放課後、2人は足早に学校を後にし、夜になると妖獣が現れるという凍華のおばあちゃんの家の畑にある茂みで待ち伏せていた。
凍華曰く、妖獣が現れる時間帯は一定ではないらしく、18時頃に現れることもあれば20時頃に現れることもあるそうだ。
そのため、乃々たち2人は17時頃から待ち伏せている。しかし21時を過ぎた現在も、一向に姿を現さない。傍にはコンビニ弁当の殻が重ねて袋に入れてある。凍華の肩にはかなり大きめの肩掛けバックが掛かっている。
「ちょっと凍華、まだ現れないの?」
「だからいつ現れるかわからないって言ったでしょ?それに乃々のパートナーさんもまだ来てないみたいだし…」
「あたしのパートナーは遅れるって言ったでしょ?」
「え〜、そんなこと言ったっけ?」
「言ったよ。理由は薬をもらいにパートナー…ってか涼に研究所に行ってもらってるから。あたしたちもちょうど薬切らしちゃっててね。まぁ、ほとんどは涼が使ってるんだけど」
「いいなぁ。私もその研究所しょ…」
「しっ…」
凍華の話を最後まで聞く前に頭を茂みに押さえつけて強制終了させた。
茂みの隙間から畑を覗くと、ハイエナのような姿の「妖獣」が1匹、2匹と次々暗闇の中から姿を現わす。
「ん〜、ちょっと多くない?見える範囲で数えただけでも15匹くらいいるよ?…あ、また増えた」
「うぅ…。いきなり頭押さえつけなくても…」
「ごめんごめん。…それにしても、いつもこの数相手にしてたの?」
「そうだよ。すっごい大変なんだから」
「確かに大変そうだ。…んじゃ、めんどいけど狩るとしますか!凍華!援護よろしく!」
「えっ?あ、うん!」
乃々は茂みから飛び出すと、股に装備してあるナイフを抜き、無警戒に農作物を食い散らしている1匹の妖獣の首筋を切り裂いた。
妖獣は何が起きたのか知る由もなくその場に倒れた。
「まずは1匹!」
乃々は鮮血を浴びながらも冷静に周囲を見渡し、次の獲物を探す。1匹の妖獣に気が付いた。その妖獣は大きく口を開き、体内から何かを吐き出そうとしている。
腹が膨れ、喉が膨れた時には既にその妖獣に向かって走り出していた。乃々はその妖獣の口を閉じさせようと拳を叩き込むがコンマ1秒の差で新たな妖獣を吐き出した。
乃々は溜め息をつき、足下で痙攣する妖獣の頭を踏み抜いた。
次の獲物を探そうとしたところでいつの間にか自分が妖獣に囲まれていることに気付く。
「能力持ちか…」と声を漏らしながらも冷静に打開案を探る。前方の2匹が静かに倒れた。
ー凍華か…
倒れた2匹の妖獣の20メートル後方に茂みの間から愛用の狙撃銃…WA2000でこちらを狙う凍華の姿が見えた。
乃々は再び打開案を探る。その間にも凍華の放った銃弾が確実に妖獣の生命を奪っていく。同時に新たな生命が別の妖獣から吐き出される。
「はぁ、殺しても殺した分だけ復活するんじゃ切りがないよ」
「だから薬が…」
耳に装着した無線機からぼやく凍華の声が聞こえた。
「うーん、あ!いいこと思いついた!」
「ちょっ、いきなり大きな声出さ…」
「凍華!あたしが今から言うことよく聞いてね?」
「うぇ?あ、うん」
「まず、あたしが妖獣たちを手当たり次第殺す。そしたら必ず復活の素振りを見せる妖獣がどっかにいる。凍華はその妖獣を探して狙撃して!いい?」
「わ、分かった!やってみる!」
凍華の声と同時に乃々は動き出した。
最初に標的としたのは復活したばかりの妖獣。妖獣が乃々に気付くよりも早く喉をナイフで切り裂く。
次は近くにいた3匹の妖獣。1匹は正面から、もう2匹は左右から回り込み乃々に飛び掛かる。乃々は左股にも装備されているナイフを抜き、正面から飛び掛ってくる妖獣の頭を踏み台に後ろへ一回転し、空中で両手に握ったナイフを左右の妖獣の目頭に投擲し、仕留めた。着地し、踏み台にした妖獣を標的としたところで異変に気付く。
踏み台にした妖獣は腹が膨れ新たな妖獣を吐き出そうとしていた。そこまではいい。何度か見た光景だ。次に喉が膨れた。だが、まだ狙撃されない。凍華にはしっかりと説明したはずだ。それなのにまだ狙撃されていないということは凍華の身になにか起きたのか、それとも、狙撃できない理由があるのかの2つの問題が生じる。まず最初に凍華の安全の確認。これは、耳に装着した無線機から「う、うそ…」とつぶやく凍華の声がしたことで心配ないと判断した。次に狙撃できない理由の確認。これは、周りを見渡したことで2つ目の問題が正解だと確定した。
畑にいる全ての妖獣の喉が膨れていた。そのため、どの妖獣から新たな妖獣が吐き出されるのか推測できない。
「はぁー……参ったなぁ…」
新たな妖獣3匹が吐き出された。
「これでまた振り出しだよ…」
「の、乃々!どど、どーしよ!?」
「落ち着きなよ凍華、そろそろ涼が来る頃だからさ」
「ほ、ほんと!?でもでも、乃々のパートナーさんが来たところでこの状況なんとかなるの?」
「大丈夫。余裕だよ余裕」
「ほ、ほんとかなぁ…」
2人が会話をしている間にも妖獣は這うように距離を詰めてくる。
「ちょ、ほんとにやばいよ乃々!」
「だからもう少し…。お、噂をすれば」
乃々は妖獣を横目に見ながら畑の隣の道路。その遥か遠くから疾走してくる自転車を見つけた。自転車は数秒もしないうちに畑の前に勢いよく到着した。自転車のカゴのなかには小麦粉が入っている。自転車の主は静かに自転車から降り、両手にぶら下げた「お薬」と書いた紙袋が入っているビニール袋を高く上げ、乃々に見せた。
「お待たせしました!お薬1ヶ月分、ちゃんと買ってきましたよ!」
「うん、ありがとね涼。じゃ、早速で悪いけどこいつらのこと頼んでいい?」
妖獣に囲まれている乃々は、妖獣を横目に見ながら涼に話しかけた。
「いいですけど…。乃々さんじゃ倒せないんですか?」
「それが無理なんだよね。この妖獣たち1匹殺す度にまた1匹復活するめんどくさい奴でさ…」
「…つまり、一度に全て倒さないといけないってことですね?」
「そーゆーこと。だから涼の異能力で一掃して欲しいんだよ」
「乃々さんの異能力でもいい気がするんですけど…。…いえ、了解しました。では、少し離れていてくださいね」
涼はビニール袋の中の「お薬」と書いてある紙袋の中から5円玉サイズの白い錠剤…「UPD(アニューズアル・パワー・ドーピング)」を取り出し、口に入れ、噛み砕いた。
同時に乃々が凍華のいる場所へ走り出す。当然妖獣たちはそれを追いかけようとしたが体が動かない。
涼は両掌を胸の前に出している。広がっていた妖獣たちは徐々に畑の中心へと引きづられ、妖獣同士密着し、圧縮される。
「UPD」…異能力を一時的に得られる薬。得られる異能力は服用する者の属性、体質、性格などによって異なる。
制限時間は20分。服用する数を増やせば制限時間も増える。
涼の異能力は「圧力」。妖獣たちが畑の中心へと引きずられたのはこの力によるものだ。
「乃々さん。私の自転車のカゴの中に小麦粉が入ってると思うので持ってきてもらえますか?」
「…また小麦粉持って来たの?涼いつも妖獣狩りに来る時小麦粉持って来るけど、使ったことないよね?」
「いつも使いどころがないんですよ…。
でも、今回はちょうどいい相手です。一気に片付けちゃいますよ」
乃々は涼の自転車のカゴから買ってきたばかりのような新品の小麦粉を持ち出し、両手が塞がっている涼のところへ移動した。
「持ってきたよ」
「ありがとうございます。えっと、それじゃあ妖獣が集まってる辺りにその小麦粉の袋ごと投げちゃってください」
「りょーかい!」
乃々は言われた通りに妖獣が圧縮されているところに小麦粉を投げ込んだ。
投げ込んだ小麦粉は妖獣たちの頭上で静止し、小麦粉を包む袋が圧縮される。そして、そのまま圧縮され続け、破裂し、小麦粉を撒き散らした。撒き散った小麦粉は再び空中で静止し、妖獣たちの周りに引き寄せられる。
「うわー、妖獣の周り真っ白じゃん。この後どーするの?」
「見てれば分かりますよ」
そう言って涼は片手を下ろし、スカートのポケットからライターを取り出した。
ライターの火をつけ、妖獣たちが集まっている場所へ投げ込んだ。
「粉塵爆発…って小麦粉でも起こせるって知ってました?これだけの量の小麦粉を圧縮して、火をつけたら…」
ライターの火が空中で静止している小麦粉に触れた。と同時に爆発が起きた。連動し、近くの小麦粉も爆発を起こした。そしてまた連動。妖獣を巻き込み粉塵爆発が起きる。新品の小麦粉全てに加え、圧縮した空間の中で粉塵爆発を起こしたため、威力は凄まじい。にも関わらず、爆音は聞こえない。爆煙も周りに広がらず、真ん中でドーム状の煙の塊を作っている。ドーム状の煙の中では、未だに小麦粉が爆発している。
「粉塵爆発丸ごと、しかも音まで圧縮するなんて…。涼の異能力って最強に近いよね」
「そんなことないですよ。では、そろそろ仕上げと参りましょう」
涼は胸の前に出している両掌に力を込めた。
ドーム状の煙の塊は徐々に圧縮され、小さくなり、やがて消えた。妖獣は消し炭にされ、最初からそこには何もなかったかのように消え去った。
「終わりましたよ、乃々さん」
「あー、ありがとね。…っていうか、小麦粉使わなくてもそのまま圧縮して潰しちゃえば楽だったでしょ?」
「…あの、それはちょっと…。私、そういうの苦手で…」
「あー、グロいのダメだっけ?そんなら仕方ないねぇー」
「はい。…それじゃ、依頼も終わりましたしそろそろ帰りますか?」
「そーだね、これで明日からゆっくり休めるよ」
「だめですよ乃々さん。依頼だけが仕事じゃないんですから。ちゃんと見回りをして、各地域から県範囲の妖獣まで狩らないと…」
「見回りというより調査だよね」
「調査でも見回りでもどっちでもいいですけど…。とにかく、広範囲で妖獣を狩って治安を守るのが私たち「狩師」の仕事なんですから」
涼は念を押すように「いいですか?」と口調を強めて言い、道路に止めてある自転車の元へ歩いていく。
「真面目だなぁ…。っと、凍華!あたしたちもう帰るから!代金は明日学校でお願い!」
涼が来てから一言も喋らなかった…喋る暇がなかった凍華は、茂みの間から呆然と顔を覗かせていた。
「え、あ…。うん。」
歯切れの悪い凍華の返事を背に、涼が乗ってきた自転車の荷台に乃々が腰を下ろし、涼と乃々は瞬く間にその場を去っていった。