メタルギアソリッドV -THE NAKED-   作:すらららん

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今回で第2章の終了。
次話から3章としてスタートします。




対立

 10:Standing on the edge

 

 

 扉からスネークが脱出したと同時、壁を撃ち抜き巨大な火炎弾が飛び出した。ミラーの必死な指示に従いングンバ工業団地から脱出しようとしていた矢先、それを見越していたかのように火炎弾が辿りついた先は風化が進み脆くなっていた洞窟。

 直撃・崩落。

 前方は塞がれた、ならばと振り返れば……既に炎柱があちこちから噴き上がり飛び火した草花が炭化し黒煙が立ち昇る地獄の如き光景が広がっていた。

 

 退路は既になし。

 

 腹を括ったスネークは携帯していた水筒の中身をあらかた飲み干し、残りを頭から振りかけ投げ捨てる。手早く酸素吸入器を取り付け手榴弾や突撃銃など、拳銃とナイフ以外の邪魔な装備を放り捨てた。

 耐火装備でない事が悔やまれる。

 

「ではな……ボス」

 

 何時の間にか上空でホバリングしていたヘリ内からスカルフェイスが別れの挨拶をし、遠ざかる。

 直前までヘリが居た直下の地面から一際激しい炎が瞬き、炎馬へと騎乗した燃える男ーーーヴォルギンが姿を顕した。

 

 ノイズが混じり出した無線機からミラーの苦悶の声が漏れる、怨敵を前にしながら何も出来ないでいる自分自身への苛立ちに強く噛み締めた口から血が溢れていた。

 

『ボス、近くにピークォードを降ろさせて「いや、それは止めておけ」だがっ…!?』

 

 スマセ砦内部で神がかり的なテクニックを見せスネークを回収したピークォードであったが、それは充分な空間とオセロットという強力なバックアップあっての奇跡。2度は有り得ない。

 それに、今度という今度は逃がさないという強い意思がヴォルギンの全身から炎となって噴き出している。第三者の乱入はこの場合、不都合しか生まないだろう。

 

「奴らを追わせろ、行け。だが深追いさせるな」

『っぐ、分かった…………死ぬなよ』

「死なないさ、まだやるべき事が残っている」

 

 作戦領域外で待機していたピークォードがスカルフェイスを乗せたヘリを追うため両者の上空を通り過ぎる。

 その際に投下された幾らかの荷物がスネークの側へと転がる、せめてもの支援だ。生憎と目の前の相手には活かせそうにないが、その心遣いが有難かった。

 

 融解した鉄骨が曲がり、自重に耐えられなくなった建物が金切り声をあげながら崩落していく。中にいた人間の生存は絶望的だ、尤も……連れ出せていたとして無残な有様だった彼らが生きられたのかは怪しい。

 だが誰も、望んでこんな場所に来たのではない。

 実験体にされて命を弄ばれる為に、スカルフェイスに利用される為に生まれてきたのではないのだ。断じて。

 

 それはヴォルギンとて同じ。

 スネークを倒す、それだけの為に現世にしがみついている男の現状はスカルフェイスにとって都合のいい駒の一つに過ぎない。その様な体たらく、屈辱を飲み込んで尚この場に居る。

 その心中は察するに余りあり。

 だが考慮するには身勝手が過ぎた。

 

「ーーー!!!!」

 

 言葉はなくとも伝わる思いはある。

 宣戦布告の咆哮。

 

「そうだな、終わらせよう。俺とお前の因縁を……」

 

 猛々しく嘶き、炎の翼をはためかせ飛翔した炎馬。

 その上に跨り両腕を高く翳したヴォルギンが掌で挟み込む様に巨大な火炎球を創り出し、天へと解き放ちーーー2つ目の太陽が顕現した。

 

 

 

 意外と言っていい。

 見誤っていた、ヴォルギンという男ーーーその報復心を。

 

 戦況は動かない。

 一も二もなく突進してくると思われていたヴォルギンは姿を見せることなく、ただ執拗な迄に炎を生み出す事に専心していた。黒煙と炎に囲まれヴォルギンの気配は全く読めず攻勢に回る機会すら見い出せない。

 携帯型の酸素吸入器では長くてあと10分、激しく動けば5分と保たないだろう。そう、ヴォルギンは持久戦を選択していた。

 

(見誤っていた……奴の目的、それは俺を“ただ殺す”ことだと。そう勘違いしていた)

 

 思い返せば確かにそんな節はあった。

 生前、肉体を用いての戦闘を好んでいたのは加虐趣味である事もさることながら、電撃を操る異能に加え何よりも“自分の優位性”を確信していたからに他ならない。

 自分が不利になった途端オセロットに援護を頼んだり、自分より強者であるザ・ボスには逆らわないなど、戦闘者として情けない処が多々あった。

 だが違う…違うのだ。

 ヴォルギンの真骨頂は正面切っての戦いではなく、賢者の遺産を用いたとはいえ確固たる地位を築き上げたその政治的な手腕、戦略にこそある。戦闘者としては炎の異能を得た今でもスネークに劣る、だが彼はもとより戦闘者にあらず。

 

 勝てばいい。

 どんな手段を使おうとも。

 しかし拘りはある。

 どう殺されても構わない、しかしそれはヴォルギンが“望んだ”方法でなくてはならない。

 生前も今も、何一つ変わらない嗜虐性。

 故に彼はスネークをクンゲンガ採掘場に炙りだしたXOF隊員を焼き殺した、その上前だけを撥ねる形で。

 だが失敗し、そして学んだのだ。

 それがつまりこの状況。

 

「ゴホッ…………」

 

 呼吸が辛くなってきた。

 だがじっとして動かなければ火炎弾を飛ばしてくる、居所を悟られないよう多角かつ散発的に行われるそれは殺傷能力などまるでなく獲物を弄ぶソレだ。動いていれば自然と体力は削られる。何処から攻撃が来るのか、何処に潜んでいるのか、何も分からないスネークの精神は着実に磨り減って落ち着く暇を与えてはくれない。

 じっくりと炎と煙で体力を奪っていき、そして最後に……自らの手でトドメを刺す。ヴォルギンの報復心、その策略は此処に至ってーーー完全にスネークの戦術を封じ切っていた。

 

(下手に動くワケにはいかん、崖から落ちればまず助からないだろう……)

 

 頭痛がし始めた。

 既に呼吸器の酸素はなく防塵フィルターとしての役目しか果たしていない、だが確実に煙は……一酸化炭素が身体に溜まっていき自由を奪う。

 

 脳が上手く働かなくなって来た。

 思わず膝を着き、その姿をヴォルギンは遥か上空から眺めていた。獲物の状態、その表情や仕草からじっくりと見定める……狩り時を“逃がさない”為に。

 

『ボス! きこえ…………っか……………!!』

 

 ミラーの声が遠い。

 荒くなる呼吸を抑えていられない、それで状況が良くなるはずもなく益々持って呼吸が辛くなり肉体から力を奪い去る。悪循環。肉体を支える強大な精神力もまた、霞んでいく意識を繋ぎ留めておくだけで精一杯。

 コオォ……

 浅く息を吸い、吐く。もはや目の前は煤だらけで何も見えない。ならば見る必要もない、瞳を閉ざし脱力する、残された力の全てを体の奥深くへと溜め込む為に。

 

 確信があった。

 信頼と言い換えてもいい。

 もはや勝利は時間の問題と悟ったヴォルギンは攻撃を止め周囲を旋回する、折角のトドメをチャチな火炎弾で刺すなど考えていない。その思惑を悟り最後の瞬間、目の前に現れるヴォルギンへ渾身の一撃を叩き込む事に賭けるスネーク。

 2人の思惑は完全に一致していた。

 後はどちらの(報復心)が先に相手を呑み込む(殺す)か。

 

 決着の瞬間は確実に迫っていた。

 

 

 

「……っ」

 

 段々と感覚が鈍る、もう暑さも感じない。

 何も感じなくなっている。

 自分が何をすべきなのか、それすら忘れそうになる。ぽたりと、最後の汗が地へ落ち……乾いた。

 

 勝負の趨勢は必然、生身であるスネークの不利へと傾き続ける。緩やかな傾斜を転がり出した玉に勢いが着けば、もはや止まることなど有りはしないように。

 なまじ強すぎる意思を持つが故に極限状態に追い込まれても尚身体から滲み出る覇気が、第三の少年の能力を通じて動いているヴォルギンへと伝わり警鐘を鳴らし慎重にさせていた。

 

 天秤は完全に傾いた。

 もはやヴォルギンの勝利は揺るぎなく、スネークの敗北で決着する。これはもう覆り様がない残酷なまでの真実。薄々それに気付きながらもはや対処する方法は無く、遂に一線を越えてしまっていた。

 

(…………このまま、で、は……)

 

 コォ…………

 

 ………

 

 ………

 

 コォ…

 

 ………

 

 ………

 

 ………

 

 ………

 

 ……

 

 ……

 

 ……

 

 …‥

 

 …‥

 

 …‥

 

 …

 

 …

 

 ...

 

 …

 

 ‥

 

 ‥

 

 ‥

 

 ‥

 

 .

 

 .

 

 .

 

 

     ボス 

 

 

 自然と腕が持ち上がる

 

 だが抜き放った拳銃を持つ手が重い

 

 震える手から落としそうになり

 

 

   あちらです

 

 

 重なるように幾つもの暖かな手が身体を支えた

 

 促されるままに照準を定め

 

 ーーー赤髪の少年のマスクへと弾丸が突き刺さった

 

 

 ゴオォオオオオオゥゥゥゥンッ!!

 

 

 スネークを取り囲むように燃え盛っていた炎が大きく鳴き(そら)へと散った、それはまるで断末魔の悲鳴のように木霊した。

 勢いよく流入した大気が風となり頬をゆるやかに叩く、溢れんばかりに肺へと注がれる瑞々しい酸素が血へと運ばれ徐々に全身へと力を与えていく。

 閉ざされていた瞳を開き顔を上げた。

 そこにはヴォルギンが、大きく右手を振り翳し今にも解き放たんとする姿勢で静止していた。

 

「     」

 

 その瞳だけが変わらず爛々と燃えている。

 間近で獲物が憔悴する様を見届け、絶望に染まる様を鑑賞し、そしてトドメを自らの手で刺す絶好の機会を全うせんと姿を見せ……しかし最大の隙を晒していた。

 その身を異形と化してまで成そうとした報復心、だがもう二度とそんな機会は訪れる事はない。

 そう、永遠にありはしない。

 

「…………ふうぅ……っ!」

 

 ゆらり。

 キプロス島で目覚めたばかりの頃のように、息を整えふらつきながらも立ち上がる。左腕を握り締めて引き絞り、弓形にしならせーーーヴォルギンの肉体へと鋼鉄の四指が突き刺さる。

 抵抗は驚くほど無かった。

 

「………………」

 

 視線が交わる。

 2つの炎が互いを呑み込まんとした戦いの果てーーーやがて1つの炎が消えた。

 

「………………」

 

 ヴォルギンの口、目、身体……ありとあらゆる場所から炎が噴き上がる。それは今までの様な攻撃性・報復心が形を得た様な禍々しい炎ではなく、どこか暖かくも切ない光を放っていた。

 それは生命(いのち)が最後に放つ輝き(残り香)

 

 淡く瞬きながら蛍火のように舞い、ふっ…と消えいく。熱を失い始めたヴォルギンの肉体とは裏腹にスネークの義手に血が通い始め、それに触発されてか加速度的に体調が回復していく。

 全ての(生命力)を失いヴォルギンの身体はゆっくりと仰向けに崩れ落ちた、その顔に人としての原型は既になくまるで出来の悪い人形のようだ。

 

 もう二度と動き出しはしない……そんな予感を覚えたスネークはしっかりとフルトン回収装置を付け終え葉巻を取り出した。風にたなびく煙の先、空へと飛翔していく気球を見送り……ようやく腰を据えて横たわった。

 

『回収するのか? 分かった。ボス、よく生きていてくれた…』

「…………スカルフェイスは…」

『逃がした。すまない、霧が出て来たと報告があってなーーー大事をとって帰還させた』

「ああ……いいさ」

『直ぐに迎えに来させる、それまでゆっくりしていてくれ』

 

 通信が切られる。

 離れていた野鳥や虫が戻ってきたのか、さざめく合唱を子守唄替わりに暫し夢の底へと落ちた。

 

 耳を劈く轟音と共に風に煽られ木の葉が舞い顔に掛かる、目を見開くと姿勢制御しながら高度を下げてくるヘリが見えた。付近に降着したヘリから隊員が降りてこようとするのを静止し、放り投げていた装備を回収しながら歩いていると真横から視線を感じ首だけを向ける。

 そこには赤髪の少年が浮かんでいた。

 

「…………」

 

 生身と遜色ない感覚を取り戻した左腕で素早く拳銃を抜き先程と同じ場所(眉間)へと撃ち放つ。

 ぶわりと空間が歪み、ひしゃげた弾丸が落下し少年の姿は掻き消えていた。

 

 スカルフェイスとヴォルギン。

 2人が持つある種共通の報復心に感応していた少年は、その片割れを下し今もなお燃え続けるスネークの報復心へと引き寄せられていた。少年の能力、その目覚めを誘った根幹たるスネークの報復心はスカルフェイスらのそれよりも遥かに身に馴染むのだ。

 だがそれをスネークは拒絶した。

 世界(サイファー)との闘争、その果てを最終目的と看做すスネークにとって共に戦う者達の存在は重要で不可欠なものだ、だが自分の意思(感情)で戦う事を選ばない者を連れていく(巻き込む)つもりは更々なかった。

 自分だけの特別な感情(忠義)を持たない、覚悟のない者が生きられるほど戦場は甘くはない。

 

「出せ」

 

 鋼鉄の左腕で拳銃を仕舞う。

 周囲には騒ぎを聴きつけたものの、ングンバ工業団地へ続く道が崩落し崖から回り込もうと苦心していたローグ・コヨーテの傭兵達が散見された。飛び立とうとするヘリへ向かっての必死な銃撃を軽やかに躱しながら次第に高度を上げていく。

 ある程度上昇し離れた所で扉を締め、水分補給をしていたスネークは視線を感じ不意にあらぬ方向を向いた。その遥か彼方には赤髪の少年を従えた“髑髏顔の男(スカルフェイス)”がこちらを見て笑っている。

 姿は見えない、だが“分かる”のだ。  

 

「お前に俺は殺せない」

 

 それは宣戦布告。

 コソコソと裏で蠢くしか能のない男に自分は殺せないと、そう強く宣言(断言)した。それは両者が共に認める事実だった。

 聞こえる筈も、見える筈もない距離からのメッセージを霧に紛れ移動するヘリ内部でスカルフェイスは確かに受け取った。

 そして嘲り笑う。

 

「それは違う、ビッグボス。お前は時代に殺されるのだ……私の作り出す新しい時代、その礎としてな」

 

 調整を終え遂に完成した“切り札”を愛おしく撫でながらスカルフェイスは、これから先に起こる歴史的瞬間への恍惚を夢想しビッグボスの存在を“些事”であると切り捨てた。

 ああ、確かに自分にはボスは殺せないのだろう……それがなんだというのだろうか? 後手に回るしかない時代遅れの英雄は、新次代を担う自分にとってもはや道端に転がる邪魔な石ころ程の価値もない。

 

 意思なく漂い続ける少年は髑髏顔の男が放つ歪んだ報復心の海に漂いながら、ただ一点を見つめていた。空虚な(羨望の)眼差しで。

 今もスネークの傍に寄り添い、死して尚共に戦い続ける男達の姿を。

 

 

 

 

 

 11:プラットフォーム奪還

 

 

 シャバニの帰りを寝ずに甲板で待っていた少年達の想い、純粋な願いはーーー叶わなかった。

 遺された首飾りを受け取り……少年達はその死を悼んだ。ミラーは彼らを少年兵とは扱わず、戦場外へ戻れる様に取り計らう方針をビッグボスへと提議し彼もまた了承する。

 

 持ち帰られたヴォルギンの遺体は隔離プラットフォームへと運ばれ厳重な監視の下に検査が行われる。それに先立って回収されたスカルズの調査が終了、その報告書を受け取ったスネークは新たな任務へ赴く道中の暇潰しがてらに読み耽る。

 ピークォードが甲板から飛び立つ、間もなくしてその内容のトンデモなさに呆れつつ隣で銃を磨くオセロットへと語り掛けた。空は青く晴れ海は穏やか、しかし強烈に吹き付ける風でガタガタと扉の接続部が軋んでいた。

 

「肉体を強化する類の寄生型生物ねぇ……嘘から出た真というやつか?」

「UMAと言うよりは、もはやBC兵器ですがね」

 

 気流で不規則に揺れる中で小さな部品一つ落とすことなく解体洗浄を行っていたオセロットは皮肉げに口元を歪め同意した。

 かつては医学を人々の幸福の為に発展させることに尽力していた筈のパラメディック博士は、今や生物兵器を産み出す程に常軌を逸しているらしい。さもありなん。何せ組織の頭目たるゼロ自身が、目の前で幸せそうに葉巻を吸っている男のクローン体を作り出す程にイカれているのだ。

 他のメンバーも……同じ目的地へ肩を並べて歩んでいた筈の彼らと、いったい何処で道を違えてしまったのか。或いはそもそも……。

 

「フ……」

 

 らしくもない感傷に耽ってしまった。

 センチな気分を誤魔化し、雰囲気を一新するため出来るだけ有り得ない未来図を予想し口に出すことに。

 

「このままだと……ふむ、そのうち大統領がレーザーを吐く魚の化物と闘う時代が来るやも知れません」

「大統領がか? ふはっ!」

 

 思わず噴き出したスネークは、ゲホゲホと煙混じりの咳を出しつつそう答えた。中々に面白い発想だと褒めてやりたいところだが少しばかりウィットが足りていない。

 

「ありえんな、ハハ。それならまだ……上院議員辺りの方が闘えそうだ、アメフト上がりのな」

「それはいい、夢がある」

「「ハッハッハ!!」」

 

 散々っぱら適当な事を言い合ってから、件の寄生虫に関する事を語る。スカルズの肉体のほぼ全域がその苗床となっていことが医療スタッフの尽力から判明している。その種、生態、感染性、殆どが不明なままではあるが……だがこれで一つ判明したこともある。

 過日、焦燥から思わずと言った形で口を漏らしたヒューイの証言の一つが今回の件で立証された。今はバトルギアの開発に没頭している男、裏切りの容疑者。

 裁きの時は近い、そう実感する。

 

「やれやれ、虫だのなんだの勘弁してくれ……戦うのは人間相手だけで沢山だ」

 

 その時、甲高い警報音混じりでコックピットへ通信が入る。二言、三言、短く言葉を交わしたパイロットは「ボス!」慌てた様子で拡声器を起動、通信相手……ミラーの声が室内へと反響する。 

 

『ボス、緊急事態だ! マザーベースが襲撃を受けた!』

「あ……?」

 

 その言葉の意味するところを咀嚼し、目をしばたたかせる。同じく目をしばたたかせたオセロットと目が合い、非難するような仕草で首を振られた。

 聞き間違いである事を願いながら、どこか惚けたような声で応える。

 

「待て待て……俺のせいか?」

 

 噂をすれば何とやら……とこじつけるには、このタイミングはあまりにも性急だろう。敵性PFに侵攻を受けたこの日から、著しい勢いで世界が動き出した。

 

 

 

 セーシェル沖。

 ダイアモンド・ドッグズの本拠地である海上プラント群がそこにあった。司令部プラットフォームを中心に六角形上に建立された各プラットフォームの1つ、開発班プラットフォームが謎の武装勢力(PF)によって占拠された。

 副司令であるミラーはこれに迅速に対応、部隊を制圧へと向かわせた。だが人質を盾に強行策を封じた敵勢力はその悉くを正面切っての猛攻で撃退。もう一度同じような事をすれば人質を殺害すると予告し、それ以外の何も要求することなく立て篭った。

 

 事態を重く見たミラーは任務へと赴いていたスネークを呼び戻す事を決意。オセロットと別れ単身マザーベースへと帰還する彼の身を待ちながら、簡易的なブリーフィングを始めていた。

 

「しかし信じられん……アイツらの練度はよく知ってる、そこらの連中では相手にならん筈だ」

『俺もだボス。まるで九年前の悪夢の再来、いやそれ以上か……奴らの隊章から身元を調べた、最近組織を一新して大きく名を挙げてる新進気鋭のPF。

俺達の真似をしている後追いの連中は多い、その一つとして諜報班も目を付けていた。だが……どうやらその実力は本物だったらしい』

 

 精鋭揃いのD・D部隊員の能力は大国の特殊部隊と比べても遜色ないものに仕上がっていた、それと同等……ないしは上回る。当面の敵をサイファー子飼いのXOF部隊のみと想定していたミラーや部隊員の面々は鼻っ柱を強かに叩かれた格好となった。 

 何よりも彼らが憤慨したのは、強襲されたからといってまんまと敵に出し抜かれた事実にである。それも本拠地たるマザーベース内でだ。

 これ即ち、BIGBOSSの名を汚したという事である。

 あまつさえその尻拭いを我らがボス自らにさせてしまう、この緊急事態に何の力にもなれない己が身の未熟さを彼らは強く呪った。

 

「奴らはどうやって?」

『闇夜に紛れてプラットフォーム下部へと潜伏していたようだ、警備の交代時間に合わせて強襲し占拠。敵ながら鮮やかな手並みだ、それに……厄介な事態になりかねん』

「ん?」

『ボス、屋上に居る奴らのリーダーの肩章をよく見てくれ』

 

 次第に見えてくる占拠されたプラットフォーム、第一甲板の屋上。巡回する兵士へと細かく指示を伝える中心人物、敵リーダーの肩に刻まれていたマークを見やり……唸った。

 

「あれは…」

『そう、敵PFのリーダーは……俺達の嘗ての仲間なのかもしれん』

 

 

 

 占拠された研究開発プラットフォーム。

 その一角に押し込まれていた男の元に1人の兵士が訪れていた。一種の隔離状態に近い扱いとはいえ今が尋常の時でない事ぐらいは彼も理解していたし、踏み込んで来た見覚えのない男の姿や武装を見れば怯えて然るべきだ。

 

「やあ……待ちくたびれたよ」

 

 にも関わらず、男……ヒューイの表情に浮かんでいたのは安堵の笑みであった。にへら、とスネークに見せる様な謙った態度で兵士から幾つもの“資材”と“指示”を受け取り頷く。

 

「………………」

「ああ、任せてくれ……連中は僕を信用してる、勿論さ! やれる、だから……!」

「………………」

「ああ、ああ! 分かってるさ」

 

 全てを伝え出て行った男を見送ることなく、大慌てで受け取った品を秘密の隠し場所へと仕舞ったヒューイは小さく笑い声を上げる。 

 それは9年前にビッグボスがチコ救出へと旅立った時に浮かべていた笑みと、全く同じ質のモノだった。

 

 

 

 昔から建造物への潜入は得意だ。

 それが勝手知ったる我が家ならばもう語るまでもない、敵がどれだけ巧妙に警備をしていても問題にすらならない。そう思っていた。だがヘリから降りて直ぐの出来事で気合を入れ直したスネークは手早く警備兵達を締め上げ早期の解決の為に数段ギアを上げた。

 

「オセロットの方はどうだ?」

『既に潜入を開始している、目標の到着待ちだ』

 

 スネークと別れたオセロットの身は遠きアフリカの地にあった。二者択一の状況で、ノヴァ・ブラガ空港跡へと向かう事を決めた彼は上手く警備をすり抜け朽ちた倉庫の一角に身を隠していた。

 

『オセロット、ボスが出撃した。そっちの状況はどうだ?』

「ああ、良いタイミングだ。来たぞ、ヘリだ」

 

 武装ヘリを伴って現れた身形のいい高級なスーツを着た西側の大きな武器業者の社長と目されている男。

 だが妙にチグハグな印象を覚える、服越しにも分かる程よく鍛えられた肉体や余りにも手馴れた銃器の扱い方はとてもデスクワーカーには見えない、それに幾ら警備兵が巡回しているとはいえ視察をするのに随伴兵を一人も付けず基地内を平然と歩く姿はどうだ。

 匂う、あまりにも匂うのだ……。

 

「ふぅん……?」

 

 その予感は正しかった。

 武器業者を出迎えた男は、確かに“SANR”のお陰ですと語ったのだ。既に調査でSANRが実態の無いサイファーが名を利用しているだけのペーパーカンパニーである事は割れている、となればこの社長と名乗る男を確保すれば何らかの情報を得られる目算が高い。

 

「ミラー、回収機のパイロットに伝えろ……忙しくなるぞ、とな」

 

 

 

 巡回中の兵士からの連絡が滞っている、それを聞いた瞬間すでに手遅れである事を悟りながらも全員へ一方的に警戒態勢を強めるよう促し無線機を切ると床へと叩き付けた。

 

「来たか……ボス……ッ!」

 

 連絡を密に。

 それだけを徹底させておいて正解だった、部下はたまたま連絡が取れないだけでは? 等と暢気なことを言っているが、それはBIGBOSSという存在を話だけ聞いて知ったつもりになっている馬鹿の戯言に過ぎない。

 本当に危機感が足りていない、なまじボスのいない時に奇襲を掛け防衛戦に勝利“してしまった”事で気が緩んでいる。使えない奴らだ、こうして部下を率いる身となって初めて痛感するーーーだからこそ自分もボスに“見捨てられた”のだと。

 

「クソッ!」

 

 壁を殴り付ける。

 あれから鍛えに鍛え抜いた肉体は鋼鉄製の壁をまるでものともせず、容易に凹ませた。これならボスの力になれると考え、噴き出した激情に駆られ幾度も壁を殴り付けた。

 

 尊敬していた……いや、今でも尊敬している。尊崇している。だからこそ許せない。あの日、あの時、自分達を“見捨てて”9年も姿を隠し続けたことが許せない。

 自分達を捨てて新しい部下と新しい組織を立ち上げたボスがどうしても許せない。愛憎入り混じった感情がこの男を地獄から蘇らせたのだ……復讐鬼として。

 

「……何年ぶりだろうな」

 

 背後から懐かしい声が聞こえる。

 こうなるだろうとは思っていた、ヘリが接近してから連絡網に穴が出来た事に気付く迄の時間から逆算すればものの10分も掛からず全員が無力化、ないし行動不能に陥った。

 

「9年ですよ、ボス」

 

 感嘆する。

 心からそう思う。

 だからこそ……許せない。

 ふつふつと湧き上がる敬愛の感情が肉体のコンディションを高め、狂おしい殺意が思考を冷徹に保つ。

 

「そうだな。9年だ」

 

 武器を放りCQCの構えを取った。

 無言で同じ構えを取ったビッグボスへと左拳を放つ、鏡合わせのように放たれた拳に弾かれ体勢を崩し腕を絡め取られ捻られる。

 捻りの逆方向へと回転しながら体当たり気味にぶつかって強引に振り解き、足払いをし掛けるが極僅かな跳躍で後方に躱されたと同時、そのまま足の甲を押さえ付けられた。

 

(く……っ!)

 

 あと一手が及ばない。

 常に一手だけ、まるで思考を読まれているかの如く先手を打たれて有効打を放てない。こんな筈では無かった、流石だと感嘆する、何故勝てない、凄い、どうして、もっとこうして闘いたい。グチャグチャに塗り潰されていく思考とは裏腹に、肉体は限界だと思っていた動きを越え洗練されていく。

 

「っお!!」

 

 ぐらり、と視界が揺らぎ背中から勢い良く叩き付けられる。起き上がろうとした機先を制され手足を拘束され喉を圧迫された。白んでいく意識の底で、こんな所で負けたくないという純粋な思いだけが敗北を拒んだ。

 もがき、抗いながら、無我夢中でナイフを奪い取って叩き付ける様に振り翳しーーー鋼鉄の義手で刃を止められる。

 ハッとした。

 

「ッ! そ、それ…………」

 

 唐突に全ての敵意が削げ落ちる。

 9年前と殆ど姿顔立ちや強さの変わらない男の、しかしどうしようもない程に変わり果ててしまった左腕の義手を認識し……己の認識に疑いを持った。

 裏切り者……そう思い込むには、ビッグボスの瞳はあまりにも穏やかで、先程までの闘いは健全すぎた。

 

「あんたも地獄を……?」

 

 抵抗を無くした男から身体を離し、立ち上がったスネークは無防備な背中を晒しながら遠ざかる……その背に刃を突き付ける気力も動機も、もう彼の中には存在しなかった。

 ボロボロと涙を流し、打ちひしがれる男はミラーが繰り返す降伏勧告の声を何処か遠くに感じながらゆっくりと意識を失っていく。

 

 

 

 

 

 12:ホワイトマンバ

 

 

 CFA幹部と偽りのSANR社長。

 この2名を回収し得られた事実はあまり多くもなく目新しさもなかったがスカルフェイスがこの地で暗躍している証拠としては充分なものだった。

 核兵器の販売、これビジネス化しようとしている。ウォーカーギアがその一角を担っており、しかし比較的入手の簡単なそれとは違い核兵器を製造・販売しようなどすれば相応の施設が必要となる筈だ。

 だがその前提が覆るとすれば?

 

 現地で製造し安易に手に入る核兵器……この絵に書いたような餅を現実にする手段をサイファーは既に開発しているのだろう。そしてその手段を彼ら以外で知っている可能性がある男がただ1人だけ居る。

 エメリッヒだ。

 

 バトルギア開発の進展具合を確かめる為にヒューイの下へ立ち寄ったスネークは率直にその話題を語り反応を見定める様に観察した。

 

「まさか! 僕が推し進めていたのはあくまでもサヘラントロプスそのものであり、専門は駆動系だ。確かにウォーカーギアはアレの技術のスピンオフだけど、でも搭載する兵器に関しては僕はタッチしていない。それよりどうだい! まだボディしか完成してないけど、既に粗方の技術検証はサヘラントロプス開発時に終わってるから後はパーツを順次組み上げていくだけさ! 君達の役に立てると思う、更にーーーー!」

「…………」

 

 薬物か洗脳による強固な自白対策。

 ほぼ間違いなくその施術を受けているとその道のプロであるオセロットが断言したエメリッヒだが、それは完璧ではなく追い込めばボロを出してしまう程には不安定だとされた。

 今回の尋問に対し、彼の所作からはそういった隠し事をしている“不自然”さは感じ取れなかった。

 だが“何かおかしい”のだ。

 

 過日の占拠事件の前後から、エメリッヒは良くも悪くも“変わった”。卑屈な態度を崩さず、今も喜色満面に媚び諂うようバトルギアに関する薀蓄を語っているが……どうにも奇妙な違和感が拭えない。

 しかしヒューイだけにかかずらっていられる程暇ではない、後の事はオセロットへ任せスネークは忙しなく任務地へと赴いて行った。

 退室したスネークを見送り、普段通りの作業に戻ったヒューイは顎を掻きつつ首を一回転する。機械の脚を畳みリラックスした姿勢のままアイ・ラブ・ダイアモンド・ドックズとプリントされた特製のマグカップで旨そうにコーヒーを啜っていた。

 

 

 

 新たな任務の依頼。それはマサ村落のCFAが謎の全滅を遂げたのが発端だった。

 

 少年兵たちを統率していた大人“だけ”が何故か居なくなり、戦う事しか教えられていなかった彼らは暴走し今ではマサ村落を占拠、周囲の村から略奪や暴行などを行う匪賊となり果てた。

 困り果てた現地の住民が政府へと要請し“少年兵の排除”を依頼。受理された。

 

『彼らがこうも攻撃的になったのには理由がある、実は俺達へ依頼が回ってくる前に政府は別のPFへ討伐依頼を出した。だが彼らはそれを難なく撃退、一人残らず殺害した。

それを成したのがホワイト・マンバと呼ばれる隊長、何処からか唐突に現れたこの少年によって彼らは強く統率されている』

「ホワイト・マンバ……白い蛇、ね」

 

 小規模ながらこれもまた戦争。

 報復の連鎖の中へと放り込まれた少年達は、その幼さを理由に赦されることはない。奪う者、奪われる者。前者であり続けられるほどに少年達の組織は強くもなければ大きくもなかったということだ。

 

 だかそこに否を唱える男がいた。

 

『要はこの子供たちによる被害が止まればいいんだ、そこで今回の目的は子供達全員のDDR、つまり“武装(Disarmament,)動員解除(Demobilization)社会への復員(Reintegration)”としたい』

「……ふむ」

『……気に入らないか?』

 

 スネークのあまり歯切れのよくない返答にミラーは焦りを覚えた。

 血で血を洗う復讐鬼と化してすらミラーは子供達を戦争に巻き込む事を忌避している、これはもうどうしようもない彼自身の善性であり戦後の混乱の中で無力な幼少期に培われた思考と感性。

 そんなミラーからすれば、幾ら自分を殺害する為に遣わされた刺客だといっても子供を容赦なく殺したスネークへ思う所が全くない訳では無い。鍛えているといっても“所詮は子供”の力だ。

 抵抗出来ないように関節を外すなり、やり方はあった筈だと。

 

「いや、お前の考えは良く分かった。DDRを方針とするのも文句はない。だがな、お前は何か勘違いしている」

『それは……?』

「例えどれだけ幼く、分別が理解出来ていなく、善悪の区別すらなくともーーーそれが戦士なら俺は戦う。……場合によっては殺す事もあるだろう」

『……それは!』

「確かに! 彼らは戦う事しか知らないのだろう、だがな? だからと言って、お前が一方的に彼らから“戦いを取り上げる”権利はない」

『……っ!』

「それだけだ、覚えておけ」

 

 幼い頃から戦場に身を置き、今も戦場こそが己の生きていく居場所だと定めているスネーク。

 何も出来ず無力な幼少期を過ごし、肉体を失って二度と戦場に立つ事の出来ないミラー。

 考え方や育ち方が違う2人。嘗て戦場で出会い、意気投合し組織を作りあげ、今も同じ敵へと轡を並べ歩んでいる両者。しかし9年という歳月が彼らの間に齎した隔たりは見えない所で徐々に広がり続けていた。

 

 だが、もしかすれば或いは。

 それは出逢った日から宿命付けられていた“運命”なのかも知れない。

 

 

 

 現地へと降り立ったスネークは付近で哨戒をしている子供達の装備や配置を確認しつつ目標を探した。

 彼らの年齢からすれば卓越した、本職の軍人からすれば杜撰でスネークからすればザルに等しい警備の隙を突きつつ隙を突いては回収する。

 なるほど銃を持ち、それを使う事が出来るからこそ彼らは大人達を退けられた。だが正確には“子供だからと”舐められ、それで運良く生を拾ったに過ぎない。

 彼らは一方的な被害者でもなければ加害者でもない、彼ら“子供”に殺された“大人”は、その曖昧さから目を逸らしてはならなかった。

 

「ほう、子供のくせにいい趣味をしている」

 

 恐らくは死んだ大人達が持っていた葉巻を見様見真似で吸っていたのだろう。乱雑にポケットの中に仕舞われていたそれを取り上げ火を点ける、だがどうにも味が悪い。管理が悪く湿気っているのだ。

 残念そうに放り投げ、それに気を取られた子供の首を締めて優しく落とす。

 ぐったりとした少年が所持していた汚い文字で書かれた命令書を読み解き、彼らの“大将”が居るであろう場所へ双眼鏡を傾けた。 

 

 

 

 そこは打ち捨てられた船の残骸。

 その最上層は少年にとっての“城”であった。窮屈で不自由な、それでいて何不自由なく“与えられる”生活や“人生”ではなく己の手で掴み取った初めての居場所を気に入っていた。不満はある、同じだけ満足感もあり、堪えられない苛立ちが常に付き纏って離れず……故に面白くはない。

 特に、今日は朝から胸騒ぎがしてどうにも落ち着かない。

 

 自分を慕ってくる者達の存在は決して不快ではなかったが、これもまた充分とは言えない。足りない、ひたすらに足りないものばかり……だが今は我慢するしかない。

 非常に業腹だが学んできた技術は確かに自分を強くしており、後は成長し肉体が出来上がるのを待つだけ。そうなればもう大人達相手に策を練り立ち回る必要すらなくなる。ある程度の将来性だけは確実に“保証”されているのだから。

 何せ自分は“あの男”のーーー

 

「チッ!」

 

 脳裏に過ぎった男の姿、名前、そして己の“性能”に吐き気を催すような激情に駆られ近くの箱を2つ蹴り倒した。同じ様に朽ち掛けていた箱の一方は呆気なく壊れたにも関わらずもう一方は少し欠けたばかり、その違いが自分の事を暗示している様に思え……益々もって苛立ちを助長させた。

 この一種の癇癪とも言える自分達の隊長の欠点をよく知っている見張りの少年はその怒りの捌け口とされる事を恐れほんの少し船から距離を取った。

 大事に隠しておいた飴玉を舐めようとしーーー意識を失う。

 

 ミシ……ミシ……。

 湿気を帯びて撓む船板を踏み締めながら1つの影が少年の下へと向かう。その気配に、音に、気付けるだけの素養と実力を兼ね備えている筈の少年はしかし気付くことなく接近を許した。

 尤も気付いたところで既に、少年の部下達はもはやこの地には居ない。砂上の楼閣、裸の王様、そういった風に自分が既にどうしようもない“詰み”の状態だと少年が気付ける筈もない。

 

「…………」

 

 そのまま無抵抗の少年を気絶し回収しても良かったのだが、何故かそれは躊躇われた。明らかに他の少年達とは人種が違う彼はなるほどホワイトマンバと呼称され隊長と呼ばれるだけに相応しい“気概”を感じさせる。

 その少年隊長に、ほんの気紛れを起こしたスネークは妙な“既視感”を覚えながら声を掛けた。

 

「お前がホワイトマンバか?」

「っ! くそっ!」

 

 何者かにむざむざと背後を取られていた事に気付いた少年は慌てて身を翻し、振り向きざまにナイフを構え侵入者を睨み付け……互いの顔を認識した両者は“同じ”不快感を覚える。

 一方はそれに“困惑”し、一方は“怒り”に燃え。

 互いの素性を知らぬままに出会った両者は、しかし必然的に気付いた。目の前の“男”が何者であるのかを。

 

「お前……?! まさかーーー」

「くそがァっ!」

 

 反射的に、本能に突き動かされた少年がなりふり構わず突き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 SIDE OPS:受け継がれる意思

 

 

「やっぱ来るんじゃなかったなぁ...」

 

 第4甲板脚部で哨戒に当たっていた兵士の男は、巡回コースを外れ物陰で蹲りながら腹の痛みを耐え忍んでいた。持ってきた胃薬がロクに効きやしない、ハズレを掴まされてしまったらしい。

 急に召集されたものだから行き付けの薬屋が開いていなかったのが悔やまれる。

 

(死んだ叔父さんも言ってたもんな、腹の調子が悪い時に無理はするもんじゃないって)

 

 冷戦真っ只中の1964年当時。

 エリート街道とまではいかなくとも順調にキャリアを重ねていた彼の叔父は、とある基地に潜入してきた1人のアメリカ人捕虜を監視する役目を与えられた。だがいつしか同情し絆されてしまった彼は、牢の中では退屈だろうと没収した持ち物の中にあったタバコケースを渡し……偽装されていた睡眠薬によるガスで眠らされ脱獄を許してしまった。

 

 処罰が下される前に基地が脱獄したアメリカ人による破壊工作で崩壊し、直属の上司が戦死。その後は権力者たちの思惑の元による人事異動に巻き込まれ、その罪は何時しか有耶無耶となった。

 しかし責任を感じた男は兵士稼業から足を洗い家族と一緒に農業を始めた。代々長男に“とある”名前を付ける一族の末代まで忘れられない屈辱の記憶である。

 

 (うっ! ……くう、腹が痛てぇ)

 

 流石に野外で糞を出すほどではないが、滴り落ちる脂汗の量は尋常ではない。ギュルルル、と存在を主張してくる腹痛が恨めしい。耐えるだけで精一杯で、生憎と彼は聴き逃してしまった。

 だって仕方が無い、こんな身近に最大最強の敵がいながら別の敵まで警戒してなどいられるものか。

 

『上空のヘリを攻撃しろ! こちらに近付けるな!!』

 

 異常接近してきたヘリが大きくランディングゾーンから外れた航路でプラットフォーム外縁部、脚部である“荷物”を配達しそのまま通過していく。

 バラララとヘリを落とす為に散発される射撃音に紛れギュルルン! と一際その存在を主張していた腹痛を何とかやり過ごした男は「フゥ……何故人は争いをやめられないのだろうか」妙に晴れ晴れとした表情で物陰から出て。

 右目に眼帯をした厳つい男と出会した。

 というかどう見てもBIGBOSSだった。

 

「なっ!?」

「くっ!!」

 

 慌てつつも悟りを開いたかの如く研ぎ澄まされた精神状態の男は先んじて銃を構え発砲しようとするも、しかしうっかり解除し忘れていた安全装置の事を思い出し少しまごついた。だが、その隙こそが命取りだった。

 流れる様な体捌きで銃を取り上げられ空中で分解、強かに地面へと叩き付けられる。

 

(そういや、叔父さんが見張っていた捕虜も右眼が無かったって言ってたっけ……まさかな)

 

 薄れ行く意識の中、目の前の男...…BIGBOSSこそが叔父の見張っていた男ではないかーーーなどと取り留めもない事を考えつつ意識を手放した。

 

『まさか待ち構えられていたとはな』

 

 無線機越しにミラーが驚愕を顕にする。

 囮となって周囲を旋回してから逃走したヘリに惑わされる事なく侵入者の存在を的確に察知し、誰よりも先んじて現れた男の手腕に戦慄を覚える。

 

「ああ、かなりの凄腕だ。もし最初から安全装置を解除されていたら危うかった」

『まさか、気付いていなかったとか?』

 

 そんなミスをするのは新兵ぐらいのものだ。

 だが勿論、そんな詰まらないミスを犯すような男ではないと直接相対したスネークは悟っている。

 

「いやぁ、それはない。俺は奴の動きを直接見たから分かる、特に目が凄い。気圧された、あれは新兵特有の怯え切った目ではなく……何か大きな目標を成し遂げた者が持つ様な、何処までも澄んでいて限りない雄大さを感じさせるーーーそんな眼差しだった」

 

 恐らくは同士討ちを嫌い安全装置を掛けていたのだろうと当たりを付ける、通常ならこのままフルトン回収装置を付けるのだが武装を解除して近くの柱へと縛り付けた。ちょっとやそっとじゃ解けないよう強く、腹部を重点的に。

 これだけの兵士を説得し仲間に加えられれば最良だが、こういうタイプは自分の命を天秤に掛けられても頑として首を振らない。経験則で分かる。

 故に、先に敵PFの指揮官を無力化してから話を付けなければならない。

 

「俺が降り立ってから現れる迄に少し間があった、俺の潜入は既に気取られ周知されているかも知れん。急ぐ」

『了解だ、支援は出来んが敵の巡回ルートぐらいはマップに表示できる。役立ててくれ』

 

 気を引き締め直したスネークが慎重に階段を登り出した頃、気を失い柱に括り付けられた男の腹部から水気を多く含んだ破裂音が周囲へと響いた。

 暫くして立ち込め始めた悪臭に気付き目を覚ました男が、動く事も喋る事も出来ず涙目になりながら救助を待つまであと数十分……。

 頭部に大きく刺繍された“J”のマークがキラリと太陽光を反射し、輝いていた。

 




後日に追記します。

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