片翼の天使(笑)で剣をふるうのは間違っている   作:御伽草子

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 前の投稿日が4月6日……

 ヨシ、1週間以内に投稿できたネ!

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第九話【凶狼は迷宮で吼える】 ②

 

 

 

 

 未曾有の事態。

 

 そんな言葉を使う機会など人生の中で何度訪れるだろうか。

 

 今ロキ・ファミリアを襲っている事態は、まさにそれだった。

 

 迷宮都市オラリオのダンジョン50階層。そこは本来ならモンスターの生まれない安全地帯(セーフティポイント)だ。深い階層になればなるほどダンジョンは広大に、そしてそこに蔓延るモンスターの脅威度も上がっていく。12階層までが上層、13階層から24階層までが中層、25階層から36階層までが下層、そしてそこから先37階層からは深層と区分されており、深層ともなればオラリオでもトップクラスの探索系ファミリアがしかるべき装備を整え総力を以て挑まねばならない。そんな魔窟において、50階層はダンジョンの更なる深淵、まだ誰も見たことすら無い未到達階層を目指すための貴重な休息地帯(レスト・エリア)である。未到達階層の開拓を目的としてダンジョン遠征を行っていたロキ・ファミリアは難所である49階層大荒野(モイトラ)を抜け、50階層でベースキャンプを張っていた。激戦を乗り越えた彼らにようやっと訪れた安息の時間は、突如として破られることとなる。

 

 未知のモンスターによる下層階からの進撃。それも十や二十ではない。数えるのも馬鹿らしい、人の体躯の倍はあろうかという芋虫型のモンスターの大群であった。

 

 気づいた時にはもはや自陣寸前にまでモンスターの接近を許してしまっていた。

 

 油断していたと言われればそうに違いない。

 

 しかしその責任の所在を誰かに押し付けることなどできようはずもない。誰もが気を緩めていたのだから。誰もが心の奥底にダンジョンへの警戒を怠らないでいたが、『安全地帯(ここ)なら気を休めていても大丈夫』だと少なからず気を抜いていた。それは団長であるフィンすらもそうだ。フィンは今現在、困難な冒険者依頼(クエスト)を達成するため主力メンバーを率いて別行動を取っていた。誰もがここなら気を緩めても大丈夫だと考えていた。それは『信用』という本来なら抱くべきではないものをダンジョンに対して持っていたためといえるだろう。しかしここは理外の理によって支配された魔窟であり魔物の腹の中同然、まさに『なにが起こるかわからない』場所なのだ。

 

 主力のほとんどを欠いたロキ・ファミリアのメンバーに現状を打破する手段はなかった。

 

 防戦一方。

 

 強力な魔法による敵勢力の一掃という切り札を持ちながらも、そのカードを切るための隙をつかむことができない。厄介なことにそのモンスターは鋼鉄すらやすやすと溶かす腐蝕液を噴射してくるのだ。ならばと武器を犠牲にして倒そうものなら体内にため込んだ腐蝕液を炸裂させる――その様は周囲一帯を巻き込む爆弾そのものである。その同一個体が数百と押し寄せてきている。矢などで遠距離からの攻撃で仕留めようにも数に限りがあり、魔法を撃つための詠唱の時間はこの切迫した状況で稼ぐことは非常に困難であった。攻め手に欠け、磨り潰されるような――文字通り武器や防具を溶かされながら、それでも彼らは奮戦した。

 

 戦線を維持できたのは副団長たるリヴェリア・リヨス・アールヴの存在と、第一級冒険者たる主力メンバーが帰還さえすれば現状を打破できるという希望があったからだ。しかし限界はすぐそこまで迫っていた。戦場に仲間たちの悲鳴や怒号が上がり、焦燥ばかりが募っていく中、その男は現れた。

 

 セフィロス・クレシェント。

 

 【片翼の天使】の二つ名を持つ、ロキ・ファミリアの――否、迷宮都市オラリオの誇る最強の冒険者である。

 

 

 

 

 

「総員に告げる……いや、少しばかり聞いてほしい」

 

 セフィロスはリヴェリアから部隊の指揮権を譲渡されると、団員達に向けて口を開いた。それは死者こそ出てはいないが、ベースキャンプが壊滅しかかったこの切迫した状況においては場違いなほど落ち着いた語調であった。

 

 このベースキャンプに打ち付けるように押し寄せていたモンスターの群れは、セフィロスが放った渾身の一撃によって薙ぎ払われた。しかしこうしている今も下層に通じる穴から怒涛の勢いでその芋虫のような醜悪な巨体をぶつけ合い、捩りながら次々とあふれ出てきている。もう幾許かもしないうちに数百にもおよぶモンスターの群れは再びこのベースキャンプにまで到達するだろう。

 

 だがセフィロスに慌てる様子は見られない。むしろ今こうして言葉を紡ぐことが最善だと信じて疑わないように、全員の顔を見渡しながらその怜悧玲瓏な面貌に静かな笑みさえ湛えていた。

 

 何を口にするのか。

 

 セフィロス・クレシェントという男は数多の強者が集う迷宮都市においても間違いなく最強格の戦士であり、その名声はオラリオを飛び越え世界中に轟いている。知名度という点で並ぶ者はおらず、積み上げた功績は数知れず、現代の英雄という称号を掲げるにこれ以上相応しい人物はいない。

 

 そして……それはいつしか彼らロキ・ファミリアの誇りとなった。

 

 そんな彼が一体自分たちに何を語りかけようとしているのか。団員たちは期待とも興奮とも言える感情に胸を昂らせながら耳を傾けた。

 

 しかし、その第一声は耳を疑うようなものだった。

 

「私は本来なら、諸君の指揮を執れる立場ではない」

 

 それは部隊を率いる者としてあるまじき弱気ともとれる発言だった。しかしセフィロスの態度に臆病風に吹かれて臆した様子は微塵もなく、むしろ団員たちの不安や失望すらも受け止めるように静かに凪いだ瞳で、口は柔らかに弧を描いていた。

 

「私は長い間ファミリアを空けていた。つい先日帰還したばかりで、諸君らが部隊として動くのに並々ならぬ訓練を積んでいた時間の中に私はいなかった。それどころかこの中には直接言葉を交わしたことのない者すらいる。そんな人間が諸君らの命を預かる立場を拝命するなど全くもって論外だ」

 

 だが、と続ける。

 

「後輩諸君は同じ道を歩む先達の一助として耳を傾けてほしい、先輩の御歴々はこの若輩者に力を貸していただきたい。私は勝利のために前へと突き進む諸君より更に前に一歩踏み出す者となる。道を遮る藪は私が切り払う。毒虫の針が潜むのなら私が引き受けよう。立ちふさがる危険にはまず私が踏み入り警告を発しよう。私に諸君の命を預けてほしいとは言えるはずもない。だが押しつけがましくも私が諸君の命を背負う覚悟を持つことを許してもらいたい」

 

 セフィロスは全員の顔を見回した。

 

「そしてこの難事を乗り切るために諸君らの力を私に預けてくれ」

 

 セフィロスの言葉に、ある団員は総身をぶるりと震わせた。彼はまだ年若く、今回が初めての遠征への参加になる。迷宮都市オラリオに数あるファミリアの中で、ロキ・ファミリアへの入団を強く希望した理由――それは目の前にいるセフィロスに他ならない。彼の軌跡に惹かれた。その強さに憧れた。本に綴られた文字や人づてでしか知りえなかった憧れの英雄が共に戦おうと言ってくれている。こんなのうれしくないはずがないではないか。自分でも形容しがたい熱い感覚が胸の奥からこみ上げてくるのを感じていた。それは他の団員たちも同じだった。騒ぎ立った心は、瞳に闘志となって燃え上がっていた。いつしか皮膚の表面でチリチリと弾けるような強い覇気が場を満たしている。

 

「セフィロスさん」

 

 近くにいた団員の一人が声をかける。熱に浮かされたような目の淵を赤らめていた。

 

「我らにご指示を」

 

 それが全員の総意であることは、セフィロスに集まった熱の籠った視線の〝色〟からも間違いなく、また全員がセフィロスの言葉を聞き逃すまいと耳をそばだてていた。

 

 セフィロスは頼もしそうに笑みを浮かべ、次の瞬間には臨戦態勢ともいうように表情を引き締めていた。団員たちに背中を向け、射貫くような鋭い眼光を、彼らが立つ一枚岩の裾野からこちらに向けて猛然と突き進んでくる芋虫型のモンスターの群れに向けた。先のセフィロスの一撃によって吹き飛ばされたのは先頭を走っていたほんの一部に過ぎず、その衝撃から立ち直ったのか後続のモンスター達は何事も無かったかのように一心不乱にこのベースキャンプを目指していた。

 

 セフィロスが声を上げる。

 

 今度は自分を指揮官と認めてもらうための言葉ではない。セフィロスは今この瞬間、本当の意味でファミリアの仲間として帰還を果たした。彼が言葉にするのはファミリアの仲間を束ね指揮する者として仲間たちを鼓舞する激であった。

 

「今、この場には数多の種族が集っている。思想も各々がその胸に掲げる夢も異なる。その眼に映る景色は同じとて、そこに抱く感傷など誰一人とて全く同じものは持ちえない。我らは一人一人は全く別の個であるがゆえに、それは無理からぬことだ。しかし我らはここにいる。轡を並べ、背中を預け、ともに武器を取っている。たとえそれぞれに流れる血が異なろうとも、たとえ種族が異なろうと、もはや言うまでもなく我らには確固たる絆がある」

 

 オオオオオォォォォッ!!!!! と大地を震わす鬨の声。空気が震え、野営地に刺さった旗が翻る。旗に刻まれているのは道化師(トリックスター)のエンブレム。

 

「我らはロキ・ファミリア。人と神の契約の説話を体現する者達よ。我らは同胞となりて、【個】は集まり【群】となる。〝閉じる者(ロキ)〟たる神の眷属としてこの争乱に幕を引こう。未曾有の事態、前例の無い凶事。結構じゃないか。つまり我らが刻むは新たな記録。このダンジョンという数多の先達が夢と野望を抱いて挑み続けた愚かしくも輝かしき歴史の中で綴られてきた記録の中に、新たな項を書き加える偉業なり。ロキ・ファミリアここにありと、この悪念満ちるダンジョンの脅威に知らしめよ」

 雄叫びがダンジョン50階層に響いた。ロキ・ファミリアの面々は拳を掲げて叫んでいた。 

 

「私達の目的は時間稼ぎだ。物資の不足したこの状況では敵勢力によって本陣を包囲されることだけは避けねばならない。幸いにして敵は餌に向かい列をなす蟻のようにこの本陣を目指し愚直にまっすぐ突き進んできている」

 

 セフィロスの言葉通り、芋虫型のモンスターは知能が低いのか太い列を作り同一方向から一枚岩をよじ登っている。てらてらと濡れ光る灰色の躰をうねらせている様はむき出しの臓腑が脈動しているかのような生理的嫌悪感を抱かせ、それが何百と連なってこちらに向かっている様子は身震いするほどにおぞましい。セフィロスはそれを粛然とした眼差しで見下ろしながら指示を飛ばした。

 

「ならば奴らに他の選択肢を与えるな、気づかせるな。仮に列から外れた一匹が別のルートを辿りこの頂上を目指そうとすれば、それに倣うように後続のモンスターも追従してくる可能性が高い。ルートを外れたモンスターに対し、リヴェリア旗下の魔導士隊以外の者で魔法を使える者は魔法で、武器もなく手すきの者は複数人がかりでその辺りに転がっている大岩を転がして御見舞いしてやれ。倒す必要はない、それだけでも牽制には十分だ。奴らには理性も無く知性も無い、あるのは生態に刻まれた本能の奴隷であるということだけだ。にも拘らず仲間たちと違う行動をとるということは本能の中に生まれた気まぐれ、あるいはバグのようなもの。思いがけない障害が生まれればそれだけで行動を抑制するには事足りる。敵の散開を許すな」

 

『了解!』という声が戦場に弾けた。

 

 ロキ・ファミリアの面々にとってこういった大きな戦場において最も聞き馴染んだ檄といえば当然団長であるフィン・ディムナの指示だ。フィンは小人族(パルゥム)という侮られやすい(・・・・・・)種族であり、本人も小柄な体格で面立ちも少年と見紛うほどだ。しかし【勇者(ブレイバー)】という二つ名に、彼は決して名前負けなどしない。その磨き抜かれた洞察力と戦況を正しく把握する俯瞰の眼を以て、戦場をコントロールする術に長けている。鋭く的確な号令は戦意を猛り立たせる。ファミリアという集団を時に水のように柔らかく動かし、また火のように苛烈に動かす姿はまさに統率者と呼ぶにふさわしい。

 

 ……しかしセフィロスの指揮はフィンのそれとは違っていた 

 

 落ち着いた声色は静かで深い。淀みなく流れ出る指示は、その言葉の内側に不思議な力が宿っていた。例えるなら空の容器にとうとうと水が注がれるように、自分たちなら出来ると自信を与えてくれるような……燃え上るように奮い立つ意気とは裏腹に、戦場だというのに驚くほどにリラックスしている自分がいる。心の真ん中に何事にも揺るがない強固な芯があるのを感じる。別段これはセフィロスに与えられたものではない。元から自分の内にあったものだ。それがセフィロスの一語一語で徐々に色味を増し、固く、柔軟になっていく。だからこそ自信に繋がった。だからこそ自分なら――自分達ならどんな難局でも乗り越えられると戦意が湧いてくる。

 

 フィンとセフィロスの指揮。どちらが優れているかなどは決して比べられない。

 

 しかし、両名とも命を預けるに足る人物であることは間違いなかった。

 

 

 

 

 

 ――……セフィロス。

 

 リヴェリアはそんな頼もしい背中を見ながら、わずかに気を緩めた。それは先ほどまでの一瞬の気の緩みすら許されない苦境を切り抜けたゆえの溜息のようなほんの一瞬。魔法詠唱に集中するため必要以上にこわばった身体の緊張をほどいてもう一度締めなおすためのほんのわずかな思考の隙間に〝将〟ではなく〝戦士〟でもなく〝私〟としてのリヴェリアの想いが密やかに流れ込んだ。

 

 リヴェリアはセフィロスに指揮を託した。奴なら戦線を維持しながら、味方の被害を最小限に収めるはずだと信じての選択だった。そしてそれは間違いではなかったと確信を持って言える。奴はほんのわずかな言葉で仲間たちの結束を固め、窮地に立たされ挫け掛けていた心を奮い立たせ、万難を打ち破る矛として在り方へと勇躍せしめた。

 

 武器もないような状況で一体どうするのかという不安があった。だが不思議なことに不安を不安と思っていない自分がいた。不謹慎な話かもしれないが……なんだかわくわくしている自分がいた。

 

 リヴェリアのそれは、まるで幼い子供が好きな作家の新刊を手に入れてわくわくしながら表紙を撫でているような顔だった。題材は冒険活劇だろう。一体この本の中にどんな物語が詰まっているのだろうか、一体どんな胸躍るような展開が張り巡らされているのだろうか。そんなまだ見ぬ物語に心をときめかせる幼子のような……憧憬と期待が入り混じり、潤んだ瞳。

 

 ――いかんいかん、私は一体何を考えているのだっリヴェリア・リヨス・アールヴ。

 

 思わず表情が華やぐのを、団員たちの手前、必死に押し込める。

 

 隣にいた団員の一人がそんなリヴェリアの表情をたまたま見て、顔を真っ赤に染めながら口をぽかんと開けていた。リヴェリアが問うようにじろりと睨むと慌てて杖を握りなおして戦場に目を向ける。「リヴェ……様……かわ……い……」何事かをつぶやいていたが、幸いなことに戦いの残響の中に紛れてリヴェリアの耳には届かなかった。聞こえていたら拳骨の一つくらい頂戴していたかもしれない。

 

 リヴェリアは意識を引き締める。戦場において恥じ入るがごとき惚けた思考だったが、おかげで肩の力もいい具合に抜けた。

 

 意識を研ぎ澄まし、集中する。

 

 ふっと息を大きく吐き出し、目を閉じた。

 

 集中するという行為は心をコントロールするということだ。そもそも普段から自覚できている顕在意識などは、心の大部分を占める潜在意識に比べれば微々たるもの。いくら顕在意識で集中しようと……何かを為そうとした所でそこに潜在意識の協力を取り付けられなければ、発揮できる集中力などはそれこそ氷山の一角に過ぎないものとなろう。どんな分野であろうと一流と呼ばれる人間は総じて潜在意識を操る術に長けている。

 

 それはもちろんリヴェリアもだ。

 

 特に彼女の場合、常に命の危険が付きまとう冒険者という生業の中でも超一流と称えられ、より精神の動きに起因する〝魔法〟という超常の現象を操る魔法使いの中での最高峰。己が心の深淵に沈み入り、その在り方をつまびらかにして自在に行使する尋常ならざる才覚。雨粒の一滴を捉え、地面に弾ける刹那を見極めるがごとき極限の集中力こそ、九魔姫(ナインヘル)リヴェリア・リヨス・アールヴを最強の魔法使いたらしめる根幹を成すものである。

 

 彼女は部隊を指揮する者……統率者としての適性も極めて高いが、その真価が発揮されるのはまさにこの瞬間。打ち砕くべき敵を捉え、信頼できる仲間に背を預け、その援護の下、最大最強の火力をもって敵勢力を一掃することにこそある。

 

「【――終末の前触れよ、白き雪よ】」

 

 淀みなく紡がれる詠唱。急激に回復したばかりの魔力がうまく回っていないため、詠唱を完成させるにはまだ幾何かの時間が必要になる。だがそれも問題はない。その時間はセフィロスが、仲間たちが稼いでくれる、と信じられた。

 

 

 

 

 

 セフィロスは膨大な魔力のうねりを頼もしそうに笑みを浮かべながら一瞥すると、声を張り上げ指示を下す。

 

 そうしている間にもモンスターの集団は一枚岩を上り、槍の穂先で盾を突くかのように怒涛の勢いでこちらの陣地に突っ込んでくる。すでに目前にまで迫っていた。

 

「間もなく接敵だ! 盾を持つものは身動きの取れない魔導士部隊を守るように周囲に展開。自身を守る者がいる、それだけで彼ら彼女らは憂慮無く詠唱に集中できる。万が一、敵の腐蝕液がそちらに飛び散った際の守護も任せた」

 

 セフィロスは正宗を両手で握り直した。立つ場所は――最前線。

 

「これより正面は、私が守る」

 

 構えをとり、押し寄せてくるモンスターの集団を睨み据えた。

 

「ここから先には、一匹も通しはしない」

 

 セフィロスは一度大きく息を吸い込んだ。空気を肺に溜め、一気に吐き出した。

 

「総員、行動開始だ」

 

 そして――激突。

 

 

 

 

 

 ◆      ◆      ◆      ◆

 

 

 

 

 

 何日も前にダンジョンに先行したフィン達遠征組に追いつくべく禁じ手の最短ルート『床をブチ抜く』を敢行して何とかギリギリのところで助けに入ることができた。ダンジョンは壁を傷つけたところで生き物のように再生する特性があるためできる荒業だ。他の冒険者が穴に落ちないように場所の選定には注意が必要だが。

 

 とにもかくにもやってきました50階層。

 

 早速だが。

 

 ……演説じみたことをぶちかました。

 

 要は俺たちは同じロキ・ファミリアのメンバーだから皆一丸になってがんばろうぜっ、というような事を言った。

 

 ………………言ったのだが……言っている途中でその肝心の主神がセクハラトーク全開フルスロットで女性眷属に突撃かましている姿や、床に転がったたくさんの酒瓶の中で大口開けていびきを掻きながら酔いつぶれている痴態が脳裏をよぎったため、一瞬どもりそうになったのは秘密だ。おまけに、確かあの時のロキは自分の吐瀉物(ゲロ)の上に寝転がって服を汚しながら酸っぱい異臭が満ちる中で幸せそうにグースカ寝ていた。リヴェリアが冷え切った瞳で「でかい生ゴミが転がっているな。廃棄処分してやろうか……」などと呟いていた。あれはかなりブチギレていた。

 

 〝閉じる者〟たる神の眷属などと、言葉に結構な装飾を施しはしたがその実態がホントにアレな感じなことは皆が知っている。あれ、コレを言って逆に皆の戦意が根こそぎフッとんだらどうしよう……とわりと本気で心配した。もう諸々の雰囲気で押し通すしかないと思って勢いで押し通そうと思った。

 

 ……押し通せた。

 

 皆がやる気になってくれたようで何よりだ。やっぱり勢いって大切だよね、よね!(強調)

 

 正直、気が弱っているところに耳に心地の良い言葉を並べ立ててその気にさせるという行為……フィンならもっとうまい言い回しを思いつくんだろうけど、こっちはずっとボッチで冒険してきたためそんなスキルなど持ち合わせてはいない。ようやっとひねり出した言葉は、俺たちがやることは歴史に残る偉業だぜ、などと空手形どころか捕らぬ狸の何とやらだ。指揮者というより扇動者……というかむしろこれ詐欺師の手口じゃ……イヤイヤイヤイヤ、深く考えてはいけない。元々そこに確たる線引きなど存在しないのだから、要は捉え方の問題である。結果オーライ、そういうことにしておこう。

 

 ロキも真面目な時は本当に頼りになるし眷属思いの良い神なんだが……いかんせん、普段の生活態度全般に問題がありすぎる。

 

 しかし改善してほしいと思う反面、それはそれで寂しいような……なんだかんだであの陽気で気さくな調子には幾度となく励まされてきたのだから。

 

 まあ、それはさておき今は目の前の戦場である。

 

 目の前に迫ったモンスターの群れ……つかキモッ!

 

 芋虫とか別に嫌いってほどでもないが目の前のアレは縮尺がおかしい。デカいわ!

 

 それがぎちぎちと耳障りな音を奏でながら何十何百と連なって、こちらに攻め入ってくるのだ。もう見た目だけでトラウマものである。

 

 味方は青息吐息、だが死人は出ていないのが幸いだ。ポーションという超便利薬があるため死にさえしなければ何とかなるのがこの世界の素晴らしいところである。

 

 さて、まあそれはさておき俺個人としてもファミリアの仲間傷つけられて笑っていられるほど人間できていないんでごぜえますよ。

 

 そりゃあ、まあ。

 

 この中にはこの間ファミリアに帰ってきて初めて会ったばかりの者もそこそこ……いやまあ結構な数いるけどさ、寂しいことに。

 

 しかしこれから仲良くなるのだ……うん、がんばろうとは思う。自分の中だけでもこういう決意表明しとかないとファミリアの中で居心地が悪いっていうか、浮いているっていうか。別にぼっち道を極めたいわけじゃない。ヘイ、セフィロス!今日も辛気臭いツラじゃないか、とか言ってくれてもええんやで。和気藹々と小粋なジョークを言い合える関係になりたいものだ。…正直、周りの反応を鑑みるにそこまで望むには手遅れ感がなきにしもあらずなのだが。

 

 深く考えると地面に埋没するほど落ち込みそうなので思考を切り替えとこう……。

 

 目の前に敵にどう対処するかであるが、一番手っ取り早いのが俺自身が敵陣に突っ込んでいって大暴れ、リヴェリアの魔法が完成したら一気に薙ぎ払ってもらうプランなのだがそれはダメだ。あえてやるというなら本当にのっぴきならない状況になった時の最後の手段である。

 

 今、ここにはチームで来ているのだ。スタンドプレーは状況によりけりだが今はよろしくない。特にこの目の前のモンスターにあわや全滅寸前まで団員達が追い込まれたというのが一番の理由だ。

 

 ファミリアのメンバー(自分達)だけで何とかした、という事実がなければこれからの冒険者生活にトラウマか怖気か、しこりみたいなものが残りかねない。自分とて気づいている。まだ自分という存在は今のロキ・ファミリアに本当の意味で受け入れられたわけではない。例えるなら話だけならよく聞いていたがその本人には会ったことの無い親戚の人みたいな扱いというか……何か目には見えない壁というか……どうにも仲間という括りの中から外れてしまっている。共に成長するとか、あるいは教導するとか、そういう過程の経験の有る無しは相互理解において大きいものだ。いやまあ、そもそもの原因はファミリアほっぽらかしてた自分にあるからしょうがないっちゃしょうがないのだが。

 

 まだ自分はスタンドプレーなどしていい立場ではないのだ。

 

 だからこそ全うしなければならない役割というものがある気がする。

 

 すでに出来上がってる集団の輪に加わるために自分に合った役割はなんぞやと、頭を捻って考えてみる。

 

 ……一体いつになったらこの社畜根性は抜けるんだ。

 

 それはそうと敵集団に突撃するのは、今自分が取るべき役割ではないと思う。今、自分に求められているのは集団を纏める者である。リヴェリアからゴーサインが出たということは、少なくともそれに足る下地はあると見なされたということだ。自分だけの考えなら本当に大丈夫かと首をかしげるところだが、他ならぬリヴェリアに出来ると太鼓判を押されたのだ。ならば最悪の事態だけは避けてみせようじゃないか。

 

 フィンほどの指揮はさすがに高望みしすぎだが、幸いにも耐えさえすれば後はリヴェリアが片をつけてくれる。

 

 他の団員を置き去りにするような戦い方をしたところで、俺達の間にある見えない壁が分厚くなるだけだ。

 

 敬われるのはまだいいが、恐れられたり避けられたりしたら自室でひっそり涙を流す確固たる自信が俺にはある。

 

 そういうわけで各々方には敵勢力の牽制を主として動いてもらうことにする。

 

 実際問題、敵に広く散開されるほどに決め手となる魔法で一掃というのは難しくなる。 

 

 そう、重要なのは魔法で一切合切吹き飛ばすということなのだ。

 

 耐えさえすれば面倒くさい特性を持ったモンスターの集団を現在の手持ちのカードで一気に撃破できる決め手となる。それでこそ我らの勝利だと胸を張って勝鬨上げられるってもんである。

 

 ………………。

 

 ………………。

 

 ………………。

 

 …………………決してフラストレーションが相当溜まっているっぽいリヴェリアの怒りがこっちに向かう前に目の前の敵にぶつけてほしいとかそんなんじゃないという事をここに明言させて頂きたい。

 

 

 




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