「いや〜。さっきはごめんねー。お見苦しいところをお見せしちゃってさー」
「おい、ネクタイ引っ張んのやめろ」
「改めて、このバカと一緒に紹介させてもらいたいんだけどさ。まりやちゃん」
「シカトすんなよ。オイッ、オカルト変人ヤローのくせして…… ぐぇっ……」
「………………」
なに、これ……。
目の前で繰り広げられる、夫婦漫才のようなやりとり。見ているこっちがアホらしくなってくる。実際かなり無茶苦茶だけど……。
つまりは――目の前でイチャついてんじゃないわよ! 星になれリア充!!
どうしてこうなったのか。実のところ私にもよくわからない。原因の2人の方は、あの様子じゃもっとわかっていないと思う。
あれから、あっという間に放課後。太陽が空に一番高く登る、お昼の時間帯。入学の初日ということで、授業は半日だった。
終礼のチャイムが鳴って、さっさと帰ろうと荷造りをしているところに、再び私の前に立ち塞がったのが、あの絶世の美少女の仮面をつけた中身は危険物質が血管にまで流れて身体を巡ってるような女の子だった。
最初は彼女への恐怖に、心の奥底でシャウトしまくっていた少し前の自分が懐かしく思う。ここまで来たら末期かもしれない。
クラスメイトの謎の美少女は私と不意に目が合うと、にんまりと、同性でも翻弄されそうな魅力的な微笑を湛えた。
そんな彼女の右手には、赤くて細長い何かが…… というか、男子の制服のネクタイが、ガッシリと握られていた。なぜに。
彼女の右隣りを見やれば、ネクタイの持ち主である男の子がいた。よく見ればさっきまで彼女と散々口喧嘩していたあの男の子だった。何やらげっそりとした様子で忠犬さながらネクタイでつながれていた。
なんでネクタイなんて掴まれて…… あれ? 彼の首、締まってませんか!? 彼、咽せてません!?
どうやら彼もこの娘に捕まえられた類らしい。ご愁傷様です。
今もギリギリと首を締められて、呼吸が苦しそうな男の子に構わず、彼の首を締め上げる本人は、私に清々しいくらい愛想のいい笑顔を向けている。
えっとぉ…… 何この状況? 最早カオス? 私にどうしろと……?
かくして、生まれたカオス的状況。
5回目になる彼らの喧嘩を、もう止める気もとうに失せて、ただぼんやりと眺めているだけです。以上。
帰っていいかなぁ……。まだ終わりそうになさそうだよ。いつになったら…… って、これ終わらないともしかしたらずっと帰れないってこと?
「いやもうあんたらいい加減にせんかいっ!」
「関西弁!?」
我慢ならずに飛び込んでしまった。
2人からは案外驚かれた。そこはいいんだけれど、肝心の口論の内容をよく聞いてみれば、目玉焼きには塩か醤油かって、何の話? そこはソースでしょ!
ついには手のネクタイを締め上げることで彼女の方から喧嘩を強制終了させた。美少女の顔がやや誇らしげだ。やりすぎだよ……。
「いやはや、本当にすまないね。こいつのせいでなかなか話が進まなくって」
「なんで全部俺のせいなんだよ」
「私は、
「勝手に俺のことまで紹介すんな。しかもなんだよ。その嫌味満載な俺の紹介はっ……」
まるで「あんたは黙ってろ」と諭すような仕打ち。
あまりにも過度な描写のため、今回は擬音でお届けします。ギリギリギリギリ……。
「私は、花内まりや。よろしくね」
私の方からも自己紹介を終えると、九死に一生を得て彼女の手からネクタイを引っ張り上げることが出来た新垣君が、私に向かって忠告紛いにこんなことを言った。
「あんた、悪いことは言わねえから、こいつとは仲良くするのはやめろ。じゃねえと、あとで絶対後悔するから」
東山さんに遠慮なく親指を突き立てて、新垣君が忠告してくれる。なんか、彼が言うと説得力がある……。
「ちょっと、何よそれ? 私とまりやちゃんの仲にあんたは関係ないじゃない。引っ込んでなさい」
彼女もその言葉は不服だったようで、鋭く目を光らせて言い返した。
それはいいけど、東山さんとは今日会ったばかりだから、仲良くもなんとも……。
「ガキの頃からお前の周りで起こるイザコザを、誰が片付けてやってたと思ってんだよ。この恩知らず野郎」
「情報を得るために多少の問題と犠牲は払えないのよ。ああもう、だからサッカーしか能のない奴は……」
「黙れ。冷酷詐欺女」
また始まってしまった。もう好きにやってくれ。
それにしても、喧嘩するほど仲いいなぁ。
「2人って、仲良しみたいだけど幼馴染み?」
ちょっとしたからかい文句のつもりで言ってみたけれど、2人共いきなり固まってしまった。……あれ?
「はぁ? いやいや全然仲良しなんかじゃないわよ。こんなサッカーくそったれ小僧なんかと」
「ガキの頃から、このクソKYクソミソカス女とは腐れ縁なんだよ」
「はぁ……」
揃いも揃って否定してくるところは、やっぱり仲良しなんだね。お互い言葉は酷いと思うけど。
照れ隠し、なのかな? 彼らなりの。うん、きっとそう。
さっきまでの喧嘩が少し微笑ましく思えてくる。不思議だな。
「そういえば、まりやちゃんって、どこの小学校出身かしら?」
東山さんが、小学校の話を持ち出してきた。いきなりの質問だったから、思わず小首を傾げて聞き返す。
「並中の生徒って、大抵は並小出身なんだけど、まりやちゃんって見ない顔だったから」
「ああ、うん。実は私、春に並盛に引っ越してきたんだ」
私がそう言うと、彼女の目がキラキラと光り出す。その目で見つめられると、どうしてか背筋がゾッとするような悪寒がする。
視線を逸らしても、一度スイッチが入った暴走少女の勢いは止まらないようで。
ガシッと、両手を強く掴まれてしまった。
「まりやちゃん! あなたって最高だわ! どうやったらあの雲雀恭弥に目をつけられるのかしら! とんだ異彩を持った娘がこの並盛に来てくれたものねぇ!」
「はいぃぃぃ!?」
思わぬことで東山さんから褒められてしまった。……褒められているのかな?
本当に元気な娘だな。元気っていうか、変な娘だな……。
そもそも、どうしてこんなに興奮しているんだろう?
東山さんの興奮が一向に冷めやらない。どうしよう……。もう私だけじゃ対処しきれなくて、私たちの近くで傍観しているだけの新垣君(いや見てないで助けてよ!)に視線を向けると、私からの
「こいつはな、貞子顔負けの形相でアメリカンホラーみてえな内臓と血が飛び出す映画を見た後、なんでもねえ顔でトイレに行って、この顔で虫の幼虫やら死骸やらを触りにいける、常識なんか踏みにじる奴なんだよ。特に怪奇現象…… UMAの類を全般的に好むきめぇ趣味の奴で、とことんそれを追求したいらしい。まあ、ドンマイだな」
何がドンマイなのー!? 励ましみたく親指向けないでよー!? ちょっとーーー!?
「いやだなぁ。褒められたって困るよ〜」
「「褒めてないわ!!」」
どうしたらそういう思考になるの!? 照れないで! 新垣君も私より引いてないで!!
傍から見れば愛くるしいその照れ笑いも、私と新垣君から見れば頭のおかしい娘にしか見えない。
――いや、彼女はおかしい。明らかに。
そこにまたしても、東山さんの嬉々とした声が、何かのフラグを乱立させるように鼓膜を突き破ってくる。
「この初日に雲雀恭弥に最初に咬み殺される座は、私も狙ってたの。でも、まりやちゃんが一枚上手だったようね。私も少し甘く見ていたかもしれないわ。悔しいけれど、まりやちゃん、あなたのような娘がクラスにいてくれて、衝撃と感動で頭がおかしくなりそうだわ……」
「すでにおかしいがな」
新垣君の余計な一言で、また始まってしまった。……もういいか。
それよりも、東山さんが話してくれたことがわかるような、イマイチわからないような内容で、小首を傾げる。
面倒になるとは目に見えてたけど、いくつかの聞き覚えのある言葉に、少し興味を持ってしまった。
「――ねぇ。その"雲雀さん"とか"咬み殺す"って、なんなのかな? みんな言ってるけど、なんのことかイマイチわからなくて…… 鳥とかかな?」
すると教室には謎の沈黙が流れて、2人の視線が私に集まる。その不思議な反応に、私も思わずたじろぐ。
あれ……? ここは触れないでおくべきだったかな?
しかし、東山さんが納得したようにふと表情を緩ませて、大きな声を上げた。
「そっか、まりやちゃん、引っ越してきたばかりで知らないのね」
「ここに住んでりゃまあ、自ずと知っていくんだろうが、この際説明してやった方がいいんじゃねえか」
「そうねぇ」
ん? 何? お2人で何を話しているの? まるで禁断のパンドラの箱を開けてしまったような…… これだからやっぱりドジなのかな!? なんで聞いちゃったんだろう! 自分のアホォォォ!
しかし、後悔先に立たず。
結局禁断の箱を開くことになってしまいました。今更断われないし……。こんな時は変に息が合う2人だ。
そんな彼女たちから聞かされた話によると、今朝の厳つい風貌の方々を従えた、学ランを羽織った人…… 彼が如何にも、噂に聞いた『雲雀恭弥』という人物らしい。
また彼は、この学校だけにとどまらず、この並盛町で最恐と名を馳せる『不良』であり、並盛の誇りと秩序を守る『風紀委員長』であるらしい。
不良なのに風紀って……。
その人は、なぜか人と仲良くする、もとい群れるのを極端に嫌い、その群れを見つけると、自身の持つ牙『トンファー』を鋭く光らせ、『咬み殺す』と一言告げると容赦なく滅多打ちにしてしまうらしい。
――――って、恐ッ! あの棒そんなにヤバイ代物だったの!?
あの時、自分が絶体絶命の窮地にいたんだと思うとゾッとする。そして、そんな窮地からこんな自分が助かったと思うと、あまりにも信じられなかった。
「ええ――…… 雲雀恭弥にまつわる謎は、きっと星の数を超えているわ。
彼の過去を語れる存在など、誰一人として知る者はいない。
そう―― まさに彼は、今世紀最大級の秘密を秘めた
ゲームでもよくあるような決まり文句を、近くの机の上に足をかけ、ここにはいない彼に向けて戦線布告のように告げた。
どうでもいいけど、そこ私の席……。
明後日の方向に向かって意気込みを入れる彼女だけど、私は恐る恐る彼女に言った。
「あの…… でも、咬み殺されることはなかったんだけど…… 不可抗力ってことで」
あの事故は、たしかに私の不注意が招いてしまった結果だけれど、その事情を話したら向こうが呆れて諦めてくれたんだった。もう慣れていることだから、結果よしだと思う。
そのことをカミングアウトしたら、東山さんは雷が落ちたようなショックを受けて、ふと力なくその場に崩れ落ちた。どこからか取り出した白いハンカチを、芝居がかったように咥えて。
これは…… どうやらいけないことを言ってしまったらしい。
「……悪いな。俺もよく、あいつの行動がわからなくなる時がある」
「新垣君も、苦労してるんだね……」
私たちはきっと、お互いに同じような顔をして、まるでこの世の終わりのようにジュテームと叫ぶ彼女の姿を見ていたことだろう。
「ハッ……! それってつまり、あの最恐と謳われる雲雀恭弥を、まりやちゃんが返り討ちにしたってこと!?」
「違うッ!!!」
だから! この体質のおかげで自爆する私をなんだかんだで同情して見逃してくれただけだから! 自分で言って悲しくなるけどね!
「でもまあ、それを差し引いたってすげーことだよな。あの雲雀恭弥に咬み殺されずに、生きて帰って来れる奴がいたなんて」
……ちょっと、新垣君? 何だろう、さっきのは。まるであの鬼に睨まれたらもう生きて帰って来れねえぜドンマイだな、とでも言うようなお告げは?
あの鬼…… 雲雀恭弥という人は、この学校にとってどれだけの脅威なんだろう。もうトラウマにでもなりそう……。
今朝のことが夢であってほしいような不安な気持ちに両腕をさする私の横で、すると東山さんがまた唐突にこんなことを言い放った。
「そうだわ! ここに『雲雀恭弥の謎を捜索し隊』を結成しましょう!」
「って、何だよそれ!?」
"隊"と"したい"って言葉がかかってるんだね、なるほど〜。って感心してないで、何それー!?
「その名の通り、雲雀恭弥に関するありとあらゆる謎を解明するべく立ち上がった秘密諜報部隊よ。隊員は私たち3名。隊長は私で、2人は隊員AとBね」
随分とまた唐突でいい加減ッ!?
あなたと付き合いが長いはずの新垣君が、呆れ果てて最早何もつっこんでくれていないよ!?
「さぁ! 諸君! 我々の手で雲雀恭弥を丸裸にしてやろうじゃあないさぁ!」
今日一番の東山さんの笑顔が見れた。……見たくなかった。
こうして、放課後はまだまだ始まったばかりなのでした。
……か、かえりたいぃぃいいっ!
ジュテーーーーム!かメロスゥゥウウウウ!で悩みました。どっちもいい響き。