リリカル・デビル・サーガ   作:ロウルス

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――――――――――――

「孔、もうバスの時間よ」

 先生の呼ぶ声が聞こえる。アリサの死を見守ってから数か月。あの非日常が嘘のように平穏な日々が続き、俺は小学校へ通うことになった。聖祥大学付属小学校――通称、聖祥。児童福祉関係で先生が理事長と知り合いとかで、孤児の受け入れも積極的にやっている学校だ。

「孔お兄ちゃん、いってらっしゃい!」

「気を付けてね?」

 と言っても、先生やアリス、アキラとの関係は変わらない。

「行ってきます」

 俺は家族の声を受けて、スクールバスに乗った。

――――――――――――孔/児童保護施設



第3章 遠イセカイノ悪魔~原作前②魔法世界/裏社会篇
第5話 学校の友人達


 孔が小学校に通い始めて数か月。ようやく慣れ始めた朝の教室で、孔はクラスメートと挨拶を交わしながら席に向かっていた。大多数の生徒は、仲がいい相手ができはじめるが、嫌な相手はまだできていない、節目の季節特有の雰囲気を楽しんでいる様に見える。

 

「……おはよう、バニングスさん」

 

 だが例外もいるものだ。前の席に座る少女は声をかけると嫌そうに顔を背ける。名前はアリサ・バニングス。初めて会った時は目を疑った。金髪に勝気な目。その容姿はアリサ・ローウェルそっくりで、

 

――またね

 

 そう言って消えたアリサと、本当にもう一度会うことが出来たと思ったからだ。

 

 だが現実は残酷である。

 

――ちょっと、近付かないでよ!

 

 入学初日、初対面でかけられた第一声に唖然とする孔を置いて父親らしい人物の下へ走るアリサ。入れ違いにやってきた施設の先生から、あの男性がアリサ・ローウェルを引き取るはずだった人で、アリサ・バニングスはローウェルの妹だと聞かされて。

 

 正直なところ、安心した。

 また嫌われたわけじゃない、と。

 

――ふ~ん? アリサお姉ちゃんとおんなじ名前だね!

 

 そして、先生と一緒にやってきたアリスの言葉に喪失感も憶えた。

 そう、彼女は「バニングス」であって、アリサではなかったのだ。

 

「はい、みんな席に着きなさい」

 

 バニングスを前に蘇った感傷は、しかし担任――蘆屋先生の声で断ち切られた。慌てて席に着くと、すぐに点呼が始まる。

 

(アリスも他人には敏感だった……異常な力を無意識に忌諱したか。いや、それより問題は……)

 

 次々と呼ばれる生徒達の名前を聞きながら、孔は前に座るバニングスの背中から視線を外し、嫌う、とは真逆の感情を向ける少女へ目を向けた。大瀬園子(おおぜ そのこ)。ここ数日で、孔の「新たな異能」の被害者になった少女である。といって、悪魔が出てきたわけではない。日常の中――体育の後片付けを一緒にしている際、園子が倒れてきたトンボで頭を打った事があり、慌てて怪我がないか確認した時だ。

 

――魅了御手〈ナデポ〉

 

 異能が発現した感覚の直後、目の前には頬を赤く染めた園子がいた。

 

(撫でた相手に強制的に好意を付与する……タチが悪いな)

 

 先生に名前を呼ばれ返事をする園子を見つめながら、思う。孤児であり人の愛情がいかに貴重で得難いものかを知っている孔にとって、それはまさに悪魔のような能力だった。まがい物の好意に応えられる自信も、そして封印し続ける自信もなかったからだ。

 

「卯月くん、一緒に食べよう?」

 

 しかし、そんな内心を知らず、園子は昼休みになれば弁当をもって昼食を誘いに来る。私立小学校らしく、聖祥では給食を提供していない。アレルギーを抱える生徒への考慮、弁当を通じた両親とのコミュニケーションの希薄化への対応。そんな耳触りのいい言葉がひどく恨めしく思えた。

 

(いや、仮に昼休みを一緒に過ごさなかったとしても、現実逃避で時間を潰すだけ、だな)

 

 そう意識を切り替え、「今行く」という返事で応える。しかし、自分の異能の結果と向き合う決意と共に振り返った先には、話したことがない生徒――只野萌生(ただの もぶ)と折井修(おりい しゅう)がいた。

 

 

 † † † †

 

 

 孔は先生の作ってくれた弁当を持って、3人と一緒に校舎裏まで来ていた。雨の日は別にして、孔はよくここで昼食をとっている。校舎裏と言えば薄汚いイメージがあるが、聖祥では高学年が授業で栽培している花壇もあり、学校の柵越しに見える景色も悪くない。その割に教室から距離があるせいで人は少なく、孔にとってはちょっとした穴場だった。

 

「ふ~ん。校舎裏ってきれいなんだね」

 

「ああ、よく整備されているんで、ここで食べてるんだ」

 

 萌生の感想に、孔が答える。校舎裏に至るまでの間に、2人はかなり打ち解けていた。

 

「修くんと園子ちゃんとねー、幼稚園一緒だったんだよ?」

「う~ん? もっと前から。えっと、あれ? いつからだっけ?」

「でね、前は一緒によく食べてたんだよ!」

 

 楽しそうに園子の話をする萌生に、孔がアリスを重ねたせいだ。萌生も人懐っこい性格らしく、おとなしく話を聞く孔に機嫌がいい。が、それとは対照的に園子は負のオーラが漂っている。

 

「な、なあ、園子、そろそろ機嫌直したらどうだ?」

 

「……別に、機嫌なんて悪くないし」

 

 それをなだめようとする修。これも異能の結果なのだろうか。自分という余計な存在がいなければ、3人で仲良く昼食をとっていたのだろう。孔は心の中でため息をついた。

 

「……卯月くん?」

 

 それを敏感に察知する萌生。ますますアリスにそっくりだな、などと想いながら答える。

 

「いや、なんでもない。いつも俺はあのベンチで食べてるんだ」

 

 花壇の横に設けられた長椅子を指差す孔。作業中に腰を休めるためだろうか。2人掛けの椅子が2つ並んでいる。

 

「じゃあ、そこにしよう?」

 

「お、おう、園子、おまえ卯月と座れよ。萌生、一緒に食べようぜ」

 

 修は園子の重圧から逃れようと萌生と一緒に座ろうとする。しかし、

 

「もう、それじゃあせっかく4人で食べる意味ないでしょ! せっかく園子と久しぶりに一緒なのに……」

 

 久々に園子と一緒に食べようとしていた萌生は不満だった。横から孔が助け舟を出す。

 

「まあ、只野さんもこう言ってるし、男は男同士ということで。大瀬さんもいいだろう?」

 

「う、まあ、いいわよ」

 

 園子の方も萌生のわがままには反論できなかったらしい。自分を慕っての言葉だったのでなおさらだ。場所が決まって、4人は弁当を広げ始めた。

 

 

 † † † †

 

 

 4人での昼食を終えた萌生は上機嫌だった。最近の萌生の悩みは「小学校に通い始めてから、園子と一緒に昼休みを過ごしていない事」であり、それが解消されたせいだ。このところ、園子はいつも孔と一緒に過ごしている。昼休みも例外ではなく、以前は修と3人だった昼食が2人になってしまった。1人の空席は大きい。萌生は昨日、修に相談を持ちかけていた。

 

「私達、園子ちゃんに嫌われたちゃったのかなあ?」

 

「いや、そんなことないと思う」

 

「でも、一緒にごはん食べてくれないし」

 

「そりゃあ、イケメンの卯月と一緒に食べたいってだけだ。嫌われた訳じゃねぇよ」

 

(……イケメンってなんだろう?)

 

 たまに修は難しい言葉を使う。しかも、意味を聞いても面倒くさがって教えようとしない。いや、今はそんなことはどうでもいい。萌生の興味はイケメンの意味ではなく、園子と一緒に過ごす方法なのだ。

 

「ねぇ、前みたいにお昼、園子ちゃんと一緒にならないかなぁ?」

 

「……なら、卯月も誘って4人で食えばいいんじゃねぇ?」

 

「それだっ!」

 

 そう、自分から誘えばいいんだ。毎回園子に誘われてばっかりだった萌生は気付かなかった。名案だと飛び上がらんばかりに喜ぶ萌生の隣で、修はため息をつく。

 

「……? どうしたの?」

 

「いや、萌生、お前よくこの学校に入れたな」

 

「……?」

 

「……何でもない。早く誘ってこいよ」

 

「うん!」

 

 結果として、修のアドバイスに従った萌生は無事に園子と昼休みを過ごすことが出来た。ついでに孔という新しい友達も出来た。萌生は普段無口な孔に少し怖いという印象を抱いていたが、うるさがらずに話を聞いてくれたり、園子の隣の席を譲ってくれたりと意外にも仲良くしてくれたせいだ。1人増えた昼休みは予想以上に楽しかった。

 

「……ふんっ!」

 

 が、教室に戻ると、孔を見たアリサ・バニングスがもの凄く嫌そうな顔をしてそっぽを向いた。そういえば、この2人はなんで仲が悪いんだろう。萌生がその疑問を聞く前に、修が口を開く。

 

「なあ、卯月、お前バニングスになんかしたの?」

 

「心当たりはないんだが……入学式の時、隣に座ってからずっとだな」

 

「ホントか? 知らんうちに何かやってたとか?」

 

「いや、まともに喋ったことも……というか、喋ろうとしたら近づくなと言われてな」

 

「えっ、なにそれ?!」

 

 声を上げる園子。萌生はそれに思い出の中の園子を重ね合わせる。ああ、そういえば幼稚園通っていた時、私が男の子に悪戯された時も怒ってたっけ、と。

 

「あ~、まあ、なんかあったら言えよ」

 

 そして修はとてつもなく面倒くさそうな声を出して園子の怒りを強引にそらす。こちらも萌生のよく知る反応だ。という事は、いつの間にか修も普段通りの会話ができるくらいには、孔と仲良くなったのだろう。だから、萌生もそれに続いた。

 

「そうそう、私達友達なんだしっ!」

 

 

 † † † †

 

 

(やっぱり、ちゃんとお話ししないといけないのかなぁ?)

 

 昼休みが終わりかけ、席に着いたなのはは、孔に露骨な態度を向けるアリサとそれに憤慨する園子達3人を見て、そんな感想を浮かべていた。初めて出会った時抱いた孔への嫌悪感は未だ継続中だ。出会ってからもう数か月と経つのに、この原因不明の感情は未だに慣れない。

 

(意味もなく嫌うって、悪い事だよね)

 

 なのはの良識はそう言っていた。目の前で繰り広げられる光景を見ても、どう考えても正しいのはアリサだろう。孔が嘘を言っている様子もない。だが、なのはは何故かアリサの方が正しいように思えてならなかった。つまりは、自分も悪い方の人間という事になる。

 

「はぁ……」

 

 思わずため息を漏らすなのは。この憂鬱を解決するのは簡単だ。孔とゆっくり話をして、嫌悪感の元を探ればいい。だが、いざ本人を目の前にすると、感情が先に立ってうまく言葉をかけることが出来なかった。学校でも、せっかく同じクラスになったのに、まともな会話をしていない。

 

(放課後は、ちゃんとしないと……)

 

 自分が悪者という結論へ抵抗するように、今日もなのはは放課後への決意を胸に、午後の授業へと意識を向けた。

 

「あの……」「うん?」「う……な、なんでも」

 

 だが放課後、そんな決意はあっけなく崩れ去った。今日も結果は同じだったのである。

 

「ねー、なのはお姉ちゃん! 今日はちゃんと孔お兄ちゃんとお話しするんじゃないのっ!?」

 

 隣でアリスがむくれる。ここはまどかの花屋。なのはの父親も無事退院し、家族もよく構ってくれるようになったのだが、アリスやほむら、まどかとの関係はあの事件の後も変わらず、放課後はほむらとまどかとの「ミニお茶会」に参加するのが日課となっている。

 

「アリスちゃん、女の子は男の子と話すのに時間がかかるものなのよ?」

 

 アリスの文句を苦笑で誤魔化すなのはを、ほむらがフォローする。だが安心はできない。アリスの目からはなおもなのはを追及しようという意思が消えていなかったのだ。が、それを遮る絶妙なタイミングでまどかが紅茶を持って店の奥から出てくる。

 

「はい、熱いから気を……」「あっつ~い!」「大丈夫か? アリス」

 

 ミルクと砂糖がたっぷり入った紅茶に口をつけて熱そうにするアリス。それを心配する孔。小さな笑い声が響く。ほんのわずかなアクシデントは、しかしアリスの気をそらすのに十分だった。しかし、なのはが内心でほっとしたのもつかの間、ほむらの携帯が鳴り響いた。

 

「はい、こちら……えっ、迷子ですか? はい、……いえ、すぐ近くにいますので大丈夫です。……ええ、では向かいます」

 

「どうしたんですか?」

 

 立ち上がるほむらに、熱がっていたアリスが落ち着いたのを見て、孔が話しかける。

 

「近くで迷子みたい。他の刑事さんが見つけたんだけど、私の巡回経路にいるから送ってあげてくれないかって」

 

「見つけた刑事さんは送っていかないんですか?」

 

「ええ、百地警部と磯野刑事がいなくなっちゃったから、その分の仕事で忙しいらしくて」

 

「……いなくなった?」

 

「私もよく知らないんだけど、捜査に出て戻ってこなかったんですって。ああ、大丈夫よ? 2人ともプロだし。前に会ったときなんか、刑事ドラマに出てきそうなくらい息があってたから。それに、もともと私は迷子とか、小さい事件を解決して人々の幸せを守るのが仕事だから。大きい事件は刑事さんに解決してもらわないとね」

 

 そう言って、ほむらは出ていく。なのははその背中に見とれていた。なのはにとってほむらは、頼りになる綺麗なお姉さんだったのだ。

 

「……かっこいいなぁ」

 

「あら、なのはちゃんはほむらが随分気に入ったみたいね。将来は婦警さんかしら?」

 

 いつの間にか口に出ていた言葉に、まどかが優しく笑って言う。

 

「じゃあ、じゃあ、私はお花屋さんやる! それで、それで、なのはお姉ちゃんと、孔お兄ちゃんと毎日お茶するの!」

 

 それを聞いて、アリスは嬉しそうに声を上げる。よほど思い描いた未来が輝いて見えたのか、椅子から立ち上がって全身でアピール。が、あまりに派手に立ち上がったためか、机が揺れて紅茶がこぼれた。そこには、アリスが家から持ってきていた絵本が。

 

「……っあ!」

 

 本に紅茶がかかる。アリスは慌てて本をハンカチで拭いたが、慌てすぎたせいか本が破れてしまった。アリスが泣き出す前に、孔がすかさず声をかける。

 

「……破いたか。まあ、随分古い本だからな。後で、一緒に先生に謝っとこう」

 

「うぅ。まだ読んでなかったのに」

 

「こんな古い本はもう売ってないし、それは諦めてくれ」

 

「うぅ……」

 

「あ、あの、それ、学校の図書室で見たの。私が借りて来ようか?」

 

 そんなやり取りを聞いて、なのはは声をかける。学校で図書室を案内されたとき、アリスが持っていたのと同じ本に目が留まり、なんとなく覚えていたのだ。

 

「ホント?」

 

「うん、借りたら持って来てあげるね」

 

「ありがとう、なのはお姉ちゃん!」

 

 喜ぶアリスを見て、なのはまで嬉しくなった。明日、図書室に行くの忘れないようにしなきゃ。そんな小さな決意を固めながら、なのはは3人とお茶を続けていた。

 

 

 † † † †

 

 

 翌日。孔は修達と4人で昼休みを過ごし、教室へ戻ろうとしていた。これからはこのメンバーで一緒に過ごすことが多くなりそうだな。そう思いながらも、不安は尽きない。4人を友達と認識してはいるものの、自分の抱える異常が関係を壊すのではないか、という予感が頭から離れなかったせいだ。孔にとって、自分に向けられる感情はアリサ・バニングスやなのはの嫌悪こそが普通だった。加えて、目が合う度に頬を染める園子である。きっと、この子にこんな感情を与えた自分を、修達は許さないだろう。これではいけない。ネガティブな思考に浸るくらいなら解決策を考えなければ。

 

(気づかれた時に俺が嫌われるのはいいとして、せめて大瀬さんの呪いだけは何とかならないものか……)

 

 接触を避けるのは……却下。向こうから積極的に関与してくる以上、こちらから避けようとしても効果が薄い。しかも、根本的な解決になっていない。

 同じ異能に頼るのは気が進まないが、幻想殺しはどうだろうか。やってみる価値はある。が、実行するには魔力や呪いに触れる必要があり、もう一度頭を撫でることになる。もし効果がなかった場合、呪いの効果が更に強まる恐れがある。リスクは大きい。

 結局、呪いが解けるのを待つしかないか。だが効果の持続時間はどのくらいなのだろう。まさか永久ではないと信じたいが。

 

「ちょっと、貸しなさいよ!」

 

「っ! 嫌!」

 

 だが、答えの出ない思考は鋭い声で強制的に遮断された。思わず足を止めると、2人の女生徒が喧嘩をしていた。つい先ほど顔を思い浮かべたアリサ・バニングスが、クラスメート――月村すずかの髪を引っ張っている。

 

「バニングス、酷いことするわね」

 

「い、痛そう……」

 

「なあ、さっさといこうぜ」

 

 顔をしかめる園子に、自分の髪を手で押さえる萌生。修は係わりたくないのか、教室へ戻るよう急かす。施設で兄をやっている結果か、孔は修を窘める。

 

「さすがに無視するのはマズいだろう。まあ、他に誰もいないみたいだし、ここは先生に報せにいくべきだな」

 

「え~、ほっとけよ、あんなの」

 

「じゃあ、私と卯月くんで先生呼びに行くから、修は萌生とあの2人止めといて」

 

 そんな2人を見て、園子が強引に結論を出した。萌生もうなずいて同意を示している。

 

「えっ? 俺も止めるの?」

 

「あんな喧嘩してる所、萌生だけじゃ危ないでしょ」

 

「じゃあ、卯月が止めに行けよ。俺が先生呼んでくるから」

 

「いや、俺はどうもバニングスさんに嫌われているみたいだからな。逆効果だろう」

 

「じゃあ、園子が……」

 

「私も、バニングスはあんまり好きじゃないから」

 

 はっきりと告げる園子に絶句する修。こどもは残酷だ。だがその沈黙は孔と園子に了解の意思と誤解させるには十分で、

 

「えっ、あ、おい、ちょっと……」

 

「修くん、もう諦めた方がいいよ」

 

 孔がそんな声を聴いたのは、すでに修と萌生に職員室へと歩き始めた後だった。

 

 

 † † † †

 

 

「はい、ストップ」

 

「2人とも、喧嘩はダメだよ~?」

 

 修がアリサの腕を掴んで止め、萌生が間の抜けた声で注意する。喧嘩に夢中になっていたせいで2人の接近に気づかなかったのか、驚いたように動きを止めるアリサとすずか。修はすずかを萌生の方へ押しやりながら、アリサに問いかける。

 

「まったく、何で喧嘩なんかしてたんだ?」

 

「ちょっと放しなさいよ!」

 

 が、アリサからは感情的に咬みつかれた。相当気が立っているようだ。だがここで怯むわけにもいかない。孔達が戻ってくるまで時間を稼がなければならないのだ。修は大げさにため息をついて見せると、萌生とすずかの方を指さした。

 

「大丈夫? 月村さん?」

 

「えっ? あ、うん、ありがとう。只野さん」

 

 そこには、涙目になっているすずかの髪を撫でる萌生が。さすがに居心地が悪くなったのか、アリサからは多少マシな反応が返ってきた。

 

「っ! 何よ! こいつがヘアバンド見せてくれないのが悪いのよ!」

「はあ? ヘアバンド? なんでそんなもんで……」

「だって、綺麗だったから……!」

「だからって、無理矢理奪おうとしなくてもいいんじゃね?」

「見せてって頼んだんだから、いいじゃない!」

「いや、お前、それ完璧に悪役だから」

「うるさいわね! ていうか、放しなさいよ!」

「お子様のバニングスが暴れるからやだ」

「なんですってぇ!」

 

 あ、コイツ面白れぇ。内心でそんな感想を浮かべながら、修はアリサを受け流す。だが、すぐそばから笑い声が上がった。萌生だ。

 

「あはは、仲いいなあ、2人とも」

「え? 仲いいの? あれで?」

「うん、修くん、園子ちゃんともあんな感じだよ? 仲良く見えない?」

「そ、そういえば、息ぴったり、かな?」

「でしょっ!」

 

 そして、笑い声はいつの間にかすずかに感染していた。それに気付いたアリサが叫ぶ。

 

「ちょっと、何笑ってるのよ!」

 

「お前が面白いからじゃね?」

 

「ちょっと黙りな……」

 

「いや、黙るのはバニングスのほうだな?」

 

 が、そこに響いた担任の先生の声で崩れかけた雰囲気はすぐ緊張に変わった。一緒にいた孔と目が合って露骨に嫌そうな顔をするアリサ。

 

「折井に只野、話は聞いてる。喧嘩を止めようとしてたんだってな」

 

「はい。先生、俺と萌生で止めてました」

 

 しれっという修にさらに嫌そうな顔をするアリサと苦笑いするすずか。それを見た蘆屋は、ニヤリと笑って言った。

 

「まあ、もうすぐ昼休みは終わるから、放課後に話を聴くことにしよう。授業が終わったら、2人とも理科室に来るように」

 

 

 † † † †

 

 

 放課後、修はいつも一緒に帰っているメンバー――園子、萌生とともに教室を出た。孔とは方向が違うので帰りまでは一緒にならない。廊下の奥には、担任兼化学部顧問の蘆屋先生の元へ行くであろうアリサとすずかの姿が。手を振ろうとする萌生。園子は慌ててそれを抑えた。

 

「ちょっと、止めときなさいって。また突っ掛かられたらどうすんのよ?」

 

「う~ん、そんなことしないと思うけどなぁ? 修くんとも仲良かったし」

 

「はぁ? あれのどこが仲良く見えるんだよ」

 

 自分の名前に反応する修。だが萌生はいかにも楽しかったという表情を崩さずに続ける。

 

「でも、息ぴったりだったよ? すずかちゃんもそう言ってたし」

 

「そんなわけあるか。てか、お前、月村さんと仲良かったの?」

 

「ううん。さっき仲良くなったばっかりだよ?」

 

 頭を抱える修。

 

(はあ、アリサにすずか、か。なんでこうなったんだか……)

 

 修にとって、今回知り合った2人は鬼門だった。といって、孔のように2人から理不尽な扱いを受けたわけでも、園子のように孔への嫌悪が許せないという感情があるわけでもない。それは6年前の死に端を発していた。

 

 そう6年前、修はトラックに跳ねられ、一度死亡しているのである。

 

 強い衝撃の後、気が付いたときにいたのは真っ赤な空間。目の前では、老人がこちらを見下ろしていた。その老人は口元を釣り上げて、嘲笑のような声でこう告げたのだ。

 

「ようこそ。意識と無意識の狭間へ……クックックッ……だがすぐにお別れだな。貴様はすぐ自らが望んだ世界に転生するのだから……」

 

――はあっ!? 転生? 俺が望む世界ってなんだ?

 

「お前は他の人間が作り出した幻想を見て、常々それを思い通りにしてみたいと思っていただろう? この私が、その理想を叶えてやろうというのだ」

 

 確かに、ゲームや漫画を見ていて、こんな力があればと思ったことがあった。金欠になった時は金に困らないという「黄金律」が欲しくなった。トラックに跳ねられる直前、妙に冷静になり、俺にも「ベクトル操作」か「超電磁砲」があればこんなの乗り越えられたのにと得体のしれない事を考えていた。ついでに誰にも気づかれない「気配遮断」があれば変に噂にならないだろう。

 

(それにしても、死ぬ間際になに考えてたんだ、俺は……)

 

「どうした? どうにもならぬ危機に直面した人間などそんなものだ。逃避し目を逸らすのは何もおかしなことではない」

 

 思考を読んだかのように、クツクツと笑いを浮かべる老人。面と向かって告げられるといい気分はしない。が、

 

「では、今思い浮かべた力をくれてやろう」

 

 老人はそれを無視して指をならす。

 

――は? いや、くれるんならもう少し考えさせて……うわぁ!?

 

 抵抗むなしく下に開いた穴へ落とされる。体とともに、意識が落ちていくような感覚。暗転する視界の中、老人の声がはっきりと頭に響いた。

 

「ああ、そうだ。転生したものはもう1人いる。見つかったら殺されるかもしれんな。まあ、せいぜい貴様の無意識にまで響いたその力で人の業を紡ぐがいい」

 

 それを最後に降り立ったのは海鳴市。修はその地名を知っていた。かつて、創作物の一つとして気に入っていた作品の舞台だ。その舞台の片隅に、修は裕福な家庭のこどもとして生まれた。家族は平穏だった。こうあればいいとかつて思い描いた、ホームドラマに出てきそうなほどよくできた両親に支えられ、平和な時間が過ぎていく。しかし、穏やかな時の流れの中で、修は最後に聞いた声を気にし続けていた。

 

――見つかったら、殺されるかもしれんな

 

 修はこの舞台でこれから起こる事件を知っている。その中心となる人物――高町なのはに月村すずか、アリサ・バニングスのことも。おそらく、見つかるとは目立つということで、なのは達に近づくとロクなことにならないのだろう。

 

(とにかく、関わらないようにしないとな)

 

 しかし意識するまでもなく、修が知識に持つ事件に関わることはなかった。それどころか、中心人物である高町なのはがいる筈の公園は気がつけば封鎖され、近所で一緒に遊ぶこども達――園子や萌生も、名前からして「普通」のこどもだった。

 

 だが、順調な日々は急に陰りが見え始める。

 

 親の都合で強引に原作舞台である聖祥大学附属小学校に入学したのを皮切りに、なのはと同じクラスになるは、気がつけばアリサとすずかの喧嘩に巻き込まれるは、あれよあれよという間に巻き込まれてしまった。

 

「はあ、鬱だ……」

 

「もうっ! 修くんも、園子ちゃんも、そんなに嫌そうにしなくてもいいじゃない!」

 

 そんな修の内心も知らず、目の前を歩く萌生はアリサとすずかの2人とかかわる気満々だ。誰とでも仲良くしようとするは、なんて危険なヤツだ。無邪気なこどもがこんなに危ないとは知らなかった。そんな修の悪態に似た願いが通じたのか、園子が萌生を止める。

 

「あのね、萌生、バニングスは卯月くんのことで……」

 

 いいぞ園子もっと言え。そう思った瞬間、周囲の空気が入れ替わった様な感覚に襲われた。同時に園子と萌生の姿が消える。しかし唖然とする暇もなく、教室から爆音が響いた。

 

 

 † † † †

 

 

 教室。孔も修と同じ違和感に襲われていた。残っていたクラスメートもやはり不自然さだけを残して消えている。また悪魔が出てくるか? そう思ったと同時、状況を把握しようと廊下に出る。

 

 そこには、紙で出来た鬼がいた。

 

 出会い頭の硬直は一瞬、鬼は手を振り上げて襲いかかってくる。

 

(遅い……っ!)

 

 避けながらアロンダイトを一閃する孔。が、手応えはない。鬼の体がバラバラの紙になったかと思うと、剣の刃を避けるように宙を舞い、もとに戻ったのだ。

 

「……厄介だな」

 

 剣では分が悪い。そう悟った孔は距離を取って構え直す。

 

――王の財宝〈ゲートオブバビロン〉

 

 数本の武器を飛ばしてみたが、武器が当たる前に体が崩れ、かわされてしまう。外れた武器はそのまま廊下を直進、爆発し、壁に穴を開けた。

 

「っ! なら!」

 

 今度は足下を狙って武器を放つ。鬼は飛んでかわそうとするが、爆風と熱で吹き飛んだ。しかし、廊下を走る爆風にのって、黒焦げになりながらも鬼は拳を挙げて突っ込んでくる。姿勢を低くして避ける孔。鬼が勢いのまま飛んでいった先を振り向くと、

 

「なっ! 折井!」

 

 修がいた。

 慌てて剣を構え直す孔。

 

(間に合えっ!)

 

 そう思いながら宝剣を取り出して鬼に投げつけようとして、

 

「ちっ!」

 

 しかし修の舌打ちと共に、鬼は壁に叩きつけられた。細切れになって紙の破片が宙を舞う。だがそれも、修の周りに走った一瞬の閃光とともに灰になる。バチバチと電気が走る音を纏わらせる修に、孔は叫んでいた。

 

「っ! 折井、お前、その力は?」

 

「おう、お前と同じ、転生者だ」

 

 思わずそう問いかけた孔に、修はそう答えた。

 

「転生者? 俺と同じ……? どういうことだ?」

 

「えっ? 違うの? お前もあのジジイに……」

 

 だが修は戸惑いの声をあげ、

 

――いぎゃぁぁぁぁぁ!

 

 途中で悲鳴にかき消された。理科室の方からだ。

 

「っ! 折井、その転生者とやらの話は後で聞かせてくれ」

 

「えっ、おい、ちょっと待て!」

 

 戸惑う修を背に、孔は走り出した。

 

 

 † † † †

 

 

 理科室。そこでは白衣の男――孔のクラス担任である蘆屋がPCをいじっていた。PCからは無数のコードが伸び、その先には円筒状のオブジェ。そのオブジェからは更にコードが延びており、2つの魔方陣に繋がっている。片方の魔法陣では、椅子に座らされたすずかが眠っている。もう一方には10ほどの水槽が乗っており、それぞれに学校の生徒が入っている。何も液体が入っていないにもかかわらず、中にいる生徒は宙に浮いていた。そこにはアリサの姿もある。

 

「ふむ、始めるか」

 

 蘆屋はそういうと、

 

――アギラオ

 

 生徒が入っている水槽に向かって炎を放った。たちまち炎に包まれる水槽。

 

「う、ううん? な、なに……、熱っ! あ、あつい、い、い、いぎゃぁぁぁぁぁ!」

 

 中に入っている生徒は高熱で強制的に覚醒させられ、絶叫を上げる。だがそれは長く続かず、後には黒焦げとなった死体が残った。

 

「まずは魂が1つ」

 

 順番に炎を放っていく蘆屋。そのたびに悲鳴が上がる。しかし、他の水槽の生徒やすずかは、目を覚まさない。

 

「これで9。さあ、最後は……」

 

 そう言ってアリサに目を向ける。

 

「さあ、我が同胞たちよ。この魂を糧に、そして夜の一族を依代に、今こそ異界より来よ」

 

 炎が放たれようとしたその時、音を立てて扉が開いた。孔だ。修も遅れてなだれ込む。

 

「なっ?! これは?」

 

「はあ、はあ、卯月、お前どういう運動神経して……! うげっ! なんだよこれ!」

 

「ほう? お前たちが結界に入り込んだネズミか。いや、シキウジを破ってここまで来たところを見ると、ただのネズミでないというところか」

 

「……蘆屋先生、これはいったいどういうことです?」

 

 この異様な状態の中で余裕を見せる蘆屋。孔は距離を測りつつ問いかける。その声は険しい。すずかとアリサが囚われている魔方陣は、アリサ・ローウェルを閉じ込めていたものと同じだと気づいたからだ。

 

「ふん、見てわからぬか。魂を贄として、我が同胞を異界より呼ぼうというのだ。その邪魔はさせぬ」

 

――マハラギオン

 

 炎の壁が孔と修に迫る。孔は修の前に出て、右手を前に出した。

 

――幻想殺し〈イマジンブレーカー〉

 

「何だとっ!?」

 

 一瞬で掻き消えた炎に驚く蘆屋。孔はその隙を見逃さず、一気に距離を詰め、殴り飛ばした。虚を突かれた蘆屋は受け身も取れずに勢いのまま壁に叩きつけられ、呻き声をあげる。孔は油断なく相手を見据えながらも、魔法陣を破壊してすずかとアリサを引き離した。

 

「折井っ! 2人を頼む!」

 

「は? あ、お、おいっ!」

 

 孔は未だ眠り続ける2人を戸惑う修に預け、起き上がった蘆屋に向き直った。

 

「っ痛ぅ。今のは効いたぞ。貴様、何者だ?」

 

 蘆屋の言葉に無言でアロンダイトを構えることで応える孔。しかし、修は蘆屋の放つプレッシャーに耐えられなかったのか、わめき始めた。

 

「そ、そっちこそなんなんだぁ! お前も転生者か? なら、さっきの炎は……」

 

「残念だが、私は転生体などではない。しかし、お前『も』と来たか。なるほど、貴様らは転生体だったか。これは運がいい!」

 

 あくまでも余裕を崩さない蘆屋。孔はペラペラとしゃべっているうちに、情報を聞き出すことにした。

 

「転生体とはなんだ?! それに、運がいい、とは!?」

 

「ふん、貴様自分で気づいていないのか。転生体とは、英霊や神、悪魔が再び現世に生まれ出でたものだ。そして、運がいいとは、その強い魂を生贄とできることだ。化学部員だけでは足りなかったので、初めはその吸血鬼を使おうと思っていたのだがなっ!」

 

 そう言って眠っているすずかを見る悪魔。孔は眉をひそめる。

 

「吸血鬼?」

 

「なんだ、知らんのか。その小娘は吸血鬼の末裔。人間とは違う、我が同胞と似たマグネタイトが流れておろう!」

 

 修の問いかけに蘆屋は得意げにしゃべり続ける。まるで研究成果を嬉々として発表するかのように。

 

「大して恐怖や絶望もない普通の人間の魂ではわれらが同胞は満足せぬ。ならば、人間より強力な肉体の持つ魂を使おうというのだ。だが、転生体がいるならもう不要だ!」

 

 その言葉と同時、光に包まれる蘆屋。次の瞬間、派手な和服の悪魔が現れた。

 

「我こそは蘆屋道満! 貴様らはその魂を我が同胞に差し出すのだ!」

 

――アギラオ

 

 高らかに声をあげて、符を取り出すドウマン。その符は異常に燃え上がり、巨大な炎が修を焼き尽くさんと迫る。

 

「っ折井!」

 

「……っ! 来るな卯月! あぶねえぞ!」

 

 反射的に駆け寄ろうとする孔。だが修はそれを制すると、炎に向けて手を突き出した。

 

――ベクトル操作〈アクセラレーター〉

 

 同時、炎は曲がり、逆にドウマンへと向かう。

 慌てて身を翻すドウマン。炎は理科室の壁に穴を開けた。

 

「っ……! 我が術を跳ね返すとは、流石は転生体といったところか。異常だな」

 

「炎飛ばした奴が何言ってやがる!」

 

 悪態をつく修を見てニヤリと笑うドウマン。対する修はじっとりと汗を滲ませていた。能力を使った実戦など始めてなのだろう。

 

「ならこれはどうだ?」

 

――ムド

 

 新たな符を取りだし、ドウマンが詠唱を始める。修の足下に魔方陣が浮かび、そこから黒い煙が沸きはじめた。

 

(なんだこれ? 演算できねえ?! 未元物質か? いや、爆発する感じじゃあ……?!)

 

 戸惑いつつも魔方陣から抜け出そうとしたとき、修に悪寒が走った。直後、体から力が抜け始める。

 

「うぁっ? なんだこれ、さ、寒っ! う、うわぁぁぁぁあ?!」

 

「ちっ!」

 

 慌てて孔が駆け寄り、幻想殺しで魔方陣を破壊する。

 

「はあ、はあ……っ! た、助かったぜ……」

 

「……折井、2人を連れて逃げろ。あいつの狙いはお前だ」

 

 剣を構えなおし、ドウマンを睨みながら言う孔。

 背後から、修の戸惑うような声がかかった。

 

「お、おい。大丈夫なのかよ?」

 

「悪魔となら、何度か戦ったことならある。それに、転生者とやらについて聞くまで死ぬつもりはない」

 

「分かったよ……2人置いたらすぐ戻るからな!」

 

――気配遮断〈アサシン〉

 

 だが次の瞬間、修の気配は完全に消え去った。

 

 

 † † † †

 

 

 すずかとアリサを抱え、修は廊下を走り続けた。本来ならベクトル操作で窓から空を飛んで行きたいところだが、気を失って寝ている2人の目を覚まさせるわけにもいかない。

 

(こんなことなら、人を運ぶ練習しとけばよかったな!)

 

 まともに能力を使ってこなかった自分に文句を言いながら、走る。廊下を抜け校門へ。だが、たどり着いたそこは、赤い壁が出来ていた。試しにその辺に転がっていた石を蹴りつけてみると、ガンッという音を立てて弾かれる。これが結界か。そう感心する間もなく、教室前で焼き殺したのと同じ、紙でできた鬼がやって来た。式神というやつだろうか。気配遮断を使っていても、音をたてると気付かれるらしい。あわてて校舎の壁に隠れる。

 

「……?」

 

 しかし、式神のほうは校門の石が当たった辺りをうろうろするだけで此方に気付かない。今のうちにアリサとすずかが隠れられそうな場所を探すべく、修は廊下を戻り始める。

 

(そういや、この学校の図書室って無駄にでかかったな)

 

 そう思い、足を止めたのは図書室の前。奥の本棚は窓からも見えない構造になっていたはずだ。迷うことなく扉を開く。だがそこには、

 

「げっ! 高町、お前なんでここにいんの?」

 

 なのはがいた。いや、考えてみればいてもおかしくはない。この結界には、ドウマンが意識的に切り離したすずか達を除けば、修や孔――つまり、魔力をもった人間が取り残されていた。そして修の知識では、なのはは魔力を持っている。おそらく、眠っている魔術の素養が無意識に防衛本能を働かせて魔法を拒否、結界の外部に押し出されるのを拒んだのだろう。だが、口を開いてから気づいてももう遅い。

 

「私は本を借りにきたの! でも、図書委員さんが急にいなくなっちゃって……。折井くんこそ、何で月村さんとバニングスさんを担いでるの?」

 

 案の定、なのはからはむっとした声が返ってきた。ついでに当然と言えば当然の、しかし修としては聞いてほしくない疑問を聞いてくるというおまけつきだ。

 

「あ、いや、それは……」

 

「誘拐はいけないと思うの!」

 

「あー、高町、今の時代、成功率が低い誘拐はそんなに起こらないって知ってるか?」

 

「でも、卯月くんも誘拐されたってアリスちゃんが言ってたし……」

 

「はあ? アリスって誰だよ?」

 

「アリスちゃんは公園であった友達! 今日だってアリスちゃんの本を借りに来て……」

 

 よほど仲がいい相手なのか、アリスの説明を始めるなのは。修は気が気でない。こうしている間も、孔はドウマンと闘っているのだ。

 

(っ!)

 

 が、その途中、修は結界に飲み込まれた時と同じ違和感を覚えた。同時に人の気配が戻る。一切音がしなかった図書室に、ページをめくる音が響きはじめたのだ。

 

「……ちょっと、折井くん、聞いてるの?」

 

 思わず周囲を見渡した修に、喋っている最中だったなのはは抗議の声をあげる。修はなんとか誤魔化そうと、カウンターを指差す。

 

「あ、いや、図書委員、戻ってきたぞ?」

 

「あ、ほんとだ」

 

 やはり根は素直なせいか、カウンターの方を見るなのは。うまく誤魔化せたと胸を撫で下ろす修。だが物事はそううまくいかない。

 

「……ううん? あ、あれ? 寝ちゃってた?」

 

「図書室? 私達、理科室で蘆屋先生に怒られて、それから……?」

 

 すずかとアリサが目を覚ましたのだ。周囲を見渡して不思議そうな顔をする2人。最悪のタイミングだ。修はもう面倒くさくなって強引に話を終わらせる。

 

「あ、やべっ! 今日塾があったんだ俺。じゃあ、まあ、そういうことで」

 

――気配遮断〈アサシン〉

 

 そう言うと、修はその場をあとにした。

 

「は? え? ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」

 

 背後から聞こえるアリサの声なんか聞こえない。そう自分に言い聞かせ、理科室へと廊下を走る。

 

(ま、あの3人と関わるのはこれっきりに……ん?)

 

 が、途中、廊下の奥に金髪のこどもを認めて立ち止まった。聖祥の制服ではなく、黒いスーツのようなものを着て、祖母らしい喪服の老婆と手を繋いでる。気配遮断を使っているにも関わらず、その2人からはこちらへはっきりとした視線を感じた。

 

「っ?!」

 

 体に悪寒が走る。

 

 思わず立ち止まる修。初めての経験だ。強いて言うなら、ドウマンに黒い霧で攻撃された時に似ているだろうか。そんな修を横目に、こどもは老婆に何かを耳打ちした。

 

「……」

 

「おや、坊っちゃま、あの者が気になるのですか?」

 

「……」

 

「まあ、それは。しかし今は忙しゅうございます。また、後にいたしましょう」

 

 だが、老婆がそう答えると、2人の姿はかききえた。近寄って周囲を見回すも、誰もいない。しかし、先ほどの悪寒ははっきりと自覚できた。

 

(い、いや、こんな事してる場合じゃない。卯月が気になる。ただでさえ、高町達とのあれで時間をとられているんだ)

 

 言い様のない恐怖に慌てて意識を切り替える修。逃げるように理科室へと走る。ここまで来ればすぐそこだ。扉を開く。

 

「卯月! ……あれ?」

 

 しかし、勢いよく扉を開けたはいいが、中には誰もいない。それどころか、あの黒焦げの死体も、薄気味悪い魔方陣も、炎で出来た壁の穴も無い。ただ、誰もいない放課後の理科室を、夕日が照らすだけだった。

 




――Result―――――――
・妖鬼 シキガミ 電撃の高温により焼殺
・愚者 化学部員 生贄にされ火炎により焼殺

――悪魔全書――――――
妖鬼 シキガミ
 日本の伝承にみられる、陰陽師が使役した鬼の一種。伝承によりその形態は大きく異なるが、陰陽師を扱ったものでは和紙を用いて作られた札がその術によって獣や鬼に姿を変え、発現することが多い。その正体は、神と人間の中間的な霊的存在だという。

超人 ドウマン
 日本に実在した陰陽師。蘆屋道満。藤原道長に仕官した安倍晴明のライバル。平安時代の安倍晴明との式神対決を中心に、同様にさまざまな伝説を残した。その多くは悪役として扱われることが多いが、現在でもその名は海女が使用する手拭等に描く魔除けの印「セーマンドーマン」にみられる。

――元ネタ全書―――――
折井修/只野萌生/大瀬園子
 メガテンシリーズ恒例(?)嘘くさい名前。真Ⅰでは主要人物の通称がフツオ/フツコ/ヨシオ/ワルオだった他、ペルソナ2でもモブ役や「質は悪いが値段は安い」武器の名前に見られます。メガテンに限らず、当時は多くの作品でプレイヤーに立ち位置を伝える重要な手法として採用されていました。

バラバラの紙になるシキオウジ
 真・女神転生Ⅲのダメージ時のグラフィックから。物理無効に納得した記憶が。

金髪のこども
 言うまでもなく「あの御方」。今回は真・女神転生Ⅲ版で登場。
――――――――――――
追加で注記をふたつほど……
※ベクトル操作と呪殺について。あくまで本作の設定ですが、「呪殺=悪意やら憎しみやらを源として魔術で増幅して呪い殺す。」としています。したがって、感情は反射できないだろうという解釈から、呪殺系統はベクトル操作で反射できないこととしています。(一応、「悪意を向ける」等の意思にも方向があるような表現は日本語としてありますが。)また、増幅する術式を破壊することで無効化できるので幻想殺しは有効としています。原作とは乖離があるかもしれませんが、ご了承ください。
※3DS版「ソウルハッカーズ」ではドウマンは外道でしたが、本作では「真・女神転生Ⅰ」に合わせ超人としております。
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