ドジっ娘は風紀委員長様のおきにいり!?   作:ひばりの

29 / 50

原作の方と似たり寄ったりしなかったりです。



おにぎり実習

 

 ――――南窓から差し込む朝日に照らされた自室の天井の一面が映る。

 

 ボーッとする頭で、それをしばらく見つめて、寝起きの鈍い身体に力を込めるように、のっそりと起き上がる。

 

 眠気が消えていない(まなこ)を掻いて、この視界を眩しいくらいに照らす太陽の光の入口に視点を止める。そして光を通して、いつものありふれた日常の風景が、透明な板一枚を通して窺えた。

 

 次に目を覚ましたのは、自室のベッドの上だった。

 

 ここまでの記憶が曖昧なのに、気がつけばこの時期の薄手の布団に包まれてぐっすり寝ていたのか。

 

 唸るようにベッドの上で悶絶して、正確な意識を掘り起こそうとすれば、寝起きの頭が重い。岩で殴られたような鈍い痛みが頭を襲ってくる。

 

 薄手の布団をもたつく手先で手繰り寄せて、心を落ち着かせるようにギュッと抱きしめる。

 

 気がつくと荒くなっていた呼吸を整えて、ゆっくりと吐息を吐き出す。それがどこか疲労感を持って口から零れ落ちる。

 

 ……ここ最近のいろんな環境の変化に、この忌々しい体質も踏まえれば、仕方のないことだと思う。

 

 きっと、ここ最近のめまぐるしい出来事に、心身共に疲れ切って、自分でも無意識にベッドへと直行していたんだろう。

 

 きっと、思い過ごしだよね。

 

 そう自己解決すると、やっとベッドから縮こまった身体を起こして、顔を洗いに行く。

 

 途中、リビングで朝ごはんをテーブルに並べていたお母さんと目が合い、軽くおはようと挨拶をした。

 

「起きたのね。おはよう、まりやちゃん」

 

 いつもの笑顔で、お母さんが返事をしてくれる。

 

「お母さん……」

 

 パジャマのままそこに佇む私を、手をふと止めてお母さんが見つめ返してくれる。

 

「どうしたの? 体調が優れない?」

「ううん。なんでもないよ……」

 

 普段みたいににっこりと微笑みかけてくれるだけで、不思議と安心出来る。私は、首を振ってそう答えた。

 

 お母さんも朝一番の笑顔を見せて、並べ終わったお皿からそっと手を離し、にこやかにこう言った。

 

「そう。それなら、よかったわ。早く準備していらっしゃい。蒼哉ちゃんももう先に行っちゃったわよ」

「えっ?」

 

 キョトンと私が返事をすると、笑顔を絶やさずに母の手がそっと壁にかけられた時計の針を指し示す。

 

「早く支度した方がいいんじゃないかしら?」

 

 いつもより、せっかちな時計の針が、刻々と秒針を刻んでいく。

 

 時間に置いていかれるかのように、私の中では時が止まって、どこからか湧いてきた二文字の言葉が、行き場に戸惑う迷子のようにぐるぐると真っ白な頭に巡った。

 

 

 遅刻ーーーーーーーッ!!

 

 

 それから、胸にわだかまる違和感も忘れて、急いで家を出たのは言うまでもなく――……こんな普段の日常が幸せだったんだと、気づくことすらなかったんだ。

 

 

 ********

 

 

 ギリギリに学校に来ると、朝から家庭科室で実習ということで、教室はしーんと静まり返っている。急いで支度をして、私も教室を後にした。

 

 本鈴のチャイムと同時に転がり込むように教室の中へ、ドアをスライドさせた瞬間勢い余って中へスライディングセーフしてきた私の姿は、朝から何事だとクラスから噂となった。グスッ…… これでも平常運転だもん。

 

 最初こそ担当の先生からビクビクされたものの、調理実習が始まり、今回の課題であるおにぎり作りが各班に分かれて行われていた。

 

 出席番号に沿って複数の班に班別されていて、各々のところからおにぎりの具の話題やらで盛り上がっている。

 

 ちなみに、おにぎり実習は女子の担当で、男子はこの授業では多目的室で木箱作りをしているはず。この差を考えると、女の子に生まれてよかったなとつくづく思う。

 

 テーブルの上に用意されている数種類の具材に私もうつつを抜かしつつ、梅をチョイスして握っていたところだった。

 

「ほぅほぅ。まりやちゃんは結構渋めな梅派なのね。恋愛においても硬派で一途なのかしら?」

 

 なんて言ってお隣からやって来たのは、出席番号も近くこの実習でも同じ班だった春奈ちゃんだった。あー、なんかゴタゴタになりそうな予感。

 

 既視感のようなものに遠い目を返した私に全く気づいている様子もなく、彼女は手持ち無沙汰でこの実習に真面目に取り組む気もないようで、こうしてちょっかいを出してくる。普通にやめてほしい。

 

 しかし、物事をはっきりと言えない性分である私は、心の中で相手に愚痴ることしか出来ず、結局いつも彼女の話に付き合うことになる。

 

「ところで、まりやちゃんは知ってる?」

 

 なんとも陽気で可愛げのある笑顔に思わず見惚れそうになる。幸いおにぎりを黙々と握って意識を集中させる。仕方なく「さぁ、聞き返してきなさい」と言わんばかりに私の返事に期待を寄せる彼女に、何のことかとその言葉の意味を問い返す。

 

「ここ並中に始まり、並中生徒の1年次のみに与えられる限定恒例行事のひとつ、女子から男子へこの実習で作ったおにぎりを手渡すのよ」

 

 あー、はいはい。とまた碌でもないことだろうと聞き流そうとして、ピタリと手が止まる。

 

「えっ!? 何それ!?」

 

 慌ててぐるんと彼女の方に向き直る。にんまりとしたたかに笑う春奈ちゃんと目が合って、視線を逸らしたくなった。頭のいい彼女は、私の思うところも簡単に想像して、まるで思考の中まで覗き込まれるようで全くいい気はしないから。

 

「まぁ、並中春のバレンタインデーとでも言うのかしら? いつしかこのおにぎり実習が、並中生の間で恒例のラブ・イベントとして持ち上がってるのよねぇ〜。

 気になる意中に渡すもよし、媚びを売っておくもよし。

 まさに『胃袋を掴んで男を掴む』――女共のむごい本性を物語るようだわ」

 

 彼女の酷い言い回しはともかく、並中にそんな密かな恒例行事があったなんて……。

 

 わなわなと震える手で歪なおにぎりを握る。

 

 どおりであちこちから浮かれた恋バナなんかが舞い込んでくるはずだ。男子がこの場にいないのもあるけれど、いつもよりオープンな女子トークが教室内に飛び交っていた。

 

 いいなぁ。こうして聞く側に回ると、恋っていいなぁ……。いつかの遠い昔話のように思う。私なんて恋バナどころか、相手すら思い浮かばないし、思い返せばクラスの男子からは大抵は避けられているし。

 

 だから、彼女からのどの男子にあげるのかしらという期待の眼差しには生憎と応えられない。

 

 この蒸したじゃがいものように崩れたおにぎりも自分の中で消化しようと、冷え冷えのご飯のように気持ちが冷め切っていたところに、春奈ちゃんがこんな口を開いた。

 

「あっ。でも、あくまでこれはジンクスというのかしら。このおにぎり実習で男子におにぎりを渡さないと、卒業するまでの3年間呪われたようにお一人様確定らしいわよ」

 

 ……その言葉だけですでに呪われた気分の私は、とてもついさっきのようにおにぎりの具で浮かれてなんていられない。

 

 このおにぎりを一人の男子に渡せないだけで、私のリア充ライフが0になると言うの!? しかも回復方法なし!?

 

 なんとも無条理な条件を言い渡されて、このおにぎり実習の実態を知ることになる。

 

 ――これは、ただのおにぎり実習じゃないんだ。春奈ちゃんが言った通り、ここは女の合戦場。

 

 一縷の望みも託せないこの状況下において、しかし私にも譲れない事情ってものはある。家のリビングのテーブルにポツンと残された包箱を思うと尚のこと。

 

 今日のお昼に食べようと思ってたのに〜〜ッ!

 

 この実習が助け舟と思っていたのに、そんなことはなかった……。

 

 そして、状況は過酷だ。どこかの誰かさんの鬼畜の風紀野郎のせいで、男子はおろかクラス全体から浮いている。そんな立場で一人の男の子におにぎりを手渡すなんて荒業かませないし、前提として相手が受け取ってくれるはずがない!

 

 なんて私に不利な戦い。酷い。こんなに健気に生きているのに……。

 

 このままぼっち人生という黒歴史が脳内辞典に名を馳せるのかと思うと、フグの毒でも喰らったようにこの手がわなわなと震える。

 

「あら、まりやちゃん。梅しそなんてまた姑息ねぇ」

「………納得いかない。人の噂はどこまでも拗らせるくせにっ…… そんな情報は音沙汰なしって…… たかが授業で作ったおにぎりで、私の残りのライフ奪われるなんて、冗談じゃないわよっ!」

「あっ」

 

 ふと、春奈ちゃんの声に我に返る。

 

 手元を見れば、おにぎりを握り潰していた手で思いっきりテーブルの上を叩いていた。辺りに散乱する米粒…… つい自分を見失ってた……。

 

 すぐに流し台のふきんに手を伸ばそうとすると、床にまで落ちていた米粒を踏んで手元が狂う。ジャー!と豪快に水道水が溢れ出てしまう始末。

 

「見てよ。あの娘ったら、またみっともないことしてるよ」

「ホントいい迷惑だよね〜。あの娘が余計なことするせいで、こっちの手間が増えるんだもの」

「そうそう。うちらの班が一番遅れてるし。あの風紀委員のおきにいりだからってさぁ」

 

 向かいで作業をしている女の子たちが、そんな風に話している内容をふと聞いてしまう。

 

 ――――こんな体質があるから。

 

 疎まれて、笑い者にされて、否定されて――……。

 

 けれど、仕方ないもの。

 

 運命なんて、そんなものじゃない。

 

 変えられるなら、もう誰も傷つくこともないんだから。とっくに誰かが変えられているんだから。

 

 それを変えられる奇跡なんて、私には無理とわかっている。

 

 だから、人はこんな言葉を口にしたの。

 

 

 『運命は、残酷なんだ』って――……。

 

 

「まりやちゃん?」

「……えへへっ。ごめんね。片付けておくから、気にしないで」

 

 友達がかけてくれる声にも、ちゃんと応えてあげられない。

 

 最低だ。私。

 

 もう、そんなことさえ、今更だよね。

 

 少しして、校内にチャイムの音が響き渡った。

 

 

 ********

 

 

 実習が終わると、1-Aクラスでは、男女の甘酸っぱい青春がちらほらと咲き誇る。

 

 そんな中、私は置いてけぼり組だ。

 

 いいもん。私にはどうせ早いもん。お一人様大歓迎だもんっ。

 

 グズッと鼻を啜ったところで、他方では実習でも一緒だった春奈ちゃんが、なんとなんと男子と教室の隅で絡んでいる。というのも、相手は新垣君だけど。

 

 なんだかんだちゃっかり作っていたんだと、じと目で彼らの様子を見守る。最初は何やらもぞもぞとしていた新垣君が一口それを食べると、まるで味を噛み締めるかのように一点を見つめて、それからピクリとも動かない。そんなに感激するようなことなのか。そして、相手が春奈ちゃんだからかな。とりあえず爆発すればいいのに。

 

 ふと見下ろした自作の形の歪なおにぎりを、今の自分の心を投影したような、その残念すぎる完成度に、内心絶望感に震える。

 

 ――と、そんな時、教室のスピーカーから、軽やかな校内放送のメロディーと共に、野太い男の人の声が、教室の空間を支配する。

 

『1-A在籍の花内まりや。至急、応接室へ来るように。繰り返す――』

 

 白眼を剥きたくなるような、ぶっ飛んだまさかの放送内容に、周囲の目も寒々しいものだ。

 

 いやはや、おにぎりイベントに浮かれていたところに、水を差すようで申し訳ないと思ってるよ。本当だよ?

 

 まあ、それはいいとして、放送を聞いてから、特に教室の窓際でこちらの様子を窺う春奈ちゃんの視線をビシバシと感じる。

 

 何が、親指突き立ててグッジョブ!なのよッ!!

 

 校内放送―― ということは、今この瞬間に全校生徒職員にこのことが知れ渡る絶望感に思いやられる中…… 突き刺さるクラス中の視線を背中に受け、そっと静かに教室の扉を閉めた。

 

 

 ********

 

 

 放送を終えて間もなく、私が応接室までやって来た。

 

 これから待ち受けることに頭が痛いのか、無機質な扉を前に触れる程度の力でその面を叩いて、中からの反応をしばし待つ。

 

 扉の向こうから、さらに無機質な声が返事をした。この扉を叩いただけで人物を特定出来るのか、戦々恐々としながら中の人物の指示通り、おずおずと中にお邪魔する。

 

「座りなよ」

 

 久々の応接室にお邪魔して、間もなく発せられたのはその言葉だった。

 

 全く愛想の欠片もない……。

 

 自分から呼び出しておいて、もう少し(わたし)に気遣ってくれてもいいじゃない。あんな一方的な呼び出しってある!?

 

 内心彼に当たり散らしながら、応接室の扉を音を立てないようにそっと閉める。私が恐る恐る入室してきたのを、部屋の主はソファーから視線だけを寄越す。

 

 校内放送なんかで私を呼び出す芸当をしてみせた本人である雲雀さんは、向かいのソファーにおずおずと腰を下ろしたのを確認して、次に私の膝の上の手元にじっと視線を落とす。

 

「何それ」

 

 二の次に彼が発したのは、この手に大事に抱えられたおにぎり3兄弟に向けて投げられた問いだった。ちなみに右の長男から、梅、明太子、ツナマヨである。

 

「風紀委員に呼び出されて、関係ないものを持ち込むなんて、いい度胸してるね」

 

 あんたがこんな時に呼び出したんだろーーー!!

 

 ……とは思いつつ、そんなこと学校の裏ボスに向かって言える度胸もない。どうせチキンだよ!

 

「とにかく、没収」

「あぁあ……」

 

 今日のお昼ごはんが…… と名残惜しんでいる時に、そんなことお構いなしだと雲雀さんがこちらを睨んで話を本題へと持っていく。

 

「それで、どういうことなの」

「……何がですか?」

 

 まだおにぎりの感傷に浸っていた私は、彼が尋ねることの本筋が全然見えていなかった。

 

 この状況の中で現実逃避したいとか別に思っていない。彼の話を聞くどころか、声も受け付けたくないとか、断じてそんなこと思ってないんだからー。

 

 すっ惚けた顔で彼を見つめ返すと、物凄く呆れた顔であちらの話が淡々と進む。地味に傷つく。

 

「昨日一昨日と、無断欠席したことだよ」

 

 そして彼は、黒檀の眼差しを向ける。

 

 その眼差しに、肩がビクリと震える。

 

「君から何か弁解は?」

 

 正面から私を見据える眼が、獲物を逃さない野心を滾らせ、追い詰める。

 

 ……どうしたって、逃げられないのかな。

 

 あの日の後悔から――……。

 

「――って、人が真面目な時に何食べてるんですか!?」

「食べ物じゃないの? これ」

「そうですけども!」

 

 人が作ったものをあたかも劇物のように言うのはやめてください! ていうか、勝手に食べてるなッ!

 

 いつかの占いの精霊さんが言っていたことがチラついて、ああもうなんだかやりにくいなぁ。

 

 こんなやりとりで、いつ話を切り出していいかもわからずに結局黙り込む。

 

 ……あれ? いつからだろう。

 

 忘れたいと、卑怯だとわかっていて、後ろを振り返られなくなったんだろう。

 

「……君が、並盛にやって来てから、風紀は一層乱れ、秩序は常に不安定だ。その自覚はあるのかい」

 

 長男の梅太郎を、彼があっさりと平らげてしまった後、そんな問いかけがかかる。

 

 ……そんなの、とっくに知ってるよ。

 

 あなたに態々言われなくても。

 

 私なりにいろいろがんばってみても、迷惑かけることしか、結果として出来なくて……。

 

 調理実習の女の子たちが言うように、どんくさくて、いつも邪魔してばかりで……。

 

 ああ、どうして、こんなのばっかなんだろう。

 

「……特にはないようだね。ここで君を咬み殺してもいいけど、まあ…… 楽しみがなくなるのもつまらないしな」

 

 自分の胸の内に溜め込んで、押し込んでおくのも、もう限界だよ。

 

 あの日から、ずっと責め続けてきた。

 

「――――……さい」

 

 少しくらい、吐き出して、楽になりたい――……。

 

「私なんかが…… ごめんなさいっ……」

 

 こんな形でしか、償えなくて、ごめんなさい。

 

 




*おまけ

長男:梅太郎
次男:明太子次郎
三男:ツナマヨ助
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。