アルゴと別れたあと、スクエアは一人第十九層のフィールドを歩いていた。
ポーチの中で眠っていたミックは既に目を覚ましており、スクエアの左肩の上で彼の代わりに周囲の警戒をしている。そのお陰で、スクエアは危険な夜のフィールドでもアルゴの情報を読み返すことができた。
アルゴの情報で得られたものは、男たちの編成、主な活動場所、指輪の状況の三つであり、スクエアがアルゴに送っていたスクリーンショットと共に細かく記されていた。
パーティ名は無し。常に4人でパーティを組んでおり、全身金属鎧の片手剣と盾を持った壁役、両手斧を担ぐ鉢巻を巻いた男と羽帽子を被ったメイス持ちの二人の攻撃役、そしてバンダナを巻いた長槍使いの補助役とバランスの取れたパーティとなっている。このうち、最後のバンダナ男がこのパーティのリーダーであり、少年の指輪を装備しているプレイヤーでもある。
パーティの実力としては、攻略組には程遠いが中層ではそこそこの実力。ただし、常習的に他のプレイヤーから装備品などを奪い取っており、その実力のほとんどは奪い取った装備品に由来していると考えられる。実際、アルゴが少しだけ戦闘しているところを観察したが、それほど上手いという訳でもなく装備品でゴリ押ししているような印象を受けた。
主な活動場所は第七層から第九層の主街区周辺のフィールドであり、時々上層に出て気弱そうなプレイヤーから装備品を奪い取っている。拠点は第八層の町外れにある宿屋で、帰宅時間はまちまちだが日が昇るまでには必ず戻ってくる。
以上が、アルゴの情報をスクエアなりにまとめ直したものである。
「片手剣、両手斧、メイス、ロングスピアね………。まあ、問題ないな」
戦わないに越したことは無いが、今回のターゲットは敏感な手に常に密着している指輪である。全く気付かれずというのは不可能に近く、戦闘になってしまう可能性は限りなく100に近いだろう。
しかし、スクエアにとってこれらの武器を相手取るのは苦手ではなく、むしろ長柄武器は得意とするところであった。そのため、戦闘になって負ける心配はあまりしていなかった。もし戦闘になってしまい、男たちの武器が盗品だったとしたらついでに取り返してしまえるくらいの余裕はありそうである。
「問題は男たちがいつごろ戻ってくるか。………2時くらいには眠って欲しいけど、こればっかしはアイツらの気まぐれだから待ちに徹するしかないか」
そんなことを考えながら、スクエアは濃鼠色のフード付きマントを装備してフードを目深に被る。その奥には、獰猛な笑みが浮かんでいた。
「さて、それでは行きましょうか」
指輪を取り返す算段を立てながら、スクエアはポーチから取り出した『転移結晶』を掲げて目的地の名前を唱えた。
目指すは第八層。その主街区である。
◇◆◇◆
第八層の町外れの宿屋にやって来たスクエアは、その宿屋から少し離れた場所にある建物の陰に息を潜めていた。
スクエアの視線の先にあるのは、件の宿屋の一室。二階中央付近にある部屋からは月が西に傾いてからしばらく経ったというのに明かりが点いており、暗い街の中で蛍火のように光を零している。
その部屋の中に少年から指輪を奪った男たちがいた。
男たちが部屋に戻ってきたのは大体10分前。収入の計算でもしているのか、それとも宴会に興じているのか分からないが、とにかく寝静まる様子は見られなかった。
「なあ、ミック。あいつら早く寝ないかな? 昼間はできるだけ働きたくないんだよねぇ」
「チチッ」
手持ち無沙汰に左肩の上にいるミックに話しかけるスクエア。しかし、愚痴を零しながらもスクエアの視線は須臾程も宿屋の一室から外れることはない。
急いては事を仕損ずる。いくらユニークスキルとはいえ、《強奪》は非戦闘スキルである。この事実をスキル獲得直後の調子に乗っていた時期に痛感したスクエアは、待つことの大切さを理解していた。
そうして待つこと1時間後、ようやく部屋の明かりが消える。それから更に1時間待ってから、一人と一匹のネズミたちは行動を開始した。
まず、スクエアはフードを被り直して《隠蔽》スキルを発動させる。暗闇に加えて濃鼠色のフードの補正もあり視界の端に《隠れ率:95%》という数字が表示されると、左肩のミックも含めてスクエアの体が暗闇に溶けるようにボヤけだし最後には蜃気楼のような小さな揺らめきを残すだけになった。
それから、スクエアはコソコソと小走りで宿屋の前まで移動する。その影響で蜃気楼が大きく揺らめき隠れ率が減少するが、それでも80%を下回ることはなくスクエアの姿は朧げなままである。他の人が見れば、幽霊が通り過ぎたように見えるだろう。
スクエアが男たちの使っている部屋の真下で動きを止めると、揺らめきを突き破るようにして薄茶色の子ネズミが飛び出してきた。ミックである。
両手足の爪を立てて木造の壁に張り付き壁を駆け上がるミックは、地面と遜色ない速さで男たちの部屋の窓枠まで辿り着くとその中を覗き込んだ。
部屋は暗く中の様子ははっきりとはわからないが、ベッドは全部で二つあり、それぞれの上に一つずつ、床に二つの人影が見える。起きる気配が無いことを確認し、ミックは尻尾を器用に使って窓の鍵を開けて部屋の中に侵入した。
その時、一階ではスクエアが宿屋の入り口から中に入ったところであった。
幽鬼のように朧げなスクエアは、受付NPCにも気づかれることなく二階に続く階段を登り廊下を進む。そして、さも夜遅くに自分の部屋に帰ってきたプレイヤーであるかのように部屋のドアノブを捻る。
宿屋に限らずSAOの部屋の扉は全てが開けっ放し設定にしない限りオートロックであり、使用者以外のプレイヤーは開けることができない。そのため、部屋を借りているプレイヤー以外がドアノブを捻ったとしても1°も回すことなく固い何かに阻まれることになる。しかし、スクエアがドアノブを捻ると、それが当たり前であるかのようにドアノブはいとも簡単に半回転して扉のロックを外した。
スクエアが部屋の扉を開くと、そこには床にちょこんと佇むミックの姿がある。つまり、このミックが内側から部屋の鍵を開けたのだ。
音を立てないよう慎重にスクエアが扉を閉めると、その間にミックはベッドで眠る男の方に近づいていた。
布装備で固めることにより発動する《
スクエアはその場にしゃがみ込み、人差し指で男の右手中指に嵌められている指輪に触れる。その瞬間、スクエアの人差し指と指輪が灰色に輝き、パキンッ、という指輪がポリゴンとなって砕ける音を部屋に響かせた。
《強奪》スキルを発動させる際にどうしても発生してしまう二つのエフェクト。
瞬時に高まる緊張感。男たちの誰がが目を覚ましていないか、スクエアは周囲を警戒する。
数瞬の沈黙の後、幸いにして男たちが目を覚ますことはなかった。
ここまでくれば多少は気が楽だった。唯一の懸念事項であるエフェクトだが、同時に強奪の成功を知らせるファンファーレでもある。男の中指で輝いていた指輪は砕け散り、代わりにスクエアの手の中に存在している。念のために手を開いて確認すると、男の中指に嵌っていたものと全く同じ指輪が手の上にあった。
依頼品さえ回収できればここには用は無い。他の盗品は気になるが、それが原因で依頼を失敗してしまっては元も子もない無い。スクエアはミックを左肩に移動させると、少し後ろ髪引かれる思いで男たちの部屋を後にした。