あれから数日。
校庭を見れば、桜も散って少しずつ季節の節目を迎える頃。
空には燦々と、一番高いおひさまが昇る頃、遠くで昼休みのチャイムが聞こえる。
珍しく鼻歌を口ずさみながら、人気のない廊下を一直線に進んでいく。本当にここに来るまで人っ子一人見ないけど、人目も気にしなくていいのでそこはプラスに考えよう。
晴れやかな気分で目的の場所まで来ると、コンコンとその教室の扉を叩く。以前に比べると、だいぶ緊張もしなくなった。
「失礼します」
中からの反応の窺うこともなく、マイペースに扉を開けて、プレートに『応接室』と書かれた教室へと入る。
予想通り
それにしても、本当に群れるの嫌いなんだなーって、つくづくそう思う。
その人の姿を見て、にこやかに彼の名前を呼んだ。
「お久しぶりです! 雲雀さん」
そこにいてくれたことがちょっとだけ嬉しくて、思いの外反応が大きくなってしまった。
「……呼んでないけど」
本人からは、とても冷めた眼差しを受けて迎えられた。も、もう慣れたもの。豆腐メンタルに出刃庖丁なんて喰らってないんだから!
少し余所見している間に、彼が目の前のテーブルに書類をそっと置いた。
「何か用?」
「あっ、はい! これを渡したくて」
ソファーの上で腕を組む雲雀さんの前に、おずおずとそれを差し出す。すると、私の手にあるそれをチラッと見てくれた。
あの何にも無頓着そうな雲雀さんが、態々興味を示してくれたと思うと感動して、張り切って彼にこう説明する。
「三度目の正直! この間の諸々のお礼にどうぞ、ぼたもちです!」
「…………」
そう…… 初めの頃からいろいろな目に遭って渡しそびれていたけれど、ようやくお礼を果たすことが出来る……!
私から無言でそれを受け取ってくれた雲雀さんは、しばらく黙ったまま、見た目からも異様な存在感のあるそれを見据えて、何やら考え込んでいるご様子。
あっ…… やっぱりぼたもち苦手だったかな……?
「……嫌がらせ? 喧嘩売ってるの? 咬み殺してほしいなら気軽に言ってくれればいいのに」
そんなに嫌いだったのか、トンファーを顎の前に差し向けられてしまう。思わず後退して脅威の彼から距離を置く。
どんだけぼたもち嫌いなのーーー!?
このまま彼を怒らせたままじゃ、病み上がりのこの身体が危ない。モタモタとしながら必死に弁解を考える。
「ちちち違いますよ! だから、雲雀さんに食べてほしくて持ってきたんです!」
「別に頼んでない」
「うぅ…… それを言われたら弱いけど……」
バッサリ断られてしまった。これじゃ、私の口からはもう何も言えない。
こんの、サバサバ鯖系め! あんこの代わりにお味噌塗ってあげましょうか!
断られたのはとてもショックだけど、気持ちだけでも…… これだけは伝えておかないと……。
「ただ…… 雲雀さんに喜んでもらえることがしたくて……。あの時、雲雀さんが助けに来てくれなかったら、私…… きっと生きることを諦めてました」
だから―― あの時助けに来てくれて、本当に嬉しかったんだよ。
その思いを打ち明けた私を、視線だけをこちらに向けて雲雀さんはじっと見据える。
「これだけは言いたくて――……。
来てくれて、ありがとう。見捨てないでくれたから――――雲雀さんは、私の命の恩人です」
自然と笑顔が溢れて、胸にとどめていた思いが解き放たれて、少しだけ今までの世界が明るく色づいていく気がした――……。
けれど、彼の方は、私の思いを素直に受け取ってくれるどころか、何やら深い溜息まで吐かれてしまう始末。あ、あれー?
「どこまでお人好しなの。言ったはずだけど。『借りは返した』って」
そう言えば…… あの朦朧とする中で、そんなことを言われたような……。
でも――
「なんのことですか?」
「……もういい」
雲雀さんの言葉に思い当たるところがない私は、思い切ってそう聞いてみたのに、本人からはこのあしらい。
はぐらかされたら、余計に気になる……。でも、口を閉じたらきっと開いてくれないんだろうなぁ。
下手に機嫌を損ねないように結局は諦めて、しょんぼり告げる。
「嫌いならしょうがないですよね……。また雲雀さんの好きなもの持って来ます……」
仕方なしにぼたもちの包みを下げようとすると、また溜息が聞こえる。
「……別に嫌いだなんて言ってないけど」
「えっ? それじゃあ……」
ぶっきらに返された言葉に、思わず笑みが零れる。
相変わらず目は合わせてくれないけど、その言葉だけで少しでも距離が近づいたように感じる。
内側から溢れる嬉しさを噛み締めて、早く食べてもらいたいと包みを解いて蓋を開ける。すると、なんとも言い難い鼻を曲げるような甘ったるい匂いが。
……そういえば、ここに来る前に何回か廊下の角にぶつけてきてしまったんだっけ……。
「……さながら地獄絵図のようだね」
「あっ…… ハハッ……」
もわ〜んとした香りを放って、ぼたもちの大群が姿を見せた。
その感想をボソリと呟いた雲雀さんに、私もまた枯れた声でどうにか笑うしかない。
「え、ええと、べべべ別に
なんてったってうちのママの味なんだから! 本当ですよ? ママの味に嘘はないんですから、眼と牙光らせるのやめてぇぇええええええッ!!
「ふぅん。そう…… ねぇ、知ってるかい?」
どこかのそら豆みたいな決まり文句をつと言い放った雲雀さんに思わず目を向ける。ついに咬み殺すに言い飽きたのか……!?
「――ぼたもちってね、地方では『半殺し』って言うらしいんだよ」
その一言で、室内の空気がピリピリとしたものを纏う。
あれ…… なんだか悪寒がするような……。
「あっ…… テレパシーで急用が入ったので、私はこの辺で……」
身体が勝手に扉の方へ後退ると、そこにちょうど外からノックが入る。
「委員長。恐れ入りますが、グラウンドの方でまた問題――ガッ!!」
ノックをして間もなく入ってきた草壁さんが、私の真横で血を吐いて倒れていった。
と、登場して3秒で咬み殺された……。
草壁さあああああああん!!
「ちなみに、地方によっては『皆殺し』とも呼ぶらしいよ。素晴らしい名前だよね。ドジっ娘……」
ハッと前を見れば、猛獣の本能を露わにした鬼の風格があった。
「安心しなよ。見返りはこれできっちり払ってやるから」
一振りで返り血を拭って、その眼に標的がロックオンされる。闇黒を纏うその眼に、恐怖に絶望する私の表情が窺えた。
本能的にその場から死に物狂いで逃げた。
「うん。いい逃げ足だよ。咬み殺し甲斐がある」
ヒィィィィッ!! 勝手にあっちで盛り上がってるよー!! 私にどうしろって言うのーーーーッ!?
こんなオチを期待したわけじゃないのに…… ないのにィィィィィッ!!
どうかお慈悲をぉぉおおおおおッ!!!
――その日、一人の女子生徒が、最恐の風紀の鬼に追い回されるという、並中の伝説に新たな1ページが生まれるのでした。
*キャラあと 〜キャラクターたちのあとがき〜
まりや「あれ? ここは一体……」
草壁「どうやら作者ひばりのが、オレたちをここまで引っ張ってきたようだな」
まりや「草壁さん!? ててててことは、ひひ雲雀さんも……」
草壁「落ち着け、花内。委員長は休まれていた分の雑務に追われ奇しくもここには来られない」
まりや「そ、そうなんですか……(むしろ来ないでほしいよ! あんな平穏ブレイカー!!)」
草壁「ところで、花内。お前はここに放り込まれた理由がわかるか」
まりや「いいえ。さっぱりです」
草壁「そうか。聞いたところによれば、この話も第一章を終え、新章開幕とするようだ」
まりや「おおー! ようやくですね!」
草壁「オレたちはその報告兼ね宣伝要員としてここに呼ばれたらしい」
まりや「なんだかんだでこのお話もだいぶ話数が増えましたからね〜。作者もよくここまで書いたものですよ〜」
草壁「これも日頃から読んでくれている読者のお陰だろう。本当に感謝している」
まりや「新章ということは、どんなサプライズが用意してあるんですか?」
草壁「これも聞いたところによれば、ついにあの方たちが暴れ出すようだ」
まりや「あ、あの方たち……?」
*
あの方①「――へっくしゅん! あれ、くしゃみが……」
あの方②「まさか花粉症ですか!? すぐにお薬を! 10代目!」
あの方③「オレたち誰かから噂されてんのな〜」
*
まりや「ともあれ、新章も賑やかになりますね〜」
草壁「そうだな。しかし、風紀を乱すなら、我々も黙ってはいない」
まりや「き、肝に銘じます……」
草壁「そうしてくれたら助かる」
まりや「風紀委員も大変そうですね。さっき雲雀さんに咬み殺されたところ、もう大丈夫なんですか?」
草壁「ああ。これくらいで風紀委員が務まるか」
まりや「(最早次元を見透かした目)」
草壁「どうかしたか。花内。目が次元を超えたようなものを見つめているぞ」
まりや「いえ…… つくづく、あの雲雀さんが新入生のために入学祝いのプレートを作ったなんて、考えられないなーって」
草壁「委員長も学校のためならば、時には一肌脱がれるさ。それに、今年は
まりや「えっ?」
草壁「まあ、その話はまたいつかしよう」
まりや「はぁ…… 特別ですかぁ」
草壁「花内。この辺りで締めておこう」
まりや「それでは! 第二章『センパイ来る!』どうぞお楽しみに!」
草壁「(今更ながらオレの出番はあるのだろうか……)」