片翼の天使(笑)で剣をふるうのは間違っている   作:御伽草子

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第一話【ここはどこ? わたしはだぁれ?】

 

 

 

 

 

 

 

 

 死亡フラグ。

 

 近年アニメやマンガなどでよく見かける言葉だ。

 

 フラグとは「何かが起こるための見えない条件」というコンピューター用語である。

 物語の中で死ぬ人物が生前に「この戦いが終わったら結婚するんだ」や「嫁さんが子供を妊娠したんだ。これで俺も一児のパパさ、ハハッ!」などと幸せな未来を感じさせる発言をさせる事によって、よりその人物の死を悲劇的に強調するものが死亡フラグである。他にも普段寡黙な人物が急に身の上話を始めたり、実は不幸な過去を抱えていた、などの描写の末に死亡したりする場合も該当する。それら一連の行為には一定の法則があるため死を予感させる発言や行動を総じて死亡フラグと呼ばれているのだ。

 

 そこでふと考える。

 

 自分の今の状況はひょっとして『死亡フラグ』に該当するんじゃないかと。

 

 

 

 

 

         ◆     ◆     ◆     ◆

 

 

 

 

 

 気づいたら、どこともしれない森の中にいた。

 

 ……いや、おかしいだろ。

 

 一歩踏み出すつい直前まで、俺はアスファルトの道路と塀に囲まれた都内の住宅地を歩いていた。遠くには無機質なビル群がそびえ立ち、電柱を繋ぐ電線が空の青をジグザグに切り裂いていた。道路を車が間断なく走り抜け、騒音が雑多に入り混じる街中にいたのだ。

 

 それがどうしたことか。

 

 排気ガスの混じった空気は、次の瞬間、むせ返るほどの緑の匂いにすげ替えられた。目の前にあるのは原生林といって差し支えないような奥深い森の景色。薄霧が漂い、昼間といえど仄暗い。群がる木立が空の青を食い荒らすように複雑に枝葉を絡ませており、合間から差し込むわずかばかりの木漏れ日がか細いスポットライトのように淡く森の形を浮かび上がらせている。でこぼこの地面は青々とした苔に塗りつぶされていた。街の騒音もパッと消え、耳に届くのは小川のせせらぎと多種多様な鳥やら虫の鳴き声。

 背後を振り向く。たった今歩いていたはずの舗装された地面などそこに無く、あるのは樹海、どこまでも樹海。踏みしめる地面はちょっと力を込めれば靴が沈み込むほど柔らかい。木々に覆われているためか湿度が高く、空気が肌にまとわりつくように重く粘っこかった。

 

「おーまいごっど…………ん?」

 

 意味が分からずとりあえずつぶやいてみる。ふと妙な事に気づく。

 

「……あ、あー、あーあー、テステス、マイクのテスト中」

 

 声が甲高い。まるで子供みたいな声……というか、子供の声だった。

 ひとしきり考える。落ち着け。クールだ、クールになれ。よし。

 ゴホン、と一つ咳をする。

 

「生麦生米生卵この竹垣に竹立てかけたのは竹立てかけたかったから竹立てかけた東京特許許可局局長今日急遽許可却下パムポパムポニュチューハイエンドピューチューぱんみぇちょんぢゅきょんちゅぴょ……ってなんだこりゃぁっ!?」

 

 よく見ると自分の手足もひどく小さい。なぜ気づかなかったのか、視線もだいぶ低くなっており、おそらく十歳以下の身丈しかない。周囲を見渡すと苔むした大地の割れ目に小川が流れている。駆け寄り、生唾を飲み込みながら水底を覗くと、水鏡の中に自分の顔が映っている。

 

 ……知らない顔だ。

 

 少なくとも慣れ親しんだ日本人の醤油顔ではない。年齢もおそらく小学生くらいだ。

 長い睫に縁取られた切れ長の目、狐やあるいは猫のように縦に長い瞳孔は不思議な光彩を湛えていた。筋の通った鼻にふっくらとした唇。なにより目を引くのが……髪を一本プチンと抜いて木漏れ日にかざしてまじまじと見つめてみる。陽光を反射してきらきらと輝く、プラチナブロンドの髪の毛。

 

「……oh……」

 

 おっとイカンイカン、思わずネイティブな発音をしてしまった。こんなところでAET(英語指導助手)の先生に、肩をすくめたお前のジェスチャー腹が立つと言わしめた実力を発揮することになるなんて。

 

 うん、落ち着け。

 

 落ち着いて現状を整理して考えてみよう。

 

 ①都会のコンクリートジャングルを歩いていたら、マジもんのジャングルみたいな場所に迷い込んでいた。いや、知床の原生林が近いだろうか。

 

 ――すでにこの時点で空前絶後に意味不明だ。歩道のど真ん中にふたの開いたマンホールよろしくワープホールでも開いていたのか、どこの工事業者がやらかしやがった蓋閉めとけよクソッタレ。

 ……うん、アホみたいなこと考えてないでその辺りはひとまず置いておこう。

 

 ②なぜか子供になっていた。

 

 ――アポトキシン4869か。出てこい灰原。

 

 ③イケメン。

 

 ――はぜろ。

 

「……あー、やめやめ! アホらしい。というかそもそもどこココ、日本? 熊でも出てきそうでおっかないんだけど」

 

 混乱あふれて一周回って冷静になり(考えるのをあきらめたとも言う)、まずは目先の危険を確認することにする。猛獣やら危険な毒虫がいてもおかしくない。

 

 ガサ、ガササ!

 

 草木を掻き分ける音がした。

 熊がどうのこうの言った直後だ。

 

「ま、さ、か……っ」

 

 戦々恐々とした気持ちで音が聞こえた方向を見遣るが、熊らしい姿は見えない。気のせいか、ほっ、と胸をなでおろした直後。

 

「わっわっわっ! うわ……っ、なんだこれ、ねばねばして気持ちわる……っ」

 

 頭の上に粘り気を帯びた液体が垂れてきた。髪の毛を滴り落ちて地面に吸い込まれていく。不愉快なことにその液体は生ごみが腐ったようなひどい悪臭を放っていた。

 

「グルルルル……」

「へ?」

 

 そいつは俺の真上にいた。

 木の枝を足場にこちらを見下ろしていた。

 見た目は猿に近い。全身毛むくじゃらで、二メートルほどの体躯。腕から背筋にかけての筋肉が不自然な程隆起しており、拳に至っては人間くらいなら掴んでそのまま握りつぶせそうなほど巨大で武骨だった。

 口を開き鋭く尖った牙をむき出しにしてこちらを威嚇している。頭にぶっかけられた悪臭を放つ液体はこいつの涎だったようで、今なお口の端からドロドロと垂れ流されている。

 え、なに、こんなビックフットもびっくりな生き物知らないんだけど。

 熊? そんな可愛らしいものではない。むしろヒグマくらいなら片手で殴り殺せそうだ。パンチングマシーンで普通に100出すどころか、鉄くずに変えられるだろう。

 

「グルオオオオオオオオオ――っ!」

 

 燃えるような赤い瞳には敵意が溢れていた。縄張りを荒らす外敵に対するそれだ。猿の化け物は雄たけびとともに枝から飛び降りた。俺に向かって、その巨岩みたいな拳を振り上げて。

 

 ……し、死んだああああぁ――っ!。

 

 しかし次の瞬間、その猿の化け物は俺の視界から消えた。

 

「グギャオォゥッ!?」

 

 突然爆炎に飲み込まれ、断末魔の悲鳴を上げて吹き飛ばされた。ずいぶん離れた地面を転がり、火達磨のまま動かなくなった。

 

「なんだこれ……」

 

 ぺたんと尻持ちをついた。腰が抜けた。

 

「あぁ……っ、よかった危ないところだったわね……っ」

 

 森の奥から現れたのは妙齢の女性であった。長い髪を後ろで一まとめにしており、こちらを心配しているのか泣きそうな表情で駆け寄ってきた。爆弾か火炎放射器の類か、理屈も原理も不明だが、どうやら先ほど猿の化け物を吹き飛ばした爆炎はどうやら彼女によるものらしい。

 

「大丈夫? 怪我はない? 身体におかしい所はない?」

 

 女性は俺の前までやってくると、全身をくまなく眺める。怪我が無い事を確認すると安堵のため息をつき、目尻に涙を浮かべながら俺の身体を抱きしめた。

 

「よかった、あなたが無事で本当によかった……」

 

 ぐへへへへ、どうもご馳走様です。女性に抱きしめられて、豊満とまではいかないがその柔らかい双丘の感触を堪能していると女性はなにやら聞き捨てならないことを言葉を口にした。

 

「目を離してごめんねセフィロス、ダメな母親ね私は」

「……は?」

 

 しばし黙考。

 告げられた言葉の意味を理解して。

 

(はああああああああああ――っ!?)

 

 驚きのあまり口を開けず、内心で絶叫した。

 

 

 

 俺の名前はセフィロス・クレシェント。

 母親の名前はルクレツィア・クレシェント。

 だいぶ前にやりこんだRPGのファイナルファンタジー7の登場人物であり、セフィロスに至ってはラスボスである。

 今いるこの密林は『セオロの密林』というらしいが果たしてFF7にそんな地名の場所があっただろうか。

 

 

 どうやら今俺は想像以上にぶっとんだ状況にいるらしい。

 

 

 

 

 

 







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