――――始まりは、今朝ビアンキが張り切って作ったポイズンクッキングの毒性があまりにも強烈で、家にある鍋や皿一式が溶解したことからだった。
ビアンキの脅威から逃れるためにランボたちも連れて、家から遠いナミモリタウンまで新しい鍋を買いに行った。
こいつらがまとめてついてきたのもきっとたぶんビアンキの新作ポイズン料理の餌食になりたくなくて避難して来たんだろう。オレもそうだし。
こんな時に母さんがいないなんてなぁ。
朝から家を空けてて、オレが起きた時にはリビングに書き置きと朝ごはんの器だけが置いてあった。全く朝からどこに行ったんだろう。おかげで休日の朝が台無しだし、久々にゆっくりできると思ってたのに……。
置いてあった朝ごはんは起きた時にはこいつらに横取りされてたし…… 腹減ったなぁ……。
とにかく母さんがいないからビアンキを止められる奴がいなくて朝からあんな悪夢を見ることになった……。ビアンキもビアンキでさ、なんでいちいちオレに味見させてくるんだろ……。まだオレのこと密かに狙ってたりしてんのかな…… たぶん、そうだ。うわっ、鳥肌立ってきた……。
逃げてきたのは正解だった。こいつらの面倒をまとめてみるのは休みの日にしんどいけど、死ぬよりはマシだと思うことにする。きっとあの毒で死ぬなんてひとたまりもない。
……なんだか、オレのメンタルがあらぬところから土固めされていくような…… 絶対あいつのスパルタのせいだ。大体今朝のことだってリボーンに食べてもらうんだってビアンキが張り切ってたからだし、クソーーっ、リボーンめっ!!
――ん? そういえば、リボーンの奴、朝から見てないな。どこ行ったんだろ?
あいつのことだから、逸早くビアンキの餌食から逃げたんだろうな……。確かビアンキは愛人じゃなかったのかよ。一番に自分が被害から逃げてんじゃないよな、たくっ。
……なんてことを考えてる時に限ってどこから湧いてくるかわかんない奴だから気を抜けない。フゥ太がこっちを向いて不思議そうにオレを見るからなんでもないと誤魔化した。
オレは終始辺りをビクビク警戒しながら、ナミモリタウンへの道を急いだ。
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とりあえず鍋を買った。
ビアンキのポイズンクッキングで跡形もなくなった食器は、チビたちに持たせるのも危ないからまた別の日にして、服売り場に寄りたいと思った。
言わずもがな新学期が始まっても前と変わらず死ぬ気モードになっているからあとでオレの服がボロボロだし、母さんに何度も頼むのもさすがに申し訳なくて、この機会に予備を買おうかと足を向けた。それにまだあの家に帰りたくない。きっとこいつらもわかってくれる。
3階に着いた途端、ランボとイーピンが喧嘩を始めた。まずい! ここでイーピンが照れて筒子時限超爆が発動したらこの建物が跡形もなくなっちゃうじゃん!!!
すぐに喧嘩を止めようとしたら、イーピンの怒りに触れたランボが蹴飛ばされていった。爆発されるよりこっちの方がいい。もちろんすぐにどっかへ行ったランボを探した。先に下の階に降りたフゥ太が見つけてくれたらしく、そこに思いがけない偶然が重なってオレは心底驚いていた。
「――花内さん!?」
ここ最近よく見かけるようになった彼女の姿がそこにあった。なぜだか知らないけど少し涙ぐんで、こっちを見て何かを訴えかけてくるような目は不覚にもドキッとする。
花内まりやちゃんは、言うなればオレの後輩で、並中の一年生。すごく厄介な体質の持ち主で、苦労しているみたい。何気にあのヒバリさんに気に入られているというツワモノの娘だ。
まさか花内さんにばったり出会うのも驚いたけど、彼女の他にも京子ちゃんやランボを抱きかかえるハルもいて、ハルの口から『女子会』という言葉に度肝を抜いた。
オレが戸惑っているとフゥ太がどうやらランキングのことを話したようで花内さんからあらぬ誤解の視線を向けられてしまった。違うんだよ〜〜!
フゥ太は以前から花内さんを知っているようだった。知っているといっても、ランキングブックに載る名前くらいだけど。そのランキングによく載る名前が気になっていたらしく、ひょんなことからオレの学校の後輩であることを知ると、すごく興奮していた。彼女に会いたいといつか話していた。
日本人の名前って世界的にも珍しいらしいから、フゥ太の印象にも残りやすいんだろう。
それにしても、花内さんのランキングって、正直何がすごいのかよくわからないのばっかだ……。ドジっ娘とか、そんなランキングもあるのかよ……。
京子ちゃんがさらりと彼女に追い討ちをかけていてあながち気持ちはわからなくもないけど、これ以上オレに向けられる視線も痛々しくて逃げるようにランボの心配をしていたんだ。
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その後も成り行きでみんなで昼食を食べることになった。
京子ちゃんとごはんを一緒に食べられるなんて嬉しすぎる!なんて浮かれるものの、チビたちの世話で素直に喜んでいるどころじゃない。花内さんは笑顔で許してくれたけど、もう迷惑かけられないしちゃんとこいつらを見てないと……。
「おいしいもんは全部ランボさんのもんだ〜!」
言ってるそばからお前はああああッ!!
テーブルの上に憚るランボを降ろそうと躍起になるほど上手くいかなくて、そんなところに花内さんが助け船を出してくれた。おかげで花内さんのごはんをランボが横取りする形になってしまう……。
「ご、ごめん! 花内さん! ランボが……」
「いえいえ、子どもって素直だから、美味しそうに食べてくれるとこっちも嬉しいんですよ」
全くランボの我儘に怒るどころか、そんな風に穏やか表情を湛えて言った。
おとなしく椅子に戻ったランボに約束通りハンバーグをあげてやると、落ち着きのない様子で食べ始めるその姿を見つめて花内さんもさっきより嬉しそうに、その言葉通りに満面の笑顔を魅せた。
なんだか、花内さんって、しっかりしているんだな……。
そんな風に感心するオレは彼女にヘコヘコと頭を下げることしか出来なくて、相変わらず情けない。気にしてないよと気遣うように言ってくれるけど、そういう問題じゃないよね!? お詫びしてるつもりなのに、なんかオレ逆に気遣われてんじゃん!?
ダメだー!と気持ちを持とうとするけど、ランボに話しかけているその感じは無理してないっていうか、むしろこうすることが彼女の本心なんだって、ちゃんと伝わる。
オレがいつもうざいと思うランボの話にもちゃんと反応してやって、フゥ太のランキングの話を涙ながらに聞いてやって、今日初めて話すイーピンにも戸惑いながら積極的に話してあげて……。
……子ども、好きなんだなって、花内さんのことをひとつ知ることができた。
――あと、もうふたつ、彼女のことを知ることができた。
ひとつは、花内さんに弟がいたってこと。
ああ、面倒見もいいんだって、オレは納得した。
オレにも弟がいたら、こんな自堕落な性格も少しはマシだったのかな、なんてきっとないものねだりだ。これじゃ全然ダメだ。
素直にすごいことだとオレが賞賛すると、頬を少し赤らめてやんわりと否定された。
でも、少しだけ花内さんとの距離が縮んだようにこの時感じて、彼女に内緒で微笑ましくその照れた様子を見つめていた。
あともうひとつは、花内さんの笑顔って、不思議と安心するんだ……。
子どもたちと一緒にいるのを見守るとそう余計に思い知らされて、落ち着くっていうか…… オレがそう思うのも変だけど、なんでそう思うんだ?
彼女と関わり合う度に、存在を近くに感じるんだ。
うーん…… なんだろうなぁ?
まっ、楽しければなんでもいっか。
「お待たせしました。エスプレッソコーヒーです」
「あっ、花内さん、来たよ」
「えっ……」
トレーにそれを持ってきた女の店員さんがやって来たから、オレはまだドリンクを飲んでいない花内さんに一声かける。
けど、彼女は頼んでいないという。コーヒーも飲めないって……。
チビたちはありえないし、よくよく考えてみると、エスプレッソって――
「ちゃおっス」
「やっぱりーーー!」
コーヒーが来るとどこからか湧いてきたボルサリーノの影…… 案の定
ちゃっかり頼んどいてしかもどこ座ってんだーーー!?
「ツナ、お前のことはオレが解ってやるけどな、ヒバリには気をつけろよ」
「一体なんの話だよーーー!?」
花内さんの膝の上にいるリボーンが、こっちを見ていつもの何か企んでそうな口元を浮かべる。なっ、なんの話だよ!? オレの心は今も昔も京子ちゃん一筋だよ! 心の中で断言しちゃったわッ!!
リボーンのせいであらぬ誤解をされないよう、オレはこの日の昼食もろくに取ることができなかった。お腹減った……。
********
本当は昼食を食べて解散しようと思ったんだけど、花内さんはまだ買い物があるって言って、せっかくだからみんなで付き合うよと彼女に付き添うことにした。
花内さん一人を置いていけないし、なんだかんだみんなも一緒に遊びたいみたいだから、無理言ってついて来ちゃったし。
それにしても、女の子の買い物って袋が多いんだよな……。
オレたちがいなかったら、花内さん一人でどうやって帰るんだろう……?
つい帰りのことも心配になって、キッズスペースを眺めている花内さんに声をかけた。
少し驚かれたように、それでも花内さんは微笑んだ。くすりと、オレを見つめて変だなんて笑う。やっぱりオレって心配しすぎ……?
「――ごめんなさい」
するといきなり花内さんから頭を下げられた。言葉を失くすオレに、花内さんは淡々と胸の内を語ってくれた。
なんだろ、そう語る君の姿が――……。
ぼんやりと視界に捉える花内さんの姿が、他人事じゃないような気がして……。
すると今度は真っ直ぐな眼差しをオレに向けて、そうして花が開くように微笑んだんだ。
「沢田さんたちとの出会いは、全然後悔することじゃないんだって、今ならそう思えます」
それから、もうひとつ彼女のことを知った。春から引っ越して来たこと。彼女はその時の不安な胸の内を、寂しげに伏せる瞳を見せてくれた。
そんな姿が、鏡のようだった。
以前の俺の姿と重なって――……。
ああ、なんだ、簡単なことなんだ。
ようやくわだかまりの答えを見つけた。
オレもみんなに出会うまで、あの家庭教師がオレの日常をぶっ壊すまで、彼女と同じだった。
何をやってもダメダメで、やる前から逃げて、隅っこの方でビクビク生きていた。
――――昔のオレに似ているんだ……。
だけど、あの日から――イタリアの殺し屋がオレの家庭教師になってから、無茶苦茶だったけど、獄寺君や山本に出会って、京子ちゃんと友達になれて、気がつけば俺の周りには友達がいたんだ。かけがえのない、
こうしてオレがなんだかんだで楽しく笑っていられるのは、その人たちとの大切な出会いがあったから。
こうして思い出してみて、いろいろ気がついたことがある。仲間がいる楽しさを知らなかった昔のオレと、一緒なんだ。だから、あの頃から気になっていたんだ。
一人じゃ越えられない壁があって、今のオレはみんなに支えられてなんとか登れている。花内さんのことをただ慰めて、同情してあげたいんじゃないんだ。
似ているからこそ、解り合いたいんだ。仲良くなりたいんだ。オレたちと一緒に笑ってほしいんだ!
せっかく笑顔が素敵なのに、もったいないじゃん!
オレは、昔のオレがあるからこそ、他の人にも同じ思いをしてほしくないし、そんな風に堪えようとしている表情は、全然花内さんには似合わないよ。
そう心から思うから、オレは、だからこそ――
「じゃあさ、またこうやってみんなで遊ぼう!」
いつもは臆病なオレでも、真っ直ぐ彼女を見てそう言えたんだ。
――うん。やっぱり笑ってる方がいいな。
話が落ち着いたところに、ジュースを買いに行ってくれた京子ちゃんたちがオレたちのいるベンチに戻ってくる。京子ちゃんからジュースを手渡ししてもらえる日が来るなんて……!と内緒でオレが興奮していると、その京子ちゃんの口から突拍子もないことを告げられた。
「まりやちゃんも、ツナ君って呼んだらどうかな?」
オレが驚く隣で「グフッ」と噎せるような息が聞こえる。なんとか堪えてジュースを喉に押し込んでいるようだ。
京子ちゃんと友達になってから少しはマシになったと思いたいけど、やっぱり慣れないよな〜っ。未だに京子ちゃんと友達になれたなんて実感湧かないし、女の子の名前呼ぶのだって一応まだ緊張するし……。
花内さんの方は、京子ちゃんの提案に戸惑っていて、あんまり受け入れてるって感じじゃなさそうだ……。
「あ…… オレは、別にどっちでもいいけど……」
花内さんの好きに呼んでもらって……。
その後は世話の焼けるランボをトイレに連れて行くのに少しその場を離れていった。
あれ、なんでオレちょっとショック受けてんだろ……。
帰ってきて、花内さんの様子が少しおかしいような気がした。
そう、なんとなく心の隅に感じていたのに……。
俺がもっと早くみんなを帰していたら…… 大切な人たちを巻き込まずに済んだんだ。
それとも――これはもう避けられないことだったなら、守ってあげたかった。
オレたちのために、君は消えてしまうのなら――……。
********
オレたちを人質に取って、いきなり現れた男たちがこの施設に立て籠もった。
手を縛られて、口を塞がれ、奴らから突きつけられる銃口、周囲の人たちは震えていた。オレも…… 怖かった。
何も出来ないこの状況で、最悪の事態すら考えて噴き出す汗が止まらなかった。頭が真っ白だった。
――ダメだ。オレがしっかりしなきゃダメだ! みんなだって怖がっているんだ。オレがなんとかしないと…… でもどうしよう……。
こんな時にリボーンもいないし……。
もしかして、大ピンチ〜〜〜ッ!?
「――しけた面してんな。これからだぞ」
その声は――!と期待して振り返ったところにいたのはサボテンだった……。
ってか、刺ッ! 痛いッ! 痛いからッ、刺さってるからッ!! 遊ぶなッ!!!
出てきてくれたのはいいけど、こんな時にもふざけるし、危うく向こうにもバレそうだし……。
ていうか、なんでバレないんだよーーー!? こんなデカいサボテンがあるかッ!
まあ、言ってやりたくても言えない状況だし鵜呑みにしてたんだけど、今度は何を思いついたのか、ランボに近づいて思いっきりぶん殴った。なんで殴った!? いや、気持ちはわかるけど! なんで今殴った!?
――と、一時はハラハラしたけど、こいつの狙いはなんと10年バズーカだった!
バズーカに撃たれて現れたのは、10年後のイーピンとランボだった。
オレたちが何も言わなくても勝手に暴れてるけど…… そっとしとこうか……。
呆然とあの2人の戦いを見守ろうとすると、すぐ耳元で、身近になってしまったあの音がしたような……。
「お前もいっちょ暴れて来い」
あぁ…… ごめん、母さん……。
気づいたらあの赤ん坊に脳天をぶち抜かれて、オレは真っ裸で戦闘の渦中に駆け込んでいった。
この拳には、確かに黒ずくめの男たちへの怒りが込められていた。
奴らが支配していた形成が少しずつ変わって、優勢に見えてきたけど、相手は一応マフィアだ。奴らが撃った弾がイーピンに当たる。
「イーピンッ!!」
肩から溢れる彼女の血が、呼吸を圧迫した。
そこに彼女を助けたのは、トンファーを構えたヒバリさんだった。もともと助けたつもりなんてないんだろうけど、ヒバリさんが来てくれて、この時は安心が広がっていった。
リボーンと何かを話し合っているようだけど、その背後に迫るものに気づいていないのか、あの不気味な男の眼が標的を捉えた。
「ヒバリィ!!」
銃声が、響いた。
「やめてええぇぇぇッ!!」
――届いたのは、少女が恐怖に震える声。
少女の全身が、透き通る光に包まれていった……。
神秘的な優しさを秘めた光は、その身体を包み込み建物全体を照らし出した。
光は、祈るように手を合わせる彼女の意志に応えるように、この混沌とする視界に差していつしか真っ白な景色の世界へと誘う。
膝から崩れ落ちるその姿は、ふわりと栗色の髪を撫でるように靡いて、蹲る頼りない背中に燻る感情を煽られ、あの娘の名前を呼ばずにはいられなかった。
「――――まりやッ!」
ずっと、気になっていたんだ。
優しい陽の光が降り注ぐ階段の踊り場の隅に、蹲って胸を傷めている姿が焼きついていた。
なんだか放っておけないだろ。
たくさんの傷を抱えても、笑顔を忘れない強がりなところなんてきっとこの娘は悪い娘じゃないんだって思えた。
だから、知りたいと思った。君をひとりにさせたくなかったんだ。
悪運でもなんでも、少しでも君の助けになれたなら。
春に咲く満開の花のように君は微笑むのに、ふとした時に自身の運命を悟ったようにたちまち萎んでいってしまうんだ。
目を離せばオレたちの前から散ってしまう。あの包み込む温もりを抱いた笑顔が、真っ白な光にふと溶けて消えてしまうような――……。
――……花内まりや。
ねぇ、君は、一体何者なの――――?