ドジっ娘は風紀委員長様のおきにいり!?   作:ひばりの

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黒い男とアタッシュケース

 花壇の隅に生えた雑草も、せっかく太陽の光で育ってくれたのに、花壇に咲く花に迷惑なんて、可哀想な運命を生きているんだ。

 

 私たちってなんだか似ているね、なんて。答えてくれるはずもなくて、最後の瞬間に風を感じてそよぐ草は、最初から自分の運命を受け入れていたようだった。

 

 ――ごめんね。

 

 運命には、抗えないから。

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様でした……」

 

 訪れた応接室の窓から眺める景色は、暮れた空の向こうに黒いカラスが飛んでいる。もうこんな時間なんだと疲労したこの身に痛感して、あとはただ報告を済ませて早く帰りたかった。

 

 けれど、私の願いも虚しく、その景色をバックに立つ雲雀さんは、視線を私の爪先から頭まで寄越して、何やら不満たらたらのようだ。

 

「君とくれば、初日から面倒を起こしたかと思えば、書類を整理させるとボロボロにして、校内清掃を任せたら廊下中水浸し、たかが校庭の雑草抜きにそこまで汚して…… バカなの?」

「ドジなりにがんばってやったのにそこまで……!?」

 

 もう泣きたい。泥だらけになってがんばったのに、こんな努力も一蹴されるなんて……!

 

 それとも、これは雲雀さんがただ嫌味なだけなのかな。いやもうこの際どっちでもいい。早く帰ってシャワーを浴びねば。

 

「……3日間、ご迷惑をおかけしてすみませんでした。これで失礼させていただきます」

 

 私がここにいるだけ彼に迷惑をかけているようで、早く彼の視界から消えようと一方的に会話を終わらせる。

 

「待ちなよ」

 

 そそくさと逃げようとする私に、しかし待ったをかける雲雀さん。

 

 何だろう?と振り向くと、その瞬間肩を強引な力で押さえられて応接室の扉に私の身体が叩きつけられ、首筋に冷たい感触があてがう。

 

「晩餐のメインディシュにしようか」

 

 冷たく嗤う鬼が、そこにいたのでした。

 

 ……いきなり彼の妖艶な顔が迫ってきたので、最初は何事かと頭の中の考えをぐるぐる巡らせていたけれど、先日の彼の言葉をはたと思い出す。

 

 最終日に『私を咬み殺す』と。

 

 き、きたぁ〜〜〜〜!!?

 

 ここまで精一杯がんばったんだから、なんだかんだあって免除されるかもとか期待してたけど、さすがの鬼畜っぷり。マジすか。容赦ないよ……。

 

 綺麗なお顔へと、不意に吐きたくなる溜息。

 

 雲雀さんに咬み殺されずとも、この3日間で自爆しまくってすでにボロボロなんですけどね……。

 

 まあ、仕方ないか――と思う。

 

 逃げたくても、扉を背に雲雀さんからは抜け出せない状態だし、もう半分はここまで傷ついたならどうでもいいことだった。

 

 首筋にあてがわれたトンファーが、肉に食い込む。

 

 お互いの鼓動が聞こえてきそうな距離で、覆い被さる雲雀さんの影に全てを飲み込まれそうで、抵抗なんてもう無意味だと思った。

 

 せめて、一瞬で意識が飛ぶように肩の力を抜いておこうかな……。

 

「…………」

 

 そっと目を閉じて最期の時をおとなしく待っていると、ふと溜息が聞こえた。

 

 すっと離れていく感触…… 鬼の気配も遠のいて、視界に夕陽の光が差した。

 

 ゆっくりと顔を上げて、私はすぐに雲雀さんへと視線を向ける。

 

「雲雀さん……?」

「…………」

「どうして……」

 

 その手に牙を握り締め、目の前におとなしくしている獲物をどうして一度手放すのか。

 

 別の恐怖が私を襲う。

 

 しかし、雲雀さんの眼は、まっすぐに私を射抜いた。

 

「どこを見ていたんだい」

 

 彼の問うところがわからないので、じっと彼を見つめ続けた。

 

「……君は、どこにいるんだ」

 

 彼の問いかけが続く度、この胸の不安を掻き立てた。

 

 夕陽の光が、この視界を滲ませていく。

 

 どうして、こんなにも胸が苦しいのか。

 

 わからない…… わからないよ……っ。

 

 この世界の全てに見放されるようで。

 

 

「……今の君は、咬み殺すに値しない」

 

 

 冷めたように言い放った彼の姿は、とても遠くに在った。

 

 

 

 

 

 

 応接室を離れて、下駄箱のところまで一人で行くと、誰かが立っていた。

 

「3日間、よく働いてくれたな。よければ使え」

 

 思いも寄らないことだった。目の前に差し出された温かそうなタオルに、労ってくれる彼の顔を見上げた。

 

「草壁さぁん……」

 

 草壁さんの優しさが沁みる。

 

 いただいたタオルをギュッと顔に当てながら低く嗚咽を漏らす私を、何も言わずに草壁さんはそばにいてくれた。

 

 

 

 ――――優しい悪夢を見ていた。

 

 

 ********

 

 

「――おい。いい加減目を覚ませ」

 

 地を這うような男の声で、意識は現実に落とされた。

 

 視界を薄っすら開いたすぐそこには、黒ずくめの男の人が、その手に物騒な物をこちらに突きつけていた。

 

 辺りの見慣れない景色といい、知らない人だった。唯一、潮の香りだけがふわりと記憶をくすぐった。

 

「小娘、死にたくなきゃ答えろ。アレの在処はどこだ」

 

 乱暴な口調でそう尋ねる男の人に、けれど答えを持ち合わせていなかった。

 

 男の怒気が高まる。

 

「てめぇが、あの時オレとぶつかって入れ違った鍵で開けたアタッシュケースの中身はどこなんだって聞いてんだよ」

 

 苛立ちを込めた説明をする彼に、なんとなく思い当たる話の節はあった。

 

 けれど、頭がぼんやりして、全身に上手く力が入らない。

 

「ちっ。ダメだ。まだ薬の効果が切れてねぇ」

 

 痺れを切らした男は、私に背を向けてどこかへ歩いていく。その先に同じような黒ずくめの男の人たちがいた。

 

 他にも人がいたんだと、そこで初めて気がつく。彼らは、どうやら私の知らない言語で会話をしているようで、呪文のような声が頭に響く。

 

「吐いたとして、その女をどうする?」

「アレの存在を知った以上、まだ生かしておけるか」

「そうだな……。日本人の女は市場でもなかなかお目にかからんそうだ。特に未成人とくれば、物好きがわんさと大金を積んでくるだろう。いい土産になりそうだ」

 

 ひっそりと正気の吸い取られた空間に、男たちのくつくつと嗤う声が低く波紋を広げる。

 

「お嬢さん。よかったなぁ。どうやら寝るところには困らんようだ。なぁに、気に入られた人形はおとなしく主人に飼われてれば楽な奴隷仕事だ」

 

 男が日本語で語りかける皮肉にも、壁に寄りかかって縛られた身体はピクリとも動かない。動けない。

 

 誰かッ――――……。

 

 伏せた視界に、一瞬見覚えのある面影が映る。

 

 あれ……? どうして――……。

 

 そして―― 悲鳴が上がる。

 

 暮れかけの時の沈黙を守っていた辺りに、嫌に生々しく骨の砕かれる雑音(ノイズ)が走る。

 

 次々と地面に伏せる仲間の姿に、一瞬男がたじろぐ。

 

「ふざけんな。餓鬼がッ!」

 

 男が込めた弾丸が、彼へ牙を剥く。

 

 しかし、彼は怯むどころか、自ら弾丸の群れに飛び込み、それを颯爽と躱して男に迫る。

 

 その化物が、真の牙を剥く一部始終を、唯一その目で目の当たりにした男は、我が身に咄嗟の危険を感じたように激しく身震いをした。

 

「ッ―― 止まれえッ!! この女がどうなるかわかってんのかァ!?」

 

 がむしゃらに男が制止を叫ぶ。

 

 無理やり腕を掴まれて引き寄せられ、抜け殻のような私はまさに人質状態。抵抗するどころか、生憎これでやっと立っていられる気力だった。

 

 まだ嗅がされた薬の効果が切れず、意識は間に途切れ途切れだけれど、この耳に確かに彼の声は届いていた。

 

「君程度の雑魚に、そこにいる珍獣は殺れないさ。たとえその銃口が、一寸の隙もなく彼女にあてがおうが」

 

 誰の声にも耳を傾けず、一度たりとも迷いを見せない彼は、相変わらず鬼だ。

 

 私の身の上なんてこれっぽっちも心配していないようにそう言い放った彼に対し、相手の顔色は顔面蒼白だ。無理もない。こんな状況で、彼は一人愉悦を漏らしていたのだから。

 

「彼女は、僕の獲物だ。――勝手に触れないでくれる?」

 

 男は、最後の手段として使った手も、彼が化物と知らず自分の言葉にさえ僅かかな動揺を見せなかった姿に、いつしか恐怖を覚えていたんだろう。

 

 カチッ、と虚しく鼓膜に響いた音は、男の脳裏に最期の警鐘を鳴らす。

 

 確信的な口元を深めた獣の表情を最期に拝んだ男の息がプツリと途絶えると、解放された私の身体は糸が途切れた操り人形のように前へと倒れていく。

 

 ――しかし、彼の身体が私を支えてくれた。

 

 微かに伝わる彼の体温が、風紀の鬼とはかけ離れた優しい温もりを持っていて、私をそっと包んでくれる。

 

「……こんな奴らにくれてやるくらいなら、今ここで君を咬み殺そうか」

 

 沈黙が支配するこの場を壊さないように、感情さえ持ち合わせない呟きだった。

 

 そんな言葉を投げかけたところで、彼の温もりに浸かりきった私には潜んだ殺意を知る術を持たない。未だ自由のない身体は抗う力もなく、彼の腕の中で淡く深い呼吸を繰り返す。

 

 その腕の中で薬の効果が切れるのを待つ私をじっと見下ろしていた彼は、その手の牙の力をふと緩めて、零す。

 

「……ただの小動物を咬み殺しても、つまらないな」

 

 溜息混じりのその言葉と共に、彼はトンファーを仕舞った。

 

 私の意識が回復するのを待ちながら、私の身体を持ち上げようとすると、その時どこからか男の荒々しい怒号がこちらへと近づいてくる。

 

 

 

「うおおおおおおおおおおッ!!」

 

 

 突如として現れたパンツ一丁の変態男を、雲雀さんは一睨みして、再びトンファーで一撃を見舞う。

 

 華麗な攻撃を直撃した男は、そこから夕陽が溢れる出口まで突き飛ばされ、その後に一瞬の沈黙が流れる。

 

 そして、流れていた沈黙は間もなく破られる。

 

 そこに現れたのは、小さなボルサリーノの影――

 

「ちゃおっス! ヒバリ」

「やぁ、赤ん坊。もしかしてこれも君が仕込んだ茶番かな」

 

 自分へ年相応の挨拶をかけた1人の赤ん坊の姿に、しかし彼の態度はまるで冷めた様子だった。

 

 そのことに感づいている様子の赤ん坊も、ボルサリーノの影から含んだ笑みをにんまりと浮かべる。

 

「鋭いな。だが、今回はオレも爪が甘かったと思うぞ。そいつの力量を甘く見込んで、結果はこのザマだ」

「ふうん。まあ、どうでもいいよ。でも、僕の獲物に手を出した覚悟は、君にも知っていてもらおうか」

 

 どうやらこの場で闘る気なようだと、やれやれと息を零す。彼よりずっと小柄な赤ん坊は、その歳に見合わない落ち着きを払って彼に言った。

 

「ヒバリ。今は他にやるべきことがあるんじゃねーか?」

 

 その子の問いかけに、ピタリと動きを止める。その視線が不意に見つめる先を知って、にまりとその笑みを深める。わかりにくいようでわかりやすい彼の言動に、赤ん坊も楽しそうだった。

 

「ヒバリ。悪いがこちらに譲ってくれ」

 

 その提案に視線を再び赤ん坊に向ける。横から現れて、さらにその傲慢な台詞に彼の機嫌もあからさまに悪くなる。

 

 赤ん坊の方は、そんな彼を見て悪気がまるでないように慰めた。

 

「お前の気持ちもわかるが、女のケアはまだお前には務まらねえだろ」

「……ふざけないでよ」

「ふざけてねーぞ。もとよりオレが蒔いてきた種だ。ちゃんと摘み取るまで面倒みるぞ」

 

 そこまで言って、なぜこちらが一方的に条件を呑まなければならないのかと、彼の中でイラつきが増す。それ相応の条件を提示して、取引は成立するものだ。

 

 こちらが納得する条件を彼が出してくるなら…… 彼の頭に微かな期待が膨らむ。

 

「そうだな。今度強い奴を用意しておくぞ」

「君が今相手してくれたらいいよ」

 

 しかし、赤ん坊が掲げたのは、残念ながら彼の期待外れだった。内心つまらないと唇を尖らせながら、ダメ押しの一言を投げかける。

 

 不意にそのつぶらな視線を、彼の腕の中でおとなしく支えられている私へと向けて、赤ん坊はこう告げる。

 

「目の前の大事な獲物も狩れねえ奴に、オレのタマはやれねえな」

 

 悔しそうに、雲雀さんの表情が硬く引き攣る。こんな反応を彼にさせる赤ん坊の腕に、ふと赤ん坊であることを疑いそうになる。

 

 さながら死んだように、静かな寝息を吐く私をもう一度見下ろして、戦意を喪失したかのように彼は息を吐く。

 

「……楽しみにしておくよ」

 

 赤ん坊の言葉を渋々聞き入れる。そして、躊躇いもなく私の身体を降ろして、そっと彼の体温が離れていく。

 

 その刹那、私は微かな声を漏らしてうなされた。

 

 知らないうちに彼の背中を見送り、鈍色の鋼鉄の扉の前でまだ伸びている少年のパンツにノリノリで噛みつくポチの隣を横切り、彼は夕焼けの情景の中に滲んでいった。

 

 

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