ドジっ娘は風紀委員長様のおきにいり!?   作:ひばりの

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引っかかること  vorbesc.雲雀恭弥

 

 今年も入学式は滞りなく済んだ。式内の風紀も問題ない。

 

 それが終わった今、僕は風紀委員の奴らに後を任せて、早々に体育館を後にした。

 

 向かう先は、たまに寝床に使っている屋上。

 

 朝から入学式のことで働き詰めだったから、僕も多少疲れた。休む間もなく群れの中を行き交うのは辛い。

 

 気休め程度に、僕はそこへ足を運んだ。

 

 

 

 屋上への扉を開け、軽く地面を蹴って貯水槽へ登る。暖かい日向が気分を心地良くさせる中、固いタイルの上に寝そべる。

 

 自然と視界に入る空は、特に変哲もない快晴の空だった。青く晴れ渡る空の所々に、大小の異なる雲が群れを成して漂っている。

 

 その浮雲の流れを目で追いながら、思考がふと重く感じられた。

 

 まぁ…… それも仕方ないことだと割り切っている。

 

 年に一度の学校の重大行事。僕の学校の、付け足せば入学してくる奴らにとって、おめでたい1日。

 

 この日だけは何があろうと風紀を乱してはならない。そして、そんな輩が現れれば、誰であろうがこの手で捻り潰す。

 

 風紀が乱れるきっかけ、そのような輩が出没することを未然に防ぐためにも、この日は風紀委員会総出で校内を警備していた。

 

 それは、風紀委員会委員長を務める僕自身も例外ではない。彼らに指揮を執り、校内の警備には特に神経を尖らせた。

 

 こうして式が閉幕するまで、碌に休みなく働いた。

 

 警備時の警戒が解けていなくて、未だ全身が凝り固まっている。

 

 仕事は煮詰まっているけど、このままでも碌に処理出来ないと見込んで、一旦は休息でも取ろうと、そうして今に至る。

 

 この後の仕事も考慮して、今はゆっくりうたた寝なんて出来そうにないけれど、ぼんやりと空を眺めるだけでも身体は癒される。

 

 南に吹く微風にあたって、それを感じるために目を閉じていた。

 

 視界を塞いだ世界に、一点の眩い光が灯る。

 

 薄っすらと視界を開くと、重なる位置に視界を照らす太陽があった。

 

 

 

 ――――……そういえば、今朝のあれは、彼女はなんだったんだろうね。

 

 あまりに滑稽で馬鹿馬鹿しく、ふと目を奪われる彼女だけの特質なもの――

 

 

 

 入学式が始まる少し前――僕が応接室で新入生の書類名簿に目を通していると、臨時に入ってきた情報だ。

 

 この忙しい時に応接室を訪ねてきた委員の奴を先に咬み殺して、その後話を聞いたところ、校門前に設置していた新入生への歓迎の言葉を綴った看板が無惨に破損されたらしい。

 

 犯人は、うちの制服を着用する女子生徒。

 

 会議室で待機させているらしい。

 

 全く………… こんな日くらいはおとなしくしていればいいのに、風紀を乱し自ら咬み殺されようとするなんて、そいつはもう能のない馬鹿としか言いようがないね。野生界なら、肉食の牙にその身を喰い千切られる、弱く儚い生き物だよ。その雌は。

 

 生憎、今日の僕は朝からのめまぐるしい業務に追われてムシャクシャしているんだ。とりあえず誰かを咬み殺したい気分だよ。

 

 そういうことなら、お言葉に甘えるとしよう。その騒ぎの火種には、僕の気が済むまで存分に咬み殺されてもらう。

 

 

 

 ――――そして、それは待っていた。

 

 安易な言葉では表現し難い、ある種で異常なもの。

 

 今回の、看板損壊事件の首謀者と思われる女子生徒――花内まりや。

 

 初めて見るけれど、彼女のあれは『ドジ体質』と言ったところだ。

 

 あれを見る限り、厄介なのがまた入ってきたようだ。

 

 近頃は僕の学校で問題を起こす輩が増えている。その原因は、2年に在籍するあの男。校内で裸になって走り回るという芸当をよく見せる。無論、校則違反として取り締まるけど、一向に悪癖は直らないらしい。

 

 その主な要因は、彼を見守るあの小さな赤ん坊の存在だろうか。

 

 まあ、風紀と校舎を乱さない限り、僕から言うことはないし、放っておいてあげてるけど。

 

 そんな奴が、今年も僕の並盛に入学するなんて、想定外だよ。そして、相手は女子生徒。

 

 あの体質は自発的ではないみたいだから、多少は手加減してあげてもいい。

 

 今朝のような事態が多発することがなければ、の話だけどね。

 

 最初はふざけているのかと思ったけれど、手足の古傷を見る限り、扱いに困る体質らしい。よくあんな風にヘラヘラしていられるね。

 

 だから、不意にあんな言葉をかけたのかもしれない。

 

 ――――……何を考えているんだい、僕は。

 

 

 春の日向のせいかもしれない。

 

 彼女は、つまり…… 手のつけられないドジ体質。

 

 適当にそんな解釈でいいと思うよ。

 

 

 

 

 不意に喉の奥から欠伸が漏れる。睡魔が、僕の意識を支配し始めている。

 

 ……まだ寝てはダメだ。

 

 わかってはいる。でも、眠気は襲ってくる一方で、瞼が重く感じる。僕でも不可抗力だ。こういうのには滅法弱い。

 

 この後の後処理を考えると、寝ている場合じゃない。式が終わっても、不届きな輩が現れないとは限らない。

 

 不意に溜息を零す。

 

 身体を起こすと、そこから並盛の景色を一望する。

 

 町の木が、桜を綻ばせる。この場所で、春だけに見られる並盛の一面。

 

 他の誰にも、並盛を壊させはしない――

 

 いつしか、僕の胸に刻まれた言葉だった。

 

 風が吹くと、枝から離れた桜の花弁が空へ舞う。そのひとつが、風にのって僕の頬をかすると、彼方へと飛んでいく。

 

 ――その刹那に感じた、悪寒。

 

 背筋が凍る感覚に、羽織る上着を掴み寄せる。

 

 今のは……?

 

 身体を冷やしたかもしれない。あまり深く考えず、町並みから視線を外し、委員会の奴らが行き交う校庭をふと見下ろす。知らない委員会の他には、黒服がここからでもよく見える風紀委員の奴ら。

 

 ……彼ら、仕事の合間に群れてる。後で全員咬み殺しておこう。

 

 そこでは、例の看板の後始末がされていた。

 

 今年度のものは風紀委員会で新調した看板を飾っておいたけど、まさか新入生のドジなんかにあそこまで壊されるとは予想もしない。

 

 彼女のことは、手を出さないであげたけど、あの時咬み殺しておくべきだったかな。

 

 

 

 

 けれど、不思議な話だ――――

 

 そうしたことが、僕の中で後悔にならない。

 

 それなのに、彼女に抱く感情が募る。

 

 僕がこんな思いに悩まされるなんて、不思議で仕方がない。

 

 そういえば、彼女の名前――……。

 

 以前に、どこかで聞いたことがあるような響きだった。

 

 新入生の名簿を見て覚えていた類とは違う、心臓の奥で懐かしい鼓動がする。

 

 あの時――――床に崩れ落ちて泣いている君の姿に、何かの面影が重なった。

 

 今まで意識したこともなかった感情が、僕を惑わせる。

 

 この感情が、何を示しているのかは、僕にもわからない。

 

 まるで子供のように滑稽な姿が、脳裏を彷徨うように離れない。

 

 壊れた髪飾りを、大事に抱き締めて、脆くて小さなその手で包み込み、そんなちっぽけでくだらないもののために涙を惜しまない少女の馬鹿馬鹿しい姿――

 

 僕が、トンファーを構えた時…… 普通の奴なら、その先のことを見透して、目に見えてわかる動揺を僕に見せるはず。

 

 彼女の場合、僕に引けを取るどころか、あの状況から逃げようと知恵を働かせていた。

 

 草食動物として、敵に囲まれた危機的状況でも、決して屈することのない彼女の姿勢は悪くなかった。

 

 あんな風に言い返されたのも、初めてだしね。

 

 初めてだよ。君みたいな奴。

 

 彼女の生態には、不可解で謎が多い。

 

 

 本当に、ただの新入生なのか。

 

 僕には少しだけ、疑わしく思えた。

 

 

 

 

 

 ――――みーどりたなびくーなーみーもーりーのー

 

 

 着信。風紀委員からだ。

 

 あれから時間は経過し、画面で確認すると10分は経っていた。

 

 僕としたことが、煮詰まって時間にルーズになっていた。

 

 携帯を仕舞い、立ち上がる。

 

 遠くの方から始業の音が聞こえる。

 

 僕はこれからも、ここで並盛の秩序を守っていく。

 

 屋上を立ち去ろうと、一瞬彼女のことが脳裏を過ぎった。

 

 花内まりや。

 

 今後、もう彼女に直接関わることはないだろう。

 

 僕の他にも風紀の奴らはいる。何かあれば、そいつらが対処する。

 

 僕には為すべきことがある。この並盛の風紀と秩序の維持に、何を犠牲にしても――

 

 向こうも例の体質をどうにかして、校内の風紀さえ乱さなければ、それでいいんだから――

 

 そんなことを呟いて、屋上を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――この時は、知る由もなかった。

 

 

 気づいてあげるべきだった。

 

 もう遅いと、君は笑顔で言うだろう――……。

 

 あの時の想いとは裏腹に、この手にまた君を失ってしまうかもしれないことを――――――

 

 

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