星屑のプロローグ Ursa Major and Ursa Minor
――子の刻も廻る深い夜、闇に散りばめられた星屑が瞬く。点々と個性を輝かせる彼らはまるでこの地上の人々と変わらないようだ。儚く、そして美しい。
今宵は誠に惜しくも月のない夜だ。
高山の丘陵から生活の灯火が消え寝静まるこの町の光景を一望し、月明りに照らさない今宵の地に自分は取り残されたかのように男はふと我に返る。
自分は今からこの手で何をする気なのか。
冷静に頭で理解し、その報復として流れ込む悲しみはこの心臓を突き破り、やがてはこの地上へと蔓延するのだろうか。負の感情に取り憑かれた人々の嘆き、絶叫…… 断末魔の絡むこの世の果てまでを男は想像し、その胸に一縷の望みにも縋れない我が身が恨めしかった。
かつてはこの星々もそうだった。
北の空にその輝きを魅せる北極星があり、自身が中心であるように北の空で永遠と光を纏う。北極星を含むこの星空に小さな北斗七星の線を描くのが、小熊座だ。小熊座は、通年見られるポピュラーな星座のひとつで、北斗七星より小振りな形状は小北斗とも呼ばれ北の空に固定されている。
その小熊座より少し南に移動し、この頃にちょうど美しく見られるのは大熊座である。大熊座は、胴体から尾に北斗七星を描いてそのスプーンの先を5倍に伸ばしたところに小熊座の北極星と繋がるのだ。
古代ギリシアから紡がれる星の逸話は、遥か遠い時代の様々な出来事を物語るが、闇と共にこの親子はすれ違うことになろうとこうして夜空の舞台の上で一緒に輝いていられるのだから、ただただ羨ましく思う。
「――あれから、もう2年が経つ」
その者の双眸には、この平和な世の町並みと、あの日の忘れ難い記憶の情景が網膜の裏にまで焼きついている。
闇夜と混合する男の鳶色の瞳の奥にあるものは、この男にだけ解る悲壮なる思い。
足の裏に残る土と草の渇いた感触を存分に味わい、呼吸をし、実感する。この地に帰還した安堵と綻びを、たった一人きりの夜の闇に噛み締める。自身でもなんて朧げな様だろうと、この純黒に呑まれる身体を嘆くけれど、それでも男にはここに残してきたものがある。
――こうなることは、すでに避けて通れない道だが、哀しいかな、このような歪な形であってももう一度愛する者たちに会えることが、家庭という唯一無二の温もりに触れられることが、愛おしくこの夜空へ恋焦がれるくらいに。
かつての幼い笑顔たちを思い浮かべ、この胸に込み上げる途方もない喜びの花、愛情……。
しかし、自分が帰れば、あの子たちはまたあの頃の笑顔で迎えてくれるだろうか……。
2人共、片親のいない環境ですくすくと育ち、1人は春から中学へと通っている。記憶の中より彼らもずっと成長しているんだろう。今更帰ってきてなんなんだと、家庭を顧みない最低な野郎だと、親を突っぱねた眼差しで見るのだろうか。
仕事が忙しい時でも、ひとときたりも忘れたことはない。親としての愛情を置いてきたことはないんだ。必ず自分を待っていてくれるから、遠い国で過酷な業務でもお前たちが活力だった。それを彼らに告げてしまうのは、狡いかもしれない。彼らの前では威厳のある父親であろう、と男は改めて思い直した。
どちらでもまあ良しかと、男はこの胸の内の愛情を噛み締めた。
「――……もうすぐ、帰るからな」
星屑が瞬く闇の中、男の影はいつしかそこに忽然と消えていたのだった。
やっとやっとのこと第三章突入となります。
油断してたらもう三月に入ってしまっていたのでビビりました。概日リズム狂ったかな……。
ここから徐々にシリアスに発車をかけると思います。
原作は虹の呪い編まで書く予定なので、ここから長い道のりになりそうです。
プロローグということで短めですが、明日にもまた更新して、ストックもある程度溜めてあるので、いいタイミングでトントン拍子に更新していきたいなーと。
ではでは、第三章もよろしくお願いします。