リリカル・デビル・サーガ   作:ロウルス

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「先ずは自己紹介からだな。私の名はスティーヴン。ターミナルシステムの開発者だ」

「私はプレシア・テスタロッサ。コウ君、だったわね。ようこそ、時の庭園へ。私達は貴方を歓迎するわ」

 応接室のような所へ通され、名前を交わす。状況は掴めないが、敵意を向けられていないのが救いか。しかし、赤い服の紳士から返ってきたのは、単語レベルで理解できないものだった。

「先ず、ここが何処か知りたい。時の庭園、という事ですが……?」

「そうだね。正式名称は個人用次元航行船――そこにいるプレシア女史の拠点だよ。今は故あって次元の狭間にその位置を固定している」

「次元、航行船……? 狭間?」

「……ふむ。君、出身地は何処かな?」

「は? 出身地ですか? 海鳴市ですが?」

「それは地球と呼ばれている惑星の日本国に所在する行政区画名でよいかな?」

「その通りですが……」

「では、ミッドチルダという地名に心当たりはあるかね?」

「ありません」

 趣旨の見えない質問に思わず不信の目を向ける。すると、横からプレシアさんが引き継いだ。

「コウ君は多次元世界、つまり、異世界って信じるかしら?」

「……はい?」

――――――――――――孔/時の庭園・応接室



第7話a 魔女の過去《壱》

「にわかに信じがたいですね……」

 

 アリシアの母、プレシアから説明を受けた孔は頭を抱えた。それによると、地球とは違う異世界――次元世界というらしい――が多数実在し、この時の庭園は世界と世界の間に建てた家のような存在だと言う。

 

「まあ、驚くのも無理はない。しかし、人類は常に外へ向かって進出を続けてきた。他国へ、他大陸へ、他星へ、外宇宙へ。そして、宇宙の外にある多次元世界に気付いたのだよ」

 

「そして、私達の世界では魔法文明が発達しているのよ」

 

 スティーヴン博士が補足し、プレシアが魔力球を出して実演する。孔はため息をついた。

 

「まあ、実際に起こり得ない現象を体験した訳ですから、信じない訳にいきませんが……」

 

 納得いくかと言われると別問題である。そもそも魔法とは説明不能な超自然的な現象を言うのであって、その原理を解明・技術化してしまうと最早魔法とは言わないのではないだろうか。しかし、目の前の現実に悩んでいても始まらない。強引に事実として受け入れ、次の質問をした。

 

「では、俺をここへ呼んだのは?」

 

「ふむ、それについては……」「……私から説明するわ」

 

 よいのかね、と念を押すスティーヴンにプレシアがうなずく。そして、言った。

 

「アリシアを生き返らせるためよ」

 

 プレシアの発言に孔は目を見開いた。やはりアリシアは死んでいたのだという確信とともに様々な疑問が駆け巡る。なぜ自分を呼ぶことがアリシアの復活につながるのか。反魂神珠の存在を知っていたのか。そもそも、アリシアはあの悪魔に殺されたのではないのか。

 

「……順を追って説明して欲しいのですが?」

 

「……そうね。少し長くなるけど……」

 

 そう言うと、プレシアは今までの不幸を語り始めた。

 

 

――23年前

 

 

 地球とは違う、ミッドチルダと呼ばれる世界。プレシアはそこで民間企業に雇われた研究者として生活していた。ミッドチルダでは魔法文明が進んでいたが、その要ともいえる魔法には魔力と呼ばれるエネルギー源が必要だった。この魔力は自然界に満ちているものの他、機械で生み出すこともできるが、魔法世界の住人が魔法を行使する際には個人が先天的に持つ魔力を生み出す臓器のようなもの――リンカーコアに頼るところが大きかった。当然、規模の大きい魔法は大量の魔力を消費するのだが、リンカーコアには個人差がある。このため、魔法世界ではリンカーコアの魔力保有量に応じてランク付けがなされており、高ランクの者は魔力を生かした仕事に就くことが出来た。プレシアは幸運にも高い魔力保有量に恵まれており、その魔力を生かして魔法技術の研究者となったのだ。プレシアの手がけた数々の研究は認められ、いつしか大魔導師と呼ばれるに至っていた。

 

 そんなある日、勤めていた会社・アレクトロ社がミッドチルダの政府組織である時空管理局から仕事を請け負った。

 

 大型魔力炉〈ヒュードラ〉の製造だ。

 

 魔法文明である以上、魔力は地球でいう電力のような形で生活の至るところに普及している。こうした公共の用に使われる魔力は個人のものでは勿論なく、大規模な施設によって生み出されていた。その施設の魔力供給源となっているのが魔力炉だ。今回、管理局から大規模な都市開発用として大型の魔力炉開発が発注され、アレクトロ社が開発権を勝ち取ったのだった。

 

 しかし、始めて計画書を見せられたプレシアは驚愕した。

 

「このようなスケジュールは不可能です!」

 

「いや、このスケジュールでなければこの仕事は取れなかったのだよ」

 

 プレシアは入札前の段階からこのプロジェクトに参加し、会社の主任研究員として現場の意見を纏め、スケジュールも渡していたが、それが完全に無視されていたのだ。なんでも、最近急速に発展してきたニュータウンの動力に使用するため納期とコストを重視した入札となっており、それを勝ち取るにはやむを得なかったのだという。この計画で管理局に渡りをつければ他社を一気に引き離すことが出来るため、会社としては是が非でも権利を勝ち取りたかったのだろう。公立の研究所で行われるような計画に民間が参入するのは、機会が限られているだけにメリットは大きい。

 

「だからって、渡した見積りの3分の1の期間だなんて……!」

 

「……しかし、管理局相手に受けてしまった以上、これで進めるしかないよ。なに、何も完全なものを作れといっている訳ではない。取り敢えず動けば……」

 

「その『取り敢えず動く』段階まで時間が必要と言っているのです!」

 

 机を叩かんばかりの勢いで迫るプレシアに、ため息をつく財務出身の責任者ベック。そして、今度はプレシアではなくその隣にいる少年に話しかけた。

 

「……なんとかならんのかね?」

 

「問題ありませんよ、ベック部長」

 

「なっ?!」

 

 少年が放った言葉に絶句するプレシア。この少年はサーフ・シェフィールドといい、開発現場最年少でありながらその頭脳で開発主任にまで登り詰めていた。

 

「何を言ってるの?! 貴方も開発の人間ならこのスケジュールがどれだけ無謀か解るでしょう?!」

 

「まあ、普通にやったら無理でしょう。でも、細かいパーツやら筐体やらのテスト行程を省略すれば十分間に合うでしょう」

 

「そんな事が許されるわけがっ!」

 

「いや、それでいこう」

 

 無茶な提案に文句を言うプレシアを遮り、強引に許可を出すベック。プレシアは抗議を続けた。

 

「待ってください! 魔力炉の構造は複雑で、パーツのテスト抜きに組み上げるのは無理です。最悪、拒絶反応を起こして暴走だって!」

 

「まあ、だから、取り敢えず動けばいいと言っているだろう。最低の出力でやれば暴走しても問題あるまい」

 

「それに、暴走した場合にはこの前僕が開発した結界があります。そのなかでやれば大丈夫ですよ」

 

「最低と言っても管理局が求めている出力でしょう?! その大規模魔力を結界で受け止めるなんて……!」

 

 尚も抗議を続けるプレシア。ベックはもう一度ため息を吐くと立ち上がって言った。

 

「今回の開発主任はサーフ君、君に任せる。テスタロッサ君は補佐に回ってくれたまえ」

 

「ありがとうございます」

 

「なっ! ベック部長!」

 

 これで話は終りとばかりにベックは部屋を出ていく。強引にヒュードラ開発スケジュールが決められた瞬間だった。

 

 

 † † † †

 

 

 それから、地獄の開発が始まった。いくらテスト抜きとは言え、魔力炉の開発としては時間が足りない事に変わりは無い。スタッフはほとんど不眠不休だった。勿論、プレシアも例外ではない。

 

「……お母さん……」

 

「……大丈夫よ、アリシア。大丈夫だから」

 

 涙を溜めて見上げる娘をあやしながら、プレシアは出勤する。まだ幼いアリシアの目から見ても分かるほど、プレシアの疲労は蓄積していた。事実、プレシア以外の研究員は過労で倒れるか、仕事を辞めるかがほとんどで、当初の開発メンバーはほとんど残っていない。それでもプレシアが働き続けているのは、一重にアリシアのためだった。研究者として成功したプレシアだったが、研究・開発の為にお抱えの魔導師を雇う民間の企業はそう多くない。かといって、管理局の研究所は兵器利用目的の開発が大部分で、ヒュードラのような平和利用のものは民間に委託されている。人殺しに荷担した汚名を、死に別れた夫の忘れ形見であるアリシアに背負わせるわけにはいかない。この日もプレシアは気だるい体に鞭打って開発用に与えられた研究室の扉を開いた。

 

「……おはようございます」

 

「おはようございます、主任」

 

 数少ない初期の開発メンバーであるヒート・オブライエンが挨拶を返す。プレシアとヒートはよく同じ研究に携わり、多くの実績をあげていた。勿論2人に恋愛の情はないが、プレシアは死んだ夫と同じ金髪に直情的な性格を持つヒートを信頼していたし、ヒートの方も理知的なプレシアに感情的な行動を止めてもらえることに感謝していた。

 

「ヒート、私はもう主任じゃなくて主任補佐よ」

 

「俺にとっちゃ、現場の指揮を取ってる人が主任なんで」

 

 そんなやり取りをしながら端末を起動する。端末といってもヒュードラ開発のために用意された大型のもので、どちらかというとPCに近い。

 

「やっぱりジェネレーター部分が遅れてるわね」

 

「魔力炉の心臓部ですから。テスト抜きなら慎重にやらないと暴走するんで」

 

「まあ、仕方ないわね。むしろ普段ならこの進捗だと大喜びかしら?」

 

「……間抜けなボスが普通じゃねえプロジェクトなんかとってくるから」

 

 ヒートの悪態に他の研究員は頷き、プレシアはため息をつく。めったに研究室に来ないが、強引にプロジェクトを受けたサーフは自分の地位を優先したともっぱらの噂となり、現場ではあまり良い評判は流れていなかった。

 

「おはようございます。この研究室に来るのも久し振りかな」

 

 が、全員が問題の人物を思い浮かべた途端、当人が入ってきた。研究員達は驚いた。噂をすれば影だったからではなく、サーフが朝のミーティングに参加すること自体が珍しかったせいだ。彼は開発主任でありながら、大まかな仕様と外部との調整を中心に行っていたため、細部を詰めるミーティングには参加していなかったのだ。気まずい空気を無視しておどけた様子で入ってきたサーフに嫌そうな顔をするヒート。プレシアは無表情のまま問いかけた。

 

「……珍しいわね、主任。何があったのかしら?」

 

「いや、この間もらった報告書を確認してね。ジェネレーター部分が遅れているってことだったから、代替案を用意したんだよ」

 

 そう言ってモニターに端末を繋ぐサーフ。ヒュードラの設計図が写し出させる。

 

「知っての通り、魔力炉は外部の魔力を収集して蓄える集積型と燃料を消費して新たに魔力を作り出す炉心型がある。ヒュードラは炉心型だ。でも、大型の炉心は調達と調整に時間がかかる。そこで、集積型のジェネレーターも組み込む事にしたのさ」

 

「……主任、現状で2つの魔力を混ぜ合わせるのは無理よ? ハイブリッド型の開発はそれこそ時間がかかりすぎるわ」

 

 プレシアは設計図を見ながら落胆する。サーフの発想は既に多くの研究者が挑戦しているが、未だ実現していない代物だった。人工的に作り出した魔力と自然界に存在する魔力では純度や性質の違いから拒絶反応を起こし、せっかく作った魔力が霧散、あるいは膨張して爆発事故を起こす。しかし、サーフが続けた言葉にプレシアだけでなく、研究員全員が絶句した。

 

「いや、それを解決する手段があるんだよ」

 

 サーフは端末を操作する。そこには黒髪の少女が写し出されていた。

 

「彼女、ヒュードラの生み出す魔力と近い魔力を持ってるんだけど、自然界の余剰魔力を自分の物に変換するレアスキルも持ってるんだ。ジェネレーター代わりにちょうど良いと思って」

 

「……なに言ってんだ?」

 

 ヒートが声を漏らす。非常識なプランに感情を抑えられなくなったのだろう。しかし、それを前にしてもサーフはヒートが言う「むかつく余裕の笑顔」でしゃべり続けた。

 

「機械でダメなら生体を使おうってことさ。何も殺す訳じゃない。この子をもとにしたクローンを作って、ヒュードラに繋いで、レアスキルを使って、魔力の収集をやってもらうってだけだよ」

 

 レアスキルとは先に述べたリンカーコアの個人差や体質に由来する魔法や技術のことだ。魔法世界では文明の例に漏れずその柱たる魔法を体系化していたが、そこから外れたレアスキルも広く社会に認められ、むしろ希少性から価値を見出されていた。問題の少女は魔力収集に突出した能力を持っているようだ。周囲の魔力を取り込むのは多くの魔導師が使っているテクニックではあるが、その量が異常となっており、レアスキルとして認められたのだろう。サーフはそれを、文字通り利用しようとしているのだ。

 

「ふざけんな! そんな事が……」

 

 サーフの言葉に立ち上がって声をあげるヒート。が、それを遮るようにプレシアが2人の間に立つ。アリシアと同じ位の少女がクローンとはいえ実験動物のように扱われるなど、プレシアにはとても受け入れられるものではなかった。

 

「組み込んだ子はどうなるのかしら?」

 

「クローンはずっと魔力変換を行い続けることになるよ。ああ、ちゃんと栄養は送られるから大丈夫。老化で使い物にならなくなったら、別の個体を……」

 

「……開発主任、いくらなんでも倫理に反しているわ」

 

「何故? クローンの有効な活用だよ。医療現場でもクローン技術を活用した治療法の確立の為に、何千何万の実験体が処分されている。生体型の義手だってそうだ。それともあれは人間でなく、人間の一部を再現したパーツだからセーフかな? でもその元となった細胞は間違いなく生命を生み出すはずのものだ。医療目的がよくて工業目的がダメな理由はないんじゃないか?」

 

「医療目的は自分が助かるためにやむなく自分の細胞を提供するものよ? あくまで人命救助のための処置であって、はじめから人柱の道具として使われるためじゃないわ」

 

「だから、それがどう違うのさ? 僕にはおんなじに見えるね」

 

 倫理観の違いという奴だろうか。研究者は普段から合理的思考ばかりしているせいで、中には本来非合理であってしかるべき感情を歪めてしまっている人間もいる。特に基本的に生物が持つ魔力を扱う魔法関連の技術者は様々な動物実験を行うため、生命に対して一般人とはズレた視点で接する者も少なくない。こうした研究者を多く見てきたプレシアは説得を諦め、別の視点から追及することにした。

 

「第一、人間のクローン技術は管理局によって禁じられているはずよ」

 

「知ってるさ。だから管理局と折衝を繰り返して、特例として許可を貰ってきたんだ」

 

(今までの外部対応はこれだったワケね。計画通りと言うところかしら……!)

 

 プレシアの表情が険しくなる。思い返せば、当初の開発計画書に不自然な空白があった。もとから無理のある計画だったから計画段階での不備だとばかり思っていたが、狙ってやったものだとすると、殺人スケジュールからこの非道な計画まで周到に用意されていたことになる。なぜそんな事をする必要があるのか。同じ研究者であるプレシアは直感的に分かったが、それを確かめるべく質問を続けた。

 

「動物のクローンも未だに実現していないのに、リンカーコアもレアスキルももった個体を造るのは難しいんじゃないかしら」

 

「いや、可能だよ。そもそも禁止されているのは実現する可能性があるからだからね。事実、管理局に人造生命体を研究している所があって、そこから技術提供を受けることになったんだ。厳密には同一の遺伝情報を持っていないからクローンじゃないけれど、十分応用できるはずだよ」

 

「でも、成功例は無いのでしょう? 第一、私達に生物系の専門家がいないわ。全員が門外漢なのに成功するかしら?」

 

「そこは大丈夫。僕が生物系を専門にしてるからね」

 

 どうやら開発主任になったのは出世のためだけじゃないらしい。自分の嫌な直感が当たったことに顔をしかめながらも、確信を問いかける。

 

「まるで人体実験が目的みたいね」

 

「……まさか。あくまでヒュードラのついでですよ。それに人体実験じゃあない。生体実験だ。とにかく、この件はもうベック部長の了承も取ってるんだ。このまま進めてもらいますよ」

 

「おい、ちょっと待てよ! 俺達はまだ……」

 

 ヒートがなにか言い終わる前にドアが閉まる。強引に話が中断された形だ。ヒートはゴミ箱を蹴っ飛ばして悪態をついた。

 

「……クソッ!」

 

「怒るのはわかるし、怒ってもらって構わないけど、対応は冷静に取ってちょうだい」

 

「分かってますよ!」

 

 たしなめるプレシアに苛立ちを抑えずに答えるヒート。プレシアは早くも建設的な方向へ話を持っていこうとする。

 

「無駄だとは思うけど、一応ベック部長に掛け合ってみるわ。ただ、クローンの代替案として、大型の炉心の発注……いえ、既存の魔力炉の炉心で流用出来るものを探しておいて」

 

 そして、今度は研究室にいる全員に話しかけた。

 

「恐らく、今回のクローンを使用した開発は後々非合法で叩かれるでしょう。みんな、抜けるなら今のうちにね」

 

 勿論、プレシアも辞めるつもりだった。そもそも非道な研究が嫌で管理局に入らなかったのに、これでは意味がない。自分はともかく、アリシアが心配だ。少し早いが、他社へ転職を検討することにしよう。

 

 

 † † † †

 

 

 そんなことを考えていたが、プレシアはすぐに管理局の闇を思い知らされることになった。ベック部長に抗議に行った時、部屋に入ると同時にあらゆる面からクローン技術の問題点を挙げまくったのだが、ベックはこう言ったのだ。

 

「君、娘さんの生活が惜しくないのかね?」

 

「……どういう意味ですか?」

 

 不穏なものを感じ、プレシアは聞き返した。よくみるとベックの顔色もあまりよくない。

 

「……元々、今回の事案は管理局からの依頼とあっただろう」

 

「ええ、大規模都市供給型の魔力炉を開発するようにと……」

 

「それが、どうも裏事情は違うらしい。目的は軍事利用のようだ」

 

 ベックが語った事情はこうだ。

 時空管理局はその名の通り進出した次元世界を支配し、管理下に置いてきたが、数ある次元世界を支配するためには強力な武力が必要だった。もっとも、それも昔の話で、現代にもなると積極的に他次元へ侵攻するなど行っていないのが、かつて管理下に置いた世界は多いことに変わりはない。広すぎる領土を抑え込むため、いまだ強力な武力は必要とされているのだ。しかし、その魔力を個人の魔力保有量に頼っていては限界がある。

 そこで、魔力を生み出す装置、魔力炉の開発に手をつけた。管理局の計画としては、始めは兵器用に大型の魔力炉を開発し、次第に小型化、最終的には個人の魔力保有量を補助する装置に応用するつもりらしい。もし実現すれば、それまで個人の魔力保有量に頼っていた社会が誰でもある程度の魔力保有量を持てることになる。まさに革新的な計画だった。

 しかし、この計画は時間とコストがかかるという問題を抱えていた。その一方、前線からは各地で多発する紛争を解決するため、一刻も早い戦力の増強と軍事費用の増加の要請が矢継ぎ早に寄せられている。常識を打ち破る計画だけに夢物語と思われがちな計画にコストをかける余裕はなくなり、結局、時空管理局はこの仕事を民間に任せ、時間とコストを重視した入札を行った。急速に発達する都市開発用の電源と偽って。

 

「そんなっ!」

 

「我が社は体よく嵌められたことになるな」

 

「嵌められたって、この件を受託するのに無茶なスケジュールで強引にプロジェクトを取ったのは貴方でしょう!」

 

「管理局とのパイプを持ちたいトップの意向だったんだ! このプロジェクトを勝ち取れば退社後は管理局に再就職できると!」

 

「……馬鹿げてるわ」

 

 あまりに汚い理由に呆れ返るプレシア。しかし、肝心のアリシアのことをまだ聞いていない。

 

「その馬鹿げた理由と、私の娘とどう関係があるんです?」

 

「……さっきも言った通り、これは管理局が求めている開発だ。始めは魔力炉だけだったんだが、クローン技術の提供を受けた。それも特例でだ。もしこれが外部に漏れれば、管理局の信用はがた落ちだ。何せ自分で決めた法を自分で破ったのだからね」

 

「始めからクローン技術なんて許可しなければいいだけの話だわ!」

 

「その通りなんだが、管理局は一刻も早い戦力の増強を望んでいる。もしここでサーフ君がクローン技術を成功させれば、それをまとめて兵士に出来る。そうすれば仮に魔力炉が失敗しても十分な戦力になるというわけだ」

 

「却下するにはメリットが大きすぎたという訳ですか?! 非道もいいところですね!」

 

「その通りだ。そして、そのメリットを得るには、多少強引な手を使ってでも情報漏洩を防がなければならない。特にこのところ開発部門は人材の流出が激しい。そこで……」

 

「それで人質をとるっていうの?!」

 

 あまりのことに声を荒げるプレシア。怒気にさらされながらも、ベックは疲れきった様子で続ける。

 

「管理局技術系統のお偉方はそうお考えなんだ。あそこはどうも強引に共犯者を作ることで人材の抱え込みをやっているらしい。私も反対したが、家族が大切じゃないのかと言われたよ」

 

「そんな横暴が許されるはずが!」

 

「落ち着きたまえ。とにかく、もう表向きにも開発作業は進めていると言ってしまった。テスタロッサ君もよく身の振り方を考えてくれ。私も考える」

 

 強引に話を終らせ、逃げるように部屋を後にするベック。プレシアはその背中を見ながら、努めて冷静さを取り戻そうと今後について考え始めた。

 

(……どうする? ベック部長が娘の生活と言った時点でもう管理局はアリシアをマークしているはず。逃げるのは難しいでしょうね。かといって、辞めると見せしめに相当酷いことをされかねないわ。そうなると続けるしかないわね)

 

 結局管理局の思惑通りに進むことに苛立つ自分を抑えながら、プレシアは考え込む。

 

(……せめて証拠だけでも集めるべきね。後になって自分のせいにされたらたまらないわ。告発は無理ね。それどころか、この分だとプロジェクトが終わった瞬間証拠隠滅に消されかねないわ。信頼できる人に預けておいて、私に何かあったら公開出来るようにしないと。たしか、クローン技術は管理局の中に反対派だっていたはず。その人たちにも協力を仰がないと……ただ騙されるだけで終わらないってところを見せてあげるわ)

 

 そこまで考えてプレシアは研究室へ戻り始める。集められる資料は早いうちに集めておいた方がいい。同時に研究室にいるであろう開発メンバーが頭に浮かぶ。

 

 今日の開発作業は手につきそうにない。

 

 

 † † † †

 

 

 生体技術研究用に用意された研究室。モニターに映ったクローン技術関連の文書を見ながら、サーフはそこで端末を操作していた。

 

「もうすぐ、僕は神の力を手に入れるんだ」

 

 思わずつぶやきが漏れる。そのためには、利用できるものはすべて利用しなければいけない。ノックとともに開いた扉から入ってきた相手に視線を移し、意識を改める。

 

(さあ、もうひと芝居だ)

 

 入ってきたのはアルジラ。サーフの補佐という役割をもってこのプロジェクトに参加している女性研究員だ。サーフとは良く同じプロジェクトを担当している。

 

「サーフ主任、あの娘の魔力データを持ってきました」

 

「ありがとう。そこに置いといて」

 

「はい、主任」

 

「……あ~、2人の時ぐらい敬語はいいよ」

 

「……分かってるわよ」

 

 そして、サーフとアルジラはそれなりの関係でもあるのだが、今2人の間に流れるのはあまりいい雰囲気ではなかった。

 

「まだ怒ってる?」

 

「当たり前よ。もう少し言い方があったんじゃないの?」

 

「でも、仕方なかったんだ。このプロジェクトを受けた時から、管理局はもうクローンを組み込むことを決めていた。多少強引に話を進めるしかなかったんだ」

 

「でも、もっと言い様はあったんじゃないの? 貴方、相当の悪者になってるわよ?」

 

「そのくらいの方が、このプロジェクトから降りやすいだろう? ……まあ管理局の強引な手でみんな降りたくても降りられなくなったけどね」

 

 力なく笑ってみせるサーフにため息をつくアルジラ。サーフはその間も手を動かし、アルジラが持ってきた小型の媒体を端末に繋いだ。黒髪の少女の写真とその魔力データが写し出される。

 

「ようやくもう一度、クローンと関わることが出来る……」

 

 アルジラにも聞こえないような声でそう呟き、サーフは先程のクローン技術の文書ファイルに何やら書き込んでいく。開発者ジェイル・スカリエッティとあるその文書を見ながら、感情が抑えきれなくなったのか、今度は普通に声に出して言った。

 

「管理局は結局途中で投げ出したみたいだね。まあ、クローンはしょせんデッドコピーでしかないから仕方ないけど」

 

「サーフは管理局のクローン技術研究所にいたんだっけ?」

 

「そうだよ。まあ、正確にはクローン技術の前身である人造生命体研究所だけどね。一例だけだけど、実際に成功もさせた。まあ、せっかく作った人造生命体の脳を無駄に発達させすぎたせいで、後任をその人造生命体に取られちゃったけどね」

 

 そう言ってスカリエッティの文字を指で弾くサーフ。アルジラはさらりと告げられた衝撃の事実に一瞬固まったものの、恋人として気遣うように問いかける。

 

「……その人のこと、恨んでる?」

 

「まさか! むしろ感謝してるよ。何せ彼のお陰で管理局のためでしかない研究をやめることができたからね」

 

「そう。ならいいけど」

 

 あまり無理をした様子もないサーフに安心したような声を出すアルジラ。もっとも、サーフはいつも余裕を意図的に見せるようにしているので、心の底から安心したわけではないだろう。

 

「まあ、今回も技術と場所を借りるだけだから、彼とは会わないだろうけどね」

 

「……大丈夫なの?」

 

「勿論、大丈夫さ。何せ人造生命体の基礎理論を作ったのは僕だからね」

 

 だから、サーフは自信満々で言い切った。苦笑するアルジラ。それを見るとサーフは立ち上がり、

 

「じゃあ、この娘のデータも分かったし、借りた設備を見に行こう」

 

 かつて自分が勤めていた研究所に向かって歩き始めた。

 

 

 † † † †

 

 

 クローン技術研究所。時空管理局がもつ数ある研究所の中で、最も暗いイメージが強い研究所の一つだ。そのせいか閉鎖されたときは、その原因について色々と黒い噂が耐えなかった。曰く、違法な人体実験をしている。危険な実験動物を飼っていた。果ては悪魔を呼び出そうとしたというものまで。その不気味な噂は人々を遠ざけ、郊外にある薄気味悪い研究所から人の気配を消していた。

 

「随分遠いところにあるのね」

 

「まあ、クローンなんて人によって是非が別れるからね。面倒な衝突を避けたかったんじゃないかな。でも、設備は折り紙つきだよ」

 

 そこへ車が乗り付ける。サーフとアルジラは車を降りると研究所の門をくぐった。サーフはいつも通りの白衣だが、アルジラは大型のキャリーバックを引いている。

 

「閉鎖してから大分時間が経ってるって聞いたけど?」

 

「その辺は大丈夫。借り受ける時にメンテナンスだけはしておいて貰うよう言っておいたからね」

 

 研究所の扉をくぐる2人。サーフは数々のセキュリティを慣れた手つきで解除し、迷うことなく2階にある制御室の扉を開いた。目の前には巨大な窓。そこからは大がかりな装置が安置された1階の実験室を一望することが出来た。

 

「設備は……ほとんど新品だね。でもシステムスキャンぐらいかけとくか」

 

 サーフはコンソールを動かしながら、手際よくシステムを立ち上げていった。次々にランプがついていく装置を見て、アルジラもあらかじめ言われていた通りクローン元から提供を受けた細胞をキャリーバックから取り出し、指定の場所へとセットしていく。細胞は1階の実験室にある装置に吸い込まれていった。

 

「さて、あとは待つだけだね」

 

 数時間後、サーフは最後のプログラムをセットし終わり、実験室の窓から見える大型の装置が低い音を立てて駆動するのを見て呟いた。

 

「お疲れさま。でも、どうしてここまで出来ていて廃案になったのかしら?」

 

 アルジラは疑問を挟む。実際に作業をやった感じだとそう難しい作業があったわけじゃない。たった2人で起動させることができ、少しサーフがプログラムをいじっただけだ。

 

「人造生命体は成功率が悪くて、量産が効かなかったからさ。今回も数千体同時に培養してるけど、ちゃんとしたのは1体できるかできないかってところじゃないかな? まあ、管理局的にはこの装置の製造コストが割に合わないっていうのが理由だろうけどね」

 

「でも、今回作るのはクローンなんでしょ?」

 

「そうだよ。そのために人造生命体の装置でクローンができるように強引にプログラムを書き換えたんだ。元が人造生命体の理論だから、成功率は悪いままで欠点は改善されていないけどね。今は後任のジェイル君が量産できるクローンの研究を基礎からやり直してるはずだよ」

 

「せっかく使えそうな技術を作ったのに廃棄するなんて、なんだか勿体ないわね」

 

「……実を言うと、当時の人造生命体技術の責任者と今のクローン技術の責任者の仲が悪くて、クローン技術の責任者の方が管理局にいい顔しようとして人造生命体技術を廃棄したんだけどね」

 

「……酷いところね」

 

 まるで今勤めている会社の縮図のような話にアルジラは眉をひそめた。サーフは苦笑しながらそれを軽く流す。

 

「まあ、そのおかげで余計な手間が省けたんだ。1か月後には元気な人工の赤ん坊ができてるよ」

 

 

 そして、1か月後

 

 

 様子をみにきたサーフとアルジラは、実験室を歩いていた。装置に繋がれた数千本のシリンダーのなかには、赤ん坊の出来損ないが浮いている。頭がないもの、腕がないものはまだよかった。なかには崩れかけの脳や、鼓動を続ける心臓だけが浮いているシリンダーもある。サーフはそのなかを平然と端末をいじりながら歩き、アルジラは青い顔で後ろについて歩いていた。

 

「……うん?」

 

「ど、どうしたの?」

 

 急に立ち止まったサーフにビクリと肩を震わせ反応するアルジラ。アルジラにしてみれば異常な臓器を立て続けに見せられ、これ以上気味の悪い物を見たくないというのが本音だった。

 

「完全体だ」

 

「え?」

 

 恐る恐るシリンダーの中を覗くと 、確かに「五体満足に見える」赤ん坊が浮いていた。それも隣り合うシリンダーに2体も。

 

「魔力あり。変換スキル確認……! 成功だ……! あはは! 成功、成功だよ! はーははは!」

 

 突然狂った様に笑い出すサーフに、アルジラは思わず後ずさりした。たまにサーフは研究となると歯止めが効かなくなるとは知っていたが、この実験室の雰囲気が悪すぎる。不気味な人間の出来損ないが並ぶ実験室に響く笑い声に、アルジラは言い様のない不安に襲われた。

 

「あははは! さあ、早速次のステップだ!」

 

 狂った笑いもそのままに、サーフは装置を端末に繋ぎ、何やら操作を始めた。すると、シリンダーの中の赤ん坊が目を開いた。かと思うと、音を立てて変形し始める。肉と骨が軋みをあげて変わり、骨が皮膚を突き破って肥大化、そこに肉がついて、

 

「……ぅ……あ……ぐ、ごめんなさい、サーフ!」

 

 それを見たアルジラは口に手を当て走り出した。トイレに駆け込み、胃の中のものを吐き出す。

 

「はあ、あぁ……」

 

 嘔吐が終わると、大きく息をつく。そして、さっきの恐怖を振り払う様に頭を振った。サーフから前もって人によっては生理的嫌悪感をともなうとは言われていたが、ひとりで待っているのも嫌だったので結局ついていった結果がこれだ。

 

(……でも、あれは『人によっては』っていうレベルじゃないわよね)

 

 後で文句を言ってやろうと立ち上がると、制御室への階段を上っていった。さすがに実験室の方に戻る勇気はない。制御室の扉を開くと、アルジラは窓の外を見ないようにしながらソファーに横になった。

 




→To Be Continued!

――悪魔全書――――――
愚者 サーフ・シェフィールド
※本作独自設定
 アレクトロ社技術開発部主任研究員。若干16歳にしてこの地位に上り詰めた天才。同社に入る前は管理局に所属し、様々な生体・魔力にかかる研究を行っていた。管理局とのつながりを少しでも持ちたいアレクトロ社により高給で引き抜かれ、研究に加え公共事業を引き受けた際の外部折衝等でも会社に利益をもたらしている。

愚者 ヒート・オブライエン
※本作独自設定
 アレクトロ社技術開発部研究員。魔法技術そのものよりも工学系を得意とする研究者。直情的な性格で仕事でも感情的な言動がみられるが、冷静さを保てば論理的な思考と知識から開発・設計者として十分有能と言える人物。

愚者 アルジラ
※本作独自設定
 アレクトロ社技術開発部研究員補佐。開発作業そのものには関与しないが、スケジュールや実験の補佐など多岐にわたり活躍する。サーフとは入社時からよく同じプロジェクトに関与したためか、プライベートでもよく会っている。

愚者 ベック
※本作独自設定
 アレクトロ社技術開発部長。技術一本の開発部をまとめるために財務部より移動してきた部長。技術よりもその技術がどう会社の利益に直結するかを常に考えている、会社にとっては有能な人物。日々スケジュールと予算関連で財務と開発陣が起こす摩擦に頭を悩ませている。

――元ネタ全書―――――
問題ありませんよ、ベック部長
 分かる人には分かると思いますが、デジタル・デビル・サーガより、あのシーンとのクロスです。なお、悪魔全書にあるサーフ達の姓はファンブックから。

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※原作ではプレシアは夫と生活のすれ違いで別れたとなってますが、本作では死に別れたとしています。「え?」ってなった人も多いかもしれませんが、ご容赦ください。
※サーフがスカリエッティを作成したという無茶をやりました。本作では発案者が最高評議会で作成者がサーフとなっています。
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