片翼の天使(笑)で剣をふるうのは間違っている   作:御伽草子

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第二話【死亡フラグを回避するんだ!】

 どうやら神様転生というやつをしたらしい。

 

 奥歯に物が挟まったような曖昧な前置きの仕方だが、神様に会ったという肝心な部分を覚えていないのだから仕方が無い。なら神様転生をした、と結論付けるのがそもそも間違いではないのか、と思わないわけではないが今の自分の状況を落としこむには神様転生というやつが一番しっくりきた。

 

 神様転生の定義を一度整理してみよう。

 

 まず何らかの理由で主人公が死ぬ。

 

 神様に出会う。

 死んだ原因は神様にあって、「君は本来死ぬはずじゃなかった人間だ。だからお詫びに異世界に転生させてあげよう」と言われる。

 

 ついでに転生するにあたっての特殊能力や際立った容姿、明晰な頭脳といった特典をもらえる場合が多い。

 

 ……まあ、おおむねこんなものか。

 

 そもそも俺死んだの? そんな記憶無いんだけど。

 

 いくら考えてもキリがない上、答えは出そうにないので、もう神様転生(仮)でいいだろう。当面はそれでとりあえず不都合は無い。いや、今の状況は不都合だらけなのだが。

 問題なのは日本で暮らしていた頃の記憶に加え、この世界で――ルクレツィア・クレシェントの息子、セフィロス・クレシェントとして生きていた記憶も持っているという点であった。日本で生きていた〝俺〟と、この世界で生きていたセフィロス少年としての記憶が交じり合って一つになったのが今の俺であった。

 そもそもだ。元々この世界で生きていたセフィロス少年の身に何が起こったのか。それをルクレツィア母さんが教えてくれた。

 

 ――セフィロス少年は一度死んだらしい。

 

 のっけからあさっての方向に大暴投である。

 

 もちろん実際に母さんが説明してくれた時は「死んだ」などと直接的な表現を幼子にする事は無かったが、状況やら言い回しから推察するに、どうやら事故で瀕死の重症を負ったようだ。愛息子の死という非情な現実を受け止めきれなかった母さんは運命に抗うことを決意。元々生命の起源や細胞などの研究をしていた優秀な研究者であった母さんは自ら知識を総動員した上で〝ある奇跡の欠片〟をセフィロス少年の体内に宿すことによってセフィロス少年の首元に掛かっていた死の運命を捻じ曲げることに成功したのだという。

 

 ……いや、なにやらかしたアンタ?

 

 FF7の中のヴィンセントの人生と同じような道程歩んでんだけど。奇跡の欠片ってなんだ? どうなったんだこの身体。

 

 等々。

 

 もうちょい突っ込んで聞きたい事はたくさんあったが、その辺りの事を理解した瞬間、元の世界……と言ったらいいのか、日本に戻りたいと思う感情は驚くほど薄れた。日本は確かに俺にとっての故郷だが、この世界も俺にとっての故郷である。俺とセフィロス少年の境界が限りなく薄まってどちらが現実でどちらが夢かなんてことをあれこれと考えた結果開き直った。

 日本に戻る方法なんか分からないのだ。そもそも親どころか親類縁者のいない天涯孤独の身の上だったし、戻らなくてもいいかとさえ思いはじめた。

 母さんにはきちんと自分が別の世界の記憶を持っていることを話してある。(どうも記憶が混乱しているとしか思われてないような気がするが)

 現状を理解するのに数日。

 現状を受け止めるのに更に数日掛かった。

 しかしここで新たな問題に直面した。前述した通り、今の自分の状況が所謂神様転生だった場合だ。日本に生きていた頃の俺なら妄想乙で片付けていたが、そもそも今の俺の状況からして妄想じみている。神様に別世界に転生させられるなんてありえるわけない、と切って捨てるのは簡単だが、そもそも今の俺の状況からしてありえるわけの無いありえない事態なのだ。

 さて、仮に今の俺の状況が神様転生だったとしよう。

 ここで情報を整理して見る。

 

 

 ①神様に転生させられたと仮定。

 

 ②セフィロス少年の記憶を読み取ると、この世界には魔法やらモンスターがおり、なにより本物の神様が地上に降臨して人と交わって生活している、ファンタジーっぽい世界。

 

 ③銀髪、イケメン、ラスボス、公式チートのセフィロスという〝いかにも〟なキャラクターに憑依もしくは転生した。

 

 

 ……なんだこの踏み台転生者は? 踏み台の素養抜群じゃないか。

 

 ここで俺TUEEEEやらハーレムやら言い出したら、踏み台がそのまま断頭台に変わるくらいの特大の死亡フラグだ。

 ただでさえ存在そのものが死亡フラグの塊みたいなものなのだ。これからは地味に堅実に生きていこう。

 目指すは平々凡々な幸せ。堅実に生きて美人な嫁さんもらって孫に囲まれ大往生。コレだ!

 やったるぞー、おおぉ――! と空に拳を突き上げて気合をいれる。

 顔はイケメン、身体能力も確認したがかなりのものだった。スペックは抜群。

 成功への軌跡は見えた……大丈夫だ、俺ならやれる!

 

「もう何も怖くない!」

 

 これ以上死亡フラグなんぞ立ててたまるか、とセフィロス(笑)は高らかに哄笑を上げた。

 

 突然訳の分からないことを叫んで、けたたましく笑いはじめた愛息子の奇行におろおろとするルクレツィア母さんの姿はとても可愛らしかったと追記しておく。

 

 

 

 ――後々になって考えてみるとここで人生の一歩を踏み外した気がしてならない。どうせセフィロスになったんだから、英雄だった頃のセフィロスらしく振舞おうなんて……なぜそんなことを考えてしまったのか。あれか、厨二病が再発したのか。

 

 

 

 

 

 

 ◆     ◆     ◆     ◆

 

 

 

 

 

 ――それは歴史の彼方に埋もれた伝説ではない。

 

 

 彼の人生は激流に抗うが如き苦難の連続であった

 勇猛果敢に人々の先頭に立ち戦い続けた。数多の悪意を跳ね除け、無数の命の危機を潜り抜け、時に冒険者の歴史に数々の偉業を刻み、時に世界的な大事件を解決に導いた。

 身命を賭して悪に抗い人々を守りぬくその姿は、まさに英雄であった。

 彼に憧れた者は数知れない。彼と同じ時代に勇名を馳せた〝あの英雄〟もその一人である。

 彼の名はセフィロス。迷宮都市における二つ名は『片翼の天使』

 彼が迷宮都市オラリオの外交官として世界中を巡る中で打ちたてた功績は枚挙に暇がない。そこで紡がれた数々の冒険譚は書籍やあるいは演劇で後世まで語り継がれ、たくさんの人々に勇気と希望を与えている。

 どうすればあなたのような英雄になれますか、と聞いた者がいる。

 彼はこう答えた。

 ――どうしてこうなったか自分でも分からない。

 彼も時代という奔流の中でがむしゃらにもがいて生きてきたということなのだろう。

 彼は晩年、自分の人生を振り返り〝黒歴史〟という言葉をよく用いていた。後世の歴史家達がセフィロスが歩んで来た人生を、その道程を鑑みて単語の意味することを推察するに、黒き歴史とはつまり彼自身が打ち砕いた破滅の未来のことではないだろうかという見方が多くを占めている。神々がよく使う言葉で在るところの「無かった事にしたい、忘れたい歴史」という意味ではないかと言う歴史家もいるが、彼の生き様を少しでも齧った者ならそんなことはありえないと声を大にして否定する。人々の安寧を守る事こそ自身の生き様であった、おそらくそういう意味なのだろう。

 彼の守り抜いた未来を生きる我々にとって、今この瞬間を精一杯生き抜く事こそ、身命をとして未来への希望を紡いだ彼に対する恩返しではなかろうか。

 英雄セフィロス。

 彼の歩んできた道のりは、今なお色あせず多くの人々を魅了している。

 それは歴史の彼方に埋もれた伝説ではない。

 人とはかくあるべきという姿を、時を超え今も我々に示し続けている。

 過去の英雄から今の我々に対する問いかけとは何か、本書でそれを解明する手立てとなれば幸いである。

 

 

 

         セフィロス英雄譚第一巻 改定者あとがきより抜粋

 

 

 

 

 

 ◆     ◆     ◆     ◆

 

 

 

 

 

 時は流れ、一五年後。

 

 迷宮都市オラリオ。

 そこは世界有数の大都市である。都市の真ん中には巨大な白亜の塔バベルがそびえている。まさに天を衝くがごとし、その勇壮たるや空という世界の屋根を支える一本の柱のようだった。バベルは地下迷宮の蓋だった。どれほど深く、どれほど広いかもわからない。恐ろしいモンスターが跋扈し、訪れる冒険者達を飲み込む黒々とした穴はバベルの地下から続いている。

 他国……例えば王国であるなら都市の中央には王城がすえられているが、迷宮都市であるオラリオの中央はバベルである。オラリオはバベルを心棒として放射線状に街が形成されている。北、北東、東、南東、南、南西、西、北西の八方位に巨大なメインストリートが伸びており、街の各所を繋いでいる。

 

 まだ日も差していない早朝。

 

 ……その場所は、北西と西のメインストリートに挟まれた区画だった。人通りは無く、朽ちた教会がある。

 

 天井の崩れた礼拝堂で二人の男が対峙していた。

 方や筋骨隆々の大男。二メートルを超える巨躯は鋼のごとき筋肉の鎧に覆われていた。彼は膂力に優れた猪人(ボアズ)と呼ばれる種族であり、この迷宮都市オラリオにおいて最強との呼び声高い冒険者、オッタル。二つ名は『猛者(おうじゃ)』

 

「あの日、俺は敵を失った」

 

 オッタルは対峙するもう一人の男に静かに言葉を投げかける。頭からすっぽりと白いローブで覆われているが、フードの合間から覗く不思議な光彩を湛えた瞳は静かにオッタルを見据えていた。

 

「なあ、なぜだ? なぜ俺の前から消えた……俺はあの日唯一俺と並び立つことができる、お前という敵を失ってしまったんだ」

 

 オッタルとて理解している。オラリアという都市と近隣諸国との関係をより磐石にするために目の前の男の行った所業がいかに大きかったことを。

 オッタルは主神たるフレイヤに忠誠を誓っている。死ねと言われれば喜んで死のう、やれと言われれば例え大海の底に沈んだたった一つの宝石を献上しよう。太陽を沈めよう、月を斬ろう、星を砕こう。

 しかし彼の武人としての心は、敵を失った事で熱を失ってしまった。己の魂を、意地を、研鑽を積んだ技を、鍛えた抜いた肉体を……己の全てをぶつけてなお届かないかもしれない強敵が目の前から消えてしまった時の虚無感は言葉で言い表せないほど大きかった。

 オッタルと対峙していた男は、フードを脱いだ。

 

「まずは久しぶり、と言っておこうかオッタル」

 

 怖気が走るほどに顔立ちの整った美丈夫だった。目を惹くのは月の光を落としこんだような美しい銀髪。男の名はセフィロス。オラリオの頂点と謳われるオッタルに比肩するもう一人の最強。

 

「私が……いや、俺が特務でオラリオを離れてから五年ぶりか」

 

 セフィロスは落ち着いた声色で静かに語りかける。

 

「ああ……お前の後輩たちも今は一角の冒険者だ」

「……ロキ・ファミリアか。懐かしいな」

 

 自身のホームを思いだしたのか、セフィロスは目を細めて小さくフッと笑った。

 

「リヴェリアあたりにはどやされそうだ。一度くらい顔を見せに帰ってこいとな」

「九魔姫(ナイン・ヘル)か。理解してくれるさ、あれは聡い女だ」

「だといいがな」

 

 そこまで言ったところでオッタルの雰囲気が変わった。

 活火山の噴火を思わせるような圧倒的な存在感。周囲のものを押しつぶすようなプレッシャーがセフィロスを襲う。一般人なら、いや神の恩恵を受けた冒険者でも並大抵の者では膝をつくほどの重圧を、セフィロスは眉一つ動かさず受け流した。

 

「……待っていた……待っていたぞ、この日をっ!」

 

 セフィロスがオラリオを離れる日、約束を交わしていた。

 次に会った時に決着をつけよう、と。

 

「せっかちな奴だ」

 

 セフィロスはローブを脱ぎ捨てる。

 胸の大きく開いた黒いコートを身に纏い、背中まで伸びた長い銀髪がたなびいた。セフィロスはいつの間にか己の武器を手にしていた。

 

「正宗、か……っ」

 

 それは身の丈を遥かに超える規格外の長刀である。槍より長い刀など武器として馬鹿げている。刀の特性は突くことより斬ることに特化している。武器のリーチが長くとも、槍なら突くという最低限の動作で相手に致命傷を与えることもできるが、あのような長い刀を振るうのは戦いの場において致命的ほど大きな隙を生む。

 だがオッタルは知っている。目の前の男が並々ならぬ強者であると、絶技とさえ言える恐るべき剣技、迷宮都市……否、世界最強と言っても過言ではない剣の冴え。目の前の男は我々の常識をいともたやすく凌駕する。

 オッタルは普段表情を崩さない彼らしからず声を上げて笑った。

 

「この瞬間を俺は一日千秋の想いで待ち望んでいたぞセフィロスっ、我がライバルよ!!」

 

 身を焦がすほどに熱く燃え上がる血の昂ぶりに突き動かされるままオッタルは……迷宮都市最強の冒険者は吼えた。オッタルも己の武器を手にしていた。片刃で長大。バスターソードのような概観だが、余計な装飾を一切省いた無骨な剣。それはまさしく彼の在り方そのものだった。

 岩を砕き目の前のもの全てを突き崩すがごとき猛威。

 夜が開け、崩れた天井から薄明かりが室内を満たす。まるで分厚い雲の切れ間から差し込む天使の梯子のように、旭日が二人を包みこんだ。周囲をただよっていた埃が日の光を反射して輝き、朽ちかけた礼拝堂の景色とあいまって幻想的に舞い散る。

 

「っ!?」

 

 オッタルは息を呑んだ。

 

「どうした、こないのか?」

 

 刀をかまえたセフィロスから感じる凄まじいまでの覇気。

 

 やはり……あの頃よりも……っ

 

「…………っ」

 

 だがそれでこそ……それでこそだっ!

 胸を埋め尽くす歓喜にオッタルは、

 

「うおおおおおおおおおおおおおおお――っ!!」

 

 冷静沈着な体裁をかなぐり捨てて、勲の雄たけびを上げた。

 

 

 

 

 

 セフィロスは思った。

 なんでオラリオを離れたかだって?

 そんなの決まってる。

 

 ――お前という超特大の死亡フラグから離れるためだよ!!

 

 そもそもオッタル(凶戦士)と会いたくないがため、まだ夜も明けていない早朝を狙ってオラリオに帰ってきたのだ。それも全身を覆うようなローブをかぶってだ。

 それなのに、だ。

 

 なんで俺の存在に気づいた、ストーカーかお前は!?

 

 オイそのばかでかい人斬り包丁みたいな凶器今すぐ下げろ!

 

 勝てなきゃ生き残れない。(やぶれかぶれで)剣を構え、セフィロスはオッタルを迎え撃つ。

 

 

 朽ちかけた廃教会で二人の戦士が激突する。 

 

 

 

 




 

 次回はたぶん土曜日か日曜日の更新です






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