片翼の天使(笑)で剣をふるうのは間違っている   作:御伽草子

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 感想欄で次話は区切りの良いところまで書き上げる(キリッ)とか抜かしておいて、またも前編後編に分かれてます。笑ってくれてもええんやで。

 だ、だって好きなように書いてたら長くなっちゃったんだもの!

 区切りの良い所までだと書き上げるのにまだ時間が掛かりそうなので、前編後編という形で投稿する事にしました。
 ……速筆になりたい。









第六話【アイズの渇求】 前編

 

 

 

 

 

 ――【黄昏の館】室内訓練場

 

 

 

 

 

 

 それは三日月のごとき剣閃だった。

 少女が振り抜いた剣の一振りは刹那の閃きでありながら、大気が詰まっているだけの空間に、消えない痕を刻みつけるような鋭い軌跡を描いた。

 その剣のあり方は、まさに夜闇に浮かぶ月のようだった。その気高くもうら淋しげな姿が少女の振るう剣に重なった。

 心底に押し込めた弱さも己を発奮させるための情念となり、振るう剣は深みを増す。運命さえも捻じ伏せて取り戻すと誓った悲願が剣の重みとなり、強さを得るために我が身すら省みない苛烈さが剣の疾さとなった。峻烈な強さへの執念で熱せられ魂は、その歩みの前に立ちふさがった数々の艱難辛苦に打ちのめされる中で鍛錬され、研ぎ澄まされ、やがて己の宿願の前に立ちふさがるなら例えそれが怪物だろうが天だろうが、己の迷いも弱さも、すべからく斬り裂こうとする未完の神剣の形へと精錬された。剣と心のあり方を重ねた少女の歩みはやがてツワモノがひしめき合う迷宮都市オラリオにおいて最高峰の強さを誇る剣士の座へと至らせたのだった。

 

 剣と心を一つにする境地へと達したその剣閃は。

 

 ――ギンッ!

 

 しかし、事も無げに弾かれた。

 速度、タイミング共に申し分なかった。しかし隙を窺い必中を確信して放たれた斬撃は目の前の男には通じなかった。だがわずかな動揺があれど、張り詰めた意識の中でわずかでも緩みやほころびを生じさせるようでは戦闘者として三流以下だ。

 少女はむしろ奮然と剣を握り、舞うように連撃を見舞う。

 袈裟懸け、横薙ぎ、斬り上げ、逆袈裟、刺突。フェイントや体術も織り交ぜて、時に曲芸じみた体運びで翻弄しようとした。

 だが思いつく限りの手段を使っても、体に染みついたありとあらゆる戦技を駆使しても、そのどれもがまるで嵐に立ち向かう羽虫のように簡単に弾かれてしまう。

 相手の獲物も同じく剣。

 剣士と剣士。技量の差は隔絶としていた。今対峙している相手は彼女と比べようもないほどの遥か高みにいる剣士であった。

 

 ――炸裂する閃光は防がれた剣技の数だった。

 

 ――弾けた火花は跳ね除けられた斬撃の数だった。

 

 静寂を掻き毟るように、間断なく剣戟の音が鳴り響く。

 全身の骨が軋んでいた。限界を超えた挙動に四肢は燃え上がり、心臓は破裂しそうなほど激しく脈打っている。吸い込んだ空気は焼け焦げた鉄の匂いで、吐き出した肺の中の空気は喉が擦り切れるように鋭くて熱い。

 己が積み上げた研鑽を束ねて、連ねて、余すことなく叩きつけた。

 しかし、届かない。それがたまらなく悔しく、苛立たしく、やるせなく。

 たまらなく。

 

 ……嬉しかった。

 

 その一瞬一瞬は、より高みへ、より強くなっていく己の姿を鮮明に捉えられた。

 ずいぶん手加減してくれているらしい剣士の技が、動きが、自分に教授してくれるものには千金の価値があった。真似てみろ、もっとこうしてみろ、追い縋ってみろ、そう言わんばかりに吹き荒れる剣戟の嵐の中で魅せられた卓越した戦技は少女の動きにも見事に調和した。

 今、少女は目の前に確かな〝道〟を見た。ただ闇雲に、がむしゃらに、前へ前へと隘路とすら呼べない藪の中を突き進んできた今までとは違う。一撃、一撃の中で自分の技が研磨されていくのを感じる。高揚して研ぎ澄まされていく精神と、熱を持っていく肉体が限界という殻を破る。弱い自分が一合一合、剣を合わせる中で強くなっていくのを感じた。

 ひた走る少女の眼前に、強さの高みへ上り詰めるための黄金の〝道〟が明瞭と拓けていた。それを為しているのは、導いていてくれているのは……。

 

 ああ、と少女の口から恍惚と吐息が漏れた。

 

 やっぱり、あなたが……

 

 少女――アイズ・ヴァレンシュタインにとって目の前にいるセフィロス・クレシェントこそが、自身の力の理想として追い求めていた存在そのものだったのだ。

 

 だが、まだ足りない。

 

 間違いないのだと、そう確信させてくれるものが欲しい。

 それを見極めるために、限界すら超えた今の自分の全てを余すことなくぶつけようと、アイズは全身に力をみなぎらせた。

 跳躍。振り上げた剣をセフィロス目掛けて振り下ろす。当然今までありとあらゆる技巧を一蹴した剣士にそのような技とも呼べぬ単調な一撃は通用しない。難なく防がれ、お返しだとばかりにセフィロスは鍔迫り合う剣を力任せに振りぬいた。アイズを後方へ吹き飛ばす一撃、しかしアイズはただ吹き飛ばされるのではなく、セフィロスの斬撃を利用して力の向きをほんのわずかだが何とか逸らし、中空高くに飛び跳ねた。宙返りをして体勢を整えたアイズは天井にほど近い壁に激突するように足を着けた。靴の裏の内壁は巨大な鉄球が叩きつけられたように陥没している。アイズの全身の骨や筋肉、とりわけ膝には大きな負担が掛かかる。ともすれば崩れ落ちそうになる衝撃に全身を焼かれそうになりながらも、アイズは奥歯を砕けそうなほど噛み締めた。四肢に力を込める。

 

 ――これが、最後の……ッ!

 

 【目覚めよ(テンペスト)

 

 短いながらも玲瓏と呟かれた『詠唱』。

 アイズの唯一にして攻防一体の付加魔法(エンチャント)『エアリエル』が発動する。風は変幻自在、時に万敵を打ち砕く轟風となり、時にあらゆる万撃から身を守る鎧となる。アイズを中心にして生み出された風が渦を巻く。嵐と呼ぶにも生温い超高圧の烈風が周囲一体に轟々と逆巻いていた。吹き飛ばされた瓦礫が壁に激突して砕け、訓練場そのものがみしみしと軋みを上げるほどの風の暴力。並みの人間なら立っていることすらままならない暴風は、だがそれですら余波でしかない。轟風の奔流は今アイズの手の中にある。

 風がうねりをあげながら回転して速度を増す。

 セフィロスが剣を構えた。半身をずらし、背中が見えるほど上体を引き絞った。

 正面から迎え撃つつもりだ。

 これからアイズが放つ一撃の破壊力を知る者なら、それは無茶だ無謀だとなじるだろう。レベル差があろうとただの剣の一振りで抗うには不可能と断ずるほどの一撃なのだから。

 猛る風は龍のごとく鎌首をもたげ、獰猛な顎がセフィロスに向けられる。

 

 瞬間。解き放たれた。

 

 一点突破。剣の切っ先を敵に向けてかまえ、風を纏い、風で加速し、刺突に載せて放たれる、立ち塞がる全てを貫き穿つ風の螺旋錐。【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインの渾身の一撃にして、最大の奥義。

 

 ――リル・ラファーガ!

 

 刹那が限りなく引き伸ばされた。極限と極限が交差する瞬間、セフィロスが大きく一歩を踏み込むのが見えた。

 そして。

 繰り出された斬閃は、先ほどまでの斬撃が児戯に思える程のものだった。

 大気の悲鳴が鳴り響いた。皹の入った硝子を覗きこんだように周囲の景色が歪んだ。

 手から抜けた剣が、離れた地面に突き刺さった。何が起こったか理解した瞬間アイズの思考は驚愕で埋め尽くされた。

 

 そんな、ありえない……でもっ。

 

 セフィロスのただの一撃。ただの剣の一振りで。

 

 ……風が、砕かれ(・・・)た。

 

 意識が朦朧となる。

 砕けて千切れた風がほころぶように解けて、地面に倒れ行くアイズを柔らかく包みこんだ。普段戦闘で使用しているような轢断の嵐ではなく、それは本当に、優しい風だった。

 

 白やんだ意識。茫洋の彼岸の中で、アイズは……夢を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第六話【アイズの渇求】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とっぷりと日が暮れ、西の空に滲んでいたわずかな薄明も波が引くように遠く山稜の彼方へと消えていく。帳が落ちた暮夜を、魔石灯の明かりが粛々と照らし始めていた。

 ロキ・ファミリアのホーム【黄昏の館】の正門前には二人の門番が立っていた。彼らもまた主神であるロキに〝神の恩恵(ファルナ)〟を授かった冒険者である。双方共にLv.2であり、上級冒険者にカテゴライズされる者達である。

 冒険者達がダンジョンに潜る際に、力の指標としているものがステイタスである。ステイタス――神の恩恵(ファルナ)神血(イコル)を媒介にして刻まれた【神聖文字(ヒエログリフ)】が対象の能力を引き上げる効果を発揮する。

 基礎的な身体能力において神の恩恵(ファルナ)を授かった者と、そうでない者との間には霄壤の差があった。

 それも当然だ。

 例えダンジョン上層に徘徊している比較的弱いとされているコボルトでさえ大の大人が束になって挑んでも勝てるかどうかという怪物である。それらを路傍の石のごとく蹴散らす冒険者達の力たるや文字通り神がかっていた。

 そんな冒険者の能力にも階級がある。それがLvだ。神の恩恵(ファルナ)を授かったばかりの冒険者は軒並みLv.1であり、様々な出来事……例えばモンスターを倒すことによって得た【経験値(エクセリア)】が神の手によって抽出され、冒険者達の背中に刻まれた【神聖文字(ヒエログリフ)】を更新する事によって、彼らは自身の能力を向上させるのだ。 しかし自分自身が〝力〟を受け入れるための器であるとするなら、器を満たす力の容量には限界があり、それがそのままその者の到達できる強さの限界となる。

 Lvとは器の大きさであり、ランクアップとは器の拡張である。

 Lv.1と2の間には大きな力の差がある。Lv.1とは冒険者としてはまだまだ駆け出しの領域であり、Lv.2に到達する事で冒険者固有の二つ名を得る事が出来るのだ。

 ランクアップには多大な労力を必要とするため、その道程で命を落とす者は数知れず、Lv.1のまま燻っている冒険者も迷宮都市には無数に存在する。冒険者達の力関係はある種のピラミッド型構造になっている。Lv.1がもっとも多く、2、3、と階級を上げるごとに分子は少なくなっていく。迷宮都市で最高峰と呼ばれるLv.5以上の第一級冒険者など数えるほどしかいない。オラリオで最大規模を誇るロキ・ファミリアでさえ両の指数に足りないほどの人数しか在籍していないのだ。

 Lvを一つ上げるだけでも血反吐を吐くような修練と修羅場を潜り抜ければならない。Lv.3、4の第二級冒険者はおろか、Lv.5や6など雲の上。ましてやそれ以上のLvに到達した者となるとオラリオにたった二人だけであり、その超常的な強さたるや、まさに天蓋の王座に君臨する豪傑であった。

 黄昏の館の門を守る彼らもまたLv.1を脱却して、つい最近二つ名を拝命したばかりである。ロキ・ファミリアに入団して神の恩恵(ファルナ)を授かっておおよそ三年。一般の冒険者からすれば十分すぎるスピードでのランクアップである。迷宮都市オラリオ屈指のダンジョン探索系ファミリアであるロキ・ファミリアの潤沢なバックアップもさることながら、定めた目標にめがけてひた走った本人達の奮闘の賜物であった。彼らはまだ年若い。若いゆえのうぶな活力にあふれ、やや向こう見ずに邁進する傾向にあるが、それが良い方向に彼らの成長を促していた。

 しかし強くなる事に愚鈍ななほどひたむきになれる彼らにとって、門柱に張り付いたままの現状に愚痴の一つも零したくなるというものだ。

 

「俺達は今日も明日も明後日も門の警備かー。あー今日も明日も明後日もー」

「うっさいわね、何度も言わないでよ。しょうがないでしょ、ほとんどのメンバーはダンジョン遠征で出払っちゃうんだから」

 

 ダンジョン探索系のファミリアであるロキ・ファミリアにとって、最も重要かつ在り方そのものといえるダンジョン遠征が明日に迫っていた。幹部級を含めた第一級冒険者達はもちろん選ばれた精鋭メンバーによるダンジョン未到達階層への挑戦。

 そう、選ばれた(・・・・)精鋭達、がだ。

 二人は同時にため息をついた。

 

「分かってたんだけどさぁー、いざ選ばれなかったってなると気落ちしちまうよな」

「言うなって言ってんのに、この男ときたら」

 

 彼女とて落ち込んでいるのだ。ダンジョン遠征といえば、ロキ・ファミリアにとっての一大イベントである。目指すはダンジョンの遥か深層、長期間をかけて未到達階層である59階層を目指すのだ。未知という名の浪漫を追い求める冒険者にとって誰も知らない世界への挑戦に胸を熱くしないはずがない。もちろん命の危険はあるが、それも織り込み済みで冒険者になったのだ。今際の際のことなど考えてもしょうがない。

 二人はまだレベル2になったばかりである。レベルが一つ上がるだけで基礎能力が今までとは比べようもないほどに跳ね上がる。まだ自分自身の力と性能を十全に理解していない者を、色濃い死の匂いが香り立つ深層への遠征に連れて行くのは無謀だ、という、団長であるフィンの決定であった。

 二人とてその辺りは理解しているのだが、納得はできるかというと話は別である。むしろランクアップしたばかりで体中をみなぎるあふれんばかりの力を思う存分に振るいたかった。冒険者を目指す者の動機は様々だが、少なくともこの二人は浪漫や一攫千金といった冒険者にとっては健全な動機が志望理由である。迷宮都市オラリオ屈指の一大派閥であるロキ・ファミリアのダンジョン遠征への参加は、自身の力が認められた証であり、命知らずな探究心をこれでもかと満たしてくれ甘露である。

 ランクアップしたし今回こそは、と意気込んで結果は「また今度な」だ。気落ちしても仕方が無かった。

 二人は背後のロキ・ファミリアのホーム【黄昏の館】を見上げた。

 天に衝きたてられた峻険な尖塔のシルエットが、夜空を墨で塗りつぶすように聳えている。宵闇の中においては、ぬらりと見下ろす幽鬼のように不気味に見えるが、今は俄かに活気だっているのを二人は知っていた。なにせ此度の遠征の決起集会がそろそろ大食堂において開かれるはずだ。神ロキや遠征に参加するメンバーはもちろん、留守を預かるメンバーも参加予定である。参加しないのは運悪く門番のローテーションにぶち当たった彼らだけである。

 疎外感が彼らの落胆に拍車をかけていた。

 

「あ~ダンジョンダンジョンダンジョンダンジョン、それダンジョンダンジョンダンジョンダンジョン~」

「この野郎……」

 

 いい加減その野暮ったい口を力づくで閉じさせてやろうか、と物騒な事を考え初めていると、夜影の中に人影が見えた。二人組である。一人はよく知っている姿だった。

 

「ちょっとちょっとっ」

「ん、なにお前も一緒に歌う?」

「歌うかっ! いやそもそも今の歌だったの? イヤ、そうじゃなくて前、前ッ」

 

 前を向いた男が「ぬわっ」と小さくうめき声を漏らした。二人は背筋をピンと伸ばし肩を張り、直立不動の体勢で近づいてくる人影を迎えた。

 

「おかえりなさい!」

「お疲れ様ですリヴェリア様!」

 

 リヴェリア・リヨス・アールヴ。神も嫉妬するほどの美貌を持ったハイエルフの麗人であり、彼らの所属するロキ・ファミリアの副団長である。

 

「うむ、お前達も御苦労。何事も無いと思うが警戒は怠るなよ」

 

 リヴェリアは鷹揚にうつむき、気の緩んでいた二人にさりげなく叱咤する。二人は内心びくりとしながら腹に力を込めて大声で「ハイ!」と答えた。

 

「あの……そちらの方は?」

 

 二人はリヴェリアの隣にいる男に目を向けた。リヴェリアと共にやってきたということはロキ・ファミリアの関係者であるはずだが、現在幹部も含めた他の団員達は決起集会のため大食堂にいるはずである。全身を覆い隠すようにローブをすっぽり被っている。妖しい。だがリヴェリアと一緒に来たということは少なくとも不審者ではないはずだ。

 自分達にとっては雲の上の存在であるLv.6の冒険者にして、所属するファミリアの副団長であるリヴェリアに問い質すのは不敬に感じるが、かといって素通りさせたら職務怠慢ではないだろうか。いやでも副団長が招き入れた人物なら、問題無いということか。

 二人の逡巡に、リヴェリアは苦笑しながら隣のローブの人物に発話した。

 

「ホームに着いたんだから、お前もいいかげんそのローブを脱げ」

「ああ、そうだな」

 

 男の声だった。被っていたフードを脱いで、現れた顔に、二人はハッと息を呑んだ。恐ろしく整った彫りが深い顔立ち。さらりと揺れる絹のように線の細い銀色の髪。その顔に、二人は見覚えがあった。

 

「もしや、セフィロス様でいらっしゃいますか……?」

 

 男が驚愕に目を瞠りながら問う。女も口をぽかんと空けていた。

 セフィロス・クレシェント。

 彼らと同じくロキ・ファミリアの一員であり、ファミリアの根幹を支える幹部でもある。しかし五年前に特別任務でオラリオを離れていた。三年前にファミリアに所属する事になった二人との接点は皆無である。しかし彼の肖像はその武勇や逸話と共に世界中に広がっている。生ける伝説であり英雄と謳われる男――

 

「リヴェリアはともかく、俺には〝様〟などつける必要はないぞ」

 

 彼は――セフィロスは苦笑と共に首肯した。 

 

「私はともかくと言われてもな、別に強制した覚えは無いのだが」

 

 リヴェリアのぼやきを他所に、二人は最大限の礼の形をとった。

 

「いいえ! そういうわけにはいきません!」

「市井にまで轟く数々の武勇、御身と所属を同じくする我らロキ・ファミリアの団員全てにとっての誉れであります!」

 

 ガチガチに緊張して声が上ずっていた。

 そんな二人の様子にリヴェリアは「だとさ」と忍び笑いをもらす。

 セフィロスがあまり格式ばった持ち上げ方をされるのを苦手と知っていて、怜悧な表情に稚気を滲ませて笑っていた。セフィロスは黙って肩をすくめておどけてみせた。

 

「ああ、ありがとう。今、帰った」

「長期に渡る都市外での任務お疲れ様でした!」

「お疲れ様でした!」

 

 彼らはまだ新米を脱却したばかりの冒険者である。彼らが冒険者という道に進んだのも、ロキ・ファミリアに入団した理由の中でも、セフィロスの存在は決して小さいものではなかった。冒険者の頂点であり、憧れの英雄を目の前にして二人の目は憧憬と歓喜に潤んでいた。

 

「早く来いセフィロス、時間が押している」

「ああ、分かった」

 

 二人の横を通り抜け【黄昏の館】に入っていく間際、セフィロスは「がんばれよ」と肩を叩いて中に入っていく。

 リヴェリアとセフィロスが去ったのを見届けた二人は肩からドッと力を抜いた。

 

「……すっげぇ」

 

 男がつぶやいた。女も惚けたように「うん」とつぶやくだけだった。

 ただそこにいるだけで敬服せずにはいられない威容と、自然と肌が粟立つような穏やかな覇気。ありていに言えば、纏っているオーラが違った。

 あれが英雄セフィロスか、と妙に納得すると共に、彼に叩かれた肩が熱を持ったように熱くなる。感触を思いだすかのように、恐る恐る肩に触れる。自分の体だと言うのにまるでそこだけが触れるのさえ戸惑われる珠玉のように感じた。

 伝記や戯曲、夢と口伝の中で編まれる英雄との邂逅に、先ほどまで虚しさに冷めていた二人の冒険者の胸中はいつの間にか熱く焼け焦げていた。

 

 

 

 

 

 ◆     ◆     ◆     ◆

 

 

 

 

 

「誰もいないな」

「明日には遠征を控えている。今頃は大食堂で決起表明会のために集まっているだろうさ」

 

 リヴェリアとセフィロスは塔の集合体である【黄昏の館】の中央塔、上階へと延びる螺旋階を上っていた。

 

「お前は行かなくていいのか、副団長殿?」

「まだ時間はある。今はこっちが先だ。まったく……事前に連絡の一つも入れず突然帰って来おってからに、この放蕩者め」

 

 中央塔の最上階に、このファミリアの主神であるロキの私室があった。

 螺旋階段を上りきり、木の扉をノックする。

 

「ロキ、入っていいか?」

 

 誰何の声に、室内から「ええよー」と間延びした声が聞こえた。

 ファミリアの主神であるロキの室内は、一言で現すなら〝酒場の雑音〟であった。多種多色の酒瓶がそこかしこの棚に所狭しと置かれえており、一体どういう意図で置かれたか分からない彫像。重厚な歴史書や学術書、小説やファッション詩、低俗なサブカルチャーまで網羅した本の数々が散乱している。他にも異国感溢れる装身具に、宝珠やら、短剣やら、絵画やら、様々な趣向の品々が雑然と交じり合っている。部屋は主の性格を反映するというが、この部屋は移り気で気まぐれな神々の気質を顕著に現していた。

 ロキは部屋の中央でスツールに浅く腰掛け、グラスでワインを煽っていた。微酔で頬はわずかに赤みがかっている。

 

「おぉ~、リヴェリア。どうしたんや、ひょっとして決起集会もう始まるん? 今、準備してるとこ、もうちょい待っといてー」

 

 朱色の髪を後ろで束ねており、完成された美麗な顔立ちに人懐っこい笑みを浮かべてニヨニヨと笑っていた。 

 神としての威厳もへったくれもない風体だが、当の本人が崇拝やら奉りなどの堅苦しいものを一切望んでいないので、基本的にロキ・ファミリアの団員達は己の主神に対して敬いや畏敬とは無縁の接し方をしていた。

 リヴェリアは嘆息しながら、ロキの足元に転がっている酒瓶を胡乱げに見つめた。

 

「準備って酒煽ってるだけだろうが。いや、お前に引き合わせなきゃいけない奴が来たのでな」

「はあ?」

「入るぞ、ロキ」

 

 続いて入室してきた人物に、普段は糸のように細められた目も今回ばかりは大きく見開かれていた。ロキは酔いも忘れ唖然とつぶやく。

 

「……………………セフィロス?」

「ああ、久しぶりだな」

「お、おま……っ、いつの間に帰ってき……わたぁッ!?」

 

 慌てて立ち上がりセフィロスに駆け寄ろうとするロキだったか足元に転がっていたビンに躓いて顔面から地面に激突した。

 予想通りの痴態に「くくッ」と吹きだしたリヴェリアの頭を軽く小突いてから、セフィロスはロキに歩み寄った。

 地面に突っ込んだ姿勢のまま微動だにしない。

 

「おい、大丈夫か?」

 

 声をかけるが反応が無い。いよいよ打ち所が悪かったか、と思いきや。

 

「せふぃろぉぉぉす!!」

 

 倒れ伏した状態から、突如ゾンビのように顔を上げ、がっしりとセフィロスの腰に抱きついた。

 

「あーもう! ホントもう! なんやなんなんや、自分帰ってくるなら連絡くらい入れんかい! っていうか旅してる最中にも手紙の一つくらいよこさんかいッ!」

「すまなかった。それにしても何だ……壮健そうでなによりだ」

「あー壮健やとも! 自分でもびっくりするくらい壮健や! 壮健万歳!」

 

 バンザーイバンザーイ! と酒が入っているせいか謎のテンションで何を言っているのか意味不明であったが、眷属のオラリオ帰還を喜んでくれていることは間違いなかった。

 

「では、私は食堂に行っている。ロキとセフィロスは準備してからゆっくり来るといい」

 

 主神と眷属の久方ぶりの再会を邪魔するのも野暮というものだろう。ほのかに笑いながら、そう言い残し、リヴェリアは部屋から出て行った。

 ロキは「あいよー」と返事を返してから、うきうきと上機嫌で机の上から新しいグラスを持ってきてセフィロスに差し出す。片手には火がつく度数の酒瓶が握られている。

 

「ホンマ、よ~帰ったなセフィロス! うんうん! よ~帰った! まあ、あれや……まずは駆けつけ一杯、ほら飲めや!」

「準備してさっさと来い!」

 

 去ったと思ったリヴェリアが扉の端から顔を覗かせ怒鳴りつける。ロキの行動は想定の範囲内だったらしい。ちぇー、と口を尖らすロキ。釘を何度も刺して、リヴェリアは今度こそ食堂に向かったようだった。

 その後ロキは準備――というか軽く身だしなみを調えただけなのだが――を終えて、セフィロスと二人遠征の決起集会が行われる食堂へと歩を進めていた。

 

「……ほお、噂には聞いていたが、皆ずいぶんがんばっているようじゃないか」

「皆つよなったでー。特にティオネ、ティオナ、ベート、それにアイズたん!」

 

 とりとめのない会話を重ねる中で、ロキが妙にそわそわというか、何かを言いかけては口ごもるといった仕草を繰り返している。

 

「ロキ、他に言いたい事でもあるのか」

「…………なんで、そう思うん?」

「さすがにそこまであからさまではな。珍しいじゃないか、天界にいたころは悪神などと呼ばれていたあなたが、そこまであからさまに動揺しているなんて」

 

 セフィロスの言葉にロキは歩を止めた。

 

「うー」と頭を掻き毟ってから、意を決してセフィロスに聞きたかった事を尋ねた。

「なあ……自分、ウチのこと恨んでるか?」

「なんだそれは?」

 

 ロキにとってセフィロスがオラリオを旅立つ原因となった五年前の事件は後悔に濡れた思い出だった。事件の引き金を引いたのはロキ自身であり、セフィロスの人生を狂わせてしまったのも自分自身。あまつさえ、結果的にセフィロスをオラリオの外に追いやらねばならなくなってしまい……他ならぬセフィロス自身がこのファミリアを守るためにと、その決断を下した。それがロキ自身を苛んでいる罪過の形だった。

 

「親は子を守らなアカンのになぁ」

 

 ロキは自嘲気味に呟いた。

 それにセフィロスは毅然と答えた。

 

「恨んでなんかいないさ」

「だけど」

 

 否定の言葉を重ねようとしたロキは、セフィロスの瞳を見て口を噤まされた。下界に降臨した神は神力を封印して零能へと身をやつしている。そんな神々でも下界の子供達の嘘を嘘と見抜く力は残っている。

 ロキは気づいた。セフィロスは本当に恨んでいない。何一つ嘘偽り無い気持ちで、恨んでいないと言葉を紡いだのだ。

 

「たしかにあの事件によって俺の人生は思いもよらない方向に進んだ。だが、それを不幸と決め付けるな。このオラリオを離れていた時間で新たに見えた景色があり、育んだ誓いがある。例えこれから先の未来でどんな運命が俺を待ち受けていたとしても、俺は折れない、曲がらない、砕けない」

 

 だから、と言葉を繋げた。

 

「これからも見守っていてくれないか? 俺の、もう一人の――――」

 

 母さん。

 

「…………ッ、そ、そっかぁ……」

 

 それからロキは、笑った。

 空を仰いで、手で目を塞ぎ、零れ落ちそうになるソレを必死にこらえ、大きな声で笑った。

 

「あー、まったく! こんのっ、いつの間にか小生意気なこと言うようになってからに! この間までこぉんなに小さかったのになぁ!」

「なんだその指と指の間隔は、俺は豆粒か何かか?」

 

 ケラケラと笑うロキ。

 ひとしきり笑った後。虚空を見つめ、ぽつりとつぶやいた。

 ああ、まったく。

 

「ホント……可愛いなー、子供達は」

 

 ここではないどこか遠くを見つめる瞳は何を想っているのか。

 

 ……きっとそれは、彼女達のような悠久の時を生きる者にしか分からない何かなのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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