ソードアート・オンライン~紅の心意―The Cardinal Mind   作:坂道

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遅れて申し訳ないです(汗

色々ありまして……

上条「その幻想をぶち殺す!!」o(上゜Д゜)_‐=o)`Д゜)・;

課題が……

上条「その幻想をぶち殺す!!」o(上゜Д゜)_‐=o)`Д゜)・;

実はSAOhf……

一方「元の居場所に引き返しやがれぇ!!」o(ア#゜Д゜)=( →)≡○)Д`)・∴'. 。・゜・


死を告げる天秤

 数々の道が入り乱れる裏通り。迷うことなく進み続ける女性騎士の背をローゼルは茫然と追う。

 夕陽の街ダングレストの総面積は《はじまりの街》の凡そ半分の広さを誇る大都市の一つとされているが、一度巷路に入れば迷うプレイヤーも数を絶たず、迷った末に街の外周を取り囲む湖を目指して遠回りする破目になるプレイヤーもまた数を絶たない。

 ――マップが迷宮区並みの曰くつきのホームタウン……ギルドのホームスポットとしては話題を呼んでいるのも確かとはいえ、いくら上層のプレイヤーであろうとこうも迷うことなく小路を進むことが出来るかしら……いやPK捜索を任せられたライン直属の部下なら納得できなくもない。彼らはここを起点に私達殺人者達を割り当てたのだから。

 私もまたこの街のマップを隅々まで把握している。何故……答えは簡単、睡眠PKから逃がれたプレイヤーを追い詰めるためだ。地形複雑な裏通りは殺されかけて意識が錯乱したPK対象を駆除するには最適で安易。万にして相手に逃走されることは許さないが、あらゆる事態に徹底しなければPKは成功しない。

 ――滑稽な話よ……悪事ばかりに働く自身の性分に……ほんと最低……

 自分の架せた業を嘲笑い軽蔑する。

 こんなことばかり覚えてしまった自身を呪っているとソディアは立ち止まる。周りを見渡すと其処はローゼルがレトに死の宣告を唱えた定例会のある中央区の広場。昼間は最もプレイヤーが集う場である……はず。

 

「誰もいない……」

 

 人はおろかNPC一人の影もない。足音を発てれば音だけが空しく響くほど不気味で不自然な静けさを漂わせていた。視界に入るのは夕陽でしょんぼりと影を伸ばしたソディアの後姿だけ。夕陽に照らされてより一層部屋に置き去りにされた孤独な人形ような寂しさを感じさせるソディアに恐る恐る話しかける。

 

「……ソディアさん、私をどうしてここへ……」

 

 返事がない、本当に人形ではないかと疑ってしまう。ソディアの肩に触れようとすると、不意に黒い風が心身を吹き抜けた。

 

 

 

「いや~~探しましたよ、ローゼルちゃ~~ん」

 

 

 

 深い寂寞(せきばく)に打ち込まれていた心は髪を逆撫でされたようにぞくりと凝固させた。

 

 コツ、コツと革靴を踏む音が聴覚を震わせ、乾いた空気を残響させる。

 

 空しく響く音はが鳴るたびに胸の鼓動が速さを増し、それにも関わらず肌の体温の低下していく。

 

 

 音が止んだ。

 

 

 背に刃物を押し付けられたように恐怖が膨れ上がる。

 

 

 意を決して振り向いた。

 

 

 私の伸びた影を踏み潰す……殺人鬼(黒蛇)が嗤っていた。

 

「ス、スライ…………」

 

 顰蹙(ひんしゅく)する顔は僅かにぶれることはない。憎悪を積み重ね、眼前に立つ男への殺意に染まった目は色褪せはしない……そうであろうとしなけらば、この悪男の前で正気を保てない。

 

「おおっと、いきなり物騒なご挨拶ですね、相変わらず殺気めいた顔がお美しい」

 

 黒い帽子を着こなす細目の男、飄々とした態度と紳士ぶった振る舞いはその怪しさを際立させる。カジュアルな黒い衣服は自らこの世界観(ソードアート・オンライン)に囚われていないことを主張するかのようであった。

 常に温和な表情を浮かべて細い横線を引いたかのような目は物腰が低い優男に魅せているが、帽子の下で嗤う口元は酷く不気味である。

 今だ(ひそみ)を消すことが出来ない私は心から奴に刻まれた死の恐怖と殺意の憎悪が大きいものだと再認識させた。

 

「心にもないことをほざかないで、ソディアさんに何をしたの! 返答次第ではただじゃ――」

 

「あ、すいません、完全に空気になっていましたね。下がってもらって結構ですよ」

 

 無骨に丁寧な喋り方で話すと、スライは片手を挙げて指で空気を弾く。

 パチン、と破裂音が周りを発つと、ソディアは糸が切れたかのように体を傾せて倒れる。私は崩れ倒れるソディアを反射的に支えた。

 

「ソディアさん……しっかりして!?」

 

「――安心して下さい、彼女は気を失っているだけです」

 

「貴様……この子になにをしたぁ!」

 

「怒鳴らないで下さい、傷付くでは無いですか、その騎士様には少し貴女を連れてくるように魔法を懸けただけですよ、こうクルクルっとね」

 

 細い目をぐねりと曲げて絵に描いたような笑みを映し出す。男の顔の裏を知らなければ、きっと誰もが奴の口車に乗せられるであろう。性根を知っている私は苦虫を噛み潰して警戒を解かない。

 

「そんな狂犬みたいに歯を剥き出さないで下さい、折角の綺麗な顔が台無しですよ、同じ仲間じゃないですか仲良くしましょう」

 

その仲間という成り立ちをどれだけ薄汚れたランゲージに変貌させているのか、この蛇は分かって口にしているのだろうか。

 私は獰猛に言葉を返す。

 

「反吐が出るわ……お生憎様、あなたとはもうおさらばよ、契約……忘れたわけじゃないわよね」

 

「はいはい、ちゃんと記憶しておりますよ、いや~懐かしいもう一年ですか、あの日の星空は綺麗でした……えーっと、たしか百万コルでしたっけ?」

 

「500万コルよ……残り90万コル、耳揃えてあなたの前に叩き出してやる……華太を返してもらう」

 

 私は自分の犯した罪を噛み締めながら、爪を食い込ませて言った。

 男の機嫌を殺戮という形で取り、数々の無駄な血で溜まったコルの総額は約四百万。

 ただコルを貯めるだけならクエストやMobで間に合っているのよ……男が繰り出す無理難題のオーダー、

「一ヶ月に一人以上を殺して、フレンドリストから死んだプレイヤー顔を私に拝ませろ」、

 どんなイカれた掟よ。

 それを否定せず私は殺し続けた……華太を守るために、自分を守るために。

 溜まりに溜まった金額は私の罪の値……重い怨念がその硬貨一つ一つにこびり付いているに違いない。

 あなたは遊び半分だろうけど、私にとっては地獄の日々で、私が誰かに地獄を与えた印。それを忘れたとは言わせない、言わせて為るものか。

 

「契約ですよね、わかってますよ、あれ~でも可笑しいですね、いつもの調子で狩り続ければ、貴女なら何ら喧しいことなく目標残高まで辿りつけると思っていたんですが」

 

「…………」

 

 スライの狩るという対象はフィールドを徘徊するMobのことではない、PC……人というオブジェクト。

 SLY……奴に頸を刈り取られた者は数知れずこの地から人の恐怖心を根刮ぎ感情から引き剥がされる。そして全てを曝け出されたら最期、この地から別れを告げる。

 その薄ら笑いが非道な行為をまるで良心でやったことだと公明正大に主張しているようだ。

 底知れぬ闇を秘めた男の目から視線を逸らして、ローゼルは黙って口を濁す。

 

 ――レトは巻き込めない……巻き込みたくない。

 

 スライはそれを深く追及することなく手にクルクルと回していた帽子を被り直し、夕暮れに染まった石畳を遊歩し始めた。男に睨みを利かせつつ気を失ったソディアをそっと床に寝かせた。

 

「あなたが圏内に姿を現すなって……何を企んでいるつもり……」

 

「いやいや偶々(たまたま)ですって、実はここには別件で訪れたです、ホラなんていいましたっけ……せ、聖竜?……まぁ貴女には関係のないことですよ。そんな事よりも今を勇敢に生き、日々攻略に精進する攻略組の皆々様は、明日に凶暴なボス討伐が控えているそうじゃないですか。偵察と研鑽(けんさん)を重ねては攻略会議を開いているようですね。それにしても今回はエラく苦戦しているようで……ま、まさか!? BOSS攻略というのは見せかけで、次の階層に控えている残虐残忍なレッドプレイヤー達との奇襲攻撃ついて暗躍しているのではないのか……あ~なんてことだ、それが、本当だったら、私が必死に、必死に考えた『攻略組の皆さん、ごめんなさい大作戦』が台無しじゃないですか、クゥ~~……何という奇禍だ!」

 

 スライは遠回しに私から漏れた情報への失態を芝居がかかった饒舌で表していた。

 現在から数ヶ月前、赤い血の旗を挙げた笑う棺桶(ラフィン・コフィン)とBLOODは密かに攻略組殲滅を企ていた……無論、PohとSLY、そして他数名レッドプレイヤーだけの極秘のものではあるが、血の気が多い殺人者達には言葉(策戦)など無くとも行動(殺す)の二文字だけでことが進む。参謀は全て頭を張るリーダーの頭脳だけで十分……いや、作戦なんていう難しい話ではない、ただ疲れ切った攻略組に奇襲を掛け、各々好きなように殺戮を狂乱させる単純で、残忍なもの。

 だが……。

 私が攻略組へ機密事項を漏洩された今、私達犯罪者は余計な真似は出来ないはず……そう、少なくとも私が罰を受けだけで済む。

 苦笑と同時に、自分が立たされた最悪な状況に冷や汗が背筋へと一線滴る。理由はどうあれ私はギルドを裏切ったことになる、いつ男の掌から冷たくギラついた刃物が一眼に映るかという恐怖に……

 

「――じゃあ明日殺ろう」

 

 えっ……、私は間抜けな声を漏らしてしまった。

 スライの良く回った舌から軽々しく吐かれた言葉に私の狂気に溢れた思考に空白の間を生んだ。それは一寸にして驚きと極度の患いが内を埋め尽くした。

 

「な、何を……」

 

「そうだそれがいい!Pohちゃんにラブレター送信と……はい、これで万事OK!……うん? どうしたんですか、馬鹿みたいな顔して」

 

「どうして……攻略組に襲撃が予測された以上、私達は手を引くべきでしょ!?」

 

50層(ハーフ・ポイント)で無理なら一つ前の層でフェイント掛ければいいだけの話じゃないんですか?」

 

「攻略組がそんな小学生でも解る策に対応できないでも思っているわけ!? あまりあの軍勢を舐めない方が……」

 

「あっははは、それは彼らを買いかぶりすぎですよ……あのですね、其処ら転がっている無生物を倒すロールプレイゲームをプレイしている剣士さん達が……()()()()()覚悟あると思っているですか、貴女ならよ~くわかることでしょうに」

 

 剽軽した態度でスライは笑窪を上げて帽子を額に当てながらけたけたと身を震わせた後、急に冷めた声を鳴らす。

 

「まぁ、流石に100人以上の戦隊にポークを唯前進させる訳にはいきません、ちゃんと保険は掛けてきましたよと。ムフフフ……、きっと愉しくなります、なんてたって……ああ、駄目ですね、ネタバレ厳禁って脚本家に言われているでした」

 

「スライ……貴方だって人間でしょ、人を盤上の駒のように扱い、何の理由があって無害な人を手にかける、何の理由があって……私達姉弟を縛り付ける……いいかげん……いいかげんにしてよ」

 

「理由? あなたこそ何の理由があって今そこで生きているんですか? 」

 

 その一言は私の縮ませていた心を我慢ならなく憤激させた。

 

「それを私に言わせるつもり!……弟、華太のためよ! 貴方が一年も監禁している私の最愛の家族よ!……生きて……生きているんでしょうね!……少しくらい会わせてよ」

 

 勃然と怒りを露にした私に対し、まるで反比例するかのように冷めた態度でスライは返した。

 

「最愛の弟の為に人を殺す……私から言わせれば只の脳内で美化されただけの模造品にしか考えられませんね、人が何か行動に起こす時はいつだってだれかの為ではなく自身の欲求のため……一途な願望ではいられない、結局自分という個人に見返りがないと善意や悪意なんて人間は見境もなく起こせませんよ……そう、今の貴女みたいに――」

 

その詭弁を語るには不相応にほどがある男だったが、その言葉には不気味にも説得力があった。しかしそんな冷めた言葉を綴らせた割りには男の表情は変わらず細目のままである。

すると、スライはウィンドウを開き、ストレージから藍色の結晶を取り出すとその固体を私の足下に軽く放り投げた。

私はそれに目を移すと同時に素肌から胸の内に一際切ない声調が響いた。

 

『お姉ちゃん……』

 

「ッ…………は、華太!?」

 

みっともなく餌を与えられた犬ようにクリスタルへ飛びつく。結晶から微かな音を聴くようにそっと結晶を耳元に当て弟の音色を肌身から感じ取る。

 

『頑張っていますか……僕のこと忘れていませんか、お姉ちゃんはー』

 

「忘れるわけないじゃない、お姉ちゃんはいつだって華太ことを……」

 

決して届くことのない自身の言葉、それでも応じられずにはいられない。一言一言を心の窪みに埋めるように愛しい弟のくぐもった声に神経を傾ける。

 

『お姉ちゃん……僕ね、お姉ちゃんに伝えなきゃいけないことがあるんだ、よーく聞いていて下さい……僕をー」

 

「はぁーい、TIMEUP」

 

 弟の綴らせた結晶は残響ともに儚く泡となって消え去った。空虚に溶けていく光の欠片に手を伸ばしても掴み取ることができない。

 声を上ずらせて気が動転させていると、スライは膝をついた私に鋭く細めた目で見下ろしていた。まるで朽ちていく花を踏み潰すような哀れみの眼差しで。

 せがむようにスライの首を掴み訴える。

 

「ちょっと……ちょっと待って、まだ聴かせてよ……まだあの子の声を……ねぇ、聴かせてよ!?」

 

フラついた足をたどたどしく動かし、男の襟首を強く掴みながら情け無く嘆く。

 

「ぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあ……」

 

荒い舌打ちともに凶変した男は私の顔を覆い掴み、口を塞がれたまま石畳へと一気に叩きつけられた。

 頭に強い衝撃が迸り、脳を鳴らせた。

 

「……ッテメェーよ、さっきから誰にもの言ってンだ、ああァァァ!?」

 

 腹部を片脚で強く圧迫させて跨り、鋭い細目からかッと殺気が孕んだ眼光が胸底を戦慄させる。今までの剽軽していた男は消え去り、現れたのは酷く顔を歪ませた男。

 

「人が仕立てでいればいい気になってじゃねぇ、盤上の駒がオーダーに逆らちゃいけねぇな」

 

 男の吊り上がった両眼の奥は血走っているかのように深く紅い血の瞳を現出させ、狂気めいた錯覚に襲われる。

 

細い腕はその見た目とは裏腹にSTRの赴くまま剛腕で体を抑えつけていた。歪んだ男への恐怖に逃れようと身を必死に交互に攀じらせた。

 

「そんな身体をよじらせて――発情期ですかウサギちゃん?」

 

 男の振舞っていた気品めいた姿はなくなり、酷く汚い言葉で罵る。

 

「全く魅惑品をお持ちですよ貴女は……すらっと延びた美脚、くびれた腰に、シルクような艶やかな髪、豊満な胸に、白くて柔らかい素肌、そして何かを追い求めた鋭くて色っぽい瞳……とてもゲーマーようなプロポーションとは思えない……さぞかし貴女に欲情した男達が貴女に群がり昇天したんだろうな。あ、ある意味逝ってしまっているですよね彼ら……貴女も随分楽しんでいましたね、発情期のウサギように淫らにカラダを弄んでそんなに気持ちよかったか?――にしても酷い話じゃねぇか、散々体温を貰った挙げ句、最後には(コレ)を取って命を奪う、色欲とはよくいったもんだよな――淫乱女!」

 

 夥しい恥ずかしさと煮え切った屈辱が交じり顔を赤く染めて、悔しさで唇が千切れんばかり噛む。

 

「で……あいつはなンだ?」

 

 気色ばんだ顔を近づかせて、男の血に染まった眼を注がれる。

 

「お前と一緒にいる妙に目立つ仮面のことだよ、気づいてないとでも思ったか……随分お前にはしては長く張り付いているようだな。身なりの割りには結構懐はがっぽりしているのか、はたまた貴女が男を気に入っているだけか、定かではねぇが……もう身も心もオマエに食い潰したンだろ?」

 

「……彼は……」

 

 極度の恐怖が私の心を煽動させた。

 何もかもリークされていた。この男は私を知り尽くしていた。

 何を口にしても、全てが悪い方向へ流れてしまう気がした。

 

「おいおいマジかよ逆に引くわ~、一ヶ月以上一つ屋根の下で過ごしていてまだ其処まで発展してないの、男としてそれはどうなわけ? こんな上玉を野放しするって初心でチキンな童貞野郎に違いない」

 

スライは呆れた物言いでレトを小馬鹿にすると、ローゼルは苛立ちに似た思いが腹の底で渦巻き、強張っていた口を鳴らした。

 

「彼奴を……レトを、馬鹿にしないで」

 

スライは先程まで自身に恐れ怯えていた小動物に急に威嚇されたかのようなローゼルの微かな咆哮に呆気に取られた。

 

「あいつは……純真で、生真面目で、暑苦しくて、度が付くほどのお人好しで、他人に甘いくせに自分には厳しくて、うっとしいくらい卑屈でナイーブ……」

 

 私の見た数ヶ月間、レトという異性が隣いても私は一切邪念というものを彼からには感じなかった。苦しいときは一緒に立ち止まってくれて、悪夢に魘されていた手を握ってくれて、思い悩んだときは一緒に悩んでくれる。

 こんな状況なのに彼のことを考えたら、温かい気持ちになれる。取り留めなく綴らせた言葉は私の内にしまった感情を溢れた出せた。

 

「アホだけど、バカだけど、鈍感だけど……それでも誰よりも人の笑顔が好きで、相手を大切することができる…………優しいやつ……」

 

 口からこぼれ落ちる言葉は私がレトに抱いた人柄、いや心柄そのものであった。

 でも彼の思いは私だけに向けられたものではない。――彼が伸ばす手には男女のしきたりはない、彼は……レトは誰にでもきっと優しく接する……そう誰にでも……――私は特別ではない。

 そして……あの人が特別な気持ちを抱くのは、私とは違う穢れのない白き小女。

 僅かにも秘めていた感情をとんでもない愚男に語り尽くしたことで重い虚脱感に襲われた。

 スライはそこに付け込むように薄ら笑いで告げる。

 

「あァ、なに? まさかオマエ……男に惚れちゃったわけ?」

 

 重く濁った恥じらいが頬を赤く染めた。自ら彼への特別な感情を他人に唆される、しかしそれはローゼルの隠していた感情そのものであった。

 レトへの愛しい慕情欲。

 自然と溢れる恋情心。

 理解していてその想いを告白できないでいるローゼルには屈辱でしかない。

 

「あれあれ~図星ですか、ローゼルちゃんかわぁうぃい~~妬いちゃうじゃないですか…………盤上の中でも一番強いクイーンを野暮にするほど私も甘くないんですよ……愛だの恋だのデリケートに好きして、まったく臭い考え……吐き気します。もう貴方には触れてはいけない感情だーそう貴女は愛する弟のためだけにいきているでしょ? 浮気しちゃいけませんよ……いや魅入られたのは貴重にもあなたのほうですか?」

 

 むくりとスライはその場を立ち上がり片手で顔を覆い隠して紅い空を仰ぐ。

 

「あぁそれにしても、聞くだけでそのレトという御人は、慈悲深く、優しくて、人情に溢れた…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――胡散くせぇぇードM変態野郎だなァァァ!!?

 

 

 

 聞いただけで耳の毛が濃くなりましたよ。イタイいたいイタイいたいイタイいたいイタイいたいイタイいたいイタイいたい! そんな絵に描いたような主人公みたいな奴現実いるわけないでしょ、夢見すぎ……あァ~! ここ仮想世界だったんですよね……………………イイね、会ってみたくなりました、盤上の上に立ってもらいましょう」

 

 いつの間にか猫を被ったスライの口調に戻っていた。眼はギラツキ、子供が新しいおもちゃを見つけたような惨い声で高笑う。

 やめて……。

 その先の見える盤上の舞台は、悪夢でしかなかった。あのときの華太ようにレトがスライに斬り刻まれていく状景が目に浮かんでしまう。

 

「お願い……お願いします、彼だけは……レトだけは……ここに立たせないで……私にとって……はじめてできた友達なのよ……」

 

「……いいんですよ……その代わりホープくんには死んでもらいますが」

 

 凍りついた。

 スライの背後でケタケタと嗤う黒ローブの骸骨。

 大鎌を不気味に吊らせた黒ローブの骸骨が私を睨んでいる、幻覚にしては判然とし過ぎていた。

 ローブの袖に隠れていた白い骨の腕を前に突き出すと、左手には不規則に揺れ動く銀色の天秤を掲げられ、右手は大鎌を構えている。

 その幻覚は死神と言い表すは他なった。Mobとは違う、死神に纏わりつく闇と揺らない紅い眼はスライの生んだ死の化身ように見える。

 顎を蠢めかす死神の言葉を代弁するかのようにスライは愉しそう口元を歪ませた。

 

「だって契約したじゃないですか」

 

「……やめて……やめてよ!? これ以上私から奪わないで……」

 

「奪う?……滑稽ですね、奪っているのはあなたでしょ、ローゼル」

 

 赤くうねる蛇の隻眼に睨まれて身を硬直させた。

 

「あなたがいなけらばこんな惨劇が起こることはなかった。手に掛けられたプレイヤーも、あなたが弟を諦めていれば命を奪われず死ぬことはなかった。その男からもう沢山のものを奪っているじゃないですか?」

 

 奪った?……私がレトを……

 

 黒く渦巻いた思考は彼と過ごした時の流れを混沌に染め上げる。

 

 私という遺憾を背負ったことえギルドの信頼を失い、レトが築き上げた人望を……『』

 

 私が牢獄の世界で歩けるのも、私が人を殺めずにいられたのも……彼の居場所を……『』

 

 全て私が彼の取り巻く環境を……

 

 

 ―『奪った』

 

 目を余すことなく私の瞳を凝視しつづける死骸の神は銀色の天秤を勢いよく眼前に突き出した。

 

「あなたが勝手に掛けた天秤ですよ、最愛の弟を取るか、大事なお友達を取るか、選ぶのは貴女……いやぁ~懐かしいですね、このシチュエーション! まるで一緒だ……お情けです、制限時間を用意しましょう、今から丁度24時間後に決行されるボス討伐までに誰が生きて、死ぬか、決めて下さい。BOSS部屋の前で愉しみ待っていますよ――哀れなウサギちゃん……」

 

 終わることのない後悔と屈辱と絶望の泥沼に身を沈める。男の影が全ての視界を闇に埋め尽くすような幻覚と人の悲鳴が狂乱した幻聴がローゼルの見る世界を蠢いかす。

 眼球はせわしなく揺れ動き、抑えていたものが破裂して絶叫が迸った。

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 驚愕の一色で塗り潰れた感情は黒く歪んだ世界から逃げろと、警告を促した。

 地を蹴り、遠く、遠くへ、足をばたつかせた。

 

「うんうん、その目、最高に活かしてますよ、ローゼル……ただ――」

 

 

 

 

 

「――何を迷っているんでしょう……貴女の天秤はとっくに傾いているというのに」

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 走った。

 

 ただ走った。

 

 この世の見えざる手から逃げるために。

 グラついた足が崩れた先は転移門付近に続いた住宅街の表通り。宿屋の向かいの建物で疲れ尽きその場に凭れつく。

 ここにも人の気配が感じられない、何処へ行っても聞こえてくるのは静けさで震える空気の振動とローゼルへの狂気の旋律のみ。

 ――はな、華太が……殺されちゃう……イヤ……イヤイヤイヤイヤイヤイヤ!……私の希望が……………………レトを…………できないできないできないできないできないできないできないできないできないできないできないできない!

 迫られる無慈悲な死神の選択。二人の首に大鎌の刃が置かれ、ローゼルは苦痛を声に帰る他なかった。

――私への粛正の矛先は、処刑台に立つのは、私だけでいいのに。

 答えなきジレンマはローゼルの感情パラメータを崩壊させ脳裏は引き裂かれるように黒い線で塗り手繰られていく。思考は禍々しい恐怖で頭を喰らい尽くすなか、ふと面影のある情に満たされた声が私の耳から内側に届き、優しげな瞳と視線が重なる。

 

「ローゼル……?」

 

 そこにいたのは武器の詰まった木箱を華奢な両腕で抱えたピンク髪の少女ーリズベットの姿だった。

 よく周りを見渡すとリズベット以外にも人影が窺える。衰弱したローゼルを見るやいな血相を変えて近寄ってきてくれた。

 

「ど、どうしたの……ひどい汗、大丈夫!?」

 

 憂い沈んだ声でローゼルの濡れた額をハンカチでそっと優しく拭き取る。リズベットは酷く弱ったローゼルの姿を見て、彼女と常に共にいるはず男を探す。

 

「あのバカ、こんな状態の女の子を置いてどこほっつき回ってるかしら、信じられな……い……?」

 

 すると温い水滴が布地を持った右手に流れ落ちていた。視線を落とすとそこには最初にあった時に見た、凛とした美しさを醸し出していたローゼルはいなかった。

 リズベットの腕の中は柔らかな瞼から流れ出た悲痛の涙と低く掠れた嗚咽で埋め尽くされていた。

 

 

 

 




鬼畜をテーマに描いたSLYの人物像ですが、ぶっとんでいやがる!
物語は混沌したものへ舞台を変えていきます。

壊れていくローゼルに天使リズベットさんを降臨させた……救いです


会話ばかりで味気がないかもしれませんが、頑張ります。
もう少し単純に表現したほうがいいのかもしれない。といっても言葉自体ぐちゃぐちゃなのだから表現も糞もないんですが……作者もナイーブですね

読者様の応援を糧に頑張っていきます。
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