あくまで親心みたいなもんなんです…戦って怖いって事教えたかったんです(震え声)
後編も入れると約9700文字になったので分割します。
後編は近日投稿予定。
袁紹が演説を終えたその後すぐの事である。
軍権を与えられた袁紹はその場で様々な人に指示を出した。
負傷した橋瑁に対しては城内での指揮を頼み、県長にはその補佐を頼んだ。
そう、袁紹が取った策は籠城などではなく、野戦の道だった。
「袁紹、何故野戦を選んだのだ?それでは大軍を有する黄巾賊に逆に呑まれるだけではないか?」
当然、橋瑁からは疑問の声が挙がる。それに対し袁紹は自信を持って答えを述べる。
「官軍からの援軍は望めず、周囲の領城からも警戒の為、兵は出せず。援軍無き籠城は下策だと判断いたしました」
「しかし、だからと言って出れば勝てる話でも無いと思うが?奴らは賊だ。兵糧が無くなって解散するのを待つべきだと思うが…」
橋瑁はこの時まで、賊に兵糧管理能力は無いと見ていた。実際、黄巾賊は元は民の集団である。
学を満足に受けられないような者達がそのような事に長けている筈が無い。勝手に自滅してくれる。そう橋瑁は予想していた。
しかし、袁紹はその予想を否定する。
「いえ、彼らは『餓えに苦しんだ民』だからこそ、その兵糧の価値という物を知っています」
袁紹の一言にも一理ある。確かに民は今まで餓えに苦しんできた腐敗した漢の政治の犠牲者である。
米粒一つすら惜しい状況下に長年苦しんでいた民にとって、食糧というのは貴重な存在だ。
細かい管理こそ出来はしないが、普通の軍隊よりはそういった事情には非常に厳しい。
それこそほんの僅かに盗み食いでもすればその人が半殺しにされるレベルである。ある意味殺されるよりも酷い有様になる程だ。
それに、と袁紹はさらに一言付け加える。
「もし籠城してここが落とされなかった場合、兵糧確保の為に遠回りしてでも別の村を狙う恐れがあります」
「む…それは確かにそうかもしれんな」
「そうでなくても今、精一杯黄巾賊の本体を迎撃している盧植殿の背後を突かれてしまった場合が一番問題になります」
そう、盧植軍はこちらよりも遥かに多い黄巾賊を相手取っている。
それだけでも手一杯なのにこちらの黄巾賊が戻って背後を突けばそれこそ大変な事になる恐れがあった。
最悪の展開としては盧植軍壊滅による黄巾賊の冀州制圧。さらにその勢力が各地に雪崩れ込み、漢滅亡の危機という一大事。
袁紹が描ける最悪のシナリオと言えばそんな所だった。
それを聞いた橋瑁は青ざめるが、直ぐに立ち直って決意をしたような表情となる。
それもそうである。まさに漢存亡の危機を防ぐ戦いとなる可能性があるとなれば嫌でもやる気は出るというものだ。
「ですから、我々の力のみで彼ら5000人の敵を壊滅せしめなければなりません。そうなれば積極的にこちらも出なければ」
「ふむ、理解できたぞ。ならば成さねばなるまいな。勝つための策は練れるな?」
「はい、必ずや策を練って見せます」
その言葉を聞いた橋瑁は安心したように顔を和らげる。
「うむ、頼もしい限りだ。ならば、私は出来るだけ傷を治さねばな。誰か、寝室まで肩を貸してくれ」
「では私が」
袁紹が名乗り出るが県長が袁紹の肩に手を乗せ、代わりに橋瑁を支える。
「いや、袁紹は奴らを倒す為の策と準備してな。俺が太守様を御送りするさ」
「そうだ。御主はその事に集中すればよい」
二人は袁紹にそう告げるとすぐにその寝室に向かった。
告げた時の二人の顔は袁紹に対する信頼感に満ち溢れた、それはもういい笑顔だった。
袁紹は二人に向かってその姿が消えるまで礼をした。
「ううっ…何だか不気味ですね」
「なーに、大した事無いって!寧ろワクワクしてくるぜ!」
「…はぁ、子供ですか、貴方は」
「………」
袁紹は田豊、文醜、顔良ら3人を引き連れて牢獄に向かっていた。
静かな薄暗い牢屋を僅かながらに隙間から差し込む光と蝋燭の仄かな明かりが照らしている。
牢の中は簡素な寝床と机と椅子があるのみである。時々、中に罪人らしき人を見かけるがその者達はこちらを見向きもしない。
どうやら興味すら持たれていないらしい。その不気味な様子がさらに恐怖を駆り立てる。
三人は何故ここに私達を連れてきたのだろうかと疑問に思いつつ、無言無表情に歩く袁紹に付いて行く。
ふとした所で袁紹は足を止めて、急に三人に対して口を開く。
「お前達は、人の死んだところを見た事があるか?」
「えっ?」
「「………」」
田豊は唐突なその質問にますます疑問を抱えるが、文醜、顔良はそれを聞いた途端、あの光景を思い浮かべる。
賊が自分の村を襲い、親を殺された衝撃的で恐ろしく、怒りを湧かせるあの光景。
それを思い出し、不快な気分になった二人は真顔になって声一つすら挙げない。
田豊は豹変した二人に気づき、ますます困惑する。一体何がどういう事なのか、まったく訳が分からないという顔をありありと出している。
この様子に袁紹は(大体予想していた通りだな)と思いながら牢の方を向く。
この牢の中には人は入っているようで、どうも藁状の寝床で眠っているらしい。小さな寝息が時々聞こえる。
袁紹は牢の檻を叩いて罪人を起こそうとする。
「罪人よ、起きてくれ」
「…あーん?何だうっせーな…げっ!おめぇ県令の袁紹じゃねーか!」
「ほう、良く覚えていたな」
どうも罪人と袁紹は会った事があるらしく、罪人は袁紹に怯えている。袁紹に捕まった罪人だった。
「な、何だってんだよ…俺に何か用かよ…」
「お前は殺人の罪、及び放火の罪、及び窃盗の罪がある。だがこの件は私が忙しい故に放置されていたのでな、罪状を今まで伝えられずにいた」
「うぇ…本当かよ…どんな罰を受けるんだ…?」
「今すぐにそれを行う予定だ。心の準備が無いようで悪いがな」
「えっ!?ちょっ、お待ちください!」
すると袁紹は牢の鍵を開けて中に入る。
田豊は慌てて止めようとするが袁紹は押しのけてそのまま罪人に近づく。そして冷たい目線で罪人を見つつ、三人に言う。
「思昂、これから私のする事から決して目を離そうとするな」
「へっ?…アッハイ…」
「猪々子、斗詩もいいな?」
「…分かりました」
「…私でも何となく予想出来ちまうのがあれだな…」
「なん…ですって…」
「お、おいおい、本当におめえら一体何だっていうんだよ…」
どうも文醜顔良は袁紹の次の行動が予想出来るらしい。二人は何とも言えない表情でそう答えた。
田豊は(いつもの漫才二人組が!?)と自分に分からない事を不覚に思った。
だが、
ザスッ!
「がっ…?」
「え………っ?」
…ドサッ…
「!?!?!?」
次の瞬間にはそんな暢気な気分すら吹っ飛んだ。
仕方の無い事だろう。何せ、その瞬間に袁紹の剣が罪人の腹を突き刺したのだから。剣はすぐに抜かれ、抜かれた腹からは血が流れ出る。
罪人は不意を突かれて何が何だか分からないと言った表情から一気に苦しそうな表情になる。そして腹を突かれた痛みでそのまま倒れ、腕で腹を抱える。
田豊も何が起こっているのか理解が追い付かないらしく、刺され、倒れた罪人をつい見つめてしまう。
そこでようやく状況を理解した。
「ひっ…!?」
思わず怯えた声が出る。田豊は罪人のその悲痛な姿から目を腕で隠そうとして袁紹の左腕でその腕を止められた。
袁紹は冷酷な目で苦痛に苦しむ罪人を見つめながら田豊に言う。
「目を逸らすな。戦では当然の摂理だ。これが人が殺される、そして殺すという事だ」
「っ…!」
田豊はようやく袁紹が自分達に何を教えようとしているのか理解した。
戦となれば御互いの兵達が死ぬ。自分は人を殺した事も無いし、人が殺された光景も見た事が無い。
そのような者が覚悟の無いまま軍師をすれば、自分の策が人を殺したという事実に必ず後悔する。
軍師で無くとも兵や将なら敵兵を殺さねばならないのだ。
人が死ぬ覚悟。そして殺す覚悟を身につけろと、袁紹は言っているのだ。
「お前は私の軍師だ。戦だって今後沢山出る事だろう。血を見る事は幾らでもある」
「だからって…こんな事は…!」
「軍師になればお前の策が人を多く殺すか殺されるかを決定する。お前の策が失敗すれば…」
「…っぁ…がぁぁっ…痛…た…」
そして袁紹は血で塗れた剣をそのまま倒れた罪人の首の上に置いて…
ずしゃっ!!
そのまま首をギロチンのように切断した。首は転がって田豊の前で止まる。まるで田豊を恨めしく見るように、その目は田豊を指す。
袁紹は無表情で無情で残酷な現実を突き付ける。
「我が軍の兵がこうなる。これが………戦だ」
「…あああっ………うわぁぁぁ!!!」
田豊はあまりの恐ろしさに叫びながら牢屋から逃げてしまった。
牢屋の中に残るのは頭と体が分かれた罪人と袁紹だけ。廊下にはその光景を見ていた文醜と顔良が未だいた。
実は袁紹はこの事をする為にわざわざ罪人の処罰の一任を県長から譲渡してもらっていた。
これは袁紹の賭けだった。良く行けば田豊は優秀な軍師に、悪く行けば再起不能に追い込んでしまう。
田豊は豊かな家庭に生まれた娘である。人がその場で死んだ光景など一目すら見た事が無く、お嬢様に近い。
一番現実というものを教えさせるのには絶好であり、モラルで言えば最悪な事だ。
しかしこの世の中、人が死ぬなんて事はいくらでもある事。
その現実を直ぐに直視させなければ田豊は今後の戦の中で一生の後悔を背負う事になるかもしれない。
そう考えた袁紹の一か八かの賭けだった。黄巾賊も迫っている事もあって、急遽この策を考案、実行した。
後は田豊次第。袁紹の心境はまさに子虎を崖から突き落とす親虎な想いだった。実際袁紹の精神年齢はもう50歳を過ぎていた。
文醜は田豊のように表情こそは怯える事も無く呆れた様子で話す。
「あーあ…流石にあれはやりすぎなんじゃないか?びびって逃げちゃったぞ?」
「お前達は平気なのか?」
「あー…まあ確かにかなり心には来たなぁ…正直逃げたしたくなりそうになったし」
その証拠に顔にこそ出していないが文醜も顔良も体が震えていた。しかし文醜はやせ我慢のようにそう答えた。
「私達は家族が死んでる様子を見ましたから…あの時の事を思うと、何とか我慢出来ます」
顔良も目を閉じて答える。二人にとってはあの出来事の影響は非常に大きかったと言える。その為に袁紹の言いつけを守れたのだろう。
袁紹も流石に険しい顔で「済まない」と一言言う。
袁紹とて、初めて人を殺した時は無事ではいられなかった。
あの時の事を思い出すと未だにその手に掛けた感触が、手の中に蘇る。今まで散々殺してきたというのに、その感触だけは、忘れさせてはくれない。
「だが、あれは必要な事だ。軍師に情が多すぎれば間違いなくそれは枷となる。いざという時に人を殺すという非情さと判断力を持っていてくれなければ困る事になる」
「そりゃ、そうかもしれないけどよ…大丈夫なのか、この戦?」
「何、策は私でも考えられるさ。思昂には悪い事をしたが、仕方ない。乗り越える事が出来なければいくら才能があろうが軍師たり得ない。才能の持ち腐れとなる」
「あー…軍師って業が深いって良く分かったぜ…」
「田豊も後で気づく事になるだろうが、殺す殺してしまうという事は、殺される事もあるという事だ」
「…そう…ですね。ですが…」
「分かっている。だからこそ、私達はこの道を進むしかない。覚えておけ、殺していいのは、殺される覚悟のある者だけが持つ権利なのだと」
そう言いきると罪人の血で塗れた剣を服に入れていた布で綺麗に拭く。その剣は血が残る事なく刀身を輝かせている。
「…父上、母上。このような事でこの剣を汚す事、お許しください」
そう言って袁紹は剣を虚空に捧げ、誰もいない空間に謝った。
この剣の名を猛成剣という。実は袁家の歴史は浅いが、それでも一流の名家。袁家に伝わる由緒正しい名剣を持っていた。
不思議な事にこの剣は約100年もの間、使われているにも関わらずその輝きを失わずに形を在りのままに留めているという。
切れ味も鉄の鎧を物ともせず、三回斬りつけただけで切断する程である。
濮陽の県令に任命された時に就任祝いとしてこの剣を叔母に授けられ、袁紹の手の元で多くの働きをしていた。
猛成剣をしまい、袁紹は文醜と顔良に向き合う。
「お前達も戦いに、いや、人を殺すという事をこれで理解した筈だ。それで、どうする?」
「へへっ、何、もう決心は付いてるぜ」
「はい。私も猪々子と同じ思いです。私達はこれからも戻羽様に従います。私達の夢、そして戻羽様の夢を叶える為」
「そうか」
ただ簡潔に呟くが袁紹はまた一つ、心の中で二人に感謝した。これで残るは田豊の問題である。
(思昂、潰れてくれないで欲しい。そしてこの道は修羅の道である事を今更のように示した私を、恨んでくれ)
(だが、今時間も無いこの状況下では無理にでもやらねばならなかった)
(何れやる事ではあった。だが、余裕を持てないような時に地獄を見せた私を、出来るならば、許してほしい)
(………ふっ…我ながら考えている事が相反しているな…罰して欲しいのか、それとも許して欲しいのか)
そんな自己険悪に陥るが、時間は待ってはくれない。
袁紹は二人を連れて戦の準備をする為に動き始めた。田豊がこの試練を乗り越えてくれると願いつつ。