ソードアート・オンライン~紅の心意―The Cardinal Mind 作:坂道
キリト「そっちこそ遅すぎるぜ(確信)」
本当にすいません。
第二十二層《コラル》は、自然に囲まれた平凡な村。その村のはずれにある圏外フィールドに俺は変わった家を持っている。借りているといった方がいいか。
村から延びた川の上流にある滝。立派な水流のカーテンを越えると、アインクラッドとの外へと繋がっている。
一つ切り離された空を浮く小さな丘の大地。ゲームの舞台である鉄の城を外から眺めることができるこの不思議なエリア。ゲームで言うなら正に隠しエリアといってもこの場所には宝箱や珍種のモンスターなども出現しない。あるのは、何の変哲もない丘の上にぽつんと建つ小屋と、元いた場所に帰還するための青いひし形の転移結晶。 どうしてこんな場所を設計したのかは今でも考えてしまうが、何時しかここは俺の憩いの場になっていた。誰もいない、誰もやって来ない、孤独で静かな安静の癒し。別に一人を好んでいるわけじゃない。どちらかといえば昔の名残か誰にも邪魔されず、誰にも干渉されない……誰にも泣いてるところを見られない居場所が欲しかったのかもしれない。ただ自分のことだけを考えていられる……あの夕陽の河原に良く似た場所。
でも、あの場所も、この場所も……孤独な場所ではなくなった。
◇
空高い上空に浮かぶ
今俺は正にその外殻の外にいる。この仮想世界から抜け出したわけではない。壁の外側に
外観からアインクラッドをじっくり眺めたら、エッグのような形していて、そこに鉄を貼り付けたかのような無粋な建造物。
「鉄の城とはよくいったものだな……」
宵の日没に溶け込んでいく夕夜の境に聳え浮く城を横目に、俺は碧落にある丘上の古びた小屋に居座っていた。仄暗い一室で壁にかけたてたランプの隣で俺はアイテムストレージを整理している。ギルドの職柄か、モンスターがドロップアイテムが嵩張ることが多く、ストレージ残量が直ぐに溜まってしまう。素材アイテムは99個はざらにカンストする始末で、エギルの店で安く売っていたりもするが最近その手間さえも減ってきていた。
ギルドに出される依頼が先月から極端に減少している。メールで依頼を申し出てくれていた常連の中下層プレイヤーの人も風の噂を聞いたのか、それっきり連絡は途絶えた。仕方ない此れが現実だと思ってしまうのは簡単だが、正直今までの信頼を失ってしまったのは人として辛い。
犯罪者の罪を庇い、俺自身がギルドの看板に泥をつけたようなもの。彼らの信頼を裏切ってしまった。けど、後悔はしていない……ギルドの信頼だけであの子を失わず済んだんだ。
犯罪……罪を犯す行為、犯した罪自体をいう。彼女はその中でも罪業として重い殺人を犯した。世間から見ればその事実だけでローゼルを蔑み、迫害する理由になる。当然だ、誰もが一つしか持てない命を奪い、人の一生を、世界を滅ぼしたようなもの。家族、恋人、友達……命を落した者に纏わる繋がりは遠き永遠の悲しみと混沌の怨恨を生む。それだけではない、亡くした者の繋がりも崩れ去っていくであろう。ずっと周りから冷淡な態度を取られ、非難され、人間の尊厳を失ってしまう。因果応報……行き着く先は孤独しかない……自業自得、それが報いだ。
だけど……仮に、大切な、かけがえのない人を人質に捕られたら、人は正気でいられるだろうか。ローゼルにとっては真実を知って尚を姉弟の絆を選んでくれたたった一人の
悲しみを背負い、殺意の狂気に怯え、償いようのない罪を積み重ね、壊れた心のピースを積みなおす……そんなことを一年間、いや始まりはそこだけではない。
ずっとたった一人で真っ暗な絶望の中で必死に
彼女は
顎を支えて思い呆けていると、部屋のドアが軋む音が鳴った。音の先に視線を向けると薄暗い扉から銀髪の女性が近寄ってくる。
「またボーっとしてる」
ランタンの灯火が目の前の女性の姿をオレンジ色に映し出す。紅い瞳の持ち主であるローゼルはツリ目でジッと睨んでいた。
「あなたラインに私の監視を依頼されてるんでしょ? ちゃんと仕事しないと彼に悪いんじゃない」
「……ああ、そう……だな。ラインに悪いな」
俺は親友の名前が出た途端、ローゼルから顔を逸らしてしまった。
あの日から妙にラインの言葉を意識してしまっている。彼女にはまだあの日ラインと話した情報漏出容疑の一件は彼女には話していない。遠回しに弟の華太君を話題にしたが、不審な点なんてなかった。何度も黒鉄宮にある碑文を目に通した、弟のプレイヤー名は刻まれ、生きているというは間違えない。
まず有りえないんだ彼女を疑うなんて。華太君ことを思い深く儚い表情で話す彼女の姿に嘘、偽りなんてなかった。時には鬱然と今にも消えそうな声、明るく微笑みながら弟の華太くんとの思い出を楽しく嬉々たる声で……俺に家族との思い出を語ってくれた。
仮に嘘だとしても、俺はその嘘を信じていいと思った。
鬱々と疎ましく暗鬱を浮かべて俯く。
「もしもし仮面の剣士さん? 考え込むのは後にして貰えない」
彼女は小首を傾げて、椅子に座る俺に膝を曲げて覗く。
「ごめん…」
気を遣ってくれた彼女のおかげで少し靄が晴れた。すると部屋に飾った小さな振り子時計に目が往く。
「もうこんな時間か。悪い今すぐ夕食の準備をするから…」
「べ……別に、用意しなくていい……」
そしたら急にローゼルが俺を止める。少し彼女の様子がおかしかった。両手をもじもじさせながら、純白の頬を少し赤く仄めかせていた。よくみると、ローゼルは俺がいつも料理のとき愛用している白ウサギ刺繍のエプロンを身に着けている。ローゼルは小さな口でボソボソと呟く。
「私が……つくったから……」
「はい?」
◇
限られた個室から少し大きな卓上のある居間に誘導される。仄かなランプの下で照らされているテーブルの上には、皿に乗ったパンとサラダ、食器が並べられていた。向かい合うように並べられた椅子をローゼルは引き、座るように招く。
睨まなくたってちゃんと座るよと、顔を歪ませながら俺は彼女が引いてくれた椅子に座る。ローゼルは少し笑み浮かべた後、狭いキッチンから金属製の鍋をミトンで確り掴んでテーブルの真ん中に置く。蓋をゆっくりと開くと、濃厚かつクリーミーな香りの蒸気が部屋全体に広がる。木の丸皿にスープ状のトロリとした白いスープが盛り付けられ俺の目の前に置かれる。
「これって……」
思わず目の前に出た自分の大好物に声をはしたなく上げてしまう。ローゼルは俺と向かい合わせの席についてそっと両手を合せ、釣られて俺も手を合せる。
「……いただきます」
いただきます、という挨拶を俺だけでローゼルは手を合せたままこちらの様子を窺っていた。にしても、何で彼女が料理を作ろうとしたんだ? いつも料理を作っているのは俺なのに。
「どうしたのよ……早く、食べなさいよ」
「あ、ああ」
彼女に言われるがままスプーンを手に取りスープを掬い取る。スープが口に入った瞬間、濃厚で温かいスープの味と野菜の甘みが口全体に広がる。憂鬱となっていた心がスープの温かみで重くなった心をほぐしていく。
「ど……どう?」
ローゼルは不安げに料理の感想を訊いてくる。舌に乗ったスープがその答えを自然に回答してくれた。
「……おいしい。うん、すごくうまいぞ」
「はぁぁ…そう!おいしい……」
ローゼルは嬉しそうに笑みを浮かべた後、合せた手を離して食事を取る。
手を止めて彼女の作った料理を眺める。決して珍しい料理ではないが、ローゼルが作った料理となると、何だが新鮮味を感じられずにいられなかった。
「…………レト?」
「あ、いや、母さん以外の女性の手料理を食べるのって初めてだから……なんだか新鮮で」
「そうなんだ……私が初めてか……そうか……」
照れくさそうに頬を染めるローゼルに何故か俺まで照れくさく頬を掻いてしまう。このあと、どう言葉を続けていいかわからない。
「何時の間に料理スキルなんて覚えたんだ? 必要ないスキルだって散々言っていたくせに」
「べ、別に私の勝手じゃない……たまには私が腕を振るってもいいかなと。それに……女が男に料理を作ってもらってるなんて悔しいし」
「そういうものなのか?」
「そういうものよ」
ローゼルは得意げに微笑み、湯気の立つスープを飲む。今日はいつになく機嫌が良いようだし、彼女の友好的なご厚意に甘えることにしよう。手を休めていた匙を持ち、空腹を満たすべく手料理を頂くことにした。小屋のアイテムボックスにしまえるだけのレア食材を保管しているだけあって、素材の味は一級品のはずだ。そして俺が数多という試行錯誤を繰り返したレト専用「味わいの素」を入れれば味が絞まってもっと美味しくなりそうだな。
頭の中でローゼルの作ったスープのレビューをしているとついつい手料理で言ってはいけないこと禁句を口にしてしまう。
「俺の方が断然美味いな」
ボソッと呟く程度に味の感想を口にした俺の囁きは静かな部屋の空間には反響してしまう。
「ハァ……?」
「強いてあげるなら味が濃すぎる? いや違うな、しつこいな」
目を丸くしながら開いた口を塞がないローゼルに目もくれず俺は舌に乗るスープの味をじっくり泳がせる。その瞬間。
「な、何よ! せっかく作ってあげたのにその言い草!? 自分の方が美味しいって、何自画自賛してるのよ!」
落ち着いたもの仕草から一変し、ローゼルは紅い瞳をグルグルさせながら打ち震える。蒼白の肌は一瞬で赤く熱り貯まった鬱憤が滝のように流れ出る。
「仕方ないでしょ!先週習得したばかりで料理スキルの熟練度がまだ100も満たないんだから! そりゃあ私は料理が下手だったわよ! 現実の世界でもお祖母ちゃんに料理を任せてたし! だからってこの世界で腕まで反映するって決まったわけじゃないでしょ! なのに数十回連続で料理が丸こげのダークマターに変貌するってどういうことよこのゲーム理不尽よ!…………ハッ!?」
俺は先程のローゼルのように目を丸くしていた。口をわなわなさせて動揺した我に返ったかのようにローゼルは塞いでも既に遅い口を押さえる。勢い余って言わなくていいことまで叫んでしまったローゼルはたちまち顔を赤面する。
「…………ぷっ、クククッ駄目だ、お腹かが」
「い、今のなし!」
彼女の困惑した態度が可笑しく込み上げてくる笑いが納まらない。冬風の爽涼のようなクールなで素っ気ないローゼルがのぼせ上がったように頬染めている。
慌てて両手を振って自ら暴露した事を必死に顔を横に振って否定するが、顔には完全に羞恥心を留めている。
「私が現実世界で手を振るえばあなたが作るスープなんかよりも、もっと美味しいスープを作れるんだから!」
「ほう? 俺のスープよりも、『もっと』美味しいねぇ?」
「そうよ、レトのスープよりも、もっともっともーっとおいしいだから」
ツンーとして恥じらい隠すようにそっぽを向く。大人ぽい一面が多いことか子供のような彼女の反応に少し意地悪いことをしてしまった。
「なら、絶対に帰らないとな……」
「えっ……ええ」
このぎこちない会話も俺の一つの楽しみにもなっていた。次は何を彼女に話したらいいだろか、彼女はどう返してくれるのか。互いに相手との距離感を覚えていくように少しずつローゼルを知ることができるこの憩いの場が大好きだ。
今ある幸せをスープと一緒に味わいながら、ふと窓の外を見て近日にある恒例のイベントが頭に浮かぶ。
「そういえばもうすぐクリスマスだな」
子供なら誰でも心をワクワクさせる大イベントだ。中学生になってからもイヴの夜は心躍らせずにいられなかった。
そう言った途端、安穏の空間にコツンと軽量音が反響する。ローゼルは匙を床に落し、紅い瞳は微弱に震え哀傷を謳っていた。
あっ、と察した。彼女にとってクリスマスは悪夢の始まりであり、親の命日である。
「悪い、デリカシーのないことを……」
「あなたが気にすることじゃないは……私が過去に囚われてるだけよ……」
自身の欠損な言葉に腹が立つ。だがローゼルは煩う心を抱えながらそっと胸に手を当て、沈んだ目で宙にぶら下がるランタンを眺める。
「クリスマスか……そうね、サンタさん来るかしら……私の家には……もうサンタさん来ないだろうな」
一室に佇む銀髪の女性の瞳には一体何が映っているのであろう。きっと誰もがこの世に生まれたときに側にいる大切な光を思い立っている、そんな気がした。
俺は彼女に声をかけようとしたが胸の奥の痛みが遮った。触れたら今にも壊れてしまいそうな彼女の儚げな表情に彼女との壁を感じた。机越しの距離から俺は彼女に届きそうにない手を握り締めることしかできなかった。
◇
深夜。一部屋に一つ置かれたとても上質とはとはいえない古びたシングルベット。その上に横たわるのはいつも決まって私だけ。決して私がベッドを独占しているわけではない。レトは窓際に置いた椅子と毛布を羽織って座ったまま眠るのが日常である。替わってあげようとすると―椅子で寝るほうが落ち着くんだよ、と遠慮される。男女が小屋で寝食を共にしていてレトも私に気を遣っている考えると不思議ではないが、私は少し異性との感覚が鈍っていた。
実際、私は男性と……ベッドの上での経験がある。それは男性を睡眠PKへ誘い込む最低で下劣な行為。私は自身の身体で男性を挑発して相手が疲れて熟睡した後にデュエルで殺害する。
簡単だった……相手をフィールドに追い込むMPKも、麻痺状態にする手間もない。ただ性欲に飢えた男を誘い、寝室で身を汚す……それだけで相手を死中に於ける。その手口で何度かPKとコル強奪を繰り返した。
三度目は妙に気が楽だった。最初は触れられるだけで肌が粟立っていたのに、男性の愛撫でさえも気持ち悪くなくなり、自ら快楽を求めるようにも……そのときは嫌なことが全部忘れられる感じがした。でも罪悪感を掻き消すことは不可避であった。人を殺すたびに、内に凶暴な蛇を秘めた飄々とした細目の男を思い出す。
堕ちたとき悟った。私はあの男と何ら変わりない。身動きの捕れない人を刃で切り刻み、命を奪った後の達成感と後悔。喜びか罪悪か得体の知れない思考回路を焼き、考えることを止める。
―やった……殺った、これでまた華太に近づいた。罪悪感を幸福感に変え、悪夢から目を背ける。人殺しなんて生易しい、血に汚れた殺人鬼。
劣悪の分厚い皮を貼り付けた醜い私を華太は……違う、私は華太に触れていいのか? あの子を救うを理由に他人の命を狩り続け、快楽を欲した私が。
手に付いた罪の血は二度と取り除くことはできない。
瞳の奥が熱く疼き、発作が止まらない。静寂に包まれた空間は悪夢が訪れ、薄暗い闇に浮かぶ隻眼が全身を凍りつくす。見据える魔に満ちた蛇は飄々とした軽薄な声で語りかける。
あらら、どうしたんですか? 今月に入ってまだ一人もやれていないなんて、あなたらしくない。いつもの様にあなただけの即興の鎮魂曲を奏でてください。最近聞えないんですよ……心地よい人間の悲鳴が。
―イヤ、もう殺したくない・・・
いやねぇ、嘘はいけませよ。人の死に際に魅せる紅い眼の殺意は、今も色褪せていませんよ。勿体ないな~あなた凄く楽しそうだったのに……やめましょう、あなたに白い花は似合わない。赤~い血のあなたが魅力的ですよ? さぁ、もどってきてください、私達は同じ穴の狢なんですから。
―やめて、お願い……やめて
それに言いましたよね……
―お前が逃げることがあれば、俺が必ず殺す―
紅き瞳に睨まれ身体が恐怖に硬直し自由を奪われる。黒蛇が全身をシュルシュルと駆け廻り、繭のように覆いつくす。
―助けて……助け……
狂気に溢れた隻眼の蛇は毒牙を剥き視界を暗闇へ誘う。恐怖に冷え切った腕を伸ばして必死に僅かな一筋の光へと掲げるも抗いも空しい。やがて光も闇に染まり、混沌へと消える。怒り、後悔、不安、憎悪、妬み、様々な気持ちが交錯して記憶の畔より彷徨う怨念がざわめく。
ドウシテオレガシナナイトイケナインダ オマエノツゴウデアヤメラレタオレタチハドウデモイイワケカヨ フザケルナフザケルナゼッタイニユルサナイ カエセ オレヲカエセ イキノコルタメニダレカノキボウヲコワスノカ ナンデノウノウトオマエハイマモイキテルンダ イタイイタイクルシイヨ
ドウシテオトウサンニハモノヲムケタンタンダ イタイ イタイハ ハナビ ドウシテソンナオソロシイコニナッテシマッタノ オネエチャン ダイキライ
シネヨシネヨシネヨシネヨシネヨ……死ね
呵責の念が四方八方から責め立て、孤独と苦悩の底に投げ込まれる。心は糾弾で蜂の巣ように風穴が開き、抜け殻を厭忌の重圧感が心を押し潰す。
ギィーと心の歯車が軋み皹が生えバラバラに崩れ散っていく。
―わたしは……こわれた…こわした……わたし……
塵積みとなった砂の心は虚空に消えいく
すると、儚い極微の光がそっと姿を現す。頼りないちっぽけな灯火。息を吹きかけるだけで消えてしまいそうな弱々しい火……でも、なんて優しい灯りなんだろう。
ふふふ……アンヘルが助けに来てくれたのかな……
身体は冷えてやな汗を掻いていた。傷心を思考から隅々まで漂わせ、押さえた愁いは悪寒となって帰ってくる。しかし、片手でだけはほんのり温かく…そして優しく包まれていた。夢うつけにぼんやりとした瞼を開くと、何の邪心もない無垢な瞳と交差する。
「あ、起きたか?」
まだ夢でも見ているのかと錯覚させる慰撫する懇ろの声に耳を傾ける。レトは私が眠っていたべットの隣で椅子に座ったまま両手で手を軽く握っていた。窓から月明かりが差し込んでいるとするとまだ真夜中であることが分かる。
不意に手を動かすと彼の手と触れ合っているのを再認識する。急に恥じらいが後から込み上げてくる。でも手を振りほどくことなく、ゆっくりとその恥じらいと優しい手を私は自然と受け入れていた。
「うなされていたんだ。夢でもみたのか?」
レトの声には心配そうな響きがある。沈鬱に苛まれた私の表情が心苦しく思ってくれたのであろう。酷く脱力した声で私は答える。
「暗くて、寒くて…嫌な夢だった……」
悪夢は今日が初めてではない。夢想なら現実から逃れることができる……浅はかな考えだった。夢の世界で見る夢も私には悪夢しか訪れない。罪から目を遠ざけた罰に違いない。
「そうか、嫌な夢だったか……残念」
「あなたが気を落とすの…?」
「夢って見たいときに見れるもんじゃないだろ。悪い夢でも幸福に思え、って母さんが言っていた」
「随分、楽観的なお母さんね。うなされていたら起こしてくれればいいのに……」
途端にレトの握る手に力が入る。私は動じて声を漏らしてしまうが彼は続けて話す。
「じゃあその手を握ってあげればいい、それで嫌な夢が優しい夢に変わるかもしれない、とも言っていたかな? よくわかんないけど」
母とよく似た雰囲気を持つ彼と交わす言葉は私の汚れた心をあやす。レトの手の微睡みに瞼を下ろすと、握られた手が解かれる。手の温もりが遠ざかり思わず口から名残惜しい声を漏らしてしまう。不意に彼の手をが離れていくのが恋しくなったのは偶然であろうか。まだ手に残った熱を探るように手を開いたり閉じたりする。
「夜風にでもあたりにいくか…一緒にどう?」
急に切り出された無邪気な彼の温情のこもった誘いにを断ることもなく頷いていた。
◇
月光は空城を照らし雲海を蒼白く彩る。満月の月明かりは孤島からも碧雲から透き通った光で丘を照らし真夜中の静けさが際立たせていた。
空島は最初に眺めた情景から嘘のように殺風景なものに変わり、白銀の花は見る影もなく草並みが広がっている。それを寂しいというのは容易いが、この風景が本当は自然なものだと私は思う。
「ローゼルは……」
「うん?」
丘の頂上に位置する小屋の周辺に横に並んで座る私とレト。
ふと尋ねる声に反応すると、レトは笑みをつくり首を横に振る。
「いや、花のことだよ。あの花ずっとフィールドに咲き続けないような、あんなに綺麗なのに」
「……言ったでしょ、ラバーズ・ローゼルは儚い最愛の花だって」
あの一寸のきらめきは幻想だったのかと想起させる光景は変わり果て、草が風の気流に靡く緑の丘に静まっている。今、地に腰をかける場所には白き花が咲いていたはず……そういえば今みたいな一部始終が絵本にあったような……。
絵本の世界のアンヘルとローゼルが巡り合った一輪の花を思い浮かべ、自然と記憶のページを開いていた。
「最終章の二話前のだったかしら? 文字は異国語の表記で解らなかったけど。会いたくて仕方がない人に逢わせてくれる再会の花だって、お父さんが翻訳してたな」
「逢いたくて仕方がない人か……」
「本当にそれが合っているのかわからない…ふっ、ロマンチックよね、少しこそばゆいけど、レトはそう……おも……」
振り向くと彼の寂しげな横顔が瞳に映った。それを見た途端、胸の奥がヅキっと奇妙な感覚が貫いた。寂しげなが目に宿り遠い空を眺めている。
私はその瞳を知っていた。もう手に触れることが叶わない、しかし諦めきれず希求した瞳。そのうちに秘めた瞳の奥には何を抱いているの? 訝くざわめいた心中を振り払い、じいっと佇むレトに恐る恐る声を掛ける。
「ね、ねぇ!…話聞かせてよ」
「うん?……何の話を?」
「ほら、この前の泣虫剣道少年の話よ」
「?……ああ、あれか、構わないが…ああ! つまり君は俺の事を知りたいの?」
「なっ、変な言い方しないでよ!? わ、私はただあなた半端に切り上げた話の続きが気になるだけで、別にあなたことなんて知りたくもないわよ……」
「…………それ矛盾してないか?」
「うるさい」
「いじけるなよ」
「いじけてない」
少しばかり気を遣ったことを後悔した。レトと話していると偶に調子が狂う。カリカリと頬を膨らませたふくれっ面を隠すように膝を抱えて埋める。それを面白おかしく笑うレトの声が聞こえた時はものすごく腹が立った。
「そうだな……どこから話そう」
「あなたが一目ぼれして好きになった子の話からで、いいんじゃない」
私はわざと鼻に付く言い方をしてレトを煽ってみた。彼の動揺するか半分楽しみで答えを待っていると、彼はその場から仰向けになって跳ね起き、私を上から顔を近づけて無邪気な顔で答える。
「はずれ、でも、少し正解」
「……どういうことよ」
「それを知りたいとなると諸事情を言わないとな。俺、この前の話でもいったと思うけど剣道を習ってるいっただろ? それを習う前に色んなスポーツクラブに通わされてた」
「自分からやっていたわけじゃないんだ」
「俺の父さんが体育会系だったこともあるけど、正直迷惑だったかな。最初は野球、次はサッカー、テニスに卓球……どれも続かなかった、運動音痴って奴? キャッチも全然できない、パスもまともに回せない、まともなボールラリーも続かない、卓球に関しては舐めてた…すっげぇ難しい。多分諦めが付いたのは最初の野球かな……家に監督から電話があってさぁ……辞めてくれないか、だって。でも薄々感じてた。スポーツってさ大概チーム戦が主流だろ…一人が足を引っ張ったら、チーム全体に影響が出る。皆から明からに違う目で観られてたな……」
分かる気がする。スポーツというものはチームで行うのが普通である。そこで実力に差ができるのもスポーツの輪廻とも言ってもいいのだろう。悲しいけど彼の言うとおり実力がないものはチームから迫害がされることが多く、現代社会でも問題になっていることがある。
「虐めにもあってさ、逃げるように俺はクラブを辞めたよ、その頃には心が折れてたかな。でも父さんは、野球が無理なら次はサッカーだな! ってはきはきしながらなまた違うクラブに入らされた」
「なんだか、あなたの親って……」
「ああ、二人とも根っからのポジティブ、あの頃の俺からしてみれば大迷惑。野球は半年続いたけど、反動かな……サッカーは一ヶ月も続かなくて……もうその頃には人気のない夕陽の河原でめそめそしてたな」
「身も蓋もないわね、さすが同情するわ」
「……自然とそこが俺の居場所になっていた。辛いとき、悲しいとき、河原で見る夕陽が俺をあやしてくれたよ。……色々うんざりしてた、何で俺ってこんなにも才能がないんだろ、自分が嫌いだった。できることといったら、下手なヒーロー願望を思い描く……似非ヒーローだったけど。近所の友達がいじめっ子に暴力を振るわれていたのにも関わらず、俺は見て見ぬフリをして走って逃げたこともあるし。寧ろ俺虐められている方だったから……弱い俺が誰かを助けられるなんて思えないし。テレビの奥にいるヒーローはいつも憧れでしかなかった」
「いいんじゃない、かわいいと思うわよ。ヒーローに憧れるなんて」
「茶化すなよ……それでさぁ、剣道を習い始めるんだが……まぁわかるよな」
そう、私が前回聞いたのは此処から弱虫剣道少年は何時ものように逃げてきた人気のない夕陽の河原で運命的な果たす、だったかしら。
「剣道は……本当は一番やりたくなかった。父さんがその道のプロでさぁ、親を引け目に剣道するのが堪らなく嫌だった…」
「だからスポーツに逃げていたということ?」
「うん……父さんに劣等感を持ちながらするのは避けたかったんだが、結局…結果は変わらなくて……落ちこぼれが板に付いてたよ。どんなに努力しても、どんなに頑張っても、成果でなければ意味がない……逃げ癖ついちゃったな」
磨り減るような声で自己嫌悪に落ち込む彼の姿は少し疎ましい、だけど理解できないこともない。皆、出来る人としたいんだ。チームで行う練習は一人では出来ない。下手な人と嫌々練習するより、上手な人と楽しく練習したい、それが一般的な考えであり、孤立の原因でもある。でも全てが他人が悪いってわけじゃない、原因は自分にあることも多い……レトもそれを分かっていっていると思う。
「……でもあの子に会ってから、結城に会ってからは……」
「ゆうき?」
「結城……結城明日奈、俺が初めて誰かを守りたいって思った大切な人……」
次回は過去話、レト/紅葉とアスナ/結城が初めて出会った話です。
次回アスナが登場……といっても結城明日奈してですが。
レトとローゼルはくっ付きそうでくっ付かない微妙な関係にしています。ローゼルは少しずつ彼に別の感情を抱いていそうですが……
悪夢に出てきた蛇野郎はスライです。ブレイブルーのハザマ?テルミ?をイメージしてもらうと残酷さが際立つと思います。
あ~!、クリスマスまでにあの話を描きたかったのにこれじゃ間に合いそうにない(泣き)
不満足「忘れちまったぜ・・・SAOなんて言葉」とかいって妥協満足したい
次回は成るべく速く……
蟹「おい、早く更新しろよ」
感想・誤字脱字の報告がありましたら、何卒よろしくお願いしますm(_ _)m