あの後、草壁さんという風紀委員の方に案内してもらって、無事に式にも遅刻せずに済んだ。
案外親切な人で、あの見た目とは裏腹に、鬼のような風紀委員長様とは大違い。
やっぱり偏見はよくないよね!
式の最中も特に大きなドジを踏むことなく、入学式は閉幕した。
――そして、それが起きたのは、この後のことだった――
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全くと言っていいほど、人の気配がしない廊下。
右も左も、同じような景色ばかり。
どうしよう…… 迷った!!
実はあの後、クラスごとに教室移動になったんだけど、どこからかやって来た蜂が、何の恨みがあるのか私に目標をロックオンして襲ってきたのだ。おでこをちょっと刺されたけどなんとか必死に逃げてきて、気がついたらここがどこなのか、来た道がさっぱりわからなくなっていた。
あ、あれだよ。よく夏に蚊に刺されたりする感じだよ! 春先によく蜂に刺されるのもそんな感じだよ!
……それはともかく、ここはどこなんだろう。廊下の窓から外を見てみると、
地上からそれなりに高いところにいるみたい。3階ってところかな?
もう一度辺りを入念に見渡してみるけど、やっぱり人の気配はない。
典型的なザ・迷子。
さて、どっちへ向かえばいいのかな。
そういえば教室の場所もわからないし、そもそも自分がどこのクラスなのかもまだ知らないなぁ……。
……さすがに現状を危惧して、真面目にこの状況をどうにかしようと考えてみる。
無難に、階段を探して降りて行こうかな。1階ならここより人が通りそうだし……。
ということで、人影を探して階段を目指すことに。
これで学校の裏庭に出ちゃったら、さらに迷子になりそうだけど……。
他に打開策も浮かばないし、急がば回れってことわざでも言うから一か八かで行動しよう。
早く戻らないとホームルームに間に合わないし、もしかしたら欠席扱いとか、途中から無断欠席した不良女のレッテルとか貼られちゃったらどうしようとか、変に不安が掻き立ててくる。
落ち着け、私! あぁでも初日からみんなの前でドジな姿は見られたくないよー!
オロオロしながら廊下の端にある階段へと歩いていると、ふと微かな物音が少し遠くから聞こえた気がする。
……? 今、足音が聞こえたような……?
そう思って顔を上げたら、階段はもうすぐのところに。そこにまたあの音がする。
――――コツ…… コツン――…… コツン…………。
人の足音が、上の階からゆっくり降りてくる。
よかった――……。これで教室の場所が聞ける――!
そう喜んでいたのも束の間――――
上の階から、黒くて等身大の何かが降ってくる。
どんがらばったーんっ!!!
その何かが、ちょうど下で待ち構えていた私の上に降ってくる。
……というか落ちてくる。
「きゃああああああああっ!?」
落ちてきたその物体に思わず身体が硬直して、呆然としている間に見事に巻き添えを喰らった。
黒くて等身大というか、これ『人』だあーッ!!
ていうか、さっきの鬼の人だあーーーッ!?
いろんなドジのパターンを経験してきたけど、まさかさっきの鬼に金棒の風紀委員長様が上から降ってくるのはさすがに予想外だった。
何やらぐったりとしている彼の下敷きになっているんだけど…… お、重いっ……。
押し潰されそうな苦しさからがら彼の下敷きから逃げ出すと、収拾がつかない脳内とバクバクが止まらない心臓を抑えて、しばらくその場に放心状態だった。
だいぶ落ち着いた頃、胸から手を静かに離して少し身体を前のめりに、階段のすぐ下でうつ伏せで倒れている鬼の人をじっと見つめる。
受け身もとらずにいきなり階段から落ちて、よく聞けば呼吸がおかしい。はぁはぁ、と不規則な吐息が、僅かに開いた口から漏れている。
前髪でその表情は見えないけど、明らかに様子がおかしい。
「あの…… 大丈夫ですか?」
声をかけても、反応はない。これじゃ意識があるのかもわからない。
入学式の前に会った時には、あんなに元気…… というかこちらが身震いするくらいだったのに、一体どうしたんだろう……?
失礼だけど、思い切って身体に触れると、ジュワァ……って、湯気が出るくらい身体が熱かった。
少し表情を窺うくらい髪を掻き上げると、案の定すごい汗が彼の白い肌を伝っている。
すぐに保健室に連れていかないと……。
一人で出来るか不安だけど、私しかこの人を助けられないんだ。
「大丈夫。すぐに保健室に連れて行ってあげますから」
もう少しがんばって。
そう声をかけて、彼の身体を担ごうと再びその身体に触れる。
熱い身体にそっと触れると、ひらりと床に小さな桜の花びらが落ちた。
その花びらを、指で摘み上げてじっと見つめる。
薄桃色に色づいた、綺麗な桜……。
つい見惚れてしまったけど、今は先にこの人を助けないと――……!
細身だから一人でも大丈夫と思ったけど、結構キツイかもっ……。
ぐったりとした彼の身体は、思いの外負荷がかかって上手く持ち上げられない。歩こうとしたら、子鹿みたいに足が震えておぼつかない。
今更だけど、保健室の場所もわからなくて、このままどうすればいいのか…… 早く休ませてあげたいのに、どうすることも出来ない悔しさに胸が痛くなる。
――でも、やってみるしかないって、自分を奮い立たせて、彼を担いで階段を少しずつ降りていく。
2段降りただけでも息が上がる。自身の体力のなさにほとほと呆れる。少しは筋力をつければよかったって、今になっていろいろ考えてしまう。もう遅いかな。
頭を振って、考えを振り切る。とにかく今は早く彼を保健室に。それだけを考えて、また一歩足を踏み出す。
――――その時、急に足がグラついて、バランスが崩れる。
気づいたら、目の前に踊り場の床が迫っていた。
「――……ッ!」
ドタンッと大きな音を立てて、2人で階段から落ちてしまった。
幸い私が下敷きになったおかげで、彼への衝撃は少しだけ和らげたはず……。綺麗なお顔に傷をつけたら申し訳ないからね。
でも、これでもまだ起きないなんて、やっぱり重症かもしれない。
偶然見つけたのがこんな私で、巻き込んでしまって言葉も出ない。
だけど、やっぱり見捨てるなんて出来ない。この人を置いていくことなんて、もっと無理。
自分が傷ついても、人まで傷つけちゃいけない。痛みを知っているなら、人に優しくしてあげるべき。
そう、あの人が教えてくれたから――……。
「――今、こっちから大きな音がしたような――……」
踊り場の隅で、やるせなさを堪えていると、そんな声が聞こえる。
視線を上げると、上の階から誰かが覗いていた。日向の光で、顔はよく見えない。
「えっ―― だ、大丈夫!?」
心配してくれる声が聞こえた。
それだけで、勇気を振り絞れた。
「あっ―― あの、助けてください――!」
いきなり会った名前も知らない彼らに、今までの経緯を話して協力をお願いする。
最初は戸惑っていた彼らも、状況がわかると快く頷いてくれた。
ここまで降りてくる間に、なんとなく首元にある色に注目した。
青いネクタイ――…… 上級生かな――?
私がそう思ったのと同じく、彼らの方も赤のリボンタイと花飾りを見て、私に聞いてきた。
「もしかして、新入生の子?」
「あっ、はい」
「じゃあホームルームとか、忙しいんじゃない? ここはオレたちで大丈夫だから、早く行って来なよ!」
気を遣ってくれたのか、大丈夫だと言って他の2人がぐったりと意識が朦朧な彼を軽々と肩に担いでいる。
「……ありがとうございます」
彼らの厚意に感謝して、教室に戻ろうと踵を一旦返す。
…………そういえば、クラスどこだっけ。
自分が迷子の身であることを思い出し、情けなくも彼らを追いかけて職員室の場所を聞きに戻ったのでした。