腰の剣を抜き、虚空を一閃させる。
鋭くも清澄な風斬り音が、夕闇を弾く銀閃と共に繰り出された。一つ、二つ、三つ、と続けざまに放たれる大気を斬り裂く斬撃は、徐々に裂度を上げていく。身をひねり、腕をしならせ、大地を踏み抜く。煌びやかさとは無縁の凍てついた刃が縦横無尽に振るわれ、黄昏を斬り刻む。
それは剣舞と呼ぶには型の纏まりが無く、我武者羅と言うには鮮麗で勇壮な練武の剣嵐だった。
少女の細腕から生み出されているとは思えないほど斬撃はあまりに鋭く、いつまでも残るような軌跡に、斬り裂かれた大気そのものが姿形の見えない剃刀の刃に変容してしまったとすら思えた。
アイズ・ヴァレンシュタイン。【剣姫】の二つ名を持つ彼女は迷宮都市オラリオにおいて最高峰の剣士の一人である。
愛らしくも美しい、人形のように整った面立ちは、今は凛然と固められている。柳眉を逆立て、唇を真一文字に引き締め、瞳の奥の光は執念と克己心で燃え上がっていた。膝に届きそうなほど長く美しい金の長髪が、彼女が剣を振るい身を躍動させるたびに黄昏に踊っている。
強く、なるっ。
胸を焦がすほどに想い描き、狂おしいほどに願い抱く。
剣を握った手を事更に強く握り締める。強張った腕の筋肉を力任せに振りぬく。
何よりも強さを追い求める少女の、それはまるで己に課した誓いのようでいて、呪いのようでもあり……。
「あ、いたいたー、アーイーズー!」
誰何の声が、自己の世界に埋没していたアイズを呼び戻した。剣を振るう手を止め、声が投じられた方を見遣る。
「まーったく、こんな日にまで鍛錬なんて駄目だぞーっ」
呆れたような、困ったような声色で、近づいてきたのはアイズとそう変わらない年齢の小柄な少女だ。
「……ティオナ」
アイズが少女の名前を呟く。
ティオナ・ヒリュテ。褐色肌が特徴的なアマゾネスの少女で、種族的な性質によるものか己自身を誇示するように肌の露出面が多い装いである。整った顔立ちに生来の天真爛漫な気質が溢れだしており、親しみやすく愛くるしい雰囲気を纏っている。しかし彼女もまたアイズと同じく迷宮都市最高峰の実力を持つ第一級冒険者の一人である。二つ名は【
「もう決起集会始まっちゃうよ。それに明日は朝早くに遠征に出発するから、今日はしっかり体を休めるようにって
咎められたアイズは罰が悪そうに視線を地面に這わせる。
「……うん、ごめん」
うなだれたアイズの肩に手を置くティオナ。アイズは普段から表情が乏しく、ともすれば完成されすぎた容姿と相まって本当に人形のように見える。しかしティオナは揺れ動く瞳の奥で渦巻く焦燥を感じ取っていた。アイズの親友を称する彼女は、アイズの心の機微については事更に敏感であった。
「もうちょっと肩の力抜こうよ。そうしないと本当に必要な時に、力が出せなくなっちゃうよ。うーん、つまりなんていうか……あー、うん……もうっ、とにかくアイズはもうちょっと気を緩めることも必要だってこと! あともっとあたし達を頼って!」
うまい言葉が見つからなかったティオナはやや強引にまとめると、「さ、いこ?」とアイズの手を握る。足りない言葉は行動で補うといわんばかりに、アイズの手をやや強引に、それでも優しく導くように引っ張って決起集会の会場へと向かっていく。
ティオナ自身、アイズが背負っているものの重さはおぼろげながら理解していたし、覚悟の程は見ているこちらが痛ましいほど見せつけられてきた。自分も大概向こう見ずだと思うが、アイズはそれ以上だ。単独でモンスターの群れの中央に突っ込むなど茶飯事であるし、ダンジョン攻略においては敵陣に攻め込むための取っ掛かりになる〝穴〟を穿つ急先鋒として頭抜けた突破力を誇っている。だがティオナにはそんなアイズの姿に、まるで迷子の子供が親を求めてどこともしれない虚空に手を伸ばし続けている姿を幻視した。躓き、転んで、壁にぶつかり、体中痣だらけになり、傷だらけになり、それでもひたすらに手を伸ばし続けてるか弱げな迷子の背中が、怪物達の群れの前で臆することなく昂然と対峙する【剣姫】の背中に重なるのだ。
ティオナはアイズに対して憧憬のような感情を抱いていた。戦う力を重きに置くアマゾネスとして強者に対する畏敬の念もあったが、自分には無い楚々とした美しさの奥に秘められた烈火のごとき強き意思、弱さも強さに変えて己の道をひた走るアイズ自身の強さが、なによりまぶしかった。
しかし宿願にかけた想いの強さが、そのままアイズの強さなのだとしたら、その背負った宿願の重みがいつかアイズ自身を押しつぶしてしまうのではないかという不安を、ティオナは拭いきれずにいた。
もしアイズが倒れそうになったら支えるのはファミリアの仲間達で、何より自分が最初に駆けつけてみせると心の中で静かに誓っていた。
「今日はたっぷり休んでさ、明日からの遠征がんばろうよ、ね?」
「……うん」
そんなティオナの言葉に感謝しながらも、アイズはティオナに引かれているのとは反対側の自分の手の平を見つめる。
Lv.5にランクアップして三年。最近はステイタスの伸びが悪くなってきたのをハッキリと感じ取っていた。基本アビリティは【力】【耐久】【器用】【敏捷】【魔力】の五項目で現され、それぞれが0から最大999の熟練度で能力の高低が示される。例えば【耐久】を上げたいのであれば、ひたすらモンスターの攻撃や、訓練などの中で打ち据えられる痛みに耐えれば数値は上がっていく。【魔力】を上げたいのであればひたすら魔法を使えばいい。剣士として最前線で剣を振るうアイズは【器用】と【敏捷】の値が比較的高くなる。それにくわえ『エアリエル』という攻防一体の万能魔法を、自身の戦術の支柱にしているアイズは【魔力】の値がずば抜けて高い。
しかし熟練度は上がっていくごとに徐々に上伸する数値の幅が小さくなっていく。最近のアイズでは、例えダンジョンの上層から中層にかけて跋扈するモンスターを何十、何百匹と倒しても、【力】や【敏捷】の値が2から3ほど上がる程度のものだった。
最後にステイタスを更新した時の数値が、
Lv.5
力 :D549
耐久:D540
器用:A823
敏捷:A821
魔力:A899
である。
もしかしたらLv5という自分の器にとって、今の数値が頭打ちなのかもしれない。
成長の著しい停滞が、アイズの心を苛んでいた。
強くなろうという意思はとめどなくあふれ、この矮躯から零れ落ちるほどだというのに、力を込めれば込めるほど大きく空回りしてしまっているような現状がもどかしくてたまらなかった。なまじっか自身の力の成長が、ステイタスの数値の向上というハッキリとした指標で現されてしまっているのが、今のアイズの焦燥に拍車をかけていた。もはや中層までのダンジョン攻略で今以上の成長は見込めないだろう。
だからこそ今度の遠征はよりいっそう力が入ろうというものだ。
目指すは強力なモンスターたちが跋扈するダンジョン深層。得られる
握り締めた自分の手を広げ、はたと見つめる。線の細い子女の指。自身の肥大する強さへの渇望に比べてそれはあまりに小さく、頼りなく見えた。
時折、自分のしている行動がこれで本当に正しいのかと思うことがある。果ての見えない荒涼たる大地に一人佇んでいるような、そんな虚無感に苛まれる。戻る道などとうに見失っている。目指す目的地も、霞む地平の遥か彼方で、それも本当にあるのか分からない。
今の自分の姿が悲願という名のガワを被っただけの、がらんどうの人形のように思えることがある。人形……たしかに自分は人形のようだと揶揄されることがある。己の主神や仲間達曰く、自分はそれなりに整った容姿であることが人形と呼ばれた理由だと言われる。アイズ自身には己の容姿の美醜などさして気にした事など無かったが、人形と呼ばれた理由が自分の変化の無い表情にあることが理由の一つでもあることは理解している。鏡の向こうの自分はいつだってニコリともしない。怒る事も無ければ、悲しむ事も無い。自分自身に感情が無いのかと問われてもそんな事はない。しかし例えばティオナのように笑うときは口を開けて笑って、悔しがるときは地団太を踏んで悔しがって、怒るときは体全体で怒りを爆発させる。そんな風に今目の前にある人生を全力で謳歌している姿を端で見ていると、どうしようもなく、まぶしく見える。
自分といえば、自身の感情の所在が分からなくなる時があるというのに……。
――私は、本当に……強くなれているのだろうか?
ここまで来るのに、どれほど多くを失い、この指の間からどれほど多くのモノが零れ落ちていったのだろうか。
いくら考えても答えは出そうに無い。だが、それでも。
ひたすら、前へ。
前へ。
前へ、と突き進むしか、道は、ないのだ。
◆ ◆ ◆ ◆
二人が食堂にたどり着くと、すでに鼻腔をくすぐるおいしそうな匂いが満ち満ちていた。大食堂は、ロキの「飯はいるもん全員でとる」という方針もあり、この何かと手狭で雑多な造りの『黄昏の館』の中では、かなり大きな床面積がある。ほぼファミリアのメンバーが全員集まっているため、整然と並ぶ椅子の間を縫うように移動しなければならない。
「わぁ~、おいしそーっ」
ティオナが入り口近くの他の団員の料理を覗きこんで歓声を上げる。覗きこまれた団員も。まあティオナさんだし、と苦笑を零すのみだった。アイズもちらりと見てみる。テーブルの上には所狭しと数々の料理が並べられている。明日の遠征に向けて精力をつけるために肉料理が多く、どれも濃い目の味付けになっているらしく香ばしいソースの香りと、立ち込めるポタージュ系のスープの香りが絡み合いお腹を刺激してくる。どの料理も普段の食事より豪勢であり、なるほど、これはたしかにおいしそうだ。
ダンジョンに長期に渡ってもぐるとなると、大量の物資の運搬が困難になるため料理と呼べるほどのまともなものは中々食べられなくなる。決起集会の夜にこうして大盤振る舞いしてくれるのはありがたい話だった。
「二人ともー、こっちよこっち」
声が聞こえた方を見ると、ティオネがいた。
ティオネ・ヒリュテ。ティオナの双子の姉だ。彼女もまたLv.5の第一級冒険者であり、二つ名は【
「……って、アイズ。あんたそれ」
ティオネは呆れたように目を細め、アイズが手にしている鞘に収まった細剣を睥睨した。慌てて背中に隠すアイズだったがもう遅い。
こんな時まで鍛錬していたのかこの子は……と、一言文句をつけようかと思ったティオネだったが、アイズの脇に立っていたティオナがウインクをしてきた。もうティオナに絞られた後だと思い至り、「ほらさっさと座りなさい」と着席を促すのみだった。
「アイズさん、私の隣の席にどうぞ!」
エルフの少女、レフィーヤ・ウィリディスは自分の席の隣の空席にとアイズを誘った。
山吹色の髪を後ろで一まとめにくくっており、耳は槍の穂先のように尖っている。彼女はエルフと呼ばれる魔法に精通した種族であり、まだLv.3ではあるがその類まれな魔法の才能から、ロキ・ファミリアの副団長であり迷宮都市最高の魔法使いと謳われるリヴェリアの後釜になるのでは、と期待を寄せられている冒険者である。
レフィーヤは美しく強いアイズに対して憧れを通り越して、やや崇拝のような感情を抱いていた。
「うん、ありがとう、レフィーヤ」
ストン、とレフィーヤの横の席に座ったアイズに、レフィーヤは小さくガッツポーズをとった。
「んじゃあ、あたしの席は、と…………ゲッ」
ティオナも空いている席に座ろうとして、その隣の席で陣取っている人物を見て、嫌そうにうめき声をもらした。
「ああっ?」
件の人物はというと、ティオナの不満たらたらな視線を受け、むしろその視線をぶち破るような鋭い眼差しで睨みつけてきた。
ベート・ローガ。その青年もまたロキ・ファミリアの誇るLv.5の第一級冒険者の一人である。二つ名は【
「ええー、ベートの隣ぃーッ?」
あからさまに嫌そうな顔をするティオナに、むしろベートこそ忌々しげに下打ちをした。
「おい、くるんじゃねえよ。横でやかましく騒がれたんじゃせっかくのメシがまずくなる」
「何だってー!? ベートったら、本当はアイズに隣に座って欲しかったからってスネてんだー、このヘタレ狼ーッ!」
「は、はぁっ!? 突然何わけわかんねえこと言ってやがるんだ!? テメエは食い残しの残飯でも食ってやがれ!」
顔を突き合わせ、メンチをきりあい、威嚇しあう二人にティオネが仲裁に入った。
「喧嘩すんじゃないわよ! ほらティオナ、私と席変わりなさい、ベートもそれでいいわね!」
ケッ、とそっぽを向くベート。ティオナも「フーンだ」と顔を背けた。
「あ、リヴェリア」
アイズがぽつりと呟いた。
全員がそちらを見遣ると、食堂に入ってきたリヴェリアが足早に、上座にいる
フィン・ディムナにリヴェリア・リヨス・アールヴ。ロキ・ファミリアの団長と副団長が何事か言葉を交し合っている。するとフィンの目が大きく見開かれた。珍しい、とアイズは内心で零した。見た目こそ幼い少年の姿をしているが、
「あれー、どうしたんだろフィンってば?」
ティオナも不思議そうに首をかしげた。「驚いた団長のレア顔、素敵だわぁ……」と頬を赤らめ、身をくねらせる
しかしフィンが驚いたような様子を見せたのはほんの一瞬のことだった。おそらくアイズ達以外にそれに気づいたのは極わずかだろう。
フィンは隣に立っていたガレスに視線を送った。
ガレス・ランドロック。彼もまた迷宮都市最高峰のLv.6の冒険者であり、ドワーフと呼ばれる種族だ。すでに老兵と言われる域に達した冒険者で、顔には彼が生きた長い年月を感じさせる深い皺が刻まれている。しかしその巍然とした覇気は衰える事を知らない。後に続く後輩達を見守るような穏やかな雰囲気は、時にモンスターを蹂躪するがごとき暴威の化身となる。【
ガレスは立ち上がり、パンパンと大きく手を叩いた。
「ほれ、そろそろ時間じゃ! 静粛にせい!」
頭の芯まで響くようなガレスの声。その瞬間、食堂に集まっている団員達の姦しい話し声がぷつりと途絶えた。全員が居住まいを正す。
フィンが立ち上がり食堂の奥まで響くような浪々と声を張り上げた。
「諸君! これより明日より臨む、ダンジョンへの大遠征に向けての決起集会を始める!」
「総員起立!」
リヴェリアの声に揃って団員達は立ち上がり、背筋を伸ばす。ベートだけがかったるそうに立ち上がって頭をかいているが、おおむねいつもの事だった。
「明日より始めるダンジョンへの大遠征。目標は未到達階層である59階層だ! 初めて大遠征に参加する者も中にはいるが、まずは自分自身にあてがわれた役割を遂行する事を第一とすること。それが結果的に諸君達の命を守る事につながる。そして遠征に参加しない団員達。キミ達も留守をしっかり守って欲しい。僕達がダンジョンにもぐっている間は、キミたちがオラリオにおけるロキ・ファミリアの顔であることを忘れないくれ。我々はロキ・ファミリアという群れであり、一つの個であり、そして掛け替えの無い仲間だ。全員がその事を胸に、今回の大遠征に望んで欲しい!」
そこまで告げると、フィンは口端を小さく笑みの形に緩めた。
「と、堅苦しいのはここまでにしよう。諸々の諸注意は明日改めて行うことにして、今日はおおいに食べて程々に飲んで、存分に英気を養ってくれ!」
フィンはワインの注がれたグラスを掲げた。
団員達も同じようにグラスを高く掲げる。
フィンは一度大きく全員の顔を見渡し、声を張り上げた。
「では、乾杯!」
『乾杯!!』
そして無礼講であり、大暴れ一歩寸前の大宴会が始まった。
◆ ◆ ◆ ◆
「おぅ~い、やっとるなぁ~」
決起集会という名の宴会が始まって間もなくして、彼らの主神であるロキがぬらっと姿を現した。
お付の侍女のごとく傍らに立って、次々に杓をしてくるティオネを何とか説得して席に戻らせたフィンは、やや疲れたような面持ちで「やあ」と手を上げた。
ロキは早速フィンの隣に用意された自分の席に座って、手酌で酒を飲み始めた。フィンが杓をしようとするが「ええって、ほら自分とこの料理が冷めてしまう前にどんどん食べや」と手を振って、酒を煽り始める。
「本当に良かったのかい? 集会の最初から参加しなくて」
「ええんやええんや、激励の言葉とかウチあんまり堅っ苦しいの嫌いやし。明日、皆気ぃつけてなー、とでも言うわ」
実に我らが主神らしいとフィンは思うが、こう見えて眷属に対しての情の深さは、オラリオに数いる神々の中でも、とても大きなものだと知っていた。
「ああ、でも乾杯の音頭だけは参加したかったなぁ」
そう言ってからからと笑うロキに、フィンはぽつりと零した。
「彼、帰って来たんだね」
ロキはにんまりと笑みを深めた。
「せや、元気にしとったでー」
「まだ紹介しなくていいのかい?」
「宴会終わった後でいいやろ。サプライズってやつや」
「またまた、そんなことを」
フィンは長い付き合いからロキの性格をある程度理解している。普段は飄々としているが締めるところはしっかり締める性格だ。彼の影響力の大きさを考えると、決起集会前に彼の帰還を告げてしまえば、特に彼がオラリオを出た後に入団した団員達は浮き足立って、宴会などそっちのけになるだろう。
これから魔窟と呼べるほどに過酷なダンジョン深層へと挑むのだ。実際に何度も未到達階層へ挑んでいるフィンにはその道程の過酷さは骨身に染みていた。
ロキ自身、まずは気を緩めて今を存分に楽しんで欲しいという、心からのものだろう。
もっとも。
「待ってもらってる彼にはちょっと申し訳ないかな?」
「大丈夫やて。それくらいで文句言う奴やあらへんし、皆に出してるのと同じ料理に今頃は舌鼓打ってるところやろ」
そうして宴会も終盤に差し掛かり、明日の遠征のためにそろそろ部屋に戻って休もうかという者が現れ始める頃。
「ちょっと皆聞いてやー!」
ロキが声を上げた。
「ちょっと皆に紹介したい奴がおる」
突然何を言い出すのかと、団員達の目がロキに向けられた。
「そいつはずいぶん長い事ファミリアを離れておったが、今日やっと帰ってきおった。初めて会うモンもいるとは思うが、まあ気の良い奴やからダンジョンについて分からないことや聞きたいこと、訓練つけてもらいたい子はガンガン声かけぇや」
意味が分からなそうに首を傾げる者もいたが、多くの者は「まさか」という思いを抱いた。今、ロキが述べた情報に該当するものなど一人しかいない。
「ええでー」とロキが扉に向かって声をかけると、扉が開く。そこにいたのは、長躯の青年だった。絹のように線が細く、繊細な銀の髪は膝に届きそうなほどに長く、美しい。彫りの深い顔立ちは、背筋を震わせるほどに整っている。
息を呑んだ。
「セフィロス・クレシェントだ。永らくファミリアから離れていたが、任務を終え本日帰還した。初めて会う者もいると思うが、これからよろしく頼む」
その瞬間。
歓声とも悲鳴ともつかない絶叫が食堂中に響いた。
「うわー、うわー! あれセフィロスさんだよ! 本物のセフィロスさん!」
興奮したようにぴょんぴょんと飛び跳ねるティオナ。
つい今朝方、セフィロスのことを話していたばかりだというのに図ったとしか思えないこのタイミング。幼い頃から英雄譚に憧れてきた彼女にとっては、セフィロスの存在は冒険者としても、ロキ・ファミリアの一員としても憧憬の象徴のようなものだった。
「え、えっ……声かけていいのかな? 前は逃げちゃったし、あの時のことまずは謝ったほうがいいのかなっ! ねえねえティオネどう思う!?」
「あー、もうこのおバカ落ち着きなさい!」
わたわたと慌てふためくティオナに、ティオネはチョップを叩きこみとりあえずは黙らせた。「いったぁーッ」と蹲るティオナを尻目に、周りを見遣るが誰もが似たような状況だった。元々このロキ・ファミリアは主神の性格を反映して女性の冒険者が多いのだ。ティオナと同じように浮き足立つ者もいれば、ぽかんと口を空けているだけのもの(レフィーヤはこれだった)、中には早速黄色い声を上げているツワモノもいる。その騒動の中心はフィンの横に立ち、顔を満面の笑みで綻ばせたガレスにばんばんと背中を叩かれている。しかしベートだけは射殺さんばかりにセフィロスのことを睨み付けている。やはり過去に何かあったのだろうかと思うが、それより気になるのが。
「アイズ、どうしたの?」
ティオネはアイズに声をかけた。
セフィロスの姿を見た途端、アイズの様子がおかしい。目を大きく開いたまま、心臓の動悸を押さえ込むように胸に手を当てている。吐息が聞こえるほどに呼吸が荒い。
「ちょっと、本当に大丈夫?」
ティオネの声がどこか遠くに聞こえていた。
アイズの心は遠く過去の思い出の中へと引き戻されていた。
地面に座り込み、泣いている幼い自分の前に立ったあの人の姿。
アイズは剣を握り締めた。明日のために体を休めようなどいう考えは頭の中から消し飛んでいた。
大切なものを失ったあの日から強くなろうと心に決めた。しかし、もしかしたら本当の意味で力を求め始めたのは、ひょっとして……。
あの人なら、今の私に答えをくれるかもしれない。出口の見えない暗闇の中に、たった一筋でいいから光明を落としてくれるかもしれない。
――ねえ……わたし、つよくなれる?
いつか自分が紡いだ言葉。その答えを、もう一度。
あとたった一度でもいいから……示してもらおう。
セフィロスの更新後のステイタスですが、感想欄で次話でのせるといって、更新するところまで行かなかったので、活動報告にとりあえずのせてあります。どっちみち六話の最後でのせる予定なので見なくてもいいよーという方は見ないほうがいいかも?