人の悲鳴と燃え盛る村、青髪の兄妹は手をつなぎながら森へと逃げる。とにかく今は逃げることしか兄妹に選択肢は残されていなかった。
しかし、逃げても逃げても追ってくる人の気配に、逃げきれないと悟った兄は一つの決断をした。
「おにいちゃん?」
急に立ち止まった兄に少女は不安そうに兄を伺う。ここで立ち止まっていたら怖い人たちがやってくる、立ち止まっている時間はどこにも存在しなかった。
「シエル、ここから先はお前ひとりで走れ」
「嫌だ!おにいちゃんは!おにいちゃんは一緒じゃないの!?」
少女は兄の手を握りしめ、首を横に振りながら嫌々と泣きさけぶ、幼いながらも少女は理解してしまっていた。ここでこの手を放したら兄とはもう二度と会えなくなってしまうと。だから少女は必死に兄を引き留めた。兄と引き離されるくらいなら捕まったって。いや、殺されたってかまわない。
駄々をこねる妹に、しゃがんで視線を合わせる。
「大丈夫だ、必ず迎えに行く」
兄は妹を抱きしめ、妹の目を見て笑う。
「俺がシエルとの約束を破ったことあるか?」
「……ない」
少女は今まで兄と約束したことを思い返す、確かに兄は約束を破った事なんて一度もなかった。少女は涙をぬぐい名残惜しそうに兄の手を放した。
「いい子だシエル。いいか、まっすぐ、まっすぐ走るんだ」
兄は立ち上がると妹の進むべき道を指さす。
少女は恐る恐る一歩を踏み出すと兄の様子を伺うため後ろを振り向こうとする。
「振り返るな」
「!」
しかしその行動は兄の言葉によって阻まれた。
「振り返らずに、まっすぐ、まっすぐ走れ“シエルアーク”!」
「……っ!」
少女は兄の言葉に従い、振り返らずに走り出す。その瞳から涙がこぼれ、視界が歪んでしまっても少女は兄の言葉に従ってまっすぐ走る。
「きゃ!うう……」
視界が歪んでも構わずに走り続けたツケが来た。足元の根っこに気付かずに躓いて転んでしまった。
涙がポタポタと地面に落ちシミを作る。少女は服の袖で涙を拭うと立ち上がる。立ち上がった時に右足に感じる激痛に顔を顰めた。
「いっ……まっすぐ……まっすぐ……」
視線を右足に移すと転んだ時に擦れたのか皮膚が剥けて血が出てしまっていた。少女はケガに構わずまっすぐ歩き出す。
兄がまっすぐ走れと、そう言っていたから。今の状態じゃ走ることは難しい、けど逃げなきゃいけない、だから少女は歩いてまっすぐ進んだ。
まっすぐ、まっすぐ進み続けた。
「………………………!」
進んでいくうちに再び瞳から涙がぽろぽろと零れ落ちる、少女はそれに気づくと慌てて涙を拭う。また転ぶわけにはいかないと必死に涙を拭う。泣いたら兄に飽きられると必死に涙を拭う。
涙を──涙を──涙を──
「う、うぅ……うわああああああああん!!!!」
涙を何度も拭っても、心はついに決壊した。少女は暗い森の中悲しい声で泣き叫ぶ。
──その日、少女は独りになった。
──その日、私は孤独になった。
「ふべぶ!!?」
突然腹部に凄まじい衝撃を受け、私は夢から現実へと引き戻される。思い出すのも嫌な夢だったがこんな引き戻され方ノーセンキュー、朝から胃にあるものが全部逆流しそうな衝撃なんていらない。
「りゅ!りゅー!!」
朝からグロッキーになる原因を作った元凶はそんな私の気分を知ってか知らずか、カーテンを口で引っ張って、日の光を浴びさせようとする。この子なりに起こそうとしているのはわかるがそれだけに最初の攻撃が惜しまれる。
普通攻撃は最終手段、順序が違う順序が。というかこの起こされ方は何度目だろう。
ジトーっと元凶を見つめると彼女は嬉しそうにはしゃいでおなかに乗る。能天気なこの子の様子に怒る気力が完全に失せた。相変わらず私はこの子に弱い。
「……おはよう」
「りゅー!」
起き上がり、白銀の小さな“竜”を抱きしめた。私の行動に竜は嬉しそうに頬にすり寄る。
「でも、次はもう少し優しく起こしてほしいかも」
「りゅ?」
竜は首を傾げ頭にクエスチョンマークを浮かべる。ああ駄目だ、絶対またやるなこの子。気を取り直してカーテンを引き、窓を開け朝の日差しを浴びる。
「さあ、今日も一日元気でいこう!“リュウ”!」
そばにいるリュウに笑いかけると、リュウは光を放ち、その姿は竜からゴスロリの服を着て頭に青いバラのコサージュを付けた白髪の女の子へと変化する。
「うん!リュウは今日も一日元気でいくの!」
リュウの元気な返事を聞くと、私は掛けておいた白いコートを羽織り、短く切りそろえた青髪を魔法で白髪へと変化させる。
その後、鏡を見て最終チェック。うん全部見事なまでの白髪。これであの人を連想させるものは跡形もなくなった。
「リュウ。ギルドに行こう!」
「あいあいさー!」
──これが私、“シエル・フェンデス”の日常だった。