ドジっ娘は風紀委員長様のおきにいり!?   作:ひばりの

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天使がくれた笑顔

 

 また、時間に置いてけぼりにされたなんてぼやきながら、朱く暮れる空を見上げる。

 

 あれからも、私はこの体質を以って度々仕出かしてしまい、度々雲雀さんからの本気の殺意と、草壁さんからの必死のフォローをいただいた連続だった。

 

 校舎を壊した罰を受けるどころか、事態が深刻化する一方で、この体質は私にさえ掴めないし、数々の失態を経てとにかく彼らに申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 

 そんな風紀委員会の奴隷地獄の3日間から、最終日の今日ようやく解放された。

 

 まだ太陽が出ている時間に並中を後にして、一人虚しく帰り道を歩く。

 

 とぼとぼと…… 途中の河原沿いを通り、賑わう商店街を抜けて、通りがかった電信柱にかかった『並盛3丁目』の文字にふと目をやる。

 

 家は、その先の2丁目だから、そんなわかりきっていることをぼんやり思いつつ、帰ってからまずはポチの散歩に行かなければと頭に記憶する。

 

 ここ3日間の労働の後になると腰が重いけど、諦めたようにそっと溜息が出る。

 

 なんだか頭が重い。あの人に奴隷のようにこき使わされて疲れたのかなぁ、ってもういっそ笑い飛ばそうとするけど、上手くいかない。

 

 本当に、疲れたのかな。疲れてるだけ?

 

 自問自答する形になり、渇いた声が漏れる。これじゃあ末期だよ。どれだけ情緒不安定なの。

 

 今日があっさり終われば、また明日からは学校かぁ。

 

 心のどこかでは、気が進まないと思っている。なんだか、内側がずっしりと重い。目線が下を見据える。

 

 いろんなショックが重なって、あれからどれだけ積もったんだろう。雪のように、抱えているものはこの凍えた心の中でいつしか溶けてなくなってはくれない。

 

 もう、ボロボロだよ。

 

 私って、ここにいる意味あるのかなぁ……。

 

 

 

 

 

 

「まりやちゃん!」

 

 突然、後ろからそんな声がかかる。

 

 ドキリと鼓動が跳ねて、私をそう呼び止めた声としばらく顔を合わせていなかった彼女の面影を思い出す。

 

「京子さん!」

「ふふっ、久しぶりだね。こんなところで会うなんて、偶然だね」

 

 さながら天使の微笑みを浮かべて、並中のアイドルこと笹川京子さんが、その手に見慣れないケーキ屋の四角い箱を携えていた。

 

 どうして彼女がここにいて、今こうして私に話しかけてくれるのか、不思議で仕方がない。

 

 たかだか一生徒である私なんかが話すのもおこがましいくらい、彼女はそれはそれは美少女で、その笑顔は生徒たちの至高の癒しなのだから。

 

 私がそんなことを彼女に内緒で思っているなんて、きっと露と知らない彼女は、今日もその唇に柔らかな微笑みを湛える。

 

 保健室で会ったあの日以来会っていなかったけれど、京子さんは相変わらずの天使の可愛さである。特にこのあどけない笑顔。彼女の笑顔から神々しい光が照らすよう。

 

 そんな微笑みの天使である京子さんの、その手に握られてある箱がふと気になる。

 

「家に親戚が来ててね、その人たちにラ・ナミモリーヌのケーキを買って来てたの。遠いところから来てもらったから、おいしいものを食べてもらいたくて。ここのベイクドチーズケーキは一番のオススメだよ」

 

 私が一心に送るその視線に気づいたようで、少し照れくさそうに京子さんはそう語る。

 

 やはり、京子さんは天使のご先祖様なんだと、私の中で確信が深まる一方――……。

 

「アンアンアンアンアンアンッ!!」

 

 威勢だけは褒めてあげたいくらい、下から一心に存在を主張してくる声に、今までの流れをあっさりと持っていかれてしまう。京子さんの視線が、我が家の暴れん坊犬であるポチに奪われる。

 

 おんどれぇ、ポチィィィィィィ!!

 

「わぁ、わんちゃん! 可愛い〜!」

「アハハ……」

「まりやちゃんが飼ってるの? ポメラニアンだよね。こんにちは」

「アンアンアンッ!」

 

 無邪気に犬に喜ぶ京子さんの姿は年相応の可愛さがあり女子でも胸打たれそうなもの。しかし、私はつい愛想笑いしか返せない。

 

 挨拶をかけてくれる京子さんの親切にも目を向けず、つぶらな瞳が一直線にあるものを見つめる。

 

 そのことに気づく様子もなく、ポチの目線に合わせてしゃがむ京子さんの姿はまた麗しい。一枚の絵を眺めるようにぼーっとしていると、不意打ちに京子さんがこちらを見上げる。

 

「まりやちゃん、お休みなのにどうして学校の制服を着てるの?」

 

 そう。世間が休みにも関わらず、がっつり制服を着ちゃっている私を見て、素朴な疑問を抱かれた。当たり前っちゃ当たり前。でも、そこはあまり触れたくなかった急所だった。時に天使様の発言は傷口に塩を塗ることを覚えておこう。

 

「いえ、あの……」

 

 ここ3日の地獄を言うか言うまいか、フライングに口から零れた声がすでに枯れていたのは仕方ないんだと思う。

 

 そんな場所とはかけ離れた世界にいる人に、こんなことを話してきっと笑われるだけだろうだし……。

 

 こんな姿、天使の前で晒すなんて惨めだろうなぁ……。

 

 躊躇う素振りを見せると、小首を傾げて京子さんは窺う。

 

「まりやちゃん? どうかしたの?」

 

 言うか言うまいか、天秤にかけた。結局臆病なまま、それとない顔をして京子さんにこう返した。

 

「な、なんでもないですよ! えと、その、家にたまたま着る服がなくて! えへへっ……」

「お休みの日は着る服が決まらなくて悩むよね。私も今度そうしてみよう」

 

 京子さんは、案外天然なところがあるらしい。おかげで話は誤魔化せたけれど、彼女には少し申し訳ないことをしてしまったな。

 

 なんて反省していた矢先に、神様はやっぱりいじわるだ。

 

「きゃっ」

 

 少し視線を逸らしていたら、京子さんのその声にハッとなって彼女を見た。さっきまでの落ち着いた天使の顔からは驚きと動揺にその表情は固まって、襲われた手を庇い胸の前で両手を当てている。彼女の視線の先には、恐らく茶色の丸い毛玉がモフモフと辺りを漂っていたことだろう。

 

 そんな姿を見ていられなくて、咄嗟に彼女の名前を呼んだ。

 

「京子さん!」

 

 ふとこちらを見た京子さんは、反射的になのか行き場のない苦笑いを浮かべていた。

 

「ご、ごめんなさいッ! うちの犬が……! おやつ前だから、お腹すかせてて……」

 

 何もフォローになっていない言葉を延々とかけ続けて、京子さんの表情は花のように萎んでいくように見える。

 

 ていうか、こっちの苦労も知らないでバクバク漁るなああああぁぁ!

 

 落として無惨に中身が出た箱の周りを、いつの間にか真っ白な生クリームでべったりと汚して、これ以上悪さしないように、私がポチに駆け寄ろうとすると、しかし落ちていた生クリームが邪魔をして、京子さんが見ている手前大胆に転ぶ。顔面をぶつけた主人を、よくわかっていないだろう瞳が舌を出して見下ろす。なんて様だ……。

 

「まりやちゃん! 大丈夫?」

 

 いつしか形成が逆転して、京子さんに心配されるとどこか大穴にでも埋もれたかった。

 

「すみません…… せっかくのケーキを台無しにしてしまって……」

「ううん。気にしないで。それより、まりやちゃん怪我の方は……」

「そ、そんな…… 私なんかより……」

 

 京子さんがかけてくれる言葉が理解出来ずに、真っ白な頭で、グチャグチャな箱を見下ろす。

 

 ……私が、台無しにしてしまったも同然だ。

 

 京子さんが、遠くから来てくれた親戚の人たちを喜ばせたくて、一生懸命に選んだケーキを…………。

 

 

「――まりやちゃん」

 

 京子さんの冷静で静かな声が響く。怒られても仕方がない。一体どんな言葉を浴びせられるか、胸の鼓動を激しく感じた。

 

「気にしないでね。失敗なんて、誰にでもあるよ。ケーキはまた買えばいいから」

 

 震えていた指先に、天使の温もりが触れた。

 

 私にそんな風に微笑んだ京子さんが、翼を広げる天使さながら輝かしくて、眩しくて、この胸のわだかまりも少しは軽くなるような気がして。

 

 やってしまったことは何も変わらないけれど、彼女がそう言ってくれるだけで、私は京子さんへただひたすら感謝した。

 

「一人で、抱え込まなくていいんだよ」

 

 ひとまず感傷は二の次にして、やってしまった後始末に急ごうとしていた時、隣で手伝おうとしてくれる京子さんがふとそんなことを言った。

 

「えっ?」

「ううん。なんでもないなら、気にしないで。でも……」

 

 私の反応を窺って、京子さんはその表情を曇らせる。また、何かやらかしてしまったんだろうか。あたふたとしながら彼女に何か声をかけようとするけど、言葉を詰まらせるばかりで、そうこうしていると京子さんの口が再び動いた。

 

「あまり、元気がないような気がして……」

 

 そう言って、彼女は苦味を含んだ微笑みを絶やす。

 

「会った時から、無理して笑ってないかなって、心配だったんだ」

 

 ああ、どうしてだろう。

 

 堪えようにも、今にも溢れてきそうで、奥歯を噛み締めて我慢する。

 

「だからね、一人で抱え込まないで」

 

 どうしてこの胸に酷く響くんだろう――……。

 

 誤魔化せないかもしれない。

 

 真摯にまっすぐに問いかけてくれる彼女の気持ちに、これ以上目を逸らしたくなくて……。

 

 私は、なんて弱いんだろう。

 

「……いいんですよ。私には、京子さんがくれた笑顔で、十分です」

 

 ダメだよ。そんな優しい言葉をかけられたら、また心が弱くなる。あの頃のように、追い詰めてしまう。もう、繰り返しちゃいけない。

 

 優しさなんて、いつか消えてしまうって、知っていた。

 

「まりやちゃん……」

 

 わからなかった。そう言ってくれた京子さんの気持ちが。

 

 だから、これ以上は蓋を被せるように、私は言った。

 

「……どうして、そんな優しい言葉をかけてくれるんですか?」

 

 今となれば、知りたかったな。あの娘が、どういう気持ちで私に優しくしてくれたんだろう……。

 

 ――――もう、あの娘はいないのに。

 

「私といたら、こんな風に嫌なことばかりですよ。もっと辛い思いをしますよ。だから、あの娘も…… 私のせいで……」

 

 それ以上は、ただただ自分が惨めだった。

 

 黙り込んでいた京子さんは、きっと私に呆れた顔をして、そんな天使の表情まで台無しにしてしまった馬鹿な私は、本当に愚かだ。

 

 救いようなんてない、そう思っていたのに、彼女の手は優しさに包まれていた。

 

「辛かったんだね」

 

 そう囁きかけるように告げて、京子さんは包み込むように私を抱きしめた。

 

「ずっと、一人で辛い思いを抱えていたんだね。でも…… 今は私が、そばにいるよ」

 

 ぽんぽんと、赤子をあやすように慰めてくれる。なんだか気持ちが落ち着くようで緊張がほどけていく。

 

 いつしか涙は止まっていた。泣いていたことに気づいたのも、彼女の手が教えてくれたから。

 

 この手を拒むほど、今の私は強くない。

 

 今はただ縋るように、彼女の肩に顔を埋めた。

 

 

 

「――まりやちゃんだけじゃないよ。いろんな人が、今もどこかで傷ついていると思うから。

 私にも――…… 大切な人に大怪我をさせてしまった過去があるの。私を助けるために傷ついた人の姿が見られなくて、あの頃はいつも泣いていた。あの人は一度も私を責めたことがなくて、最初から笑って許してくれた。その優しさに元気をもらってばかりだった。あの人にいつか恩返しを出来るように、ちゃんと前を向こうって思えるようになったの」

 

 片時に耳を傾けていた京子さんの話は、とても意外な内容だった。あの女神も顔負けの微笑みを絶やさない京子さんに、そんな悲しい過去があるなんて。

 

 京子さんの言う通りだ。私だけじゃないんだ、きっと。今もこの世界のどこかで、それぞれの複雑な事情で涙を流して、私なんかより残酷な運命に苦しんでいる人たちがたくさんいるんだ。

 

「まりやちゃんにも大切な人がいるなら、その人のために前を向けるようになろう。

 そのためなら、ここで泣いてもいいんだよ」

 

 それは、この期に及んで遠慮している私に言い聞かせてくれているんだろう。

 

 その言葉で、もう涙腺は止まらなかった。

 

 そうして少しだけ、変えられるような気がした。

 

 今も変らずドジで弱虫で、すぐに痣なり身体に傷を作って、飼い犬にまで振り回されるどんくさいこんな私なんだけれど、悔しかった思いも後悔も押し込んでいたダメな私は変えられたと思うから――――

 

 

 

 

「実はね、ツナ君がまりやちゃんのこと、ずっと心配してたんだ」

「沢田さんが……?」

 

 ここでふと上がったその名前に、はて?と京子さんを見つめる。もう涙は止まっていたけれど、赤く腫れた目がその跡を残していて、少しだけ恥ずかしい。

 

「うん。教室でよくまりやちゃんのことを心配していてね、ヒバリさんに無茶させられてないかなって、ツナ君よく言ってたんだ」

 

 沢田さんが…… 思い出してみたら、あの時も彼なりに私を心配してくれていたのかな、なんて都合のいいように彼女の言葉を素直に受け止めている。彼にも、悪いことをしてしまったと思った。

 

 心に余裕が出来たら、彼に会って彼と話をして、謝りたいと思う。

 

「大丈夫だよ、きっと。みんなわかってくれるよ」

 

 何の根拠も生まれないけれど、心の底から幸せを願う彼女の微笑みには完敗だった。やっぱり天使様は、なんでもお見通しなんだなぁ。

 

 

「アンアンッ!」

 

 さっきよりも酷く生クリームに汚れた顔のポチが、暇を持て余したようにこちらに吠える。呆れる私はともかく、京子さんにはツボだったようで。

 

「うふふっ。生クリームで顔が真っ白だよ」

「…………すみません。このケーキ代は、いつか必ず……」

 

 私は、無性に謝りたくなった。半分は自己満足かもしれないけど、京子さんの方はそんなこと微塵も気にしていない風に、ポチにハンカチを差し出している。

 

 ケーキのことは気にしないで、と言ってくれる彼女だけど、ここだけは譲れない。迷惑をかけたお詫びを何かしたくて頭を抱えていると、今度期間限定のスイーツを一緒に食べに行こうと約束することになった。これはお詫びになっているのかな……?

 

 約束をした後、京子さんは新しいケーキを買いに行くためにまた商店街へと来た道を戻って行ってしまった。

 

 その時にみせた笑顔が、純白の輝きを纏って、最高に素敵な天使の笑顔だったことは忘れられない。

 

 彼女のいない寂しさが少し残る中、ポチの元気な声でふと我に返る。

 

 ――そうだね。こうしちゃいられない。今度は元気に散歩に行こう。しっかりとリードを握って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい。あの女か」

「ああ。間違いない。いいか、殺すなよ。アレの在処を突き止めるまでは――……」

 

 

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