ドジっ娘は風紀委員長様のおきにいり!?   作:ひばりの

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ドジVS風紀

 

 初めて会った時から、その人には不思議な何かを感じていた。

 

 ただ、その何かはとても曖昧で、時間の流れは単純で、あまりにも変わってしまっていて、お互いに気づけなかったのかもしれない。

 

 雲は、いつだってあの遠い空の向こうにあって、見上げてもそれはいつも形を変えて私の知らないところへ行ってしまうから――――

 

 

 

 

 

 その人が現れた途端、室内の空気がガラッと変わる。

 

 私の周りを囲っていた物騒な人たちは、その人が現れるとずっとスタンバっていたように息を揃えて整列した。逆に怖い。

 

 ……やっぱりラスボス様の登壇なのかなぁ!?

 

 そのラスボス様は淡々と、このむさ苦しく学ランの男たちに溢れ返った室内に入ってくると、一緒に入ってきた後ろのこれまたリーゼントの渋い顔の人に扉を閉めるのを任せて、自分は適当に室内の様子を見渡したりしている。

 

 ひとつ言わせてもらうけど、ドアくらい自分で閉めようよ。

 

 自分でドアも閉められないラスボス様は、一人だけ今の状況を全くわかっていなくて、軋むパイプ椅子に呆然と座っている私に焦点を当てた。しばらく無言で、じっと見据えられる。

 

 絹糸みたいに繊細で綺麗な髪。テレビの中でしか見たことのないような小さくて端正な顔立ち。一目見た時の凛々しさとは正反対に、線が細くて小柄な体格。

 

 彼が纏う服装は、この学校指定のブレザー制服じゃなく、風紀の腕章がアクセントの漆黒の学ラン。肩に羽織って、漆黒の羽のようにふわりと広がる姿はとても美しく見える。

 

 予想していたラスボス様とはまるでかけ離れた人だった。いろんな意味で混乱する。実は、ハードボイルドなサングラスかけた大男とか想像したりしていたから。

 

 まるで、創られたみたい…… 日本人形さながら、凛として尖った雰囲気の彼は、戸惑う私を密かに魅了するように、一言も話さないまま視線を向けるだけ。

 

 私の方も変に逸らすわけにはいかず、トギマギする心臓の感覚が指先まで届く。

 

 彼の瞳に、どこか見透かされているようで、胸の鼓動が落ち着かない。

 

 彼には、どこか惹きつけられる。

 

 そうしている間に、彼の方には一人の大男が近づいて、彼に何やらコソコソと耳打ちしている様子。

 

 何を話しているんだろう。ここから彼のいるところまでは、テーブル2つ分の距離があって、聞こえるはずもない。時折彼がこちらに視線を向けるので、背筋がピンと張る。こうして意識することに、彼の支配力を痛感する。

 

 ねぇ、私、殴られたりしないよね?

 

 

 

「君が、今回の騒ぎの首謀者?」

 

 聞き惚れそうな声。

 

 少し低音の滑らかなトーンで、落ち着いていて心地良い声。

 

 小鳥もこの美声に、彼の周りに集まってくる妄想が広がる。

 

 一体いくつ兼ね備えた人なんだろう……。

 

 なんとも言えなくて、その綺麗な顔をしばらく見つめているしかなかった。

 

 イエスかノーで答えられるあっさりとした質問に、最終的に私が選んだのは第三の選択だった。

 

「……えっ?」

「ワォ、しらばっくれる気かい? いい度胸だね」

 

 聞き返すというあんぽんたんな答えを出して、彼の方からも思いもよらない反応をいただく。褒められたのかな? ――なんて思ったのも束の間、静まった空間に高らかに響いた謎の金属音。

 

「シラを切っても無駄だよ。風紀を乱した輩は咬み殺す」

 

 その発言と同時に、ピリピリとした電撃のような気配が、辺り一帯に渦を巻く。初めてこの身に感じたゾッとする感覚に、上手く言葉が出なくて、その上全身が麻痺したように動かない。

 

 や、やばい…… この人、いろいろヤバイッ……!!

 

 まさに獲物を逃さない肉食獣さながら。このままだと、彼が右手に持つ金属棒のようなもので打撃連打されてしまう。

 

 それすなわち、私の最後……!!

 

 いやいやいやいやっ! わけわかんないよ!! どうしてそういうことになるの!?

 

 パイプ椅子の上で思いっきり抜けた腰では、おもむろな足で近づいてくる彼から逃げるなんてこと出来ない。

 

 野球感覚で素振りとかしないでよ! 音出すなッ、音を!

 

 とりあえず、ここは一回タイムだ。タイムを要請します!

 

「あ、ああああのッ……」

「断っておくけど、誤魔化しなら利かないよ」

 

 まだ何も言ってないのに釘とか打たないでよー! 鬼か、この人!? アレ金砕棒に見えてきた。まさに鬼に金棒……!

 

 彼の全身からじんわりと滲み出る殺気というものが、いつしか私に冷静な判断を見失わせてしまっていた。

 

 こうなったら、ヤケクソだ。

 

「〜〜ッ、誤魔化しも何も、どうして私がこんな目に遭わなきゃいけないんですかッ……!?」

 

 とても単純なことに、涙目になって鬼に怒鳴り返す。

 

 声も震えて、噛み噛みで、とても迫力があるなんて言えないけれど、それでも鬼の動きは止まってくれた。

 

「……君、自分が置かれている状況がわからないの?」

 

 その人の問い返しに、必死になって肯定する。

 

 わかんないよ。いろいろ意味わかんないよ。

 

 自分が置かれた状況も、鬼に金棒の彼のことも。どうして彼だけ髪型が普通なのよ……。

 

 彼らにぶつけたい疑問はわんさとあったけど、目の前の彼にそれを聞き出せるかどうかは別問題。

 

 それに鬼は、眼下で怯える獲物には少しの同情もしてくれないようで。

 

「まぁ、どうあれ君がやったことに間違いないようだし、おとなしく咬み殺されなよ」

 

 鬼は考えることを諦めた、というよりは放棄して、あの金棒を再び光らせる。

 

 なんでそうなるーー!?

 

 もはや絶体絶命……――でも、嫌だよ。

 

 いつもこの体質のおかげで散々な目に遭ってるっていうのに、こんなわけわかんない鬼にまでぶたれてたまったもんじゃない!

 

 決死の覚悟で、私は動いた。

 

「あ、あーっ! あんなところに空飛ぶ円盤が円盤投げしてるー!」

「?」

 

 いきなり大声を上げた私に鬼は些か驚いた後、私が指差した方へと振り返った。ついでに彼のとりまきの人たちも振り向いてくれた。

 

 またとないチャンス。この鬼ヶ島と化した教室から一刻も早く逃げなければ!

 

 彼らがありもしない円盤に気をとられているうちに、閉ざされた扉に向かって走り出そうとした。

 

 ――――お約束がなければね。

 

「――!? ヒャアアアアアアッ!?」

 

 すると、逃げようとして片足がパイプ椅子の脚に絡まり、そのパイプ椅子諸共床に転倒した。

 

 それの音でこちらを振り返った彼らと、気まずい沈黙が続く。無様に椅子から転げ落ちた私を、鬼さん含め全員が冷めた目で見下ろしていた。いたい…… いろんな意味で……。

 

 鬼さんも私の魂胆に勘づいたようで、痛そうに腰を押さえる私を見下ろして、やんわりと微笑を湛えて言った。

 

「逃げようとしたの?」

 

 サーッと嫌な汗が流れた。

 

 ……自爆してしまったのかな、これ。

 

「うぁ、えっとー……」

 

 どうしよう。なんて言おう……。

 

 失敗した時のことなんて考えていなかったから、今更言い訳が出てこないよ。そこは案外前向きだった自分を殴りたい。

 

 それに少なくとも、彼らにこんなところを見られて動揺しているのかもしれない。普通なら、きっとこうはならないんだろう。

 

 そんなことを考えていたら、案の定だ。

 

 フラつきながらも立ち上がろうとすれば、スニーカーの解けていた靴紐を踏んで、バランスを崩す。再び無様な様を見せてしまった……。

 

 目の前にいた彼は、直前に反応して素晴らしい反射神経で避けていた。なんて身のこなしのいい人なの。こうなれば彼も巻き込めばよかった。それはそれで地雷を踏むことになるけれど……。

 

「……君」

「えっ、あっ、はい! すみません! すぐに立ちますからあぁぁぁッ!?」

 

 真下から鬼さんの暗い表情が見えたので、急いで立ち上がろうとしたら、これまた綺麗に磨かれた床に脚をとられてしまった。今度は背中から後頭部を強打。

 

 いい音鳴ったなぁ。

 

 ていうか、いったあーいっ!!

 

 立つことなんてもう忘れて床で身悶えていると、忘れていた頃に頭上から彼の声がする。

 

「…………大丈夫なの」

「えっ……?」

 

 彼が呆れたようにこちらを覗き込んでいる。

 

 今…… 心配されたのかな? 大丈夫かって、聞こえたような…… 頭打ってぼんやりしてるから、よく聞こえなかったなぁ。

 

 聞き返したかったけど、彼を不機嫌にさせたらその手の金棒が怖いから、悩んだけど聞き流すことにした。

 

 それより、また立ち上がろうと奮闘するけれど、ことごとく失敗していく。挙句には、彼から静止されてしまう始末。あはは……。

 

「ちょ、ちょっとだけ調子が悪いみたいで…… お、お気になさらず〜」

 

 無理に誤魔化そうとしているのは見え見え。不意に見た彼は、私なんかこれっぽっちも気にとめずに考え事をしている様子。なんか酷い。

 

「――……今朝の、そういうことか……」

「……はい?」

 

 ふと鬼の人の表情が険しくなったので、どうしたんだろうと、小さな声で聞き返す。

 

「……ひとつ聞くけど、花内まりや」

「どうして私の名前……!?」

「新入生の名簿には、一通り目を通してあるからね」

 

 その衝撃発言に、彼は平然としていた。

 

 私の中では、彼の存在がどんどん恐怖になっていた。

 

 よくよく考えてみたら、いきなり現れて、暴力振おうとしたり、彼が何者なのか全然わかっていないじゃない。そういえば、彼の名前すら私は知らないのに、向こうは名簿で私の名前を知っているらしい。冗談じゃないの……?

 

 でも、彼の方は冗談なんてこれっぽっちも言う目じゃない。冗談なんて言うタイプの人じゃないのはよくわかったけど。

 

 あまりにも冷め切った目線で、何を考えているのかわからない。本当に謎な人。

 

「今朝、校門前に設置してあった入学式用の看板が、跡形もなく崩壊した件について、君は何か覚えているかい?」

 

 ――――看板?

 

 最初はなんのことかわかっていなかったけれど、説明されるうちに今朝の記憶が少しずつ戻ってきた。

 

 今朝は家を出ると、玄関の庭で寝ていた愛犬の尻尾を踏んでキャンキャンと朝から吠えられ、逃げてきたところで道になぜかバナナの皮が落ちてあって運悪くそれに滑って転び、起きたところに今度は電柱の線にとまっていたカラスの群れに糞攻撃を喰らわれ、慌てて逃げてきたところで強風に煽られた桜の木から花びらが私の頭上に大量に落ちてきて、学校に着く頃にはフラフラな状態で意識も半ば朦朧としていて、その時何か強い衝撃が全身を渡って、パタリと倒れちゃったんだ。

 

 今日も絶好調だったな、自分。

 

 彼が言う今朝の看板のことについて、記憶を漁ってみる。

 

「……あっ。そういえば、あの時野良猫の大群に追いかけ回された後だったから、無意識に看板にぶつかって気絶しちゃったかも……」

 

 視線を上げてうつらうつらそのことを思い出すと、それを聞いた彼はなぜか苦い顔をしている。

 

「野良猫……? 何それ」

「何それって…… 誰だって一回くらいそんな経験ありませんか?」

「ないよ」

 

 馬鹿じゃないの、みたいな人を蔑むような目。バッサリと即答されてしまった。

 

 ムッ。そういう人ほど、あとで痛い目見るんだからね!

 

 おかげですっかり彼の気分を萎えさせたようで、あの物騒な代物を仕舞ってくれたのはまあ結果オーライとしよう。

 

 けれど、私に背中を向けた彼の足元からした硬い音に、ひょこっと意識が返された。

 

 靴の下敷きになった粉々の赤い破片を見つけて、その馴染みのあるカラーに絶望したくなった。

 

 自分の頭を触ってみて、最後の希望に縋ってみる。

 

 …………ない!!

 

 何かを踏んだことに気づいた彼が足を上げると、悲惨な現実を私に突きつけた。

 

「そ、そんなぁ…… お気に入りだったカチューシャなのに……」

 

 大きく真っ二つに割れたお気に入りのカチューシャが、そこに落ちてあった。

 

 さっきのドジの一連で、知らず識らずのうちに頭から外れて、床に落ちていたのを彼が気づかずに踏んでしまったんだろう。

 

 カチューシャの変わり果てた残骸を手に取って、今まで堪えていた涙が一気に溢れる。

 

 これ以上はないショッキングなことに、もう入学式とかこれからの期待とかアホらしくなってしまった。

 

 うぅ…… 私のカチューシャぁ……。

 

 

 

 私の落ち込む姿を見て、興ざめだと言うようにその人はおもむろに息を吐いた。

 

「……草壁。あとは任せるよ」

「はい。委員長」

 

 草壁と言う大男に後を任せて、さっさとどこかへ行ってしまった。

 

 そして、私の前にはひとつの大きな影が立ち憚る。

 

 恐る恐る見上げると、ガタイのいいその人は口に草を咥えていた。

 

「風紀委員会副委員長の草壁という者だ。委員長の命で、お前を配属するクラスまで送っていこう」

 

 ……風紀委員会?

 

 不良のたまり場じゃなくて、委員会?

 

 ていうか、あの鬼が風紀委員長?

 

 この学校って、一体何がどうなってるのーーーーー!?

 

 

 

 

 

 このドタバタすぎる出会いが、ここ並盛中学校で最恐と恐れられる風紀委員長――――雲雀恭弥との『ファースト・コンタクト』だったらしい。

 

 




夜にもう一話更新出来る……かな?
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