ドジっ娘は風紀委員長様のおきにいり!?   作:ひばりの

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ドジも犬の散歩から

 

 放課後。

 

 学校から帰ったら、どっと来る一日の疲れを振りきって、ポチの散歩に出かける。

 

 首輪にリードを繋いで、散歩に行く前にご褒美でももらったのかパワフルに駆け出す愛犬に振り回されつつ、景色も見慣れ始めた住宅街を進む。

 

 ポチは、いつも元気だなぁ。

 

 気を抜けばどこへ走り出すかわからないわんぱくな犬にほとほとと溜息を吐きながら、リードを手首に巻いてしっかりと握る。

 

 途中にある電柱まで駆け寄ったところで、ようやくおとなしくしてくれた。

 

 ホッと肩の力を緩めながら、ポチの支度を待っている間に、あの後のことを脳裏で思い出して、ふとまた溜息。

 

 ……どうしてこうなった。

 

 

 

 

 

 

 

 ――時を遡ること、1時間前。

 

 応接室という猛獣の住処に自ら飛び込むという自殺行為真っ只中の私は、この際覚悟の上で雲雀さんと対面していた。

 

 今回はさすがにやってしまったと自覚している。教室破壊なんて…… まさかバナナの皮ひとつでやってのけてしまうなんて思わなかったもの……。

 

 迷惑かけたどころの話じゃない。賠償請求なんてされるくらいなら、咬み殺される方がまだマシ…… な、はずだと、そう自分に何度も言い聞かせて、そうしてここまでやって来たんだ。

 

 私の入室を、欠伸と共に了承した雲雀さんは、こんな時に見せる冷ややかな微笑を湛えて、獲物である私の視線を鋭く射抜く。

 

「尻尾を巻いて逃げなかったことは褒めてあげる。ドジっ娘」

 

 本当にそう思っているのか、腹の底が見えない相手にただひたすらビクビクしているしかない。

 

「わかってるよね。君をここに態々呼んだワケ」

 

 そんな恐ろしいことを、態々口にして言いたくない。

 

 キュッと唇を噛んで、両手を強く握り締める。

 

 

「――咬み殺す」

 

 

 悪魔も唸る大鬼の囁きが聞こえると同時に、固く目を閉じて祈る。

 

 だ、だだだだだだ大丈夫。意識なんてきっと一瞬で吹っ飛ぶから。アーメンアーメンアーメンアーメン……。

 

 

 

「……と、言いたいところだけど」

 

 ……真っ暗な視界に、ふとそんな声がして、そうして沈黙が続く。

 

 ……ん? あれ? いつ咬み殺されたの?

 

 薄っすら目を開けると、そこには雲雀さんと、何の変哲もない応接室の風景。血祭りの血の色も見当たらなかった。

 

「生憎見ての通り、風紀委員会の仕事が忙しくてね」

 

 デスクの上の書類の山を拝んで、唖然とする。

 

「はっ……? えっ……?」

 

 思考が追いつかない間に、雲雀さんはこちらを振り返り、そうしてこう告げたのだった。

 

「君を咬み殺すのは、ひとまず置いておくよ」

 

 そうやんわりと彼が微笑んで、私は雲雀さんの新しい一面に気づかされる。

 

 雲雀さんといえど、人の子…… 今まで鬼畜とか悪腫瘍とかこの○○○(ピーー)とか思っていてごめんね!

 

「ありがとうございます!」

「何言ってるの?」

「へっ?」

 

 間髪入れず返された一言に、呆気にとられる。と、素っ頓狂な表情で固まる私を見て、あの雲雀さんがほくそ笑んだような口元を見せる。

 

 

「来週辺りの3連休(GW)…… 修理代の分ここで働いて、最後に咬み殺してあげるよ」

 

 

 ……爆弾の導火線が少し伸びただけだった。

 

 こんの○○○(ピーー)!!!

 

 

 

 

 

 

 

 ――――ということがあって、おかげでさっきから頭が痛い。

 

 そんなの、処刑台の上で放置されてるようなものだよ。首を固定されて、頭上にギロチンの刃が迫ってるっていうのに、ずっと放置だよ。こっちは死ぬ覚悟固めてるっていうのに、放置なんだよ。なんなの、この歯痒さはッ!!

 

 思い出してまた歯をギシギシさせていると、リードからポチの合図が伝わる。おとなしくしてくれていたようだ。

 

「あー…… 今日もてんこ盛りだね」

 

 あえて何とは言わないが……。

 

 日常茶飯事のことなのでもう慣れたのもあるけど、この量は少し食事を与え過ぎかもと何かと心配になる。食いしん坊で元気でいてくれることは嬉しいけど、ポチも歳だし、身体の負担にならないように気をつけないとね。

 

 それを回収しながら、愛犬の健康管理につい真面目になっていると、雲雀さんのことはすっぽり頭から抜けていた。

 

 普段から結構甘いところがあって、躾がなってないしなぁ。飼い主として恥ずかしいけど、せめて躾に逆ギレして頭に噛みつく癖は直させないとな……。

 

 少し先のことが思いやられていると、ひとまずは一息吐いて、やけにおとなしく待っているポチに帰るよとリードを引っ張る。

 

 ――ん? やけに素直だな? もしかしてこれも苦悩の賜物かも?

 

 お利口さんにしている愛犬を褒めてあげようかとサッと振り向く。

 

「人があんたの○○(ピーー)片付けてる間にあの犬はーーーっ!」

 

 見ると、オレンジ色の首輪が地面にポツンとお利口さんにしている。

 

 薄々わかってたけどね! 自分からフラグ立てまくりましたけどね! 何かッ!?

 

 明日のおやつはなしだと即決して、目の色を光らせるとあのバカ犬を探しに住宅街の中を突っ切っていくのでした。

 

 

 ********

 

 

 30分かけて住宅街を走り回って、ようやく茶色のもふもふしたヤツを見つけた。

 

「ぐぼぎゃすぼへぇっ*△◎♨︎#×!」

「アンアンアンッ♪」

 

 何事ーーーーーー!?

 

 駆けつけた時には、子どもが道端でうちの犬にいいように遊ばれ、頭から噛みつかれていた。

 

 ていうか、あの子…… あの牛柄の男の子〜〜〜!?

 

 呆然と見ていると、噛み癖は酷くなる一方だった。

 

「ぅあ゛あ゛ああぁぁぁぁアアアア゛アアア゛〜〜〜〜〜〜ッ!!」

 

 ついには本格的に泣き出してしまった。泣き声でようやく我に返ると、急いで男の子をポチから離してあげる。

 

 イデデデデッ! だからって私の腕に噛みつくなーーッ!

 

 腕を噛まれたまま首輪を拾って、なんとか首に巻きつけると、近くの電柱に結んでおく。

 

 ポチをなんとかしたところで、今度は泣きじゃくる男の子の方をなんとかする。

 

 正直バナナのこと、まだ忘れてないんだけどなぁ……。

 

 最初はどう接していいのやら、お手上げ状態だったけど、目の前で延々と泣いている姿に、さすがに胸が痛くなる。……仕方ないよね。

 

 腰を屈めて、男の子の近くまで近づいてみる。怪しい人じゃないよ〜〜。にっこり笑って少しでも安心してくれるように、がんばれ表情筋!

 

 すると、男の子が涙目でこちらをチラッと見てくれる。チャンス!とばかりに表情筋を駆使して宥める。

 

「ラ、ンボさん5歳は、アメ、ちゃん、くれない、と…… ゆる、さ、ないもん、ね……」

 

 泣きながら何この図々しい子ッ……!

 

 少し後悔した気持ちにもなるけれど、このまま泣き止んでくれないのも困る。

 

「アメなんて今持ってな…… あっ」

 

 ゴソゴソと制服のポケットを漁ってみると、あった。いつしか春奈ちゃんからもらったお菓子のアメだった。

 

 よしっ、これだ!

 

「ごめんね。このアメあげるから、機嫌直してね」

 

 水色の包装紙に包まれたアメを男の子の掌にそっと置いて、渡してあげる。

 

 しばらくじーっとそれを見て、男の子はそうして私とアメを交互に見つめる。

 

「ん〜〜、しゃあないなぁ〜。ランボさんは〜、将来ボヴィーノの偉大なボスになるからぁ〜、アメちゃんで許してやるよ〜〜」

 

 いきなりなんか態度デカいなっ。

 

 ま、まあ、機嫌も直してくれたことだし、よしとしよっか。いつしか春奈ちゃんからアメをもらっといてよかった〜。

 

 それにしても、どうしてこんなところにずっと入れてあったんだっけ?

 

「ゔぉえ゛え゛ええぇぇぇぇ゛ぇぇ……」

「あぁああっ!! たしかそのアメ、エスカルゴ風かたつむりの粘着質味!!」

 

 笑顔で春奈ちゃんがくれたけど、それでしばらく食欲なくしたんだった……!

 

 すぐさまアメを吐き出して、再び泣きじゃくり出した男の子にあたふたと手を焼いていると、「ランボー!」と遠くから聞き覚えのある声が。しかも、だんだんこちらに近づいてくる。

 

 こ、この声は――!

 

 

「何事ーーーーーー!?」

 

 案の定、沢田さんが駆けつけるなり、少し前の私と同様なことを叫んでいる。

 

 うん、無理もないと思う。沢田さんが駆けつけた頃には、再び脱走したポチが男の子の頭に噛みついて、さらに泣きじゃくる事態になってしまっていたから。どうやら噛み心地が気に入ったようだ。

 

 じゃなくてーーー!!

 

 結局駆けつけてくれた沢田さんと2人で収拾することになってしまった。面目ないです。

 

 ランボ君をあやしながら、片手間に私に気を遣って話しかけてくれた。

 

「それにしても、どうして花内さんがここに……」

 

 改めてここにいることに疑問を投げられると、言葉に詰まってしまう。

 

「じ、実は、散歩中に……」

「そ、そうなんだ。た、大変だよね。犬の散歩も……」

 

 あっ。この目、絶対ドン引きしてるよ……。

 

 春なのに、どこからか冷たい風が吹く。辺りにぎこちない空気が漂うと、お互いどうしていいかわからず、だんまりになる。

 

 リードを手繰り寄せて、柔らかい身体をギュッと抱き寄せる。腕の中でポチが吠える。丸っこい目は、沢田さんの胸の中のランボ君をまだ狙っている。向こうもすっかり怯えきって、こっち見てくれないよ……。

 

「ごめんなさい! うちの犬が……!」

「う、ううん! こいつもイタズラっ早いから、いい経験になると思うし!」

 

 全力でフォローしてくれる沢田さんに頭が上がらない。バナナの件はあれど、ランボ君も怖がらせてごめんね……。

 

「そ、それより…… 花内さんの手が噛まれてるけど……」

「あっ。大丈夫です。慣れてますから」

 

 ちょっと刺激が強い程度の甘噛みだし、これも一種の愛情表現だと、沢田さんに冗談混じりの笑顔で返す。

 

 あっ…… もう言葉も出ないようだ……。

 

 沢田さんが何やら青い顔でショックを受けている間に、ポチの散歩もまだあるのでそろそろお別れの言葉を考えていると、ハッとしたように沢田さんの顔色が戻る。

 

「あのさ、そういえば保健室のあと……」

 

 沢田さんがそう言い終わらないうちに、咄嗟に出た声に掻き消される。

 

「あっ! ポチ!」

 

 少し気が緩むと、隙間を掻い潜って脱走の達人はリードごと逃げ出した。あんんんの暴れ犬うぅぅぅ!

 

 沢田さんに断りを入れる暇もなく、一礼をしてその後に私はポチのあとを追いかけていった。

 

 

 ********

 

 

 私たちが慌ただしく去った後、住宅街の道端で呆然とその後を見つめていた沢田さんが、その方向を眺めながら不意に呟く。

 

「花内さんって、ホント変わってるよなぁ……」

 

 その言葉の意味するところを知る術もなく、その呟きは閑静な住宅街にいつしか溶けて消えてしまった。

 

 少し落ち着いたランボ君にせがまれて、さっさと踵を返そうとする彼の背後に、小さな影がそれを見つめる。

 

「たくっ、リボーンの奴。ランボにムカついたからって外まで蹴り飛ばすなよ。オレが探すはめになるんだからな……」

 

 帰りしなにも沢田さんがブツブツと小言を唱えていると、腕の中のランボ君が身体をプルプルと揺らして、涙を堪えきれない目で一点を見つめる。

 

 それに気づいた沢田さんが「どうしたんだよ、ランボ――」と顔を上げる。

 

「レッツ・ナマステ!」

「どわあぁぁーーーーーー!!!」

 

 目ん玉を剥き出しにして驚く沢田さん。その様子に、ランボ君もちょっと引いている。

 

 ターバンを巻いて、インド風の衣装を着込んで現れた赤ん坊に、沢田さんが戸惑いながらお決まりのツッコミを入れる。

 

「いつからいたーーー!?」

「気配を消して、ずっとここでヨガしてたぞ」

他人の家(ひとんち)の塀で勝手にヨガすんなよーーー!!」

 

 器用なことにヨガのポージングを決める。その姿に沢田さんも呆れ果てるしかないようだ。

 

「つーか、なんなんだよ! その格好!? ナマステじゃないよ!」

 

 気を取り直して、赤ん坊に事を問い詰める。すると、あっけらかんとして赤ん坊は答える。

 

「ピラミッドはもう古いぞ。今度はタージマハルパワーを始めようと思ってな」

「だからそれ始めるものかーー!?」

 

 全力のツッコミが住宅街に響き渡る。

 

 沢田さんのツッコミが炸裂した後、ついに堪えきれなくなったのか、ランボ君がぐずり出してしまう。

 

「うぁああんっ! リボーンなんて嫌いだあああッ! あっち行けえぇぇ!」

「ちょっ! ランボ!」

「相変わらずウゼーな。ママンが作ったおやつパクリやがって」

「やめろってーーー!! もうオレの分やるからさーーー!!」

 

 険悪な2人の間に入ってどうにかイザコザをやめさせる。そんな彼の顔からは苦労が拭えないのであった。

 

 

 

 夕陽も差した頃、もう帰ろうと沢田さんが告げる。

 

 けれど、赤ん坊は一点を見つめて、そこから微動だにしない。

 

「リボーン?」

 

 沢田さんがもう一度呼ぶと、「聞こえてるぞ」と彼の顔面に足蹴りを喰らわせる。沢田さんが、理不尽だ!と抗議の声を上げるけれど、案の定聞いていないようで、沢田さんも仕方なくあっさりと諦めた。

 

「なぁ。そういえば、どうしてリボーンがここにいるんだよ?」

 

 ふと思った疑問を本人に投げかける。まさか、自分からランボ君と仲直りしに来たのかと、沢田さんが変な勘繰りをしていると、視線も返さずに赤ん坊は口を開く。

 

「……さあな」

 

 なんだよ、と沢田さんが零して、結局はぐらかされる。

 

 そのつぶらな瞳が、ヒットマンの眼光を鋭く光らせていたことを知る由もなく、遠くの空でカラスが鳴いていた。

 

 

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