白い天井……ああ、そうか。クローン技研に来てたんだっけ?
ソファーから起き上がってあたりを見回す。気が付けば寝てしまっていたみたいだ。いや、気を失ったのだろうか? ああいうのには慣れてたつもりだったけど……
「……体がだるい」
窓の外には、天井まで届く巨大な装置が見える。悪夢じゃなかったみたいね。
――――――――――――アルジラ/クローン技研
アルジラが制御室に駆け込んで、数十分ほどだろうか。あの悪夢のような光景を思い出し、またも気分が悪くなったところへサーフが入ってきた。
「ああ、アルジラ。大丈夫かい?」
「大丈夫じゃないわ。予想以上だったわよ」
真っ青なままのアルジラは、文句を言う声にも力がない。
「だから、生理的嫌悪感を起こすかもしれないと言っただろう?」
「限度を越えてるわよ。よくあなたは平気ね」
「まあ、僕だけでも平気な様にしないとアルジラがパニックになってしまうからね」
「……もう」
言外に貴女のことを気にしていたんですと言われ、アルジラも悪い気はしないのか文句が止まる。頃合いを見て、サーフは話し始めた。
「実験は成功だよ。クローンは2体。男女がそれぞれ1体ずつだ。魔力もレアスキルも問題ない。今は女性型の方を五歳前後まで成長させて、記憶の刷り込みをやってる」
「……そう」
アルジラはわずかに顔を歪めた。それがさっきの実験室を思い出したのか、クローンとはいえ人間を都合よく使う事への嫌悪感なのかは、彼女にも分からなかった。
それから1週間後
クローンはヒュードラのジェネレーター代わりとなるべく会社へ届けられた。同時に名前も決まった。女性型がA1-IS-v-0234、男性型がAk-IR-v-0235。それぞれ本来ヒュードラのジェネレーターに使用されようとしていたパーツの名で、事務処理の混乱を避けるためにそのままの名前が流用されたのだ。現場では長いので女性型がA1(エイワン)、男性型はAk(エイケイ)と呼ばれている。また、実験はA1が中心に行われ、Akは予備品扱いだった。クローン元と同じ女性型の方が失敗は少ないだろうという判断からだ。
順調に準備は進み、ついに起動実験が行われる日になった。これが唯一のテスト工程となるため重要性は高い。会社の実験設備には組み立てられた魔力炉が配備され、それを窓から見下ろす制御室では、開発陣の他に管理局から視察にきた役人が2名ほど来ていた。黒いスーツを着た長身のネロ提督と赤いスーツを着た小肥りのベア提督だ。2人は管理局主体の研究を担当する部署に所属し、ベア提督がクローン技術関連を、ネロ提督が魔力炉開発関連を担当していた。ネロ提督がベックに質問する。
「あれがヒュードラの完成型かね?」
「はい。今回は魔力を上げず、起動のみの実験となります」
「組み込むクローンはどこかな?」
「あちらになります」
ベックの指した方には、首筋にコードを繋がれたA1がいた。投薬の影響か、それとも無理な成長がたたったのか、オリジナルとは違う金髪に病的なほど色素の薄い肌をしている。
「魔力変換スキルをオリジナルに近づけた個体です」
「……まだ少女ではないか」
担架にのせられてヒュードラ内部へ運び込まれていくA1を見て、ネロが呟いた。ベックは今さら何を言ってるんだと言いたげな視線を向けながらも、簡単な説明を付け加える。
「はい、成人させすぎると精神の維持が難しくなる上、身長の関係上ヒュードラへの接続が難しくなってしまいます。このため、五歳前後の状態までの成長で止めております。あと1体、別に成長させていないままの個体が存在します」
「……予備というわけか」
「はい。取り敢えず当社のクローン製造は成功したと言えましょう」
「ふむ。その話は魔力炉完成後に聞かせてもらおう」
サーフから受け取った報告書に書かれているクローンを部品として扱う文章を難しい顔で読み上げるベックと無表情でそれを聞くベア。ベックはあえてクローンを部品として扱い、良心の呵責を避けているようにも見えた。
そんな上席の会話をよそに、開発陣の方は順調に実験の準備を進めていた。モニターが魔力炉を映し出し、実験開始を報せる。サーフはこどもの様に目を輝かせ、アルジラは不安そうに、ヒートやプレシアのような初期メンバーは厳しい表情でモニターを見ていた。
やがて、起動実験成功の文字が浮かび上がる。サーフは思わず笑い声をあげた。
「成功です……! あははは、成功ですよ!」
しかし、普通の実験なら成功に沸き立つ開発陣には微妙な雰囲気が流れている。やりきったという達成感よりも、やりきれない感情が支配していた。
「主任、早くクローンの様子を見にいった方がいいんじゃないかしら?」
プレシアが笑い続けるサーフを咎めるように言う。サーフはまるで気にせずいそいそと立ち上がった。
「ああ、そうだったね。アルジラ、それとヒートもついてきてくれ」
チッと舌打ちして後ろにヒートが続く。ヒュードラの細部の設計はヒートが担当したので、A1の接続を切るには嫌でもついていかなければならなかった。残ったプレシアにネロが話しかける。
「あの少女は無事なのかね?」
「……少女? ご依頼されたクローンのことでしたら、スキルの過度な使用による超過労以外でしたら、恐らく無事でしょう。まあ、ご命令の通り、後一回は持ちますよ?」
プレシアはたっぷり皮肉を込めて言った。ベックが後ろで冷や汗をかいていても気にしない。そんな中、ネロは黙ったままヒュードラから取り出されるクローンを見つめていた。
† † † †
「よく頑張ったね。成功だよ」
ヒュードラから出てきたA1に向かって、優しい声で話しかけるサーフ。A1はにっこり笑って、嬉しそうに言う。
「うん……。ねえ、今度はもっとたくさん世界とお話出来たら、海に連れてってくれるんでしょう?」
お話というのは魔力収集のことだ。A1は体外の魔力を収集することを世界にお願いし貸して貰うとして、このように表現していた。
「もちろん。次も上手く出来れば、皆でいこうね」
そんなA1の頭を撫でながらサーフは言った。目を細めて受け入れるA1。サーフはA1を表向きはまるで自分の娘か妹のように扱っていた。A1の魔力収集スキルは、本人がやる気を出せば出すほど効率が上がる。実験の成功率を上げるため、メンタル面でのケアが必要だったのだ。
「……チッ!」
そこに盛大に舌打ちしている男がひとり。ヒートだ。管理局に強制されて人体実験をやっていることも、少女を騙すことも、このプロジェクトの何もかもが気に入らない彼にとって、目の前の光景は不満でしかなかった。露骨に顔をそらして足早に歩いていく。
「……あの人、怖い」
それを見てA1はサーフの手を握った。サーフは安心させる様に微笑みかけた。
「大丈夫だよ。ちゃんと僕がついてあげるから」
おとなしくなったA1を見て、アルジラは担架を押しつつ実験室の出口に向かう。A1は担架に揺られるのが楽しいのか、アルジラに笑いかけながら手を伸ばした。アルジラはその手を軽く握り返し、微笑みながら言った。
「いい子だから、おとなしくしててね」
「はぁい」
A1も笑いながら従う。A1にとってアルジラは姉のような存在となっていた。
† † † †
出口でA1を他のスタッフに引き渡すと、アルジラは出口付近にある洗面台で手を洗い始めた。
「そんなに念入りに洗わなくてもいいんじゃないか? 確かにヒュードラの内部は有毒な魔力で溢れてるけど、A1にはごくわずかしか残留しないはずだよ」
「そういう問題じゃないのよ」
どこか不機嫌に手を洗い続けるアルジラ。ちらっと先程A1が引き取られていったドアを見て続ける。
「あの子、やっぱり気持ち悪いわ」
「珍しいね。実験動物なんてよく扱ってたじゃないか」
「そうだけど、過程があんなに酷いのは始めてよ。それに一応人間の姿をしてるのよ。簡単に割りきれないわ」
どうもアルジラはクローンの作成現場を見てしまったために、A1が苦手としている様だった。いつあの失敗作のように肉や骨が崩れるんじゃないかと気が気でない。加えて、凶悪な魔力も浴びているのだ。触っていると自分までも崩れていきそうな錯覚にとらわれる。そんな事はあり得ないと思いながらも、アルジラはA1と接触した場所は念入りに洗浄を行っていた。
「まあ、これも次の本番が終るまでだよ。どうせあの個体はあと1回が限度だろうからね」
誰もいない実験室で本音を言い合う2人。それはA1に伝わらないまま、最後の魔力生成実験が行われる日は刻一刻と近づいていた。
† † † †
ごぼごぼっという音を聞きながら、ヒュードラの内部でA1は魔力生成を続けていた。実験が始まったのだ。
(……いたい……くるしい)
目の前には真っ黒なモニター。苦痛に苛まれながらも、その先で自分を見守っているであろうサーフ達を思い浮かべ、必死に耐え続ける。
(だいじょうぶ。きっとまもってくれるから。あのヒトタチハ、ワタシヲマモッテクレル。ダカラ、ワタシハ、アノ人タチガイレバダイジョウブ)
そんなA1を無視して、実験は続く。
「魔力生成炉、稼働」
「システム、オールグリーン……続いて、魔力生成量を増加させます」
制御室に開発陣の声が響く。サーフはモニター越しにヒュードラ内部を見ながら、楽しそうに上昇する数値を見続けていた。モニターには魔力量を表す数値と、それが増えるにともない苦悶の表情を浮かべるA1の姿があった。横には赤ん坊の姿をしたAkも写っている。ヒュードラのすぐ横に待機させ、Akが耐えきれなくなったら交代させようというのだ。
「……ぅ……ぁああ……」
相当な負荷がかかっているのか、A1の苦悶の声が制御室に響く。室内は重苦しい沈黙につつまれ、他の開発メンバーの早く終わってくれという祈りが聞こえてくるようだった。
「……ぅぁあ!」
次第に大きくなるうめき声。だが、それが悲鳴に変わる前にモニターの数値が管理局の求める値を越えた。ホッとしたような空気が流れる。しかし、サーフは笑ったまま数値を上昇させるボタンを押した。
「……何で止めねえんだっ!?」
そんなサーフに怒声をあげるヒート。サーフは落ち着き払って答えた。
「規定値以上の数値で安定させないと、製品として問題だからね。ついでにヒュードラがどの程度連続使用に耐えられるかも調べておきたい」
「今日は魔力炉の数値をお偉方に見せるだけだろ!」
「まあ、データは取れる時に取っとかないとね」
「おい、ふざけん……な!?」
「ぐは……ごぽっ!……」
ヒートの怒声の途中で響いた気道が破壊されるような音。見ると、モニターに映るA1が血を吐いていた。
「そろそろあれは限界だね。せっかくだし、被験体が壊れるまで続けよう」
尚も数値を上げようとするサーフに、ヒートが叫んだ。
「……もうたくさんだ!」
サーフに銃を向けるヒート。正確には銃型デバイスと呼ばれる道具の一種で、この魔法世界ミッドチルダでは魔導師が魔法を使うのを補助する道具として流通している。当然、殺傷能力のある魔法も使うことができたが、普段は非殺傷設定というものが適用されていた。そもそもこの世界の魔法は、自然法則・物理法則をプログラム化し、それを書換、消去、加筆して作用させる技法として発展している。そこへ、本来対象が感じるダメージはそのままに、魔法のもつ物理的な殺傷力を排除するようなプログラムを追加したのがこの非殺傷設定だ。警察組織が相手に外傷を与えずに捕える場合等に使用される。ヒートはこれを使ってサーフの暴走を止め、実験を強引に中止にしようとしたのだ。
「何を怒ってるんだ? 元々A1はヒュードラのためだけに産み出されたんだ。A1が死んだらAk、それが死んだら次のクローンだ」
ヒートの剣幕に騒然となる周囲をよそに、サーフはいたって冷静に言葉を続ける。
「ジェネレーターに使うクローンの限界を知っておけば、次回以降魔力量を調整して対応できる。それには工学に詳しい君のような人材も必要になるんだ。ここで功績を残せば主席にだって推薦できる。僕は君をかってるんだぜ?」
「っ! 何でも人が自分の思い通りいくと思うな!」
銃声。
しかし、それはヒートの持つデバイスからではなく、アルジラがヒートに向けた小型の拳銃からのものだった。血を流して崩れ落ちるヒート。アルジラは普段から血の気の多いヒートが殺傷設定を使うものと思い、反射的に非殺傷設定を解除していた。
「……あっ……ぁ……」
自分のやったことを理解して小刻みに震え始めるアルジラ。サーフはそれを気にもとめずに、ヒートに近付いて言う。
「簡単だろ? 人の心なんて。こうじゃないとクローンは制御できないよ。もっとも、あれは人じゃないけどね……?!」
そう言ってモニターを見上げるサーフ。そこには、目を見開いて此方をはっきりと見つめるA1がいた。ヒートの剣幕に耐えられなかった開発スタッフの一人が端末に寄りかかった際に、誤って通信ボタンを押していたのだ。建設作業中に内部で作業する者と連絡を取るためのボタンは、ヒュードラ内部のモニターと制御室を繋ぎ、先程のやり取りをA1に伝えていた。
A1の目から涙が溢れる。サーフと目があうと、なにかを振り切るように目を背け、
能力を解放し、暴走した。
† † † †
時は僅かにさかのぼり、社内の応接室。対外的な説明を考慮して設計されたそこで、プレシアとベックがベアとネロに実験の解説していた。
「今ちょうど、生成魔力がお求めの魔力値まで上昇しました。ヒュードラの稼働は成功と言えましょう。ただ……」
プレシアがモニターを切り替える。苦悶に満ちた表情を浮かべるA1が映し出された。
「……このように、生体ジェネレーターとして使われた人間には、大変な負荷がかかります」
淡々とした声で事実を突きつけるように言うプレシア。ベックも諦めたのか視線を落としている。ネロとベアは苦笑しながらそれに答えた。
「確かにあんな少女に背負わせるにはまずい仕事だったな」
「……ああ、幸いクローン技術その物は成功したんだ。十分だろう」
今までの強硬姿勢とはうって変わり、プレシアの言葉にうなずく管理局役員2人。プレシアは念を押すように問いかけた。
「……では?」
「うむ、君の要望通り、この魔力値をもってヒュードラの開発期間延長を認め、産み出されたクローンは我々が引き取ろう」
「ありがとうございます」
プレシアは起動実験の時にA1を見たネロとベアの反応に目をつけ、2人に掛け合いヒュードラの開発期間延長とA1とAkの保護を求めていた。プレシアが提供したヒュードラ開発の危険性を示す書類も手伝って、管理局側はネロとベアの根回しの結果、見返りとして本来の姿である燃料型の魔力炉のみを搭載したヒュードラの設計図とクローンの生成技術を提供することでこれに合意、この魔力生成実験の場で正式に承認した。前回の起動実験と違い、説明室に主要メンバーだけ切り離したのはこの話をするためだ。
因みに、クローン技術はプレシアがサーフに無断でPCから抜き出し、文書に纏めたものだ。開発者はサーフとしているのだから問題ないだろう。管理局が仮に悪用したら責任を問われる事になるが、そんなことはクローンを利用しようとした時点で覚悟の上の筈だ。いずれにせよ、これだけ現場を混乱させたのだから、こちらも多少強引な手段で対抗する必要がある。そんな思いがプレシアを駆り立て、ベック協力のもと今回の取引が実現したのだった。
「では、こちらが設計図とクローン技術仕様書となります」
「うむ。これは次元世界の平和のために役立たせて貰おう」
管理局員としてお決まりの台詞をいい、プレシアから受け取った書類を鞄の中にしまうベア。ネロの方はモニターに目を向けながら言った。
「そろそろ解放してもいいのではないかな?」
「ええ、今止めさせますので、少々お待ちを」
そういって制御室とつながる端末を操作するベック。しかし、
「……申し訳ありません。端末がつながらないようで」
「おそらく、ヒュードラの放出する魔力の影響でしょう。あれは他の魔力と干渉しやすい性質を持っていますので。この分だと念話も使えませんね」
念話というのは、口に出さずに相手にメッセージを伝えるテレパシーを模した魔法のことだ。魔法世界らしい通信手段と言えるだろう。ただし、魔力を持っている人間同士でしか使えない、距離が遠すぎたり、今回のようにノイズが激しいと使えないという欠点があった。
「どうするのかね?」
「現場の状況把握を兼ねて、直接見に行きます。テスタロッサ君、後を頼むよ」
そういうとベックは制御室へと向かった。本来なら階級の低いプレシアが行くべきなのだが、有事の際は説明室から実験室をコントロールしなければならない。このため、優れた技術者でもあるプレシアが説明室に残ったというわけだ。そんな時、A1の声が響いた。
「ぐは……ごぽっ!……」
モニターには血を吐きだすA1。3人は顔をしかめた。
「これは酷いな」
「ええ、早くベック部長が止めてくれればいいんですけど」
ベアとネロは、A1が血を吐いても止まらない実験に気を揉んでいる様子だった。それを察したプレシアはここぞとばかりに追い討ちをかける。
「A1、このクローンの事ですけど、今のままでは苦痛を受けるために産まれてきたようなものです」
「分かっている。引き取った後は何不自由させないつもりだ。人間らしい生活を保証しよう」
「ええ、このような風に苦しむクローンが出ないようにお願いします」
「そうだな。……しかし、ここではメンタルケアのようなものは行わなかったのかね?」
色々と酷いA1の状況を聞いて、何かひとつでもまともな対応がないかと質問するベア。プレシアは無情に事実を突きつける。
「魔力を扱うという特性上、A1の精神状態も魔力炉に影響しますので、過剰なストレスは貯まらないようにはしています。しかし、あくまで実験を成功させるための処置です。A1自身からも海に行きたいと少女らしい発言もありましたから、かなり抑圧された状況と言えるでしょう」
「……そうか。普通の少女と変わらないか」
「ええ、ですから、ぜひお引き取りになられた後は人間として扱ってあげて下さい」
「そうしよう。まあ、引き取った暁には管理外世界の海にでも連れて行くことにするよ」
プレシアの説明に暗い顔をしながらも、ベアとネロは父親代わりとなるのに楽しみな様子だった。A1を見ながら今後を話し合う3人。そんなとき、モニターに映るA1がこちらを見て大きく目を見開いた。と思うと、首ごと顔を背けた。その勢いで散った涙がモニターに映る。
瞬間、アラートが響いた。
部屋が非常事態を知らせるライトで赤に染まる。モニターの魔力値は異常なほどに上昇していた。
「なっ?!」
「馬鹿な! これは!」
声をあげる提督2人。プレシアは慌てて制御室に連絡を入れ始めた。先程ベックが使用していた回線とは別の非常用回線を開く。これは会社の集中管理室に繋がっており、制御室を含めたあらゆる場所をモニターに出力する事が出来た。音声による通信は出来ないが、取りあえずの状況把握には十分役に立つ。ノイズ混じりに制御室の映像を見せ始めるモニター。
そこには、血を流して倒れるヒートとその横で余裕の笑みを浮かべるサーフが映し出されていた。
† † † †
再び制御室。A1の涙を見たサーフは、しかし特に大きな動揺はなかった。所詮、サーフにとってA1はクローンであり、数あるパーツのひとつに過ぎなかったのだ。今回の実験がここで止まるのは残念だが、数値目標はクリアしている。ついでに自分と対立する開発メンバーの筆頭であるヒートも処分出来た。実行犯であるアルジラは何かしら処罰が下るかもしれないが、自分はまず大丈夫だろう。助手はまた別の女でもたらしこんで使えばいい。その程度の認識だった。
しかし、ヒュードラから爆発音がしたことでその余裕はなくなった。
上がり続ける魔力量に、ヒュードラがもたなくなったのだ。理論上の値では十分なはずだったのに。モニターを見ると、あり得ない数値が映し出されていた。
(なんだこの数値は?! ミッドチルダの全魔力と言われている値よりも多いぞ!)
科学誌で見た推定値を越えている事に驚愕するサーフ。A1のスキルはあくまで「周囲の魔力を集める」であって、周辺の魔力以上は絶対に数値が上がらないはずだ。その疑問を考える間もなく、ヒュードラから光が飛んできた。先程の爆発で空いた穴から魔力が溢れでたのだ。
その光はまるで意思を持つかのように曲がりくねり、制御室の窓を破壊して、
「あ、あ、あああぁぁぁぁあああ!」
サーフを突き刺した。
喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ……
(あ、あ、あああぁぁぁぁ?)
――肉ヲ引キ裂キ、
喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ……
(なんだ、)
――屠リ、
喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ……
――喰ラエ !
(なんなんだぁ、これはぁ!)
「ウォォォォォォォォオオオオオ!」
制御室に獣の咆哮が響く。貫いた光が消え去った後には異形――サーフだったモノ。泥水のように汚れた茶色い皮膚に、血で錆び付いた刀を思わせる鋭利な骨と鱗を持った悪魔が、そこにいた。
それは周りにいた研究員に飛びかかった。
それはかつて恋人を演じていた女を飲み込んだ。
それは様子を見にきた上司に喰らいついた。
そこら中の人間を食い散らかし、咀嚼する悪魔。あっという間に、部屋が血肉で溢れかえった。そこへ、異常を感知した警備員の足音が響く。そちらへ顔を向けるサーフ。これだけの人肉を喰っても物足りないのか、その足音に向けて悪魔は走り出した。
† † † †
その一部始終をモニター越しに見ていたプレシアは、激しい動悸を感じながら膝をついた。ベアとネロは余りにグロテスクな映像を見て逃げ出したのか、姿が見えない。
なんだあれは?
凄惨な光景にしばしば唖然としていたが、モニターの端に表示されている数値を見て青くなった。
(魔力値が危険水域を大幅に越えている……!)
魔力は多ければいいというわけではない。過剰に魔力を浴びると、それを体が吸収しきれず危険な状態になるのだ。プレシアぐらいの技術者になると上手く体の外に魔力を逃がす術式を組む事が出来るが、それでも限度はある。その技術がない魔導師やもともと魔力がない人間の場合はなおさら問題であり、最悪ショック死しかねない。慌てて周囲の魔力量を示す画面に切り替えると、周囲の魔力量は上昇を続けていた。
「……!」
それを見たプレシアは、愕然とした。危険水域を越えているエリアには、アリシアが待っているであろう部屋も含まれていたから。
† † † †
「あ、がぁぁぁぁあああ!」
血の海が広がる制御室。そこに動く影があった。ヒートだ。自分が流す血と、制御室に降った血と、こびりつく肉片を撒き散らし、激痛に悲鳴をあげながら起き上がる。
そして、ヒュードラから伸びた光がヒートを貫いた。
「ザァァァァフゥゥゥゥウウウウ!」
異常に発達した赤い筋肉。2つある頭。ところどころ皮膚は鉱物のように硬化し、金色に輝いていた。赤く暴力的な悪魔となったヒートが、憎しみを込めて叫ぶ。それは倒すべき敵を求めて、血で出来た足跡を追い始めた。
† † † †
(……転送ポートを用意すべきだったかしらね!)
プレシアはそんな風に毒づきながら、自宅に向かって走っていた。ヒュードラの実験棟からはすぐ近くの居住棟と呼ばれる建物の一室だ。なお、転送ポートとは目的地まで一瞬で移動できる移転魔法の術式を機械に組み込んだゲートのことだ。通常のデバイスとは異なり、移転魔法のみを組み込んでいるため、複数の人間を低魔力で移転させることができるのだが、高価であり、プレシアは単独でも移転魔法が使えたため、そのようなものは持ち合わせていなかった。しかし、今のようにヒュードラの魔力が干渉してきて、上手く転送魔法が使えないと愚痴の一つも言いたくなる。ようやくたどり着いた居住棟のエントランスは、不気味なほど静まり返っていた。
が、その静寂は獣のような叫び声で潰える。
慌てて中に入るプレシア。そこには、人間の足をかじっているサーフの成れの果て――悪魔がいた。吐き気を催すプレシア。だが、いつまでもそうしてはいられない。あれをアリシアの所へ行かせる訳には行かないのだ。プレシアは杖型のデバイスを構える。悪魔もプレシアに狙いをつけたようだ。頭は鱗のようなモノにおおわれて目は見えないが、殺気をただ漏れにして迫ってくる。
「……無様ね。開発主任! それが人を騙し続けた成れの果てかしら!」
《Photon Bullet》
デバイスからの電子音と共に魔力でできた弾丸を打ち出した。しかし、悪魔はそれを避けながら迫る。エントランスの壁を足場にして左右に跳び回るようにして動き、腕からせりだした骨のようなもので出来た刀で斬りつける。が、プレシアは表情を変えず、
《Lightning Bind》
悪魔を魔力で出来たチェーンで絡めとった。
「こんな単純な罠にかかるなんて、もう本当に理性を失っているのね」
魔力で出来たバインドにもがく悪魔に問いかけるプレシア。そこには憐れみも哀しみもなかった。ただ無機質な声が響く。
「殺しはしないわ。ただ、今度は貴方が実験材料に使われるでしょうけど」
そう言って、非殺傷設定の電撃を放とうとするが、
「っ!」
サーフは力ずくでバインドを破壊した。プレシアは驚愕に目を開く。かなりの魔力を込めたバインドの魔法は、トン単位の力でも耐えられるはずだ。それが紙でも引きちぎるように外されている。同時に雄叫びが響く。
――狩る!
降り下ろされた悪魔の刀が迫る。すぐ近くから不意打ちに近い形で降り下ろされたそれに、プレシアは反応出来なかった。頭をよぎる死。だが、
「ァァァァアアア! ザァァフゥゥウ!」
――脳天割り
別の赤い悪魔が現れ、サーフだった悪魔を地に叩きつけた。固い床が抉れ、クレーターが出来る。プレシアは聞き覚えのあるその声に驚く。
「貴方、ヒート?! そんな!」
変わり果てた姿に絶句するプレシア。やはり無理にでもこのプロジェクトは止めるべきだった。そんな後悔は、しかし目の前の悪魔には届かない。起き上がった黒い悪魔は赤い悪魔に刀を振るった。赤い悪魔はそれに身を裂かれながらも、炎を打ち出し応戦する。
――アギダイン
打ち出された炎に驚くプレシア。ヒートは研究者として優秀ではあるが、保有魔力自体は少ない。それが、大魔導師とされるプレシアが霞んで見える程の魔力で炎を撃ち出したのだ。吹き飛ばされた黒い悪魔はよろめきながらも立ち上がり、今度は闇色の光線のようなものをヒートに放った。
――黒き波動
プレシアの知識では砲撃魔法と呼ばれる攻撃に近いだろうか。しかし、放たれたそれは常識を覆す威力を持っていた。赤い悪魔の片腕を貫通し、居住棟に穴を開け、本社ビルを吹き飛ばす。
「ヒートッ!」
思わず声をあげるプレシア。しかし、それを無視するように手負いの赤い悪魔は体勢を立て直すと一直線に黒い悪魔へ迫り、残った腕で殴り付けた。
――血祭り
が、黒い悪魔も避けようとせず、刀を赤い悪魔に叩きつける。
両者から血が飛び散る。
人間と同じ赤い血だ。黒い悪魔は腹部を貫かれ、赤い悪魔は胸に刀が刺さっていた。組み合ったまま硬直する2匹の悪魔。しかし、それも一瞬。悪魔は鋭い牙の生えた口を大きく開くと、
雄叫びをあげながら互いに互いを喰らい始めた。
音を立てて肉片と骨と体液が飛び散る。凄惨な光景にプレシアは吐き気でその場に膝をついたが、
「……コォォォォロォォセェェェェ!」
赤い悪魔がヒートの声でそんな事を叫んだのを聞いて、顔をあげた。赤い悪魔の2つの頭に目は見当たらない。しかし、一瞬だが助けを求めるヒートの顔が見えた気がした。
「……ヒート……」
いかに非殺傷設定といえど衝撃そのものは無くせない。既に2体の悪魔は体の殆どを失っている。臓器らしいモノも見えた。この状態では間違いなく殺してしまうだろう。
(……仮にこのまま無事にすんでも実験材料に使われるのがオチね)
そして半死半生のまま生きる屍となるのだろう。サーフはともかく、ヒートにそれを与えることはプレシアには出来なかった。
「アルカス・クルタス・エイギアス。……疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ。……バルエル・ザルエル・ブラウゼル」
ヒュードラから未だ漏れ続ける魔力を制御できるギリギリの量まで集め、魔法を詠唱する。通常ならあり得ない魔力を込めて撃つこの魔法は、先程の黒い悪魔が放った砲撃にも劣らないだろう。
「……ごめんなさい、ヒート……」
どこか他界した夫と似たその男が、せめて苦しまないように。
《Photon Lancer Genocide Shift》
赤い悪魔は黒い悪魔に喰らいつかれながら、雷に吹き飛ばされる直前、哀しそうに笑ったような気がした。
† † † †
光が引いて周囲を静寂が包み込む。2体の悪魔は跡形もなく消え去ったが、そこらじゅうに人間の破片が転がり、壁には血の跡ができている。プレシアはそのなかを立ち上がり、
「……ゴフッ!」
血を吐いた。プレシアにもヒュードラが撒き散らす有害な魔力が干渉を始めたらしい。加えて、通常ではありえない量の魔力を込めて撃った魔法の反動も尋常ではない。それでも、プレシアはひび割れたデバイスを杖がわりに歩き出した。動かない体にむち打ち、アリシアの元へ向かう。
無駄に時間を使わせたサーフが恨めしかった。
走れない自分がもどかしかった。
アリシアはもう死んでいると告げる冷静な自分が五月蝿かった。
プロジェクトを止めなかった自分に後悔した。
動かないエレベーターに舌打ちし、アリシアの待つ部屋へ続く階段を上る。
震える手でドアを開けると、そこには倒れ伏したアリシアがいた。
――Result―――――――
・愚者 研究部社員 悪魔と化した人間による喰殺
・愚者 アルジラ 悪魔と化した人間による喰殺
・愚者 ベック 悪魔と化した人間による喰殺
・夜叉鬼 ヴァルナ(AS サーフ) 魔力により崩壊
・夜叉鬼 アグニ(AS ヒート) 魔力により崩壊
――悪魔全書――――――
愚者 ネロ
時空管理局提督。いつも黒いスーツを着込んでいる、痩せぎすの男。技術系の役員として、魔力炉技術の開発を各所へ根回ししている。同じ提督の地位にあるベアとは同時に入局した。
愚者 ベア
時空管理局提督。いつも赤いスーツを着込んでいる、小太りの男。技術系の役員として、クローン技術の開発を各所へ根回ししている。
魔神 ヴァルナ
古代インド・イランの始源神。宇宙の理を司る天空の神。後に水神、天空神、司法神等の様々な神性を与えられる。イランではゾロアスター教に取り入れられ、最高神アフラ・マズダーとなった。インドでは雷神インドラ、火神アグニとともに水神として位置付けられている。司法神としての彼は、間諜を用いて人間の行為を監視し、悪人に水腫をもたらし罰するという。
夜叉鬼 ヴァルナ(AS サーフ)
※本作独自設定
ヴァルナの力を得て悪魔と化したサーフ。両腕の鉈の様なブレードを武器に、飢えから逃れようと喰らい続ける。ヴァルナの持つ本来の水神としての神性は感じられず、泥水のように濁った肌をしている。
魔神 アグニ
インド神話に登場する火神。赤色の体に炎の衣を纏い、二面二臂で七枚の舌を持つ姿で描かれる。天上の太陽、中空の稲妻、地の聖火ひいては人の心の思想や霊感、怒りとしても存在し、あらゆる穢れを浄化するという。
夜叉鬼 アグニ(AS ヒート)
※本作独自設定
アグニの力を得て悪魔と化したヒート。暴力的なまでに発達した筋力と手の甲に生えた鋭利な爪を武器に、怒りの対象であるサーフを求めた。アグニの持つ火神としての力はヒートの怒りを反映し、本来ないはずの魔力をはじめ大きな力を与える。
――元ネタ全書―――――
……もうたくさんだ!
前話に引き続き、デジタル・デビル・サーガ。あのシーン。SF色が強い原作同士絡めやすいので、設定レベルで融合しております。
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※本来ならプレシアの回想という形で語られているので、第三者の視点が入るのはおかしいのですが、そこは演出ということでご容赦ください。
※非殺傷設定の説明とか一部独自設定が入っております。違和感を覚える方もいるかもしれませんが、どうか寛大な目で見てやってください。
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