メタルギアソリッドV -THE NAKED-   作:すらららん

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お久しぶりです、年内に更新はないと思いましたか?
誰よりも私がそうだと思っていました(挨拶)

今回から第三部としてナンバリングを一新します、次回の更新は流石に来年になりますがどうぞ皆様お身体を労り年末年始を健やかに過ごして下さい。
恒例の補足は今回はしません、期待されてる方は後日に追記する予定なので気長にお待ち下さいませね?

因みに。
サヴァイブは買いません。
ゲームとしては正直面白いと思いますが、自分は“小島監督のメタルギア”が好きなのでKONAMIのメタルギアを買う理由が無いからです。





第三章 復讐
悪意


「……………っ…」

 

 鈍い痛みと酩酊に浮遊感、微睡みの中で意識を浮かび上がらせつつある少年は無意識下に於いて己の状態を理解した。

 

「お、起きたか」

 

 横たわっていたベッドの隣でそう見知らぬ男が語り掛ける。見張り……というより“お守り”といった風体の男は、簡単な検査を行うといい笑みを向けた。

 自分が“あの男”に、負け、いや不意打ちを食らって意識を失ってこの場所へと連れてこられたのは理解している。誰かに施しを受けるのはゴメンだが、せいぜいこの男を利用して空きすぎた腹を満たしたり情報を仕入れてやる。

 

「……オレの事を何か言ってたか?」

「いいや。けど此処にはお前みたいに戦場で拾ってきた子どもが何人か居る、仲良くなれるさ。安心しな」

「…………」

 

 男から向けられる感情は温かみを持っていた。

 それがとてつもなく、頭にくる。

 

「アイツは……何処に行った」

「ボスのことか? ボスならもう此処にはいない、任務中だからな」

 

 この男は自分の事を危険な存在などと、いや、そもそも記憶する程の存在であるとすら露ほども思ってはいないのだろう。よく居る少年兵で、今は自分の所属する組織が保護している者達の中の“1人”でしかないのだ。

 

 それに比べて“あの男”の話をする時に見せた男の表情はどうだ? 言葉遣いは? 熱い信頼や尊敬の念は? どれもが比するまでもない。

 

 ほんの少し前まで、特別視される事は嫌いではなかった。今に思えば年齢不相応な扱いも、異常な期待のされ方も、こなして当然と言わんばかりの周囲からの視線も。そう……本当に嫌いではなかったのだ。

 生まれついての性格だったのだろう。

 幼い子供が文字や簡単な計算式を覚える事に悦びを見出す様に、兵士としての“性能”が上がっていく事に充実感を覚えていた。

 その全てが偽りであると知る日までは。

 

 己に向けられていた全ての評価が、他者の存在ありきで与えられていたものであると知った……いや、この表現は正確では無い。

 カメラで撮った写真の様に。精密な彫刻の様に。光に照らされ出来た影の様に。所詮は出来のいい“複製品”でしかないのだ。

 そんなものに何の価値があるのだろうか? いや、ある意味では“マシ”なのだろう。

 

 何せ“自分”は。

 

 そんな複製品の“紛い物”を造り出す為に。

 

 産まれた時から“劣等種”として決定付けられたゴミだったのだから。

 

「………ッ!」

 

 それ以来、誰かに特別視されるのは嫌いだった。

 己に期待されている役割をこなすのなんてもうゴメンだった。だから自分1人の力で生きる為に、自分の為だけに生きる為に戦場へと渡り少年兵達を束ねて己の“居場所”を作り上げたのだ。

 そこでも相変わらず特別視はされたが、それは今まで感じていたものと違いそれほど悪くはなかった。やはり自分は特別なのだと、僅かながらに自尊心が高まっていた折、こうして無様を晒した。

 

「おい、顔色悪いぞ。大丈夫か? 外の空気を吸って気分転換でもしてきな、ああ、あんまり端っこには近付くなよ。落ちたら助けられないからな」

 

 ギシ、淡い音を立て奥歯が砕ける。

 自分は“特別ではないのだ”と。

 これ以上なく面前に突きつけられたようで。

 昂る激情を向けるべき相手すら眼の前にいない今、彼の放つ暴力は己が身を傷付ける事しか出来なかった。

 

 少年は、イーライは。誰も自分を特別視しない初めての場所で。特別視されない事に対して。

 生まれて初めて憤りを覚えていた。

 

 

 

 

 

 1:忍び寄り、潜む悪意

 

 

 ングンバ工業団地近くで救助した2名から、興味深い事実が判明する。工場内で人の喉に埋め込まれていたラジオの内容、世界の東西を問わず垂れ流しにされていたその中に“英語”だけが存在しなかったという確かな事実が。

 それが今後にどのような影響があるのか、現時点では誰にも分かりはしない。

 

 さて、それは兎も角として。

 ホワイトマンバの一件が切っ掛けとなったか、はたまた偶然か、それとも必然か。反政府民族を離反した少年兵グループ隊長と、彼らに拉致された武装組織の副官を回収して欲しいとの依頼が来た。

 これを快諾したのはミラーであった。

 

『彼らはとある廃村を占拠しているらしい。ボス…敵対しているとはいえ相手は子供だ、だから……』

「…………」

 

 だから“あまり”怪我はさせないでくれよ。

 苦々しさを噛み殺してそう発言するのが限界だと、ありありと態度で分かるミラーからの無線を黙殺しスネークはヘリから降下する。

 状況によって取るべき手段は変わる、相手が子供とはいえそれは変わらない。大人よりも子供の方が、より感情的に動くからだ。

 だから分かったと、守れもしない約束をする気にはなれなかった。

 

『ボス、観測点を幾つかマークしておきました。気に留めておいてください』

「……ああ、分かった」

 

 オセロットからの助言に従い、高台へと陣取ったスネークは双眼鏡を覗き目的の発見や配置の確認を行う。1人は直ぐに解った、一際目立つサイズの合わない赤い帽子を被った少年兵の隊長は、一端の兵隊を気取った風に見える。滑稽極まりないが、彼らからすれば大真面目なのだろう。

 そんな隊長から数十mほど離れた所に手足を拘束され野晒しにされて居る救出対象である副官の姿も見られた。上等な扱いとはいえないが、手酷い仕打ちもされてはいない。

 

 見張りは殆どいない、隊長を含めても4人だけだ。

 報告された数と合致しない以上、他の少年兵は周辺の見回りにでも出ているのだろう。となると何時の間にかヘリで監視網を突破していたらしい。

 高度からの接近に気付く程の練度がなかったか、それとも“教わっていなかった”のか。それは分からない。どちらにしても今が好機である、手早くスナイパーライフルの麻酔弾で見張りを無力化したスネークは足早に崖を降って行った。

 

 

 

 村内にあった車両を“借りて”2名を回収した際、運悪く戻って来た少年兵達の横を素通りし銃弾の雨に晒されたのは流石に肝が冷えた。

 カズの計らいにより回収した両者共に死亡したと依頼者へ告げ預かることとなった、残った少年兵達は指揮官を失くし統率が取れなくなったため、後詰めの戦闘班が大した問題なく回収している。

 

「ヘリが帰投した、燃料弾薬の補充急ぐぞ」

「はい、チーフ」

 

 なんて事はない筈の日だった。

 空は一面雲もなく晴れ渡り、今も尚入隊希望者はあとを絶たず、世界にD・Dの名が知れ渡っていく。サイファーへと繋がる最大にして因縁の怨敵、髑髏の男へと着実に迫っている充実感を誰もが感じていた。

 

「ゴホッ、ゴホ!」

「あん、どうしたお前」

「あ、ああいや何でもないです。ただちょっと昨日から、喉の調子が悪いみたいで」

 

 どうやら風邪を引いたみたいだ。

 そんな風に楽天的なものだから、誰かに感染る前にさっさと治しとけよとだけ告げて別れた。まさかこの日この時の会話が……彼と話した最後の会話になるとは思いもしないのだから。

 

 

 

 

「ところでボス、イーライに関してだが」

「何もするな」

 

 司令室で共に食事を取りながら行われていたスネークとミラーの会話はそうやって打ち切られた。

 口に入れようとしていた新作バーガーの試作品を寸でで戻し、皿の上に置いたミラーはコークで喉と唐突に淀んだ空気を胃の中に押し込んでから再度問い掛けた。

 

「いや、しかし一応は遺伝子検査ぐらい……」

「コレばかりはカズ、お前には……いやお前達には分からないだろう。確信している。だからこそ、何もするな……」

「ん、むぅ……」

 

 そう云われてしまえば、もう何も言えない。

 今は破棄された“恐るべき子供たち計画”の生きた成果が、何の因果かこうして手元に舞い込んで来た。内心で今後の扱い方をボスの“後継者”も含めて如何様にも出来るように考慮していたのだが。

 

「俺に息子はいない」

 

 俺は不能者だからな。

 そう軽い口調で語ったスネークの浮かべていた表情、最近特に衰えてきた視力では自信を以て断言する事は出来ないが。恐らく“何の感情も浮かんではいない”様だった。

 取り繕ったものではなく、ただ純粋に。

 一切の興味がそこにはなかった。

 

 

 

 

 

 2:ハント・ダウン

 

 緊急事態が起こった。

 マザーベース内で爆発的に謎の“感染症”が広がり始めたのだ。風邪に似た症状を訴えていた兵士の胸に突然として水泡の様なモノが広がり、同様の症状を訴える者が後を絶たない。水泡から見つかったのは何らかの寄生虫の幼生、だが成虫が見つからないのだ。

 発症条件が分からず、感染経路も分からない。

 しかしこの謎の症状に関して見覚えがないわけではなかった。油田施設で浮かんでいた死体、燃える男に襲われる前に見ていた沢山の“病人達”。

 サイファーを、髑髏の男を追い求める度に出会していた奇妙な“何か”が遂に身近な場所へと現れたのだ。

 

 この寄生虫が例の大量破壊兵器なのか?

 その真偽を問う前にスネーク達にはやらねばならないことが積み重なっていた。即ち、感染者を“隔離”して病原体を封じ込めること。

 それがどれほどに無謀な挑戦か、誰もが理解していた。

 

「問題はどうやって感染者を“特定”するかだ」

 

 感染から発症まで、つまり潜伏期間には“非感染者”と見分ける方法がない。感染者を発症前に推測して隔離していくしかない。

 何を媒介しての感染か、感染経路が解れば推測できるのだが。

 

 事が事だけに、オセロットや医療班の判断だけでは兵士達の間に要らぬ争いが起こりかねない。だからこそビッグボスの言葉が居るのだ。

 例え死ねという命令でさえも、スネークの言葉なら従う。それ程に彼の存在は偉大なのだ。

 目前の死すら恐れない程に。

 

「感染者に何か特徴はないのか?」

 

 そう訊ねるスネークに、オセロットもミラーも答えを告げる事は出来ない。人種が違う、生まれた国も違う、育ってきた環境も、所属していた部隊も。何もかもが違う中で彼ら全員に繋がる特徴は“BIG BOSS”への敬意だけだ。

 

「取り敢えず発症者に近かった者や、行動範囲に居る者を手当り次第にリストアップしておいた。些細な情報まで徹底的にこのリストの中にある」

 

 ミラーから渡されたリストを検閲する。

 しかし見れば見る程に共通性が見付からない、簡単に分かればこうしてスネークを中心とした主要メンバーが顔を突き合わせる必要も無いのだから無理からぬ事だが。

 

 事態が収束するまでの一時的な措置で済めばいいが、或いは……。このまま座して放っておけば犠牲者は増えるばかり。

 やるしかない。見付けるしかないのだ。

 

「ん……? こんな時に依頼か、わかった。すまない、俺は席を外す。内容にもよるが、基本的には断っておく」

 

 雑多な依頼であれば部下達の判断だけで弾く事も出来るが、政府高官や軍上層部が関わってくる依頼はそうもいかない。残された2人はじっとリストを端から端まで眺めながら捲っては、返し読みを繰り返していた。

 時間だけが過ぎていく。

 

 

 

 本来なら断るべき依頼であったが、今回はそうもいかない事情ができた。

 ローグコヨーテのとある兵士、兵站管理を行っていた表の顔の裏に人身売買の顔を持つ男。仲買人としてシャバニ達を例の場所へと売り飛ばした張本人である。

 ムベレ系の反政府勢力による暗殺の依頼、謎の感染症に直面しているD・Dにおいてこの依頼は正に渡りに船であった。国外へと逃亡しようとしているこの男を捕まえる必要がある。故国に戻ればただの一般人となり、軍事法廷で裁かれることもない。血塗られた金でセカンドライフを愉しむつもりだ。

 だが、そうはさせない。

 

 今は護衛と共に草原を逃亡中であろうこの男。

 だがディタディ村落跡で暗号無線を打ってしまったのが運の尽き、僅かな情報さえあればスネークには追跡出来る自信があった。

 呆気ない、と言ってしまえば警備の彼らには悪いだろう。大した義理もなく、また事情も知らない金でしか繋がりのない相手の事など己の命を秤に掛けるまでもなく。容易く情報を仕入れることが出来た。

 

「見付けた」

 

 目標の目的地はキジバ野営地。

 そこに囚われていた捕虜から目標が人権NGOと接触を計ろうとしているらしい事を知れた、顧客リストを渡す代わりに身柄を保護してもらおうとしている様だと。

 だが、男の選択にミラーは渋い顔で難色を示した。

 

『なぜそんな事をした? わざわざ奴らに泣きつく意味は』

「さてな。直接本人に訊くしかないだろう」

『了解だボス。此方は、新たに感染者が見付かった。そして犠牲者も』

 

 最終的な目的地は判明している。その逃走経路もだ。

 ならば後を追いかけるまでもない、先回りして獲物を待てばいい。生い茂る草むらの中を這う蛇の存在に気付ける人間はいない。

 ましてやその蛇が……。

 

 

 

「居たぞ、奴らだな」

 

 自然の窪みから顔だけを出し見張りを続けていたスネークの持つ双眼鏡に目標の姿が映し出された。

 前哨に2名、随伴に2名、計5名からなるその一団の動きは確かな連携を保ち姿を隠しつつ行進していた。だが気付いてもいないだろう……自分達が既に釈迦の掌で転がされていた孫悟空の如く、大口を開けた蛇の口の中で蛇を探しているという滑稽な現実を。

 

 まだ一塊になって動いていた方がマシだった。

 なまじ距離を置き各自が索敵していたものだから、気付いた時には既に遅く。目標の男が周囲に居たはずの部下達の消失に気づく前に、背後から拘束される。

 頭部に突き付けられた銃の質感と、僅かな身動ぎすら許さないであろう首元のナイフが男から抵抗の意思を奪った。

 

 このまま回収してから吐かせてみるのもいい。

 だが幸いにもこちらの顔は見られていない、そこで少しだけカマをかけてみることにした。

 

「おいおい、何処に行く気だったんだ? 今までお互い仲良くやってきたじゃないか。まだあんたに頼みたい事があったってのに、今更自分だけ止めようなんて虫が良すぎるとは思わないか?」

「頼む……見逃してくれ!」

「お前にそう頼んで来た連中になんて言ってやったんだ? それが答えだ」

「家族が、待ってる……」

「そうか、そりゃあ可哀想に。お前もまた、数多い行方不明者の1人になるワケだ。それとも。お前も……」

「“苗床”はいやだ……あんな、あんな目にはあいたくない! 助けてくれ……! お願いだ、俺は、俺はあんな死に方だけはゴメンだァ!!」

 

 狂乱しつつ命乞いをする男に演技臭さは見受けられない。これが演技ならアカデミー賞を総嘗め出来るだろう。押し付けていた銃口から麻酔弾を発射し、睡魔と恐怖に男の心は押し潰されていった。

 

 

 

 フルトン回収し、オセロットと“建設的”な話に興じた末に彼は快く全てを語った。正確には最初から語っていたが、オセロットによる真偽の検証に少し時間を費やしたのだが。

 この仲買人は“苗床”を納入する時に、工場の中を見てしまっていたらしい。髑髏の男も。本能的に不味いモノに手を出してしまった事を悟ったこの男は堪らず逃げ出そうとした。

 

 ただ逃げるだけなら人権NGOに泣きつく必要はなかった、もし自分があそこに運ばれ苗床にされたら……その恐怖。故に名前も顔も塗りつぶし顧客リストと引き換えに第三国で別人で生きようとしたのだ。

 “相手”を察し、万全を期した。

 人間としては犬以下だが、プロとしての嗅覚はあった。それが端的なオセロットの所見。

 

 苗は森の奥からくる。

 この“苗”が何を指すのかは分からなかったが、この男の語った情報がマザーベースに蔓延する奇病の症状に合致した。

 その“森の奥”へと、スネークは辿り着かなくてはならない。何としても。

 

 

 

 

 

 3:最後の希望

 

 少しだけ感染が収まり、しかし根本的な解決に至らず手を拱いていた折。数日前から途絶えていた諜報班スタッフの1人から連絡が入った。どうやらマザーベースで発生した伝染病について確度の高い手掛かりを掴んだらしい。

 だがその情報を持ち帰る前に現地PFに捕まり、それ以来連絡が途絶えている。共に行動していた者達の多くは連絡が途絶えMIA状態、感染症は被害者を多くだし徐々に拡大を続けている。

 この期に及んで最大の情報を失うわけにはいかない、何としても救出しなくてはならず、その役目を成すのはビッグボス以外に有り得なかった。

 

 

 

 車両で目的地へと向かうスネーク、クンゲンガ採掘場から西の監視所で捕らわれているスタッフの生死はようとして知れないが向かうしかない。

 最悪でもその身に何か情報を遺して死ぬだろう、そういう連中なのだD・Dに所属する兵士というのは。

 

「しかし随分と広い場所だ、駐屯している兵も多い。崖も近い、登れなくはないが酷く注目を集めるだろうな。さて、どうしたものか」

 

 大凡の場所は掴めてはいるものの、それも数時間前の情報となれば今も同じかは分からない。せめて何か手掛かりになればいいと思い拘束した兵士へ尋問をしようとした丁度その時だ。

 1台のトラックが急発進しあらぬ方向へと走り出したのは。

 

「……おい、アレは何の目的地に向かうやつだ?」 

「し、知らない! こんな時間にトラックを使う用はない!」

「そうか、なら思い出せる様に頭を冷やしてやろうか? ん?」

 

 ガチャ。米神に押し付けられた金属の感触に背筋を凍らせた男は必死に自らの潔白を訴えた。その間に無線から入った連絡で、どうやらそのトラックに乗っているのは捕らわれていたハズの男らしい事が判明。

 手早く腰にフルトン装置を付け、崖から突き落とす。死を覚悟した兵士は恐怖のあまり失神し、その身体は瞬間的に膨らんだ風船により徐々に浮かび上がり、やがて空の彼方へと飛んでいった。

 

 慌てて車へと乗り込んだスネークは、此方もアクセルを噴かせ往来のド真ん中を突っ切る。そのあまりに堂々とした姿に見張りの兵士達が敵性存在である事に気付いたのは、もはや正確に銃を放てる射程外へと辿り着いていた時だった。

 

『おいおい! 気は確かかスネーク!?』

「時間が惜しい、それに俺の予感が確かならそろそろ……ッ! そら、やはりな!」

 

 スネークの前方で派手な爆発音と共に煙が昇る。

 とても正常な運転とはいえないフラフラとした走り、監禁され拷問に掛けられていたであろう人間が、果たしてマトモに運転など出来る筈もなく。

 状況は最悪。下手をすれば健常者でも即死しかねない程の大事故、一縷の望みに掛け今は現場へと急ぐしかなかった。

 

「死ぬなよ……!」

 

 

 

 果たして、奇跡は起こった。

 いやそうではない、自らの運転が危険なものである事を誰よりも自覚していたのは他ならぬこの捕虜の男だったのだから。初めから彼はトラックでの脱出を考えておらず、何とか自分の脚で逃げ遂せる所までの移動手段として考えていたのだ。

 上手くいった。見張りの隙を突き、もう動けないと思わせる振りをして蓄えていたなけなしの体力を振り絞って脱出に成功しこうして移動手段の一つを奪い・破壊する事も出来た。

 ただ、誤算だったのは。

 

(クソっ、こんな時に足をくじくバカがいるかよ……ッ!)

 

 トラックを大破させる為に乗り捨てる瞬間、タイヤの僅かなイレギュラーバウンドが思いもがけない方向へと身体を転がせ岩場へと身体を酷く打ち付けた。

 これまで感じていたジクジクとした痛みがスッ…と遠ざかり、冷や汗とも脂汗とも分からない汗がだくだくと全身から流れ、麻痺していた足の痛みが急速に取れ生命の危機を声高に告げている。

 

「ぐっ……く、っそ………!」

 

 ズリ、ズリ…と身体全体を連動させて地べたを這いずる。まるで芋虫の如き動きで、されど亀よりも遅い動き、手足が動かない以上もはや自由に動かせるのは頭部のみの状況。それでも彼は動き続けた。

 大きく口を開き、歯を地面にあて支えとし、痙攣するように身体を揺らし前へ前へと進んでいく。だが遅々として進まない。いつしか涙が溢れていた。ただ、その涙は自分に対する不甲斐なさや情けなさではなく、自分を生かす為に“敵”の囮になった仲間たちへの感謝であった。

 

(安心してくれ、大丈夫……俺はこのままマザーベースに戻ってボスに情報を伝える。それまで待っていてくれ、絶対だ、約束する……ッ!)

 

 そう交わして、それっきりの彼らへ感謝と激励を送り身体を動かし続ける。

 ……分かっている。本当はもう彼らがどうなったかなどとっくに理解している。理解しているからこそ、最後の自分が情報を届けなくてはならないと身体を動かしているのだ。

 ボロボロと止めどなく溢れる涙が続く間はいい。まだそれだけ無駄な力がある証拠だ、だから動き続ける。捕えられても現在地に関する情報収集は怠らなかった、何も出来ない相手だと舐めて掛かり情報を秘匿する事を怠っていた見張りの兵士達に心で中指を立てながら。

 

(バカめ! 間抜けなお前らのお陰で俺はこうして逃げ出せたぞ、ざまぁみろ!!)

 

 前触れも無く閉じようとする脆弱な意識を保つ為に思考は止めない。

 顔を地面を擦るように移動し、幾つもの傷から流れだす血の味で味覚の正常さを認識する。聴力もある、視力もある、味覚もある、嗅覚も、触覚も。まだまだ自分は正常なのだと、そうして鼓舞して芋虫の行軍は続く。

 

 ゴォオオオオ……!

 

 だからこそ気付いた。

 己に接近する車両が、もう追っ手が来たのだと気付くことが出来た。なぁに追っ手が来る事ぐらいは想定の内だ、何人来ようが関係ない。迎え撃って返り討ちにしてやる、あわよくばそのまま武器や食料を奪ってやればいい。通信機があれば万々歳だ!

 もしかすれば気付くことなく通り過ぎるかも知れない、何にしろこのまま動き続けるのは悪手であると判断した男はその場で身動きを止めた。

 そのまま接近してきた車両は、男の場所を遠ざかる瞬間急ブレーキを掛け止まった。

 どうやら見咎められたらしい。上等だ。うつ伏せで倒れた男の姿は客観的に見れば死体同然だろう、だが生死を確かめる為に近付いて来る筈だ。その瞬間に渾身の力を込めて噛み付き腕のか足の1本でも奪えれば上々だ。

 

(そこから……そうだ…………俺は………………情報を……)

 

 白みだした思考は明朗な対策をこれ以上立てることが出来なかった。それはそうだ。限界点をとうに過ぎ、精神力だけで意識を繋いでいた男は、本当はもうとっくにその場から身動き出来ないでいたのだから。

 彼がトラックから投げ出され動けた距離はたったの10m。

 彼が持っていた最後の力で稼げた距離がコレだ。短い、余りにも短過ぎる。しかし誰も彼を笑う事など出来はしない。

 

「……か! もう…丈夫…、た…………!」

 

 何と言っているのか、それすら分からない。

 だが身体を仰向けにされ、担がれようとしている事を朧気ながらに自覚した男は。最後の最後、本当にどこにも存在しなかった力で自分を担ぎ上げようとしている“男”の腕を噛んだ。

 万力にも勝る力で、綿菓子を千切るような、そんな思いでの“敵”への最後の抵抗はーーーしかし幼子の甘噛みほどの力も込められてはいなかった。

 

「……………………」

 

 振り払おうと思えば何時でも振り払われる。

 いや、担ごうとし支えている“男”がいなければとっくに腕から口は離れていただろう。全身から血を垂れ流し、汗に混じり失禁すらしているのかも知れないほどに臭う身体、あまりにも無様に過ぎる。

 さあ、当然の結末として“男”がその口を引き剥がし……胸元へ抱え込み、熱く、熱くーーーー感謝の言葉を告げた。

 

「よく生きていた……!」

 

 その声、男の正体を悟り、遂に彼の意識は途絶えた。脈拍は正常値より遥かに弱く、血圧はひどく低下し、様々な傷痕から病原菌が入りこんでいるだろう。もう先は長くない、それでも今彼は“生きて”いる。

 生きて情報を伝える役目をこなせるのだ。

 

『やったなボス! フルトン回収は無理そうだな、ヘリを寄越す。気を付けて向かってくれ』

 

 嬉し気な声でそう告げるミラー。

 あともう一度だけ、託された思いを繋げるために起き上がる力を蓄えんと最期の眠りに落ちた男を背負いながらヘリに辿り着きアフガンの地を離れる。

 

 こうして疫病の蔓延するマザーベースへと、最後にして最大の希望が生還した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 side ops:まだ何者にもなれない者よ

 

 略式的な隊葬を行う。

 持ち帰った情報を喋り事切れた男を初めとする諜報班のスタッフと、疫病に罹り死んでいったスタッフを含めた百人余りの死者を弔い。ヘリポートに集まり見送りに来たミラー達を背にスネークは1人ヘリに足を掛けた。

 そんなスネークに待ったを掛けた者がいる。

 イーライだ。

 

「……何の様だ、小僧」

 

 だが一向に喋る気配はない。

 ただじっと、その瞳をギラつかせこちらを見ていた。手にしたナイフを弄び重心を低く保って正に臨戦態勢と言ったところか。

 

 マザーベースへと運ばれてから、より正確には病室で目覚めて外に出てからこの少年は誰の言うことも聞かず好き勝手に振舞っていた。

 誰に従う気もない、従わせたいなら力付くでやれ。そういった感情が目に見えるようであり、そんな少年に力の差という現実を教えてやろう……そんな風に取り合う者も居らず。高まり続けたフラストレーションが、偶然にもスネークを見かけた事で爆発したのだろう。

 

「はぁ……いいだろう、こい」

 

 ちょいちょい、と。

 傍から見ても全くやる気のない素振りで義手の人差し指を使っての挑発は、しかし少年には効果覿面でがむしゃらに走り出した。

 チョロチョロとした動きで周囲を移動し、出方を伺おうとしているのだろうが……当のスネークは微動だにせず視線で追うことすらしていなかった。

 

 それが癪に障る。

 故に真後ろから振りかぶってナイフをたたきつけようとして、しかし直前で動きを変え右脇腹へと真一文字に……肺から空気が押し出され、眩い太陽の輝きをいつの間に眺めていた。

 勝負はついた。誰の目から見ても明らかだ。

 ただ1人だけを除いて。

 

「カズ、直ぐにコードトーカーの下へ向かう。現地の諜報班へ連絡は?」

「任せろ、今周辺のスタッフを掻き集めて情報収集に当たらせている。大丈夫だ、無理はさせていない」

 

 待て。

 その言葉が出せない、強かに叩き付けられた衝撃からまだ回復していないのだ。そうしている間にスネークは空高く、彼方へと舞い上がり……それをこうして眺めているしかない自分。

 同じ様にその姿を見送ったミラーは、未だ倒れているイーライを見やり無意識に呟いた

 

「所詮は出来損ないか……」

 

 しかしその言葉は少年の、イーライの耳に届いた瞬間に激情となり弾け肉体に力として駆け巡る。

 

「……なんて言った、オイ」

「オセロット、俺は隔離施設の連中の激励に向かう。ボスから連絡があればそちらに回してくれ」

「ああ分かった。さあ、お前達! これから大勝負に取り掛かる! いつボスから連絡があるか分からん、出撃の準備は念入りにしておけ! 分かったか!!」

「俺を無視してんじゃ「「了解!!」」 ねぇ! オイ!」

 

 誰も自分を気にも留めない。

 そんな現実への怒りでダメージの残る身体を突き動かし、取り落としたナイフを拾い上げたイーライはミラーへ向けて勢いよく迫り力任せに振り下ろした。

 だがその腕の支点を片手で抑えられ、杖で鳩尾へ一突きされてから足元を掬われる。不格好な体勢で転げたイーライのナイフだけを杖で器用に弾き、心底から哀れんだ表情で倒れ伏す姿を嘲った。

 

「フン、ボスでなければ勝てるとでも思ったか? 技も駆け引きもない力任せで、舐めるなよ。ウチの隊にお前に負ける様な者は誰一人として居はしない、こうして……俺にすら負けるんだからな。

お前の行動を諌めるだけで無理やり止めはしない理由が分かったか? 俺たちはな、お前の癇癪に付き合ってるほど暇じゃないんだよ」

 

 カツン、カツン。

 戦闘者としては既に三流以下の状態のミラーにすらいいようにあしらわれた。ギリ。深く拳を握り締める、それは悔しさ故の行動ではなく、そうしなければこの怒りがどこかへ飛んでいってしまうのではないかと思ったから故だ。

 強く強く、魂に刻み込んでいく。

 ミラーという男の姿を。

 

 

 




今回の話は半日で書き上げました。
200字→11111文字の爆速仕上げです、ワープ進化。

基本的に速筆なんです。
速筆なんです。

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