ソードアート・オンライン~紅の心意―The Cardinal Mind 作:坂道
今、坂道は人生坂道を上がっているところです(シャレ)
ローゼルの絵、どうでしたか?
今回は、三週間の鬱憤を晴らすかのように結構な文字数になりました(ただ物語が長くなっただけです)
それではどうぞ!!
◇ ◇ ◇ ◇
2023年10月25日 第42層《ダングレスト》
ダングレストの宿屋ではレトの知り合いという金髪の整った髪型で以下にも堅物そうな赤と白の軽装の鎧を着けた《血盟騎士団》のラインと三編みオレンジ髪のソディアという女性が私に尋問している。
尋問は二階の一番端の部屋で行われた。警備は徹底されており、部屋の扉の外に一人、隣の部屋に一人、宿屋の屋根に一人、そして宿屋の前に二人と、宿に壁を張るように配置されている。ライン曰く、どこで誰が聞き耳を立てているか解らないとの事であるが、SAOには壁越しでも相手の会話を聞き取れる『聞き耳』スキルなんていう一風変わったスキルが存在する。ラインは用心に越したことないと考え、万全の警戒態勢で話を聞いていた。
しかし、尋問といっても何も手荒なまねはなかった。私はただ聞かれた質問を正直に答えていた。私の所属しているレッドギルドの事、PK手段、《笑う棺桶》との繋がりなど、数時間に亘る質問攻めであった。ラインという男は特に私について聞こうとはせず、時折り毒舌を吐くソディアも特に私自身のことは口にしなかった。
現在16:17、ダングレストは空を変えることなく、町全体を茜色に染め上げ、窓からは夕差しが部屋に入り込んでいた。
「では、君が所属している《Blood》は僕たち攻略組を後のクォーター・ポイントである第50層ボス攻略後、殺人ギルド《笑う棺桶》と協力し、奇襲を仕掛けるというのか……その為のコルの強奪」
この男は私から聞き出した情報を簡潔にレッドの目的を集約した。前のクォーター・ポイントに一致する第25層ではボスの圧倒的な強さに攻略組全体に多大な被害を受けた。
そして、その無慈悲な強さを持つボスは次の第50層で再び対峙しなければならない。殺人ギルド《笑う棺桶》そして《Blood》は、そのボス攻略で弱った攻略組をこの機会に殲滅するという。コルの被害は、攻略組と対峙するための軍資金であり、組織強化を目論んでいる。
ラインは確かに滑稽なレッドたちの糸を掴んではいたが、彼は《Blood》という組織を解っていなかった。
「ええ……だけど、あなたは一つ間違っているわ、隊長さん」
「どういうことですか?」
「レッドに『協力』なんていう言葉は絵空事でしかない、自身の利益……違うわね、殺害意欲といったほうがいいかしら、ただ殺したいだけなのよ、あいつ等は……それに《Blood》は明確なギルドという組織には成らない。ギルドメンバーも無ければ、フレンド登録という纏まりない、ただ一個人がPKを愉しむだけの穴だらけのギルドよ」
笑う棺桶を中心としたPKプレイヤーは現代社会では許されない合法的な殺人を愉しむ集団、殺人ギルドのリーダー《PoH》はオレンジと化したプレイヤーに狂信思想を吹き込み、小規模であるが着々と大きくなっている。《笑う棺桶》は洗脳統一といった所ではあるが、《Blood》とは違う。
「なら《Blood》は全て個人で動いているというのか? それではギルドとは言わないじゃない」
猫目の女性は《Blood》の在り方に的確な疑問をあげる。私は自分の長い髪をたくし上げ、右首下を露にした。
「Bloodの一員は全て首下に赤のタトゥーが刻まれている。この蛇の刻印はUNスキル《筋力拘束(パワーバインド)》による絶対の束縛……」
「UNスキル? それはエクストラスキルの一種か?」
聞きなれないスキル名にソディアは首を傾ける。私は未だに消えることがない刻印を手でなぞり、不気味に笑う男を思い返す。
「私にも解らない。筋力値を0にされ身体の自由を奪うスキル……おかしいと思わない? このSAOは少なくともレベル製のフェアルールでソードスキルを用いて戦うのが基本のはず、身体の自由を奪うなんて全然フェアじゃない」
私はあの夜の出来事を昨日のように覚えている。思い返すだけで悪寒が走ってしまう。
「そんな馬鹿げた力を持つ男はスライ、『殺戮のスライサー』なんて呼ばれているわ。笑う棺桶は『洗脳』、そしてBloodは『支配』……逆らう者は容赦なくあいつの玩具にされる。スキルの力で居場所が特定される、逃げることも適わない、首輪を付けられているのも同然よ」
「力による支配という事か……だからあなたは仕方なく人を殺すように強要されていたのですね」
ラインは眉間にしわを寄せ、暗い顔をしていた。
「やめてよ、私が人を殺めたことに変わりはない、報いは受ける」
死を覚悟したことは何度もある、そのたびに仮面の少年が私をあの世に逝かせてくれなかった。死にたいなんて思っていたら、また怒られるかしら……
尋問が終わり当等牢獄に幽閉されると思われたが少し様子がおかしい。ラインが何やら他の団員ともめている様だ。その間ソディアが私に温かい飲み物を用意してくれた。
ほとぼりが冷め、ソディアが私に付いて来る様に言うと、宿を後にした。
他の団員を残して今はラインとソディアが私の両隣で肩を並べ、ダングレストの転移広場へと足を運んでいる。現在17:30、ダングレストは朝から夕方にかけて夕日を射す不思議な街だが、そろそろ日が落ち始める頃である。
「ローゼルさん、あなたを今から《コラル》へと誘導します。そこでお別れです」
先ほどまで無言であったラインが転移広場に着いた途端に口にした発言に私は戸惑う。
「隊長の計らいに感謝しろ、犯罪者」
「ソディア、もう少しオブラートに話せないのか」
「うっ、すいません、隊長……」
ラインに指摘され、あからさまに凹んでしまうソディアだが、そこまで悪い人ではない。口は悪いが人の不幸は笑わない人である。
「ちょっと待って、さっきから何を言っているの……私は牢獄に幽閉するんじゃ……」
私の反応は当然である、彼らは一度捕らえた犯罪者を逃がすというのだ。
「安心してください、飽くまで監視を付けます。そして、その監視をするのはレトです」
恐らく《コラル》に誘導するのはそのためであろうが、普通は納得出来るものではない。
「あの仮面は《何でも屋》だと聞いた、そこであなたを監視且つ護衛依頼を隊長が奴に出したのだ」
「でも……そんなのって……」
「つべこべ言わず、隊長のご好意に甘えろ……私は反対だが、ライン隊長が責任を取るというのであれば、隊長の護衛である私が賛同せざる負えんだろう……」
遠回しに私は関係ないと言いたげだがソディア自身も、ローゼルの監視に賛同していた。
「それじゃソディア、君はボス攻略に向かった血盟騎士団が帰還する前に団員を連れ、情報の整理をしておいてくれ」
「了解!」
ソディアは足を鳴らして敬礼し、宿へと走って戻っていった。
「ローゼルさん、僕自身はこの選択は間違っていると思っています」
ラインは転移門に立ち気難しい表情をしていた。私は彼らが此処までしてくれ意味が今でも解らないでいた。
「多分あいつが動いていなかったら、僕は問答無用であなたを牢獄に送っていましたよ」
「あいつって……レトのこと?」
ラインは頷き、少し笑って強張った顔を柔らかくした。
「あいつ本当に諦めが悪くて、考え方が甘い、ほっとけない病だ。でもあんなお人よしだからこそ信じられる」
「信じる……」
自分を信じられない人は、一体何を信じればいいの……答えなんて無いかもしれない、それでも私は答えが欲しかった。
◇ ◇ ◇ ◇
2023年 10月25日 17:45 第22層《コラル》
ダングレストから転移したローゼルとラインは緑が広がる豊かな村の転移門広場に姿を現す。此処は早朝にレトともに依頼できたエリアである。
私が視線を下げるとノンキに転移門の近く立っている柱に背もたれしながらで寝ているレトの姿が目に映る。ラインは溜め息を吐き、レトの頬を引っ張る。
「おい、起きろ」
「ふぁ、ふぉんどぁらぁいんくぁ……おはよう」
「寝ぼけているようなら、剣で殴り起こすよ」
頬を引っ張られて情けない声で喋っていた。レトが欠伸をあげて、腰についた砂を祓うとローゼルが転移門の前にいるのを見た。
「ライン、勝手に決めてお前は大丈夫なのか」
「別に構わない、全責任は僕が取る。それに団長には好きにするように言われている」
「だが……」
「構わないと言った……それにあの男が僕を捨てることはしないだろう」
急に陰鬱な表情を出すラインはどこか寂しげに見えた。
「彼女から得られた情報はまた後日、僕が君に直接伝えに行く。それと君は誰かを気にし過ぎる、少しは変わったと思えば君は……」
鼻で笑いラインは親友をいつも調子でからかう。
「お前も相変わらず堅物キャラが抜けてないな」
「五月蝿いよ…………レト、君は変わるな」
ラインは目を閉じ一呼吸置いて、瞼を開けると親密な顔になる。
「なんだよ? お前までヒースクリフ見たいなこと言って……」
―先ほどからラインの様子が変だった、俺の考えすぎかと思うが、お前は変わったってことか?
「彼女を任せたよ」
「お、おい」
話を無理矢理打ち切り、ラインはローゼルが立っている転移門まで移動する。ローゼルはラインに顔を合わせる。
「仲が良いんだ」
見ていると羨ましいほど、お互いを信頼している彼らが私には眩しかった。しかしラインは
「そうだね、親友だから……あいつは僕を理解してくれた弱敵だから……」
「弱敵?」
彼らの関係は知らないが親友を「強敵」というのはよく聞くことだけど、「弱敵」なんて馬鹿にしているようにしか思えない。
「『弱さ』という力を持った僕が認めたライバルですよ、それじゃ……」
金髪の少年は「ダングレスト」を名乗り、その場から消え去っていった。
◇ ◇ ◇ ◇
17:50
ラインと別れた後、二人はコラルの川沿いを歩いた。水が流れる川のせせらぎが耳に伝わり、コラルの自然の環境に心を溶かしたいが、ローゼルにそんな余裕はなかった。
二人の歩く歩幅は縮まることはなく、ローゼルはレトの後ろから2メートル程距離を開けて目線を下に自分が踏み歩く川沿いの少し湿り気のある草の地面を見つめている。
彼に話したいこと、聞きたいことは沢山ある、でも何から話せばいいのか困惑していた。すると、急に立ち止まった彼の背中にぶつかり、そのまま足を滑らせ腰をつけてしまう。
「急に止まらないでよ」
―目を伏せていた私が悪いだけど。
彼は振り向き、変わることなく手を差し伸べてきた。
「一人で立てる……」
また彼の厚意を無駄にするように私は拒んでしまう。
「そうか……着いたぞ」
着いたのは川の上流にある滝であった。丁度第22層マップの端に一致する場所で、この《アインクラッド》という城の世界の壁に当たる。つまりこれ以上進めない、この層のマップ限界に至る。
コラルの川はマップ上に幾つかあるが、私たちが歩いている川沿いは最もこの村で長い川でフィールドマップを突き抜けている。ただ長いだけの川で、先に到達しても何もない。川沿いは安全エリアに入っているが、わざわざここまで足を運ぶプレイヤーはいないであろう。
滝もコラルの圏内にある上に、そこまで立派な滝でもなく、迫力感もない、彼は何故此処に私を連れてきたのだろう。
すると、レトは私の手首を掴み、足場の悪い滝の岩場まで誘導した。急に掴まれて動揺を隠し切れない私は手を振りほどく。
「ちょっと、こんな所にいたら濡れちゃうじゃない」
「大丈夫だって、よっと」
彼は構わず私を引っ張って、水のカーテンへと飛び込んだ。思わず目を瞑ってしまうが、濡れたという感覚がない。恐る恐る目を開くと、滝の内側は空洞になっていた。
「あれ? 濡れてない」
確かに滝に飛び込んだはず、冷たくもなければ、水圧で押しつぶされこともなかった。
「ここの滝は、他とは違って映像だ」
レトが滝に腕を入れるとぼやける様に水のカーテンが歪んだ。
「まさか茅場晶彦が手を抜くなんてこと」
「そういう使用なのかもしれないぞ、この滝は目視じゃ解らないからな」
滝から腕を抜き、レトは人一人が進むのが限界の小さな洞窟へと足を向ける。奥からは真っ暗で風が呻いていた。
「行くぞ、もう時間がないんだ」
レトが足を踏み入れると、先ほどまでの無明の道がライトグリーンにポワポワと光りだす。まるで蛍が道を示すようにレトの前に明かりを作っていた。
私は彼に続き、光の中に入っていった。視界に入る蛍火はとても神秘的で妖精が自由に舞っているようだった。
―ここ小さい頃に見たことがある、この小さな洞穴を越えれば……
視界が急に真っ白に二人は青い光に包まれて消えてしまった。
目を開くと、そこは先ほどまでいた狭い洞窟なく、目に映るのは丘に聳えて咲き、透き通るような白い花が一面に拡がり、丘の天辺には小さな小屋が一つ建っていた。見上げれば、夕焼け空が周りを赤く染め上げているが……しかし少し違和感をあった。
「空が動いている……」
雲は手を伸ばせば届いてしまうのではないかと錯覚してしまうほど近くある。そして後ろを振り向けば信じられないものが目に映った。紅く光を放つ太陽は陰になっている、空に浮かび上がる巨大な浮遊物が遠くから見えた。その存在感は日を覆ってしまうほどのもので、それは私たち全プレイヤーが囚われている鉄の城……
「アイン……クラッド……」
SAOの舞台である浮遊城アインクラッドが私の目に収まるほどの距離で浮かんでいた。何度瞬きしてもその浮遊した鉄の城は消えることはなく、幻想ではなかった。
―目に映っているのがアインクラッドならここ何処なの?……
巨大なアインクラッドの存在に目を奪われていた私は自分が今立っている場所を再認識する。そう、振り返れば滝の洞窟があるはず、しかしそこには洞窟はなく大地が途中から欠落していた。欠落した地の崖を覗き込めば、雲が海面を蔽うように拡がって見えない、そして空に浮かぶ城……ここはアインクラッドの外世界で、切り離された小さな陸地が空に浮かんでいることが分かった。
私をここへ連れてきたレトに顔を向けると、彼はいつの間にか丘の上に移動していた。小走りで私は彼に駆け寄りながら、周りの景色を目に焼き付けていた。周りに咲く白銀の花、花びら一枚一枚がガラス層を重ねるように太く滑らかで風に揺れるたび綺麗に煌めく。
丘の上に辿り着くと白き花たちは丘の斜面を全て蔽っており、それは美しい雪原を思い正せる幻想的な景色が広がっていた。
私はこの眺めるたびに心の奥に閉まっていた記憶が甦ってくる。ここ来たことがあるわけではない……ここを見たことある。
丘の小さな家は木造りで小さな煙突に開いた小さな窓、小屋の扉には古びたランタンが吊るされている。小屋を横切ると奥で腰を落としたレトが遠くに浮遊する鉄の城を眺めていた。
「ここが今朝言った秘密の場所だ、良い所だろ」
背を向けたまま話す彼に近付きながら私は親の在りし日を思う。
―きっと此処は……
感傷に浸っていると、不意に耳に低い唸りが鼓膜を震わせる。その音は遠くに在る鉄の城からの鐘の音、かつてこの音はデスゲーム開始前に鳴り響いた音である。ゴーン、ゴーンとなる重々しい音は鳴らしながらアインクラッドは徐々に全体を横に移動しているのが窺える。
「来るぞ」
「えっ?」
鳴り響く鐘の音でレトの呟いた声がうまく聞き取れなかった。その瞬間だった。
浮遊城アインクラッドの陰に隠れていた夕日が顔を出し、光が辺りを照射される。急に射した紅い光にあまりの眩しさに瞼を閉じてしまう。目を閉じていると、物凄い覆い風が吹き、私の髪を靡かせると、花の甘い匂いが全体に広がり、一帯を香らせているのが嗅覚に伝わる。目を細めてゆっくり瞼を開くと、そこはついさっきまで白く透き通った花が茜色に染め上げ、紅い花へと姿を変えていた。
「あぁ……」
風で花びらは空を舞い、夕焼けに溶け込むように散っていく。まるで世界が変わったかのように花びらの羽は風の波に身を撒かせていた。
「綺麗……」
ただ一言、目の前の光景を表現するには十分な言葉であった。
紅く染まった花は花びらを失くしていたが、花の中心に小さく膨らみ輝く種を残していた。
「俺も始めてここにきたときは目前の光景に目を疑ったよ。薄暗い洞窟から妖精に導かれるように奥に進むと、空に浮かぶ小さなお花畑に辿り着くなんて、誰も想わないよな」
まだレトが《何でも屋》の看板をあげたばかりの頃である、コラルに初めて訪れたレトはその豊かな環境に自然と目を奪われて一日中、依頼そっちのけでコラルの村を徘徊していた。ボーッとしたまま歩いていたら、いつの間にか村の外に出てしまっていた。見知らぬフィールドでまだマップが更新されていないエリアだったため、唯一の手掛かりである川沿いを歩くことにしたレトは偶然この滝に辿り着き、興味本意で飛び込んだ滝の先は摩訶不思議なアインクラッドとの外世界だった。
「何かのイベントかと最初は考えたけど、この景色を見たらどうでもよくなった……ただ夕焼け空が一望できて、どこか懐かしい感じがした。真新しいドロップアイテムもなければ、モンスターも出現しない、なら一層ここを独り占めにするのもアリかなとか思ってさ、誰にも言わずにいたんだ」
私はレトの横に咲いてある一つの花に近寄り、両手で優しく包み込んだ。花は手のひらの中で白く発光し、仄かな温かさを感じさせる。
「その花、なんて名前なんだろうな」
「ローゼル……」
レトはふと思いついたことを口に出しただけだが、その打ち付け言にローゼルは自分の名前を名乗りだす。彼は小首を傾げてしまうのも当然である。
「Lovers Roselle<ラバーズ・ローゼル>、愛する人に捧げた空想上の花の名前よ」
花の名前は私のプレイヤネームと同じである。ローゼルという名前は思い付きで決めたわけではない。
「この花は元々妖精だったの、幼い頃私がよく読んでいた絵本に登場する主役の妖精……。絵本の題名は《フェアリー・ダンス》、世界に踊らされた妖精の女の子が恋する話」
父の膝の上で読んでもらっていた絵本の物語が爛々と夕陽の光で色を変えた花びら達によって、私の中の思い出の絵本を開かせていた。
「アルヴヘイムという妖精の世界が物語の舞台でね、一人の水妖精族《ウンディーネ》の少女―ローゼルは他種族の火妖精族《サランマンダー》の剣士―アンヘルと恋に落ちてしまうの、でも二人の種族は永き渡り相容れぬ存在で互いに憎しみ合う関係だった。二人には関係なかった、水と火は互いを打ち消すことはなく愛し合うことできた。ローゼルとアンヘルは自身の領を離れて、誰もいない殺風景な丘の上に小屋を建てて仲良く暮らしました」
レトは目の前でローゼルが語りだす物語に黙って耳を貸していた。花びらの殆どは空へと還り、種を残した花たちは風に揺れている。
「二人はずっと一緒にいることが出来なくなったの。水妖精族と火妖精族の間で戦争が起きてしまって、アンヘルは火妖精族の剣士として戦場への帰還を命じられる。二人は別れを拒んだ、しかし二人の願いは叶わない……妖精領主は民の命の源、どちらかの領主が消滅すれば、その種族は全て消滅してしまう。アンヘルは戦場に向かい戦いを止めるとローゼルに告げて戦火の中に飛び込んでいった。ローゼルはアンヘルを想う、彼が辛い顔をしていた、戦いを止める事が出来たとしても彼が無事に帰ってくるとは限らない」
「戦争は何で起こったんだ?」
「火妖精族が水妖精族の子供を殺めたことが引き金だった、でも本当は世界樹で退屈にしていた神様が円卓の上で火妖精族を操っていたの、ただ自分の退屈凌ぎに戦争を引き起こした非道な神様……。彼女は世界樹に宿る妖精界の王にして神なる存在《オベイロン》に妖精達の争いを止めるために一人でオベイロンの前に立ちはだかった。残虐非道な神はローゼルを見下した、『神たる我に歯向かう愚かな脆き存在よ、汝は脆きもの共を救いたいのか? ならば選べ』、そして神は彼女に無慈悲な選択をさせるの、それは『どちらか妖精族を消す』というもの……」
口を止めたローゼルにレトは少し切なさを感じていた。
「……彼女は選んだのか」
レトは後を押しするようにローゼルに声を掛けると、首を横に振る。
「彼女の答えは、『私は妖精を助けたいじゃない、ただ彼と添い遂げたいだけです』と神様に怒鳴りつける、子供が駄々をこねるようにね。でもそれは彼女の本心なの、戦争なんて関係ない、ただアンヘルともう一度丘の上で一緒に同じ景色を見ることが彼女の夢、そしてアンヘルとの願い……それでね、オベイロンは苛立ち、気に喰わないローゼルの存在をこの世から消してしまう」
―そう、彼女は本当にお人よしで、天真爛漫な少女……
「彼女は消えてしまう中、彼と暮らした丘の上で凛と咲く一輪の花を思い出す、アンヘルが彼女に言ったことを、『ローゼルのように白くて純粋な花だ』と褒めてくれた名も無き花を……愛しきアンヘルを想いながら、ローゼルは消えていった。そのとき奇跡が起きた……夕陽の戦場は光に包まれて真っ白な白銀の花を咲かせた……戦火は嘘のように静まり、妖精たちは神々しい光景に負の感情が消え去ったの、見るもの全てを虜にしてしまう優美な光。そう、それはまるで……」
すると、ローゼルが手のひらで覆っていた花の種は大きく光を解き放つ。
「妖精の花火だって……」
丘にある花は種が割れ、綿のような光が空高く飛び上がる。その綿は空で殻を破り、まるで花火のように模様が拡散する。散らばった光はダイヤモンドダストを思わせる結晶がキラキラと光り、その輝きは普通の花火とは違い、一瞬ではなく飛び散った光がぶつかり、結晶に透き通るように反射して一つ一つがその白銀の結晶を夕陽よって彩られていく。ローゼルは思わずその美しい花火に口を大きく開けてしまう。
お父さんは優しかった……
『華美は本当にこの絵本が好きだな。もう100回以上は読んだ気がするぞ』
『だって、お父さんが買ってくれたはじめての絵本だもん』
お父さんはずっと、優しかったんだ……
『あ! ここがいい』
『そ、それはさすがに無理かな~』
あんな約束を……本当に……
『……わかった、いつかそこに連れて行ってやる!』
守ってくれていた……
ローゼルの父―工藤 渉はこの景色を製作するためにSAO開発者―茅場晶彦に協力し、自身の『レクト』のゲーム開発の一部をSAOに仮想世界に取り入れた。
工藤 渉が手掛けたDetail Focusing System(ディテール フォーカシング システム)通称DFS。SAO内の壮大且つ、膨大なリソースを持つ風景、戦闘、町並みの付加分散として採用されたシステム。広大なSAOの景色を再現していたらとてもじゃないがシステムリソースを使い果たし、本来のサービスを提供できなくなる。それを回避しつつ、プレイヤーに現実並みのリアルさを提供するのがDFSであるが、工藤渉はDFSを利用しないエリアを一つ作成していた。
工藤 渉はCardinal System(カーディナル システム)可にあるアインクラッドからデータを一部切り離し、DFSを利用せず創り上げたもう一つの世界がここである。つまり今までは対象物のみリアルなディテールを再現するシステムを省き、視点を凝らさずとも視界がはっきり見ることができ、景色は膨大なデータ全て使用したもので、現実並みか、それ以上の景色をぶれもなく目に映すことができる唯一の仮想世界になる。そのためCardinal System(カーディナル システム)とは別にカーディナルでは干渉できない別のプログラムがこの小さな世界を支えている。
飛び交う妖精の花火は地面へと落ちる、新たな白銀の花をさかせるために。消えいく光を眺めながら、ローゼルはゆっくりと立ち上がる。
「……ローゼルは花になって、争いを止めた。存在が消えてしまった彼女はアンヘルの記憶からいなくなり、アンヘルは白銀の花が咲く丘の上で他の妖精と幸せな家庭を築き上げました……おしまい……」
「……報われないな」
「そうね……ローゼルは彼を信じ……」
輝きが已み、丘は少し落ち着いたかのように風が吹く。ローゼルは夕空を見上げ、遠くを見ていた。
レトはローゼルを後ろから見ていると、彼女は手を小刻みに震わせていることに気付く。様子がおかしいと思い、ローゼルに近寄ろうとしたが、レトは立ち止まった。彼女は顔を上げたまま瞼から頬を伝い透明な雫が零れ落としていた。
「レト……自分を信じられない人は、どうやって相手を信じればいいの?」
投げかけた質問はローゼルが煩悶を重ね続けていること。レトは口を動かすことは無く、硬直していると、ローゼルは右手の甲を額の上に乗せる。
「私、この世界に来る前からね……人を、親を殺したの……」
生きているうちに誰かに口にすることはない、言えるはずがないこと。現実を生きるために隠し続けていた過去の過ちを今私は何故か彼に打ち明けてしまった。
「中学生最後のクリスマスの日……お父さんが会社をクビになってね、お母さんは父を宥めていた。でもその日の父はいつも以上に荒れていた……、私が小さい頃はもっと物静かな温厚な人だったのに、酷い暴力を振るうようになっていたわ。お母さんがいつも酷い仕打ちを受けているのが、私耐えられなかった……それでね、気が付いたらお父さんに包丁を向けていたの……」
額に乗せた右手を胸に下ろし、左手で強く握る。
「母を傷つける父が憎かった……お父さんさえ居なくなれば、お母さんは傷つかずに済むって……自分の親に躊躇いもせずに刺しにいったの…………目を開けたら私が持った包丁は母のお腹を刺していたわ……」
右手の震えを抑えるために握り締めた左手も震え始め、全体に悪寒を立て、足をがくがくさせる。
「お母さんは倒れて、お父さんは母を追うように首を切った……目の前が真っ赤になって何がどうなっているか分からなかった。自分の血まみれの手を見てようやく理解した……親を、お母さんを殺してしまったことに……」
過去のトラウマが昨日のことのように甦る。自分の手を見ると、母の血が纏わり付きドロドロになった手がフラッシュバックする。
「耐えられない苦痛を悲鳴に替えようとしたら、弟の華太が泣き叫んだでいた……祖父母が病院に駆けつけてきたときには、私は自分が犯した罪を隠すことしか考えてなかった、けれど弟は私が父を刺そうとしたことを目撃している。覚悟した……でもこんな私を華太は庇ってくれたの。あの一面を目の当たりにして、ショックから目が見えなくなったのにも拘らず……私が母を殺してしまったことを警察から伏せてくれた……こんな醜い私を真っ暗な視界の中で守ってくれた」
「…………」
「仮想世界に出会って、私達姉弟は壊れた日常を取り戻していたのに……あの男、スライに華太が囚われて……あいつは私にプレイヤーを殺すように仕向けた。誰かを殺さないと華太を殺すって……あの子は私の希望で、私の生きている意味で……華太だけは守るって……でも、殺すなんて私にはトラウマでしかなかったのに……はずのに……」
握った手は爪が食い込み、目の下はヒリヒリして、喉が渇いていた。
「もう何人殺したのかも覚えていない、誰かの居場所を奪って生きることが一年も続いた……あの子は……私の希望で、絶対に守るって、あの日誓ったのに……何が守るよ、奪ってばかりよ……」
首を横に逸らし、ローゼルはレトに虚ろな眼を向ける。
「だから……もう構わないで、十分良い夢を見たから、こんな綺麗で優しい景色を見ることが出来たんだから、もう十分だから…………信じたい、信じたいんだよ……あなたのこと……でも……」
信じると言った言葉が、何よりも信じられなかった。自分の命が係わるとこんなにも容易く移ろう自身の心が証明している。彼の優しさに触れるたびに自分がおこがましくなる。人を殺す衝動に駆られる瞬間が自分の存在を肯定するようになっていた私が、彼のような汚れてない人の手を触れてはならない。
それでも何度も彼はその手を私に伸ばす、そんな彼を汚したくないから……
「なら信じればいい」
沈む夕陽を眺めながらローゼルの横に立つ。
「無理よ、自分を信用してないのに、相手を信じるなんて……」
遠くを見ている彼の眼差しは揺れることなく前を見ている。
「少し前に……何でも屋の依頼で初めてレベリング依頼があった。4人の小規模ギルドだったかな、とても仲の良いギルドだったよ。依頼が終わった後、彼らと別れたとき……変な虚しさに囚われた、そのときは疲れていると思って宿ですぐに寝たよ。来る日も来る日も、道中のアイテム採取の護衛依頼、パーティの強化……いろんな個性を持った人と関わった、良い人も悪い人も沢山いたけど、依頼が終わると関係なかった。今から一週間前くらいかな、依頼がうまくいかなくて……自然とこの丘に足を運んでいた。辛いことや悲しいことがあったとき、一人で泣いたよ」
レトは丘のとある位置を凝視していた。おそらく彼がそこで泣いていたのだろう、その箇所だけ少し土が擦りへっていた。
「ここ、誰も来ないから見っとも無く泣ける……散々泣いてすっきりした後、あの日の仲良しギルドのこと思い出したんだ……あぁソロって、一人って寂しいんだなって……」
依頼で一時的にパーティを組むこともあった、しかし依頼が終われば、そのパーティとそれっきりだ。常連のプレイヤーもいるが、依頼が終わればそこで終わり。あのとき虚しさは誰かと離れるときの喪失感だった。
「そんなこと考えるようになった頃、君をあの宿で見つけた」
「あ……」
彼が真っ直ぐ私の瞳へ顔を向けていた。
「誰かと向かい合いながら料理を食べるのが久しぶりで新鮮だった……それとさぁ、あの時、実はずっと起きていたんだ」
「えっ?……」
「最後まで動かなかったのは君がPKプレイヤーじゃないか確かめたことと……一人じゃない夜がとても嬉しかった」
彼が昏い目つきで俯くと胸が苦しくなった。私は彼と殺そうとした、彼を騙してしまった夜。
「君が去った後、俺……騙されたことよりも、殺されかけたことよりも、君との付き合いがここで終わってしまうが遣る瀬無かった」
「…………どうしてそんな風に思えたの?」
「君が俺の好きな人に似ているって言っただろ? それだけじゃないんだ……君のこと知らないまま終わるなんて、君が騙ました俺を知らないまま離れていくのが寂しかった」
彼の特徴的な鋭い目は私の瞳の中を奥へ奥へと突き刺す。自然と身震いしていた身体が、彼と目を合わせることで弱くなっていく。
「ローゼル、君は確かに無実の人の命を奪い続けた。許されることじゃないし、俺も許す気はない。だけど奪ったなら背負わないといけない、死んでしまって駄目だ……『生きる』ことが君の贖罪になる」
「背負えないよ、私だけじゃそんなの……」
「ああ、一人で背負えるわけがない。人は自分のことで精一杯なんだから……だから俺が一緒に背負う。君が深い絶望の淵にいても、俺には引きずり出すことはできない……なら隣で一緒に歩くよ」
「駄目よ、人を殺し続けた私と一緒にいたら、あなたが……」
―目を逸らすことができない、呼吸が乱れて……お願いこれ以上、私に優しく……
「お前のこと、もっと知りたいんだよ!!」
彼の瞳は潤み甲高い声をあげる。その瞬間、私から震えが止まった。
「お前にあったとき、凄く綺麗な人だと思った!お前と料理を食べたとき、凄く食い意地の張った女の子だと思った! お前がフレンド登録を勝手に消したとき、凄く悲しかった!」
レトとは私との出会いを次々と言う。どんなくだらない事も全てが私と出会った三日間を物語っていた。軋むほど強く左手を握り締め、潤んだ瞳を右腕で擦り取りながら、声は弱々しくトーンを落としているが、周りの静けさで彼の声はしっかりと私の内に届いていた。
「お前が苦しむなら一緒に苦しむ、道に迷ったら一緒に迷う……だからお願いだ、今ここにいる俺とお前まで……否定しないでくれ……」
奪い続ける私が誰かに縋ってはいけないと思っていた「過去」の私、大切な人がいなくなることを拒んでいる「未来」の私……ずっと「今日」を見ていなかった。前と後ろしか見ていない……今私が立っている場所に彼がいる。
そして彼は今、また手を差し伸べる。
「ローゼル……自分を信じるなんてこと、そう間単にできるもんじゃない」
「じゃあ……どうしたらいいの?」
「それは……」
彼が手を差し伸べたとき、母の面影が見えた。昔、母に訊ねた言葉が運命的に重なる。
「『相手を信じること。相手が嘘を吐いても、今自分が信じた相手を信じる心は偽りじゃない……その気持ちは自分を信じることに繋がっているから』」
―お母さん?……ううん、今私が見ているのは……レト……
先ほどまで震えを止まらせていた身体は、右手に力をいれると同時に震え始める。彼の手を掴もうと右手を近づけていると、また悪魔が……私が止めに入ってくる。
『やめろ、また奪うつもり? 駄目掴んじゃ! また繰り返すつもりなの!?』
―ごめんね……過去の私……
『これ以上先に何があるのよ、周りが認めるはずがないじゃない!?』
―ごめんね……未来の私……
私の手を小刻みに揺らしながら、レトの手をジッと見ながら、あと少しというところで彼が呟いた。
「それにさぁ……」
手の行き場に向けていた視線を彼の顔に向けると、彼は優しく微笑んで言った。
「俺達……もう友達だろ」
『友達』、ラインの質問に返した答え、助ける理由はそれだけで十分だ……
手の震えは止まり、私は彼の顔を潤んだ瞳に映す。
―今……彼の手を掴まずにはいられないの……
二人の手はゆっくりと重なり、優しく触れ合う。紅い夕陽によって伸びた影が二人の手を繋いでいることを証明していてくれた。
彼女の顔は涙を零す前に……笑顔がこぼれていた
ローゼルと和解できました、本当に長かった……
でも人を一度疑ってしまうと、素直になるのは難しいと私は思います。
前回と前々回のタイトルを観てお気付きになられた方もいると思いますが、「信じる」の連発です。言い方を変えれば違う意味に聞こえますよね。
これは主人公なりの「信じる」という言葉の考え方です。読者様達にも色々「信じる」という言葉の概念が一人一人違うと思います。
次回から話が加速すると思います。しかし作者の更新速度は加速するかは分かりません……
そのうち、レトの挿絵を描きたいと思っています。
誤字・脱字がありましたら、遠慮なく伝えてください。
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