「私、絶対アイドルッ!! スーパーアイドル! 私の歌を聞いてね!」
「俺のギターテクは世界一っ! このサウンドを聞けえっ!」
「……! …………!」
部屋中に、魔力を纏ったノイズが響き渡る。
どうにか解析して、即席でフィールドを作ったけれど、今は維持するだけで精一杯。それどころか、ノイズはどんどん大きくなって、徐々に抑えきれなくなっていく。
それに、解析するまでに受けたダメージも響いて……
ボタリと、何かが床に落ちた。
鼻血だ。
痛みはない。
ただ、酷い頭痛と吐き気がする。
(はやてちゃんには、こんな姿見せられないわね……!)
それをはやてちゃんとの思い出で誤魔化して、
「シャマルッ!」
「いいからっ! 敵を討って! ヴィータ!」
こっちを見て叫ぶヴィータをそんな言葉で誤魔化して。
でも、私は、はやてちゃんの魔力で創られた体が壊れていくのを、はっきりと自覚していた。
――――――――――――シャマル/モーロックコンサート会場
「守護騎士の皆さン、お久しぶりでス」
「テメェはぁ!」
「よせ、ヴィータッ!」
あの雲のような怪物、オルゴンゴーストとの戦闘から数時間後の公園。シグナムとヴィータは現れた黒い神父と対峙していた。「現れた」といっても、シャマルの言う通り本体は別の場所にいるのだろう。相手からは、人を前にした気配が感じられない。
「怨念を無駄に吸う悪魔を退治してくれテ、ドウモありがとウ。向こう側ではそれほど力を持っていなかったのですガ、終末が近いこちらでは怨念が強く、我々も手を焼いていたのでス」
挑発だと分かっていても、血が沸騰する様な感覚に襲われる。だが、シグナムは無理やりそれを押さえつけた。こういう時に冷静な言葉をかけてくれるザフィーラは、もういないのだ。
「アナタ達の活躍ハ、はやてさンと一緒に見ていましたヨ。本当によくやってくれましタ」
が、決意は続く言葉で決壊した。
見ていた? 主と?
「フッフッフッ! ザフィーラさンハ、綺麗に吹き飛ばされましたネ。シャマルさンモ、3体の悪魔が流す電波かラ、ヴィータさンを護るためニ、自分のプログラムを削りながラ、壊れましたネ。その時のはやてさンの顔ハ、ケッサクでしたヨ」
「貴様っ!」
喋り続けるシドにデバイスを抜く。だが黒い神父の嘲笑は続き、
「アア、失った戦力ハ、すぐ補充しまス」
そう言ってはやての車椅子を前に出し、闇の書を取り出した。
「テメェ! はやてに手を出したらっ!」
「私に危害を加えようとしたラ、彼女の無事ハ、保証できませんト、言ったでしょウ?」
右手に持った闇の書に、左手を添えるシド。左手がズブズブと本のなかに沈み、はやての胸から現れた。そこには、はやてのリンカーコアが握られ、
「いっ……いやぁぁああ!」
臓器を無理矢理引きずり出したような痛みに、絶叫と共に目を見開くはやて。
「う、うわぁぁぁあああ!」
たまらず、ヴィータがデバイスで殴りかかる。だが、虚像のシドに届くはずもなく、
「フッフッフッ! 夜天の書を改造した技術ハ……実に素晴らしイ!」
はやての胸から生えたシドの手は、はやてのリンカーコアを弄り続け、
「い、がっ……」
「主っ!」
車椅子に崩れ落ちるはやて。思わず駆け寄るシグナム。だが、それを支えたのは、
「……」
消滅したはずの、ザフィーラとシャマルだった。
「あなたがたの本当の使い方ハ、何度も復活さセ、奪わせることでしょウ」
無言のまま、背後に転送されてくる2人。否、2人は既にシグナムの知るザフィーラとシャマルではなかった。顔に表情はなく、その目は灰色で、何の意思も映してはいない。
「ですガ、メモリーは邪魔だったので、消しておきましタ。これで、本来の殺戮マシーンに戻れますヨ」
「お前はっ……!」
感情を逆なでする言葉に声が漏れる。シドはそれを止めるように、はやての首筋へ手を当て、
「でハ、次ハ、天堂組組長……天堂天山ヲ、殺してきてくださイ」
次の命令を、口にした。
† † † †
「ここだ」
海鳴市でも山側に位置する、閑静な高級住宅地。シグナムが案内したヴィータに合わせて立ち止まったのは、その中でもひときわ目を引く、まるで城のような屋敷の前だった。
「ヴィータ、天堂というのは……」
「ゲートボールで一緒になった、気のいい爺さんだよ……ヤクザって、分かんないくらいにな」
振り向かずに答えるヴィータに、手を握り締めるシグナム。だが、記憶と感情を失った2体は、ヴィータを無視するように閉ざされた門の前に進む。
「っ! 待てよ!」
苛立った声を上げるヴィータ。ようやく振り返ったシャマルが問いかける。
「どうしたの?」
「……やるのは私って言ったの、覚えてんだろうな」
「ええ。私たちは補助用のプログラムだから、そっちの方が効率いいわね」
ただ無感情に応じるシャマルに、シグナムは自分の表情が歪むのが分かった。
違う。
お前は、もっと感情を読むのが得意だっただろう?
痛みを理解して、癒して、主の事を支えていただろう?
だが、そんな心の叫びもむなしく、門の前からザフィーラの声が届く。
「おい、早くしろ」
「くっ……!」
奥歯をかんで、歩き出すヴィータ。シグナムもそれに続く。
「おう、アンタらがシドの言ってた増援だな? 話は聞いてるぜ」
門の前に立っていた、チンピラのような男――シドからオザワと呼ばれていた男が、4人、いや、2人と2体を屋敷の中に招き入れる。
「つっても、俺はこの組の人間じゃないんだけどな」
「シドが天堂と協力、つーか利用してるから、潜り込めたんだ」
「ま、その関係も今日で終わりみたいだけどな」
ぺらぺらと喋るオザワの後ろについて歩きながら、シグナムは屋敷の中を観察していた。屋敷の外観にたがわず、木造の床に障子、金色の屏風が続いている。だが、そんな外装より、
(あちこちから、魔力を感じるな……)
まるで結界の中に閉じ込められたような感覚に、強い緊張を覚えた。協力している、というオザワの言葉から察するに、この結界を張ったのはあの黒い神父だろう。廊下を歩いていると思ったら、その先は金屏風に囲まれた部屋に続いている。だがその屏風を開けると、畳の敷かれた和室で、
「ん……おお、ヴィータちゃんか、本当に来るとは」
いつの間にか、組長、天堂天山のくつろぐ離れの一室にたどり着いていた。
「子分から家の前にいると聞かされた時はホントかと思ったが、どうした? わざわざ、こんな所まで……」
「ん、あ、いや……」
目でオザワに出ていくように合図を送りながら、楽しそうにヴィータを迎える天山。なるほど、ヤクザらしく眼光には鋭いものがあるが、ヴィータの言う通り、根は悪い人物ではないのだろう。
「じいちゃん、最近公園に来なかったから、お見舞いだよ。身体悪くしてたらいけないから……」
「おお、そうか、だが、この通りわしは問題ないぞ!」
確かに、問題なさそうだ。それどころか、とても公園でゲートボールをやるご近所のお年寄りにみえない。老人会という名前から想像する年齢より、10、いや20は若く見える。
「……なんか、じいちゃん、若返った?」
「おお?! そう見えるか?」
ヴィータも疑問に思ったのだろう、素直に問いかける。だが、天山はそれをほめ言葉と取ったようだ。上機嫌に笑いながらシグナム達に座るよう言う。
「ところで、そこのお嬢さんは、ヴィータちゃんのご家族かな?」
「はい、八神シグナムと言います。ヴィータがいつもお世話になっているようで……」
話を振られて頭を下げるシグナム。家族の友達に会うのは、こうも緊張するものだろうか。すずかや萌生に会った時に感じた、他の誰かの大切なものを扱うような感覚がある。
「ふっ……そんな固くなる必要はない。堅気の人に、我々は手を出さんよ」
「いえ、家族の友達に会うのは、やはり緊張するもので……」
あいさつを兼ねた、しかしどこか自嘲を含む言葉で返す組長に、シグナムはヴィータをまねて素直な言葉で応じる。虚を突かれたような顔をする天山。だが、急に笑い出した。
「そうだな、そうだ! 誰かが大切にしているものほど、難しいものはあるまい!」
そして、唐突に立ち上がる。同時、屋敷が揺れた。
「なっ!? 何だっ!?」
「カチコミじゃ」
「いや、いくら何でもこの揺れは……」
ジャパニーズヤクザの闘争。シグナムはそれを映画でしか見たことがなかったが、襲った衝撃がそんなものではないことぐらいは分かった。現在進行形で襲うこの揺れには、魔力が感じられるのだから。
「いいから、ヴィータちゃんと一緒に逃げなさい。できるだけ遠くにな。海鳴はいい街じゃった……だが今は、軍隊やら、新世派やら、あげくには悪魔まで動き出そうと、ワシのシマで、好き放題やりくさっておる。ヤツらは義理も筋も通さん……。ほれ、出口はそっちじゃ」
先ほど入って来たふすまを指さし、背を向ける天山。そこに殴り掛かろうとするザフィーラを、シグナムは止めた。
(? どうした、なぜ止める?)
(っく……ヴィータ、どうする?)
(すまねぇ……。シグナム、私は……)
泣き出しそうなヴィータを見て、シグナムは代わりに天山へ問いかけた。
「あなたは、私たちが来た本当の目的を、知っていたのでは?」
「……」
一瞬の沈黙。だが、天山はすぐ振り向かずに歩き出す。
「ヴィータちゃんも、たまには自分の国に家族を連れて行ってやるとエエ。大切な家族が、いるんじゃろう?」
「じ、じいちゃん?」
そして、奥のふすまを開いた。そこには、真っ暗な部屋が広がっていた。内装はよく分からない。ただ、暗闇の中には黄金像が浮かび上がり、
「あ、ま、待って……!」
駈け出すヴィータ。だが追いつく前に、ふすまが閉まる。再びヴィータが開けた時には、ただ広い屋敷の庭が広がっているだけだった。
立ち尽くすヴィータ。
シグナムはその小さな背中に声をかけようとして、
「なぜ、逃がした?」
詰め寄るザフィーラに、追い抜かれた。
ヴィータはそれを無視して、シャマルに声をかける。
「……シャマル、じいちゃんの居場所、分かるか?」
「いえ、結界が邪魔して、よく分からないわね。屋敷の中にいるのは、確かだと思うけど」
そして、静かに振り返った。
「シグナム、じいちゃんを追おう」
「いいのか?」
「ああ」
短い言葉。だが、その中に隠された意思を組んで、シグナムは歩き出す。向かう先は、先ほど天山が指さしたふすま。出口、と言っていたが、これだけ複雑な結界なら、おそらく外に直結するものではないだろう。そして、外部に近づけば、それだけ結界の核となる術式から離れる結果となり、干渉する隙も生まれるはずだ。
「一旦、外に向かう。シャマルは、その間に結界の解析を頼む」
† † † †
「なんだぁ? あんた等、天堂をやったのか?」
ふすまの先に広がっていたのは、廊下。そしてそこにいたのは、オザワだった。耳障りな声に眉をひそめるシグナム。それを見たオザワは、ニヤリと笑みを浮かべる。
「その様子だと、逃したみたいだな? いいのかぁ? シドの奴は、容赦しないぜ?」
「貴様に言われずとも、分かっているっ!」
「おおこわ……まあいいさ、天堂のとこに行くんならそっちから行くんだな。俺はガキのお守りで忙しいんだ」
思わず苛立ちをぶつけるも、聞き逃せない言葉に問い直す。
「ガキ、だと?」
「知らないのか? シドが五島から依頼されていた本を、先に手に入れたガキだよ。まあ、持ってなかったみたいだがな?」
それは、主の事か! そう問い詰める前に、オザワが得意げにふすまを開く。
「……ぅ!」
そこには、縛られたまま転がされる、萌生がいた。
「現物はなくても、このガキを五島のトコに連れていきゃあポイントにはなるだろう。これでシドを出し抜いて、いずれは俺が……」
案内した時と同じ調子で喋り続けるオザワ。シグナムは無言で、デバイスを抜いた。
「がっ!」
「悪いな。私が受けた依頼は、天堂天山の命だけだ」
萌生を抱き上げ、拘束を解いていくシグナム。
「てめえらぁ、手柄の横取りを……!」
「うるせぇよ」
未だ起き上がろうとするオザワを殴り、意識を刈り取るヴィータ。
「シ、シグナムさんっ……!」
「もう、大丈夫だ」
泣きながら抱き付いてくる萌生。
(なあ、シグナム、この子は……)
(只野萌生……主のご友人だ)
その間、念話で問いかけてくるヴィータに、萌生の事を話す。
はやてと楽しそうに話していたこと。
自分をはやての家族と認めてくれたこと。
一緒に図書館で本を借りていたこと。
シドが当初、はやてに本の事を訪ねていたこと――。
(野郎……はやての大事なモンばっかり手ぇ出しやがって……!)
(すまない、私もうかつだった……この子が狙われる可能性を忘れていたとは……!)
憤るヴィータ。シグナムも歯を食いしばりながら、次第に泣き止み始めた萌生に向き合う。
「落ち着いたか?」
「うん……助けて、くれて……ありがとう!」
「ある、いや、はやては、一緒じゃなかったか?」
「ううん……図書室で、ひとりで、すずかちゃんとはやてちゃん、待ってた時、その、お兄さんに捕まって……っ! あ、は、はやてちゃんも、捕まっちゃったのっ!?」
しゃくりあげながら答えていた萌生だが、途中ではやてが捕まったことに思い至ったのだろう。目を見開き、縋るようにシグナムに問いかける。シグナムはそれを正面から受け止めた。
「ああ。だけど、大丈夫だ。必ず私たちが助け出す……!」
「ほんとう……?」
「ああ」
自分に言い聞かせるような言葉は、しかし萌生にも届いたらしく、少しだけその目に安心を浮かべる。シグナムはそれを見て、シャマルに向き直った。
「結界の解析は、終わったか?」
「ええ。でも、術式が特殊で、干渉までは難しいわね。天山が用意していた本来の脱出経路も、塞がれてるみたい。ここからじゃ、さっきオザワが言っていたルートから天山の元へ向かうしかないわ」
再び、ヴィータへ視線を向けるシグナム。無言でうなずくヴィータ。それを確かめると、シグナムは萌生の手を引いたまま、オザワの指さした先にあるふすまを開いた。
† † † †
「そっか、ヴィータちゃんも魔法使いなんだね?」
「え? うん、友達にね、魔法使える子がいるの。フェイトちゃんっていうんだよ!」
「フェイトちゃんはねぇ、綺麗で、かっこよくて……シグナムさんと、ちょっと似てるかも? あ、でもでも、可愛いとこもあるんだよ?」
「ん~? 怖くないよ? だって、友達だもん!」
踏み出した先に広がっていたのは、誰もいない廊下。普通なら不気味に広がる複雑な回廊も、しかし今は賑やかな声が響く。言うまでもなく萌生だ。ヴィータに向かって本当に楽しそうに話を続けている。
「そうだ! 今度、ヴィータちゃんのところに連れていくよ。そしたら、はやてちゃんとも会えるし」
「おうっ! そうだな、はやても、喜ぶし」
それに応じるヴィータ。初対面でも遠慮なく関係を築くことが出来るのは、未だ悪意を知らないこどもの特権だろうか。
(いや、本来の優しさがあれば、お前もこの関係の中に入っていただろうな)
後ろの賑やかさとは対照的に、ただ無言で前を進むシャマルとザフィーラを見つめる。
この子が家に来れば、本来のシャマルなら、笑って迎えるだろう。
この子が家に来れば、本来のザフィーラなら、苦笑してペット役を引き受けるだろう。
だが、その2人は、今はいない。
「この先よ」
それを裏付けるように、たどり着いた最上階で無表情を向けてくるシャマル。シグナムはそれから目を逸らすと、ただならぬ妖気を感じる扉へ手をかける。が、背後から賑やかな声が聞こえなくなっている事に気づいて、ふり返る。
「大丈夫。もう少しだ」
妖気に当たられたのだろう、萌生は、震えていた。
「うん……シグナムさん、ヴィータちゃんも、はやてちゃんを、助けてあげて?」
それでも、友達を気づかう萌生。
「おう、任せとけ!」
勢いよくうなずくヴィータ。シグナムも笑みで答え、扉を開いた。
瞬間、部屋の中へ引きずり込むような突風が襲う。
踏みとどまれない。
そう悟ったシグナムは、慌てて萌生を抱きしめる。そのまま吹き飛ばされる様に部屋の中へ。壁に背中をぶつけながらも、何とか体勢を整える。
そして、見た。
黒い翼をもった少年が、この部屋に引きずり込んだ暴風を作り出しているのを。
その暴風が、部屋にあふれる怪物を吹き飛ばしているのを。
その惨劇を背に、
「萌生を、かえせぇぇぇえええ!」
金髪の魔導師が、異形と化した天山に斬りかかるのを。
「ぐうっ、若返りの力が切れたかっ!」
腕を切り落とされながら吹き飛び、部屋の奥の黄金像に叩きつけられる天山。だが、血も流さずに起き上がる。
「もっと血を、子分どもに集めさせた血を貯めた黄金像を………! ……まだ、まだ戦える……血を、黄金像を……!」
身体を引きずるように黄金像へ歩み寄り、残った左腕を伸ばす。だがそれは、今まで誰もいなかった空間から突然伸びてきた手に掴まれた。
「そこまででス。天堂さン。あなたの役目ハ、終わりましタ。あなたニ、これ以上エナジーを使わせることハ、出来ませン」
シドだ。まずい。そう思った時には、身体が動いていた。
「それニ、これ以上、混沌のメシアと戦ってモ、勝てないでしょウ。利用価値が無くなリ、戦いにも負けたあなたハ、元のあわれな老人に戻っテ……!」
シドの意識が天山に向いているスキに、萌生を金髪の魔導師の方へ突き飛ばす。
「そこの魔導師! 受け止めろ!」
「きゃっ……! シグナムさんっ!?」
「モブ……ッ!」
戸惑いながらも勢いのまま、金髪の魔導師の方へ向かう萌生。
「ナ、何をしているのでス!」
シドの、焦った様な声。
だが同時に、銃声が響く。
足を貫かれ、崩れる萌生。
撃ったのは、
「させねぇ! そいつは、俺の手柄だぁ!」
オザワだ。後頭部から血を流しながら、銃を構えている。否、ただの銃ではない。それは何か怪物でも相手にするような巨大な銃で、
「死ねぇぇええ!」
その銃口を助けてきたであろう金髪の魔導師に向けて、引き金を引いた。
「やめろぉっ!」
飛び出したのは、ヴィータ。金髪の魔導師を突き飛ばし、
「いぁぁぁああああ! ヴィータちゃんっ!」
バリアジャケットごと、弾丸に打ち抜かれた。
萌生は足を引きずりながら、ヴィータにしがみつく萌生。
「フッフッフッ……! オザワさン、あなたハ、とてもよくやってくれましタ」
その小さな身体を、シドがつかみ上げた。
「貴様っ……!」
「てめぇ! オザワァ! ぶっ殺してやるっ!」
シグナムがシドを睨みつけ、黒い羽根の少年がオザワに向かって叫ぶ。しかし、
「今、あなたがたの相手をしているヒマハ、ありませン。さようなラ」
「おっと、俺ももう悪魔を呼べるようになったんでな。お前は、コイツとでも遊んでな」
シドが、移転魔法を発動させる。それはオザワとシグナム達を巻き込み、
「待てぇ!」
怒号を上げる金髪の魔導師を最後に、視界が暗転した。
† † † †
再び目を開いたとき、そこは青一色の景色だった。おそらく、未だ結界の中なのだろう。もっとも、それが天堂の屋敷に張られていた結界とは全くの別物だという事は、シグナムにも分かった。術式の解析まではできないが、シャマルの得意とする結界魔法と同様、天堂の屋敷の結界は、自然界や人工物に依存しており、周囲の光景は多少なりとも残っていた。しかし、ここには、それがない。まるで魔力で無理やり作り出したような、人工の空間とでも言うべき不自然な場所だった。
「っ! ヴィータ!」
だが、シグナムの考察は長く続かない。一緒に移転されたのだろう、ヴィータに駆け寄る。
「ぐ……ごめん、シグナ、ム……」
「もういい、喋るな」
「いや、はやて、に、会ったら、伝えて、くれ……友達、守れなくて、ゴメンって」
「何を言っている! 失敗したのは、私でっ! お前はっ! 守ろうとしただろう! 助けようとしただろう!」
「で、はやて、に、会ったら、お前だけ、謝るん、だろ?」
無理やり笑うヴィータ。そして、叫ぶ。
「アタシはなぁ、すげぇ幸せだったんだ! 家に帰ったら、優しい、はやてが、ニコニコ笑って、待ってて、くれて、みんなで、家族で……! そこに萌生みたいな友達がいたら、最高じゃねぇか!」
崩れ始める身体。
「だから、さ」
それでも、シグナムの方をはっきりと見つめて。
「取り返して、くれよ、アタシたちの、はやての、帰る、場所……!」
ヴィータは、光の粒子となって、消えた。
「フッフッフッ」
代わりに、背後から嗤い声が響く。
「貴様……!」
振り向きざま、デバイスで斬り付けようとするシグナム。だが、その動きは止まる。ザフィーラが、無言のまま押しとどめるように肩に手を置いたから。
「ふム、制御ハ、うまくいったようですネ」
「主と、萌生は、どこだ?」
「会いたいですカ? でハ、次の命令を聞きなさイ。次デ、最後でス」
シドは、そんなシグナムをいたぶるように続けた。
「児童保護施設にいル、柊黎子さンヲ、殺しなさイ」
その名を、シグナムは知っていた。
初めて主の元で目覚めた時から、いや、それ以前からずっと、はやてを見守っていた精神科医。ずっと主を支えていた、家族同然の、大切な人。はやてとの仲を進展させるきっかけをくれた人――
「なぜだ……!」
「それハ、あなたが気にすることでハ……」
「なぜ主の大切なものばかり壊そうとするっ!」
叫ぶシグナム。はぐらかそうとするシドに、デバイスを突きつける。
「……主に、会わせろ」
「フッフッフッ……八神はやてさんなラ、すぐ後ろに居ますヨ?」
だが、その回答は予想外で、
「シグナム! ダメやっ!」
背後から響いた、はやての声に、振り向いた。
結界に浮かぶ穴。
その先には、こちらに向かって叫ぶはやてと、血を流したまま転がされる萌生がいた。
「主ぃ!」
思わず手を伸ばす。だが、手ごたえはない。それは、結界に空いた穴などではなく、ただ空中に浮かぶ映像だった。
「シグナムっ! やめてっ! 黎子さんは、私の、私たちの、お母さんなんやっ!」
しかし、残酷にも声は届くようで、
「フッフッフッ……八神はやてさン、あなたの騎士は、ただの戦闘用プログラムなのですヨ? 人の形をしているだけデ、銃や剣ト、何も変わりありませン」
いつの間にか、映像の先に移動していたシドが、話を続けた。
「違うっ! シグナムは、私の、家族やぁ!」
「ですガ、あなたの騎士ハ、あなたの命ト、他の誰かの命なラ、あなたの命を選ぶでしょウ。実際、闇の書に人形のプログラムが追加されたのハ、人々の心に入り込ミ、主の命のためという理由デ、多くの人間に恨まレ、壊されるためなのでス。そうすることデ、世界を闇で覆イ、カオスの世界ヲ……」
「そんなん! そんなん、させへん! 私が、止める!」
叫ぶはやて。だがシドは、それを楽しむように笑みを浮かべ、
「なラ、仕方ありませン。私モ、レディに手荒なまねハ、あまりしたくありませのデ、シグナムさンではなク、意思を消した騎士にやってもらいましょウ」
闇の書に、手をかけた。
「うあぁぁああ! 嫌やぁ! もう、あんなっ! 機械みたいなっ! 見たなぃぃい!」
リンカーコアをえぐり出された痛みで転げまわりながらも、守護騎士を気づかうはやて。しかしシドはそれを無視してヴィータを再生させ、
「もういいっ! もうやめろ!」
シグナムは、耐え切れなくなって、叫んだ。
「要求を、聞こう」
こちらを向くシド。
「でハ、移転させまス。健闘を、祈っていますヨ?」
「あかんっ! ダメやっ! シグナム!」
「主、申し訳ありません。せめて、ヴィータ達ではなく、私の手で……」
痛みを抑えながら、叫ぶはやて。
「なんでやっ! 約束、したやろっ! 私は、闇の書の主は、何にも、望まへんって! 言ったやろっ! そばに居てくれるだけでええって……! シグナム!」
「申し訳ありません! ただ一度だけ、あなたとの誓いを破ります!」
悲鳴のように、叫び返すシグナム。
「嫌やぁ! シグナム! 黎子さん殺すくらいならっ! 私を殺してっ!」
はやての絶叫を耳に、視界が反転した。
† † † †
送られた先は、海鳴の街だった。
シグナムがはやての家で目覚めてから、幸せな生活を送った街だ。
あの公園では、ヴィータがご近所のお年寄りとまじって、ゲートボールをしていた。
向こうのスーパーでは、シャマルがよく買出しに寄っていた。
もう少し先には、犬となったザフィーラを連れて、はやてがはしゃいでいた神社もある。
思い出と一緒に朝の陽ざしの中で静かに輝く街は、ほんのわずかな時間しか離れていないというのに、酷く懐かしく感じられた。
「あら、シグナムさん? お久しぶりね。どうしたの?」
そして、児童保護施設で迎えた、施設の先生の声も。
「いえ。少しある……いや、はやてのことで相談がありまして。お時間をいただけないでしょうか?」
声が震えるのを必死に押し殺し、施設の扉をくぐる。
「急に申し訳ありません」
「いいのよ。はやてちゃんの様子も聞きたかったし」
施設の先生は、それを温かく迎えてくれた。
シグナムは、思う。
この人が、主を利用しようとする悪党なら、どんなによかっただろう、と。
この人が、誰かの大切なものを奪う悪魔なら、どんなによかっただろう、と。
だが、この人は、そんな人じゃない。
当たり前だ。
あの主の、母親なのだから。
「っ! 先生、申し訳ありませんっ!」
だからシグナムは、先生を刺した時、自分自身を見放した。
あの黒い神父の言う通り、自分はきっと非人道的な殺人兵器に過ぎないのだろう、と。
憎しみをまき散らす兵器のように、誰かに破壊されるのだろう、と。
「なっ! 先生っ!? ……先生っ!」
「……ぁ……こう……にげ……あなたは、ぶじでいて……わたしは、へいき……だか……」
そして、入って来た少年を見た瞬間、悟った。
この少年が、ひと目見て尋常でないと分かるこの少年こそが、自分を憎み、破壊する存在なのだろう、と。そしてその予想は裏切られることなく、
かつて、活発な表情を見せた少女の鉄槌は砕かれ、
かつて、冷静さと誇りをその目に宿していた男は獣の炎に焼かれ、
かつて、その優しさで癒しとなっていた女性は骸と化していく。
(だが! 私は、私たちはっ!)
だからシグナムは、その少年に向かって、叫ぶように念話をつないだ。
自分が、闇の書が生み出した騎士だという事を。
主とその友人が捕えられ、強制的に従わされているのだという事を。
捕えているのは、シドという黒い神父で、手下にオザワ、背後に五島という男がいる事を。
おそらく、今も黒い神父が監視しているだろうという事を。
そして、黒い神父の居場所は、このデバイスに保存してあるという事を。
その少年は、悪魔のような力をふるいながら、ただ念話を受け止める。
「分かっていた……いつかこうなるとは」
(だから、私の事は、どれだけ恨んでくれても、殺してくれても構わない……! あの男が、私を復活させるたび、何度でも!)
「……だがっ!」
(お前が、悪魔でも、憎しみをまき散らす私たちを殺す英雄でも、何でもいい……! 主を、私たちの家族をっ! 救ってくれ!)
対峙する少年は、
(……もういい、もう十分だ……だが、母さんの命を、自分の命で、捨てようとした命なんかでっ!)
「そんなもので……っ! 償えるものかぁぁあああ!」
感情を乗せた剣で応え、
(申し訳ありません、主、先生……)
シグナムはそれを受け止めた。
――Result―――――――
・守護騎士 ザフィーラ 魔法攻撃に伴うプログラム破壊により死亡
・守護騎士 シャマル 魔法攻撃に伴うプログラム破壊により死亡
・守護騎士 ヴィータ 銃殺
・守護騎士 シグナム 斬殺
・悪霊 ピシャーチャ 斬殺
・外道 オルゴンゴースト 撲殺
・怨霊 ユリア/スピーディー/ミキヤ 撲殺
・幽鬼 テンドウ 老衰
――悪魔全書――――――
守護騎士 ザフィーラ
※本作独自設定
闇の書の収集用プログラム、守護騎士ヴォルケンリッターの一体。寡黙で冷静な性格に調整された獣人の男性で、獣の姿に変身することが出来る。守護騎士の中では最も防御にすぐれ、それを生かした壁役として、またその冷静な性格を生かした抑え役として活躍する。しかし、八神家ではそうした戦闘技術を使う事もなく、獣の姿で番犬として生活していた。
守護騎士 シャマル
※本作独自設定
闇の書の収集用プログラム、守護騎士ヴォルケンリッターの一体。優しくおっとりした正確に調整されている。戦闘では転送や結界、バックアップを得意としているものの、やはり八神家ではそうした戦闘技術は使うことがなく、はやての家事の手伝いに従事していた。なお、デバイスは武器と一体になった振り子型アームドデバイス・クラールヴィント。
守護騎士 ヴィータ
※本作独自設定
闇の書の収集用プログラム、守護騎士ヴォルケンリッターの一体。日本でいう小学校1年生相当の女児の姿を取り、性格もそれに合わせ自由気ままに調整されている。しかし、アタッカーとしての実力は確かで、武器と一体になったハンマー型アームドデバイス・グラーフアイゼンを手に、強力な物理攻撃を操って戦う。八神家ではそうした戦闘技術は使うことなく、ご近所の老人会の主催するゲートボールに参加したりと、自由な性格にふさわしい自由な生活を謳歌していた。
守護騎士 シグナム
※本作独自設定
闇の書の収集用プログラム、守護騎士ヴォルケンリッターの一体。いかにも騎士らしい生真面目な性格に調整されている。魔力を物理的な炎に変換する資質を持っており、その炎を使った攻撃を得意とする。が、八神家にいる間はもちろんそのような戦闘技術を使う事もなく、近所の剣道場で非常勤の講師をしていた。なお、デバイスは武器と一体になった剣型アームドデバイス・レヴァンティン。
怨霊 ユリア/スピーディー/ミキヤ
※本作独自設定
オルゴンゴーストとともに吹き出たオルゴン・エネルギーに、アイドルグループ「モーロック」の怨霊がとり憑いたもの。ボーカルのユリアは人気急落から過食症に陥り、鏡に映った自分の姿を見てショック死。ギタリストのスピーディーはその名の通り速弾きで有名となったが、クスリに手を出し中毒死。キーボードのミキヤは他の2名との「音楽性の違い」から孤立し自殺。その執念と無念が響かせるサウンドは、負のエネルギーをオルゴンゴーストに供給し続けるという。
幽鬼 テンドウ
※本作独自設定
海鳴市に本拠地を置くヤクザ、天堂組の組長。いわゆる古き良き時代の極道で、それだけに警察も手を焼いている。趣味はゲートボールで、正体を隠し近所の老人会に参加するという恐るべき一面も。だが、ここ数年は、「人が変わったよう」に部屋にこもり、あくどい商売を始めたという。
――元ネタ全書―――――
ぐうっ、若返りの力が切れたか
真・女神転生 デビルサマナーより、天堂組に突入するイベント。ちなみに、本編中の天道のセリフ「軍隊やら~」は真・女神転生の大破壊前、新宿で何故か普通に入れるヤクザビルの組長のセリフが元ネタです。
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ご覧いただきありがとうございます。そして、更新を止めてしまい申し訳ありません。
リアルの方も何とか落ち着き、投稿を再開させることが出来ました。これも読者の皆様のおかげです。この場を借りて、お礼申し上げます。
さて、今話(前編もカウントに入れると前話)からA's篇となります。もうお気づきの方も多いかと思いますが、A's篇前編は「真・女神転生 デビルサマナー」とのクロスになります。よろしければ次話以降もご覧ください。
ちなみに、活動報告にも書きましたが、再開に当たって過去話を修正しています。大まかな筋は変わっていませんが、興味がある方はどうぞ。