自室に戻ると、彼の帰りを二人の兄弟が待っていた。意気消沈した彼とは違って期待に満ちた目をしている。
「どうだった?」
彼は顔を横に振った。
「全然ダメ、まるで分ってくれなかった」
「そうか」
「正直、失望したよ」床に座り込むと深いため息をつく。「結局最後まで俺が誰なのか分からなかった。言い訳を散々述べた挙句、間違った名前を押し付けてくる始末だぜ」
「それは酷いな」
「だろ。親父が名前を間違えたんじゃなくて俺が名前を間違えて覚えてるからだ、なんて言われてさ。見苦しかったぜ。結局このトレードマークがなければ誰も区別できないってことだな」
溜まった愚痴を吐き出したところで気持ちは晴れなかった。あの時、代表で行く一人を決めるじゃんけんに負けたせいでこんな思いをしてしまったことに酷く後悔していた。
「ちょっと待って」
ふと、悶々とした気持ちが拭えないところへ、一人がその話に反応した。
「どうした?」
「それ、俺も言われたことある。本当はお前は左京なんだけど間違えて覚えられちゃって、でも直すのもかわいそうだからそのままにしてる、って」
「マジかよ。よく使ってるんだな、その作り話」
「でもさ、考えてみたらあり得ない話じゃなくないか?」
「おいおい本気にしてるのか」
「今聞かされるまで忘れてたくらいだけどな」
思ってもいなかった反応だった。てっきり彼は、父親の酷さをさらけ出して、共感してもらって、愚痴で盛り上がるものだと思っていた。
「そうだったら面白いなって思っただけさ」
「面白いってお前、俺達のことなんだぞ」
今まで信じてきた自分の名前が実は違ったなどと、そう易々と見逃していいことではない。
「お前はどう思う?」彼はもう一人に話を振ってみた。
「俺はそんな話聞いたことないけど、言われてみれば確かに違う名前で呼ばれたことがちょいちょいある気がする。あれってもしかしたら、本当の名前を呼ばれていたのかもしれないな」
「まさか、冗談だろ」
「でもよ、命名された瞬間なんて誰も覚えてないだろ」
自分の意見に自信がなくなっていく。次第に、もしかしたらあの作り話は、名前を間違えた時に自分達を失望させないように作ったものだったのかもしれない、とまで思うようになった。そこまで深く考えているとは考えにくかった。父親は、彼の目から見ても分かるくらいに頭は良くない。凡ミスも決して少なくない。だが三人に等しく愛情を注いで育ててくれた。自分達を失望させるようなことをしたいと思う人ではないとは分かっていた。
感覚が麻痺してくる。もし本当だとしたら、息子としてどう応えるべきなのだろう。
「まぁ確かに、俺達ですら二人のこと、たまに間違えたりするもんな」
彼の声色も弱々しくなっていった。
「じゃあ、どうする?」
「何を?」
「名前だよ。決め直すか」
「本気で?」
「言い出したのはお前だろ」
「いや、別にそういうつもりじゃ」
「だって名前が間違ってたかもしれないんだろ」
「今更そんなこと言われてもな」
「でもよ、はっきりさせた方が良くね?」
三人は顔を見合わせた。誰が先導する訳でもなく、口に出すまでもなく、自然と、意見はまとまっていた。
こうして彼は上京となった。
しかしその後も二度に渡って三つ子は名前を変えることになるのだった。