メタルギアソリッドV -THE NAKED-   作:すらららん

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お待たせしました。
今回はシリアスばかりで構成してますので読後感が重くなるかも知れません、また今年の更新はこれにて終了です。来年度からも重い話が続きますが変わらぬ御愛好を願っております。






因縁

 13:S N A K E E A T E R

 

 

 スマセ砦周辺は炎によって封鎖された。

 3つある出入口のうち2つは炎の柱によって塞がれている、此処から絶対に逃がさないという燃える男の強い意思が伺えた。ならば残された道は1つ……しかし、スネークには選ぶ事が出来ない道だ。

 人は飛ぶ事が出来ない。つまりは、唯一の逃げ道である空へと逃げる事は叶わない。

 

「ボス、援護します!」

 

 オセロットの狙撃は燃える男の胸部へと命中、しかし体勢を少し崩しただけに終わる。着弾した弾丸は体内へと吸い込まれるように消え、外見的に一切のダメージは見受けられない。

 燃える男の顔がスネークから逸れ、空中へと向けられる。燃える男の肉体は全てがその名の通り燃えており、それは頭部も同じだ。眼球もまた燃え盛っており視線が何処へ向いているか傍目には判らない。

 

「っ! 避けろ、早く!!」

 

 オセロットの指示に反射的に操縦桿を倒したパイロットは、先程まで滞空していた場所を炎の塊が通過していく光景を見た。僅かでも逡巡するか、もう少し距離が近ければ墜とされていただろう。

 燃える男が放った一撃を躱す事が出来たのは、さしものオセロットをして偶然と呼べた。

 スコープ越しに観察していた燃える男の瞳、その燃え盛る瞳に一瞬だけ浮かんだ殺意に今日まで生きてきた戦士としての本能がオセロットを動かし間一髪で救った。

 

「ますます怒りを増した様だ。ボス、このまま戦うのは危険だ! どうにかして撤退を!!」

『出来るならそうしたいがな……逃がすつもりは無い様だ』

 

 1964年当時。

 ソ連最新兵器シャゴホッドを駆り、どれだけ痛め付けられようとも執念深くスネークを追い立てた男ヴォルギン。最後は己が武器とする雷に打たれ全身に巻き付けていた銃弾が暴発、一命こそ取り留めたが……意識は戻ることなく“生きている”とは言えない状態であった。その肉体の特殊性に注目したソ連軍上層部はヴォルギンを引き取り、とある施設で実験を行っていた。

 

 だが、謎の事故により施設は壊滅し職員らの遺体が収容されるもののーーーヴォルギンの遺体だけは見付からなかった。

 この情報を聞いたオセロットも、当初は特に何とも思ってはいなかった。その事故が起きた日付を聞くまでは。その日、奇しくも同時刻に“3つ”の出来事が起きていたのだ。1つはヴォルギンを収容していた施設の全焼事故、1つはとある“特殊能力を持った人物”を乗せた航空機の事故。この一見なんの関係性もない事故で共通している出来事があった……どちらの事故も“存在する筈の遺体”が一つずつ見付かっていない。

 そして最後の1つ、ビッグボスの覚醒。

 

 これらの情報を仕入れたオセロットの中にある“仮説”が生まれていた。だが、それは余りにも突拍子の無い考え。故に誰にも語ること無く胸の内に秘めていたが、まさか最悪の形で的中するとは。

 

「敵機です!」

「っ、何処だ!?」

 

 悪いことは重なるものらしい。

 燃える男が上空に放った炎に気付いたソ連軍の戦闘ヘリがスマセ砦へと向かって来ていた。戦闘ヘリの1機や2機程度オセロットならば何とでもなる、しかしヘリが墜とされたとなれば流石に異常を察知した周辺の部隊が此処に集まって来るだろう。

 そうなれば流石にオセロットも、勿論スマセ砦で燃える男と相対しているスネークの命も危うくなる。

 

『っ!』

 

 スネークの声にならない声が無線機から届く。

 慌てて下を確認すると、燃える男が全身から炎の礫を周囲へとばら蒔いていた。その中身は恐らくスネークが放った“弾丸”であろう、岸壁へと着弾する度に硬質な音と共に岩肌が削られる。

 昔から弾丸を飛ばす事は得意技であったが、燃える男と化した今ではその身に受けた弾丸をも武器として取り込めるらしい。

 

「何というデタラメな……」

 

 やはりヘリを撃墜する訳にはいかない。

 単身で応戦し続けている今ですら攻めあぐねているのだ。ソ連軍との三つ巴となっては、いかなスネークと言えども無事では済まないだろう。

 例えソ連軍と一時共闘が出来たとしても、全く攻撃が効かない燃える男への銃撃は下手をしなくとも利敵行為にしかならない。仮に数100発の弾丸を炎の礫てとして放出すれば、只でさえ遮蔽物の少ないスマセ砦内では命取りだ。

 

(奴への対策が見付からない今、切れる手札が無い。なら、どうする……!)

 

 直接当てる事をやめ動きを妨げる様に援護射撃を続けるものの、弾丸が当たったとして燃える男には効果が見られない。既にスネークの全身は煤だらけとなり服の端が焦げ付いている、狙いが正確になって来た証左だ。

 際限なく上昇し続ける温度によってじりじりと体力を奪われている、脚が止まった時が……即ち、最期の時となるだろう。

 

「ーーー自分に考えがあります、任せてください!」

 

 それまで沈黙していたパイロットが口を挟む、その内容は至ってシンプル。

 だが余りにもリスキーだった。

 

「……何を言っているか分かっているのか?」

「やれます! 自分は“出来ない事”は絶対に言いません、やり遂げてみせますっ!!」

 

 高速でスネークの下へと接近、回収して離脱。

 

 確かにそれしか方法は無い、オセロットも口にこそしなかったが考え付いていた…...およそ不可能に近いという事実を考慮しなければ。

 

 燃える男の火力は異常だ、スマセ砦は瞬く間に更地へと近付いており攻撃は止む事が無い。爆炎により気流が乱れ通常通りに接近する事も難しい、よしんばそれが出来たとしてもスネークがヘリに乗り込むまでの時間を燃える男が黙って静観する事など考えられない。

 出来ると仮定してすらこれだけの不安要素がある、現実に何が起こるかなど枚挙に暇がない。

 

『ピークォド! 余計な事は考えるな、今ボスをサポート出来るのはお前達だけなんだぞ!

そんな無茶は許可できん!』

「しかし副司令!」

『黙っていろ!』

 

 事態を静観していたミラーであったが、あまりにも実現性に乏しい提案をする事に我慢ならず意見を取り下げる。

 それでも尚食い下がろうとするパイロットへ激した声を上げた。

 

『ふざけた提案をする暇があるなら、もっと考えて喋れ!』

「おいミラー、そういうお前こそ何か考えたらどうだ? そっちから支援は出来ないのか!?」

『出来たらとっくにしている! くそっ!』

 

 ミラーもまた内心ではそれしかないという事実に気付いていた、こうして悩んでいる間もスネークは危機に瀕している。ただ海上で吠えるだけで何も出来ない自分がもどかしく語気は荒くなる、例え近くに居たとしても……五体満足だとしても助けになれないだろう自分が、堪らなく惨めだった。

 実を言えば手がない訳では無い、だがそれはスネークの命をも危険に晒す手段だ。せめて“スマセ砦から”距離を取れるならば話は違うのだが……それが出来ないからこそ今こうして悩んでいる。

 

『っ…...!』

 

 何も出来ないでいる事に無力感を覚えているのは3人とも同じ、スネークを救いたい、その一心だからこそ彼らの意見はすれ違い続けた。そんな彼らの意思を1つにする事が出来る存在が居るとすればーーー『……やるしかないだろう』ーーーこの男以外に存在しない。

 

『しかし、スネーク!』

『カズ、お前が言ってたろう。操縦に於いて右に出る者はいない…...と、やれるんだなピークォド!?』

「はい! やれます、自分なら出来ます!」

 

 即座の返答、その力強さを感じ取りスネークの心は完全に定まった。

 

『よし分かった、タイミングはそっちに合わせる。任せた』

 

 任せた。

 その言葉を聞いた瞬間、パイロットは全身に電流が走った様に感じた。操縦桿を握る腕はブルブルと震えだし口元は引き攣る、しかしそれは緊張やプレッシャーからくる負の要素では無かった。

 いわゆる武者震いと呼ばれる現象、昂る感情が抑えきれず口元に笑みを作らせていた。今までにない程に増していく集中力は、まるでヘリコプター全体を己の肉体の様に感じる程の全能感を齎した。

 

『……分かった、俺も信じよう。ピークォド! こちらもお前に合わせ切り札を使う、タイミングは一度きりだ、やり直し(Continue)は出来んぞ!』

「了解!」

 

 不和を起こし始めていた2人が今や同調し、1つの目的の為に動き出している。

 その光景を眺め、改めてビッグボスという存在が自分達にとってなくてはならないものである事を再認識したオセロットの口元も自然と緩んでいた。あくまでもビッグボスにのみ忠を尽くしている身だが、こうして同じ男に魅了され肩を並べて戦うという存在もーーー悪くない。

 

「フッ……そういうワケだ。退場してもらおうか」

 

 ソ連の戦闘ヘリがこちらをロックオンしようとした刹那、その操縦席へと吸い込まれる様に一筋の光が放たれ……パイロットの眉間を正確に貫いた。

 制御を失った戦闘ヘリは緩やかに降下を始め、スマセ砦外縁部へと落下していく。

 

「流石……!」

 

 一連の動作を卒なくこなしたオセロットの手腕にパイロットから溜息が漏れる。シャラシャーシカの名で知れ渡る歴戦の男、本来の得物では無いと言うのにこれ程の力量を持つとは驚愕する他ない。

 

「世辞はいい、これぐらい誰でも出来る。だがボスを救えるのは今やお前しか居ない、しくじるなよ」

「はい、シャラシャーシカ!」

「ふん。その名はやめろ、俺の名はーーー」

 

 不要になった狙撃銃から身を離し、ホルダーから二丁の銃を取り出し手元でクルクルと回転させつつ銃口を燃える男へと構えた。

 

「ーーーオセロットだ」

 

 

 

 

 

 14:ファステスト・ピックアップ

 

 

 脚で踏み締めた銃が白熱し、溶解した弾倉の中で銃弾が暴発する。その熱量を文字通り“全身”で吸い込んだ燃える男は、掌から爆炎を作り出し撃ち放った。

 射線上に存在する全てを炎が呑み込みながら“うねり”目標へと迫る。間一髪で躱す事に成功した男は勢いそのままゴロゴロと転がり岩陰へと身を隠した。既に10分近くこうして燃える男と対峙してきた男ーーースネークは残り少なくなった水筒の中身を頭からぶちまけ空となった水筒を燃える男へと投げ付ける。

 ぐにゃりと変形しつつ燃え出した水筒は瞬く間に炭へと姿を変え、風に吹かれアフガンの地へと散った。それがお前の未来だと暗に見せられた様で、ますます辟易した。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 20年前と変わらず執拗な攻撃に晒され、体力は尽き掛けていた。今や殆ど気力だけで身体を動かしているが、このペースではあと10分も保たないだろう。

 連日の徹夜、全力疾走、スカルズとの連戦。

 これだけの激務をこなした上でどれだけ銃撃しても一切ダメージを負う気配すらない燃える男に対し、こちらは一撃でも当たれば終わりの戦闘だ。ここまで持ち堪えているだけ奇跡と言っても過言では無い。

 

『ボス、カウントを開始します。こちらに合わせて下さい、30、29、28……』

 

 使用出来る武装は全て使った。

 スカルズに破壊された銃やナイフの残りも、弾薬も、C4も手榴弾もフルトンさえも、何もかも使い果たした。巻き添えを喰ったソ連兵達の焼き焦げる臭いが鼻につく、悪いとは思うものの助けてやる余裕すら無かったのだ。

 だが、それらの犠牲は無駄ではなく燃える男を倒す方法こそ未だ思い付かないものの、動きを封じる方法の検討は付いていた。それから逃げ切れるかどうかは……運を天に任せるしかない。

 

「カズ、蜜蜂を使う」

『いいのか、奴ら(CIA)は砲弾を含めた完品で……』

「ああ構まわん……奴らに“貸し”はあっても“借り”は無い、黙らせておけ」

『……ああ、分かった。奴らは俺が言い含めておく、遠慮なく吹き飛ばせ!!』

 

 燃える男は幻ではない。

 確かにそこに存在しており、見た目通り炎の怪物ではないのだ。そして銃弾や爆風すら力に変えるものの、その衝撃に関しては完全に吸収しきれていない。 

 ヘリが最速で接地し離陸するとしても最低5秒程の猶予は欲しい所だ、目算が正しければ凡そ10秒程度は確保出来るだろう。

 

『19、18、17……』

 

 どちらにしろ既に賽は投げられた。

 蜜蜂を起動させ燃える男をターゲティングする、これで後は撃つだけで自動追尾して命中するだろう。出し惜しみはない……全弾発射だ。

 岩場から身を乗り出しセイフティを解除、砲身を燃える男の方角へと固定する。

 

「ーーーー!」

 

 だが携行ミサイルを構えるよりも掌をかざす方が遥かに早いのは自明の理。燃える男はスネークが潜んでいた岩場へと既に狙いを定めており、先んじて攻撃態勢へと移っていた。

 放たれた炎は一直線に迫る、それに構うことなくスネークはトリガーへと指を掛けた。だがもう遅い。声にならない絶叫をあげる燃える男、それは歓喜の叫びであったのかも知れない。

 己の勝利を誇るかのように。

 

「ーーーそういうところが戦士として二流なんだ、大佐」

 

 この男がいなければ確かにそうなっていた。

 燃える男が放った炎を遮る様に近くの櫓が崩れ落ち両者の間に壁を生んだ。上空のヘリ内部から発射された弾丸はスマセ砦内部の岩肌を跳弾し、2人の争いで崩れかけていた櫓の支点を正確に貫いていた。

 優れた才能の上に弛まぬ努力を重ね続けたオセロットにとって、この程度の曲撃ちなど朝飯前。炎は爆散し燃える男の視線からスネークの姿を隠した。

 

「いけぇえ!!」

 

 この機を逃す事なくスネークは手早く砲身を僅かに上方へと傾けつつ弾頭を撃ち込む。その僅かな反動ですら今の身体には堪えた。

 放たれた弾頭は蜜蜂のコードネームが表すように赤外線と紫外線による二重追尾でターゲットである燃える男へと放物線を描きながら正確に弾着した。スネークの思惑は的中する、複数発の強烈な衝撃を浴びた燃える男はその勢いを殺し切る事が叶わず勢い良く吹き飛びそのまま壁へと叩き付けられた。

 この戦いが始まってから燃える男の見せた初めての明確な隙、この絶好のタイミングにD・D切っての操縦の名手は間に合わせた。

 

『1、0! ボス、お早く!』

 

 予定していたLZから流されながらもヘリはスマセ砦領内へと舞い降りた、しかし制動すること無く徐々にだが高度を上げつつエンジンを高回転で保っている。素早く離脱する為にだ。

 ヘリまでほんの30m程度の距離、だが今の疲労困憊なスネークが数十kgの蜜蜂を抱えて走りきるには些かこの距離は無謀と言えた。

 

「くっ!」

 

 歯を食いしばり走り出す。

 乗降口でスネークを待ち構えるオセロットは、しかし燃える男が吹き飛ばされた場所を視界の端に捉え決して視線を外さなかった。誰もが確信していた、この程度では終わらないという事を。

 もうもうと砂埃が舞いその姿は見えないものの、感じられる熱量ーーー何より殺気に衰えは無い。15……10……残り5mを切った瞬間、岩場から炎の柱が噴き上がった。先程の爆風を肉体に溜め込んでいたのだろうか、その熱量はこれまでの比ではない程に高まり荒れ狂っていた。

 

「ボス!」

「上がれぇえ!!!!」

 

 手を差し伸べる。

 しっかりと掴んで放り投げる様に引き込み、倒れ込んだスネークが室内に転がりつつ指示を出した。急上昇を始めたヘリが空へと飛び立つ、燃える男が体勢を立て直す前に出来る限り距離を取らねばならない。

 

「ーーーーッ!!!!!!!」

 

 この世のものとは思えない叫び声。

 感情を武器として放ったかの様な声はスネーク達の耳は元より肉体にも突き刺さる。背筋が凍りそうな程の殺気。言葉を成していなくても解る、まだ終わっていない、そう燃える男は叫んだのだ。

 

「来るぞっ!!」

 

 噴き上がっていた炎柱が1点へと収束していき、段々と色合いを変え遂には白色の輝きを身に纏った。

 これにはスネークも、そしてオセロットも絶句する。

 

 一般的に広く知られている火の色は赤やオレンジ掛かった暖色である、実はこれは温度としては低い状態であり見た目よりもずっと熱量は低い。あくまでも火としてはだ、人を焼き殺すには十分な熱量を持つ。

 そして火はその温度を高めていくにつれ寒々とした色合いへと移り変わる、白色の火炎……その熱量たるや掠っただけでもアウトだ。まるで殺意が形を成したかの如き白炎は掌へと収束し、ヘリコプターを完全に捉えた。

 

「避けろぉおお!」

 

 オセロットが叫ぶ。

 だが心中では既に悟っていた、この距離では既に躱し様がない事を。慌てて操縦桿を倒すパイロットも、スネークもまた最悪の未来を垣間見ーーー爆音と閃光に包まれた。

 

 

 

「っ……!? なんだ、どうなった」

 

 爆風の衝撃で大きく姿勢を崩したヘリ内で暫し意識を失っていたオセロットは自らの無事を、ひいてはスネークの生存を確認し安堵する。だが妙だ、アレだけの一撃を受けてしまえばそのまま融解するかエンジン部に誘爆し吹き飛んでいなければおかしいと言うのに。

 

『……どうやら間に合った様だな』

 

 その言葉に答える為ではないだろうが、安堵の溜息と共に遥か遠く洋上からこの戦いを見守り続け絶対絶命の状況を“覆した”男の声が届いた。

 

「ミラー? どういう状況だコレは」

『言ったろう、切り札を使うと』

 

 燃える男が致死の一撃を放たんとする直前、スマセ砦周辺へと無数の“砲弾”が降り注いだ。無作為にばら撒かれる大量の砲弾は目標である燃える男“ではなく”周囲の岸壁へと着弾し砕いていった。

 

 その正体は長距離支援砲撃。

 MSF時代から単身敵地へと潜入するスネークを補助する為に存在していたこれらの武装は、D・Dに於いても何ら変わること無く存在していた。但し“不”完全な状態で。端的に述べると範囲精度が甘く、とても支援としては成り立たない。特にスマセ砦の様な周囲を岩に囲まれ逃げ場がない地形など論外である、走って逃げる事など到底不可能だったろうーーーそれこそヘリコプターにでも乗っていない限りは。

 

「随分と派手にやったなカズ……!」

 

 強かに頭を打ち付けながらもスネークは賞賛の声をあげる。何度か至近距離で砲撃支援を受けた事はあったが、これだけ近くで砲弾の雨に晒された経験は従軍時代でもなかった。

 

『ありったけをブチ込んでやった。もう一度やれと言われても無理だぞ、今度はあんた達を巻き込みかねない』

 

 さしもの燃える男と言えども、あれだけの岩石を身に浴びればひとたまりも無いに違いない。よしんば動けたとしても、高速飛行で離脱しているヘリを追い掛けるのは不可能と言っていい。

 

「何にしても助かった。ミラー、礼を言おう」

『こちらこそだ、オセロット』

「……っくく!」

『……っはは!』

 

 2人の笑い声を切っ掛けとして、室内に弛緩した空気が流れ始める。大量の汗を掻き足が痙攣し始めたスネークなどは上着を脱ぐと備え付けてあった水筒から水を文字通り浴びる様に飲み出した。

 双眼鏡で後方を警戒しているオセロットも片手でリボルバーを弄んでいる、だが今回の離脱劇の立役者とも呼べるパイロットは流石に緊張状態を保っていた。これからMBまで無事に帰還して初めて彼の任務は果たされるのだ、敵からは無事に逃げられた事に安堵して墜落しましたーーーなど、笑い話にもならない。

 

「おい、若いの」

 

 そんな風に気負っていたパイロットの肩にもたれ掛かるようにスネークが腕を組んだ。流石に操縦の邪魔になるほど強くはなかったが、その唐突さに面食らい思わず操縦桿がズレてヘリが揺らいだ。

 

「ボス!?」

「っと。悪い悪い......良くやった、お前のお陰で助かったよ」

 

 それだけを告げ離れていく。

 手を置かれていた場所から強ばっていた身体が解れていくように感じる、先程までの全能感が既に失われていた事に今やっと気付く。確かに自信はあった、だか不安も同じ量だけあった。それでも尚ボスの為に働き、成し遂げる事が出来た。

 信頼してもらった上に労いの言葉まで貰えるなど感無量という他ない、1人きりなら喜びのあまり叫んでいたかも知れなかった。

 

「ありがとうございます、ボス!」

「おーう」

 

 万感の思いを載せたパイロットとは違い随分と素っ気ない返答だったが、それも仕方ない。身体はもとより口を動かすことすら億劫な程に消耗しいる、それだけの激戦を潜り抜けてきたのだ。

 優れた戦士といえども時には休息が必要となる。

 それからMBへ帰還するまでの間、眠りに落ちたスネークの発する僅かな呼吸音と機械音だけが室内に響く。その間パイロットは元よりオセロットも一切の休憩を取ること無く警戒を続けた。

 

 ついぞ燃える男からの追撃は無かった。

 だがこれで終わりの筈がない、何時かまた近い内に強大な敵として立ちはだかるだろう。それまでに何らかの対策を練らねばならない、加えてスカルフェイスと共に居た謎の巨人の事もある。悩みの種は尽きない。

 今日の邂逅は、これからの戦いが一筋縄ではいかないモノになるだろう事を感じさせた。

 

 

 

 

 

 15:ダイアモンド・ドッグズ

 

 

 蜜蜂回収任務から凡そ2週間が過ぎた。

 MBは順調に拡大しその力を伸ばしている、もうじきMSFの規模を上回る事だろう。既に世界中の兵士達の話題はBIGBOSSの復活で持ち切りだ。

 そんな話題の当人たるスネークは今、以前救出した技術者の下へと赴いていた。

 

「どうですボス、新たな義手の能力は?」

 

 自らの作品を手渡した技術者は、新調した義手を接続し微調整を行うスネークへと語り掛ける。その表情は自信に満ちている。

 スネークたっての希望で優先的に開発された義手、名付けるならばFLAME ARMと言った所か。

 

「……ああ、最高だ」

 

 そう呟き指先に着火機能を搭載した義手を撫でる。

 これがあれば理想に描きつつも実現出来なかった新次元のCQCが行える様になる事だろう、例えば相手の体勢を崩しつつ着火……尋問しながらさり気なく着火……気絶した敵兵を起す為に顔の前で着火……等など、その活用法は枚挙に暇がない。

 技術者本人からはソナー機能などの拡張プランも上がっていたが後回しにした、あまりにも“戦術的価値が低すぎる”からだ。その生来のユーモアさに隠れ勝ちだがスネークは実用主義者なのである。

 

「残りの機能は随時追加していきましょう、申し訳ないが時間を頂きたい」

「構わんさ、急いで作って爆発でもされたら堪らん。また9年も眠りたくはない」

「ハハハ。流石はボス、その発想頂きましょう。そういう機能も悪くない」

「おい、勘弁してくれ」

 

「「ははははは!」」

 

 旧知の友の如く和やかに技術者と議論を交わし終え、研究開発プラットフォームを後にする。早速義手を使って火を点けた葉巻の味を堪能しながらノンビリと海を眺めつつ連絡橋を渡る。

 各プラットフォーム間に架けられたこの橋を渡り切るのはそれなりに時間が掛かるものだが、偶にはこうして時間を贅沢に使うのも悪くない。何より目的の“モノ”が始まるまで少しだけ時間が空いていた。

 

「ボスー、お疲れさまです!」

 

 直下の海面から声が届く。

 手すりから身を乗り出して確認すれば、D・Dの隊員達が釣り上げたばかりの魚を掲げていた。なかなかのサイズだ、是非とも味見してみたいところだが……お楽しみは夕飯まで我慢するとしよう。

 

「今日は天候が荒れる、早い内に戻っておけよ」

「はいっ!」

 

 魚を抱えつつ一糸乱れぬ敬礼をする隊員達、その滑稽さに苦笑しながら軽く手を振り別れる。一見すると遊んでいる様にも見えたが彼らは立派に訓練中である、そのついでに食料も自給できるのだから一石二鳥。

 尤も、魚が釣れなければ食事抜きの彼らからすればたまったものではなく遊んでいる余裕などない。

 

 こうした訓練は日常的に行われている。

 洋上を活かした特殊訓練から通常通りの訓練までみっちりと、特にD・Dでは他部隊では学ぶ事の出来ないCQC(近接格闘術)の訓練がある。最強の兵士と称されるるBIGBOSSの戦技、その根幹をなす格闘術の修得具合は、そのまま兵士間である程度の格付けとなる。

 無論それ以外の訓練もある、特に射撃の名手で知られるオセロットの教導はかなり人気だ。何を隠そう今日も行われるその訓練をこの眼で見る為にスネークはアフガンへの出立を1日遅らせていた。

 

「やっているな……どれ」

 

 オセロットはその血筋ゆえか、天才肌なきらいがある。そんな彼がどういう風に教導しているのか、長い付き合いであるスネークもあまり深く知らなかった。それと同時に隊員達の今現在の練度が如何程のものかを抜き打ちで確認する為、完全に気配を消し近づいて行った。

 

 隠れんぼでこの男に勝てる者などこの世にはいない、あのサイファーですら本気で姿を隠していた頃のスネークを見失った程に。

 無論これは、完全に能力の無駄遣いである。

 

 

 

 司令部プラットフォームの一角。

 此処で3人の男達が射撃訓練を行っていた。傍らには戦技教導を行うオセロットが居り、彼らの挙動を眺めていた。付きっ切りで行われる彼の訓練は人気があり普段はもっと多数で行われているのだが……今日は少し事情が違った。

 

「撃て!」

 

 横一列に並んだ3人がオセロットの指示に従いそれぞれのスタイルで拳銃を撃つ。お世辞にも上等とは言えない腕だが、それなりの訓練を積んだだけはあり誰もが的を外しはしない。

 しかし最後に撃った男を、オセロットはギロりと睨み付ける。

 

「もう1度!」

 

 ガンマンとして遥か格上の存在であるオセロットはビッグボスとはまた違った意味で尊敬と畏怖を集めている。そんな彼に睨まれ内心で焦りながら腰だめから抜き放った拳銃は……無様にも弾詰まり(ジャムって)を起こしてしまった。

 それを目敏く見つけたオセロットは、そら見たことかと男から銃を取り上げる。

 

映画(ウェスタン)でも観たか? こいつはオートマティックだ、反動(リコイル)を逃がす撃ち方には向いてない。リボルバー向きだ」

「も、申し訳ありません」

 

 呆れた表情で顔を振る。

 その対象は男に対してというよりは、何処か自嘲に近いモノを感じさせた。ひと息ほど間を空け、全員に向き直り殊更に厳しい口調で言葉を続ける。

 

「D・Dは、もはやかなりの規模になった。世界も注目している……愚連隊まがいの振る舞いは他所でやってくれ」

 

 その言葉に思う所があったのか、3人ともが己を恥じ入るように俯く。

 端的に言えば彼らは伝説の男の下で戦える事に些か浮かれていた。だから必要以上に己を強く見せようと意気込み、それが目に余った事からミラーの計らいでこうしてオセロットから教導を受けていた。

 

「いいか、正しい戦技を身につけろ。映画(スクリ-ン)で観たあらゆることを忘れるんだ。以後おかしなことをしたら……見逃さん」

 

 話はそれだけでは終わらない。

 詰まっていた弾丸を除いて側部がよく見える様に持ち替え男へと歩み寄る、普段から丁寧に手入れされているだろう銃本体にはオセロットから見ても何の落ち度もない。だが、その手入れの仕方も素人と玄人では求められる物ーー質と言ってもいいーーが変わってくるのは当然。

 

「こんな彫刻(エングレ-ブ)には……」

 

 そこで一度区切り、銃に見事に施された彫刻をなぞり最後に指で軽く弾いた。その彫刻はまるでギリシャの博物館にでも飾られている絵画のように美しい。

 だがーーー

 

「……何の戦術的優位性(タクティカル・アドバンテージ)もない」

 

 ーーー戦場に於いては何ら価値が無い。

 こんなものを彫る暇があるのなら迷彩塗装をすべきだ、本体を補強する為のパーツやグリップ部分を持ちやすく加工する必要もある。

 そもそも、こういった高貴な銃は人を撃つ為に使うものでは無い。

 

「……すみません」

 

 良かれと思ってしていた事が否定された。

 還された銃が途端に子どものオモチャに見えた、そんな風に項垂れる男の肩を叩きオセロットはしっかりと眼を見つめながら呟いた。

 

「だが早撃ちは見事だった、いいセンスだ」

 

 それを最後に去っていく、その背中が男達には妙に大きく見えた。

 残された3人は銃と的を片付けると足早に室内射撃訓練場へと駆けていった、心を入れ替えた彼らは今日だけで一皮も二皮も剥けたに違いない。近い将来D・Dの良き戦力となる事だろう。

 それを見越し敢えて厳しく叱責したオセロットの心中は硬い表情と違い穏やかなものだった。

 

(これでいい、若さというものは虚栄心を増長させる。今の内に叩き直しておけば奴らも立派な戦士となることだろう)

 

 深い充足感を味わいながらオセロットは昼休憩を取るために食堂へと向かった。こうして“小僧”共を躾けるのも手馴れたものだ、何せ若かりし頃に自身も経験した愚かな間違いを教訓として指摘するだけなのだから。

 とはいえ自分の若い頃の方があらゆる意味で上だという思いはある、実力も……驕りも。今では自他ともに認める一流の戦士と自負している彼にとって拭い難い失敗の思い出であると同時に特別な思い出でもあった。

 

「……ふう」

 

 懐から取り出した酒をあおる。

 しかしだ、何回言っても名言とは色褪せない物だ、それが尊崇する相手から直接賜った言葉となれば格別と言ってもいい。気分は若かりし頃、20年前の1964年当時に戻っている。

 未だ確固たる信念も持たず生きていた情けない時代と掛け替えのない出逢いに思いを馳せつつ再び酒をあおりーーー

 

「よう、オセロット教官」

「っ!! っ、ぐばっ! げほ、ゲホォッ!!?!」

 

 ーーー強烈にむせた。

 何の予兆もなく死角から現れたスネークはニヤニヤと笑みを浮かべながら語り掛けている。ちょうど出会った頃に成す術もなく張り倒された時のことを反芻していたオセロットにとってその表情は、クリティカルもいい所だ。

 

「見ておられたので……お恥ずかしい」

 

 顔に赤みが差してきたのは、アルコールだけが原因でないのは明白であった。

 ケラケラと笑いながらスネークが手渡してきた包みを開く、取れたての海鮮を利用した揚げ物のサンドイッチだ。黄金色のソースが掛かっており、食欲中枢を刺激する良い香りが漂ってくる……無性に腹が鳴った。

 

「飯はまだだろう? 遠慮するな、食え。面白いものを見せてもらった礼だ」

「……では遠慮なく」

 

 スネークがMBに帰還してから最も精力的に動いたのは糧食班の設立である。個別プラットフォームとしてではなく各プラットフォームに併設する形で設立された糧食班は、各班の人員に過不足なく食事を届ける事を念頭に存在していた。

 まあ、糧食班を各プラットフォームに作った理由は何処に居ても美味いものを食いたいという完全な私心からだったが……当然といえば当然だが、誰1人として文句を挟むことは無かった。

 

 食べながら建設途中である医療プラットフォームを視察する2人、今日明日にでも完成するだろうこれを以てMBの第一次拡張が完了となる。かなり急ピッチでの建設となったものの機能自体に問題は無い、人員の拡大に応じて増設は必要となるだろうが現時点でも支援態勢は完璧である。

 

「ボス、避けて!」

 

 その声が聴こえた直後、上空から落下してくる段ボール箱が目の前を通り過ぎた。衝撃で分解された箱はバラバラになって散乱する、中に荷物が無かった事や誰も巻き込まれなかったのは不幸中の幸いと言える。

 落とした相手がボスであるという最大の不祥事を勘定に入れなければの話だが。

 

「誰だ今のは!?」

 

 オセロットの激した声が響く。

 顔色を青くしながら現れた隊員は恐縮しきりで震える声で敬礼を取り、微動だにしない。そんな彼の前に無言で近寄ったスネークの顔からは表情が抜け落ちており、それを見た隊員は死を覚悟した。

 

「…………」

「……っ! も、もも申し訳ありませんで、したっ!」

「…………」

 

 黙して何も語らないスネークを前にし、隊員の顔は更に青くなり今にも気絶するかそのまま死んでしまいそうな程に酷い顔色となった。暫く沈黙を続けていたスネークはふと動き出し、バラバラになった段ボール箱の残骸の下へと歩み寄る。

 1つ1つのパーツを丁寧に吟味し、どうしても使い物にならない数枚ほどを除き抱えて立ち上がる。その間も震え続けていた隊員の下へ戻ると優しく手渡した。

 

「持っていろ」

「あっ、あの……わっ!」

 

 反射的に持ち抱えた隊員の身体が宙を舞った。

 クルクルと急回転し何時の間にか仰向けとなって甲板へと叩き付けられる、それでも両手に抱えていた段ボール箱の破片は離さなかった。それを見届けたスネークはようやく口元を緩め笑みを見せた。

 

「そうだ、それでいい。段ボール箱を安易に手放すな、以前そう教えた筈だな?」

「はっ、はい! 申し訳ありませんでした!」

「よし。お前達、丁度いい機会だ。各自、段ボール箱を持って集合しろ!」

 

 少し離れて事の成り行きを見守っていた隊員達は、その言葉を聞くやいなや一目散に段ボール箱が仕舞われている倉庫へと向かって走り出した。

 この時間に此処に居た者は幸運だ、何故なら他ならぬボス直々に“戦技”の手解きを受ける事が出来るのだから。

 

 

 

 それはある種、異様な光景であった。

 甲板の上に段ボール箱がある、とはいえ今どき段ボール箱など何処にでもあるだろう。特に医療プラットフォームは工事中だ、段ボール箱の1つや2つなどあって然るべきだ。

 しかしだ、無数の段ボール箱が所狭しと存在し規則正しく並べられ尚且その中に人間、それも大人が潜んでいる光景となれば……そうそう見られるモノでは無いだろう。

 

「立て!」

 

 段ボール箱群から僅かに離れた場所に存在する一際質の良い段ボール箱の中から雄々しい声が響く。ムクっ、とそれぞれが縦型に変形させながら立ち上がるもののその動きにはムダや戸惑いが見て取れた。

 非日常的な動作を瞬間的に行うには何よりも反復練習が肝心となる、その点で言えば多くの者が落第点だった。

 

「座れ! 構えっ!」

 

 素早く段ボール箱を横置きに戻した後、上部構造から上半身を出し拳銃を構える。一連の動作に付いてこれた者はオセロットだけ、ある者はもたつき、ある者は段ボール箱を破損し、ある者は銃を構え損ねた。 

 それから直ぐに箱の中へ戻ったスネークを真似て段ボール箱を被ろうとするものの、上手く開くことの出来なかった者達は広がった箱が戻り切らず不格好な姿を晒していた。

 もし上手く段ボール箱に偽装していたとしてもコレでは中に何かがいると報せている様なものだ。

 

「早さに拘るな、段ボール箱の調子を確認しながら1つ1つの動作に注意を傾けろ……そうすれば自ずと結果は付いて来る。分かったか!」

「「はい! ボス!!」」

「もう一度だ、立て! 構え、座れ。脱げっ!」

 

 今度は先程とは違う動作を行う。

 やはり今度もスネークに追随出来たのはオセロットだけであり、段ボール箱の扱いに関して不得手な者が多い。段ボール箱を利用した隠遁術・及び変則CQCは旧MSFから所属し続けている者達であっても簡単には体得する事が出来ない分野であるので致し方ない、天才でもない限り技術は一朝一夕で身に付くものでは無いのである。

 

「もっと段ボール箱を丁寧に扱え! 真心を込めて使うんだ、お前達の命を段ボール箱に預けろ、そうすれば段ボール箱もお前達を信頼し応えてくれるだろう」

「「はい、ボス!!」」

 

 それからは各々が独自に段ボール箱を用いて訓練を行った。立ったり座ったり構えたり放り投げたりの単純作業を繰り返す、こうやって正しい戦技を身体に覚えさせておかなければ命取りになる。

 そう言った事を身を以て経験しているスネークは容赦なく隊員たちを叱咤した。それは空が曇り始め雨が降りだす直前まで延々と行われた、一足早く段ボール箱を畳んだスネークは箱の中で脚を屈め待機している隊員達に向かい最後の訓示を行う。

 

「銃も、ナイフも、日頃の手入れが行き届いていなければ使い物にならん。それは段ボール箱も同じだ。ましてや段ボール箱の素材は紙だ……粗略な扱いをすればすぐに傷み使い物にならなくなるだろう。

今日学んだ事をよく覚えておけ!」

「「はい、ボス!!」」

 

 甲板上の段ボール箱の全てから勢い良く立ち上がった隊員達が一斉に敬礼を行う。鮮やかに行われた一連の動作は全く同じタイミングで行われ、キッチリした折り目を保った段ボール箱に歪みは見当たらない。

 これならば誰も中に人間が潜んでいるとは気付かないだろう、ようやく“見習い”レベルを卒業したと言えた。

 

「雨が降る前に片付けておけ、解散!」

「「ありがとうございました、ボス!!!!」」

 

 隊員達は段ボール箱の横から同時に脱出すると、手際よく畳んで施設内部へと走って行った。中には被ったまま器用に歩く中級者も居り、羨望の眼差しで見つめられている。

 そんな中、誰よりも早く段ボール箱を片付けたオセロットが甲板へと戻って来る。空を見上げればポツポツと散発的に雨が降り始めており海上で訓練している隊員達は最寄りのプラットフォームへと舟を移動し始めていた。

 

「コレをどうぞ」

「ああ」

 

 段ボール箱の代わりに持ち出してきた雨具の片方をスネークへと渡し、自身も手早く着込む。上から被るだけの簡易的な雨合羽だが、雨脚の強くない今ならば充分な効果を発揮する。

 これから朝方に掛けて降り続くと予報されているこの雨は次第に風を孕んで暴風雨へと成長するだろう。そうなれば流石に耐えられはしまいが。

 

「吸うか?」

「いえ」

「そうか......」

 

 雨の中でもお構い無しに葉巻へと火を点け壁へともたれ掛かる、耐水性に問題は無いらしい。もとより高かった義手の評価を更に一段階上げる。

 思わぬ形で始めた特訓の所為で時間を潰してしまったが、その間も抜かりなく工事の進展状況を確認していたスネークの目から見て、何も問題も見当たらなかった。

 

「フゥー……此処も随分とサマになったもんだ」

「ええ、あなたの足を引っ張る様な事はもう起こしません。例え、またあの男が現れようとも」

「……スカルフェイスも厄介な奴と手を組んでくれた」

「あの男に残っているのは恐らくあなたへの恨み……報復心のみでしょう」

 

 スネークからすれば恨みたいのは寧ろ自分の方だとの思いがあるが、燃える男と成り果ててまで現れたヴォルギンにそんな理屈は通じはしまい。

 この2週間、片時も奴との戦いの記憶が頭から離れる事は無かった、幾つか試してみたい手段があるものの……果たして弱点など存在するのだろうか?

 そもそもあの力はーーー

 

「……大佐の帯電能力は特殊なモノでしたが、相応の理屈があって存在していました。しかし今の、燃える男と化した奴の能力はーーー異常だ。そう、アレは一種の“超能力”と呼ぶものでしょう」

「……だろうな」

 

 この科学全盛の時代に於いて何を非科学的な事をと思う者も居るかもしれない、だがことスネークは超能力の存在に肯定的であった。この世界には確かに科学では証明し切れない“何らかの力”が存在しているのだ。

 得体の知れない能力を持つ不死身の怪物を相手取らねばならない事に辟易する、アレに比べればまだ打たれ強く時折姿が見えなくなる“だけ”のスカルズと戦う方が気楽だ。

 

 他にも問題は山積みである、こうしてノンビリと過ごせる時間は今だけなのかも知れない。まだ本命である“サイファー打倒”の足掛りすら見えないのだから。

 雨雲に隠された空を見ながら暫し物思いに耽るスネークの無線機が震えた、数コール後に強制接続されミラーの声が届く。

 

『ボス、少しいいか。例の件だ』

「なんだ?」

 

 聞き返しておいてなんだが、要件にアタリはついている。もしや振るわぬ結果に終わったのかとも思うも、それは杞憂だった。

 

『アマンダとの連絡がついた、半年以内に先行して向かわせる事になった。革命が成就してから燻ってた奴らが居たらしい、あんたからの誘いとあって向こうも乗り気だった』

 

 アマンダ・バレンシアノ・リブレ。

 かつてMSFと共に行動していたFSLNの指導者であり、現在も後継となる組織の中軸で祖国ニカラグアを生まれ変わらせようと尽力している。持って生まれた才覚ではなく、泥に塗れながら磨かれていった輝きを以て組織を率いた女傑である。

 9年間のビッグボスの不在に伴い彼女の下に向かった旧MSFメンバーも数多くおり、復活を機に復隊しようと考える者達を思い留まらせ別命を与えた。

 今頃は放々に手を回している頃だろう、それで良い。スネークの真の目的からすればスカルフェイス打倒などは通過点でしかない。常に“先”を見据えいなければ9年の遅れは取り戻せない。

 

『それから、アフガンで進行中だった任務だが……無事に成功した。あんたが選出しただけはあるな。捕虜の移送は明日には完了する、そこから先はオセロットに任せるとしよう』

「引き受けよう」

『なんだ居たのか。そういう訳だ、歓迎してやってくれ』

「……それで、カズ。それだけじゃないんだろう」

 

 ミラーの口調は努めて普段通りに振舞おうとしていたが、端々に堪えようのない“何か”を含んでいた。それは悪い報せではないのだろう。だが、軽々しく口にするのを憚る内容である事に疑いはない。

 長い付き合いだ、その程度の事は理解できる。

 

『......はぁ。ああ、そうだ』

 

 重々しい溜息を吐く。

 そうして“ガス抜き”をしなければ、暴発してしまい兼ねない感情を抑えて朗々と語り始めた。

 

『……ある科学者が西側への亡命を希望してきた、名前は“エメリッヒ”。そう……俺達が“ヒューイ”と呼んでいた男だ』

「……あいつが」

 

 9年前“マザーベース襲撃”に関与した疑いがあるヒューイ、長らく消息を断ち続けていた彼がアフガニスタン近辺に居る事まではミラーも掴んでいた。どうやって接触しようか悩んでいた折、先方から亡命の依頼が来るとはーーーまさに千載一遇の好機。

 

『……あれからずっと奴との再会を待っていた。ボス、エメリッヒの望み通り奴の亡命を手伝ってやろう……“まだ”怪我だけはさせるなよ。久しぶりに会うんだ、思い出話は尽きないだろう』

 

 無線機越しに語る声色は淡々としており感情の起伏を感じさせないものだった。だがスネークにはミラーの浮かべている表情がありありと想像出来た。

 何せ今、己の浮かべているだろう表情と同じモノに違いないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 SIDE OPS:惨劇の生存者 

 

 

 もう何年こうしているか分からない。

 時間という概念を忘却する程にこの生活を続けて来た、慢性的な寝不足が続き遂には幻覚や幻聴を判別する事も出来なくなり......まるで“悪夢の中”に迷い込んだみたいだ。

 

 誰が自分を狙っているか分からない、だから流れの傭兵として短期の仕事を渡り歩き常に一つ所に留まることはしなかった。

 このアフガンの地は最適だった、常に何処かしらで戦闘が起こっており食いっぱぐれる事だけは無い。極限の状況下にありながら、嘗て所属していた部隊ーーMSFーーで学んだ全てが今でも兵士を生かし続けていた。

 

「…...っ! ? あ、あれは…...」

 

 ソ連の一部隊を襲撃し水と食料に弾薬を補給した兵士は戦利品を抱えキャンプ地に帰還した折、有り得ないものを目にした。 

 

「あ、まさか......いや、そんな」

 

 兵士が拠点としている場所に、大きな“段ボール箱”が鎮座していた。普段ならこんな風に自らの陣地に知らない内に物が増えていれば即座に離脱しているが、事それが段ボール箱となると話は変わる。

 

 予想、期待、願望、妄想と言ってもいいそれらの感情を段ボール箱は連想させてしまう。しかしそれは有り得ない、あの時の襲撃で彼は…...兵士が心酔した“最強の兵士”は死んでしまったのだから。

 でも、まさか…...!?

 

「!」

 

 そんな兵士の前で、段ボール箱から脚が生えてちょこちょこと歩き出した。

 それを見て確信する。この段ボール箱の中に居るのは、間違いなくボスであると! こんな事を大真面目にやる人間などこの世で1人しかいない。

 

「ボス、やはり生きていたんですね! 嬉しいです……ボス!」

 

 直立不動の構えで敬礼の姿勢を取る兵士。

 シュッ、シュパン! と素早く段ボール箱を脱いだスネークは懐から2本ほど葉巻を取り出し、左腕の義手で火を点ける。

 

「おう。まあ吸え」

 

 感動に咽び泣く兵士の口に無理やり葉巻をねじ込んだ。慣れない葉巻の味にむせながら、それでも兵士は吸い続けた。

 やがて互いに岩場へと腰を落としスネークもまた葉巻の味の余韻に浸りながら、この9年の間にあった様々な出来事を語り合った。

 

「そうか。フリーの傭兵として世界中を」

「はい。MSFの襲撃のあと、残された俺達にも連中の手が及んだんです。俺は逃げるのに必死で……仲間を……み、見捨てて……ッ!」

 

 震え出した兵士の肩にそっと掌を置く。

 

「そう自分を責めるな。お前が今日まで懸命に生きて来た事は、その格好を見れば分かる。随分と苦労しただろう……」

「っ……ボス……うぅ……ッ!」

 

 9年間も怯え逃げ続け何時しか凍えていた身体と心が、肩に置かれた掌から伝わる熱で溶け、涙となって流れ出していく。

 もう2度と会えないと思っていた。何度も心が折れかけた。それでも僅かな可能性を頼りに今日まで生きてきたからこそ、偉大なる男と再会できた。

 

「カズ、ヘリを寄越せ。新しいMBまで送ってやれ」

『ああ、了解だ……よく生きていてくれた』

 

 涙を流し続ける兵士の隣、黙してヘリの到着を待つ。

 その間なんの言葉も交わさなかったが……不思議と沈黙は苦にならなかった。互いが互いの無事を肌で感じるこの時間は、忘れ得ぬ思い出となるだろう。

 

 やがてヘリがLZに到着した事を確認し、兵士を立たせようと手を差し伸べる。その手をしっかりと握り立ち上がった兵士は……もはや恐れや怯えなど存在しない、歴戦の戦士の顔へと戻っていた。

 

「ボス、また貴方と共に戦える」

「ああ……おかえり」

 

 遠ざかるヘリに向かって敬礼し、兵士もまた敬礼を以て答える。夕焼けの彼方へと消えるまで見送り、満足気に微笑んで踵を返す。

 新たにD・Dへ頼もしい仲間が増えた。

 いや……“帰って”来た。

 

 

 

 




 いやぁシリアスばかりでしたね(笑顔)
 年末にこんなに重い話を読んで疲れたでしょう、お疲れ様でした。


 話の要点


・燃える男
 倒せるわけがない!
 アフガンで戦わせなかった原作、有能。


・ピークォド大活躍
 彼との絆は深い方がよい、後の展開のために。
 他の隊員達とももちろん絆は深めていく、いずれ来る“別れ”のときの為に。


・オセロットのドヤ
 ふふん


・メインミッションをさり気なく飛ばす
 ゲームでいう薫風のトロフィー(実績)


・エメリッヒ
 次回の更新までにボートを用意しろ、水と食糧はいい。



 次回の更新は約一ヶ月後です。
 良いお年を。

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