「――これで警察も迂闊には手を出してこないだろう。幸せな奴らだ」
黒ずくめの男たちは、くつくつと低い声を漏らしながら話し込んでいた。この階にいるだけでも10人、別の階にはどれくらい仲間がいるんだろう……。
抵抗もままならないこの状況下でも、諦めない。諦めたくない。この事態の打開策を見つけるために、そしてみんなをここから解放するために、男たちの動きを奥まで探る。内側にまだ疼く不安が、時々邪魔をする。弱気になっちゃダメだ…… こんな時に冷静でいなきゃ……!
すると黒ずくめの中の蒼い瞳と、ふと目が合う。心臓が止まりそうになる。男の虚ろな眼差しが印象に残り、私は視線をアスタイルの床に伏せる。目元を晒して、透き通る肌の色が輪郭を覆う覆面とは対照的だった。
……どうして、こんなことをするの?
こんなに大勢の人を悲しませるようなことを彼らはして、何がその後に残るというんだろう。
わからなくて、やるせなかった。悲しみをこの胸の内に募らせるばかりで、その眼差しに何も言葉をかけてあげられないことが……。
「――しけた面してんな。これからだぞ」
思い詰めていたところだった、その声が降って来たのは――
視線だけを動かして、声の主を探す。すぐに見つかった。沢田さんの背後に、唯一この場で拘束されていないリボーン君が隠れていた。助かっていたんだ……。早く彼を逃がしてあげないとは思うけど、生憎今は人質だし、リボーン君自身もこの状況を冷静に見据えてまるで逃げる意思がないように見える。
その眼差しは、とても赤ん坊には見えない時がある。
それに、サボテン。どんな意図があるのかサボテンの格好をしている……。
「〜〜〜〜ッ!!」
沢田さんに棘が刺さり、地味に痛そうだった。
文句を言いたいようだが、口のガムテープが邪魔をして何を言っているのか、不明だ。
そんな彼にお構いなしにリボーン君がそのシュールな格好のまま、潜んだ声で話を続ける。残念ながらここにつっこんであげられる人材はいなかった。
「黙って聞け、お前ら。現時点で掴んでいる情報は極僅かだ。その情報網の中で黒ずくめの集団の身元は見当がついた。気を抜くんじゃねーぞ。奴らは潜伏中のマフィアだ」
その幼い口から淡々と話される事柄に、ガムテープの下からも衝撃は隠せなかった。
マフィア――…… マフィアが、どうしてこんなことを……。
「――ひと月前、マフィア界の掟に背き薬物の密輸、密売を行い、裏社会を追放された組織があった。構成員の数名は消息不明だったが、殲滅はどうやら免れたようだ。まさか日本にまで逃げ延びていたとはな」
彼の話では、全てはまだ憶測の域を出ないけれど、覆面の男たちの身体的特徴、組織の構成員の大半はイタリア北部の町の出身でその地域独特の蒼い瞳と陶器の白い肌、彼らの内輪の会話…… 統計して、その潜伏するファミリーと一致する点が含まれる。
目星はついた。あとは、目の前の黒ずくめの集団の正体を暴くだけ――……。
「おい、何をやっている」
異変に気づいた男の一人がこちらの様子を伺う。その手には無情な光沢を放つ銃がしっかりと握られている。
リボーン君がッ……!
「なんだ? サボテンだと……?」
サボテン――に化けたリボーン君を、ジロリと見据えて男は唸る。
バレる――……!?
「これはお前たちの買い物か」
すると、沢田さんに白羽の矢が刺さる。沢田さんが度肝を抜きながらも、間髪入れずうんうんと頷いている。
向こうもサボテンには特段興味を示さないで、納得するとさっさと定位置に戻っていった。
男が背中を向くと、口元にしたり顔を作るリボーン君が少し怖く思えた。
いやいや…… なんでバレてないのーーーー!?
「今は奴らに隙がねえのが問題だ。死ぬ気になるには、一瞬でもあいつらの気を引くアクションを起こさねえと……」
彼の話に引っかかるものはあるけれど、とにかく彼らに隙を作ることが必要で、そのためには……。
「ンーー!」
「……そうか、なるほどな」
この状況に限界がきたのか徐々に涙目で訴えるランボ君を見て、リボーン君が唸る。
あ、赤ちゃんがする笑顔じゃないよ……? ――と、私の個人的な意見は置いといて、リボーン君はランボ君に近づくと、渾身の握り拳を構えてランボ君の頭に振り下ろす。殴ったという方が正しいかもしれない。
その火に油を注いだ瞬間に、私も沢田さんも凍てついたが、殴られたランボ君の頭からすると筒状の物体が飛び出してくる。彼の頭上からカチッと機械的な音がすると、煙ごとランボ君の身体を包み込んだ。
周囲にピンク色の煙幕が立ち込める。ガムテープのせいで咽せる息もかなり辛い。やがて煙幕が引くと、そこにはランボ君の姿は忽然といなくなっていた。
「やれやれ、戦場のような場面に出くわしてしまったようだ……」
当たらずも遠くないコメントをするこの牛柄のはだけたシャツの青年は誰ッ!?
突然現れた牛柄のイケメンに衝撃を受ける。白馬じゃなく牛柄なところが個性があっていいかもな――じゃなくて!
「アレ? なんですか、ここは? イーピンは確か、テスト勉強の間の気分転換に身体を動かそうと朝の森で
また隣を見上げると、そこには煌びやかなチャイナ服の格好をした三つ編みの女の子が、不可解な謎のポーズをキメていた。
案の定向こうも状況をよく理解していないようで、キョロキョロと視線を動かす。
煙が晴れると、その先に見えた無数の黒い男たちと銃の数に、途端に眼つきが鋭く変わる。
「なんなのね、あなたたち。こんなにたくさんの人たち縛って、人様に銃向けるなんて言語道断! イーピンがお説教するよ! いくよ、ランボ!」
闘気を身体中に纏うと、彼女の怒りに混乱する奴らは勢いがにわかに弱まっているようだ。圧倒させている間にその三つ編みの娘が生身で男たちを蹴散らしていった。
す、凄い……! あのチャイナの娘……!
「やれやれ、イーピンは相変わらずだね。何やらレディーたちのピンチのようですし、久しぶりに暴れますか……」
しばらく傍観していた牛柄の人の方も、そう独り言を零して、懐から何やら牛の角のようなものを取り出す。そこにもこだわりが…… と感心していると、それを頭の両サイドに取り付ける。なぜにっ。
「サンダーセット・
「
バチバチと爆ぜる角を突き立て、男たちに突進していく。なんだか凄そう。チャイナっ娘とは一変して曖昧な感想を呟きながら、その派手な攻撃を見守る。それに当たると敵は感電したように酷く痙攣を起こして地面に伏した。
一方、その勢いと風格が圧倒的なチャイナの娘は、回し蹴りや痛打などを凄まじく華麗な動作で繰り出したり、時と場合によってかなり惨いことをしてのけた。外見に寄らずおっかねぇぇぇえええええッ!!!
あの2人だけでも男たちを次々と倒していく。
そこに――
「
いきなりの雄叫びに何事かと肩をビクつかせる。見ると、沢田さんまでもが敵に突っ込んでいく姿が映る。
えっ、あの人裸で何しにいってるの……?
彼らに負けず劣らず、凄まじい格好だった。ぽかーんとその様を目で追うことしか出来ない私のもとに、リボーン君が近づいて口のガムテープを剥がしてくれた。これでもう大丈夫だと言うように、口元を緩めてくれた。
これなら形成逆転もありえそう、希望が見えた。
それも束の間、ついに銃弾が弾かれた。
「イーピンッ!!」
彼らがそう叫ぶと、男たちの弾が彼女の肩を掠る。その瞬間顔を引き攣らせ、彼女の動きが鈍る。すると、背後を敵に取られた。
まずい――……!
「――! しまった!」
気配を察知して彼女が咄嗟に振り返る。けれど、敵の行動の方が僅かに早く思えた。彼女も負傷して集中力が途切れている。
このままじゃ――……。
黒ずくめの男の狙いが、彼女を捉えた。
その瞬間、辺りに衝撃が走る。
サングラスが外れた男の目が焦点を忘れ、前方に倒れた……。
「…………群れてる」
男の背後には、この状況を不満に思いにわかに不機嫌な彼の姿があった。
「雲雀さん……」
普段よりも3割増しカッコ良さが滲み出ている、ような気がする……。それにしても機嫌が悪い。だって、あの、好きで人質になったわけじゃないから…… 仕方ないじゃん……。
不可抗力にも構わず黒ずくめの集団より人質の群れを咬み殺そうとする彼にはもう参った。
すでにトンファーを構えた彼が群れを見渡してはたと私に気がつくと、一瞬の間固まったかと思えば、今度は鬼の形相そのもので鋭く睨みつけられた。解せぬっ。
「ちゃおっス、ヒバリ」
こんな時に呑気に挨拶をするリボーン君は、さすがは赤ん坊なのか、怖いもの知らずなのか、羨ましいばかりだよ。
「外の様子はどうなんだ?」
「赤ん坊、いたのか。どうして君が止めなかったの?」
赤ちゃんにも容赦なく、雲雀さんの眼差しは冷たい。どうやらお互いに面識もあるらしい。というか、雲雀さんさすがに堪えて!
「オレだけじゃ人質の保証は約束出来ねえんだ。人が殺られると、風紀に関わるんだろ?」
「……そう。もう少ししたら銃声を聞いた警察の群れが殴り込んでくるんじゃない。それと、どう網を掻い潜ってきたか知らないけど、あの草食動物の群れの仲間も別の群れの首を絞めていたよ」
さも関心のないような口振りだ。リボーン君は気にした素振りもなく、その報せを聞いてむしろ気分がよさそうだった。
「獄寺たちか、ナイスだぞ」
獄寺さんたちも助けに来てくれている……。これでもう大丈夫なんだ、そう安心していた。
「――小僧、調子に乗るな」
あの虚ろな瞳の奥には、確かな殺意が潜んでいた。
男の視線が鋭く射抜く先に、あの人の姿が映る。風紀の文字がはためく一瞬一瞬が、私の視界をスローモーションに過る。
ああ、間に合わないッ――――……。
男の指先が、引き金に触れる――――
――いつか、運命が訪れる時、それを乗り越えるかは今のお前が選ぶことだ。
――まだ泣くな、枯れるな、お前の花を咲かせてやれ。
――俺のように、そして俺が為せなかったことをお前の手で導くんだ……。
――それが、照らす者の使命だ。
その瞬間、私を光が包んだんだ――――……。