ソードアート・オンライン~紅の心意―The Cardinal Mind   作:坂道

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すいません、感情移入した結果、前後編では少し文字数が……

社長「今日は俺のスペシャルカードを拝ませてやる、年賀カード! オープン! 『謹賀新年』!」

ATM「なら俺はこれだ!……初夢三連コンボ!『一富士』『ニ鷹』『三茄子』!」

本当に申し訳ございません

―――新年あけましておめでとうございます!!
・ソードアート・オンラインⅡ放送決定(祝)
・シノンが可愛いかったね
・ホロウフラグメントCMが気になる(Poh)


約束―夕陽の決意 2017/11/06

 無我夢中で駆け走り、道行く人に赤い染み道着を見られても御構い無し。小雨が降りしきる中、河原に辿り着く。居るとは思わなかったけど、君が其処にいた。

 雨の中、傘も差さずに立ち尽くした水の滴る少女。ゴシックな白黒のドレスを着こなした姿は雨ですっかりビショビショで酷い格好である。布の花飾りも雨に萎れて暗くなった少女は沈んだ目を鋭く一瞥する。

 

「酷い格好……」

 

「君もね……」

 

 互いに睨み合いながらも話が成り立った。耳障りな雨粒の音色を聞きながら目を見張ると少女の右頬が痛々しく赤く腫れていた。

 

「その頬どうしたんだ?」

 

「あなたには関係ないでしょ……」

 

 背を向け、再び少女は川へと視線を戻す。拒むなら視界から消えればいいと思ったのか。違う、この子も本質は同じだ……だから逃げないんだ。

 歩幅を広げて歩き、強引に少女の隣に立つ。動転して少し身を離す少女は顔を向けると真っ直ぐ瞳を向ける俺に顫動する。三日前の俺の怒気に遣られたからであろうか慄然とした振る舞いを隠しきれない。矛先を間違えた、過ちは繰り返さずただ謝罪を言葉にする。

 

「ごめんなさい……」

 

「えっ!?」

 

「ついかッとなって……君の気持ちも知らずに酷い言葉を浴びせた……ずっと後悔してたんだ。大の男が見っとも無いよな、でも……でも……」

 

 いくら言葉を並べても彼女へのあの時の不快感が簡単に取り除けるものではなかった。それ程俺にとって許せないことでもある。一心不乱になりがちな思考を振り払い声を発しようとすると一寸先に少女から言葉が出る。

 

「私こそ……謝らなきゃ」

 

「あ……」

 

「馬鹿みたな御託を並べて酷い女の子よね……叱られて当然よ」

 

 お互いこの前のほとぼりを宥めるに必死だったようだ。互いに知りえない相手へ心の傷跡を残してどう償おうか戸惑っていたんだ。口許が少し緩み呟き始める。

 

「……その道着、前に着ていたのと同じ道着?」

 

「うん、通い先の道場で……苛められてるんだ」

 

 瞳の微動が否めず、川へと瞳を移す。

 

「また嫌なこと訊いちゃった」

 

「いいよ。君こそこんな雨の中で傘も差さずに……」

 

 不意に顔を曇らせ俯く。水滴が掛かった弦楽器ケースの取っ手を両手で握り締める姿はどこか悲しげに映る。

 

「あなたのこと、また怒らせちゃうかも……」

 

「それでもいい……聞かせてくれないかな?」

 

 彼女の不満気な表情に応えてあげたい、そのためにここにきた。隣に立つ少女に物静かに尋ねた。

 

「……バイオリンの独奏……ヘマしちゃって、途中から頭がごちゃごちで最後まで弾けなかった。手が固まって動かなかったの……あなたが原因なんだから」

 

「俺が?」

 

「あの日からずっと叱られたことを引き摺ったまま、コンクールに臨んだもん。変にあなたの言葉がプレッシャーになって、何時も普通にやっていることが凄く不安になったの。いいわけだよね……そうよ、私頑張らなきゃ、出来て当然の子なんだもん……」

 

 悲壮漂う彼女は赤く腫れた頬に手を当てながら、寒さに震えた声を漏らす。声は冷たい涙で滲んでいた。

 

「これ……お母さんに叩かれたの。今年も私の晴れ舞台を見にお母さん仕事を休んでまで来てくれた。でも私……期待を裏切った。お母さんは―今まで何をしていたのって……少し言い訳したら……頬っぺた叩かれちゃった。私……ただ、お母さんに褒めて貰いたかったのだけなのに。私が頑張ればお母さんが笑ってくれる……それが嬉しくて、弦を弾いていたのに……。最近、仕事の話ばかりで……私に全然振り向いてくれない。結果を出せば、また振り向いてくれると思って……私にとってそれが遣り甲斐だったのに……あなたのせいよ、全部……全部あなたのせいなんだから……」

 

 とんでもない責任転換だと思うだろ? でも俺は腹が立つことも無く何故か涙の理由を理解できた。親の期待を裏切りたくないという志は俺にも少なからずある。しかし、はい、そうですか、といって受け入れる気にもならない。けど泣いて欲しくないって心が訴えている。

 

「ねぇ、よかったら聴かせてくれない? 君のバイオリン」

 

 涙ぐむ少女の顔に一驚が表れる。

 

「な、なんで弾かなきゃいけないのよ。もうどこかいってよ馬鹿!」

 

 困惑した表情にわざとぶっきらぼうで返す。

 

「いいじゃん別に……あっ! もしかして自信が無いとか、まぁ打たれ弱いお嬢様にはきついか」

 

 素っ気ない物言いに少女は暫く剥れっ面でプルプルしていた。降っていた雨が突然止み、同時に唇を動かす。

 

「うぅぅ……言ってくれるじゃない……いいわよ、弾いてあげるわよ!」

 

 手に持っていたヴァイオリンケースを開き、弦楽器を取り出す。ケースを俺の胸元に付きつけ持たせた後、川から少し距離をとるように立つ。ハンカチで濡れた手を拭き取り凛とした立ち振る舞いに変わったことが瞳の色でわかる。少し強情だがその可憐さに見惚れてしまうと透き通った布地のようなものを顔に投げつけられる。

 

「あんまりジロジロ見ないでよ、馬鹿!」

 

 ご立腹な少女から投げられた湿ったストールを剥ぎ取ると、肩から露出した綺麗な白い肌が露になっていた。先程までストールによって見えていなかった肩から腕に伸びる美しい曲線が目に入ると、心臓が早鐘を打つように鼓動を速くなる。鼻の下が伸びているのではないかと錯覚した俺は思わずケースで顔の下半分を隠していた。

 

「湿度の高いところで弦楽器はあまり弾いてはいけないんだから……特別サービスよ」

 

 本当はもっと清楚な物腰なのであろうが、湿気が篭った白黒のドレスのひらひらは重さを感じさせ、見目麗しい少女の顔立ちを台無し。川で溺れたお姫様のような見栄えであるが、彼女の濡れた長い髪は魅力的で髪に流れ落ちる水滴は一輪の花の如く華麗であった。

 すっかり彼女の色香に魅了された俺は目をボーっとさせていると右手に持った弓を差し指にして訴えてくる。

 

「観客はお座りください!」

 

 少女の一喝に我に変えり、言われるがまま地面に腰をつける。すると、小さな手をそっと胸に当て深く呼吸をする。息をスーッとゆっくり吸い、軽く時間をかけながら吐く。彼女が集中しているのが分かる、瞼を閉じ、川の大きなにささらぎに消されてしまうかのように研ぎ澄ます。

 瞼をひらくと、その瞳に少女の意気込みを奮闘させる真っ直ぐな目がそこには映っていた。

 弦となるバイオリン本体を顎と鎖骨で挟み肯定し、弦を弾く弓となる棒状の部位を右指で柔らかく持つ。そして彼女は楽器を調律する。

 

 

 まどろみのような静寂の中を彷徨うように、少女が奏でる音色は柔らく澄んだものがあった。川のさざめく音、強い風の音が障害になろうと、バイオリンから弾き出される音は鼓膜へと鳴り響く。

 

「…………きれい」

 

 総てを評価するにはそれしかないと思った。彼女の奏でる曲やジャンルなんてどうでもいい。まるで感情が乗せられているというか、心緒なメロディはどこか儚げなものでもある。

 俺が唖然と惹きつけられて呟いた言葉は彼女に届いたのか、横目で一瞬だけ見た小さなバイオリストは、少し嬉しそうに唇の端を上げた。

 不思議と少し音が変わった気がした。何と無く音色に元気がついたのかな。あの子も固い表情を解いて凄く気持ちよく弾いている。

 最後のクライマックスまで盛大な音響を河原に響かせて、弦と弓が離れる。一人緊迫した雰囲気を出す少女は一呼吸終えると、じっと漠然としている俺を見る。

 瞳は不安げに感想を待ち望む。

 

「…………何か言ってよ」

 

 彼女の言葉を遮るように両手を大きく叩いて拍手を送った。

 

「すごい……すごいよ! 意気揚々と胸を張れる理由がわかった!」

 

 飛び跳ねるように起き上がった俺は感銘を受けたあまり、彼女の弦楽器を持った手を掴み、嬉しさを伝えた。

 

「へっ!あっ、ちょ……!」

 

 素っ頓狂な声を上げて顔と手を赤くして取り乱す彼女に目もくれず俺は交互に手を振る。

 

「俺感動しちゃった! なんか綺麗というか、カッコいいっていうか……」

 

「あの、その、わかったから……その……手……」

 

 漸く少女の異変に気付く。少女の手は熱く熱り、頬と耳は真っ赤になっていた。

 

「ご、ごめん! 勢いで……」

 

 慌てて手を放して互いに恥じらいを隠せずモジモジと目をそらす。胸の動悸がまた速くなり、分け解んなくなっていた。気まずく無言のまま一頻りが続いていると、

 

「コンクールでは弾けなかったのに、何で今は弾けるのよ……」

 

少女は不満気に呟き、怪訝そうに自分の手をじろじろと見ていた。

 

「……多分、誰かのために弾いたからじゃない?」

 

「誰の為に?」

 

「うん、父さんが言ってた。誰かの気持ちに応えたくなると自ずと力が発揮されるとかなんとか」

 

「誰かって……誰よ」

 

「俺とか」

 

「ない」

 

「即答! なんか考えている素振りくらいあっても……」

 

「どうして私があなたの気持ちに応えなきゃならないのよ……」

 

 むっくれ面を隠さず表に出す。

 すると、少女は手に持ったバイオリンを再度、見返す。

 

(あの時、自分が自分でないような感覚で心置きなく弓を弾けた……あんな風に自由に弾けたのいつ振りだろ? 私……彼の気持ちに応えていたの?)

 

 首を悩ましげに傾げ、心許なく少女は俺を見詰めていた。俺は純真な瞳をぶつけられ目をキョロキョロと動かす。いつもここで揚がってしまう動揺するな……扉を開け紅葉清貴!―っと自身に平常心を打ち鳴らして発言する。

 

「それじゃ次は俺が頑張る番だな! とはいっても何をしようか……特技なんて逆立ちしかないし……」

 

「急に何よ、それに今の特技のお披露目会だったわけ? 私のバイオリンは隠し芸じゃないわ」

 

「いや、そういうわけじゃないんだけど…………よしっ、今決めた! 来週の剣道の練習試合、勝つ!」

 

「はぁ!?」

 

「自慢じゃないんだけどさ、俺剣道で一度も勝ったことないんだ!」

 

「威張ることなの?」

 

 これは本当の話、習い始めてから俺は一度も勝利というものを体感していない上に同期で入門した一つ下の女の子にも負けている始末である。

 呆れ紛れに小首を傾げる少女に決意を示す。

 

紅葉清貴(こうよう きよたか)

 

「こうよう……?」

 

「俺の名前……君の名前……訊いてもいいかな?」

 

 戸惑い困惑するが、応えてくれると信じていた。

 

「……結城、結城明日奈(ゆうき あすな)……」

 

 細々と名乗ってくれた名前はとても可愛らしい響きだった。心中で何度も少女の名前を復唱しながら大切な言葉のように脳の記憶に保管する。

 

「結城、俺次の試合、君の為に戦う……闘わせてくれないかな?」

 

「私の為に? あなた話が飛躍しすぎてよく分からない。それに……何で私の?」

 

「な、なんとなく……」

 

 話が前に進まないモソモソした声じゃ駄目だ。もっと勇気を振り絞れるように甲高い声で思いを伝えるんだ。

 はっきりしない思考に葛藤していると、不意に手に握ってある赤く染まった竹刀が目に入る。赤く塗られた刀身は忽ち鮮やか茜色の光沢を宿す。横を見ると眩しく紅い夕陽の光が雲の隙間から差し込んでいる。

 二人して突然の来訪者に心打たれて雨上がりの夕陽の美しさに思わず黄昏てしまう。

 すると、頭にポッと蝋燭に火がつくようにある空想上のヒーローが浮かんだ。彼ならきっと勇ましく天真爛漫に答えるはずだ。

 足を踏み出して浅い川の水の中に飛び出し、紅色に光り輝く夕陽を背に両手で竹刀を掲げる。

 

「誓おう! この赤き紅の刃に! 紅葉清貴は結城明日奈のために戦い、勝利を掴みとる!」

 

 どこぞのヒーローが叫ぶ声を真似て放った言葉は甲高く響き、結城をきょとんした顔で目を見開いたまま立ち尽くす。

 

「それと……俺が言うのもなんだけどさ、あんまり涙を流さないで。ここで泣くのは俺の専売特許みたいなもんで……簡単には譲れないんだ……。だから俺の許可なしにここで泣くなよ、ここで流す水滴は俺の分だけで十分、それに結城に涙は似合わないよ」

 

 作り笑いと思わせるような満面の笑みで応える俺に、結城はオロオロと微動だにする他無く、当惑をする。

 

「……あの、わたし、今どう反応したらいいか……」

 

「じゃあ、今度の日曜日の夕方またここにきてよ。そのときはさっきの俺みたいにさ、褒めてくれよ」

 

「褒めるの……?」

 

「うん、そのためにちゃんと結果を出すから、結城の反応を楽しみしてるからさ」

 

 川から飛び出して結城の横を通り過ぎ後、振り返る。

 

「来いよ!」

 

 俺の一声を轟かせ、驚きの色を示す結城に何度も言葉を重ねながら徐々に離れていく。

 

「忘れずに来いよ!……必ず来いよ!……絶対に……」

 

「わかったから、早く行きなさいよ馬鹿!」

 

 いいかげんしつこい重言に痺れを切らした結城は怒鳴って返答した。俺はぴょんぴょんと跳ね行くように喜びながらその場から駆け出した。

 

 小競り合いもあったけど、彼女の名前を知ることが出来た俺は嬉々たる抱擁で叫びながら土手を飛ぶような思いで駆け抜ける。左足と右足が同時に出てしまうくらい素早く動き、アパートの階段を一段飛ばしで駆け上がり、扉を壊す勢いで目一杯に開く。扉を開いた衝撃に居間にいた母さんと妹が目を開いて驚いていた。

 

「おかえり、ビショビショ」

 

「清貴!なにしてるの……って、コラ! 靴を吐いたまま入るな、床がビショビショじゃないの! 聞いているの!?」

 

 母さんの弩の入った注意をさらっと無視して居間で洗濯物を畳む父さんに近隣の迷惑を考えず喚き叫ぶ。

 

「父さん、俺に剣道を教えて!」

 

 

 

 

「ねぇ、お兄ちゃん」

 

「ど、どうした? スグ」

 

 月曜日の午後三時、学校の授業を終え帰宅した後、すぐさま道場に足を向けている道着を着用した小さな黒髪の兄妹が歩道を歩いていた。少し青みがかかった肩のラインからくっきりとカッとした黒髪の少女はおぼろげに話す。

 

「今日を学校で同じクラスの道場の友達に聞いたんだ。ホラ、つい先月に入った男の子がいるでしょ」

 

「あぁ……たしか、もみじ?……だったけ?」

 

「違うよ、紅葉(こうよう)っていう男の子だよ」

 

 秋の落ち葉に似たてて記憶が重なった名前を淡々と出したが違っていたようだ。少し幼げで落ち着いたというより気弱なイメージが似合う少年は頭を掻いてとぼける。

 

「その人、昨日の稽古の後、また酷いイジメにあったんだって……道着をスプレーで真っ赤に染められたそうだよ。なんだか……責任感じちゃって……」

 

「なんでスグが落ち込むんだ?」

 

「だってその人がイジメを受け始めたの、私がその人に剣道の試合で勝ってからなんだよ。きっと女の子に負けたのが原因で目立つようになって……」

 

「仕方ないだろ? スグはお祖父さんに鍛えられてるからな。責任を感じる必要なんてないんじゃないの」

 

 少年は興味がないのか素っ気なく話を切り上げ、妹に離れるように前進する。少年の名前は桐ヶ谷和人(きりがや かずと)、今は他人のことよりも速く稽古を済ませ、家の自作PCの拡張で頭が一杯だった。そんな兄の背を追うように付いてくる妹の名は桐ヶ谷直葉(きりがや すぐは)。 二人は頑固たる祖父に強制されて六歳の頃から剣道を習っている。近所の道場に通い始めたのは今年の春から。少年は浮かない顔で道場を目指した。

 

 

 城下町の通りを抜け駅から少し離れた所に長年ある剣道場。門を潜り、玄関で礼をした後、素足を道場の冷えた床に着けようとすると、男の子の大きな声が室内に響いていた。

 

師匠(せんせい)、お願いします! 強くなりたいんです!」

 

 声の主は先程話していた紅葉清貴のものであった。私と兄は顔を見合わせ呆然としていると、道場の数少ない女の子で一つ年上の先輩が状況の掴めていない私達に駆け寄って来る。

 

「スグ!」

 

「どうしたのこの騒ぎ?」

 

「あいつがね、道場に来て早々あんな調子なのよ」

 

 道場の生徒は冷ややかな視線を紅葉に向けているが、気にも留めず紅葉はせがむように見っとも無く頼み込んでいた。迷惑に思っているはずであろう、この道場の現師範である溝口(みぞぐち)師匠はあぐねる顔が否めずいた。

 

「いいかげんにしろ紅葉! お前だけを特別扱いには出来ないんだ!」

 

 遂に師匠の一喝が入り道場が静寂に包まれる。紅い染み道着の少年は最もな意見を言われて後ずさるかと思いきや、膝を床に着けて座禅を組むと、頭を金槌を打ち下ろす如く、床に荒らしく叩き付けた。

 

「もうこんな理由で辞めたくないんです! お願いします、俺を……強くしてください!」

 

 土下座。周囲の人目を気にせず、あの普段から物静かな少年からは考えられない行動である。みずぼらしい失態を晒してまで何が彼を駆り立てるのか、私には不思議で仕方がなかった。突拍子もなく床に平伏した少年を見て師匠は溜息混じりに離れていく。

 

「……全員着替え終わったら、いつもルートを一周。走る前にちゃんと体をほぐしておくように、いいな!」

 

『はーい!』

 

 周りが動き始めてなお顔を上げない紅葉に師匠は肩を小突き誘導する。彼の可笑しな行動に回りは野次が飛び交う。

 

「見たかあれ? ダッセーの。今時あんなの流行んないって」

 

「気でも狂ったんじゃねぇ? 昨日のアレで」

 

「弱い奴は、頭も弱いってことか? ハハハッ、マジうける!」

 

 彼らは居た堪れなく思うこともなく散々な酷い罵声をあげる。きっと昨日の一件も彼ら男子が絡んでいるんだと思った。

 

「スグ、早く着替えて走ろ」

 

「う、うん」

 

 更衣室に足を進めつつ、横目から失態を出した少年を見返すと、その目は震えることなく何かを真っ直ぐ見つめていた。

 

 

 掛かり稽古、肌寒い秋の風も耐え凌ぐくらいに身体を動かした生徒たちは師匠の号令と共に今日の練習が終了した。最後に日曜日に控える合同稽古および練習試合の予定を通告した後、何故か「着替え終わった後、紅葉だけは残るように、後は解散」と言い残した。

 門の前で友達と別れ、今は夕焼けに身を当てながらお兄ちゃんと一緒に家へと帰っているところ。

 

「あ~、今日もきつかったな~」

 

 外見に似合わない年寄りくさい言をいいながら肩を鳴らす兄を横目に私は今日の練習を振り替えていた。お兄ちゃんが言うとおり今週に入ってから師匠の指摘指南が増え、練習項目も一新されていた。掛かり稽古は特に順を追って各技を磨きなおすものであった。手に持った竹刀袋越しから柄を掴み、指摘された技のタイミングを思い返すと、ふと醜態を晒した少年が浮かんだ。

 今日もずっと一人で竹刀の素振り稽古だけしていたっけ、そういえばあの人だけ師匠に残るように呼び止められていたな。

 彼の孤立の原因が少ながらず自分が関わっていると思うと、良心が抉られる。

 

「お兄ちゃん、ちょっと道場に忘れ物しちゃったから、先に帰ってて」

 

「?……わかった」

 

 どうも気に留めてしまった少年が心配で憂心の赴くまま再び道場へと足を運んだ。

 

 

 

 道場は静まり返り、生徒と溝口師匠は音も立てずに向かい合い、冷えた床で座禅を組んでいた。不穏な空気を漂わせた面を冷や汗を流しながら見守る。腕を組み目家に寄った皺は大人特有の空気感が滲み出ていた。

 

「紅葉……話は親御さんから聞いている。随分と前から虐めを受けていたようだな」

 

「…………」

 

「すまない……まず、この道場の師範として謝らせて貰う」

 

 師匠は顔を俯かせ清貴に謝罪をしてきた。

 

「師匠……俺は謝ってもらう為に、ここに残っているわけじゃありません」

 

「そのことだが、もう一ついいか? 何故、あのスプレーの一軒を伏せようとするんだ?」

 

 昨夜、道場から生徒への虐待行為の謝罪の連絡があった。師匠は先代から受け継いでいる道場の名誉に傷が付き酷く心を痛ませながら受話器を握っていたであろう。しかし、ひょんな事から激しい口論になる事もなく、あの一件は今朝から生徒の保護者達に知れ渡ることもなく平穏を保っていた。この件が伏せられているのは、清貴が父である大鷹(おおだか)に頼んで師匠に直接口封じ申し出たのが発端である。

 

『この度は多大なご迷惑をおかけして申し訳ございません。私の目が節穴ばかりにお子さんに酷い虐待行為を事前に止めれず―』

 

『あ~、その師匠(せんせい)……その件なんですが、周りには一切他言無用ということにはできませんか?』

 

『はい、一切他言無用に……はぁい?…あ、いや、何で!?』

 

『いやはや、どうにも家の息子が目の色を変えちゃって凄く躍起なんですよ』

 

『あの話が見えないのですが?」

 

『とにかく……これは謝罪のお詫びという名目で、一つ頼まれて貰えないでしょうか。息子を徹底的に鍛え上げてはくれませんか?」

 

 尤も師匠が納得するはずもない。大鷹も一保護者としては理解しがたい行動である。その真意は直接息子から聞いてくださいと付箋を張るように仕向けた。目の前にいる被害にあった赤く染み付いた道着を着た少年は揺ぎ無い目を真っ直ぐ向けていた。

 

「俺……目の前の障害から逃げないって決めたんです。ずっと……ずっと、楽な道に逸れてた。結果だけを受け入れて辛い道を歩こうとしなかった。もう嫌なんです、自分が弱いっていう理由で道を踏み外すのは……だから、他人の力じゃなくて俺自身の力で皆に認めさせたい……」

 

 少年の目には悲痛の涙とは違う、もっと荒々しく燃え滾るような熱い瞳が潤んでいた。今まで見たことのない紅葉の熱望と苦渋の闘志に溝口は言葉を失った。

 本音を言うと溝口健悟は、何度も彼が他の門下生達に虐待行為を虐げられていることを知っていた。その場で起こる酷い取り沙汰に目を向けず、先代が守ってきた道場の看板に泥を塗ることを恐れて。

 自身の幼い頃はスパルタ指導が主流だったが現代は違う、子供の生活基盤を崩すことだけで生徒指導問題になり、保護者から、いや世間からの酷評を買ってしまう。それを恐れた結果、紅葉のような人間を道場に生んでしまっている。

 しかし、その気弱な少年はずっと独り練習を怠ることはなかった。今年の門下生は一際腕の伸びがいい生徒は多いが、集団行動と性格にクセがある子供が目立っているなか、一人変わった門下生がいた。

 紅葉清貴、遂先月に道場にやってきた編入生。始まりの初日から精のある練習振りから多大な期待を寄せていた新人だが、正直言って素質がない。一向に太刀筋が締まらず、一つ下の女子生徒の桐ヶ谷直葉に負けてしまう始末である。一向に腕が伸びない生徒に溝口は失望していた……だが、少年は道場で一度も涙を流さず竹刀を捨てずにいた。

 虐めに相対し、其の度に彼が沈鬱になりながらも一度も休むことなく稽古に励むその姿を溝口は忘れてはいない。努力家とはこの少年のことをいうのであろう。きっとこの子はいつか強くなれる、いつかその努力が報われる……そう想い、何度も少年に厳しく指導に当たった。その少年が自ら強くなりたいと周囲に醜態を晒してまで頼み込んできたのだ。

 

「強く、強くなりたいんです! 先程の無礼はお詫びします……だから、どうか……」

 

「詫びるのは私の方だ……本当にすまなかった……」

 

 溝口は腰をひん曲げ、顔が見えなくなるまで頭を深く深く下げた。紅葉は自身の師匠の大それた行為に突拍子もなく動揺する。見ていられず顔を上げるように求めるが、溝口は打ち震えたまま言葉を吐露した。

 

「私は……師匠失格だ。お前が虐待にもめげずに、剣道を続けている生徒の勇姿に泥を塗るような真似をした挙句、強くなろうとする門下生の志を見抜けず、自身の身だけを案じた卑怯者だ。四十年間、剣道を続けて一番の恥だ、何度謝っても頭が上がらない……うぅぅ、すまん……許してくれぇ……」

 

 あの鬼で知られる初老の師範が嗚咽を漏らしながら頭を下げている。いつも表面的な厳しさだけ受け取っていた紅葉は逆恨みに師匠のことをどこかで妬んではいたが、互いに本心を言えずに衰退していたのだ。紅葉は見ていられず声を出す。

 

「師匠やめてください。俺、師匠には感謝してるんですよ、いつも細かい注意を促してくれる厳しい指導に。にも拘らず俺は大好きなことも諦めようしてた……『努力しても上手くなれない』なんて言葉を容易く口にしていた自分が腹立しいです。言葉だけで満足して、無理して続けることが努力だと勘違いしてた。何も分かっていない……俺、本当の努力を努めます!!」

 

 お互い様といえば聞えは変であるが、互いの理外の理が一致した。師弟ともに互いに違う立場から見ていたものは真心が今は確かに重なった。

 溝口は今までの詭弁たる過ちを恥じるのをやめ、ただ目の前にいる弱き剣士を自分が培ってきた経験で鍛え上げることを、固く誓う。

 

「子供が目を逸らさずに向き合おうとしているんだ……大人が応えないわけにはいかないな」

 

「師匠、それじゃあ……!」

 

「私は厳しいぞ、紅葉。お前の腑抜けた士魂を徹底的に虐めてやる……師匠としてな」

 

 座禅から起立して堂々たる態度を溝口は表していた。

 

「あ、あの!」

 

 張り詰めた空気を消し去る、華やぐ可愛い声が道場に響いた。視線を声のほうにやると小柄な剣道小町こと、桐ヶ谷直葉がそこにいた。

 

「私も、協力していいですか!」

 




桐ヶ谷兄妹登場。まさかのキリトとも小学生の頃に会っていました。
extra editionにも剣道小町直葉が出ていましたね。

さぁ、ファントムバレット編楽しみですね……でもどちらかというとマザーズロザリオが気になる坂道です。

後編なるべく早く投稿するように努力します。過去編が永くなりますがもうしばらくお付き合いお願いします。

今年もソードアート・オンライン 紅をよろしくお願いいたします。
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