片翼の天使(笑)で剣をふるうのは間違っている   作:御伽草子

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 長くなったので(全部書いていると予告した日時に間に合いそうにないので)二話に分けます。
 後編は明日17日に投稿します。

 中途半端でゴメンよ!


第五話【今日嫌なことは明日に延ばすともっと嫌になる】前編

 

 

 

 黄昏の館。

 

 それは七基の尖塔が長大な中央塔に寄り添うように形成される【ロキ・ファミリア】のホームである。赤銅色の外壁に、空中回廊が入り組むようにいくつも格塔を繋いでおり、歪で鋭利な概観は剣山が連なったような石塊の魔城を思わせた。

 黄昏の館は女性用が四基、男性用が三基と分かれているが、この男女比率の違いは主神であるロキの趣味に寄るところが大きい。この主神、女神でありながら妙に親父くさいところがあり、美女美少女が大好きと言って憚らないのである。

 男性用の塔の内の一基に、使われていない部屋がある。正確に言うなら、もう五年もの間主不在の部屋である。

 

「こんなものか」

 

 雑巾を絞り、部屋の掃除を終えたのはロキ・ファミリアの副団長、リヴェリア・リヨス・アールヴだった。翡翠色の髪に尖った耳。一般的に美しいとされるエルフの端麗な容姿でも、彼女のそれは際立っていた。彼女はハイエルフと称されるエルフの王族であり、完璧に整った容姿を持つ神々でさえ嫉妬させるまさに絶世の美女であった。

 

 掃除を終えた部屋をぐるりと見回す。

 

 ベッドのシーツや毛布などは取り払われているが、壁一面の本棚やソファーや机といった調度品は今も当時と変わらない姿で、主人の帰りを静かに待ち続けていた。

 

 この部屋の主の名はセフィロス・クレシェント。

 

 現在は諸々の特務を受けてオラリオの外の世界を回っているロキ・ファミリアの幹部の一人である。

 

 五年前。セフィロスがオラリオを離れてから今日までの間、リヴェリアがセフィロスの自室の管理をしていた。本来なら一大派閥を取りまとめ多忙を極める副団長の仕事ではないが、誰あろうリヴェリア本人からの強い要望があったのだ。

 

 ……今日は夢見が悪かったせいで。どうにも気分がすぐれない。

 

 思いだすのは目覚める前に見ていた夢の内容である。セフィロスがオラリオを旅立つ前日のやりとり。セフィロスの前で、いや他の誰の目の前でも涙を流すなど、まったくもって不覚である。弱い女と思われなかっただろうか。

 考えれば考えるほど連絡の一つもよこさないで外の世界をほっつき歩いている不精者に文句の一つでも言ってやりたくなる。任務があると理解している、已むに已まれぬ事情があるのだと理解している。しかし納得できるかと言えばそうではない。

 

「いつになったら帰ってくるのだ……あいつは」

 

 現在のオラリオにはいつでもセフィロスが帰ってきても大丈夫なように準備が整っている。件の事件によって生じた様々な問題もすでに事後処理は済んでおり、セフィロスに目をつけた神々への牽制も終えている。その情報はすでにセフィロスの元へも届いているはずだ、と旧知の仲であるギルドの職員にも確認済みだ。

 

 ――そうかそうか、そんなに外の世界は居心地がいいのか……このオラリオよりも!

 

 半ば八つ当たり気味な感情に支配されながら、リヴェリアはふてくされたように鼻息を鳴らした。眉目秀麗を絵に描いた様なリヴェリアの、らしからぬその姿をファミリアの他の団員が見たら仰天すること間違い無しである。

 その後、クローゼットの中にあったセフィロスの服が大量に虫食いの被害にあっていたことに気づいた。しかもそのうちの何着かは自分がプレゼントしたものだと気づき、更に気落ちすることになるのだった。

 

 

 

 

 

 ◆     ◆     ◆     ◆

 

 

 

 

 

 黄昏の館の大食堂では五十人を超える団員がいっせいに食事をとっていた。

 様々な雑多な話し声が入り混じる食堂で、リヴェリアは端から見ても分かるほどひどく不機嫌だった。黙って食事をとっているが、肩の先からは怒気のようなものが揺らめいていた。

 

「あー、リヴェリア……何か気に障ることでもあったのかい?」

「なんでもない」

 

 ぴしゃりと跳ね除けられた。

 とりつく島も無いと思いつつも大方の見当はつく、とロキ・ファミリアの団長フィン・ディムナは考えていた。まるで幼い少年のような容姿だが、彼は立派な成人である。成体でありながら他種族で比べて身の丈が低く小柄なのが、彼の小人族(パルゥム)という種族の特徴である。風貌こそ金髪碧眼の美少年であり一見すると冒険者としては頼りなく見えるが、その瞳には無数の修羅場を潜り抜けた古強者としての格が垣間見えていた。権謀術数に長け、深い洞察力と指揮能力を持ち、オラリオの一大派閥を率いるのがこのフィンという男である。その二つ名は【勇者(ブレイバー)】。

 

(たぶんセフィロスがらみのことなんだろうな)

 

 フィンの予想は当たりである。

 そもそも予想ですらない。リヴェリアとは冒険者になって以来の長い付き合いだが、共に数々の命の危機を切り抜け、混沌と呼ぶにも生温いオラリオの世情を卓越した叡智で乗り越え、何事においても悠揚たる彼女が、こうもあからさまに心乱されるのはセフィロスのこと以外に考えられない。

 

 ……本当に昔だったら考えられないな。

 

 昔のリヴェリアとセフィロスの関係を良く知るフィンからすれば今リヴェリアがセフィロスに対して抱いている感情は意外も意外である。精々が仲のいい姉と弟といった間柄の二人に一体どのような転機が訪れたのかフィンは知らない。興味はあるが、昔それとなく聞いても、はぐらかされてばかりだったので、今のところ深くは踏み込んでいなかった。

 セフィロスがらみで機嫌の悪いときの彼女は放って置くのが一番だと経験則で理解しているので、とりあえず今やることをやってしまおう、とフィン。

 

「静粛に!」

 

 朗々と響き渡る声に食堂はいっせいに静まり返る。

 フィンは立ち上がり、百を超える瞳に一切物怖じすることなく声を張り上げた。

 

「食事中すまない。皆も知っての通り、我々ロキ・ファミリアは明日ダンジョンで大規模な遠征を執り行うこととなっている。昨日の内に備品の準備は済んでいることと思うが、各担当者は念のためにもう一度確認を行ってくれ。遠征に参加する者はしっかり身体を休め、不参加な者は可能な限り他の者達のサポートに回ってほしい」

 

 以上だ、と締めくくると、『はい!』といっせいに応答が返ってきた。もっとも、中には「凛々しい団長とても素敵です!」とやや調子っぱずれな返答もあったが、ロキ・ファミリアの規律と統率の高さが伺える一幕であった。

 フィンの激励により、食事中に取り沙汰される話題は明日のダンジョン遠征の事一色となった。とりわけ声を大にして意欲を語っているのは、遠征の要であり、ロキ・ファミリアの主力であるメンバーである。

 

「いやぁ腕が鳴るね~!」

 

 そう言って快活に笑うのはティオナ・ヒリュテ。アマゾネスの少女で二つ名は【大切断(アマゾン)】。

 

「そう言ってあんたいつも突っ込みすぎるんだからちょっとは自重しなさいよ」

 

 呆れ顔でティオナに注意を促したのはティオネ・ヒリュテ。ティオナの双子の姉で二つ名は【怒蛇(ヨルムガンド)】。

 

 ティオナは遠足を前にした子供のように、こらえきれない楽しみに心を躍らせていた。遠征の目標はダンジョンの遥か深層、未踏破層である59階層。より深くにもぐるほどに遭遇するモンスターが強力になるダンジョンにおいて、深層ともなれば高Lvの冒険者である彼女ですら場合によっては命を落としかねない危険な道程である。しかしその緊張感すら楽しむのが、アマゾネスたる彼女である。そしてその姉ティオネも戦闘に置いてやや突出傾向にある妹に対して苦言をもらしているが、その抑制的な言動は被った猫に過ぎない事は周知の事実である。本来のティオネはまさに闘争本能剥き出しの凶戦士である。所謂キレた時のティオネは言動が非常に荒々しく、目につくものを食いちぎらんとするほどの凶暴性を垣間見せる。

 

 妹であるティオナは天真爛漫という言葉がよく似合う明るく朗らかな性格だが、戦闘になれば長大な大双刃を振りかざし、並み居るモンスターを殴殺するがごとく蹴散らしていく。

 

 両名ともにロキ・ファミリアの主力であり、迷宮都市でも数えるほどしかおらず数多の冒険者に畏敬の念を抱かれるLv5以上の第一級冒険者である。

 

 ロキ・ファミリアの総力を持って当たるダンジョン遠征。これは今の自分達の限界を試すための儀式のようなものでもある。

 

 だが、だからこそ。

 

 昔とは違う、強くなった今だからこそ、抱く想いがある。

 

「これでセフィロスさんがいてくれたらなぁ~、一緒にダンジョンにもぐって戦えるのに」

 

 ぽつりとこぼしたティオナの言葉に顕著に反応したのが数名いた。

 

「またその話~?」とティオネは辟易した表情で返した。

 

 幼い頃から冒険譚や英雄譚を好んで読んでいたティオナにとって、昔から英雄と呼ばれていたセフィロスに対する憧憬は人一倍であった。幼い頃に物影からこそこそと追い回したことは数知れず、頑張って声をかけようとして勇気が出せないことなど日課であった。前に一度、そんなティオナの行動に首をかしげたセフィロスが「何か用事があるのか?」と優しく尋ねたところ、突然の事態に悲鳴を上げて逃げてしまうという醜態を晒したりもした。

 

 もう何年も昔の話だ。

 

 あの頃はまだ駆け出しの冒険者であったが、迷宮都市でも上位の実力者として成長した今なら英雄としての名声を高めたセフィロスの戦いを間近で見る事ができる。

 戦いこそが人生といえるアマゾネスの少女にとって最強とすら謳われる戦士の戦いを間近で見ることは何に置いても変えがたい甘美な経験となるだろう。

 

「おいバカゾネス! あの野郎の話はするんじゃねえよ!」 

 

 怒声をぶつけたのはベート・ローガ。狼人(ウェアウルフ)の青年だ。

 

「うるさいなー、ベートはいいじゃん。昔さんざんセフィロスさんとダンジョンにもぐったんだからさあ」

 

 ベートも凶狼(ヴァナルガンド)の二つ名を持つLv.5の冒険者だ。まだセフィロスがロキ・ファミリアにいたころは彼が教育係のような形で冒険者としての知識や技能を叩きこんでいたのだと聞く。

 

 ただベート自身はその頃の事を深く語らず、尋ねれば必ず不機嫌になり荒々しい言葉が更に棘を増す。何があったか知るのは本人ばかりだが、ベート当人にとっては好ましくない何があったことは想像に固くない。

 

「うるせえ、てめえは飯食い終わったんならさっさと出て行け! いつまでもうろうろしてんじゃねえ邪魔だ」

「なんだってー!」と姦しく言い争い始めた二人をよそに。

 

「どうしたんですか、アイズさん?」

 

 エルフの少女、レフィーヤが隣に座る金髪の少女アイズに声をかけた。迷宮都市の女性冒険者の中でも最強との呼び声高いLv.5の少女は、凛々しくも愛らしい人形のように整った容姿をしており【剣姫】の二つ名もよく似合っている。

 

 アイズは食事をする手を止め、スプーンを沈めたままのスープをじっと眺めている。レフィーヤが声をかけても上の空で「……なんでも、ない」と小さく言葉を漏らしただけだった。やがてもそもそと食事を再開した彼女であるが、どうにも違和感が拭えない。

 

 セフィロス。

 

 その名が出た途端、様子がおかしくなったように思える。

 

 セフィロス・クレシェント。

 

 【片翼の天使】の二つ名で知られ、世界中に名を轟かす英雄。レフィーヤ自身はロキ・ファミリアに来てから日が浅いため交流は無かったが、ファミリア全体に大きな影響力を持っていることは確かだ。セフィロスの刻んだ偉業の数々はロキ・ファミリア内においても語り草になっている。オラリオ最高峰の冒険者を普段から目の辺りにしているレフィーヤにしてもその逸話で語られる戦闘力や行動力は異常の一言に尽きた。

 

(一体どんな人なんだろう?)

 

 と、その時だ。

 

「お前らいい加減にしろ! 食事くらい黙って食べられないのか! ティオナもだ、食べ終わったなら邪魔だからさっさと食器を片付けてしまえ!」

 

 食堂が静まり返る。ハッ、と我に返るリヴェリア。

 

「すまん、少し気を張り詰めすぎているようだ。だがお前達はもう少し気を引き締めろ。ダンジョンで躯を晒したものに帰る場所は無い、ということをしっかり胸に刻んでおくんだ」

 

 食事を続けてくれ、と言い残し、リヴェリアは食堂を出て行った。

 さすがにこの状況で喧嘩を続けるほどティオナとベートは幼くない。ティオナはふんと鼻を鳴らし、ベートは忌々しげにチッと舌打ち、どちらともなく取っ組み合いを止めて席に戻った。

 

 ――ダンジョンで躯を晒したものに帰る場所はない。

 

 それは冒険者なら皆骨身にしみて理解していることだ。

 ダンジョンで死ぬ要因の多くはモンスターとの戦闘だ。敗北はそのまま死につながる。それも無残に死体を食い荒らされて、だ。例え仲間の死を看取っても、死体を持ち帰るのは極めて困難なことである。それも当然だ。自身も命の危険があるダンジョンにおいて――こういっては死した者への侮蔑にあたるかもしれないが――余計なお荷物を抱えて帰途につけるほど甘くは無い。

 残酷な話ではあるが、やむをえない話である。

 死した仲間や助からない仲間はその場に置いていく、というのがある種のダンジョンにおける通例となっている。

 

 ――それは油断はそのまま死を招くというダンジョンの恐ろしさを滲ませる話の一つだった。

 

 

 

 

 

 ◆     ◆     ◆     ◆

 

 

 

 

 

(今日の私はどうかしている)

 

 リヴェリアは深いため息をつきながら黄昏の館を見上げた。もう数え切れないほど見上げた尖塔は今も変わらず悠然とたたずんでいた。

 リヴェリアはいくつかの用事を済ませるためにオラリオの街に出ようとしていた。

 ダンジョンへの遠征とくれば数日単位、場合によっては数十日単位ともなる。今日の内に片付けておかなければならない用件がまだあるのだ。

 手には大きな袋を持っている。

 それらはセフィロスの部屋を掃除した際に出てきたひどい虫食いにあった服だった。長期の遠征に出るという事情から、近場のゴミ捨て場に衣類を出しに来ていた。

 ゴミ置き場に、セフィロスの服を捨てる。

 たった今、捨てた服の一枚一枚に思い出があった。中にはリヴェリアがプレゼントした物もあった。セフィロスがレベルアップした際にお祝いとしてレストランに連れて行った時に着ていた服があった。どれもこれも、その全てにセフィロスが袖を通していた記憶がある。

 それらを捨てるという行為は、まるで思い出の一つ一つを自らの手で削ぎ落としていくような、ひどい空しさを覚えた。

 

(本当に……どうかしているな)

 

 こんな程度のことで心動かされるなど情けない話だと自分でも思う。

 セフィロスが目の前から消えて、自分の心が徐々に衰弱しているように感じた。

 

 ――いつから私はこんなに弱くなってしまったんだ?

 

 その呟きは誰に聞かれるとも無く空に解けて消えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 

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