――――この施設内は制圧した。今からここにいる全員は人質だ。命が惜しければ、抵抗を諦め大人しくしていろ。
銃口を向けて、その男たちは言い放った。
施設の4階に老若男女の人々が寄せ集められ、身動きの取れないこの状況の中で誰もが震えていた。塞がれた口元で必死に助けを求めていた。
黒ずくめに武装した彼らはこの周辺に数十人が散らばっているらしく、身元を隠すよう黒い布を鼻まで覆い目元はサングラスで塗り潰されている。全員がその腕には銃を握り締めていた。
彼らの銃声が引き金で、周囲には恐怖と絶望が蔓延している。冷静にいようとしても、すぐそこに迫る恐怖に肩が震えて腕から縛られた手首にまで動揺が伝わってしまう。
カラカラに渇く眼球を見開いて、隣で縛られているみんなの様子をそっと窺う。
みんなも、怯えきっている……。京子さんやハルさんに子どもたちも…… ガムテープの下から嗚咽を漏らして、必死にこの恐怖と戦っていた。
酷い…… こんな小さい子たちまで人質に取るなんて……。
でも、私が、あの時彼らの言葉に甘えないでみんなを先に帰していたら……。
みんなにただ申し訳なかった。こんなことに巻き込まれるのは私だけでよかったのに、まだ小さなランボ君やフゥ太君やイーピンちゃんまでこんな酷い目に遭わせてしまった。
私が、間違っていたんだ。みんなの優しさに甘えて、思い上がっていたんだ。自分の弱さが、また誰かを傷つけるところなんて、見たくないのに――……。
周りの咽び泣く声に混じりそうになる。
心が折れそうになる時、アスタイルの床をコンコンと軽く叩く音がして、恐る恐る隣で縛られる沢田さんを見据える。
彼もまた、口元を褐色のガムテープで塞がれて、手首を後ろへ回されて縛られている。じっとこちらを見据えて何かを話せそうにない。
けれど、彼のその瞳の奥に諦めない意志が見えた。恐怖と入り混じりながら、絶対に諦めない気持ちを私に伝えようとしていた。
彼のその意志は、私を励まそうとしてくれていたようにも思う。
――負けない。絶対に、彼らを傷つけない。
唯一の希望をこの胸に与えてくれた、彼らの笑顔を傷つけさせない。
私の、ここにいる意味を守る。
沢田さんから視線を外し、悪魔のような黒ずくめの格好をした武装の男たちを睨む。なんだか嫌な水滴が身体を流れる。断片的に、意識が黒い塊を引っ張ってくる。でも、今はそんなことを気にしてられない。
端末機を片手にざわつき始める集団の群れを見据えて、今の私に出来ることをやろうと確かに胸に誓った。
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ナミモリタウンの賑わいは、その日一味違っていた。
その違和感を、この場に現われると真っ先に感づいた獄寺と山本は眉を顰めて騒めく人の波を掻き分ける。
目的の建物はもう目と鼻と先にある。
だがこの異様な人の数と、建物に張り巡らされるパトカーと規制線、明らかに異質なものがあの建物内に包囲されている。
何かが起こっている。
それがタダ事でないことは一目瞭然であった。
警察沙汰になるほどの、何か重大な出来事が、恐らく目の前の着飾られた鉄の塊の中で――――
自分らと同様に様子を見守る一般の野次たちは、各々に事態を勘繰り、突然泣き喚く輩もいる。
唖然と周囲の光景をその目で目の当たりにする獄寺は、自然に湧くこの状況への疑問を零していた。
「な…… んだこりゃ……」
吐息と大差なく掠れていた声だった。咄嗟に嫌な思考が働き出す。
「なんか、タダ事じゃあねぇみたいだな」
「10代目はどこにッ……!?」
必死に頭を振り回していつものシルエットを捜す。しかし、視界の端にも見つからない。
もしや、と強烈なサイレンが点滅するあの建物に向きかけた頭を急いで振り払い、携帯端末を開く。焦って滑る端末と打ち間違えるボタンをどうにか操作しながら、無事であることを天に祈るように発信ボタンを押す。
もし、もしもあの方に何かあれば自分はどうすればいいのか、どう償えばいいのか、あの方のいなくなった世界で何に縋りつけばいいのか、先に絶望的な思考ばかり浮かんでくる。思いに急かされる最中に、隣で山本が叫んだ。
「ツナ!」
山本の発した単語に機敏に反応し、ただ希望に縋る思いで獄寺も顔を上げる。
山本の視線を追いかけ、向かいにある大型ディスプレイが設置されたビルに目を向けると、画面の端に馴染みのある姿…… 詳しく話せば栗色の特徴的なボンバーヘアが映った。
その画面の中央には、漆黒の布で顔中を覆った男の顔がある。
「10代目ッ!!」
画面中央の男に目もくれず、慕う人の姿に安堵の声が湧き上がる。
そこにいる―― 人質として、そこに生きている……。
その現実を受け止めるしかない彼らは、その前で共に愕然とするしかない。
幸いなのは、まだ殺されていないということだけだ。
しかし、それもいつ切り離されるかわからない頼りない糸に繋がれていた。
『――――警察諸君』
男が告げる。
『互いに時間も限られる。両者尽力を尽くし結末を迎えよう。
我々からの要求は、ここに集う人質の命と、身代金の交換だ。金の交渉はこちらで順調に運ばれている。諸君の出る幕はないが、支障が出るのは困るのでね。無用な手出しは禁物だ。こちらで何か動きを察知すれば、人質は
唯一、黒一面の中に覗く目元の肌色、そして男の瞳。澄んだコバルトブルーの色相を持ち、全てを見透かすような瞳孔の奥に潜む野心。それらが、この男の姿を冷酷に映し出した。
『これは忠告だ。我々から日本人に対する敬意を尽くしていることを忘れないでほしい。君たちがこのことを忘れないでいてくれるならば、我らのロードも寛大に赦してくださるだろう――』
覆面の白人の男は、最後に警告紛いのメッセージを画面越しに残し、こちらに向けて銃弾を撃ち放った。
そして画面は真っ暗に沈黙した。
――束の間の静寂が訪れ、男が暗闇に消えた後のこの場は混乱の渦に包み込まれる。どこからか悲鳴が上がり、親族の懇願の叫びが散漫し収拾がつかなくなる。
警察が手を焼く間を潜り抜け、獄寺たちは人質が捕らえられているあの建物へと慎重に近づく。
「なぁ、獄寺」
「あぁ?」
山本は、普段のにこやかな表情で獄寺を呼んだ。向こうも大概目もくれず空返事だ。
「これからどうするつもりなんだよ?」
獄寺を先頭に警戒の目を盗み建物内に浸入する入口を見つけ、幸先のいい獄寺は得意げに鼻を鳴らす。
「ハッ。んなもん、最初から決まってんだろうが」
自分の後についてくる男を煩わしく思いながらも、時は一刻を争う中で時間も惜しい。だからあえて黙っていた。彼がついて来ようがきっと役には立たないだろうと鼻から高を括り、獄寺は自尊心を貫いていた。
「10代目をお救いするんだよ。命を懸けて、この右腕がな」
あの方だけは、死なせはしねぇ。
この場で改めて自身のボスへと忠誠を誓い、獄寺は救出へと向かうのであった。