《ラットピス》とは、巷で噂の強盗ギルドの名前である。強盗と言っても、善良な一般プレイヤーやNPCからアイテムを巻き上げるのではなく、オレンジプレイヤーのような悪人から奪われたアイテムを取り返す事を目的としているギルドだ。ギルド名以外のほとんどが不明で、分かっていることと言えば濃鼠色のフードを被ったプレイヤーが主犯格であるということ、そして、そのプレイヤーがユニークスキルらしき特殊なスキルを持っているということだ。
プレイヤー名くらい分からないのか、と思うかもしれないが、このギルドは徹底的に顔を表に出そうとしない。また、《ラットピス》に依頼をするには噂を頼りに依頼を受け付けている場所を訪れるか、とある情報屋から場所の情報を買うかのどちらかしか方法しかなく、接触へのルートが狭いのも秘匿に繋がっているのだろう。
まあ、噂を流しているのが主犯格本人で、しかも半分以上人助けのために直接場所を教えているなんて誰も思わないだろうが。
そんな秘密のギルドに接触出来ると思いーー気づいていないだけで既に接触しているのだがーー少年は少なからずドキドキしながら宿屋を訪れた。
受付で笑顔を浮かべるNPCをスルーして27号室の前に立つ。ドアノブを捻ると、本当に鍵はかけていないようで簡単に開けることができた。
無意識に足音を小さくして部屋に入る。しかし、中に人の気配はなく、部屋の様子も借りた直後のままであった。
ここに来て、騙されたんじゃ、と少年は不安になるが、他に頼るものもないため備え付けのテーブルに依頼内容と自身のメッセージコードが書かれた手紙を置いて部屋を出る。そして、部屋の保護を最大レベルにし、加えてパスワードも新しくしてから少年は宿屋から離れた。
どうやって手紙を回収するのだろうと疑問に思いながら。
◇◆◇◆
強盗ギルド《ラットピス》唯一のギルドメンバー、スクエア。彼の使っている秘密裏に依頼を受ける方法は、言葉にするなら至って単純だ。
どこかの宿屋の一室を借りて放置し、依頼主に内容とメッセージコードを書いた手紙を置いて厳重な鍵を掛けて出てもらい、人気の少ないうちに部屋に侵入して回収する。たったそれだけである。
ただし、それらを行うのはスクエアではない。この一点が、スクエア自身の秘匿性を高め、尚且つロジックの解明も難解にしているのである。
日が沈み、月が頂点に辿り着く頃。宿屋の近くにちょこまかと動き回る小さな影があった。暗闇の中、薄茶色の体毛は月明りを反射して僅かばかり子ネズミのシルエットを浮かび上がらせるが、サイズが手の平よりも小さいためスキルを使って注視でもしない限りは気のせいだと思ってしまう程度である。仮に発見されてしまったとしても、街中に棲んでいる無害な
その影の主である子ネズミは、宿屋の周りを何かを探すようにうろちょろし、誰かが開けっ放しにしたのであろう小窓を見つけると一直線に潜り込み宿屋の中に侵入した。
宿屋の中には、小さなランプをつけて健気にもプレイヤーを待つ受付NPCがいるだけであり、この宿屋を借りているプレイヤーたちは既に寝静まっているようであった。
宿屋に入った子ネズミは、念のため人目につかないように物陰から物陰へと、短い足を懸命に使って宿屋を駆け回り、《27》とプレートに書かれた部屋の前に辿り着くとその足を止める。そこで何をするのかと言うと、子ネズミは僅かに助走をつけて跳躍し、自分の体長の十数倍もの高さにある27号室のドアノブにしがみついた。
厳重な鍵が掛けられたドアノブは子ネズミ一匹程度の重さではビクともしなかったが、むしろその方が好都合とでも言うようにドアノブを足場にして鍵穴を覗き込んだ。
しばらく中を覗いた後、子ネズミは異様なほど細長い針金のような尻尾を揺らしてギザギザになるように折り曲げた。それらのギザギザは一つ一つの大きさが異なり、まるで一本の鍵であるかのようにも見える。
まさかと思っていると、案の定、子ネズミは尻尾を鍵穴に突っ込む。そして、微調整をしているのか尻尾を細かく動かした後、根元から鍵の形をした尻尾を捻った。
ーーガチャリ
その瞬間、確かに鍵の開く音が響いた。
音を聞いた子ネズミは素早く鍵穴から尻尾を引き抜くと、今度はドアノブに尻尾を巻き付けて捻り、廊下に向かって跳躍する。そうすると、小さな体とは裏腹に意外とパワフルなのか、子ネズミからしたら巨大な絶壁であるかのようなドアがネズミ一匹が通れる隙間を作って開いた。
直ぐさま隙間を通って27号室に入った子ネズミは部屋を見渡し、備え付けのテーブルによじ登る。予想通り、そこには子ネズミの主人が求めている手紙が置いてあり、子ネズミは尻尾を使って雑誌を縛るような形で固定すると、ひょいと手紙を持ち上げた。
そこまですると、子ネズミは元来た道を辿るようにして宿屋を出て、小動物だけが使える建物と建物にある隙間を通って宿屋とは反対側の通りに向かった。
隙間から出ると、子ネズミの目の前を青年が通り過ぎようとしているところだった。
「チチッ!」
子ネズミは嬉しそうに鳴くと、青年の後ろから背中に飛び付き、そのまま深緑色の服をよじ登って青年の左肩に腰を落ち着けた。
◇◆◇◆
「おかえり。ミック」
青年ーースクエアの労いの言葉に、ミックはスクエアの頰に甘えるように頭を擦り付けることで答えると、運んできた手紙をスクエアの目の前に差し出した。
「ありがとう。誰にも見つからなかったかい?」
「チュィ」
「さすが」
スクエアは手紙を受け取り、それとは反対の手でミックにチーズを与える。
それを見たミックは、目を輝かせて差し出されたチーズに齧り付いた。
耳元から聞こえるミックの咀嚼音にこそばゆさを感じながら、スクエアは手紙を開いた。
夜闇の街を歩きながら、そこに書かれている内容と少年の言葉に差異がない事を確認する。
「確かに、お承り致しました」
手紙を読み終えたスクエアは、メニュー画面を開いて手紙をストレージにしまいながら無駄に丁寧な言葉で呟く。
そこから更にメニュー画面を操作して、彼の正体を知っている唯一のプレイヤーにメッセージを送った。
【こんばんは。夜遅くに悪いね。調べて欲しい事があるんだ。】