リリカル・デビル・サーガ   作:ロウルス

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「管理外世界で大規模な次元震が連発……エイミィ、確かなのか?」

「間違いないよ。何度も確認したし」

 モニターに写る資料を見て思わず問いただす。返ってきたのはオペレーターの不満そうな声。何度も艦長から確認の指示を受けたのに、という感情が滲み出ている。その艦長からは小さな溜め息が聞こえてきた。

「はあ、もっと早く来とけば良かったかしら?」

「艦長、我々は優先順位を……」

「分かってるわ。これより、本艦は次元災害調査のため、第97管理外世界に向かいます」

――――――――――――時空管理局執務官/時空航行船



第17話a 来訪者の悪意《壱》

「お母さんっ! モブちゃんがっ! モブちゃんがぁ!」

 

 テスタロッサ邸。シェルターから移転してきたリスティは傷ついた萌生とアリシアをプレシアに引き渡していた。孔に化け物の相手を任せて地下街へと移転したはいいが、現場は野次馬と警察と消防で混乱を極めたため、こどもを預ける相手が見当たらない。焦っているところへアリシアから母親なら魔法によるダメージを回復できると聞き、やむを得ず家の前まで直接テレポートしてきたのだった。

 

「すみませんっ! 魔法で治療をっ!」

 

「っ! ……大丈夫よ。この程度ならすぐに治療できるわ」

 

 魔法という言葉を使ったリスティにプレシアは驚いたような顔をしたが、すぐに冷静な声で対応を始める。それは泣きつくアリシアを落ち着かようとしているようにも見えた。

 

「こっちに運んで頂戴」

 

 家の奥へ誘導するプレシア。リスティは言われるがままついて歩き――そして驚愕した。外から見た限りでは少し豪華な家程度だが、リビングの先に地下へ通じる扉があり、そこにはあのシェルターにも劣らない施設が待ち構えていたのだ。見るからに特殊な資材で出来た壁に、地下でありながら息苦しさを感じさせない空調。所々にもうけられた部屋を覗く窓からは大がかりな研究設備までも見える。

 

「そこに寝かせて……そう。すぐ終わるから、そっちで待ってなさい」

 

 通されたのは手術室のような部屋。中央の白いベッドに萌生を寝かせると、アリシアとともに横の部屋へと移される。そこはガラス張りになっており、プレシアの治療を見ることが出来た。

 

「モブちゃん……」

 

 心配そうに窓を覗くアリシア。服を脱がされた萌生は背中に青いアザが出来ており、口からは血が出ている。

 

(意識不明の重体、か。魔法に期待せざるを得ないが……)

 

 黙ってプレシアの治療を見守るリスティ。何をやっているかは分からないが、時折手元から光が漏れている。かと思うと、薬らしきものを塗って包帯を取り出して巻き始めた。途中からの見慣れた治療に安心と若干の落胆を感じていると、処置を終えたのかプレシアは顔を上げる。そのまま消毒液らしきもので手を洗い、治療室から出てきた。

 

「終わったわよ」

 

「お母さんっ! モブちゃんはっ!?」

 

 さして時間もかからずに出てきたプレシアにアリシアが駆け寄る。プレシアはそれに優しく笑いかけると、安心させるように言った。

 

「大丈夫。すぐに目を覚ますわ。それより……」

 

 しかし、途中からリスティに視線を移す。

 

「ここじゃなんだから、場所を移しましょう」

 

 

 † † † †

 

 

 テスタロッサ邸のリビング。プレシアはそこでリスティと向かい合って座っていた。ちなみにアリシアはいまだ目を覚まさない萌生とともに2階の自室へと移っている。萌生が起きたときに怪しげな地下室では怖がるだろうとアリシアのベッドを貸すことにしたのだ。

 

「事情は分かったわ。放火魔だけじゃなくて、悪魔まで出たのね?」

 

「ええ。今、卯月くんが交戦してるから、私も早く戻らないと……」

 

 一通り事情を話して戻ろうとするリスティ。しかし、プレシアはそれを押し止めた。

 

「待ちなさい。今戻ってももう遅いわよ?」

 

「っ! どういうことですかっ!?」

 

「さっき、リニスから念話――まあ、テレパシーみたいなものだけど、もう悪魔は倒したと連絡があったのよ。卯月くんは相当無理をしたみたいだけど……今はジュエルシードを追ってホテルの上ね。それも封印が済んだから戻ると言ってきたわ」

 

「この短時間にそれだけ事態が動くとは……」

 

「恐らく、誰かが狙ってやってるんでしょう。ジュエルシードの魔力はこっちでも関知したけど、不自然なところがあったわ」

 

 まあ、裏に何が潜んでるか知らないけど。そう付け加えてプレシアは言葉を切る。元々この世界へはアリシアと「普通に」家族として生活を送るために引っ越してきた。事実、家族に対する考え方もミッドチルダと文化的な差異が少なく、学校環境も悪くない。「普通に」生きる分には何の問題もない筈だった。

 

(それが魔法関係の陰謀に巻き込まれるなんてね……)

 

 アレクトロ社の一件でもう十分と思えるほどの時間と気力を消費したのに、未だ魔法と悪魔から解放されていない。これも禁已の研究に手を染めてきた結果だとでもいうのだろうか。迷信も科学の対象として付き合ってきたが、こう何度も巻き込まれるとそんな気にもなってしまう。

 

「プレシアさん、やはりボクは現場に戻ります。まだ混乱してるはずだし、手がかりのひとつでも見つかるかもしれない」

 

 しかし、そんな感傷はリスティの声で遮られる。今は目の前の状況をどうにかしなければならない。

 

「そう。なら、地下街の入口にでも向かうといいわ。先生たちもそこに集まっているみたいだし、情報も聞き出せるでしょう。アリシアが心配して見に来た母親に引き取られたとでも言ってあげれば協力も仰ぎやすいはずよ」

 

「そうですね……すみません、助かります」

 

 一礼すると消えるリスティ。魔力を感じないあたり彼女も特殊な存在なのだろう。もっとも、プレシアの驚きは少ない。以前、ある理由から遺伝子工学を研究していた時期があり、遺伝子異状による症例としてテレポートを始めとしたレアスキルを持つ患者を見たことがあるからだ。プレシアはしばらくもう誰もいなくなった空間を見つめていたが、

 

「受け入れの準備をしとかないとね」

 

 そう呟いて意識を切り替えると、萌生の治療に使ってしまった薬品を補充すべく治療室へと戻っていった。

 

 

 † † † †

 

 

「士郎様っ……!」

 

「ノエルさんかっ! なのははっ!?」

 

 シェルター前。士郎は傷を引きずりながらようやくたどり着いたところで、見慣れた後ろ姿を見つけていた。

 

「先程、すずかお嬢様とアリサ様は保護しましたが、なのは様はまだ……」

 

 しかし、返ってきたのは冷酷な事実だった。走り出そうとする士郎。が、すぐにノエルに止められる。

 

「お待ちください。その傷ではっ!」

 

「いや。このくらいなら大丈夫だ」

 

「しかし、入り口は警備員が封鎖しています。今は通ることも難しいでしょう」

 

 淡々と並べるノエルに、しかし士郎は無言のまま歩き始める。野次馬をかき分けて進み、

 

「なっ……!?」

 

 目にしたのは巨大な何もない空間だった。手前に広がる崩落したシェルターの瓦礫がそこに何があったか伝えているものの、その先には引き裂かれた大地が広がっている。奈落に繋がるような底知れない闇はまるでなのはの生存を否定しているようで、

 

「くっ!」

 

 士郎は瓦礫で塞がれた入り口へと駆け出した。

 

「士郎さんっ!」

 

 が、誰かに肩を掴まれて立ち止まる。そこには、

 

「大丈夫。なのはちゃんは無事です。今引率の先生から連絡がありました」

 

 無事を知らせるリスティの姿があった。

 

 

 † † † †

 

 

「ええ。大丈夫。今病院です。……いえ。怪我はありません。念のため診てもらっているだけですので……ええ。よく眠っています」

 

 病院の一室。ユーノ(にとりついた悪魔)は電話をかける祐子を横目に、無表情のままベッドに寝かされたなのはを見ていた。

 

(面倒をみろ、か。やれやれ。人間というやつはどうも効率に欠けるな……)

 

 つい先程、失敗した場合にとあらかじめ用意していた場所――須藤竜也が拠点に使っていた病室へと移転したところ、既に氷川が待っていてこう言ったのである。

 

「失敗したかね?」

 

「いいえ、成功です。ジュエルシードの制御はうまくいったし、メシアの覚醒にも貢献しました」

 

「だが、あの宝石は逃したようだが?」

 

「アレは途中で管理局の魔導師が入ってきたからでしょう。あなた達にも予想外だったはずです。もしあくまでなのはちゃんのせいだと言うのなら、私はもうあなた達に協力しません」

 

「……困った巫女だ」

 

 並べ立てる祐子に冷静な表情のまま答える氷川。氷川としてはジュエルシードを制御した上で封印し、手元に置いておきたかったのだろう。しばらく考えている様子だったが、

 

「まあいい。アレはどちらが持とうと最終的には手に入る……ムールムール、その娘の面倒は任せたぞ」

 

 面倒事を押し付けて姿を消してしまった。

 

(もう用済みならさっさと喰ってしまえばいいものを……まあ、この創世に使う巫女を繋ぎ止めるにはやむを得ないか)

 

 思考を巡らせる悪魔。じっとなのはを見つめていたが、

 

「……ぅう……ん?」

 

 やがて苦しそうになのはが目を開けるのを見て話しかける。

 

「起きたかい?」

 

「ユーノくん? ……あ、フェ、フェイトちゃんはっ!?」

 

「落ち着いて、なのは。君は彼女に負けたんだ。ここは病院だよ」

 

 周囲を見渡すなのは。フェイトの斬撃は非殺傷設定とはいえ後遺症が残るほど強力なものだったが、移転してすぐユーノがかけた治療魔法のお陰でダメージはない。それどころか、一瞬痛いと感じただけで今や戦闘で受けた一撃など意識の外だろう。

 

「そっか……私、負けちゃったんだ……ユーノくん、あ、あの、フェイトちゃんは?」

 

 証拠に、なのはは痛みを受けた事よりもフェイトの方を心配している。重ねて問いかけてくるなのはに、ユーノは少し考えるような仕草をしてから、

 

「ジュエルシードを持って何処かへ行ってしまったよ。今頃管理局じゃないかな?」

 

「……っ! は、早く助けに行かないとっ!」

 

 どうも混乱しているようだ。斬られた衝撃で術が変な方へ効いたのだろうか。何故かフェイトが悪役に洗脳されたお姫様のようになってしまっている。

 

(まあ、そう仕組んだのは私だが……症状が進んだ、というところか?)

 

 変に頑固なせいで、一度正義と思い込まされた事は強いこだわりを見せるようだ。操る側からすれば幻術でその「正義」とやらを書き換えてやれば良いわけで、非常に扱いやすい性格といえる。ユーノは内心で嗤いながら続けた。

 

「助けに行くっていっても、何処が拠点なのかは分からないよ? 学校で会おうにも、明日からゴールデンウィークで休みだろう?」

 

「で、でもっ……!」

 

「そんなに焦らなくても、ジュエルシードを追っていればすぐに会えるよ」

 

「そ、そうだけど……」

 

 畳み掛けるように言うユーノになのは言い返す言葉を探すような仕草をする。理屈はともかく、感情では納得できていないようだ。悪魔はそんななのはの目を覗きこみながら、

 

「大丈夫。ちょっと時間をおけば、きっとあの娘も分かってくれるよ。その為の林間学校なんだし」

 

――マリンカリン

 

 甘い言葉でなのはを魅了し、次の目標へと誘惑していく。

 

「う、うん、私、今度はちゃんとお話聞いてもらうよっ!」

 

 なのははそれを誘惑と気づくこともなく、甘い果実へ手を伸ばすように頷いた。

 

 

 † † † †

 

 

「孔、おはよう。夕べはよく眠ってたみたいね」

 

「おはようございます。おかげさまで……」

 

「孔お兄ちゃん、はやく。ごはん冷めちゃうよ?」

 

 シェルターの事件から一夜明けた児童保護施設。普段より少し遅めの時間に起きた孔は、先生とアリスに挨拶を交わしていた。本来なら起こされる時間に声がかからなかったところを見ると、事件に巻き込まれた事に気を使ってくれているのだろう。

 

「すみません。昨日はご迷惑を……」

 

「いいのよ。無事でいてくれたんだし」

 

 急かすアリスに遮られた言葉を続けながらいつものテーブルに着く。テレビに目を向けると、いつもならアリスのせいでアニメが流れている筈の画面には「シェルターで火災。問われる危機管理」との見出しでニュースをやっていた。

 

「ずいぶん大きな事件になっていたんだな……」

 

「まあ、昨日もパトカーのサイレンの音がすごかったから。孔が無事で本当によかったわ」

 

 思わず口に出す孔に先生が皿を並べながら頷く。海鳴市が巨額の税金を投じて作り出したシェルターが火災を起こした挙句崩落したのだから当然といえば当然だろう。テレビからは行政の責任を問う声が上がっている。

 

(あのシェルターで使われた隔壁は術式が埋め込まれていたが……その辺りも政府が絡んでいるのだろうか)

 

 ニュースを聞きながら考え込む孔。シェルターの管制室でセキュリティシステムにアクセスした時、「悪魔の侵入を確認」という警告音を聞いている。それはすなわち悪魔に対抗するためのシステムが組み込まれていることを意味するのだが、海鳴市がそれを発注したとなるとシェルターの意味合いが変わってくる。テレビでやっているような災害に備えるものではなく、魔法世界の技術を利用して悪魔から生き残る砦として建設されたと考えるのが妥当だろう。もっとも、シェルターで契約したナイトメアからは氷川の名前も出ている。氷川が工事を受注した企業とつながりがあるのなら、現場の独断で行った可能性も否定できない。

 

(中途半端な記憶なんて何の役にも立たないな)

 

 推論しか出てこない思考に自嘲する。あの時、断片的な記憶はビジョンとして見えたものの、シェルターの正体そのものは分からずじまいだ。かろうじて思い出したのは過去の幻想の中で出会った女性。その女性が自分を守ろうとして重傷を負ってしまったこと。しかし、あの時と違って思い出してみても実感が全くわかない。代わりにリニスの顔が頭に浮かんだ。

 

「むー、ニュースばっかでアリスつまんないっ! 孔お兄ちゃん、遊ぼっ! ゴールデンウィークになったし、遊んでくれるんでしょ?!」

 

 だがそれもアリスの声にかき消される。いつものテレビアニメがないのが不満のようだ。孔は苦笑しながらそれに答えた。

 

「そうだな。なら、学校も休みだし、プレシアさんのところに行くか?」

 

 

 † † † †

 

 

「あら、コウくんにアリスちゃん、いらっしゃい」

 

「すみません、お邪魔します」

 

「お邪魔しま~す」

 

 テスタロッサ邸につくと、孔は出迎えたプレシアにいつもの応接室へと通されていた。真似をして挨拶を返すアリスにプレシアが楽しそうに微笑むのを見ながら、リビングの扉をくぐる。すぐにアリシアが駆け寄ってきた。

 

「あ、コウッ! アリスちゃんもっ!」

 

 奥では手を振る萌生と目を反らすフェイト。そして、

 

「コウ。早かったですね」

 

 リニスがいた。目が合う。瞬間、視界が白く光った。光の中に見えたのは女性の姿。

 

(っ?! なんだ?)

 

 しかし、一瞬の後にはもういつもの視界を取り戻している。立ち尽くす孔。

 

「? 孔お兄ちゃん、どうしたの?」

 

「コウ?」

 

 が、アリスに服を引っ張られ意識を戻す。リニスも心配と戸惑いを乗せた顔でこちらを見ていた。慌てて話題を変える。

 

「いや。何でもない。アリス、俺はプレシアさんのところに行ってるからアリシアと……」

 

「え~、孔お兄ちゃん、一緒じゃないの?」

 

 が、アリスからは不満の声が上がった。リニスも首を傾げる。

 

「コウ、まだ時間もありますし、少し遊んであげては?」

 

「あ、ああ、そうだったな」

 

 言われて頷き返す孔。どうかしている自分に苦笑しながらアリスの手を取ると、すぐにゲーム機が繋がれたテレビの前へと連れていかれた。アリシアの楽しげな声が響く。

 

「フェイトちゃんとモブちゃん、凄いんだよっ! 始めてゲームやるのに息ぴったり!」

 

「あ、あはは。そんな凄くないよ?」

 

「ねー、アリスもやっていい?」

 

 それはすぐに萌生やアリスへと広がった。騒ぐ3人に昨日を引きずる様子がないのを見て安心と若干の気後れを感じていると、リニスから念話が届く。

 

(コウ、大丈夫ですか?)

 

(あ、ああ。まあ、このくらい騒がしい方がアリスらしいし……)

 

 軽い気持ちで答える孔。しかし、リニスからは普通の会話なら溜め息が混ざりそうな念話が返ってきた。

 

(コウ、貴方は大丈夫ですか? さっき、調子が悪いようでしたけど?)

 

(いや。大丈夫だ。調子が悪いわけじゃない)

 

(本当ですか?)

 

(ああ、いや、さっき、何かは分からないが、記憶の一部――女の人の姿が見えたんだ)

 

 納得できない様子のリニスに誤魔化さず答える。いい加減な理由では許してくれそうにない雰囲気があったのも確かだが、孔自身事実を聞いてほしいという思いがあった。

 

(……女性、ですか)

 

(ああ。でも、いつ、何処の記憶で何を意味しているか分からない。結局、シェルターで思い出したのは断片だけだったな)

 

 何処か警戒した声で返すリニスに混乱した記憶を話す。流石にリニスの顔を見て思い出したとは言えなかったが、危険を冒してシェルターまで来てくれた以上、結果は伝えておくべきだろう。

 

「ねー、孔お兄ちゃん、一緒にやろ?」

 

 しかし、アリスに引っ張られて念話でのやり取りも終わりを告げる。強引にコントローラーを手渡され、アリスの横へと座らされた。

 

「私も参加していいですか?」

 

 そこへ、リニスが割り込む。アリス、孔、リニスとちょうど3人並ぶように座ったリニスは、自然に孔の持つコントローラーを取り上げる。

 

「リニス?」

 

 彼女らしからぬ強引な姿勢に戸惑った声を上げる孔。それに笑顔で答えるリニス。しかし次の瞬間、すさまじいスピードで手を動かし始めた。同時にフェイトの悲鳴が上がる。

 

「え? ええっ! リニス、ちょっと待っ……え、えぇ~!」

 

 今まで気が付かなかったが、対戦型格闘ゲームのようだ。ゲーム機の横に置かれたパッケージには「P4U」とある。もっとも、孔が画面に目を向けた時にはすでにKOの文字が広がっていたため、どのようなゲームかは理解できなかったのだが。

 

「うわ、リニスすごい」

 

 感嘆の声を上げるアリシア。その後もリニスは萌生、アリス、アリシアと対戦を重ね、いずれも勝ち続けた。いずれも瞬殺しているあたり何かものすごい執念を感じる。普段の彼女らしからぬ大人げない態度に孔は思わず問いかけた。

 

(リ、リニス? どうしたんだ?)

 

(……何をやってるんでしょうね、私は)

 

(リニス?)

 

(いえ、なんでもありませんよ)

 

 それに独り言と答えになっていない答えで返すリニス。珍しく感情的になっている使い魔に首をかしげる孔。そこへ、I4Uが割り込んできた。

 

(My Dear, 私の半身は愛しい狩人がほかの女の元へ去っていくのに耐えられないのよ?)

 

(どういう意味だ?)

 

(すぐに分かるし、分かってもらうわ。そう遠くない未来に)

 

 何やら背筋が寒くなるような声で念話を送るI4U。しかし、それもリニスによって遮られた。

 

「コウ、たまには私とも遊びましょう?」

 

 変わらない笑顔のままコントローラーを差し出すリニス。何やら猛烈なプレッシャーを感じながらも、それを受け取る孔。アリスとアリシアの声援が響く。

 

「孔お兄ちゃん、頑張って~」

 

「コウ~! 皆の敵をとるんだよっ!」

 

 リニスの笑顔が余計怖くなったのは気のせいだろうか。断ることが出来るはずもなく、孔はプレシアが「客」の来訪を告げるまで、慣れない格闘ゲームにいそしむことになった。

 

 

 † † † †

 

 

「卯月君。顔色が悪いようだが、大丈夫か?」

 

「もし何かあったら、ボクたちに遠慮しなくても……」

 

「いえ、大丈夫です。それより、こちらへ。もうみんな集まっていますから」

 

 心配そうに尋ねてくる寺沢警部とリスティを誤魔化すように、孔はテスタロッサ邸の地下の廊下を歩く。向かう先は巨大なスクリーンが設置されている映像解析用の部屋。シェルターの一件の後、フェイトが持ち帰った「証拠」を確認するため、一度集まることになったのだ。目指す扉を開くと、すでに来ていた一同――当事者であるクルスにテスタロッサ家からはプレシア、リニス、フェイト、アルフ、巻き込まれた那美に久遠、修が視線で出迎えた。そこに警察関係者として寺沢警部にリスティ、そして孔が加わる。

 

「みんな揃ったわね? じゃあ、流すわよ?」

 

 プレシアが手元のデバイスを操作すると同時に、スクリーンが光を帯びる。次いで映し出されたのは、日付と日時、場所を表す座標が魔法世界の様式で記された字幕と、月村邸でロストロギアの暴走体を前にする白い魔導士だった。

 

「ここは……忍の家の裏だな。あの時の悪魔の結界は囮だったのか」

 

「だが、実際に猫の化け物もいたんだろう? なら、決して無駄じゃなかったさ。それより、この女の子、どうも様子がおかしいようだが?」

 

 孔達が突入した悪魔の結界の外側の出来事に苦い声をあげるリスティ。寺沢警部はそれを宥めつつ建設的な方向へと持っていこうとする。それには那美が答えるように反応した。

 

「ええ。何か術の様なものをかけられています」

 

「画面越しに、分かるのかい?」

 

「うん。霊力までは感じられないけど、自分以外の意識が入るとやっぱり身体は抵抗しようとするから……ほら、さっきのところ。なのはちゃん、肩が痙攣してるでしょ?」

 

 アルフの疑問にスクリーンを指差す那美。確かになのはは時折肩を弛緩させたり、片手で構えた杖が震えるのを安定させるため両手で持ち直したりしている。それは何かを抑え込もうとしている様にも見えた。顔をしかめるリニス。

 

「そうなると、早く術をかけた悪魔を探さないといけませんね。魔法ならある程度個人の特定もしやすいですけど……」

 

 魔法はその元となる魔力を個人の持つリンカーコアに依存しているため、魔力の特徴を記録さえしてしまえば捜査のしようもあるのだが、未知の悪魔となると追いようがない。しかし、クルスがそんな常識を遮った。

 

「いや、その必要はありませんよ。あのフェレット……アレは使い魔なんかではなく、ジュエルシードを輸送していたユーノ・スクライアが変身魔法を使ったものです」

 

 それによると、元々ジュエルシードは過去に滅んだ次元世界の遺産発掘を生業とするスクライア一族によって発見されたもので、次元災害を引き起こす可能性もあることから、管理局が護衛を行っていたという。その護衛を担当していたのがクルスであり、護衛対象がユーノ・スクライアだったのだが、

 

「この世界に来てからも探したけど、魔力反応が無かったんです。てっきり一族に回収されたか他の世界に流されたと思っていたけど……」

 

「じゃあ、そのユーノ・スクライアがソノコやモブを?」

 

 声をあげるフェイト。しかし、クルスは首を振った。

 

「いや、フェイトさんが記録した魔力パターンはユーノと一致しない……つまり……」

 

「ユーノ・スクライアには悪魔が取りついていて、高町なのはを操っているのね?」

 

 説明を引き継ぐプレシアにクルスは頷いた。それに修が立ち上がる。

 

「なら、さっさと取っ捕まえに……」

 

「待って、シュウ」

 

「なんだよ。もう慎重に進める必要なんてないだろ?」

 

 声をかけるクルスに修が苛立ちを含んだ声で返す。が、クルスはそれを抑えるように続けた。

 

「そうじゃなくて、対策は必要って言ってるの。このまま行っても逃げられるか、なのはちゃんを人質に取られるだけでしょう? ユーノは元々護衛対象だったから、私だって早く助けたいと思うけど……」

 

「なら、どうするってんだ?」

 

「もうすぐ、トールマンさんの所に管理局が来るんだ。彼らとも協力すればいい」

 

「相手悪魔だぞ? 管理局で対応出来んのか?」

 

「それは……でも、知能を持つ魔法生物だっていえば、少しくらいは……」

 

「大体、トールマンってあのシェルターで事件があった時、ホテルの上にいたんだろ? 俺はそのホテルで悪魔と闘ってんだぞ? 信用できんのか?」

 

「トールマンさんはメシア教会の神父だ。めったなこと言わないで!」

 

 次第に険悪になる2人。孔は慌てて間に割って入った。

 

「クルスさん、管理局は悪魔の存在を認めているのか?」

 

「……いや。シュウの言う通り、お伽噺の世界の住人って笑われるのがオチだよ」

 

「なら、管理局とは別に悪魔を追うべきだろう。それに、悪魔もジュエルシードを狙っている以上、管理局が捜索を続けていればいつか出会う筈だ。そうなれば悪魔の存在を認めざるをえなくなる。積極的に協力するのは、その後でも大丈夫だろう」

 

「……分かったよ」

 

 クルスは何かを飲み下すように頷いた。管理局員には悪い気がしたが、悪魔が絡んでいる以上仕方ない。修もしばらくクルスの顔を見ていたが、やがて口を開いた。

 

「なら、俺は高町の家に行って確かめてくる。友達のふりすれば会えんだろ」

 

「私も行く」

 

 それに立ち上がるフェイト。毅然とした雰囲気はやはり萌生や園子の影響だろうか。孔は危険なものを感じて口を開いた。

 

「悪魔がいるなら、俺も行こう。まあ、前の件があるから直接会うわけにはいかないが、遠くから援護くらいはできる」

 

「あ、私も一緒に行きます。お祓いは専門だし、なのはちゃん放っておく訳にいかないし」

 

 それに那美も手をあげる。元々高町一家の事はよく知っている身としては助けたいという思いが強いのだろう。

 

「なら、俺たちは氷川を洗ってみよう。あの場にいた以上、怪しいことに違いないからな」

 

 立ち上がる寺沢警部。リスティもそれに頷く。確かに大掛かりな事件になっている以上、シェルター関連の事件を調べるのは警察関係者の方がやり易い。それを見て、プレシアも口を開いた。

 

「じゃあ……私はクルスちゃんと管理局に当たろうかしら?」

 

「いいんですか?」

 

「ええ。情報の提供は必要でしょう? それに、こっちでもある程度ジュエルシードの回収はやってるのよ? 早めに引き渡しておきたいわ」

 

 驚いたようなクルスにプレシアが頷く。もっとも、協力を申し出てはいるが、管理局に孔やフェイト、修達が利用されないように交渉役を買ってくれたのだろう。プレシアの経験に頼らなければならない自分に孔は痛みを感じた。

 

(コウ、私は貴方に着いていきますから、無理はしないで下さいね?)

 

(ああ、すまないな。リニス)

 

 そんな孔にリニスが念話で気を使ってくれる。朝と違って奇妙な感覚も浮かばなければ、先ほどのようなプレッシャーも感じられない。いつものリニスだ。孔はそれ安心したような、少し物足りないような感情を抱きながら、自分の役割を果たすべく修たちの方へと歩き始めた。

 

 

 † † † †

 

 

「今日は……このくらいでいいかしら」

 

 翌日。桃子は早朝から翠屋で仕込みをしていた。いつもよりずっと少ない量を誤魔化すように呟く。あの一件以来、客足は遠のいたままだ。

 

(早く来てもらえるようにしないと……)

 

 誰もいない客席とカウンターに目を向ける桃子。本来なら立っているはずの士郎は昨日の怪我が元で病院だ。恭也も意識は取り戻したものの、未だ警察で取り調べを受けている。そして、なのはは帰ってきて早々林間学校へ行ってしまった。

 

(大丈夫かしら?)

 

 なのはの課外活動はもともと予定されていたこととはいえ、さすがに心配になる。桃子としてはできれば参加を取りやめたかったが、士郎が言うには家にいるよりかえって安全だという。恭也と士郎が動けない以上そうなのかもしれないし、夜の一族であるさくらも様子を見に行ってくれているのだが、ここ数日の異常を考えるととても安心できたものではない。

 

(あの時と一緒……いえ、もっと酷いわね)

 

 思い出したのは仕事で負った怪我が原因で士郎が生死をさ迷っていた時期。当時も店の切り盛りをほとんどひとりでこなさなければならなかったし、士郎の怪我が心配で仕方なかった。が、そこには家族がいた。夕方になれば恭也が手伝いに来てくれたし、家に帰ればなのはが迎えてくれた。その精神的な支えとなってくれた存在が今はいないのである。といって、休む事もできなかった。士郎の治療費や恭也の訴訟費用は夏織からの報酬でお釣りが来るのだが、桃子としては夫の昔の女が持ってきた血で汚れた金は、出来るだけ使いたくない。全額は無理でも、少しは抵抗してみたいという意地のようなものがあった。

 

「お母さ~ん、ちょっと、これどうすればいいの?」

 

「あ、ちょっと待って。今行くから」

 

 手伝いに出てくれた義理の娘が声をあげる。ゴールデンウィークでどうせ暇だからと無理に明るい調子で言ってくれたのが忘れられない。

 

「はあ、やっぱり私、料理向いてないのかなぁ?」

 

「あら? そんなんじゃ彼氏のひとりも出来ないわよ」

 

 生クリームまみれになりながら肩を落としてみせる美由希に軽い言葉で答える桃子。不器用な美由希は決して料理が得意というわけではなかったが、それがかえって気分を軽くしてくれた。2人でこなす仕込み作業は時間がかかったが、しかしいつもより早く過ぎていく。

 

「じゃあ、お店開けるよ?」

 

 あっという間に時間となり、ウエイトレスの制服に着替えた美由希が開店を告げる。もっとも、予約もなければ注文もないのだが、美由希がいる店内はここ数日の無人に比べてずいぶん明るくなった気がした。

 

「あ、いらしゃい……って、那美?」

 

 そんな美由希から声が上がる。見ると、恭也の高校時代の後輩である女の子が立っていた。かつて店を手伝って貰った事もあり、美由希とは仲が良く、時折翠屋にも客として来てくれていた。

 

「えっと、なのはちゃん、いる?」

 

「えっ? なのは?」

 

「うん、この子達が遊びにって……」

 

 後ろから入ってきたのはあの時遊びにきたなのはの友達だった。どうやら那美が店に寄るついでに連れてきたらしい。恭也の一件がなのはの友人関係に影響しないかと心配していたが、こうして遊びに来てくれたということは良好な関係を保っているのだろう。美由希もそれを感じたのか、どこか上機嫌に言った。

 

「ごめんね? 折井くんにフェイトちゃん。なのは、林間学校でゴールデンウィークはいないの」

 

「林間学校……ですか?」

 

「うん。参加するって聞かなくて」

 

 その訪ねてきた金髪の女の子は首を傾げる。となりの男の子も何か考えている様子だったが、やがて那美に向かって口を開いた。

 

「反応なし。言っていいってよ」

 

「そっか……」

 

「え? 何?」

 

「あのね、美由希、聞いてほしい事があるの」

 

 2人についていけず戸惑う美由希に那美が店内へと歩き始める。途中、桃子にも声がかかった。不穏な予感とともにキッチンを出る桃子。那美が待つ客席で告げられたのは、

 

「実はなのはちゃん、裏の事件に巻き込まれたみたいなんです」

 

 恐ろしい事実だった。

 

 

 † † † †

 

 

「林間学校か。あからさまに怪しいな」

 

「ええ。タイミングが良すぎます」

 

 一方、翠屋の外。孔とリニスは修の念話を聞きながら対策を練っていた。先程、修からなのはの不在を告げられ、高町一家の説得を依頼したところだ。勿論、その際にI4Uのサーチでなのはの家族にまで悪魔の手が及んでいないのを確認している。

 

「でも、桃子さん達が無事だと分かっただけで十分でしょう。きっと協力してくれますよ」

 

「そうだな……」

 

 気を使ってくれているのか、希望的な要素をあげて前向きな意見を言うリニス。孔はそれに相槌で答えながらも、内心は複雑だった。悪魔が一家全員に手を出していないのは歓迎すべき事だが、それでは自分に向けられた敵意は悪魔のせいでなかったという事になる。

 

(やはり受け入れられる力でないという事か)

 

 シェルターでもこの力に関する記憶は見ることが出来なかった。代わりに、あの須藤のなれの果てに触れた時に吸い出されるような感覚が残っている。意図的に何かされたのか、偶然何かと反応したのかは不明だが、悪魔と関係する力である事は間違いないだろう。

 

(人間だった悪魔に関係、か。術をかけられているだけの方がまだ救い用はあるな……)

 

 自嘲気味に自分のおかれた状況を振り返る孔。術なら、神咲家やあの樹海和尚が解呪の法を知っているかもしれない。あるいは幻想殺しで対応も出来るだろう。だが、自分の力となると解決策は思い浮かばないのだ。

 

(……コウ?)

 

 考えこんでしまったせいか、リニスが心配した様子で問いかける。どうも顔に出てしまったようだ。感情を覗きこむような視線に目をそらすと、

 

(いや。対策は早い方がいいだろう。高町さんは、まだ間に合うんだ)

 

 孔は意図して冷静な言葉で答えながら、再び高町家へと目を向け始めた。

 




→To Be Continued!

――悪魔全書――――――

デバイス I4U
 孔が使用する儀式代行・対悪魔プログラム内蔵アームターミナル型デバイス。「儀式代行」の名の通り、悪魔との交渉や契約、位置情報の把握まで多様な機能も持ち合わせているが、その原動力は個人のマグネタイトに依存するため、孔以外の者には起動すらできない。普段はペンダント型となっているが、バリアジャケットとしてセットアップした際は本来の籠手型の姿を取り戻す。通常のインテリジェントデバイスとは異なり、起動直後から自らの意思らしきものを持ち、本物の女性であるかのような振る舞いも見せる。孔には強い執着を持っているようだが……

――元ネタ全書―――――

P4U
 タイトルそのまま。某A社の格闘ゲームより。大昔にペルソナ2とジョジョ第3部の格ゲーをやっていて、ペルソナでも格ゲーやればいいのにとか思っていたら、数年の時を経て実現した……とか思ったのは私だけじゃないはず。

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