片翼の天使(笑)で剣をふるうのは間違っている   作:御伽草子

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第七話【アイズの宿望】

 

 

 

 

 

 

 あの頃はよく笑っていたな、と思う。

 

 

 セピア色に烟る思い出の中で、幼い金髪の少女がいた。大好きな両親に囲まれ、この世界の無常も悲しみも一切知らない純真無垢な笑顔を浮かべている。

 

 

 両親の手を引っ張って、街を駆け巡り、たまに転んで、泣いて、両親になぐさめられている。抱きしめてくれた母の胸に顔をうずめて嗚咽を零し、父が頭をなでてくれる感触の中で、女の子の涙はいつのまにか引っ込んでいた

 

 

 母の膝に座り、本を読んでもらい、うつらうつらと頭を傾げている。

 ねむいの? と母が聞いた。ねむくない、と女の子が言う。だからもっとお話を聞かせてとねだっていた。母は女の子の頭を包みこむように撫でながら、暖かな音色で本を読んでいた。

 

 

 父が一緒に遊びに行く約束を破って、仕事に行ってしまった。女の子は赤みがかった頬をリスみたいにぷっくり膨らませて怒っている。目は潤んでおり、今にも泣きそうだ。

 母がそんな女の子の頬をツンツンとつついている。楽しそうだ。女の子はそれで更に気分を害したようで「ふーんだ!」と大きな声を上げてそっぽを向いてしまった。母は笑いながら謝っていた。

 父が帰ってきた。

 あら早かったわね、と母は言った。女の子はスネているようで、父に背中をむけたまま何を言わない。

 女の子は知らんぷり。

 父は小さな女の子に向かって何度もぺこぺこと頭を下げている。

 まだ、女の子は知らんぷり。

 これ、と言って父は女の子に何かを差し出してきた。ケーキだ。おいしそうだ。甘そうだ。

 でも。女の子は知らんぷり。

 明日休める事になったんだ、と父は言った。

 

「だから明日皆で出かけよう」

 

 ――な、アイズ。

 

 ……私は、しょうがないから許してあげる事にした。

 

 でもなぜか母はいつのまにか持っていたフォークでぱくぱくとケーキを食べていた。負けじと私もケーキを食べる。父が、私と母の頬についた生クリームを指で拭って自分の口に入れた。

 父が笑った。

 母も笑った。

 私も笑った。

 皆で、声を上げて笑った。

 

 

 えい! やー! と私は精一杯声を張り上げて父に向かって剣を振り下ろした。

 小さな手足を一生懸命動かして木で作られた剣を振り回すが、父には全く通じなかった。転ばされた、吹き飛ばされた、弾かれた。

 

「むー! むぅーっ!」

 

 地面にへたり込んで唸る私に、父は笑いかけた。焦らなくてもアイズならきっと強くなれる、と言った。

 父に剣の振り方を教えてもらった。

 理由は覚えていない。きっと父がいつもしている鍛錬を見て、自分も真似してみたかったんだと思う。だけど……父と一緒の時間が増えるのが何よりもうれしかった。

 うまく剣を振れると父がほめてくれた

 

「おお。今のはよかった! よくやったなアイズ」

 

 父が頭をなでてくれる。母の包みこむような柔らかななでかたとは違い、荒っぽくて力強い。でもそれが、こそばゆくて、勲章をもらったみたいで誇らしかった。

 

 

 風のように自由で純粋な母が大好きだった。

 英雄のように頼もしい父が大好きだった。

 そんな二人に囲まれて、家族で一緒にいる時間が、何よりも大好きだった。

 

 しかし。

 

 ――さよならも、言えなかった。

 

 両親は、いつの間にか私の前から姿を消していた。

 

 ――いってらっしゃい、も言えなかった。

 

 二度と、私の前に帰ってくることはなかった。

 

 ――おかえりと……言いたかった……。

 

 

 それはどんな本の中に描かれているものより、世界で一番幸福な物語だった。

 それはどんな本の中に描かれているものより、世界で一番残酷な物語だった。

 

 泣いてもなぐさめてくれる人はもういなくて、笑っても一緒に笑ってくれる人はもういなかった。

 

 一生懸命貯めたお小遣いでケーキを買った。

 おいしくなかった。

 

 ロキ・ファミリアで冒険者見習いとして、たくさんの人に教えを請う中で、大好きだった人達を取り戻す一縷の可能性をダンジョンに見出した。

 まずは強くならなければいけない。もう両親の帰りを待っているだけの弱い自分でいるのが許せなかった。

 強さを求めた。

 求めて、ひた走って

 

 ふと気づいた。 

 

 

 振るった剣の中に、父がいた。

 

 紡いだ風の中に、母がいた。

 

 

 剣を振るっていて出来なかったステップと技ができた。『よくやったなアイズ』幻想の中で父がほめてくれた。「うん!」アイズは大きな声で答えた。アイズは自分の頭をくしゃりとなでた。父の手の感触を思いだしながら、自分の頭を、自分で撫でて、うれしそうにハニカミながら笑って……狂おしいほどの悲しみに大粒の涙をぽろぽろと零した。

 剣をうまく振るえたのがうれしくて……。

 その事を、ほめてくれる人がいないのが悲しくて……。

 声を上げて、泣いた。

 声を上げて、笑った。

 

 

 私が放つ風は、最初は母のように柔らかく暖かな風だった。

 しかしダンジョンでモンスター達にふるうにつれ、その風は全てを切り刻むように鋭く、激しい烈風と変わっていった。

 こんなものが優しかった母の風であるはずがなかった。それに気づいた瞬間、私の中にあった自らの風に想った母の姿は、風に溶けるように消えた。

 

 

 いつしか精神は、これ以上傷つかないように、鈍く、重くなった。

 凪いだ湖面のような心は、いつしか多感だった少女の表情まで人形のように固めてしまった。

 もうどうなってもよかった。

 でも死ぬことがなかったのは、また両親に会いたいという強い想いがあったからだった。

 その日は、遠征に出ていたリヴェリア達の言いつけを破って、一人でダンジョンに飛び込み、狂ったように剣を振るっていた。

 モンスターの屍の山をきずき、体中が傷だらけになっていた。しかしこの狂おしいほどの心の痛みに比べれば、体の痛みなど些細なものに過ぎなかった。

 しかしこの時の私はダンジョンの狡猾さを甘く見ていた。

 壁、天井、床。

 私を囲むように、ダンジョンから生み出されたモンスター達がいっせいに襲い掛かってきた。万全の状態ならともかく、疲弊しきった私に抗う術は残されていなかった。

 その瞬間。

 

【閃光】

 

 一瞬で切り刻まれるモンスター達。剣を構えて、私を守るように立っていたのは、銀色の髪の男の人だった。

 知っている。あまり話した事なかったけれど、リヴェリア達が言っていた、ファミリアの中でもすごく強い人。

 どうやら遠征の帰りだったようで、リヴェリア達も一緒にいた。

 すごく怒られた。拳骨だってすごく痛かった。でもそのあと抱き締めてくれた。まるで母のように……。

 思えばこの時からだったかもしれない。リヴェリアの事を、ファミリアの他の誰よりも身近に感じるようになったのは。

 リヴェリアからは後でこってり絞ってやるといわれた。

 

 ……まだ怒られるんだ、と今にも泣きたい気持ちになった。

 

 助けてくれたその人の名前はセフィロスといった。ダンジョンからの帰り道はセフィロスの背中に背負われて帰路についた。大きくて暖かな背中だった。そんなセフィロスに、かつて同じような状況で助けてくれた父の面影が重なった。

 

 父は、私にはお前の母親がいるからお前の英雄になることはできない、と言った。

 

『いつか、お前だけの英雄にめぐり逢えるといいな』

 

 父のその時、明瞭に聞こえた。

 セフィロスの背中に背負われている中で、私はぽつりと零した。

 

 ――ねえ、わたし……つよくなれる?

 

 父の面影が重なったその人は、答えてくれた。

 

『ああ、あきらめずに歩み続ければ、きっとな』

 

 

 

 

 

 

 意識がぼやけていた。

 まどろんだ、夢と現の境界。夢の中の、一人の寂しさに震えすすり泣いていた小さな少女の心が重なった。

 心の水面の奥に沈めていた感情という名の宝箱がゆっくりと開いていく。

 現在と過去の想いが交差して、入り混じり、忘我と幻想、夢と現の狭間で、ぽつりと言葉が漏れた。

 

「………わたし、つよくなれた?」

「ああ、良い剣だった」

 

 父の面影が重なったその人が、微笑と共にうなづくと、少女の口から「あはっ」と声が漏れ、

 

「そっかぁ」

 

 少女の目指す頂は果てなく遠い。

 強さは手段でしかない。だが、差し伸べられた手の重みをアイズは忘れない。避けることも出来ただろうに、自身の力を正面から受け止めてくれたうれしさを忘れない。示された道しるべをたがえる事は無い。今更生き方を変えられるほど器用ではないし、取り戻すと決めた宿願は今も少女の胸で煌々と燃え上がっている。

 

 だけど、せめて今は……

「よかったぁ」

 

 顔をふにゃりと崩した。

 それはまるで両親にほめられた童女のような……アイズが遠い昔に置いてきた、この世のどんな宝石よりも眩い輝きを湛えた、心の底からの無邪気な笑顔だった。

 

 

 

 

 

 奈落に通ずる深い穴は、いつだって人生のそこかしこでぽっかりと口を開けている。

 時に、いやがおうにも飲み込まれ、その先に広がるのは抗えない苦悩と絶望だった。暗闇の底で、膝をつけ、頭を垂れ、泣きじゃくる迷い子の目の前に、差し込んだあたたかな陽光は、迷い子が顔を上げて前に進むための優しい道しるべとなった。

 

 

 

 

 

 気絶したように再び眠りについたアイズを部屋で休ませ、その場にいたメンバーも解散した後。

 

「ありがとうな、アイズのこと」

 

 ロキの私室。極彩色の模様を見せる雑多な室内にセフィロスはいた。あぐらをかくように脚を開き、肘を大腿の上に乗せ、激動の一日を超えた体の緊張を解きほぐすように全身の力を弛緩させて、スツールに座っていた。黒いコートは身につけておらず、諸肌を脱いでいた。首の横をなでるように長髪を前に垂らして背中を晒している。

 

「礼を言われるようなことはしていないさ」

「例えあんたがそう思ってても、ウチが言いたいから言うんや。いいから受け取っとき」

 

 主神に頭を下げさせて、そんなものはいらないと突っぱねるつもりか、と悪童じみた稚気を傲慢という色で上塗りした、冗談めいた神の言葉に、セフィロスは小さく笑って答えた。

 

「主神殿の頭を下げさせたままにしておくわけにもいかないな。では、賜っておこう」

 

 ロキはニシシと歯を見せて笑いながら「それでヨシ」と相槌を打った。

 

 ベッドに置いた器具の中から一本の針を取り出したロキは、ぷつりと人差し指の腹に指した。小さな刺し傷から、赤い血がぷっくりと盛り上がってくる。セフィロスの背中に神血(イコル)をこすりつけるように、あるいは文字を描くように、人差し指を走らせ、(ロック)を解除する。

 

 すると何も描かれていなかったはずの素肌に、にじみ出るように文字が浮かんできた。まるで古代の遺跡に描かれているような威容として荘厳な文字列。それは一般的に普及している言語ではない。神々の扱う【神聖文字(ヒエログリフ)】と呼ばれる文字だ。

 

 そしてそれこそが神々の恩恵(ファルナ)の顕現であり、眷属であるところの冒険者の生命線である【ステイタス】である。

 

 【ステイタス】は基本的に秘匿するものである。基本アビリティは【力】【耐久】【器用】【敏捷】【魔力】の五項目で現されるため、何が得意で、何が不得手かを一目で浮き彫りにしてしまう。それはいわば弱点を曝け出すことに他ならない。弱点が分かれば対処法も立て易い。何も冒険者にとってダンジョンに巣くうモンスターだけが敵ではない。冒険者同士の確執や嫉妬、対立する神々の代理戦争である戦争遊戯(ウォーゲーム)。同じ冒険者と敵対することもそう珍しい話ではない。だからこそ神々は己の眷属の身命に関わる【ステイタス】を余人に知られる事を嫌い、同じファミリアのメンバーとて【ステイタス】に関する詳細な情報が伝播することは少ない。

 

 今、ロキが開錠した(ロック)も、他者に【ステイタス】を暴かれないための封印であった。

 

 セフィロスの背中に浮かび上がった【ステイタス】を見て「自分、あいかわらずデタラメな力やなあ」と零しながら更新するロキ。

 

 眷属の魂に蓄積された【経験値(エクセリア)】を抽出して、神血(イコル)を媒介に新しく【ステイタス】を上書きする行為を一般的に、【ステイタス】の更新と呼ぶ。これによって各々の冒険者は己の力を――魂の器を、より高いステージへと昇華させていくのだ。

 

 更新されたセフィロスの【ステイタス】を見て、驚き、目を見張るロキ。

 

 予想はついていた。が、こうして目の当たりにすると驚きもひとしおである。

 

 セフィロスの背中に刻まれた神聖文字(ヒエログリフ)が、胎動するように発光していた。これは普段の【ステイタス】の更新では現れない現象である。意味する事柄は、【ステイタス】の昇格。

 

 すなわちLv.8からLv.9へのランクアップである。

 

 フレイヤ・ファミリアの【猛者(おうじゃ)】オッタルを抜き去り、迷宮都市唯一のLv.9という高みに、セフィロスは至ったのだ。

 

 だが、その事を素直にロキは喜べないでいた。無論、飛び上がりたいほどの歓喜はある。大声で自慢を巻き散らしたいほど誇らしい気持ちが溢れている。だが。

 ――この子は、ウチらの手から遠く離れた場所でどれだけの無茶をやらかしたんやろうなぁ。

 

 寂寥と諦観、それからうまく言葉に言い現せない申し訳なさのような感情がロキの胸中にたゆたっていた。

 

 セフィロスの背中をそっと撫でる。セフィロスが世界の方々で打ちたてた逸話はよく聞いていた。人々に賞賛され、英雄と祭り上げられるほどの偉業の数々。しかしそれらはファミリアの仲間達と切り離された外界で遂行された、セフィロスの孤独な奮闘の記録でもあった。

 

 Lvが上がれば上がるほど、次のLvへの昇華にはより多くの【経験値(エクセリア)】が必要となる。LV.1からLv.2へのランクアップですら数年がかりでダンジョンに潜って幾多のモンスターを打ち倒す努力の果てに、やっと成し遂げられる境地なのだ。魂の器をより高次へと押し上げ、神に近づいていく昇格(ランクアップ)という奇跡。心身ともに屈強な冒険者がひしめき合う迷宮都市でさえ、セフィロスとオッタルの両名を除けば、最高峰の冒険者と呼ばれるLv.6でさえ両の指の数に足りるかどうかというほどのものだ。それほどまでに過酷で厳しい道程であり、Lv.9への昇格(ランクアップ)などと言えば、一体どれほどの敵を打ち倒し、どれほど心身を痛めつけ、そして……この背中にどれほどたくさんの荷を背負ってここまでの道のりを歩いてきたのか、想像がつかないほどの苦難の連続であったはずだ。

 

 迷宮都市オラリオの最大派閥と呼ばれるようになった昨今でも、眷属のランクアップはたまらなくうれしいものだ。それは極上の美酒によってもたらされる多幸感にも勝る悦びである。

 

 だが、ことセフィロスに至ってはあまりに先を歩きすぎている。アイズも大概、生き急いでいるきらいがあるが、ひょっとするとセフィロスはアイズ以上に……。

 

「ロキ? どうしたんだ」

 

 黙りこくったロキを不思議に思ったセフィロスが問いかける。

 

 ――今、そんなこと考えてもしょうがないなあ。 

 

「あ、ううん、なんでもないわ……そ、れ、よ、り、も」

 

 ロキはセフィロスの腰をバチーンと叩いた。

 

「ランクアップや! Lv.9やで9! 自分あいかわらずやってくれるなぁっ!」

「…………そうか」

「あまりうれしそうやないやないか」

「そんなことはない。ただ少しばかり感慨に浸っていただけだ」

 

 ロキはセフィロスの肩に顔を乗せ、人差し指でぐりぐりとセフィロスの頬をえぐった。

 

「なんやつまらんな…………おらぁッ、喜べ! その仏頂面をニンマリ素敵な笑顔に変えて、声を出してヤッタァッ! て叫ぶんや! 主神命令!」

「そんな命令があるか」

 

 近づけた顔を、手で押し退けられたロキは「おかげでしばらく神会(デナトゥス)でデカイ顔できるわ」と笑いながら、セフィロスの背中に刻まれた【ステイタス】を新たに上書きしていく。

 

「んー、今回発現可能な『発展アビリティ』は一つだけあるなあ……なになに、『単独戦闘』? ……そんな感じやろうな」

 

 発展アビリティは【ランクアップ】の時にだけ発現可能な特典のようなものだ。発現する条件は様々で、【ランクアップ】の際にその条件を満たしていなければ、一つも発現しないことも往々にしてある。例えばレアアビリティと呼ばれるものの一つである【狩人】という発展アビリティがある。これはLv.2に【ランクアップ】する時にのみ発現可能な発展アビリティで、発現条件は『短期間の内に大量のモンスターを撃退する』だ。効果は、交戦して撃破したことのある同種のモンスター戦において発揮される能力値が強化されるというものである。

 

 【ランクアップ】の際に、発展アビリティが発現するか否か。あるいは、発現できるとして、どのような発展アビリティになるのか、という点については、その者がどのような【経験値(エクセリア)】の積み方をしてきたかに由縁する。

 

 今回セフィロスが発現した発展アビリティ『単独戦闘』 おそらく孤立無援の状況、単騎で戦闘する場合に限り能力値が強化される類のモノと考えて間違いないだろう。

 

 この五年間、人々の期待と憧憬を背負って、たった一人で戦い続けてきたセフィロスが、このような発展アビリティを発現するのは、ある意味必然だったのかもしれない。

 

 聞いた事がない、レアアビリティには違いないが、諸手を上げて素直に喜べない。

 

 このアビリティの発現こそが、先ほどロキがセフィロスに抱いていた〝孤独な奮闘〟という事実を明確に結論付けるものだった。

 

 ――この子は一体、どこまで昇りつめるんやろうなぁ。

 

 ロキにとってそれが楽しみでもあり、同じくらい不安でもあった。

 

 

 

 

 

 セフィロス・クレシェント

 Lv.9

 力:I0

 耐久:I0

 器用:I0

 俊敏:I0

 魔力:I0

 狩人:D

 身体操術:B

 耐異常:E

 剣士:A

 切断:A

 単独戦闘:I

 

 

 

 

 

 階位を上げると共に、潜在値(エクストラポイント)を反映し初期数値化(リセット)された能力値(アビリティ)

 

 本来ならここまでが【ランクアップ】のプロセスである。

 

 しかしセフィロスの場合、まだ工程が残っている。ロキはおもむろに、セフィロスの魂の中で交じり合うように存在する〝もう一つの魂(・・・・・・)〟の器からも【経験値(エクセリア)】を抽出する。

 

 それは普通ではありえない事象である。人や動物、あるいは昆虫やモンスターに至るまで、本来一つの肉体に一つの魂というのが、この世界に与えられた当たり前のルールである。

 

 しかしセフィロスの肉体には、二つの魂があった。

 

 そこにあるべきセフィロス自身の魂……そして、もう一つ。かつてセフィロスが幼い時分に死にかけた時、彼の命を繋ぎ止めるために体内に埋め込まれた〝奇跡の欠片〟と呼ばれる物。

 

 ……ロキは、その〝奇跡の欠片〟の正体を知っていた。

 

 新たに抽出された【経験値(エクセリア)】によって、セフィロスの【ステイタス】が更に更新される。

 

 

 

 

 

 セフィロス・クレシェント

 Lv.9

 力 :A832

 耐久:D502

 器用:S987

 敏捷:S912

 魔力:B719

 狩人:D

 身体操術:B

 耐異常:E

 剣士:A

 切断:A

 単独戦闘:I

 

 

 

 

 

 

 

 ――もういつ次のランクアップしてもおかしくないやないかい……ッ。 

 

 驚きを通り越して、呆れるほか無い【ステイタス】の上がりようだった。どれだけ【経験値(エクセリア)】を溜め込んで帰ってきたのだこの眷属は、加えてどれだけ危険な橋を渡ってきたのだこの眷属は……ッ。

 

「……なぜ叩く?」

「うっさいわアホ、心配ばっかりかけさせおってからに」

 

 頭を叩かれて、胡乱げな目でロキを見遣るセフィロス。ロキはそんなこと知った事かとばかりに、セフィロスの背中に新たに刻まれた【ステイタス】を【神聖文字(ヒエログリフ)】から、下界に一般的に普及している共通語(コイネー)に訳して、羽根ペンで羊皮紙に書き写していく。

 

 基本アビリティと発展アビリティの概要を書き記したところで、ペンを止める。

 

 次に書き写すのは【スキル】の欄である。そのスキルに、ロキは思うところがあった。

 

 セフィロスの体内に埋め込まれた〝奇跡の欠片〟 それはセフィロスの魂にリンクしている外付けに近い魂であるため、Lvなどの概念こそ無いが、【経験値(エクセリア)】という力を満たす器としての機能は損なわれていない。今はセフィロスの肉体と魂に剥離不能なほどに癒着して混じった〝奇跡の欠片〟が、形ある文言として【ステイタス】に顕現した【スキル】としての名前。それが。

 

 

 

神艙の魂片(ナグルファル・ウングウィス)

 

 

 

 

 効果は『経験値の貯蔵と、指向性を持たせた限定的開放』である。

 

 ……これは何の因果だろうか、とロキは思う。

 

 まさか、あの船の欠片をその身に宿した者が自分の眷属になろうとは。

 

 オラリオに数多の神がいようとも――否、天界中を探したとしても、【神艙の魂片(ナグルファル・ウングウィス)】というスキルを目覚めさせ、力を引き出すことが出来るのはロキだけである。そう、『終わらせる者』を意味する名を持ち、あの船を駆ることを宿命づけられた、狡知の神ロキただ一人なのだ。

 

 しかし、これは本当に偶然なのだろうか。

 

 あまりにも出来すぎている。あの船の欠片が、たまたま下界に迷い込み、たまたまそれを扱える女の元に渡り、たまたま死にかけた息子に移植して、たまたまその息子があの船の力を操れる自分の眷属となり……ついにその少年は魂の器をより高次に押し上げて〝奇跡の欠片〟の力を発現できるほどに、神に近づいたのだ。

 

 偶然? いや、そんなわけない。

 

 おそらくは、居るのだ。

 

 全ての事象の背後で隠れ、これに纏わる全ての事件の点を打ち、線で結び、何らかの意図を持って、構図を描いている者が、居るのだ。

 

 そして……それは、おそらく……。

 

「ロキ? なにか問題でもあったか?」

 

 セフィロスが訝しげに声をかける。何事かを考えるようにジッと押し黙り、眉間に皺を寄せていたロキはその声で引き戻された。

 

「悪い悪い、なんでもないんや。ちょっとばっかし難しい言葉が出てきたもんでな、共通語(コイネー)だとどう訳すもんかと思いだしてたんや」

 

 渦巻いていた思慮を心の底に落とし込める。今はまだ全て推測の段階でしかない。念のためいくつか手は打って置く事にするが、現状まだ事を荒立てることはない。

 

「ほいほいほい~と、そぉれサラサラサラ~、よっしゃ、できたで~」

 

 【ステイタス】を全て書き写した羊皮紙をセフィロスに渡すと、ロキは手早くセフィロスの背中に現れている【神聖文字(ヒエログリフ)】に(ロック)をかける。【神聖文字(ヒエログリフ)】の朱色の碑文が、背中の白に溶け込むように消えて見えなくなるのを確認する。

 

「これで【ステイタス】の更新終了や」

「ああ、礼を言う」

「あいよ~」と間延びした声を上げるロキ。セフィロスは渡された羊皮紙に書き込まれた自らの【ステイタス】の全容を熟視する。

 

 

 

 

 

 ◆     ◆     ◆     ◆

 

 

 

 セフィロス・クレシェント

 Lv.9

 力 :A832

 耐久:D502

 器用:S987

 敏捷:S912

 魔力:B719

 狩人:D

 身体操術:B

 耐異常:E

 剣士:A

 切断:A

 単独戦闘:I

 

 

《魔法》

 

【マテリア・スロット】

 ・一つの魔法スロットから分岐するように、複数の魔法を習得できる。

 

【スーパーノヴァ】

 ・リユニオン発動中にのみ使用できる。

 ・生み出した膨大なエネルギーの、膨張と爆縮を同時に引き起こす。

 ・光、炎属性。

 

 

《スキル》

 

神艙の魂片(ナグルファル・ウングウィス)

 ・経験値の貯蔵

 ・指向性を持たせた限定的開放

 

剣聖(ブレイドマスター)

 ・剣に類する武器を装備している場合に限り発動。

 ・【力】【器用】【敏捷】の熟練度の能力値がそれぞれ2段階引き上げられる。

 ・装備した武器に【不壊属性】と同等の効果を付与。

 

【リユニオン】

 ・受けたダメージ、および与えたダメージが一定以上に蓄積されることで使用可能。

 ・???

 ・時間の経過、または【スーパーノヴァ】の使用により、解除される

 

 

 

 ◆     ◆     ◆     ◆

 

 

 

 

 

 

「悪くないな」

「この遥か天空にかっ飛んだステイタスを、『悪くない』の一言で片付けるんか」

「一気に上がりすぎるのも問題だという話だ。今までの動きと勝手が違いすぎてな。自分の肉体だというのに、暴れ馬を手懐ける気分だ」

 

 セフィロスは黒いコートを身に纏い、身だしなみを整え始めた。

 

「夜遅くだというのにすまなかったな。俺も今日は休むとしよう、部屋は前と同じで問題ないのか?」

「せやで、今日までリヴェリアがこまめに掃除してくれてたんや。今度礼を言っときぃ」

「いつだって感謝しきりさ……だが、了解した」

 

 ではな、と部屋を立ち去ろうとする背中に「セフィロス」とロキが声をかけた。

 

「自分、ウチのファミリアに来て何年になるねん?」

「……おおよそ15、6年といったところか」

「そっかぁ、ホントあっというまやなぁ」

「永き時を生きる神の感覚からすればそうだろうな」

「ふふん、せやで。ウチらにすれば100年や200年なんか、気づいたらす~ぐに過ぎ去ってしまうわ」

 

 ロキはベッドに深く座り、脚を組んだ。その目は遠き時代を思い起こしているかのように虚空を見つめていた。

 

「でもな、下界に降臨して気づいたんよ。今までウチはなんてもったいない時間の使い方してたんやろうなぁってな」

 

 この世界はたくさんのワクワクドキドキに満ち満ちていた。少し目を凝らして周りを眺めて見れば、そこは神である自分達にすら想像だにしない、未知という子供達の可能性にあふれていたのだ。 

 

「天界にいたころは本当に退屈でなぁ、退屈しのぎに神同士でドンパチやらせたろ、なんてぶっそうなことも考えてたわ。でもな、今はこうやって子供達に囲まれている毎日が楽しくて仕方ないんよ」

 

 ――まるで夢みたいな時間や、とロキは笑った。

 

「俺達人間の人生はエルフと比べてもずいぶん短い。神々からすれば夏の陽炎のように、そこにあったかも分からないうちに過ぎ去ってしまうものじゃないか」

「そうかもしれん。でもな、だからこそ愛おしいんや」

 

 ロキはセフィロスを見遣る。その眼差しに深い慈愛の色を湛えて。

 

「ウチら神からしたら自分らの人生はたしかに短い。だが自分らにしたら、まだまだ長い道のりの途中や。たまには背負った荷物下ろして、ゆっくりと景色でも見ながら歩いていき。ウチら神々は下界のモンからしたら、ちょこっとこの世界にお邪魔しているだけのお客様に過ぎん。そんなウチらでさえ見つけられたんや、最初からこの世界で生きているあんたら子供達に見つけられないはずあらへんよ」

 

 だって、とロキは言った。

 

「この世界はみぃんな、あんたら子供達が楽しむためにあるもんなんやからな」

 

 そうして姿は天真爛漫な子供のようだった。

 

「あんたは英雄やらなんやら呼ばれるようになった。でもな、それを重荷に思う必要なんてこれっぽっちもあらへん。そんなもんは世間が勝手にあんたに押し付けようとしている期待にすぎないんやから、重いと思ったら捨ててしまえばいい。あんたは十分がんばったんやから、もう本当に大事なモンだけ腕に抱え込んでおけばいいんや」

 

「ロキ……」

「たくさん楽しんで、たくさん悲しんで、たくさん笑って、たくさん泣いて……そんでもって、いっぱい幸せを見つけや。きっと、それがあんたら子供達にとっての生きるってことなんやからな」

 

 ……そうか、とセフィロスは答えた。

 

 扉に手をかけて開くと、夜気が流れ込んできた。薄暗い螺旋階段が階下に向かって伸びている。

 

「まあ、努力しよう」

「努力するもんやない、もっと肩の力抜け言うとるんや」

 

 手をひらめかせて答えるセフィロス。

 本当に分かってるんかい、と思いつつ、ロキは去ろうとするセフィロスの背中に最後に一言声をかけた。微笑を浮かべながら。

 

「セフィロス……良い旅路をな」

 

 セフィロスも笑みを浮かべながら答えた。

 

「ロキも、良い夢を」

 

 そう言ってセフィロスの背中は扉の向こうに消えていった。

 ロキはベッドに背中から倒れこんだ。天井を仰ぎ見て、ぽつりと零した。

 

 ――良い夢を、か。

 

 反復して、くすぐったそうに笑った。

 

「本当に、夢みたいに心が躍る世界やなぁ」

 

 

 そうして騒乱の一日を終え、迷宮都市の夜は静かに更けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







 奇跡の欠片こと【神艙の魂片】は今回のステイタス更新では曖昧な描写にして、もっと後で開示する予定だったのですが、今回ステイタスの上昇の仕方の理屈を補強するため前倒しで開示しました。
 お気づきの方もいらっしゃるでしょうが、【神艙の魂片】の正体は、幼い頃のセフィロスに宿った主人公の魂そのものです。

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