報告を聞いて、リスティに目を向ける孔。無言で頷くのを確認し、扉を開ける。
「……? 誰もいない?」
しかし、入った管制室はもぬけの殻だった。巨大なモニターに数々のボタンやパネルがついたメインコンピューターがただ低い稼働音を響かせている。独特の静寂を保つ部屋に、リスティの声がこだました。
「静かすぎるな。それにこの部屋、随分温度が低いみたいだ」
その言葉通り、管制室は炎の影響を受けていないかのごとく、快適な室温が保たれていた。孔はその不自然さの原因を掴むべく、デバイスに指示を出す。
「I4U、サーチを」
《Yes, My Dear. Area Search Program Load》
部屋をスキャンするように広がっていく光の輪。数秒とせず、I4Uは結果を導きだした。
《悪魔はメインコンピューターの中ね。直接機械に入り込んで、シェルターの機能を邪魔してるわ》
「ここまで誘導された理由はそれか……でも、どうするんだ? まだ折井君達がいる以上、破壊するのは難しいだろう?」
I4Uの答えを聞いて、懸念の声をあげるリスティ。孔はそれに答えるようにI4Uを構える。
「此方から魔力を通せば引き離す事ができる筈です。I4U、DASを」
《Yes, My Dear. Devil Analyze System, Execute.》
スティーヴン博士から受け取った、悪魔の位置を特定するプログラムを管制室のメインコンピューターへ流し込む。通常の処理にないそのプログラムは、なんの抵抗もなくプロセッサに受け入れられた。あまりにすんなり術式が通った事に怪訝な表情を浮かべる孔に、リスティが問いかける。
「行けそうかい?」
「はい。でも、上手く行きすぎているような……?」
《問題ないわ。悪魔がプロテクトを破ってから、放置されているのよ。アクセスし放題ね》
如何に魔法世界の方が技術的に優れているとはいえ、デバイスで最新鋭のセキュリティを誇るシェルターの制御システムをハッキングできるかは不安な所だったが、杞憂に終わったようだ。その原因が悪魔というのも皮肉な話だが、とにかくもI4Uは結論を告げる。
《メールサーバーのファイルに悪魔を確認。どうやら外部から添付ファイルに悪魔を仕込んで送り込んだみたいね》
「悪魔もサイバーテロに使われる時代、か。感心していいんだか悪いんだか……」
呆れたような声を出すリスティ。それを横に、孔はI4Uの操作を続けた。
「こっちに引きずり出します。気をつけて下さい」
メインシステムに紛れ込んだNightMare.binというファイルをターゲットに実体化プログラムをかける孔。そのプログラムは目標を強制的に現界させ、同時にPCから悪魔を追い出す。たちまち画面が光り始め、
「イタタ……。これからだったのに、ニンゲンは酷いよー!」
出てきたのは小さな男の子のような悪魔だ。I4Uにはナイトメアと表示されている。孔は騒ぎ始める悪魔に、
《COMP System Road, DDC program》
「これから、何をするつもりだったんだ?」
交渉プログラムを実行した。ファイルを解析したとき、召喚者との契約が切れかかっているのに気がついたのだ。上手くすれば、情報を引き出す事ができるかもしれない。が、やはり契約に縛られているのか、ナイトメアは口ごもった。
「ええっと……その……」
「盟約はもう切れかかっているだろう?」
「ま、まだ切れた訳じゃないよっ!」
「でも、それだけ存在が希薄になっているということは、なにかしら禁止されているルールを破ったんだろう?」
「そっちが呼び出したんじゃないかっ! 誰かに見つかったらアウトなのにっ!」
怒り始める悪魔。孔はそれを宥めるように続ける。
「それは悪かったな。だが、外の火災で緊急のシステムも動いている。システムダウンと一緒に消えたくはないだろう?」
「むぅ……」
「消えやすいデータで送ったということは、始めから契約を破棄するのが前提だった筈だ。もう十分、義理は果たしただろう?」
「ぅう……」
事実を突きつけられれて困ったような表情を浮かべるナイトメア。孔は最後の一押しとばかりに切り出す。
「俺と契約しないか? 消滅せずにすむぞ?」
「むー。じゃあ、50円、頂戴?」
(50円……?)
(悪魔の要求ね。契約の代償のようなものよ。本来なら血や寿命だったりするけど、DDCでお金や物に変換されているわ)
戸惑う孔にI4Uが軽く解説する。確かに、悪魔を呼び出す儀式で生け贄を捧げたりする話は聞いたことがある。それを50円で済ますシステムを作ったスティーヴン博士は確かに天才だろう。冗談のような金額のせいで「天才」という言葉も皮肉のように聞こえるのが悲しいところだ。孔は頭を押さえながら50円玉を手渡す。ナイトメアはそれを大事そうに受け取りながら、要求を続けた。
「う~ん、もう10円」
「あ、ああ。そのくらいなら……」
「あと、マグネタイトも欲しいなぁ?」
「これでいいか?」
軽くパスを繋いでマグネタイトを渡す。温泉旅館で倒したヘルハウンドから得たマグネタイトの10分の1にも満たない量を吸いとると、ナイトメアは満足したかの様に頷いた。
「うん。じゃあ、契約するよ」
「交渉成立だな」
《DDS program load》
術式を起動させるI4U。いつかケルベロスと契約を結んだ時と同じ魔方陣が浮かぶ。
「ボクは、夜魔 ナイトメア! 今後とも、ヨ ロ シ ク!」
《Completed》
完了を告げるI4U。消え去った悪魔に、横で見ていたリスティが呆れたような声をだす。
「こ、これでお祓いが出来るとは……那美が見たら卒倒しそうだな」
「まあ、お祓いではなく、使役契約に近いですけどね」
真面目な地方公務員には、簡素化され過ぎた儀式は漫才にしか見えなかったのだろう。孔自身、自分の行為に疑問を感じた程だ。
「それで、何か情報は手に入ったのか?」
「いや。まだ契約を結んだだけですから、呼び出して聞かないと」
そう言って、契約がすんだばかりのナイトメアを召喚する孔。光と共に出てきた悪魔は見た目通りの無邪気な笑顔で問いかける。
「あ、もう出番?」
「ああ、早速聞きたいことがあってな」
孔は質問を始めた。このシェルターに送り込んだのは誰か。システムに忍び込んで何をしていたのか――。
「メールに組み込んだのは氷川って人だよ。ここのシミュレーターに忍び込んで夢を見せろって。で、ゲーム始めた女の子2人と遊んでたんだけど、途中でシミュレーターのプログラムに弾かれちゃって。こっちに戻ってきたらマスターに呼び出されたんだ」
顔を見合わせる孔とリスティ。女の子二人というのは逃げ遅れたアリサとすずかだろう。リスティはまずそれに反応する。
「その2人は無事なのか?」
「う~ん? 多分。悪夢を見せる前にボクは切り離されたし、シミュレーターもすぐ壊されちゃったみたいだから……」
(リニスとメリーだな)
どうやらリニスの方は救出に成功したらしい。そうなると、気になるのは今まさにトールマンと会合を行っているであろう氷川がそれに一枚噛んでいたということだが、
「氷川の目的は分からないのか?」
「うん。シミュレーターにかかったこどもを夢に引きずり込めって言われただけだから」
ナイトメアはなにも知らないようだった。本当に切り捨てるつもりだったのだろう。孔は溜め息をついた。
「じゃあ、この炎について何か知らないか?」
「ああ、一緒に送られた悪魔がやったんだと思うよ? ソイツは確か、外に出て火をつけるように命令されてたから。契約者は氷川じゃないみたいだけど」
「その契約者の名前は?」
「えっと……確か、スドウ。スドウタツヤだったと思うよ?」
目を見開く孔とリスティ。しかし、ナイトメアが語った聞き覚えのある名に反応する間もなく、メインコンピューターが警告の音声を発した。
――Warning! 悪魔の侵入を感知。避難経路を解放し、危険区域は閉鎖します。
「何っ!?」
「こ、こんなのボク知らないよっ!?」
驚いて顔をあげるリスティとナイトメア。そこへ、冷静にI4Uが説明を始めた。
《システムトラップね。セキュリティが外された上からハッキングをかけると時間差で作動するようになってたのよ。やられたわ》
警告する音声の通り、モニターには閉じていく隔壁と、一部避難経路へと続く隔壁が開く画像が映し出されていた。
「開いたのは……掘削現場の資材搬入口かっ!」
孔はその画像に舌打ちすると、シェルターの更に地下へと走り始めた。
† † † †
「ええい、あの女神の肉があれば、腐れ天使の守護がないこんな扉など簡単に焼き切れたものを……」
建築中の居住エリア。シェルターでも最深部に建造中のその設備の前で、巨大なトカゲにまたがった悪魔が一人悪態をついていた。対爆ドアに苛立たしげに手に持った杖の炎を叩きつけている。だが、掘削現場へと続くその扉はびくともしない。
「ふん。この上メシアまで来るとはなっ!」
自棄気味に叫びながら後ろを振り向く悪魔。その表情は感情のままに歪んでいた。
――アギラオ
同時に放たれた炎は別の扉を直撃。同じ区画の廊下へと続く対爆処理がなされていないそのドアは容易く吹き飛んだ。
(っ!? 気付かれたっ!)
そう思うと同時、孔は爆風に逆らって飛び出し、剣を抜いて斬りかかる。
「天使もいないのにご苦労な事だっ!」
杖の炎を魔力で剣に変化させて受け止める悪魔。実体の無い炎で形作られている筈の刀身は強い魔力で硬度を与えられているのか、鉄棒でも殴った様な固い手ごたえがあった。その燃える刃越しに、孔は目の前の悪魔へ声をあげる。
「須藤も同じ事を言っていた……天使とは何だっ!」
「はっ! 教えると思うかっ!」
それに怒号と炎で答える悪魔。しかし、炎が勢いを増す寸前、孔は後ろに飛び下がった。同時に銃声が響く。
「がっ!」
「この弾丸は有効……神咲の術も捨てたものじゃないな」
撃ったのはリスティ。正確なその狙いは容赦なく悪魔の片目を潰していた。
「このニンゲンがっ!」
激昂する悪魔は行き場を失った炎を纏わせたまま、リスティへ斬りかかろうとする。
「ボクも忘れないでほしいな」
――スクンダ
が、その動きは急に緩慢なものとなった。召喚されたナイトメアが使った魔法が悪魔に重圧を加えたのだ。普段悪夢を扱うだけに行動を妨害するのは得意のようだ。リスティは余裕をもって攻撃をかわす。
「下級悪魔の分際でっ! この火炎公アイムが止められると思うなぁ!」
――ファイアブレス
だが、悪魔もそれで終らない。飛び下がったリスティに高温の炎を吹き付ける。それは一直線にリスティを襲い、
「パスカルっ!」
「フン! ヌルイ炎ダ!」
孔が呼び出したケルベロスに遮られた。地獄の業火を浴び続けるケルベロスには物足りないのか、つまらなそうに炎へ息吹を吹きかける。それは炎を逆流させ、悪魔へと弾き返した。
「ぐぁっ!」
自らの炎に吹き飛ばされ、対爆ドアに叩きつけられる悪魔。ダメージはほとんど無いようだが、目の前には
「これまでだ」
剣を降り下ろす孔がいた。
「記憶を失ったとは言え、流石メシアといったところか……」
対爆ドアごと両断され、炎と共に消えていく悪魔。孔はそれに問いかけた。
「……俺の事を知っているのか?」
「貴様、自分が屠った悪魔の事も覚えていないのか? ニンゲンとは都合のいいものだな……」
苦痛の混ざった、しかし侮蔑と嘲笑をはっきりと感じ取れる声で悪魔は叫ぶ。
「我を与えられたあの狂人は、すでにあの扉の向こうにいるっ! 貴様が封印した記憶の中にある破滅と同じに、終焉はもはや止められぬ所まで来ているのだ! 貴様は決して勝利など得られぬ! 永遠にだっ!」
憎悪と悪意に満ちた叫び声を残して消える悪魔。それは孔に今一度あの廃墟の光景を思い起こさせたが、
――ヒャーハッハッハッハ! 贖罪の炎にはいい生け贄になるぞぉ!
狂った男の声で強制的に現実へと引き戻された。
「卯月君、大丈夫か?」
「ええ、まだやることは残っているようですので」
心配するリスティに答える。修達はこの先にいる筈だ。そこから聞こえてきた狂人の声。それはまだなにも解決していない事を意味する。孔は廃墟の記憶を頭から追い払うと、切り裂かれた対爆ドアへ向き直り、掘削現場へと踏み出していった。
† † † †
数刻前。フェイトは萌生と共に修に連れられ、アリシアが見たいという掘削現場へ来ていた。工事中のこのエリアには丁度掘削中の穴をぐるりと一周するように簡易的な足場が設置され、眼下に深い巨大な穴を見ることができる。半径数キロとも説明される人工の穴は巨大な崖の様相を呈し、かなりの迫力なのだが、
「え~? これがドリル?」
「シールドマシンって奴だな。縦に掘り進めるのは初めて見たが……」
「なんかつまんない」
姉であるアリシアは修の解説に不満な声を漏らした。どうやらドリルと聞いて、アニメに出てくるような鋭利な先端と輝く鋼鉄を想像していたらしい。穴の奥に照らされたシールドの裏側にそんな感想を漏らす。
「テメエが見たいって言ったんだろうがっ!」
「ま、まあまあ。修くん、もうちょっと回ってみよ? フェイトちゃんもいいよね?」
思わず突っ込む修にそれを宥める萌生。いつもの昼休みと何ら変わらない光景がそこには広がっていた。
火災報知器が鳴り出すまでは。
「えっ!? か、火事っ!?」
「な、なんで避難場所のシェルターが燃えるんだよっ!」
「ど、どうしよ……っ!?」
騒ぎ始めるアリシアと修、萌生を前に、フェイトは冷静な思考を保っていた。炎の中を潜り抜ける訓練は何度かやったことがある。
「落ち着いて。まだ火はまわってきてないんだから」
「は、はあ。冷静だな、お前」
初めに立ち直ったのはやはり修だった。同じ年齢のフェイトから見ても、修は普段から余裕を崩さない。
「まあ、ちょっと上を見てくるか……」
今もその余裕のままに、誰かと念話をつなぎながら会話をしているようだ。まだ念話と同時に作業をこなすという行為に慣れていないのか、どこかぎこちない動作で降りて来た階段を戻り始める。しかし、修はすぐに足を止めた。
「いや、やっぱ止めた」
「へ? なんでっ!? 火事だよっ? 逃げないと危ないよっ!?」
「ああ、えっと……あれだ。さっき第七区画から出火って言ってただろ? 燃えてんのはこの上だ。火は下から上へ登っていくからな。地上に逃げるよりここの方が安全なんだよ」
「ホ、ホントに?」
騒ぐアリシアへ冷静に理由を述べる修。フェイトはその態度にピンときた。どうやら念話の先は孔だったようだ。アイツなら、こんな風に的確なアドバイスをするだろう。自分も同じ結論を出していただけに、先に頼られる孔に少しむっとする。同時に嫉妬という醜い感情を自覚し、嫌な気分になった。
「ねえ、本当に上、行かなくていいの?」
「……うん。シュウの言う通り、火が上の階から出た時は下手に逃げるより、救助を待った方が無難だから」
が、不安を口にする萌生を見て抑え込む。萌生とはあの温泉以来よく話すようになった。どちらかというと積極的に話しかけてくるのは萌生の方からだが、「仲良くしなさい」という「命令」を感じさせない萌生との関係はフェイトに強い安心感をもたらしていた。長く感じることが出来なかった暖かい関係をもたらしてくれた萌生が苦しんでいる。それを黙って見ているのは出来なかった。
(確か、あの事務所には工事の担当者と先生がいたはず……)
まわりを見回し、丁度掘削中の穴の反対側にある仮設事務所に目を向けるフェイト。冷静に対応する大人を見れば、萌生も多少の安心感も得られるかもしれないし、上手くすれば常駐の作業員が非常用の出口だって知っているかもしれない。
「取り敢えず、あそこまで逃げよ? シュウもいいでしょ?」
頷く修を認めると、フェイトは萌生の手を引いて歩き始めた。魔法を使えば一瞬だが、萌生がいるとそうもいかない。
「はぁ、はぁ……。け、結構、遠いね」
「モブ、無理しないで」
息も絶え絶えになって走る萌生にペースを合わせながら、フェイトは走り始めた。異常な大きさを誇るシェルターは半周とは言え十分長い。何とか慰めながら走っていると、
「ヒャッハァ! どうだっ! これで天使がいりゃあ向こう側とおんなじだろうがっ!」
異様な声が響いた。暗い感情を煽るような声。萌生はびくりと肩を震わせて立ち止まる。
「えっ!? な、何?」
「館内放送……多分、放火した犯人だと思うけど……」
人一倍感情には敏感な萌生にはその声がよほど恐怖の対象に思えたのだろう、不安そうにあたりを見回す。フェイトは萌生の手を握りなおした。
「大丈夫だよ、あの事務所に行けば人もいるはずだし、すぐ避難できる筈だから」
「う、うん。ごめんね、フェイトちゃん」
軽く謝って、一緒に走り始める萌生。途中、呟くような声が聞こえて来た。
「フェイトちゃんはすごいね?」
「え? そ、そんなことないよ?」
「ううん。だって、勉強できるし、運動も得意だし……」
きらきらと羨望の眼差しを向ける萌生。フェイトは思わず見つめ返した。今まで必死に努力し続けてきたが、誰にも認められなかった自分を評価してくれているのだ。だが、すぐに孔の事が頭によぎる。フェイトからすれば孔は自分が欲しかった評価をすべて持って行く存在だ。第一、萌生達もいつも自分よりあの忌々しい存在を見ていたのではなかったか。
「で、でも、私はアイツみたいに……」
「アイツって?」
「っ……! その、ウズキは、もっと勉強も運動もできるし……」
「う~ん? 卯月君はすごいけど、なんかちょっと遊びにくいっていうか……かっこいいし、やっぱりすごいんだけどね?」
言葉を探すようにして考えながら言う萌生。フェイトは驚いたように目を見開いた。フェイトにとって孔は誰からも評価される存在だ。しかし、萌生はもっと別の何かを感じ取っているという。
「モブも、ウズキの事、嫌いなの?」
「嫌いじゃないよっ! 友達だもん。でも、あんまり遊んでくれない感じがするの。園子ちゃんにも、もっと一緒にいてあげれば良かったのに……」
そう言って俯く萌生。そういえば、孔はあれだけ好かれているのに、どこか「友達」と距離をとっているような節がある。誰とも自然に過ごす萌生としてはそれが不満なのだろう。フェイトはそんな萌生に声をかけようとしたが、
「フェイトちゃん、モブ~?」
「おい、何やってんだ? 早くしろよ?」
前から響く声にそれを飲み込んだ。いつの間にか立ち止まってしまっていたようだ。
「あ、あはは、ごめんね? 変なこと言って? 早く行こう?」
どこか誤魔化すように言う萌生に軽く笑って応えると、フェイトは萌生とともに再び走り始める。
「フェ、フェイトちゃん、やっぱり速いよぉ……」
「あ、ご、ごめん? ちょっと休む?」
「う、ううん? だ、大丈夫……で、でも、もうちょっとゆっくりだと嬉しいな」
息を切らしながらもついてくる萌生を気遣いながら、階段を駆け上がるフェイト。いつもなら遅い速度にイライラするところだが、そんな感情は生まれてこない。
(「友達」って、こういうのをいうのかな?)
いつか道徳の本で読んだ「理想の関係」とは少し違うような気もするが、フェイトには萌生との関係にその言葉がもっともよく当てはまる気がした。同時にずっと望んでいた関係にようやく手が届き始めたのだと実感する。フェイトは母親との孤独から救い出している萌生の手を握りしめながら、階段をゆっくりと走り抜けていった。
→To Be Continued!
――悪魔全書――――――
夜魔 ナイトメア
世界各地の伝承に見られる、人に悪夢を見せる悪魔。夢魔。「メア(mare)」が牝馬を指すことから黒い馬の姿をしているというイメージが定着したが、もとは実体の無い人間に近い存在だった。その性格は伝承により様々で、悪戯好きの精霊に近いものから命を奪う悪霊とされる強力なものもいるという。
堕天使 アイム
イスラエル王国のソロモン王が封じた72柱の魔神の1柱。序列23番の地獄の公爵。26軍団を率いる。アイニとも。地獄の毒蛇にまたがり、蛇、猫、人間の三つ首をもつ。火炎公または破壊公として知られ、右手に持つ決して消えることのない松明で火炎地獄を創るべく放火を繰り返す。法律に深い知識を持つという。
――元ネタ全書―――――
NightMare.bin
偽典・女神転生より、シェルターに送り付けられてきたファイルから。CUIと思しきPC端末と悪魔名.binというバイナリファイル(もしくは拡張子偽装ファイル?)が何とも時代を感じさせます。
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