メタルギアソリッドV -THE NAKED- 作:すらららん
また過激な描写が増えるのでお気をつけ下さい。
4:楽園へと分かたれた
『……ここは』
気が付けば海上を飛行するヘリ内。
眼下には黒煙を上げ、倒壊していく洋上プラント。水底へと沈み行くその姿を見ていた。
全てが消え茫洋とした海だけになってもただ見続けていた。
『ボス』
声のした方へと振り向く。
そこには顔の見えない男が立っていた。その隣には血だらけの犬が寄り添っており、こちらを見上げている。
気付けば風景も様変わりし川を挟んだ両岸にそれぞれ立ち尽くしていた。
男の全身も血だらけでマトモな箇所は何一つない。それは控えめに言っても“人間かどうかも分からないような状態”だった。
『お前は……お前“達”は…………』
顔の分からない男と犬の正体を、しかし直ぐに気付いた。それだけではない、何時の間にか現れていた他の者達の名、顔、その全てを余すことなく知っていた。
当然だ。
誰1人として忘れたことはない。
彼らはあの時ーーー
『ボス お気を付けて』
顔の見えない男が敬礼をする。
それに合わせ一斉に、全ての者達がスネークへと敬礼を捧げる。その姿が幻影の如く揺らいで酷く不安定になった。
別れなのだと。
そう思った。
『何処へ
男は頭を振った。
『いいえ 何処にも
それは違うと。
『我々は常に 貴方と共に
川から炎が噴き上がる。
煌々と燃え盛る炎が巨大な螺旋となり世界を包み始めた。それは儚くも美しい生命の炎。
そう此処は終焉の地。
痛みも
恐怖も
憤怒も
悲哀も
そして、歓喜も。
全てが等しく燃え尽きて灰となり、残るモノは何も無い。ただ
唐突に意識を取り戻す。
目にしたのはスカルズが刃を振り下ろそうとする姿だった。
「っ! ぐぅう……!?」
跳ね起きようとして体を捻り……バランスを崩し転がってしまう、それが却って幸運な事にスカルズの斬撃を躱すことへと繋がった。頭部から垂れてきた血が視界を塞いだので拭おうとして異常に気付く。
右腕の感覚が酷く曖昧だ、それに風が妙に顔へ纏わりつく。熱を孕んだ
久方振りに感じる風の感触は堪らなくーーー不快だった。
『ボス! 大丈夫か、ボス!! 返事をしてくれっ!』
無線越しにミラーからの声が脳を揺さぶる。
心配はあり難いが今だけは煩わしい、何せスカルズの攻撃は始まったばかり……いや始まってすらいない。立ち上がろうと改めて力を入れようとするも右腕に力が入らない、折れてはいないが動かせない。
脱臼しているのだろう、なのに痛みがない。不味い兆候だ。
「カズ、何があった! っく!!」
右腕が
ある程度は正常な
(そうか爆発。やられた、誘い込まれていたか!)
拳銃を口に咥え脱臼していた右腕を無理やり元に戻す、脳内は興奮物質で溢れており痛みを感じる事は無い。だがこれは応急処置に過ぎない。
ポロり…と口から零れ落とした銃を空中で拾い上げ牽制のため何発か撃ち込む、その際に反動を殺さずワザと受け流し右腕全体に浸透させ活を入れた。ビリビリとした“痛み”がじわりと戻り感覚を蘇らせる。
(これでいい、暫くは持つ)
『あ、ああ。仕掛けられていた爆弾が爆発、あんたと
「そうか、分かった。で? トラックはどうなった」
『ああ、トラックは無事だ。奴らの身体が盾となったんだろう……やられたよ。クソッ!』
無線機越しでも分かる程に苛立ちを含んだミラーの声、だがその怒り具合に妙な違和感を覚える。違和感と言えばもう1つあった、スカルズの銃撃を避けながら周囲を観察していたスネークは直ぐに違和感の正体に思い至った。
釣り合っていない。
これだけの規模の爆発に巻き込まれたというのに、それも爆心地の近くに居たというのに、負傷が右腕の脱臼だけというのはどうにも“軽すぎ”る。そもそも確かあの時……。
『ボス、応援を送ってある。あと5分だけ保たせてくれ、航空支援なら奴らも対処できない筈だ』
「……おいカズ」
『作戦は中止だ、あんたに“まで”死なれるワケにはいかない。無理はしないでく 「カズ!」 れ、っ!』
撃ち尽くした弾倉を交換しながら声を荒らげる。
捲し立てるように、まるで何かを“誤魔化すように”喋り続けていたミラーは沈黙した。スネークもまた物陰へと移動する為に声を潜める。
ザッ、ザッ。
高い跳躍力で一部崩落した空港の壁から壁へと移動するスカルズ達の目から何とか逃れる事に成功、だが狭い空港内部で隠れていたとしても直ぐに見付かってしまうだろう。
その前に“決断”しなくてはならない。
本来なら
その答えを半ば予測しながら。
「カズーーーDDはどうした」
僅かに間が空く。
絞り出す様な声でミラーは伝えた。
『……MIA、だ』
MIA。
作戦中行方不明を表す言葉だが、この言葉を使わざるを得ない状況を端的に言ってしまえばそれは……死亡宣告と同義である。爆発の瞬間、DDはスネークの前へと飛び出していた。
その行動が訓練の賜物か、偶然だったか、それとも意図して行ったのか。それは確かではない。
確かなのはそう……その身を以てDDはスネークを護り通したのだ。
『信号は途絶している。
覚えていた。
意識を失う前に飛び出した何かを、この世の何処とも判然としない世界での出来事を。
「そうか……」
血塗れの髪をなで上げる。
掌に付着した血をじっと見つめた、既に温かさはなく冷え切っており雨に混じって薄くなっていく。その血が、それ以上消えない様に強く握り締める。
頭部に怪我は負ってはいない。強く打ち付けたかも知れないがそれだけだ、裂傷は何処にもない、スカルズの物でもない、自身のものでもない。
ならばこの血が誰のものかーーー。
「……」
手を開いて血を舐め取る。
今はこれだけで良い、感傷に浸っている暇はない、やらねばならない事がある。成さねばならない事が。
「……D-Wallkerを寄越せ、カズ」
『ボス?』
「作戦を続行する」
双眼鏡を取り出し空港内部の滑走路方面を覗く。
スカルズがキョロキョロと忙しなく頭を動かし探索している姿、その近く、塀と塀の間に設置してある金網を注視する。
あそこがいい。他の出入口へは遠い。
『ボス、おい! 何をする気なんだ!?』
此処で争っていては見付かるモノも見付からなくなるだろう、爆薬の他に何が仕掛けてあるかも分からない。奴らと“戦う”のならば場所を移すべきだ。
賭けになるが、分は悪くない。
あれだけの規模を爆破したのだ、優先度が高いのは
「アレはお前達で回収しろ、いいな!」
滑走路を突っ切りながら叫ぶ。
遠隔起動されたD-Walkerはスネークの端末に備え付けてある発信機の下へと移動を開始した。一般機と違い特殊改良された高速移動モードによって颯爽と現れ、スネークの隣で並走する。
操縦桿を右手で掴みながら飛び乗り、自動走行させつつ後ろ手に突撃銃を乱射し注目を集め……そのまま金網を突き抜ける。
機体を大きく左回転させ体勢を逆方向に、より制圧力の高いガトリング砲をばら撒きながら湿地帯へと躍り出る。狙い通りスカルズは積荷ではなくスネークの“抹殺”に注力している、これならば直に到着するだろう戦闘班が誰に邪魔される事なくトラックを回収する事が可能だ。
「カズっ、3! それから例のヤツを5、適当にばら撒け。合図はこちらで出す」
『っ、分かった! だが、ああっ、クソッ! ムチャだけはするなよ』
「分かってるさ」
ギャギギギギギィッ!
激しく軋むローラー音に紛れ込ませ指示を出す。止めようと考え、無駄だと思い直したミラーはその指示に従うべく支援班へ激を飛ばす。この時。スカルズと1人相対するスネークの事を、ムチャだとは露ほども思わなかった。
ノヴァ・ブラガ空港跡から幾らか離れた場所までスカルズを誘い出し、急制動したD-Wallkerから横っ飛びで降りる。その直後、無防備な背中へ剣を突き立てようと跳躍していたスカルズが大きく目標を外し地面へと剣を突き立てた。
直ぐに剣を引き抜き追撃しようとしたスカルズの眼前へ、先ほど乗り捨てられ慣性のままに蛇行していたD-Wallkerが迫り……大爆発を起こす。
「!?」
不意打ちへの、更に不意打ち。
吹き飛ばされたスカルズはもんどり打ちながら地面に叩き付けられた、あまりの衝撃に手にしていた剣を取り落としながら。だが、この程度で止まるように彼らは“調整”されていない。
体内に潜む“モノ”が急速に蠢き出しダメージを回復しようと「ふっ!」する直前、片腕を斬り裂かれ、腹部を剣が貫く。そのまま地面へと叩き付けられ身体を縫い留められたスカルズの首元、頚椎をへし折る。
「そこで大人しくしていろ、お前には“用”がある」
ビクン!
ビクンッ!!
スカルズの身体が痙攣する、脊椎を損傷した故の生体反射。完全な無力化状態になったそれから目を離し、残りへと顔を向ける。
「さて、言葉が通じるとも思えんが……1度だけだ、1度だけ忠告しよう。スカルフェイスの情報を吐け、そうすればお前達は見逃してやる」
返答は言葉ではなく銃弾の嵐だった。
想定していた通りの反応にため息も出ない。
足下に転がっている
「…………」
「…………」
雷鳴が轟く中、稲光に紛れスカルズが動き出した。
即座に極限の集中状態へと至る、降りしきる雨の1粒すら認識できる程に鈍化した世界の中ただ1人スネークだけが自在に動き出していた。
驚異的なスピードで動き回り銃撃するスカルズの攻撃を盾で完全にいなし、姿を消そうとも的確に捉え、時には射線に巻き込み、不用意に近付くのを逃さず無手による制圧を試みる。
スカルズの真骨頂である卓越した速度とステルス能力は、しかし既に見切られていた。だが彼らとて何の“対策”も持たず現れた訳では無い。
「ッ!!」
全身が岩で覆われる。
その見た目に反することなく彼らは頑強な防御能力を得た。更に、その状態のままで通常通りの速度で跳躍する事も可能なスカルズの戦闘能力は単純に考えたとしても倍以上に上昇したと言っても過言ではない。
バララララ! カンカカン!!
手持ちの兵装では少しずつ表面を削り取るだけしか効果がなく、僅かにでも間を開けてしまえば直ぐに再生を始める始末。フルオートで弾丸を吐き出す事で何とか進行を抑えているものの、直ぐに残弾が尽きてしまう事は明らか。
それに加え、必要以上の接近戦を行おうとしてこないのがネックとなる。
前回の戦闘で接近戦の優劣に気付いたのだろうか、若しくはそう“調整”されたか。中距離の包囲陣を維持しており、それを活かす為に弾丸を弾く装甲を以て強引に接近しスネークの逃げ道を塞ぎ続ける。
決して射撃能力は高くない、だが動かない獲物に当てるだけならば簡単だ。僅かずつだが服や装備へと被弾し始め、じりじりと追い詰められていく。
だがこれは、遮蔽物のない外へ出ると決めていた時から予想していた事。状況は何一つとしてスネークの想定を超えてはいなかった。
『ボス! 順次投下する、派手にやれ!』
ニヤリ。
薄く笑い上空を一瞥し粗方の位置確認を終えると、1番近くの“落下ポイント”へと向かってスカルズから背を向け走り出す。その際に後方へと放り投げた手榴弾から閃光が溢れ、ほんの少しの時間だけ追撃を遮る。
部隊章が刻まれている輸送用段ボール箱に括られていたパラシュートが燃え上がり虚空へと消え、放り出された荷物が重厚な音を立てて着地した。
普段なら中に入ってじっくり取り出す処だが今は生憎と状況が赦さない。勢い良く箱の中へと手を伸ばし、目的の物を取り上げ……すかさずスカルズの一体へと撃ち込んだ。
ガシュッ!
胸部に穴を開けながら後方へと吹き飛ぶ。
それまで幾度となく銃弾を防いでいた筈の体面の岩は、穴から放射状にヒビ割れておりボロボロと崩れている。その様が、衝撃の大きさと威力をありありと物語っていた。
だがこれでも戦闘不能とまではいかない。
暫くの間身動きを取れなくする程度の効果しかないだろう。しかし唯一の強みである防御力を無効化された今、どちらが優勢かは火を見るよりも明らかだった。
「アンチマテリアル……流石のお前達でも防げはしなかったな。さあもう1発だ、今度はどっちが喰らいたい?」
残されたスカルズ達は互いを見合い、弾ける様に大きく距離を開きながら左右へと散った。一箇所に留まらない事で狙いを絞らせず、またどちらかへと攻撃が向いた瞬間にもう一方が襲う腹積もりなのだろう。
その意図を読みながら、構わず右のスカルズを狙い、撃ち込んだ。
「!」
反動で大きく仰け反るスネーク、その隙を突く為に動き出したスカルズの銃口が火を吹こうとしたその瞬間ーー「やれ」ーースカルズの上空まで接近していた段ボール箱が内部から膨張、四散した。
手榴弾、C4、指向性地雷、対戦車地雷を敷き詰め隙間にありったけの火薬を充填した簡易爆雷が。
直下に居たスカルズはその膨大な破壊力を一身に受け全身の岩は勿論のこと、その肉体の大部分を大きく損なうこととなった。
比べてスネークはと言えば。
アンチマテリアルライフルの反動そのままに仰向けとなり長大な銃身に身を隠しつつ姿勢を低く保っていたこと、そもそもスカルズが常に距離を開いていた事が幸いし殆どダメージを負う事は無かった。
キーン、と酷い耳鳴りが収まった頃を見計らい状況をモニターしていたミラーも安堵の声を洩らす。
『1回で済んだか。流石だボス』
「運が良かった、次はこうは行かんだろう。尤も次の機会は与えんが……」
ゴトン、ゴト、ゴトゴトッ。
計4つの段ボール箱が周囲へと散らばった、その中身は等しく同じーーーつまりは爆薬の塊。スカルズや謎の狙撃手に先手を取られる形になったが、ミラーが考案した対スカルズ用の策はこうして成果を挙げた。
使用しなければ中身を回収し、通常の支給品と同じ様に使える二段構え。
バシャ、バシャ。
後方から水溜りが跳ねる音が聞こえ振り向くとそこにスカルズが覚束無い足取りで向かって来ていた。
「……っと、流石にタフだな」
最初にアンチマテリアルライフルで胸部を貫かれたスカルズが起き上がり、接近していたのだ。拳銃で威嚇射撃を行うも、今までの様に距離を開けようとはせず身体の岩すらも再生せず手にした剣を持って遮二無二に突進するばかり。
無闇に接近戦を挑んでこなかったスカルズの見せるこの行動、その意味。間違いなく時間稼ぎ。それを理解し、しかし見過ごす事に決めた。
「
何度目かの衝突の後、何かが跳躍し離れていく音が2つ。それに合わせ目の前のスカルズの姿が宵闇に溶け込んでいく。
油断なく周囲を伺うこと凡そ1分、だらりと腕の力を抜き銃を仕舞う。先程まで確かに存在していたスカルズ達の姿はない、これ以上の戦闘は不利と考え帰投したのだ。それを追う気も、防ぐ気も更々なかった。
『逃げたか』
「その様だ。ちょうど良い、これ以上は流石に身体が保たん。それに、目的はもう果たしている」
胸元から葉巻を取り出し口に咥える、まだ火は点けない。
今も身体を剣で貫かれたまま全身を震わせ無駄に足掻き続けているスカルズの下へ歩み寄る。へし折った筈の首は既に再生していたが、流石に斬り落とした腕は生えていなかった。
『戦闘班から連絡があった、ノヴァ・ブラガ空港跡へ到着。輸送トラックを確保した、と。それから……捜索を開始すると』
「ああ。そっちは任せる」
キリキリ、と左手の調子を確かめながら背中へ脚を置き勢い良く剣を引き抜く。
自由の身となった事に気付いたスカルズは、他の3体と同じくこの場から離脱しようと脚に力を入れーーー片脚を切断され転げ落ちる。
「お前には用があると、そう言った筈だ。だが、そうだな。お前には訊いていなかったか、スカルフェイスの事を話せば“楽にして”やる、どうだ?」
「ーーーーーー」
返答は無かった。
喋れないのか、喋らないのか、それとも何らかの理由で声を出せないのか。真偽は定かでなかったが、このまま放置していても何も喋らないというのだろう。
うつ伏せ状態だったスカルズを引っ繰り返し仰向けの態勢へと変える、残された腕で反撃しようと伸ばしてきた機先を制し掌を踏み付ける、そのまま腰溜めの構えを取りつつ大きく左腕を後方へと引き絞った。
「それがお前の決断だな。フ……ッ!」
捻転によるタメから生まれた力を解き放つ、その瞬間的な威力は凄まじく片腕と片脚を失い無防備な姿を晒していたスカルズの“頭部”へと……正確には眼球部へと一直線に四指が突き刺さる。
鋼鉄の義手に貫かれた眼からは内液が漏れ出し、指先はその奥にある骨と肉を容易く越え脳にまで達していた。
埒外の衝撃を受けたスカルズの身体は一層激しく痙攣し口腔部分から血の混ざった泡を噴き出しながら……それでも絶命する事なく生きている。
「どうした……動けないか?」
他の3体は逃がしてしまったが、1体だけでも確保出来るなら問題はない。差し込んでいる指で頭蓋骨を固定し、親指でバランスを取りながら無理やり立たせる。
それでも尚、まだ反抗の意思を見せ身体を動かそうとしたスカルズであったがーーー最早それは赤子の抵抗よりも無意味なものだった。
抵抗の意思を見せたその瞬間、冷徹に左腕の“仕込み”を起動させる。通常兵装ではなく特殊兵装として起動されたFLAME ARMは掌全体から指向性の炎を噴出しスカルズの頭部を包み込んだ。
瞬間的に沸騰した眼球“だったもの”や、皮膚組織が延焼し肉を焦がす、反動で身体ごと吹き飛ばされても尚消えることなく纏わり着く炎にのたうち回るスカルズを注意深く観察しながら義手の接続部を取り外した。
冷却装置は問題なく起動していたが、流石に超至近距離での使用には耐えられなかった様で機能不全に陥っている。後で博士からドヤされるなと考えながら剣を持ち上げ最後の仕上げへと掛かる。
残った脚と腕を切断し達磨状態に、出血は驚くほど早く治まり肉が内側にめり込みながら傷を塞いでいく。他の傷も同様だ、顔の周囲は見るも無残に焼け爛れていたがやはりーーースカルズは“生きて”いた。
(……)
幾ら“死んでも死ななくともどちらでも良い”と考えての処理だとしても、実際に死なない姿を間近で見るとおぞましさを感じずにはいられない。
もはや抵抗する事すら出来ず痙攣し続けるスカルズ、その頭部で燃え続ける火に咥えていた葉巻を近付け着火し、ようやく腰を据えながら煙を吐き出しミラーへと指示を伝えた。
「カズ、ヘリを寄越せ。スカルズを回収し、身体を調べ尽くせ」
暫くして現れたピークォード。
その中から3人の兵士が降り立つ。1人はスカルズの回収に、2人は慌てた様子で全身が血や泥に煤だらけのスネークの下へと駆け寄った。
「ボス、お怪我は!?」
身体中だと伝えると悲鳴を上げながら消毒薬を全身にぶっかける暴挙へと打って出る、既に緊張状態を脱し弛緩していた身体に想定外のこの一撃は今日一番のダメージをスネークの精神に与えた。
感染症を防ぐ為だとか何とか早口で捲し立てながら鼻息を荒くしスーツを脱がして診察しようとしてくる姿に、さしものスネークも堪らず引く。
因みに割といい胸の形をしている。
「失礼します、ボス」
代わりの義手を運んできた兵士が厳重に封印されているトランクから仰々しく新しい腕を取り出した。
お気に入りのFLAME ARMではなくROCKET ARMという新開発した試作型を慣熟訓練もなしに喜々として取り付けようとする姿から察するに、間違いなく開発班の者だろう。
それもある博士に重篤なレベルで精神汚染された輩だ。
『ボス、少し話をしたい。そのままで聞いてくれ』
「ああ」
肩を担がれながらヘリに乗り込んだスネークは、厳重に拘束され積み込まれたスカルズの近くへと腰掛ける。この後はMBに帰還して念入りに検査を行わなければならない、飛び立ったピークォードの窓から垣間見えた空はようやく雲が晴れ渡り星空が瞬いていた。
『回収したトラックの積荷をざっとだが調べた。中身は大別して二種、一つはドラム缶詰めの
「そんなものを
それに、未だ狙撃手に関して一切の報告が上がってきていない事に気付く。何処から狙い撃たれたか分からない経験は久々だった、アレだけの能力を誇る敵が複数現れたとしたらーーー考えたくはないが、有り得ないとも言い切れない懸念だった。
『ああ、同意見だ。本命は恐らくもう一つの方……遮蔽容器だろう中身は
「……核」
『そう、核だ。核兵器の原料……エメリッヒが言っていた『メタルギアを超える兵器』も、或いは……だが核兵器を製造するには量があまりに少ないんだ。分析の時間をくれ、なぜ連中がこんなものを厳重に運んでいたのか調べてーー『おいミラー!』』
「? 何だ、どうした」
唐突に割り込んできたオセロットの声がしてから応答がなくなる、何やら話し込む2人の雰囲気から察するに余り良い内容ではないのだろう。暫くしてミラーは、焦りを滲ませた声で緊急事態を告げた。
5:囚われの諜報員
『すまない、ボス』
「いいさ。それよりも情報をくれ、時間が無い」
CFAを内偵していた諜報班が2名、そのCFAに捕らわれてしまった。ンフィンダ油田に端を発した水面下での争いが遂に表面化し始めたのだ。
現在までD・D側からCFAへの積極的な関与は控えてきた、だがもし、諜報班から死者が出てしまっては報復心は簡単に燃え上がり全面抗争へと繋がるだろう。そうなればどれだけの規模で被害が出るか、XOFとの対決前に余計な戦力の消耗は避けねばならない。
捕らえられた2名の内、1名は自力で脱出し救助を求めてきた。先ずは彼を救出し情報を入手、キジバ野営地の何処かにいるもう1名も救出する。時間はあまり無い。D・Dへ商売仇以上の報復心を燃やしているCFAの兵士達が、1人に逃げられてしまった彼らが、残りを何時までも生かし続けるとは考えられない。
極短時間で迅速かつ隠密に救出する。
各種分野に精通した
『こんな時にアイツが生きていれば……いや、スマン。今のは失言だった』
ミラーの脳裏にある男の姿が浮かび、消えた。
共に病院へと運ばれ、しかし助からなかった男。ビッグボスすら認める程の能力を持っていた男。今も共にあり続ける男。
「……そうだな。死者は還らない、どれだけ祈ろうとも。願おうとも。だが、生きているならーーー」
スネークもまた同じ男の姿を思い浮かべていた、その姿にDDが重なる。共に同じく己の身を盾として爆炎の中へと消えていった者達。
その姿を幻視しーーー古傷が疼いた。
必ず救い出す。
生きているならば。
「おい、持ってるか?」
「ハッ!」
クイッと指を動かし、その意図を察した兵士が支援物資の中から葉巻を幾つか取り出して手渡す。1本だけ残して仕舞い意識的に普段よりも早く吸った、今の内に身体中の疲労を取り除いておかなければ作戦に支障をきたす。どんな薬剤や食糧よりも、こと疲労回復ならばコレに限る。
芳醇な香りが傷ついた身体を優しく包み込み癒していく、失われた体力を補填し健康な肉体造りには欠かせない。オロシャヒカリダケを食べればバッテリーが回復する様に、どれだけ毒性が高くても吐けば治る様に。
葉巻の煙を吸えば健康になるのは必然で、こうして改めて語るまでもないことだ。
「……ふぅ。お前も吸うか?」
「いえ、自分はこれがありますから」
懐から少しだけ取り出した箱を見せる男。
それを見て露骨に顔を顰め、煙を吐くタイミングに合わせ大きな溜め息を零した。無知とはここまで愚かしい事なのかと嘆かずにはいられない、まだまだ輝かしい未来への希望に満ちている筈の若人が道を踏み外そうとしている様を老齢に差し掛かるスネークとしては見過ごせなかった。
「タバコか。いいか若いの、タバコの煙には発ガン性物質が多量に含まれており、それは学会でも証明された事実だ。そんな体に悪いもんは吸うもんじゃないぞ……ぷはぁ、だいたいだなタバコなんてのは百害あって一利なしと昔からーーー」
「は、はぁ……」
センチな気分になったからだろうか、普段はあまり好まない説教をする気分になってしまったのは。
そのまま目的地に着くまでの短い時間、誰かの受け売り(ヤブ医者の小言)をそっくりそのまま、葉巻をふかしつつ現地に到着するまでタバコの危険性について説き続けた。
監視の目が緩んだ。
だが2人で逃げ出すには目立ち過ぎて発見されかねない、1人ならば或いは無事に…………呑気に悩んでいる時間はない、見張りが戻る僅かな時間の今しかチャンスはないのだ。
ならば自分が囮になる。女はそう答えた。
「何故だ。俺の方が拷問への耐性は高い」
「ええ、そう。そして貴方の方が脚も早い、体力もある」
「だがそれじゃ」
「それに、貴方じゃ奴らの怒りを買えば直ぐにでも殺されてしまう。けど私なら、この身体を差し出せば時間稼ぎくらい出来る筈。何でもする、どんな事でもね」
文字通りその身を呈して時間稼ぎをすると女は言っているのだ。確かに直ぐに殺される可能性は低くなるだろう、だがそれはつまり女の尊厳を冒涜され心身ともに蹂躙される事を示していた。
如何に兵士として生きる事を決めたとは言っても、最大の屈辱である事に変わりはない。
それでも尚、女は覚悟を決めていた。諜報班として活動するに当たって何よりも重要なのは自分の命(誇り)では無いのだと。情報を入手し、届ける。
それを成す事が彼女の“忠”だった。
脱走は直ぐに知れ渡った。
捜索隊がキジバ野営地から離れた事を確認し、監視の減ったテント内に潜り込み没収されていた通信機と紙とペンを手にする。上手く裏をかけた。此処を離れたとしても周囲は殆どCFAの勢力圏、闇雲に脱走したところで逃げ果せる筈も無い。
無線機があれば電波を傍受される危険を省みても、身一つでの逃走よりは遥かに成功確率が上がる。だが想定よりも服へ仕舞うのに時間が掛かり、見回りの兵士が物音に気付いてしまった。
「誰だ!」
やはり早々上手く事は運ばない。
両腕を拘束された状態を活かした低姿勢で兵士の腹へ頭から突撃し、倒れた所に顔面へ全体重を乗せて踏み込む。完璧な感触がなかった、長時間の気絶は望めない。
この兵士が起きて捜索隊が呼び戻されるよりも前に出来る限り距離を稼がなくては、確か近くに林があった筈。先ずはそこまで逃げて連絡を取る。脇目も振らず、但し一定の歩幅だけは維持しひたすら真っ直ぐに突き進んだ。
「ハッ、ハッハッ、ハッ……ッ!」
何度も転けながら無事に林へと辿り着いた、道中で至近距離を擦れ違う時は流石にヒヤヒヤとしたものだが明確な追手は来ない。未だに捜索隊は検討外れの場所にいるのだろう。
此処でもう一度連絡して落ち合う場所を決めようとし……無線機の感触がない事に気付く。落としたのだ、何処で? そう離れてはいない筈だ。
だが……。
「……くっ」
このまま林に留まる事に決めた。
後方から声がする、どうやら遂に追い付かれたらしい。この林に来てから痕跡を消して逃げるつもりでの全力疾走だったが、その選択が裏目に出た。
最後に無線を使ったのは林に入り込む前、ならば最後に連絡のあったこの付近へ来てくれる可能性が一番高い。服の間に挟んでいた紙を取り出し乱雑に内偵で得た情報を書きなぐり、クシャクシャに丸めて飲み込む。
ペンは土の中に埋めた。
救助が間に合えばいいが、間に合わないとしても“死体”が回収されてくればそれでいい。それで務めは果たせる。不思議と死への恐怖は薄かった。もっと恐ろしいものだと思っていた、少なくとも二ヵ月前の自分なら恐怖に取り乱し、或いはとっくの昔に情報を漏らし、もしかすれば寝返っていたのかも知れない。
きっとあの時、
そんなモノは願い下げだ。
もう既に出会ってしまった。
人生観が一変する出会い。
命を捧げるに足る存在を知った。
あの人の為に死ねるのならば、この命の……なんと上等な事か。
「降下準備に入る、衝撃に備えよ!」
キジバ野営地から北へ凡そ500m。
ノヴァ・ブラガ空港跡から西へ大きく回り込む形でレーダーから逃れつつ低空飛行を続けていたピークォード、その接近限界地点が迫ろうとしていた。閉ざされていた扉が開かれ老年の男が顔を覗かせる、新調された眼帯を右目に装着し、双眼鏡で周囲を警戒しながら紫煙を吐き出す男の表情は険しい。
本調子とまではいかないがまずまずの体調まで戻す事が出来た、これで葉巻が万能医療役である事が証明されたと言っても過言ではない。
だが時間が無い。あまりにも。
『幾許もしない内にノヴァ・ブラガ空港跡での一件もCFA全体に周知されるだろう。全域に戦闘班を展開していたのが仇となった、警護の全滅を俺達の仕業と受け取られ兼ねない。そうなれば命の保障は無いに等しい』
「回収作業はまだ終わらないのか?」
『急がせている』
最後に連絡が確認された地点へ視線を合わせ暗視装置を起動させる、熱源によって浮かび上がった複数の人影が林へ続々と集まっているのが確認出来た。
何とか間に合ったという所だろうか。
双眼鏡を外し、緩やかに制動をかけつつあったピークォードから飛び降りる。何度か回転しながら無事に降り立つと、勢いそのままに走り出した。
あまりの事に悲鳴を上げる事すら忘れ呆然と眺めるだけしか出来ないでいた兵士とパイロット、慌てて操縦桿を倒し離脱を開始した。
『ボス! 何を考えている、自殺する気か!?』
「心配するな無事だ。どうせヘリはこれ以上は近付けられん、ああするのが早い」
『あんたは怪我を押して出撃してるんだぞ?』
「身体なんてのは多少雑に扱った方がいい、大事にし過ぎれば腐っていく」
迅速な潜入の為ナイフと拳銃のみ携帯しているスネークの足取りは早く、迷いが無い。とても先程まで命懸けでスカルズと交戦していたとは思えない程に。
搜索部隊より遅れること僅か、林へと辿り着いたスネークは息を整える間も惜しみ出会い頭に次々とCQC直投げで意識を奪った。麻酔弾を撃ち込み排除を続ける。敵愾心が燃えている相手に生半可な武装解除や拘束などは意味を為さない、手っ取り早く完全に無力化するにはこの方法が一番だった。
『ボス、無線を傍受した! くっ、どうやら見つかってしまった』
「っ! 何処だ、カズ!!」
その返答よりも先に銃声が林に轟く。
最悪の事態を想像しながら音のした方向が見渡せる場所に陣取り暗視装置を起動する、3人の兵士達に囲まれた地面に、逃げ出した諜報班の男が転がっていた。
死んではいない、それに安堵するもどうやら脚を撃たれたらしくもがいており兵士がその部分を踏み付けていた。
「どうだ疫病神め! 少しは死んでいった仲間達の苦しみを理解したか!?」
「おいおい、まだ殺害許可は出てねぇ、だ、ろっ! ふぅ~……いい感触だぜ」
「こちら捜索隊、逃げ出した捕虜を見付けた。対応を求む……何時までも抑えられないぞ」
どうせ殺害許可が降りるだろうと確信しているのか、2人は獲物をいたぶっていた。残り1人は事務的な手続きを踏んでいたが、その顔は喜色に満ちている。
周囲の男達はそんな彼らに一声かけてから帰投し始めていた、スネークが知る由もない事だが捕虜を囲んでいる3人はそれぞれに“D・Dが原因”で家族や友人を失ったと信じているのだ。
『奴らめ……随分と好き勝手に…ッ!』
「カズ」
『ああ、分かっている。しかし弱ったな、遮蔽物のない平地に居る、どうやって救い出す?』
見付からず接近するには距離があり過ぎた。
拳銃で無力化するにはそれぞれの位置取りが悪く確実性がない。失敗は全面抗争へと繋がる、それ以前に仲間の死を目の前で見るのは御免だ。
だがどうするか、手を拱いているよりも一か八かの可能性に賭けるべきか……周囲を観察していたスネークの目が、ふと左腕の義手へと留まった。正直に言えばコレを使うのに不安はある、何せ
「ううむ」
しかし選り好みをしている場合ではない。
義手の接続部、その上方の装甲をずらし操作盤を露出。iDROIDの
ロックを解除し射出準備を始めた左腕を構え右腕で狙いを定めた。不謹慎ながら、少しワクワクしてしまった。
(ロケットパーンチ!!)
バシュッ!
心中で決め台詞を吐きながら、内蔵燃料を噴き出しながらROCKET ARMが放出される。直ぐに上空へと軌道を変えカメラ越しに敵との相対位置を測り3人連続で直撃するコースに入った事を確認し速度を最大まで上昇させ操作盤から意識を切りあげた。
シュシュシュ……と風を切りながら迫る音は、しかし激している3人の耳には届かなかった。ゴッ、ゴゴッ! 小気味よく2人の頭部に連続で命中した義手だが、最後の1人から僅かにコースを逸れ顔のすぐ近くを通り過ぎ後方の岩へと激突した。
「うおっ! な、なんだ今グ、フッ?」
頭部に撃ち込まれた麻酔弾で意識が混濁した兵士が崩れ落ちる。何とか無力化に成功し、推進力を失い転がっている腕を再接続し捕虜の元へと急いだ。
暴行を加えられながらも何とか意識を保ち続けていた男が救援者の姿を見上げ、その正体に気付き謝罪の言葉を述べる。まさかボス直々に救助して頂くとは、畏れ多く不甲斐なかった。
「ボス、お許しを」
「よく無事だった。此処でのフルトン回収は目に付く、少し移動するぞ」
「ボス……もう1人は、ここに……俺は喋りませんでした……奴らの情報も腹の中に……」
スネークに担がれながら、借り受けたiDROIDを操作し地図と記憶を参照する。常に頭の片隅で歩幅や方角などを正確に割り出しながら逃走を続けていたオトコは、かなり正確にキジバ野営地での監禁場所を逆算、特定していた。
林から抜け出し、包帯で傷口を縛り付けフルトン回収装置を丁寧に取り付け胸をトン…と軽く叩く。
「もう充分だ。あとは休んでいろ」
「は……はい……っ!」
上昇していく気球を見送ることなく端末を操作し目的地を確認する。キジバ野営地はそれなりに広い、何の情報もなく捜索していては手遅れになるところだ。
再び全力疾走し、救出を急いだ。
回収したスタッフから得られた情報。
どうやら最近、CFAの兵士の間で流行っている奇病があるらしい。特にマサ村落にいた現地採用の兵士が次々倒れているという。その原因としてスネークを……引いてはD・Dを疑っている。
偶然と言うには時期が悪かった。アフリカに来たばかりの頃に行われた油田でのミッション、CFAと対立する切っ掛けになったその直後に奇病が蔓延しだしたのだ。何らかのBC兵器の使用を疑っているのだろう。
だがそれにしてもCFAの怒りは凄まじい。
これには恐らく周到な情報操作があったのだ、CFAの“本当”の雇い主ーーーサイファーからの。
『奴らがこの地で何かをし、その結果この奇病が発生した。そしてそのツケを俺達の仕業だとすり込む。上手く押し付けられたもんだ』
「……」
監禁場所にそっと近付く。
そこに居た兵士達は、先ほどの捜索隊の面々の様な露骨な怒りや蔑みの表情を浮かべることなく、いっそだらしない程にニヤけていた。訝しむスネークの耳に、場違いな嬌声が届く。ただひたすらに、男を悦ばせる為だけにあげる女の声が。
(そういう事か)
「女を抱くなんざ久し振りだったぜ、いい締まりしてた」
「ああ、ありゃ好き者だぜ。何人にも姦されてるってのにかなり腰振ってきてよ、へへっまるで犬みてぇにな」
「きっと普段から仕込まれてんだよ。伝説の傭兵はかなり女好きらしいからな、案外そういう意味なのかもなぁD・Dってのは」
「「違いねえ! ハーッハッハ!!」」
ゲラゲラと笑い出した兵士達の1人が突如として消える、それに気付くことなくその場にいた兵士達は次々と地面へと叩き付けられ意識を失った。
穴の外で
「んぁ? おい、まだ終わってねーぞ。今しゃぶらせてんだ、コレで終わるからもう少し待ってろよ」
女の髪を掴み、下半身の逸物を舐めさせている兵士が上機嫌な声でそう発した。ピチャ、クチュ、狭い空間に反響する水音と立ち篭める濃密な香りに胸焼けしそうな気分になりながらスネークは静かに拳銃を頭部へと押し当てた。
その感触に男の火照っていた思考が冷える。
「ヒッ、だ、誰だお前……」
「誰とはご挨拶だな。俺の事を探していたんだろう?」
「お、お前は……ビッグ、ボぎぃあぁあああああ!?!?」
言葉の途中で唐突に雄叫びをあげた兵士は股間を抑えてその場に蹲る、赤黒い染みが大地に流れ出しその勢いは留まる所を知らない。それまで兵士の影で隠れて見えなかった女の顔が明らかになり、その口元が大量の血や白濁色の液体に塗れている事に気付く。
ペッ、ともんどりうつ男に向かって小さく細い“ナニか”を吐き出した女はアザだらけの顔でぎこちなく笑い、謝罪の言葉を述べた。
「ボス……御足労をおかけして、謝罪の言葉もありません」
「……すまん、遅くなった」
「謝らないでください、ボス……私は生きています」
こうしてまた会えただけで、報われたのだ。
身体を好きなだけ蹂躙され尽くされてなお、女の心はビッグボスへの
「ーーー待たせたな」
衰弱しきってなお気丈に振る舞う女を抱き上げ、そのまま肩に担ぐとヘリに着陸指示を出す。キジバ野営地から東に位置する無人地帯へ向け身体を揺らさないようゆっくり歩き始めたスネークに、女は自らの仕入れた情報を語り続けた。
その内容は先ほど救出した男の話していた内容と殆ど差はなく既知のものであったが、喋り疲れた女が気絶するまで黙って聞き続けた。
合流地点に辿り着いたスネークはピークォードに乗り込むと女の身体を優しく横たわらせた、衛生兵の女はかなり憤りながらも冷静にかつ迅速に邪魔な衣服を切り取ると徐に清潔な水と消毒液をブチ撒けた。
どうにも大雑把な手法に思えて仕方がないが、これでもスネークと同じヘリに同乗する事を認められており医療班随一の腕を持つというのだから、世の中は不思議だ。
一息ついたスネークへ、ミラーが安堵のため息を洩らしながら謝辞を述べる。
『ボス、ダイアモンド・ドックズ全スタッフを代表して感謝する』
今後ともCFAとの小競り合いは続くだろう、だが少なくとも全面抗争の危機は去った。
6:交わらぬ世界
長期間の任務を無事に終え久方振りにマザーベースへと帰還してくるスネークを出迎える為に、甲板には大勢の隊員が整列していた。しかし彼らの間に広まっている空気には、動揺や不安が多く含まれていた。
そんな空気に気付く筈もなく、降下中のヘリからその光景を見下ろしていた彼は増加した隊員の為にどのプラットフォームを増設するかで頭が一杯だった。
「お疲れさまでした、ボス…」
「おう。そういや気になってたんだが風邪か? さっきから鼻を押さえてるが」
「え、ええ。はい、まぁ……」
モゴモゴと言い淀むパイロットの態度を訝しみながらも、栄養を摂って安静にしていろと告げ扉を開ける。そこには多くの隊員たちが並んで……珍しい事にオセロットまで待機していた。
何故か小脇にバケツを抱えて。
ちょうど頼みたい事が幾つかあった事を思い出し歩み寄る。整列している隊員達の間を通り過ぎる際、何故か皆一様に目線を逸らし或いは口元を押さえながら挨拶をしてくるのが気になった。だがその理由にとんと検討が付かない。
「?」
パイロットといい彼らといい、タチの悪い風邪でも流行っているのだろうか。
「スネーク……」
出迎えてくれたオセロットもまた、顰めっ面をしていた。何に対するどんな反応なのかまるで理解出来ず首を傾げるばかりだ。
そんな振る舞いは既に想定していたのだろう、大きく深呼吸し……堪らず噎せてから、改めて居住まいを正しスネークの目を見つめた。
「今から言う事を、どうか真剣に考えて貰いたい」
「あ、ああ……?」
昔、離水直前のWIGに乗り込んで来た時のような有無を言わせぬ強い口調。そう言えばあの
誤魔化すように葉巻に火を点け、素知らぬ顔で続きを待つと重々しく口を開いた。呆れていると言うよりは、言葉を吟味している風な印象を受ける。
「……あなたは長期間の潜伏をされていた、凡そ10日も。加えてキジバ野営地への強行潜入も行われた」
「そうだな」
何度も葉巻を補給した覚えがある。
DDと仲良く同じ食料を口にした事もよく覚えていた、あの特製フードはウマかった。もう同じ釜の飯を食えないのだと思うと、尚更にあのフードは格別の味だった。
何より食べた後の葉巻がウマいのだ。
「更にその後、こちらに戻らずそのまま幾つかミッションをこなした」
「ふむ」
暫くアフリカを離れるつもりで確かに幾らかミッションを行った、CFAの兵士達は混乱の最中にあり注意が疎かで簡単に潜入出来て随分と楽が出来た。
それに一仕事終えた後の葉巻となれば、これがウマくない筈がない。優美な自然を観察しながらの一服は最高の贅沢と言えた。
「こう……一仕事終えたならば、しなければならない事があるでしょう」
「俺がか?」
「ええ」
正直に言えば心当たりが無かった。
酷く曖昧な物言いだったがお得意の
「あー……その、今ご自分がどんな状態かをお考え頂きたい」
「どんな、ってーーーああ。なるほどな」
やっと得心が言った。
確かにこれだけ長期間任務をこなしていれば
そのぐらいの分別はスネークにもあった。
(ふぅ、ボスにも困ったものだ)
身体中を嗅ぎ始めた姿にオセロットは内心で安堵する。ビッグボスの信奉者を自負している彼からしても、こういった事に無頓着でいられる精神性は流石に理解し難かった。
理解されなかった時の為に医療班から考案された最終手段が用意されていたが、無駄になって良かったと思う。本当に。
あと自分に出来るのはこのバケツを引き渡すだけだ。
「ああ、お分かりいただけたようで何よりです。どうぞコレをーーー」
「わざわざスマンな」
オセロットから受け取ったバケツをひっくり返し……ポケットに仕舞ってあった携帯灰皿へと振り掛けた。
流石といった所か、長期間の任務で灰皿の中は酷く汚れて隅に蓄積した灰がこびり付いておりかなり匂うのだ。個人的には嫌いではない、寧ろ好きなのだが集団生活を送る以上最低限気を遣うべきだ。
キュッ、キュッと丁寧に磨き終わった携帯灰皿を太陽に掲げる。
(うむ、まるで新品じゃないか)
「さて捕獲したスカルズの件だが、何か分かったか? いや、まだ無理か。なら先に見舞いに行ってやるか、病室は何処だ? ん? どうしたオセロット、腹でも下したか。拾い食いはやめとけよ」
何故かバケツを差し出した姿勢で硬直していたオセロット、その全身をプルプルと震わせ……不意に止まった。諦めた様に首を振り、遂に最終手段を行う決意を固めたのだ。
「スネーク、良くわかった。ハッキリと言いましょう」
「あん?」
「身体がかなり臭う。ああ、そのままで大丈夫ですーーー綺麗に洗い流しましょう」
バッと片腕を振り上げる。
それを合図に潜んでいた者達が姿を現し、狙いを定めるやいなや躊躇なく大口径の砲身から水を噴き出した。山猫の様な瞬発力で咄嗟に射線から逃れたオセロットはともかく、集中放水をモロに浴びたスネークは濡鼠の如くずぶ濡れとなっていく。
「すいませんボス! お許しください」
「替えの服は用意してあります!」
「ですので大人しく水を浴びてください!」
「これで99%の除菌が可能です!」
自分達の為に汗水垂らして働いていたスネークに対し「臭いですよボス」と面と向かって言えなかった一同は、謝罪の言葉を述べながらも容赦なく水を掛け続けた。喋ろうにも水圧で口を開けなかったスネークはされるがまま。
そのまま1分ほど経ち、水を掛け終えた者達が隊列に混ざり全員で敬礼をしたのち散開。所定の警備へと戻って行った彼らの姿を見送り、1人その場に残ったオセロットは替えの服とタオルを持ちながら水溜りの中央で寝そべっている男へと近付いた。
「……こりゃないだろ」
ようやく起き上がったスネークは、この身に覚えがあり過ぎる手法を発案したであろう
「自業自得です。次からはシャワーを使ってください」
「俺がシャワーを浴びるのは女を抱く時だけ 「い い で す ね ?」 おう、勿論だ」
身体が臭うならそう言えよなと愚痴を零しつつ、これぞ水も滴るイイ男って奴だな、と気分よさげにわっしゃわっしゃ髪の毛を弄ぶ。
服を脱ぎ捨て全身を丁寧にタオルで拭き終えると、下着とズボンだけを履き上着を肩に抱えて研究開発班プラットフォームへと続く連絡橋へと歩き始めた。
その後を同じくオセロットも歩き出す。
「で、どうなんだ結局」
「積荷の調査は全て終了しました。捕獲したスカルズの検査は難航しています、立ち会ったミラー曰く『奴らは真正の化物』らしい」
「化物、ね。もしやUMAかも知れんぞ」
「確かに。
嘗てCIA上層部に寄生していたUMA探求クラブという非公認組織。何を隠そうそれこそがサイファーという組織の前身である。
であれば、UMAの存在を頑なに信じ探していた彼らが
無論、これはただの冗談だ。
だが後に、この時の予測が真実の一側面足りうる物であるなどとはさしものスネークとはいえ全く想像出来なかった。
「ヒューイはどうしてる」
「先生でしたら、今も変わらず。D-Wallker開発の件であなたへのアピールが出来たと喜んでいた」
「俺の不興を買ったと焦っていたからな、今や奴にとって俺だけが救い主だ。カズも、お前も、他の奴らでもない」
端末を弄りD-Wallkerの修理報告を表示する。
少なくないGMPが消費されたものの、所詮は鹵獲機のレストア品。費用対効果や作戦への貢献度を考えれば安い物だ、既に技術の吸出しは終わっている以上ヒューイが感知する必要も無い。
言ってしまえば感知して欲しくすら無いのだが。
「先生は口が軽い、軽すぎて中身がフワフワと宙に浮かび本質は捉えようがない。しかし貴方には……」
「ああ。あいつも分かっている筈だ」
何らかの隠し事をしている、それに疑いはない。
その内容を吐かせるには精神的及び肉体的な追い込みでは今一つだった、だが何も拷問の手段とは直接的なモノとは限らない。懐柔策もある。
究極的に
既に1つの罪を暴かれその立場は酷く危うい。崖の上に突き出した細長い棒の上に立たされているに等しく、次に何か起これば容赦なく
そのロープの先が、どこにも繋がっていないと気付く事もなく。
「さて、では行ってくる」
ガシャン。
入口が開かれ何者かが入室した、とは言っても候補は3人だけだ。誰が入ってきたかで打つ手も変わる、どうか願い通りの人物である事を祈り恐る恐る確かめた。
最も恐ろしいのはオセロットだ、中立的な立場から責め立てるこの男からの尋問は一度受けただけで容易く心をへし折る。話をする気力すら湧かない。
次に恐ろしいのがミラーだ、失ったモノの大きさに比例する憎悪で隙あらば殺そうと願っている男。話もできやしない。
「ヒューイ」
誰かを確認する前に声がした。
それだけで内心ホッとする。この
1度は袂を別たれてしまったとはいえ、充分に挽回は可能だと彼は思っていた。願っていた。それが既に一方的な勘違いだとしても、彼には他に縋る者が居なかったのだ。
「スネーク! やあ、久し振りだ。元気だったかい」
「見ての通りだ」
上半身裸の状態をどう判断すればいいのか迷ったが、とにかく自分の能力をアピールするべく口を開いた。そうすればきっと誤解に気付いて貰える、今の状況はちょっとした誤解なのだと。
心からそう信じて。
「あ、ああ元気そうで何よりだよ。それはそうと君の力になりたいんだ、D-Wallkerはどうだったかい? 自信作なんだ」
「ああ、ありゃ良かった。かなり役に立った」
「そうだろう! 一般用と違ってかなりピーキーに設計したからね、普通の兵士には扱えない。君のような特別な兵士にしか扱えないのさ!」
「はは」
無意識に露骨な媚びを売り、しかし半笑いで流される。それでも必死にチャンスをモノにしようと意気込むが、予想外の言葉に出鼻をくじかれる。
「あれな……壊れた」
「えっ」
「スカルズ。お前も話ぐらいは聞いているだろう? 奴らの放火に晒されてな、俺も危うく死ぬ所だった」
真実はスネーク自ら爆弾代わりに吹き飛ばしたのだが、外界からの情報の一切を遮断されているヒューイが気付ける筈もない。
「そんな……まさか、いや、しかし……」
「お前の貢献には応えてやりたかったがな、残念だ。縁がなかったらしい」
「ま、待ってくれ! 頼む、スネーク……待っ、待って!」
じゃあな、そう告げて振り返る。
拒絶を感じさせる後ろ姿を見てヒューイの脳裏に浮かんだのはーー自分が死ぬ姿だったーーそれだけはイヤだった。死ぬのは御免だ。
焦燥感に駆られ何とか引き留めようとしどろもどろになりながら静止の声を掛ける。その間も全く歩みを止めなかったスネークが無情にも開閉スイッチに手を翳した瞬間ーーー思考が白熱した。
「アレはまだ初期段階なんだ! そう、そうさ。まだD-Wallkerには改良の余地がある。
何を喋ったか覚えていなかった。
気が付けば僅かに振り向いている姿に希望を見出し、関心を失う訳にはいかないと口から淀みなく言葉を紡いだ。熱に浮かされた様に。
その一挙手一投足に至るまで備に観察されている事や、隠し持った録音機で記録されている事に気付かず。
「D-Wallkerだけじゃない、まだ設計段階なんだけど凄い兵器の開発案もある。名付けてバトルギア!」
「だがサヘラントロプスには勝てまい。それに既存の兵器じゃあスカルズには……」
「違う、僕の研究ははあいつらの
感情的になり言葉尻は荒くなるばかり。
ギラギラとした瞳でここにはいない
そんな姿を、以前の彼を知っているからこそ観察し続けるスネークの瞳には何の感情の色も浮かんでいなかった。それに気付ける余裕は、もちろん無い。
「なあ、頼む! 僕に造らせてくれ、君が満足するモノを必ず造ってみせるよ! 僕達は仲間だろう!?」
「ああ、良いだろう。カズには伝えておく、お前に研究を任せると……その結果次第だ」
「ありがとう!」
何に対する感謝かも分からない言葉を嬉々として発し、取り憑かれたかの如くパソコンへ向かい設計を始める。間違いなく正気を失っていた。
何時そうなったのか。9年前の時からか、或いはそれ以前からか。それはもう、彼自身にすら分からない事柄であった。
数日後。
スネークの身は再びアフリカの地にあった。
バンぺべ農園、並びにクンゲンガ採掘場に捕らわれた
『依頼主は他ならぬ、この兵士達を配下に置いていた
「あまり気は進まんな」
『俺もだ。元上官による自軍部隊の抹殺……
6人の内小隊長であった男は他の5人を捨て現地PFであるローグ・コヨーテに“転職”し、バンぺべ農園で警備兵の一員として働いている。残りはクンゲンガ採掘場で労働を強いられながら尋問を受けていると思われるがそれだけだ、それ以外の情報は無い。
登り調子に勢力を増しているD・Dであったが、まだまだ依頼を選り好みしている余裕があるワケでもなく。また、何処にXOFへと繋がる手掛かりがあるかも分からない以上断る理由はなかった。
しかし戦力の増強という側面で見れば、今回の任務はそう悪くないものである。バンぺべ農園に辿り着く手前で既に計
「どうやら金が唸るほど余っているらしい、羨ましいことだ」
『クンゲンガ採掘場では輸出用のダイアモンドを採掘している、その恩恵を
「その幾らからを
松明の淡い光りに照らされるバンぺべ農園内を進む、シュルシュルと蛇のように。今回は夜間の潜入と相成ったが昼間でも問題なく潜入出来ただろう、デコボコと波打つ斜面に加え建造物や植物などが程よく身を隠してくれる。食えそうな物が無かったのだけが残念だ。
北部に敷設してあるいくつかのテント、その中で呑気に眠りこけていた目標を見つけその幸せそうな顔に麻酔薬を撃ち外へ連れ出してフルトン回収。ついでに装甲車も回収したかったが、流石に敵陣の真っ只中でする気は起こらない。
無論、機会があれば回収しない手はない。
「残りの5人について吐かせろ、顔や名前、背丈に性別……とにかく何でもいい。情報が足りん」
『了解した。ああ、それからボス。この任務が終わったら、あんたに話しておきたい事がある、気にかけておいてくれ』
「分かった」
バンぺべ農園を抜け、クンゲンガ採掘場への道を駆ける。その先に居る5人の兵士の正体に思いを馳せながら。
SIDE OPS:調査報告書
ターゲットを回収
中身の確認及び選別を終了 別途資料に添付
CFA及びZRS 残敵なし
爆破に巻き込まれ死亡した模様
武装を鹵獲 研究開発班へ
特別保護対象を回収
意識なし 重症
緊急手術 医療班へ
話の要点
・冒頭の世界
ザ・ソローの時と同じ様な世界です
生者と死者の交わる場所
・スカルズ鹵獲
FLAME ARM、能力は火炎放射機
扱い方を間違えれば自分が燃えます
・囚われた諜報員の性別変更
夫婦として潜入していたらしい
・水バシャー!
バケツ? ノンノン、違いのわかる男は黙って放水!
・クズ(ヒューイ)
話した内容の真偽は不明 だが今までより信憑性は高い
利用するだけ利用して使い捨てる
とってもエコロジー
次回更新も遅れるでしょう。
完結させる気はあるので気長にお付き合いください。