あの時と同じだ。
がんばったって、どうしようもないことがある。
私はいつもそうだった。
がんばった分だけ、誰かを知らないところで傷つけてきた。
こんな体質があるから――……。
――なんでだろう。神様はなんで、私にこんなお荷物をくれたんだろう。前世で、何かやらかしてしまったのかな?
せめて、周りの人たちまで悲しませるのはやめてよ……。
雲雀さん…… すごく怒ってたな。余計なことしちゃったかな……。
何も考えないで、辛いこと掘り起こすようなことをしてしまった。自分の気持ちばっかりで、相手のことなんて全然考えられてなかったよ。
応接室を飛び出して、どこか知らない廊下を走って、立ち止まったところで、そろそろ限界だった。
私には泣く資格もないのに、目頭が熱くなる。
熱を堪えるようにジャージの袖で顔を覆う。朝日の眩しさで誤魔化して、必死にいつもの自分でいようとした。
本当は、自分がここにいる意味もわからない。何も見えていない。このままどこかへ行きたい。
けど、こんな風に思うのもただのわがままで……。
頭を振って、弱音を胸の奥に引っ込めることに精一杯でいるしかなかった。
「わーっ。ペンキが…… 顔洗って来よう……」
ふと袖を見ると、べっとりと赤のペンキがついていた。あーもー、今日はなんて日だろう……。
フラフラと覚束ない足取りで歩き出そうとすると、どこからか火花が散る音が聞こえる。
ん……? 花火でもあるのかな? 朝から?
キョロキョロ辺りを探すと、それはすぐに見つかった。
窓の外側に、それが自ら近づいてきたから。僅かな導線から火花がバチバチ散っている。
あー、なあーんだ。花火かと思ったらダイナマイトかー。びっくりしたぁ。
…………ダイナマイト!?
その瞬間、外から爆発が起こった。
窓ガラスが飛んできて、身を守るために無意識に両腕で庇いながら、強風と衝撃で身体が後ろに倒れる。
「キャアッ!」
爆風の中で喉を焼くような掠れた声が漏れて、教室の壁側に身体を打ちつけた。衝撃にしばらく起き上がれずに、意識が朦朧とする。
なんとか気絶せずに意識を保つと、狭い視野で状況を見つめる。
身体が焼けそうなくらい熱いと思ったら、辺りの廊下は火の海だった。きっとさっきの爆発の影響で…… ってこのままじゃまずい。
重い身体を、ここから逃げるために起き上がらせると、上手く力が入らない。おまけに右足にあの痛みを感じる。包帯も取れて、もう治ってると思ってたのに……っ。
煙が酸素を奪って、呼吸もままならなくなる。なんだか視界が薄くなって……。
私…… このまま死んじゃうのかな……。
ぼやけていく微かな意識の中で、あの人の姿が、真っ白なベールの世界でただ見守るように、そっと佇んでいた。
約束…… 守れないや――……。
「死んでるの? ねぇ」
途切れる間際だった意識の片隅に、誰かがそう問いかける。
聞き覚えのある声……。
「……返事しなよ。死んでたら態々来てあげた意味がないだろ」
そんな皮肉を呟いて、誰かは壊れものを扱うみたいにゆっくりとボロボロの身体を持ち上げる。
その手の温もりに、自然と身体の力が緩んでいく――……。
「っ…… あ……」
千切れそうな糸を繋ぎ止めて、そっと目を開ける。
霞む視界に、その人の黒檀色の瞳が私を見つめていた。
「ひばり、さん――……」
その人の名前を呟く。
その眼差しが、いつも獲物を睨むようじゃなくて、一心に私を見つめてくれているような気がして、自分勝手に安心してしまう。
「借りは返したよ」
炎の色が、彼の瞳の中で粉を散らして、まるで光る蛍が輝いているみたい。
その言葉の裏側はよくわからないけれど、私を抱えたまま、雲雀さんはすぐに火に包まれたこの場を離れようとする。
けれど、まるで時が止まったように、私の身体に揺れも衝撃も感じない。
薄く目を開くと、一歩を踏み出したまま、雲雀さんはそうして微動だにしない。まるで何かを堪えるように、立っているだけで精一杯のように見える。この熱さのせいか、薄っすら額に汗が滲んでいる。
「ッ……」
私を抱き上げる腕には、僅かな震えが走って力が籠られていない。
さっきとは一変して、雲雀さんの様子がおかしいのは一目瞭然。フラフラと安定していないようで、私を助けてくれるどころじゃなさそう……。
「雲雀さ……」
声をかけようとした時、ポケットから何かが光って、コツンと床に落ちる。
俯いていた雲雀さんの視界に、たまたまそれが映ると、その顔が鬼気迫る表情で私に問い詰める。
「……何それ」
そんな彼の変化に、この状況で気づくことなく、私は淡々とこう言った。
「あっ…… 桜の押し花のキーホルダー……。綺麗だったから…… その、つい」
にへら、と彼にそう彼に返すと、まるで中でへその緒が切れたように、それをなんの躊躇もなく彼が踏み潰した。
ノォォォォォォォォォ!?
踏み潰すまでにとどまらず、とどめと言うようにさらに足の裏で捻り潰す。酷いーー!
言葉を失う私に、暗い面持ちで雲雀さんはこう告げる。
「あの花と共にここで散るか、助かった後に僕に咬み殺されるか、どっちか選びなよ」
そ、そんなの…… どっちも地獄だよ……。
この状況で逆らうことも出来ず、彼の言うままに桜を犠牲にこの場から離れるしかなかった。
ごめんね――……。
まるで一粒の涙を流すように、散り際の花びらは光っていた。
なんだかんだで次話で第一章完結になります。
長いような短いような。
第二章もがんばって書いてきます!