リリカル・デビル・サーガ   作:ロウルス

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「もう、逃げ足だけは速いわね!」

「あ、あはははは……」

 逃げていった折井くんに、バニングスさんが怒って、月村さんが笑ってる。

「2人とも、仲いいんだね」

 学校にはあんまり友達がいない私は、そんな声を出してしまった。

「べ、別に仲良く何かないんだからね!」「あ、あははは」「ちょっと、何笑ってるのよ?」

 やっぱり、仲いいんだ。羨ましいなぁ。私も、学校でアリスちゃんと会えたら……あ、でもアリスちゃんが一緒だと卯月くんも一緒かぁ。嫌、なんて言っちゃダメなんだろうけど……そういえば、バニングスさんも卯月くんと仲悪いんだっけ?

「ね、ねえ、バニングスさん。何で卯月くんのこと嫌いなの?」

「はあ? そんなの知らないわよ!?」

「あう、ごめんなさい。でも、私も何か苦手だったから……」

「あんたもだったの。確かに、よくわかんないわよね。悪いやつじゃないんだけど、何か思い出したらムカつくわ」

「バニングスさんも分からない?」

「べ、別に分かんない何てことは……」

「じゃあ、何で?」

「も、もう、うるさいわね!」

 バニングスさんも分からないみたい。2人で困っていると、月村さんがとりなしてくれた。

「ま、まあ、そのうちきっかけがあれば原因もわかるよ」

「う~ん、でもぉ……」

「もう、しつこいわね! 分かんないからって考えてても仕方ないでしょ!」

「あ、あはは」

「あんたもいつまでも笑ってないの!」

「ご、ごめんなさい」

 これが、私の親友――アリサちゃんとすずかちゃんの、初めての会話になった。

――――――――――――なのは/図書室



第6話 異界の迷子

「! 逃がしたか。この距離から逃げるとはな。転生元は忍か何かか? 暗殺者の魂だったとは、実に惜しい」

 

「……何故折井を狙った?」

 

「簡単な事だ。自分で転生体と認識しているということは、それだけ覚醒も進んでいる。お前はまだそこまでいっていない。熟した果実のほうが旨かろう?」

 

 時はわずかに遡る。嘲るように言葉を紡ぐドウマンに、孔はアロンダイトを握り締めながら対峙していた。対するドウマンは符を構える。

 

「ふん、何の転生体かは知らぬが、この実験の邪魔はさせん!」

 

「……実験?」

 

「そう、人間の魂を用いて異界から我等が同胞を呼び出すのだ!」

 

――アギラオ

 

 打ち出された炎を幻想殺しで打ち消しながら。孔は尚も情報を聞き出すべく話しかける。

 

「同胞とは悪魔の事か?!」

 

「まさか! 我等が信奉する神だ! 貴様らからすれば悪魔やも知れんがな!」

 

――ムド

 

 床から立ち上る黒い霧を、その発生源となっている魔方陣を砕く事で消す。

 

「なら、公園の封鎖を起こした悪魔もお前が呼んだのか?!」

 

「公園? 知らんな! 我等が同胞は既に現世へ出てきていることは確かだがな!」

 

――ドルミナー

 

 今度は呪符が飛んできた。アロンダイトで切り落とし、切れ端を幻想殺しで無力化する。

 

「あの魔方陣、アリサを捕らえていたのはお前か?」

 

「アリサ? ああ、あの恐怖を植え付けた魂か。異境の死者操作術の実験を兼ねて、有効に使わせて貰ったぞ!」

 

「貴様……っ!」

 

 だが、その言葉で会話は終わった。斬りかかる孔。対するドウマンは細かい呪術が書き込まれた鉄扇で受け止める。

 

 火花が散った。

 

 しかし、硬直は一瞬。押し勝った孔がドウマンのもつ鉄扇を弾き飛ばす。しかし、

 

「この距離ならば反応できまい!」

 

――アギラオ

 

 ドウマンは至近距離から炎を放った。周囲の温度が急激に上昇する。

 

「くっ!」

 

 それに対し、孔はドウマンとの間に宝具を大量に召喚、隙間なく埋める事で壁をつくる。次の瞬間、激突した魔力は爆発、至近距離からの爆風が孔とドウマンを襲った。

 

「うおっ!」

「ちっ!」

 

 孔は据え付けの実験机に、ドウマンは壁に叩きつけられる。先に立ち上がったのは孔。すぐに宝具を打ち出す。

 

「ええい、何なのだ! その力はっ?! 何者だ貴様!」

 

 襲いかかってくる宝具を炎で撒きながら悪態をつくドウマン。もともと優秀な陰陽師。人を呪い殺す位は簡単にできる。戦になれば少し強い位の武芸者を打ち倒す自信はあった。しかし、目の前の転生体とおぼしき人物は、覚醒前のこどもであるにも関わらず、強大な力を持つ宝具を飛ばして追い込んで来るのだ。次第に余裕がなくなってくる。

 

「……おのれ、転生体め!」

 

――マハラギオン

 

 面倒になったのか、周囲を同時に焼き払おうとする。炎は宝具とその先にいる孔に届いたと同時に爆発的に燃え上がった。

 

「……っ…ぐはっ!」

 

 しかし、膝を着いたのはドウマンだった。孔は炎を幻想殺しで無効化すると同時に、炎で止める事ができないほど強力な魔力を有する宝具を放ったのだ。腹部を串刺しにされたドウマンに向かって、孔が剣を降り下ろさんと迫る。そこに戸惑いは無い。孔にとって、目の前の派手な格好をした男はもう担任の先生ではなく、悪魔だったのだ。

 

「……ぐ…う、こうなれば!」

 

 しかし、ドウマンは最後の力を振り絞り、PCに繋いである装置に繋がった魔方陣に駆け寄る。

 

「我等が同胞達よぉ! この蘆屋道満の魂を糧に、今こそ異界より来よぉぉぉおおお!」

 

 絶叫しながら、自らに炎を放つ。自焼した悪魔に驚いたのも束の間、赤い雷のような光を発しながら円筒形の装置が廻り始めた。バチ、バチッと静電気のような音が鳴る。その音は装置の回転に合わせて早くなっていく。

 

――ナニかが起ころうとしている!

 

 思わず後ずさりする孔。いや、後ずさりしたつもりだった。気付いたときには、まるで引きずり込まれるようにジリジリと前に進まされている。

 

 あの夢と同じだ。

 

 今尚はっきりと覚えているあの赤い通路の夢のなかで、流されるまま先に進んでいた感覚。それを思い起こした瞬間、視界が歪んだ。装置が遠くに飛び、その跡に赤い通路ができる。孔はその回廊を、すさまじいスピードで流されていった。

 

 高速で前に飛ばされるようなプレッシャーが襲う。

 

 しかしそれは、投げ出されるような感覚で不意に止まった。

 

 浮遊感。次いで衝撃。

 

 だがそれは予想外に小さい。まるで抱きかかえられた赤ん坊が下ろされるような、不自然な着地。トサッという静かな音が周囲に響いた。

 

(……? 抜けた訳じゃないのか?)

 

 戸惑いながらも辺りを見回す孔。先程と違い、自分の足で赤い回廊に立っていた。目の前には、枝分かれしている通路。だが、向かって右側から声が聞こえた。

 

――こっちだ

 

 視線を向けると、車椅子に座った銀髪の男。年の頃は40ぐらいだろうか。赤いスーツを身に付けている。しかし、目があった瞬間、すぐに消えてしまった。

 

「……行ってみるか」

 

 流石に異常に出会いすぎたせいか、孔の驚きも小さい。脱出する手がかりが他にないこともあり、声がした方へ歩き始めた。しかしその先にいたのは男性ではなく、

 

「えっ?」「む?」

 

 金髪の少女だった。年齢は孔と同じか、少し下くらいだろうか。呼ばれた声の主とはほど遠い存在に思わず固まる。そんな孔とは対照的に、少女はおそるおそるといった感じで話しかけてきた。

 

「えっと、こんにちは」

 

「えっ? あ、いや……こんにちは?」

 

 孔の方も戸惑いながらも挨拶を返す。明らかに異常な空間で出会った存在。それが普通の反応をされるのはある意味で予想外だった。それは相手も同じだったらしく、驚いた様に目を見開き、

 

「私の声わかるの?!」

 

「……は?」

 

 声をあげた。状況が呑み込めず間抜けな声をあげる孔。そんな孔にお構いなしに、目の前の少女は笑いながら泣き始めた。

 

「あ、あははは。……よかった! やっと、やっと人に会えた!」

 

 

 † † † †

 

 

「……落ち着いたか?」

 

「うんっ! 私ね、アリシア、アリシア・テスタロッサっていうの。お兄さんは?」

 

「卯月孔だ。あ、いや、そっちではコウ・ウヅキかな?」

 

「? よく分かんないけど、コウって呼んでいい?」

 

「ああ、構わない」

 

 にっこりと微笑むアリシア。何処となくアリスに似ている。今頃アリスは公園だろうか? アリスは待つのが苦手だから、早いところ帰らないとな。そう思いながら、孔は脱出手段を探すべくアリシアに話しかける。

 

「まずは、ここの事を教えてほしい。俺はついさっき事故で飛ばされたみたいなんだ」

 

「えっと、私にも分かんないや。でっかい音が聞こえたら、ピカって周りが光って、そしたらここにいたの」

 

「そうか……念のため聞くが、他に人は居なかったんだな?」

 

「ううん、何人か会ったよ。だけど、みんな私の声が聞こえないみたいで、話しかけても応えてくれないの」

 

 否定されると思っていなかった孔は戸惑った。どうやら、先ほどの「やっと人と会えた」というのは「コミュニケーションが取れる人がいない」という意味で、他にもここに連れてこられる人間はいるようだ。

 

「どんな人だった?」

 

「どんなって、いろいろかなあ? 男の人もいたし、女の子もいたよ。あ、でもおじいちゃんとか、おばあちゃんが多かったかも? でも、一番多かったのは、なんか光ってる玉みたいなのかなあ? あ、でもこれは人じゃないや」

 

「……そうか。その人たちはどこへ?」

 

「分かんない。急に出来た穴に落ちたり、壁をすり抜けてったりで、みんないなくなっちゃった」

 

 が、あまり有効な手がかりにはならなかった。意味不明な消え方をしたのなら、居なくなった人の後を追うという作戦も使えない。孔は頭を抱えそうになったが、消えた人がいる以上、脱出の手立てはあると前向きに捉え直す。

 

「此方だ、という声は聞こえなかったか?」

 

「うん! 聞こえた! コウも、その声を聞いて此方に来たの?」

 

「そうなるな。俺は声のした方へ行ってみるつもりだが?」

 

「じゃあ、私も行く!」

 

 道は決まったようだ。孔はアリシアと歩き始めた。

 

 

「だから! テスタロッサじゃなくて、アリシアだよ! ア、リ、シ、ア~!」

「ねえねえ、コウの服に書いてある文字、始めて見るよ! 何て書いてあるの?」

「ふ~ん、ニホンの、ウミナリっていうところから来たんだ」

 

 とりとめのない話をしながら進む2人。アリシアは久しぶりに会った人と話せるのが嬉しいのか積極的に話しかけてきたし、孔の方もアリス達の面倒をみていた経験から苦もなく返事をしていく。拒む理由もない。

 

「あ、あの人だ!」

 

 しかし、分かれ道に差し掛かる度に会話は途切れた。車椅子の男が現れ、こっちへ来いと声をかけてくるのだ。明らかにどこかに誘導しようとしている様子だが、アリシアもあんな人は会ったことがないという。

 

――逃げろ!

 

 しかし、今回は様子が違った。急に目の前の景色が歪んだかと思うと、人魂のような悪魔が現れたのだ。

 

「……ウィィィイイ…ア、アァァァァア……!」

 

「え、え?! なに?」

 

 訳の分からない言葉を発しながら、体当たりをしてくる。恐怖に声を上げるアリシアを後ろに押しやり、反射にまかせて避ける孔。

 

――さあ、戦え! 救世主たる力を見せるのだ!

 

 そこへ、あの車椅子の男とは違う声が響いた。

 

「っ! この声は!」

 

 孔はこの声に聞き覚えがあった。赤い通路の夢で聞いたあの天使の声だ。しかし、考える間もなく鬼火が迫る。

 

「ァァァア!!」「きゃあぁ!」「っち!」

 

 悲鳴を上げるアリシアを庇いながら、アロンダイトを取り出し鬼火を切り落とす。刀がはじかれるような手応え。だがダメージは通っているらしく、斬られた鬼火は消滅した。それと同時、奥から車椅子の男の声が響く。

 

――早く、早く逃げろ。危険だ

――嫌よ! 放しなさい! アリシア! アリシアァァァァ!

 

 だが今度は、女性の悲鳴が続いた。

 

「えっ? お母さん? お母さん、おかぁさ~ん!」

 

「なっ! 待て、アリシア!」

 

 それに反応したのはアリシア。悲鳴に向かって駆けだす。孔は慌てて追いかけた。

 

「……ウィィィイイ」「アァァァァアアア……」

 

 だが、それを阻むように大量の鬼火が湧き始める。

 

「邪魔だっ!」

 

 近づいてきたものはアロンダイトで切り裂き、遠くにいるものは宝具を打ち出し片づけていく孔。しかし、やはり剣の通りが悪い。アロンダイトは相当な切れ味を誇るはずだが、今まで斬った悪魔にない抵抗を感じた。

 

(折井や蘆屋のような雷や炎を操る力が使えれば違うのだろうが……実態がない霊体に剣が効くだけましか)

 

 ないものねだりをしても仕方ない。孔は迫りくる様々な鬼火をなぎ倒しながらアリシアの後を追った。

 

 

 † † † †

 

 

 どのくらい進んだだろうか。あれから車椅子の男の姿はなく、アリシアの母親の声も聞こえてこない。

 

「どこに行った、アリシア!」

 

 近づいてきた鬼火を斬り殺しながら声を上げる。孔は焦っていた。ここまで一本道だったものの、落とし穴やアリシアだけが通り抜けられる壁があってもおかしくない。

 

「はあ、はあ……っく!」

 

 ドウマンとの連戦の影響からか、息が上がり始めた。だが身体は動き続ける。アリシアが、以前アリサのもとに走ってゾンビに襲われたアリスとどうしようもなく重なったからだ。疲労が限界に達する前に追いつこうと速度を上げる孔。目の前に扉が見えた。中に入ると、部屋のようになっている。行き止まりかと思った時、声が聞こえた。

 

――力は見た。上々だ

 

「っ!?」

 

 思わず周りを見回すと、周りに光があふれ……

 

「何っ!」

 

 孔は薄暗い研究所のようなところに立っていた。そして目の前には、倒れ伏したアリシアと、それを庇うようにして立ちながら血を流す女性。女性の胸には骸骨のような悪魔の握った剣が突き立てられている。

 

 頭の中で、悪魔に喰われたアリサがフラッシュバックする。

 

――ああ、俺は、マタ……アクマカラタスケラレナカッタ!

 

「うわああぁぁぁあああ!」

 

 気が付けば、悪魔に斬りかかっていた。骸骨の悪魔が女性から剣を抜き受け止める。互いに力は拮抗、ガチガチと音を立て、そのまま鍔迫り合いになる。同時、目の前が赤く染まっているのに気が付いた。それは視界半分ほどに広がった悪魔の剣についた、おそらくはアリシアの母親であろう人の血だった。怒りのまま剣に力を込めようとして、

 

「あ、あ、ああぁぁぁあああ!」

 

 横合いから、アリシアそっくりの少女が骸骨の悪魔に斬りかかった。

 

 

 † † † †

 

 

 数刻前、アリシアと同じ顔を持つ少女――フェイト・テスタロッサは、母親であるプレシア・テスタロッサから「大切なお客様が来るから案内するように」と言われ、この「時の庭園」に設けられた「玄関」に立っていた。時の庭園という呼び方は決して大袈裟ではなく、研究室や実験室、戦闘訓練設備に果ては傀儡兵と呼ばれる防衛用のロボットまで備えている。ファイトのいる「玄関」にしても、普通の家の出入り口としての玄関では勿論なく、魔法を用いて一瞬で物を飛ばす「転送ポート」がその代りを務めていた。まるで要塞のような「家」だが、その理由はプレシアの研究にある。プレシアはある事情から非合法な研究に手を染めており、相応の拠点が必要だったのだ。

 

(ちょっと、早かったかな?)

 

 転送ポートを見つめるフェイトは、その「事情」を知らされずに育った。だが決して研究と無縁ではなかった。非合法の研究には非合法な素材が必要であり、それを手に入れるための優秀な兵士を必要としたプレシアは、物心ついた時から戦闘訓練を命じられていた。このことからも分かる通り、プレシアのフェイトに対する扱いはあまりいいものではない。

 

(いつかきっとあのやさしい母さんに戻ってくれる)

 

 しかしフェイトは、過去に自分に向けられた愛情の記憶を頼りに、母親の期待に応えようとし続けてきた。今日も転送ポートでの出迎えを任せられ、嬉々としてそれを受け入れている。

 

「ふむ、君がフェイト君か。成る程……」

 

 だから突然現れた車椅子に赤いスーツを着た銀髪の男性にジロジロ観察されても、嫌だと言わずに対応した。まるで実験動物でも見るような目は、たまにプレシアも見せることがある。その時は決まってフェイトに辛く当たることが多かったので、フェイトが

 

(……この人の目、怖い)

 

 と思うのも、無理なからぬことだろう。しかし、それを我慢してプレシアに言われた通り対応する。兵士として与えられた武器である斧、バルディッシュを構えながら、認証装置を取り出して言う。

 

「あ、あの、お名前とIDをお願いします」

 

「おお、そうだったね。私の名はスティーヴン。IDはxxx-xxx-xxxxだ」

 

 差し出した音声入力型の認証装置に向かって、予め決められていた認証キーをすらすらと口にするスティーヴン。認証装置がそれを正しいと証明したのを見て、

 

「……はい、大丈夫です。じゃあ、母さんの所へ案内しますので、ついてきて下さい」

 

 フェイトは斧をおろし、プレシアの待つ部屋へと向かった。

 

「……母さん、か。プレシア女史の記憶に関する研究は……」

 

 そんな呟きを漏らすスティーヴンに気付かないまま。

 

 

 † † † †

 

 

 先述の通り、時の庭園は要塞のようになっており、結構な広さがある上に廊下は迷路の如く入り組んでいる。プレシアの待つ部屋まで結構歩くことになるのだが、その道すがら自分の一挙一同を観察するスティーヴンにフェイトは閉口した。

 

「フェイト君」

 

「っふぁ!? ふぁい!」

 

 自然、突然声をかけられると飛び上がって驚く結果となる。

 

「ふむ、そんなに構える事はない。別に取って食おうという訳ではないからね」

 

 そういわれても、スティーヴンには研究者独特の雰囲気があり、そう簡単に気を許せるものではない。取って食われなくても解剖ぐらいはされそうな気がする。思わずバルディッシュを構えそうになるくらいだ。そんな引き気味のフェイトの様子を気にすることなく、スティーヴンは頼み事を口にする。

 

「済まないが、車椅子を押してほしい。流石に疲れてきたのでね」

 

「あ、はい」

 

 意外にも普通な頼みに肩透かしをくらいながらも、フェイトはスティーヴンの車椅子のハンドルを握った。

 

「……ほう?」

 

「な、なんですか」

 

 しかし、突然感心したかのように声をあげたスティーヴンにフェイトは警戒心丸だしに聞き返す。

 

「いやなに、大人ひとりの乗る車椅子を随分静かに押されたものでね。たまに押してくれる人もいるが、結構揺れるのだよ」

 

「……そ、そうですか?」

 

 褒められているのかどうかも分からないまま車椅子を押すフェイト。それっきり無言になったのをいいことに少し早足で進み、ようやく母親のいる部屋の扉にたどり着いた。

 

「母さん、スティーヴンさんをお連れしました」

 

「入りなさい」

 

 フェイトはドアの前で用件を告げると、失礼しますと一言添えてドアを開ける。部屋の中は中世の城の玉座のような装飾になっており、いつもここでフェイトはプレシアと面会していた。そこには、温かな食卓も家族の会話もない。ただ、必要な言葉を交わすだけ。この日もプレシアはフェイトには目もくれず、スティーヴンに声をかける。

 

「お久し振りです、スティーヴン博士。……ああ、フェイト、貴方はもう下がりなさい」

 

 おまけで気付いたかのようにフェイトに退室するよう付け足すプレシア。フェイトは失礼しましたと言って部屋を出る。すると、横から女性が現れ、フェイトに話しかけた。

 

「お疲れ様、フェイト。なんか嫌な感じのするヤツだったねえ」

 

「……アルフ。ダメだよ、母さんの知り合いにそんな事言っちゃ」

 

「でもさ、あいつフェイトの事をジロジロ厭らしい目で見てたし、いくらかフェイトが可愛いからって、ねえ?」

 

「アルフ、見てたの?」

 

「いや、盗み見するつもりはなかったんだけど、あの鬼婆の知り合いだろ? フェイトに何かあったら大変だからさ」

 

 アルフと呼ばれた女性はフェイトより10程年上だろうか。オレンジ色の髪に犬のような耳を頭につけている。アルフもテスタロッサ家の一員なのだが、プレシアと違いフェイトを大切に思っているし、その思いのままフェイトに接してくれる。同時に普段からフェイトに辛く当たるプレシアを疑問に思っているらしい。母親なのに、何故娘に愛情を注いであげられないのか。その思いは、いつの間にかプレシアに対する怒りに変わっていた。その感情はプレシア個人に止まらずスティーヴンにも向けられている。今日も何かされるのではないかと不安になって見てくれていたのだろう。

 

「母さんをそんなふうに呼んじゃダメだよ」

 

 が、プレシアを慕うフェイトにとって、アルフのそうした感情は悩みの種でもあった。フェイトとしてはアルフにも母を良く見て欲しかったし、いつか3人で一緒に家族の時間を過ごせればとも思っている。結果、アルフがフェイトの代わりに愚痴を言い、フェイトがアルフの代わりにたしなめる事が多くなっていた。そんないつものやり取りが誰もいない廊下に響く。

 

「今回だって、あの人のおかげで研究が進めば元の優しかった母さんに……っ!」

 

 しかしそれは、突然の爆音に掻き消された。

 

「な、なんだいっ?!」「母さんっ!!」

 

 動揺するアルフをおいて、乱暴にドアを開けるフェイト。玉座には誰もいない。代わりに、後ろの扉が開いていた。奥には、光るPCのモニターが見える。隠し扉。知らない設備に一瞬の戸惑いを見せるフェイト。しかし、

 

「ヒーホー! やっとこっちに出れたと思ったら迷路みたいな所だホ~!」

 

「早く終わらせて遊びに行くホ~!」

 

 隠し部屋の先から、蝙蝠のような羽に尖った耳を持った小さな悪魔のような生物がぞろぞろと出てきた。

 

「えぇ?!」

 

「な、なんなんだいお前らは?!」

 

 独特な口調ではあるものの、普通に人語を話している未知の生命体に声をあげるフェイトとアルフ。一斉にその悪魔はフェイト達の方を見る。

 

「ヒーホー! 人間だホ~! お話ししてみたいホ~!」

 

「だめだホ~! さっさと行かないと怒られるホ~!」

 

「じゃあしょうがないホ~!」

 

――ジオ

 

 そして、なにやら大声で相談を始めたかと思ったら、雷を飛ばしてきた。

 

「な!」

 

 驚いたのも束の間、次の瞬間にはもう扉の奥で光るモニターを残して消えていた。

 

「な、なんだったんだい?」

 

「さ、さあ……?」

 

 あまりに軽薄なやり取りをした悪魔(?)に、2人はすっかり毒気を抜かれていた。もしかしたら大した事ないんじゃないかとすら思えてくる。普段から研究室をはじめ余計な場所へ入らないよう言われているフェイトは、プレシアの下へ行くべきか迷った。

 

「いかん、早く、早く逃げろ! 危険だ!」

 

「嫌よ! 放しなさい! アリシア! アリシアァァァァ!」

 

 しかし、ついで響いた悲鳴に扉をくぐる。その先には、

 

「……あ、あぁ……ぁ……?」

 

 王冠をかぶった骨だけの化け物が、剣でプレシアの胸を刺し貫いていた。

 

 すぐには目の前の光景が理解出来なかった。吹き出す返り血を浴びて赤く染まっていく骸骨のような化け物、力尽きるように崩れていくプレシア。その場に立ち尽くすフェイト。

 

「う、うわああぁぁぁあああ!」

 

 しかし、突然赤い光と共に現れた見慣れない少年が骸骨の化け物に斬りかかった。骸骨はプレシアから真赤な剣を抜いて受け止める。

 

――ア、ナニカトンデキタ

 

 赤い飛沫が顔に当たって音を立てる。プレシアからも同じ赤い血が吹き出ている。血、そうコレハチダ……。

 

――カアサンハアノガイコツニコロサレタンダ!

 

 それと同時に、分かった。分かってしまった。

 

「あ、あ、ああぁぁぁあああ!」

 

 フェイトは叫び声をあげながら、手にしていたバルディッシュを悪魔に叩きつける。予期せぬ方向からの衝撃に吹き飛ばされる骸骨。それに向かって、

 

「サンダァァァ! スマッシャァァァァァァァアアアアアア!」

 

 目に浮かぶ涙と共に骸骨の悪魔に雷を叩きつけた。

 

 

 † † † †

 

 

「……!」

 

 なすすべもなく雷に飲まれる骸骨。しかし、すんでの所で持っていた剣を雷にぶつける事で回避する。無手になった所へ、孔が斬りつけた。

 

「っ何!?」

 

 しかし、悪魔は避けるどころか、あえて斬撃の軌道上に飛んだ。不自然に空中で体を傾ける。体の軸をずらす事で、肋骨の隙間に剣を通し、攻撃を回避したのだ。そのまま床に転がり剣を拾う悪魔。孔はそれに舌打ちした。

 

(慣れた戦い方だな。先ずは動きを止めて……!)

 

 だが、孔が剣を構え直すと同時、

 

「お前が、お前が母さんを……!」

 

 悪魔に向かって大量の雷が降り注いだ。フェイトだ。完全に冷静さを失い、泣きながら雷を落とし続ける。しかし、悪魔は再び剣を投げて避けようとする。

 

「っ! 今度は逃がさん!」

 

 孔はゲートオブバビロンから剣を打ち出した。簡単に避けられるも、剣の影になるように同時に打ち出した槍が悪魔に迫る。それはほぼ垂直の軌跡を描いて、悪魔の首のつけねから肋骨の下を通って地面に突き刺さった。

 

「……!! …!!」

 

 勿論、空洞であるため骸骨そのものにダメージはない。が、地面に突き刺さった槍に体の中心を取られ、その場に縫い付けられる結果となる。そこへ、雷が迫った。

 

「母さんの、母さんの仇ぃ!」

 

 研究室にフェイトの怒号と雷の轟音が響く。

 それは孔の槍もろとも、骸骨の悪魔を消し飛ばした。

 

「母さん!」

 

「アリシア!」

 

 閃光が引いたあと、フェイトはプレシアに、孔はアリシアに駆け寄った。だが、孔が見たのは、瞳孔が開ききっており、心臓が止まっているアリシアだった。

 

「……っ! 死んでる……」

 

「うわぁぁぁぁあああ!」

 

 プレシアも絶望的な状態なのだろう。孔が呟くのと同時にフェイトが慟哭をあげる。

 

「……あ、その……フェイト……」

 

 そんなフェイトの横で、言葉にならない声をかけるアルフ。孔は歯を食いしばって2人から目を背けると、制服の上着を脱いで全裸のまま投げ出されていたアリシアの亡骸にかける。孔はせめて知っている弔い方はやっておこうと反魂神珠を取りだし、アリシアの胸元に置いた。十字を切って黙祷する。あの事件が落ち着いた後、朝倉神父に教えてもらった作法だ。

 

「……?!」

 

 しかし、静かな祈りは突然の光りに遮られた。驚いて目を開けると、アリシアがアリサの時と同じように光に包まれている。

 

「……あれ? コウ?」

 

 そして、パチリと目を開いた。

 

「……なっ?!」

 

 目を見開いて固まる孔。アリシアは不思議そうに問いかける。

 

「コウ、変な顔してどうしたの?」

 

「ア、アリシア? 死んだんじゃないのか?」

 

「ええ~?! なにそれ~! 私生きてるよ!」

 

 何事もなかったかのように起き上がるアリシア。つい先程、瞳孔も心臓も死者のそれだったのを確認した孔は戸惑いの声をあげる。

 

「いや、しかし、さっきは、確かに……」

 

「もう、生きてるってば! ほら、ほらぁ!」

 

 跳び跳ねて自分の生命をアピールするアリシア。それはまさに血が通った人間の動きであり、赤い通路で出会った無邪気な姿そのままだ。

 

(……いや、確かに目立った外傷はない。そういえば倒れていたとき服を着ていなかったのも不自然だな)

 

 悪魔に殺されたと思ったときは余裕がなかったが、改めて見るとおかしい。思わずアリシアを観察する孔。すると、アリシアは急に跳び跳ねるのをやめて顔を赤くした。

 

「……えっち」

 

「……は?」

 

「わ、わ、私! ス、スカートはいてない! あわ、わ、はわ、コウのえっち! 見ちゃだめ、コウ、見ちゃだめ~!」

 

 どうやら、アリシアも上着一枚、つまりはほぼ全裸で抗議していた事に気付いたようだ。必死に体を隠そうとする。

 

「いや、さっきは見てくれと言わんばかりに……」

 

「あ、あれは裸だって気が付かなかったから……って、い、い、いいから、いいからあっち向いてぇ~~!!」

 

 まるで謝る気配もないどころかよく見えたと止めを刺した孔に喚くアリシア。孔はさも仕方ないと言った風に後ろを向くと、車椅子の男と目があった。赤い通路で孔達を呼んでいた銀髪の男だ。

 

「貴方は……」

 

「おや、私を知ってるのかね?」

 

 しかし、車椅子の男、スティーヴンは孔と初対面であるかのように振る舞う。

 

「知っているもなにも、あの赤い通路でアリシアと俺に此方へ来いと呼び続けていたでしょう?」

 

「ほう? そうか、君があのときにアリシア君の魂と一緒に観測された……! 素晴らしい! ターミナルシステムが呼び出したのは悪魔だけではなかったのだ!」

 

 急に叫び声をあげるスティーヴン。マッドというやつだろうか。孔は相手の理性に不安を感じながらも説明を求める。

 

「……どういうことか、説明して貰えますか?」

 

「勿論かまわない。私が知っている限りは話そう。此方としてもいろいろと聞きたいことがあるしね。しかし……」

 

 そこで言葉を切り、プレシアのほうへ視線を向ける。アリシアも第三者と会話を始めた孔が気になったのか、後ろから顔を出した。

 

「えっ?! お母さん?!」

 

「っ! アリシアッ!」

 

 それを見てしまったアリシアに、孔は思わず叫んだ。目の前にはどす黒い血の赤。その中心には、悪魔の剣に貫かれた母親の亡骸が力なく沈んでいる。

 

「う、嘘……!」

 

 アリシアの頬を涙が伝う。無理も無いだろう。赤い通路でひとり過ごし続け、やっと母親と出会ったと思えば死んでいたのだから。痛ましいその姿に孔はうつむいて顔を背ける。しかし、そこにスティーヴンの声が響いた。

 

「先ずは君のその力で、プレシア女史を生き返らせてくれたまえ」

 

 まるで目の前の死が大した問題ではないかのような口調。思わず銀髪の男性を凝視した。

 

「どうしたのかな? 君はすでに一度アリシア君を生き返らせている。それとも、プレシア女史に力を使うのは天使の法に触れるのかね?」

 

 聴きなれない単語が混じっていはいたものの、孔はようやく理解した。やはりアリシアは死んでいて、それを自分が生き返らせたのだ、と。そして、それに気付いたのは孔だけではない。

 

「お、お願いします! 母さんを、母さんを生き返らせて下さい!」

 

「わ、私からも頼むよ! プレシアは嫌な奴だったけど、こんなの望んでなかったんだよぉ!」

 

 必死に懇願するフェイトとアルフ。孔は2人に戸惑った。未だ状況をよく掴めていない上、アリシアを生き返らせたのは意図してやった事ではなかったのだ。だが孔自身、アリサを失った事で目の前で悪魔に肉親を殺された痛みはよく分かってはいた。

 

「……成功するか分からないが、やるだけやってみよう」

 

 だから、こう答えた。2人に目を合わせることが出来ないまま。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「……礼は終わってから言ってくれ」

 

 孔はプレシアの横に座ると、その体を確かめた。剣は心臓を一突き。即死だっただろう。目を覗き込むと、やはり瞳孔は開ききっていた。試しに剣で光を反射させ目を照らしても、瞳孔は閉じない。完全に死んでいる。

 

(アリシアの場合は目立った外傷が無かったが……うん?)

 

 近づいて見ると、プレシアの横に猫の死体があった。目は見開かれたまま、ピクリとも動かなかった。

 

(……飼い猫か?)

 

 孔はしばらくその生気の無い目を見詰めていたが、すぐに気を取り直してプレシアの硬直した体の上に反魂神珠をおく。心に疑問と期待を浮かべながら、先ほどと同じ様に十字を切る。失敗した場合に悲しむ家族へかける言葉を考えながら、プレシアを見つめる。そのアリシアの母親だという人物は光に包まれ、

 

「……う……ん……?」

 

 目を開いた。

 

(……蘇った、のか?)

 

 思わず目を見開く。死は間違いなく確認した。にもかかわらず、プレシアは目を覚ました。それどころか、ついさっき確認した胸の傷も見当たらない。思わず反魂神珠を見つめ返す。もし死者蘇生の力を本当に持っているなら、これは孔の手に余る代物だ。不用意に使えば大変な事態になるだろう。神珠を巡って混乱が起きかねない。

 

(朝倉さんはこのことを知っていて俺に預けたのか? いや、知っていたのなら、杏子さんにこの力を使ったはずだ。いくら朝倉さんが熱心なメシア教徒でも、実の娘の死を前に助けられる手段を取らないなんてことは考えにくい。 だが、祈祷方法は知っていた。少なくとも使い方は分かっていたわけだが……)

 

 頭の中で駆け巡る疑問。そんな孔をよそに、後ろにいるアリシアとフェイトがプレシアに駆け寄った。

 

「……ぁ、……あ、……か、母さん!」

 

「お、お母さん! おかあさ~ん!」

 

「……えっ? ……ア、アリシア?」

 

 プレシアは抱きついてきたアリシアに驚くが、すぐにアリシアを抱きしめ返す。

 

「ア、アリシア……! アリシア!」

 

「きゃ!」

 

「ああ、アリシア! ずっと、ずっと会いたかったわ!」

 

「あ、あはは! お母さんだ! お母さん!」

 

 母親にきつく抱き締められて、その痛みに顔を歪めながらもアリシアは涙を浮かべて笑った。

 

「……か、母さん……」

 

 フェイトはそれを見て思わずプレシアの服を引っ張る。彼女自身は意識していないが、自分を差し置いて抱きしめられるアリシアが羨ましくなったのだ。

 

「……? フェイト? 貴方……」

 

 服を引っ張られたことで我にかえるプレシア。次いで周囲を見回す。暫しの沈黙の後、状況の整理がついた所で口を開いた。

 

「……スティーヴン博士、この度はご協力に感謝します。無事にアリシアを取り戻すことが出来ました」

 

「いや、礼なら彼に言いたまえ。恐らく、アリシア君の魂を運んだのは彼だろう」

 

 そう言って孔の方を見る。

 

「……卯月……いや、コウ・ウヅキです。ここに来る途中にアリシアと出合いました」

 

「そう、貴方がアリシアの守護天使……? それにしては……」

 

「……はい?」

 

 プレシアの言葉にまたも間抜けな声をあげる孔。先ほどから、どうにも分からない単語が多すぎる。

 

「……どうにも状況の認識に齟齬があるみたいです。説明をお願いしたいんですが?」

 

「ふむ。確かにその必要が有るだろうな。だが、その前にターミナルの電源を落として……」

 

 そういってPCにつながれた装置に向かうスティーヴン。戦闘中は気づかなかったが、PCのモニターにはドウマンと戦った理科室で見たのと同じ魔法陣が描かれていた。PCにつながる円筒形の装置もドウマンがいじっていたものと同じだ。孔の中で疑惑が募る。

 

(ドウマンは悪魔のことを我らが信奉する神と言っていたな。この人たちも同じなのか? だとするとさっきの悪魔は呼び出すのに成功したのに制御できなかったのか)

 

 そうなると油断するわけにいかない。孔は手に持っているアロンダイトを握りしめた。が、それを無視するようにアリシアの声が響いた。

 

「あ、あの、お母さん、リニス……」

 

「え? ああ、さっきの悪魔に……」

 

 そっちを見ると、アリシアがさっきの猫の死体を抱いていた。どうやらアリシアがかわいがっていた飼い猫らしい。アリシアは目に涙をためながら孔の方を見る。

 

「ねえ、コウ、リニスも助けられる?」

 

「……やってみないと分からん」

 

 さすがに疑念が募りつつあっただけに、少し硬めの声が出た。

 

(反魂神珠については分からないことが多すぎるな。不用意に使うのは控えたいところだが……実験は必要か)

 

 押し黙る孔に不安げな顔を浮かべるアリシア。まあ、蘇生させても飼い猫ぐらいなら大きな問題になるまい。実験という動機が少し心苦しいが、結果的にアリシアが喜ぶなら問題ないだろう。そう思い直して孔は猫を受け取り、2人にやったのと同じように黙祷をささげる。

 

(……動物には効くかどうか)

 

 次の瞬間、さっきまで死んでいたと思われた猫が光ったかと思うと、女性が現れた。

 

「……何!?」

 

「ふえ! リニス?! えっ? ええっ?」

 

 同時にアリシアも声をあげる。それを見てリニスと呼ばれた女性(?)は微笑んだ。

 

「はい、リニスです。お久し振りですね、アリシアお嬢様」

 

「リ、リニスがお、お姉さんになっちゃった?!」

 

「ええ、でも、ちゃんと貴方の飼い猫だった頃の記憶もありますから、安心して下さい」

 

(動物を蘇生させると人間になるのかっ!?)

 

 驚く孔とアリシアをよそに、そのリニスはプレシアに話しかけた。

 

「本当に成功したのですね、プレシア」

 

「ええ、彼のおかげよ。天使ではないようだけど」

 

 特に驚いた様子もなく答えるプレシア。それどころか、孔の方が奇異の視線にさらされている。孔は戸惑いながらも、説明を求めた。

 

「あの、リニス……さんは、猫ではないのですか?」

 

「え? ええ、この子はね……」

 

 しかし、その返答を得る前に、スティーヴンの叫び声が響いた。

 

「む? ……いかん! 離れろ!」

 

 それと同時に、円筒形の装置が光り、

 

「……ウィィィイイ…ア、アァァァァア……」

 

「っ!」

 

 赤い通路で孔が嫌というほど斬った人魂のような悪魔が現れた。即座に斬り捨てる孔。不幸なその悪魔は断末魔をあげる暇もなく消滅した。

 

「ウィル・オ・ウィプスを剣で一撃とは。あれに剣は効きにくいはずなのだがね」

 

「……あの悪魔について、何か知ってるんですか?」

 

 警戒しながら孔が問いかける。スティーヴンは装置をいじりながら答えた。

 

「ああ、何せ私は悪魔に殺されかけたからね。相手を研究していたのだよ」

 

(研究? それより、悪魔に殺されかけたのに呼び出したのか? いや、あの慌て具合からして意図的に呼び出したのではないのか?)

 

 またも疑問が膨らむ孔を尻目に、スティーヴンは装置をいじり続ける。それを見てプレシアは言った。

 

「ここは危険ね。リニス、アリシア達を部屋へ案内して頂戴」

 

「はい、行きましょう。アリシアお嬢様。フェイト、アルフも来てください」

 

 去り際に孔に向かって一礼し、奥の部屋へアリシア、フェイト、アルフの3人を連れていくリニス。アリシアはリニスの後ろに体を隠しながらも孔に向かってまたねと言い、フェイト、アルフも何やら言いたそうな顔をしていたが無言でそれに続く。

 

(まるで人間だな)

 

 孔はそう思いながら3人を見送る。出て行ったのを確認し、今度こそ質問の答えをとプレシアの方に向き直る。同時にさっきまでついていたPCのモニターが消えた。

 

「では、我々も場所を変えよう」

 

「ええ、ついてきてください」

 

 孔はスティーヴンとプレシアに先導されて歩き出した。

 




――Result―――――――

・超人 ドウマン       自焼
・外道 モウリョウ×666  宝剣による斬殺
・闘鬼 スパルトイ      魔法による高電圧および宝具崩壊に伴う爆殺
・外道 ウィル・オ・ウィプス 宝剣による斬殺

――悪魔全書――――――

外道 モウリョウ
 日本各地の伝承にみられる死後もなお現世に留まる霊。伝承は多岐にわたるが、浮遊する火の玉や影のような形を取り、人間や動物の霊、もしくは怨念が死後なお現世にとどまった姿といわれている。

邪鬼 グレムリン
 近現代において機械化が進むとともに世界各地に現れた体長50センチほどの小鬼。機械に取り付き、様々な誤作動を起こさせるという。コンピュータの原因不明の誤作動現象・GE(グレムリン・エフェクト)等に名を残している。

闘鬼 スパルトイ
 ギリシア神話登場する、テーバイの建設者カドモズにより退治された竜の歯から生まれたという戦士。近代ファンタジー作品では主に骸骨のみの姿で描かれるが、元は古代ギリシアの都市テーバイの戦士のことである。

外道 ウィル・オ・ウィプス
 世界各地の伝承にみられる怪現象の一種。伝承は多岐に渡るが、球電等の自然現象を物語的に解釈したものと考えられる。その名は松明持ちのウィルで、生前の悪行から死後も現世を彷徨い続けるウィリアム(ウィル)という男の魂だという。

――元ネタ全書―――――
赤い回廊
 真・女神転生Ⅲ。マニアクス版で追加された「予定外の場所」から。残留思念に人魂型のエネミーと本作に近かったので元ネタに。
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※孔が赤い通路で出会った車椅子の男、スティーヴンについて。「年の頃は40ぐらい」としましたが、とりあえず孔にはそう見えたということでお願いします。違和感を覚えた方も多いかと思いますが、真・女神転生Ⅰの取説のイラストでは相当若く描かれていたり、メガCD版のグラフィックでは老人のような顔になっていたりとシリーズを通してグラフィックが安定しないため、前述の記述としています。
※孔がなぜアリシアに嫌われないのかは後々出てきます。まあ今のところA's編の後ぐらいになる予定ですが。それまで続けられるんだろうかと不安になる今日この頃……
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