ドジっ娘は風紀委員長様のおきにいり!?   作:ひばりの

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じみーにあらすじを変えた。



虚ろな平穏

 今日も秩序を保つ並盛の住宅街。

 

 穏やかな町並みと約束された秩序、その風景は全て彼が閉ざした胸に描いた並盛町という、桃源郷。

 

 ここで築いたもの、この町も、この景色も、ここにある一時の平和も、全ては彼の手の内に収まっている。だが、ふと何かのきっかけで崩れてしまうかもしれない。常に最悪の事態が頭を掠め、その眼付きが鋭くなる。

 

 手に入れても、安らぎは彼のもとに訪れなかった。

 

 現実と理想の間を彷徨う一瞬の現象が、瞬く間に連立するような時の流れ。それがいつ針を狂わせてしまうのか。キャンパスの上に描き始めた一線は、理想となる線を伸ばし続け形となるまで単純な作業ではなかった。

 

 それはここに在って、今も不確かだった。この平和も、鉛筆の下書きと紙一重のように虚ろだった。

 

 彼の眼球の奥にある鏡には、冷静にそれらが見えていた。まだまだ彼の理想像を掲げるのはこれからのこと。桃源郷を初めて訪れたと云われる漁師も、昔話の浦島太郎も、童話の少女も、物語の最後には自分の桃源郷を見失う。馬鹿な話だ。それらの結末がどう解釈しても彼には腑に落ちない。

 

 この視野に入れても痛くはない。たとえばそんな愛情表現がぴったり当てはまるだろうか。過剰な愛着の下に支配された並盛の土地は、腹の底で練られる策謀もひた隠しにし何事もない装いで動いていた。

 

 

 

 その頃、暇を持て余す雀が電線のたもとにて啼いて、晴れやかな青空を渡る。平和の音を告げる羽音が羽ばたいていく。

 

 雲雀は空を仰ぐ。

 

 並盛公園の敷地の傍にある出っ張りのひとつに腰をかけ、澄み渡る空の下で飼い犬と遊具で戯れ合う幼い小動物の姿を見守る。そんな彼らのひとときに水を差すようにここで咬み殺すには、まだ無知すぎる笑顔であった。

 

 世間では週の始まりの休日だが、この公園にはかの雲雀恭弥がいることで、昼下がりの公園に遊びに来たキッズやら散歩途中の初老やら買い物帰りの袋をぶらさげる主婦やらが皆揃って回れ右をしていくのだった。

 

 このことからも、彼という人物はこの並盛で最も恐怖の象徴であることが明白であろう。それがこの町では暗黙の了解である。

 

 ともすれば、そんな彼の存在を臆するどころか顔色ひとつ変わらず羨望に満ちた眼差しを向けるあの少年のことを、ある意味では並盛の風紀委員長より強者だろう、と2人くらいは思うかもしれない。

 

 公園内に響き渡る少年と小型犬のはしゃぎ声、それらが絶えない解放的空間の中、雲雀の顔は浮かないものだった。

 

 そう思い耽るのも、馨子との会話がしばらく胸に引っかかっていた。

 

 あの時の彼女のように朗らかな微笑みで、彼女たちが語りかけたこと、どれも雲雀自身には思うところもないしどうでもいいと正直思うところだ。

 

 だが、色褪せないあの表情…… さすがに血を分けた母子なのか。

 

 そこにぽっと浮き出たあの男へのしこり。

 

 花内まりやの父親……――花内忠秋という男。

 

 この男の顔を見てから、雲雀には何かの違和感が拭えない。それが果たしてなんなのか、思い至る節はない。気のせいかと、そう思うようにしてもそれでは自分の中で消化不良だ。

 

 馨子から聞いた話では、あの男は単身赴任の身であの家も空けがちでいたこと。

 

 あの時の雲雀は陽気に眠気を誘われながらも思っていた。家に帰らないくせに、態々引っ越しをする必要があるのか。

 

 家庭事情は家庭それぞれだが、それにしては腑に落ちない。まあ、だからなんだという話なのだが。

 

 会ったこともない、写真で見ただけの接点、それも一方の面識だ。互いにはない面識にも関わらず、この男に惹かれる要素とはなんなのか……。

 

 あの男は、何かある。

 

 そう思ってしまうのは、なぜだろうか。

 

 先程から脳裏に鳴り響く警報のようなものは一体何を告げるのか。

 

 いくら頭を振り切ろうと紛らわせない。頭痛がするほどではなくとも、雲雀の気が散る。鬱陶しい。煩わしい。

 

 なんだろう、この胸騒ぎ――……。

 

 辺りに風が吹くと公園の木々や草花を揺らし、彼の肩にかかる黒衣を煽り、あの空の雲が気まぐれに形を変えていく。

 

 春の日向が残る陽気が、訪れた春の積雲に呑まれると地上に日陰が降る。眩い光がその瞬間遠のいていくのを見守る。

 

 その刹那、灰色の陰に生命線を断ち切られたように野に咲く花が人目もなくヒラリと最後の一枚を散らした。

 

 ――すると、遠くから委員長と雲雀を親しむ声……。この時の雲雀には耳に障って仕方ない。咬み殺そうか。

 

 期せずして雲雀に殺意を向けられた男、名は草壁哲矢という。雲雀が取り締まる風紀委員会の副委員長を務めるこの男は、日々委員会の雑務に雲雀からの理不尽な要求に従順に従い奮闘する律儀な性格である。どんな無理難題の任務にも堅実な姿勢を示す草壁だが、それが仇となり雲雀からある種の変態だと思われている。殊に報われない男である。

 

 そんな男は先程まで学校にて雑務をこなしていた模様、しかしそんなのは雲雀の知ったことではない。懐からトンファーが覗くと、草壁は取り乱しながらも急用であることを切羽詰まる動作から感づかせる。

 

 そこで仕方なく雲雀が話を促すと、草壁は冷静な面持ちを取り戻し連絡事項を伝えた。

 

「委員長、緊急事態が発生した旨をお伝えします。実は先程報道でナミモリタウンにある施設に武装集団が押しかけジャックされたとの報告が……」

 

 にわかに報告相手の顔色が曇るのを草壁は身を以てひしひしと感じる。

 

 途端に公園内の空気が張り詰めるのを、彼らの頭上の空を飛んでいた鳥が異変を察知して素早く飛び去っていく。

 

「施設を訪れた市民を人質に取り、彼らは現在も建物内に籠っています。目的は身代金と思われ、交渉は施設側と行われていると思われます。また、奴らは一部の範囲にある電波をジャックし警察側にも圧力をかけてます。現状はなかなか身動きが取れておりません」

 

 色褪せる記憶の淵に、この右腕の腕章に掲げた意志は揺るがなかった。乱せはしない――。何人も憚る者は、地べたに這いつくばらせた――。

 

「……行くよ」

 

 その声色が今の彼の心情を物語る。聞かずともその腹の中で煮え切らないものがマグマの如く噴き出そうとしているのを、草壁は背筋の武者震いを堪えて息を潜めるように見つめていた。

 

 今後、きっと恐ろしい結末が迎えているだろう。草壁にも想像のつかない地獄絵図が待ち構えることが否めない。

 

 死神の鎌を携え漆黒のローブを翻す様を追いかけようとした時、草壁の耳に疑わしい声が響く。

 

「雲雀さん、どこへ行かれるんですか?」

 

 こちらに小学生くらいの男児が駆け寄る。確かに身長もない小柄な体格の、菫の花のような瞳の少年の姿が、こちらヘ走ってくる。何度も何度も声に出して、雲雀さんと。

 

 ギョッとして、草壁は委員長とその少年を交互に見やる。この世の終わりのようなものに遭遇してしまったと我が身を呪いたくなる。そこにさらに少年の連れの仔犬まで加わるのだから、草壁の脳内はショート寸前である。世界が終焉の前に、彼の生涯が過労死で幕を下ろしかけそうである。

 

「あ、あの…… 失礼ながら、そちらの少年は……」

 

 落とした草にも気がつかず、草壁はこの際決死の覚悟で雲雀に尋ねる。ここで永遠の眠りに落ちるかもしれない恐怖が彼を襲った。

 

「……ドジっ娘の弟」

「あっ、あぁ…… なるほど、そうでしたか……」

 

 憮然な面持ちのままその返事が返ってくる。だがむしろそれだけで済んで良かった方だと、草壁は心底安堵していた。花内にこの歳の弟がいるとは初耳だったが、そうならこの状況の辻褄も合うような気がする。あの泣く子も黙る鬼の風紀委員長の隣で活気に満ちた少年のあどけない笑顔があろうと……。

 

 さすがは花内レベルの弟だ。草壁はそう思い込むようにした。きっとこれ以上は深く踏み込まない方がいい。

 

「悪いが君、委員長は急用があるからこれで……」

「あぁ? 誰だよ、じじい」

 

 少年の口から予想にもしない毒が吐かれ、雲雀との一変する態度に「じっ……」と思わず言葉を失う。少年の隣で慕う人が何やら堪えるようにしているのは恐らく気のせいだ。そうでも納得しないとやってられない。

 

「き、君ッ、オレはまだ14だ。年上には口を慎みなさい」

「うるせぇな、年齢詐称してんじゃねーよ、みっともねえぞ若作りじじい」

 

 まるでこの世の屑を見つめるような眼差しで彼が毒吐く。ついに草壁は石化した。

 

 草壁には信じられなかった。この胸糞悪い少年とあの可憐な少女が、血を分けた姉弟であることが。何かの聞き間違いではないか。あの少女から直に真実を告げられるまで認められそうにはない。草壁は逃げた。意地だった。

 

 そう意地になることでひとまず理性を保つことになると、こんな少年のことなど放置して早く現場へと彼を誘導するため雲雀に再び声をかける。どこか上の空な雲雀だがこの時には気にも留めず、この事態が深刻化する前に食い止めなければ、そのために雲雀が現場へ足を向けるのが優先だった。

 

 しかし、邪魔をするのがまたこの少年であった。雲雀をどこに攫っていくのかとまるでこちらが悪人であるような言い草だが、さらに飼い犬がおもちゃと認識したかリーゼントに興味を惹かれたように草壁の周囲を回り吠え続けている。これではさながら変質者のようだ。

 

 身動きが利かず立ち尽くす草壁の手を滑り落ちる端末の動画にせかせかと流れ込む情報と背景を、たまたまその少年が覗き込む。その途端「あっ」と変声期もまだの声が呟いた。

 

「ここって、ねーちゃんがブラジャーとか買いに行ってるとこじゃん」

 

 今朝慌ただしく家を出て行った姉が告げた場所。特に中身は聞いていなかったが、町内随一のショッピングモールだということもありそういうことだろうと勝手に解釈してふと表に出たのだった。

 

「…………」

 

 この場に重く落ちる沈黙だが、そんなことまだ知る由もない無邪気なその少年は恥じらいなくそれを口にしたのだった。

 

 ――ドカッというような鈍い音と、少年の一抹の叫びが、平穏を装う公園に長く木霊していた。

 

 




草壁さん、どんまいw
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